高雄は伊吹の舞い上がりを乾行に言わなかった。
馬鹿笑いをしたあげくに
高雄までも堅物扱いをされるのがわかりきっていたからだ。
しかし乾行がやってきた。
「伊吹の野郎、えらくウブな事をしでかしたらしいな。」
「・・・何故知っている?」
答は簡単だった。
「荷運びのヤツらが言ってたぜ。
評判になってるよ、“敷島さま” の純愛がよお。」
「ああ・・・。」
高雄は乾行のからかいを覚悟した。
だが乾行は予想外の反応をした。
「あまりに素っ頓狂な事をやらかしてると
“噂の姫さま” に、良からぬ興味を持つ輩も出て来るんじゃねえのか?
伊吹に注意しとかにゃなんねえな
あまり浮かれると足元をすくわれるぞ、ってな。」
乾行が心配をしていたのは、高雄と同じく
八島の殿の “興味” であった。
だがいくら注意をしても、こればかりはどうにもならない。
二人は、八島の殿が他の事に気を逸らしてくれるよう、心中で祈った。
そんな二人の苦悩を知る由もない八島の殿は
若い二人の恋の成就の “お手伝い” に夢中であった。
「のお、伊吹よ。
わしの今の一番の楽しみは、そちたちの結婚じゃ。
わしは、そちに破格の厚遇をするぞ。
それによる弊害は、そちが自分でどうにかせえ。
とにかく、わしは今わしがしたい事をする。」
はっはっはっ、と高笑いをする八島の殿に
苦い顔をする者、気の毒そうにする者、反応は様々であったが
高雄はそのすべてを記憶しようと、目だけで皆を見回した。
誰が敵で誰が味方か・・・。
当の伊吹は、不安そうな表情を隠さなかった。
「無骨者ゆえ、槍を振るう事しか出来ませぬ。
まことに、どうしたら良いのか・・・。」
この率直さが、伊吹が人に好まれる理由であった。
裏表を感じさせないのである。
いや、伊吹には本当に “裏” がない。
ゆえに私が代わりに考えねば・・・。
高雄の険しい顔を横目に見ながら、乾行は思った。
本当に庇護が必要なのは、この坊ちゃんだろうに
これから一層、気苦労が増えて難儀な事だな。
乾行は “政治” というものに、まったく興味がなかった。
孤児であるという事は、逆に乾行を自由にしてくれる
そう思っていた。
「乾行どのも嫁御が欲しくなったのではないか?」
家臣たちの軽口に、顔では笑っても心の底では嫌悪していた。
“家” なんぞ持ったら、その重さで、おりゃあ潰れちまう。
結婚なんて、冗談じゃねえな。
可愛い女たちと一回二回楽しくやって、じゃあなと別れて
戦場で握り飯を食って、星を見ながら陣で寝て
お天道さまが上ったら、馬に乗って一番槍を取って
そして俺もいつかは土に落ちるのさ。
墓石なんぞ、いらねえ。
鎧はぎが身ぐるみ剥ぐついでに、手を合わせでもしてくれたら
それが最高の供養さね。
乾行は馬を引きつつ、城門を出た。
「今夜も夜遊びですかい?」
馴染みの門番に、声を掛けられる。
「今宵も良い女が待っててくれりゃあ、嬉しいんだがねえ。」
乾行は、馬の背をペシペシ叩きながら
ブラリブラリと城下町へと歩いて行った。
続く
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