殿のご自慢 42

八島の殿は茶を点てていた。

「おお、青葉姫
こたびの活躍は見事であった。
こちらへ座って一服付き合ってくれぬか。」
青葉は一瞬苛だったが
とりあえず大人しく座った。

 

座っていると
あたりが妙に静かな事に気付く。
そう言えば、案内されて無我夢中で来たけど
ここは大殿さまの個人の区画。
城の中でも奥まった
人がいないところなのね。

静寂の中で
青葉の五感が研ぎ澄まされていく。
お湯がシュンシュンと沸く音がする。

 

「わしが悲しんでいないと思うかね?」
青葉はその言葉にムッとした。

「・・・卑怯でございますわ。
このように頭を冷やされたら
大殿さまの気持ちまで
わかってしまいます。」

八島の殿は、ニヤリと笑った。
「そう。
わしがそちを好きなのは
そういうとこなのじゃよ。」

八島の殿が、釜に差し水をする。
「人はその面 (おもて) の美しさに
魅入られるが
そちの真の魅力は、その美しい毒にある。」

 

「毒・・・?」
青葉は八島の殿の言葉の意味がわからず、
侮辱された気分になった。

「おや、冷えた頭がまた沸騰してきたかね?
山出しの手習いじゃが、まあ飲んでくれ。」

差し出されたお茶を飲んだ青葉は
溜め息を付いた。
「結構なお服加減で・・・。」

 

青葉は言葉を途中で止めて、しばらく黙り込んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・
本当に美味しゅうございました・・・。
はあ・・・
怒らせられたり、落ち着かされたり
これでは、わたくしが
馬鹿みたいでございますわ・・・。」

八島の殿はあぐらをかいた膝に肘を乗せ
その手で頬杖をつきながら、
無言でニヤニヤするだけであった。

 

何気なく庭を見ると
こじんまりとした中庭に
計算された木や石の配置がなされている。
あら・・・、大殿さまは意外に
繊細なご趣味をお持ちなのですのね。

無言で木の葉を眺めていると、
涙がポロポロとこぼれてくる。
「乾行さまは、わたくしの
師でいらっしゃいました。
仇を討ちとうございます。」

「皆、そうよ。
あやつに敵はおらなんだ。
あの自由さに憧れこそすれど
嫌う気にはなれぬ。」

ああ、そうでございますわ・・・
わたくしよりも皆さん、
長いお付き合いでらっしゃいますものね。

「そうでございました・・・。
わたくし、出しゃばり過ぎました・・・。
諌めて (いさめて) いただき
ありがとうございます。」
青葉は深々と頭を下げた。

 

退出しようとする青葉に
八島の殿が声を掛ける。
「姫よ、乾行の仇はいずれ
そちに取らせよう。
今はただ、その死を悼め(いため)。」

いずれ?
という事は、大殿さまは
すぐには動いてくださらないの?
槍大将のひとりが殺されたというのに?

 

八島の殿の顔を伺うと、
そっぽを向いたまま行け行けと手を払う。
青葉姫は再びお辞儀をして、部屋を出た。

この問題は、あまり考えない方が
良いのかも知れない・・・。

それはただの勘であった。

 

続く

 

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