「おお、久々のお目見えだな。」
「相変わらず美しい。」
「いや、子供っぽさが抜けて色気が出たような。」
「いずれにしても、美しい。」
八島の城に、青葉がやってきた。
いつもは城下にある屋敷で、“奥” という役割りを果たすべく
家の事を学んでいたのだが、八島の殿からお呼びが掛かったらしい。
御前でお辞儀をする青葉に、八島の殿は上機嫌であった。
「おお、姫、敷島の奥となり、以前にも増して美しゅうなったな。」
「大殿さまにおかれましては、益々のご興隆の段
せん越ながら、お喜びを申し上げます。」
はっはっは と八島の殿が笑う。
「おお、おお、よき家の姫はどこに嫁いでも
礼儀をわきまえた挨拶が出来るようじゃな。」
重臣群の末席にいる伊吹は、その言葉に驚いたが
かろうじて動揺を表に出さずに済んだ。
「今日、そちを呼んだのはな
わしの、ちょっとした頼みを聞いてほしいのじゃよ。」
高雄の背筋がヒヤリとする。
「お断り申し上げます。」
再び頭を下げる青葉に、全員が えっ? と注目する。
「待て、わしはまだ何も申してはおらぬぞ?」
青葉は顔を上げて、平然と言った。
「ものすごく嫌な予感がいたしますの。
お聞きしてからお断りするのは、失礼だと思いますので。」
あまりの開けっ広げな言い様に、ハラハラして下を向く者もいる中
八島の殿は、ニヤニヤとしていた。
「よいよい、おなごは我がままなぐらいが可愛い。」
「じゃがな?」
八島の殿が立ち上がり、青葉の目の前に立つ。
「わしの方が我がままじゃぞ?」
腰の刀は・・・
その場の全員が、八島の殿の右手の行方を見守る
このようなピリピリした雰囲気が、八島の殿の好物であった。
普通ならば、大殿の前での帯刀は禁じられる。
しかし八島の殿は、あえてそれを命じる。
それは、斬れるものなら斬りに来い、という自信を感じさせ
帯刀の許可は、重臣たちを逆に不安にさせていた。
青葉はまったく気にしていないようでいて、青ざめていた。
姉がああいう死に目に遭ったのだ。
“殿” という生き物が突然何をしでかすか、わからないのを
誰よりも深く思い知っていた。
だからこその、先制だったのだ。
大殿さまからの呼び出しなぞ、ロクでもない事でしかない。
どういう結果になろうと、意思表示だけは先にしておかないと
わたくしの、龍田家の、そして伊吹さまの名誉が堕ちる。
八島の殿は、背筋を伸ばして座っている青葉の前にしゃがんだ。
「間近で見ても美しいのお、そなたは。」
もはや伊吹にとっては、それは褒め言葉ではなく脅迫に等しかった。
表情を変えないようにするだけで精一杯であった。
「わしね、いくさが詰まってるの。」
その甘え声に、全員が は? と八島の殿を見る。
「ほら、宿敵である吾妻家との争いだけじゃなく
青葉ちゃんとこの山城を追っ払ったら
周囲の大名たちが跡地を奪い合いだしたでしょ?
そしたら青葉ちゃんとこが危ないから、助けなきゃいけないしぃ。」
青葉は最早、どういう表情をして良いのかわからず
呆然と八島の殿と鼻を付き合わせている。
「そんでね、うちには将が足りないの。」
八島の殿はすっくと立ち上がり、重臣たちを見回した。
「敵武将の首も取れぬ奴は、将とは呼べぬわ!」
いきなりの怒声に、一同は慌てて下を向く。
どうやら八島の殿は、先日の吾妻家とのいくさが
いつもの小競り合いに終わった事が不満のようであった。
確かに最近の吾妻家との勢力争いは、形骸化している
と言っても、過言ではないかも知れない。
しかし、それと青葉を呼びだす事が
どう関係があるのか・・・。
八島の殿が、青葉の方に振り返った。
「そこでじゃな・・・。」
殿は自慢を増やしたいらしい。
続く
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