殿のご自慢 47

血まみれになって帰った青葉を
使用人たちが悲鳴で出迎える。
その、ヒイイイイイイイッ
という叫び声を塀の外で聞き
勝力は吹き出した。
憧れのお姫さまは予想外に猪だった、と。

・・・いや、予想外でもないかな
最初からそうだったな。
勝力は思い出を廻らせる。

 

勝力が青葉を初めて見たのは
山城の仇討ち戦であった。
あの時に、八島の殿に物見を命じられ
密かに龍田軍に足軽として潜り込んだのは
この勝力であった。

子供が腕を振り回すような
そんな戦いしか出来ないのに
恐がりながらも前へ前へと進む
青葉の泣き顔が、強烈に脳裏に刻まれた。

あの時の姫さまは、恐怖と怒りで
鬼の形相だった。
俺は般若の面の美しさを
それで知ったのだ。

 

それから近付く機会は中々なかったが
乾行の葬儀で再び青葉の涙に出会う。
そして今日の武具庫前。

見る度に、人目もはばからずに
平気で泣いている姫に、勝力は心酔した。
般若と無邪気な子供を身の内に持つ
美しい女。

 

高雄さまは青葉姫さまをお嫌いだし
乾行どのも敷島どのとも親しくない。
乾行どのの死は、正直俺に取っては
邪魔者が消えてくれた、
・・・喜ばしい出来事だな。

勝力に青葉をどうこうしようとまでの
下心はなかったが
“側にいて都合の良いところだけは
享受したい” という心情は
奇しくも乾行と同じであった。

いや、自分に近付く男は
全員自分に惚れている
と、普通に受け取る青葉にとっては
勝力のこの気持ちは
奇しくでも珍しくもなかった。

 

「乾行さまがお通いになってらっしゃった
お店だと思うのです。」
「は、はあ・・・。」

使用人に “乾行の女” の
居場所を探すよう
青葉が命じているところに
伊吹がズカズカと歩いてきた。

「あ、伊吹さま、けんこ・・・」
言い掛ける青葉の衿を掴み
壁に押し付ける伊吹。
ダンッと大きい音がして
使用人は青ざめて席を外した。

「新しい師が出来たそうだな?」
「勝力の事なら・・・」
「呼び捨てか? 出来たのは下僕か?」

 

「乾行の赤槍の試し斬りは
上々だったそうだのお。」
「はい、悪漢5人を
軽く斬り捨てておられました。」
「おお、見てみたかったのお
はっはっはっはっ」
八島の殿が大声で笑う前で
勝力は誇らしげであった。

乾行だから許した。
いや、乾行ですら
許せなかったものを・・・。
伊吹は震える手を隠すように握り締めた。

 

やきもちは愛されている証し
などと悠長に考える青葉は
伊吹の目の色を読み誤った。

「伊吹さま、わたくしの周囲の
殿方の事をお気になさるのは
きりがない事と思います。
わたくしにはあなただけなのです。
それで良いではございませんか。」

その瞬間、伊吹が違う生き物に見えた。
首を絞められた青葉の意識が薄れていく。

使用人から知らせを受けて
駆けつけた如月が止めに入ってくれた後
青葉は伊吹の足元に崩れ落ちた。

 

目覚めた時は布団の中であった。
「伊吹さまは?」
起き上がろうとする青葉を
如月が止める。

青葉の喉は枯れ
目は毛細血管が切れて真っ赤であった。
伊吹は本気で青葉を
殺そうとしたのである。

 

「青葉さま、あまり殿方を
甘く見られないよう・・・。」
如月が心配そうに言う。

「大殿さまに逆らっても首が飛ぶのです。
でしたら、伊吹さまに殺されたいわ。」

青葉はそれを武家の娘として
当然の心構えだと思っていたが
如月は涙をこぼした。

お可哀想に・・・。

 

続く

 

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