殿のご自慢 33

八島の殿は、青葉を騎馬大将のひとりに任命した。

空気がざわつく中、青葉が黙っていたのは
“大殿” という人種には、何を言っても無駄だと知っていたからである。
“女” として求められるより、マシかも知れないわ。

八島の殿は、そんな青葉にいたく満足したようであった。
「そちは、本当に利口な女じゃのお。
さすがは良い血筋じゃ。
生き延びる術を本能で知っておる。
はっはっはっはっ。」

八島の殿の笑い声だけが響く中
高雄は気配だけで、末席の伊吹の様子を伺った。
大丈夫、伊吹は耐えている・・・。

 

「大殿さまのお召しという事で、無理難題を命じられそうで
何だか嫌な予感がいたしますわ・・・。」

青葉が自分の手を握って、不安そうに訴えてきた時に
伊吹は笑って済ませた。

「いくら大殿と言えども、女であるそなたに無茶な事はおっしゃられぬさ。
山城とは違うのだ、案ずる必要はない。」
青葉は、そうならばよろしいのですが・・・ と、目を伏せた。

俺が馬鹿だった。
大殿は、“姫を俺に嫁がせた” お方だ。
それが全部厚意でなど、思い込んでいた俺が・・・。

今日の大殿の様子では、俺たちは良いおもちゃ。
青葉は多分、苦労をする事になる。
俺なんかと出会ったせいで・・・。

 

伊吹の前に座っている乾行は、その顔色に胸が痛くなった。
本当なら新婚で、幸せいっぱいのふたりのはずなのに
何ちゅう、ひでえ事をしやがる。

周囲の重臣たちの顔を見回す。
気の毒そうにしている者が多い中に、明らかに楽しんでいる奴がいる。
身分のない俺たちが、ここにいるのが気に入らないヤツらだ。

乾行は目を閉じた。
ああ、つまんねえ、つまんねえ世の中だ。
生まれた時から、既に死ぬまでの道筋が見えている。

 

・・・・・・・・いや?

乾行はゆっくりと目を開いた。
伊吹を見る。
そして青葉を見る。

このふたりは、その道筋から逸れているではないか。
そして俺も、本来はここにいる事のない者ではないか。

・・・そうか・・・
乾行はあごを撫ぜながら考え込んだ。

人生はわからないのか。
面白く出来るのか。
俺たちには、まだ先は見えていないのか。

 

伊吹が乾行の視線に気付いた。
乾行は、ニッと笑った。

その表情を見て、伊吹は少しホッとした。
最悪じゃないんだな?

ああ、そうだ。

乾行の目が、そう言った気がした。

 

続く

 

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