「1日2食って、あんた、だからそんなに痩せ細っているんだよ。
ちゃんと食べないと、体が持たないよ。」
この手のセリフを聞き飽きていたアッシュは、無視して
ローズのベルトに挟んである大鋏を見て言った。
「にしても、その大鋏、凄いですねー。
グリップを閉じたら、鋏部分が飛び出るんですかー。
あ、細いチェーンで繋がってるわけですねー?
これ、自作ですかー?」
「ああ、これね。 もう何代目かね。
鍛冶屋に作ってもらったんだよ。
あたしゃ武器は何でもこなせるんだよ。
ただ今回はたまたまこれにしただけさ。」
ローズが少し大声になったのは、周囲に聞こえるようにである。
来れるものなら来てみろ、という威嚇なのだ。
「あー、良いですねー。
私も何か武器が欲しいですねえー。」
「あんたに武器が操れるのかい?」
ハッタリの賭けに出たローズに、アッシュが見事に応えた。
「まず接近戦用に、ナックルは必須ですよねー。
でもそれはあくまで近付かれた時のためですから
筋力が弱い私には、長刀みたいなんが欲しいですねえー。」
こいつもとんだハッタリ屋だな、とローズは痛快だったが
何とアッシュは本気で言っていた。
その場にいた人々には、アフタヌーンティーの話題に
のんびりと武器の希望などを語り合っているふたりの姿が
歴戦のツワモノに映っていた。
6人中5人がそう思っても、違う意見のヤツは必ずひとりはいる。
「あんたも役者だねえ。」
階段を下りながら、肘で突付いてくるローズの言葉の意味が
アッシュにはわからなかった。
が、ローズの眼差しの変化で、後ろに敵がいる事を察知した。
「おまえら、自信満々のようだな。」
ちっ、刺激しちゃったか、ローズは後悔した。
素早く大鋏を取り出したのだが、男はその刃を掴んだ。
力勝負だからって負けないよ!
ローズと男が睨み合って、力比べをしていたら
ローズの頭頂部の髪をかすめて、男の側頭部に何かが当たった。
アッシュが、そこいらに落ちている箱やら壷やらを
男の頭目掛けて投げたのである。
それもフルスイングで、容赦ない勢いである。
男が怯んだ瞬間をローズは見逃さず、鋏を突いた。
男は手摺りを背に、何とか踏みとどまったが
背が高いのが災いして、手摺りの外に反りかえるような体勢になった。
そこにアッシュが駆け寄り、男の片足にしがみ付き
持ち上げようとし始めた。
「おっ、おまえ鬼か?」
男はそう罵ったが、この数秒の一連の動きから
アッシュが自分の能力に合わせて、的確な反応をしている事を
ローズは読み取った。
文字通り、足をすくわれた形で男は階下に落下したが
その瞬間アッシュが耳を塞いだのをも、ローズは見逃さなかった。
男の落ちる音を聞きたくない、というのは
裏を返せば、どうなるかわかっててやったのだ。
罪悪感は? などと、キレイ事を言っていたアッシュが
自ら敵を手に掛けるなど、どれだけの覚悟か。
その上にアッシュが発した言葉は、ローズを感動させて余りあるものだった。
「大丈夫ですかー?」
敵の心配をするでもなく、己の不遇を嘆くでもなく
まず最初に口にしたのが、ローズの身を案じる言葉である。
こいつは恐るべきスピードで学んでいるのだ。
普通に育ってきた人間には理解が出来ないであろう、この環境下において
望んだわけでもない試練に、たった一日二日で順応しかけている。
こいつは本当に掘り出し物かも知れない。
ローズはアッシュの進化に、感嘆していた。
しかしアッシュの真意は、そこにはなかった。
アッシュは自分が被害者だという気持ちを手放してはいなかった。
むしろ、そこに唯一の救いを求めていたのである。
アッシュは常に、自分のつたない法知識に照らし合わせて
どう言い訳が出来るのかを考えていた。
だが、この状態では最早言い逃れは通用しない。
そうなれば、自分が如何に生き延びるか、のみに照準に合わせ
後はここの閉鎖性に期待するしかない。
それ以上に問題なのは、自分の倫理観とどう折り合わせるかである。
それがかなりの困難な思考転換ゆえに
他人の心配をして、小さな善行を積み重ねようとしているのだ。
ローズに対する気遣いは、この心理によるものである。
もちろん、これを計算ずくでやっているわけではない。
無意識に一番安心できる方向に向いているだけで
言わば、心の防衛本能のようなものである。
アッシュの必死の心の攻防とはうらはらに
ローズはそれを、アッシュの “成長” と解釈していた。
アッシュの背中に、冷たい汗が大量に流れているのに
ローズもアッシュ本人も気付いてはいなかった。
「あいつが鋏と共に落ちちゃった。 急いで取りに下りないと。」
ローズとアッシュが階段を駆け下りると
そこには別の男が立っていた。
武器なしはマズったね。
焦るローズの背後で、アッシュが悲鳴を上げながら階段に戻った。
あ! バカ! あたしから離れるなんて!
慌てるローズを尻目に、敵の目はアッシュだけに注がれていた。
階段の半分を上ったところで、アッシュは突然振り向き
足元に転がっているものを手当たり次第に敵に投げ始めた。
これが功を奏しているのは、アッシュの投法が優れているからである。
斜め上から振り下ろす腕からは、硬い物体が猛スピードで
それも確実に敵の体の中心部に飛んでくる。
ローズが落ちた男から大鋏を取り戻すだけの時間は稼ぐ事が出来た。
敵がうずくまる瞬間に、アッシュは目を逸らしはしたが
ローズの元に駆け寄って訊いた。
「敵って男性だけなんですかー?」
いや、そんな事はない。
多分あたしが護衛だから、腕の立つのが来てるんだろう
ローズがそう説明すると、アッシュは首をかしげた。
「相手が弱いだけなんじゃあー?」
あんたの攻撃力が計算違いだっただけで
見た感じ、どいつもそこそこいってたと思うがね。
行きがけの敵は、知ってるヤツだったからわかるけど
カウントダウンを無視しないと、本当に危なかったんだよね。
ローズはそう思い起こしながら、アッシュに訊いた。
「あんた野球かなんかやってたのかい?」
「いいえー、私、運動神経も良いんですよー。 球技は得意ですしー。」
アッシュの思い上がった言葉にも反感はなかった。
実際にあの投げ方は、運動神経の良さを表わしている。
明日から来る敵は、アッシュに対しての認識を変えて手強いだろうね。
密かに危惧するローズに、アッシュが追い討ちをかけた。
「ローズさんー、武器は複数身に付けるのが基本ですよー。」
続く。
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