「龍田家はすべてをかけて戦います。」
龍田家嫡男はきっぱりと言った。
「父上には姉上の仇を取るこのいくさで、総大将として構えていただきます。
一歩も立ち上がらなくて結構。
ただ、そこにいてください。
私と青葉の姉上が、父上に勝利を捧げます。
龍田家は、勝って八島家と同盟を結び
自分の国を平和に治める事に専念できる道を模索します。」
青葉はうつむいたまま、ひとことも発しなかった。
その顔に垂れた短い髪を、父親が撫ぜる。
「美しかったあの長い髪を・・・。」
青葉がうつむいたまま、か細い声で言う。
「わたくしの命は、捕らわれた場所に置いてまいりました。
わたくしはこのいくさ、勝って、死にに戻らねばなりませぬ。」
「そのような・・・」
父親の言葉を息子が遮る。
「私たちは戦わねばならないのですよ、父上。」
平和な世なれば、身分ある者は歌を詠んで鞠を蹴って過ごせば良かった。
なれど今は乱世。
刀を抜いて向かってくる相手に
戦いたくない、と叫びつつ殺されるのもひとつの選択。
なれど、“大名” に生まれてきた以上
その一手一歩が、自分ひとりの問題ではなくなる。
意に沿わぬ事でも、自国の民の多数が生き残れる道を・・・。
多くの雑兵を従えた2人の若武者の姿を見て
山城の陣中は驚愕した。
ひとりは蒼の鎧、もうひとりは赤の鎧。
遠くからでもわかるほどの、堂々とした誇り高さ。
蒼の武者が手を挙げ、赤の武者が走ってくる。
龍田の殿の美しい3人の子供たち。
優しく儚げな上の娘は、椿のようにその命を地に落とし
嘆く娘と怒る息子が、羽ばたくように荒れ野に舞い降りる。
龍田家の戦う地には、いつも見事な花が咲く。
青葉が実際に人を斬ったのは、これが初めてであった。
骨に当たったのかキインと戻る刃に、思わずキャアと叫んだ瞬間
まるでそれを待っていたかのように、弟が怒鳴った。
「姉上、地獄はこれからですよ!」
馬上の青葉を守る槍兵たちに、水滴が降りかかる。
それは血ではなく、青葉の涙であった。
泣きながらも馬を止めない青葉に、槍兵たちが叫ぶ。
「姫さまを守るぞーーーーーーーっ!」
おおおおおおおおおお と、戦場が揺れた。
「まるで子供の喧嘩のような有り様でしたよ。」
密かに紛れ込ませた物見が、クックッと笑いながら語る。
「青葉姫の腕はどうじゃ?」
「まるで駄目ですな。」
「ふむ、それもまた一興。」
八島の殿は、その報告に満足した。
続く
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