殿のご自慢 22

「では、わたくしは戻らねばなりませぬ。
 これが今生のお別れとなりましょうが
 親不孝な娘をお許しください。」
 
長女の葬儀が終わった直後に、挨拶にきた青葉を父親が引き止める。
「いや、弟の元服の儀が終わったあと
 おまえには八島に嫁いでもらわねばならぬ。」
 
 
青葉の胸に何かが刺さった気がした。
「で、でもわたくしには約束が・・・。」
 
「八島家とは新たな約束を交わしたのだ。
 これから東の地は、同等の勢力の大名家たちが主権争いをする。
 この前のいくさで山城に加勢が来なかったのは
 理が完全に我が方にあったせいもあるだろうが
 一番の勢力を誇示していた山城家が、他大名には邪魔であったせいであろう。」
 
龍田の殿は地図を畳の上に広げた。
主な領地争いは、北や東の方で行われていた。
山城家が東の地のほぼ中央に位置し
地の利を良い事に、あちこちにに手を出していたからである。
 
龍田家は東の地の南西の端に領地を持っている。
八島家は、西の地の中央少し北に領地を構えているのだ。
地図上では近いようでいても、実際にはかなりの距離がある。
 
「いくさに意欲的ではない、つまり他の大名家に “敵” と見なされない龍田家は
 領地と自治権を守るためにも、八島家と同盟を組まねばならぬ。
 八島家が遠方ゆえ、この同盟が差し迫った脅威とは見なされにくいところが
 我が龍田家にとっては、この上なき好都合なのだ。」
 
 
それはそうですわね・・・
青葉は納得した。
 
お姉さまも、そうやって山城に嫁いだ。
わたくしの結婚もそれが当たり前。
でしたら、置いてこなければ良かった・・・。
返していただけるかしら?
 
青葉は胸元から、古ぼけた灰色の手拭いを取り出した。
それをただボンヤリと眺めていると、胸が苦しくなってきた。
青葉は手拭いを握り締めて泣いた。
 
 
「姉上が泣いておられるようですが、何故ですか?」
息子の質問に父親が答える。
「八島に嫁ぐよう言ったからであろう。」
 
その答を、息子は理解できない。
「嫁ぐ相手は姉上のお好きな方なのでしょう?
 何故、泣く必要があるのです?」
 
「相手が誰かは言うておらぬ。」
父親が苦々しい顔で言う。
 
「あの時とは状況が違うのだ。
 八島の殿の気が変わっても、うちは文句を言えぬ。
 青葉に下手な期待を持たせたくないのだ。」
 
「しかし千早さまが約束なさってくれたでしょう!」
「千早どのは、八島の家臣だ。
 大殿には逆らえぬ。
 そしてうちも同様に、強国には逆らえぬ。」
 
 
怒りを隠そうともせず立ち上がる息子を、父親がたしなめた。
「おまえには弱い男に見えるだろうが
 この父の教えを、しかと聞け。」
 
そして父親も立ち上がる。
「自分の現在の力量を見誤るな。
 わしは戦わぬ道を選んだが、戦うおまえなら尚更に。」
 
優しく微笑みながら、息子の頬をペシペシと叩く。
「心を顔に出すな。
 それはいくさ場で鎧を脱ぐのと同じ事。
 おまえは強い男だが、まだ未熟だ。
 それを忘れなければ、もっともっと強くなれるであろう。」
 
 
変わらず仏頂面になっている息子の見下ろし、父はつぶやいた。
「本来なら戦場で斬られるか、陵辱されてうち捨てられるはずの娘を
 無傷で帰してくれただけでも
 千早どのには、感謝してしきれぬものよ・・・。」
 
そして息子から目を離すと、眩しそうに言った。
「おお、山桜が咲き始めたようであるぞ。
 今年の春は、早いのお。」
 
 
 続く 
 
 
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