人の顔の見分けがつかないので
自分の顔ですら、鏡を見る度に
「あれっ? こんな顔だったっけ?」 と、驚く。
というか、色んな意味で驚ける面構えなんだが。
私はとても客観的なヤツなんで
自分の顔はドブスだと自覚している。
なのに、何故、整形もせずに生きていけるのか?
醜いもの=魅力がない、じゃないからである。
自分の顔は、人間としてはアウトだろうが、動物としてはオッケー!
と、ハシビロコウラブリーな美的感覚の持ち主の私は胸を張る。
現に歴代彼氏が私の事を、可愛い、キレイだ、と言っていたので
こういう感覚の持ち主は結構いるって証拠だ。
しかし、解せんのが、この歴代彼氏たち
難ある私の顔を好んではいたが
誰がどう見ても美しい私のナイスバディには
そう価値を持っていたとは思えない点だ。
逆に恋愛関係にない男性は、とても褒めてくれる。
恋愛は顔なのか???
だったら、やはり美人の方が、数倍得であろうが
そう、損をしているとも思えないので
世の中、マニアはかなり多いらしい。
平気で自分のツラをブサイクだと言い放つ私だが
美人を羨ましいと思った事はないのか?
これが不思議にないのである。
美人を見るのは大好きで、すげえ目の保養になって楽しい。
いつも隣に美人がいてほしい、と、懇願したいぐらいだ。
だが、美人になった事がないので
美人がどんな良い目にあってるのか
想像力が貧困な私にはわからない。
1日だけ、(いや、愚鈍な私だったら1年はないとダメか?)
美人になれたら、どんなに得かが理解できるかも知れん。
では、ナイスバディで得をしてるか?
これがさっぱりである。
確かに、何を着ても似合うという利点はある。
モデルとか、売春婦とか、換金してれば
価値も大幅アップだろうが、そういう気はない。
いくらなんでも、この私もそこまで図々しくはなれんさー。
せいぜいが自画自賛して、ストレス解消ぐらいの役にしか立ってない。
ジャロには抵触するかも、という “素人にしては” レベルだが
ナイスバディなのはウソじゃねえしな。
結局、魅力ってのは “つくり” じゃねえって事だ。
「と、エラソーに言うおめえはどんだけ魅力的なんだ」 と
問われたら、あっさり 「知らん」 のひとことで終わらせる。
自分のこのスペースファンタジーな顔を見て
「お、何か可愛い (はぁと)」 とか、たまに思う私でも
それがどういう心境なのかはわからんからだ。
多分、魅力ってのは、“人の判断をトチ狂わせるもの”
ある種の電波みたいなもんじゃないかと推理する。
てか、自分の外見が美しくないからと嘆くヤツは
自分に多くを望みすぎだと思うぞ。
自分が 「かーわいーーー!」 と言ってる物をよく見てみ?
絶対に気色悪い物多数のはず。
美=魅力じゃないと誰でも知ってるはずなんだがな。
何で自分の事になると、そう欲を出すんだか。
欲望には終わりがないから、初手から質素に生きるが幸福だろ。
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