殿のご自慢 24

これは結婚を餌に、大殿に相当な難題を押し付けられたのか?
そう高雄が危惧していたら、伊吹がようやく喋った。
 
「青葉姫と結婚をしろ、と大殿に言われた。」
ふむ、それで?
高雄は次の言葉を待っていたが、伊吹はそのまま口を閉じた。
 
 
・・・・・・・・・・・?
 
まさかとは思ったが、念のために訊いてみる。
「嫌なのか?」
 
それを聞いた途端、伊吹は激昂する。
「嫌なものか!
 あの姫を、じ、自分のものに、で、でき・・・るなど
 嫌な男がいるものか!!!」
 
耳まで真っ赤になる伊吹に、高雄は腹が立った。
私は嫌だがな。
あのような美しいだけの能なし女など。
 
 
「大殿は、龍田家の権威を貶めよう (おとしめよう) としているのだと思う・・・。
 おまえだって、そう思ったからこそ、詳しく言わなかったのだろう?」
伊吹は岩にヘタり込むように座って、両手で顔を覆った。
 
「帝の血を引くお姫さまを、孤児である俺に嫁がせるなど
 姫がこれから、どれだけの苦労をなさるか・・・。
 考えただけでも恐ろしい。」
 
高雄は伊吹の気持ちを聞いて、自分の考え足らずを後悔した。
それを言おうかどうか迷っていると、伊吹が再び立ち上がった。
 
「俺は姫を陰ながら守りたかった。
 それだけで良かった。
 それ以上、望んではいなかった。
 それは姫を穢す (けがす) 事に・・・」
 
 
「言うな!」
高雄は伊吹を抱き締めた。
それは慰めのためではなく、自分の顔を見られないようにであった。
 
「すまぬ・・・、伊吹・・・。」
高雄は伊吹を抱き締めたまま言った。
「この婚姻を計画したのは私なのだ。」
伊吹の体がピクッと動いた。
 
「あの時、戦場で相対したおまえたちが
 好意を持ちおうている事を知った時に・・・。
 それしか思いつかなかった、すまぬ・・・。」
 
 
高雄は罵倒を覚悟した。
まさか伊吹が、身分の違いを気にするとは。
そこまで気が回らなかった自分の不覚。
私は伊吹の人生を狂わせてしまったのかも知れない・・・。
 
だが、伊吹の声は逆に落ち着きを取り戻していた。
「そうか、それならよい。」
 
 
驚いた顔で伊吹の体を離すと、伊吹は高雄に微笑みかけた。
「おまえの考えだったのならば、安心だ。
 姫の苦労は、俺が出来る限り守れば良い。」
 
これが伊吹の性格であった。
答が出たら、あっさりと受け入れる。
その単純さに、高雄も乾行もどれだけ救われたか。
 
 
「高雄・・・、ありがとう。」
背中を向けた伊吹の言葉に、高雄は意表を突かれた。
「・・・何がだ?」
 
「陰で見守るだけで良い、などと綺麗事を言ったが
 姫が他の男に嫁いで平気なわけがない。
 どうせ同じく苦しむのなら姫が欲しいのが、俺の醜い本音だ・・・。」
 
 
どう応えて良いのか迷う高雄から
遠ざかるように数歩進んで、伊吹は振り向いて笑った。
 
「ああ、姫を貰うから、と大殿から苗字を拝領したぞ。
 敷島 (しきしま) だとさ。」
 
再び前を向き直って歩を進めながら、つぶやいた。
「俺は今日から、“敷島伊吹” だそうだ。」
 
 
高雄はその場に立ち尽くしたまま
竹林に遮られて遠くなる伊吹の背中を見つめた。
 
身分違いの婚儀は、普通は身分のない側が
相手と釣り合いがとれる、どこかの家に養子にいき
その家の苗字になって、取り行なわれるのが慣例。
 
新しく家を興す (おこす) だと・・・?
 

大殿はそこまでして、龍田家の “恩恵” を他家に与えたくないのか・・・。
これを私は龍田の殿にどう言えば・・・。
 
高雄は自分の浅薄さに、自己嫌悪に陥った。
 
 
 続く 
 
 
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