殿のご自慢 45

「いつから始めますかな?
それがしは今日からでも構いませんぞ。」

思いがけずに降って湧いた、
青葉との接触の機会。
それも八島の殿の “命令” に
勝力は浮き浮きしていた。

軽い男ね・・・、青葉は少しイラ立った。
「今日は駄目です。
これから槍・・・のお礼に
乾行さまのお・・・墓に
お参りしたいのです。」

また涙が溢れてくる。
すっかり泣き癖が付いているようで
困った事ですこと。
青葉はグイと無造作に涙を拭った。

 

「では、それがしも
護衛で付いて参りましょう。」
青葉は即答した。
「いえ、ひとりで行きたいのです。」

勝力はしつこくしなかった。
代わりに馬や花の手配を
テキパキとしてくれた。
その手際の良さに驚く青葉に
勝力はニッと笑う。
「武闘派だと思われがちですが
それがしは文武両道なのですよ。」

 

墓所は町の外れの寺にある。
乾行の墓には、煙を上げる線香が
置かれていた。
つい先ほど誰かお参りなさったようね。

自分も花を添え、しゃがんで手を合わせる。
わたくしも、いつ天命が尽きるか
わかりませぬけど
姉上や乾行さまが先にいらっしゃると思うと
恐くありませぬ。

姉上も美人だから
きっと乾行さまはお喜びですわね。
クスッと笑う青葉。

 

帰りは少し遠回りをして
草原の方へと向かった。
横座りをして、青葉は馬を飛ばす。
肩の下まで伸びた髪が風になびく。

まだ少しの時しか経っていないのに
こうやって馬を走らせるのが
随分久しぶりに思える。

わたくしはすっかり
お転婆になってしまったのかしら。
青空に向けて、スウと息をする。
こんなにも世界は広かったのですね。

馬上で気持ち良さそうに空を仰ぐ。
ああ・・・、これでまた頑張れますわ。

 

その時、遠くで何かが聞こえた気がした。
注意深く見ると
草むらを数人の男が走っている。

「誰か!」
女の声に、駆け寄る青葉。

 

行ってみると、女が男たちに追われていた。
「お待ちなさい!」

青葉の言葉に振り向いた男たちが喜ぶ。
「おおっ、これは
ものすげえ美人じゃねえか。」
「おい、待て、あの格好は
良いとこのお嬢さまだぜ。」
「良いとこのお嬢なら、余計に好都合だぜ。
恥を恐れるから
口止め料もはずんでくれるさ。」

男たちの言葉に、青葉の怒髪は天を突く。
「なるほど、下衆なお方たちですのね。
試し斬りにはちょうど良いですわ。」

槍の包みをほどく。
日光を反射して槍の刃が輝く。

 

「槍は技術がないと接近戦は不利
馬上から振り下ろす事。」
「右利きなら、常に馬を左回りに動かし
死角を潰す事。」
「多人数を相手にする時は
まず全員に傷を与えて動きを鈍らせ
全体を見つつ、無理をせずに
ひとりひとり仕留めていく事。」

乾行の教えを忠実に実行して行く青葉。
赤槍は、初めて使うとは思えないほど
手に馴染んでいる。

 

高価な着物をちゅうちょなく血で汚し
男5人を余裕で倒した青葉は
槍に愛おしそうに抱き締めた。

「乾行さま、ありがとう・・・。」

 

続く

 

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