殿のご自慢 46

「け・・んこう・・・?」
腰を抜かしていた女がつぶやく。

「あ、ごめんなさい、ご無事ですか?」
馬を降りて、青葉が
女性のところに膝を付く。

 

後ろでカサッと草を踏む音がする。
まだ残党がいたのですか
青葉が振り向きざまに槍を振る。

キィン

受け止めたのは
鞘から3寸しか抜いていない刀。
ニヤニヤする勝力に
熱が冷めない青葉が向かう。

「ひ、姫さま!」
慌てながらも、余裕で青葉の突きをかわし
鞘に入ったままの刀を
青葉の眉間で寸止めする。

 

わたくしは決して強くはない。
だけど、そのようなわたくしでもわかる。
このお方は相当な腕前だわ。

強張った表情を崩さない青葉の目を
見据えながら
用心深く、その手の槍を押さえる。
「姫さま、お顔に似合わず
凶暴でいらっしゃいますな。」

青葉はヘタり込んだ。
先程の5人を斬った興奮が静まらない。

 

「悪人なら楽しく斬って良いんですよ。」
その囁きに、気付いたら頬を叩いていた。
あの槍をかわせる勝力が
大人しく殴られている。

「ごめ・・・」
「それがしに謝る必要はないんですよ。」

違う、これは八つ当たりだ。
わたくしの中で
何かが変わっていっている・・・。
青葉は血に濡れた赤槍を見て
愕然とした。

 

「このお姫さまの方が大丈夫?」
ようやく立てるようになった女が
青葉を覗き込む。

「あ、ごめんなさい。」
青葉は着ていた上掛けを脱いで
女性の肩に掛ける。
「血で汚れているけど
我慢してくださいね。」

「とんでもない
こんな高価なお着物をもったいない。」
「よろしいのです。
送りますから
おうちを教えてくださいな。」

女は完全に落ち着いたようだ。
「こういう事なんざ、あたしらにとっちゃ
日常茶飯事ですから、お気になさらず。
こんなとこを、女ひとりで
歩いていたのが悪いんですから。」

「でも・・・。」
なおも心配する青葉に、女は言った。
「あんた、青葉姫さまでしょう?」

「え、ええ。
どこかでお会いしましたかしら?」
「ううん、乾行さまに聞いていたから
知ってるだけ。」
思わぬ人物の口から乾行の名が出て
驚く青葉。

 

「近くで見ると、恐いぐらいの美人だね。
こりゃ敵わないわ。」
「乾行さまとお知り合いですか?」

状況が飲み込めない青葉が懸命に訊くのを
勝力が止める。
「相手しちゃ駄目ですよ。
ありゃ、遊び女(あそびめ)ですよ。」

その言葉に女が怒る。
「違うよ! 失礼だね。
あたしゃ、乾行さまの女だよ!」

 

「こんな高価な着物を着て戻ったら
盗んだと誤解されちまう。」
青葉の手に着物を押し付け
女はさっさと歩いて行く。

「あ、礼は言っとかないとね。
助けてくれて、ありがとね。」

 

返された着物を取って着せてくれる勝力に
青葉が嬉しそうに言う。
「乾行さまの恋人って事ですのよね?」

だから、あんた、敵視されてるんだって
気付いてくださいよ。

勝力が内心、呆れる。

 

続く

 

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