殿のご自慢 25

姉上の相手が “苗字を貰った” と聞いた時に、父上は
「どの名家にも “初代” はいる。」
と、八島の無礼を気にしなかった。
 
それは良い。
私の思うところは他にある。
 
“どうせなら千早さまが良かったのに・・・”
 
 
元服を済ませ、矢風 (やかぜ) という名になった弟は
姉の結婚相手が結納の品を持って来る、と聞いた時に
父親と同様に、しかし密かにそう思った。
 
だがその婚姻は千早家の身分を更に引き上げ
敵対視されて高雄を、引いては青葉をも危険に晒す事になりかねない。
どうやら “血統” というものは
自分が思っている以上に、立場に影響を与えるものらしい。
 
矢風が高雄に憧れる、その気持ちも
自分と似た境遇にいながら、私欲を抑え
立派に家を背負っているからである。
しかも今の矢風よりも、ずっと幼い時に家を継いだという。
 
 
結納の品々を揃えた部屋で、一向は龍田家と顔を合わせた。
「敷島伊吹と申します。」
 
その声に、ハッと顔を上げた青葉は
部屋の向こうに愛しい人を見つけた。
 
まさか愛する人と結ばれるなど、夢にも思っていなかったので
目の前の現実が信じられない。
 
一方、父と息子は納得していた。
さすが高雄の友で、娘が好きになった男。
その晴れ晴れとした男っぷりには、文句の付けどころもない。
 
 
だけど、気に食わぬ。
矢風は、よくわからない不愉快さを感じた。
あいつに姉上を守れる気がしない。
 
八島の殿は、この婚姻による同盟に大いに乗り気で
祝いとして、城下に立派な屋敷も用意してくれ
所領 (領地) までくれるという。
家柄以外、龍田家がこの婚姻に異議を唱える隙はない。
 
 
一通りの儀式も終わり、帰途に就く時に
高雄が、矢風と話があるから待てと言う。
 
別に話などなかった。
伊吹の懐に、組み紐があるのを知っていただけだ。
高雄は矢風を連れて、スタスタと歩いて行った。
 
 
伊吹は、どうしたものかと迷った。
八島の殿が笑った安物の組み紐。
そんなものを再び渡されても、相手も困るであろう。
 
結婚の申し込みをしに来たのに、そしてそれを受け入れられたのに
それでも伊吹は弱腰であった。
 
馬具を整えていたら、従者が何か言いたげである。
振り向くと、花が、いや、青葉が立っていた。
 
 
いかんいかん、俺にはどうしても姫が花に見えるようだ。
伊吹が目をこすっていると、従者が見かねて言った。
「敷島さま・・・、おなごから来させるものじゃありませんぜ。」
 
「あ、ああ。」
伊吹は慌てて、青葉の元へと走って行った。
 
伊吹が青葉の間近に立ったのは、それが初めてである。
近くに行くと思ったより、その背が小さく感じたのは
美しさの迫力で、大きく見えていたのであろう。
しかし伊吹はやはり圧倒されて、声すら出せずにいた。
 
 
いつまでも無言で、ただただ青葉を見る伊吹に
木の陰、柱の陰、馬の陰、荷物の陰、軒下、屋根裏、
潜んでいるすべての者たちが、ジリジリと苛立たされた。
 
「あの・・・、いただいた組み紐は・・・。」
青葉が言い終える前に、伊吹が大慌てで
バタバタと袖や胸元を捜し始めた。
 
「こっ、これ!」
見つけた組み紐を、青葉の手にグイッと押し付ける。
 
 
その時に手が触れ真っ赤になる伊吹に、青葉まで赤くなる。
その空気に耐えられず、伊吹は背中を向けた。
「そ、それではっ!」
 
馬の方に向かったが、急にきびすを返し、再び青葉の方に走って来る。
青葉の目の前に、つんのめりそうに止まって叫ぶように訊いた。
「お、俺で良いんですか?」
 
驚きつつも青葉がうなずくと、もう一度訊く。
「ほ、本当に、お、俺で良いんですか?」
 
 
青葉はその真っ直ぐさが、たまらなく愛おしくなった。
「伊吹さまですから良いのです。」
 
伊吹はその答を聞くなり、無言で走り出し
馬に飛び乗って駆けて行ってしまった。
 
従者は呆気に取られて、身動きすら出来なかった。
青葉は渡された組み紐を胸元で握り締め
伊吹が見えなくなっても立ち尽くしていた。
 
 
塀の陰で、高雄は苦々しい顔で矢風に詫びた。
「すまぬ。
 あいつは、ああいうヤツなのだ・・・。」
 
矢風も思わず苦笑いをしてしまった。
 
 
 続く 
 
 
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