ふたりがやってきたのは、北館2階である。
確かにここはまだ調べていないけど
この前1戦目で逃げ帰ったのに、大丈夫かねえ。
心配するローズに、アッシュが振り返ってドアを指差す。
その目は前回とは違い、力強い光が宿っていた。
ローズがうなずくと、アッシュはドアの横の壁を背にして
左手を伸ばしてドアを静かに開けた。
部屋の中は無人であった。
アッシュは全体を見回すと、さっさと隣の部屋のドアの前に移動し
またローズの目を見て、無言でドアを指差す。
まるで別人のようだね・・・。
ローズは不思議だった。
この2日間で、何故こうまで変われるのかわからない。
ローズの目には、“変わった” と映るだろうが
ふたりが出会った瞬間に、アッシュはパニックを起こしていたので
それが正確な表現なのかは定かではなかった。
2つ目の部屋も3つ目の部屋も、人の気配はなかった。
4つ目の部屋の中に立ったアッシュは言った。
「このエリアは色んな作業をする部屋ですよねえー?
普段は人が仕事をしているんでしょー?
それが誰もいない、って事はー・・・」
「ここが今日のバトルエリアってこった。」
急に男性の声がしたので、アッシュは飛び上がった。
「うおっ、びっくりしたああああああ!!!!!」
あ、やっぱり変わってない・・・、とローズは思った。
それが嬉しくもあり、残念でもあるのは
ローズの方が、変わりつつあるのかも知れない。
アッシュは男を睨みながら腕を振った。
シャシャッガッと音がして、警棒が伸びた。
その様子が我ながら格好良すぎて、アッシュはついついニヤついた。
「おっ、警棒かい、マニアだね。」
「いやー、マニアってほどじゃないですよー。 えへへー。」
「俺の武器はこれだぜ。」
男が差し出した武器を見て、アッシュは驚いた。
木の棒に、直角に取っ手が付いている。
「あっ、トンファー!」
「ほお、知ってるのかい?
カンフー映画で観て、自分で作ってみたんだ。」
「手作りですかー? えー、すっげーーーーー!
じゃ、三節棍とか作れますー?」
「あー、あれねー。 うん、作れると思う。」
「私、中国で行われた少林寺拳法の大会をTVで観たんですけど
三節棍使いが優勝してた記憶があるんですよねー。」
「えっ? そうなのか?
確かにこれ、ちょっと使いづらいし、んじゃあそっちにしてみようかな。」
「あれ、絶対に便利だと思うー。 相手との距離幅の融通も利くしー。」
「あんたのそれも面白いな。 腕にくっついてんのかい?」
「そうなんですよー、格好良くないですかー?
こう、シャキーンと出して・・・、あれ? 引っ込まないー。」
「ああ、それ垂直に押さないと引っ込まないんだよ
コツがいるんだ。 ちょっと貸してみい。」
「こうやって真っ直ぐコンコンと・・・」
と、男が実践し
「うわ、難しそうーーー」
と不安がるアッシュに、アームのベルトをはめてやる。
「慣れれば、すぐ引っ込められるようになるよ。」
妙になごやかな雰囲気のふたりを見て
イライラしていたローズは男に鋏の先を向けながら、怒った。
「ちょっと、あんたら、何を仲良くやってんだい。 さっさとやるよ!」
「あ、俺、やらねえ。」
「はあ?」
「やっぱ話すとダメだな。 話が合ったりすると特にな。
俺はリタイアするよ。 嬢ちゃん頑張んな。」
「あ、あ、ちょっと待って、三節棍、作ってもらえませんかー?」
「オッケ、出来たら貸すよ。 俺は4階に住むラムズってもんだ。」
「ありがとうーーー。」
にこやかに手を振るアッシュを見ながら
怒るべきか、無視するべきか、ローズは迷っていた。
ラムズは普段から気の良いヤツで、ローズも戦いたくはなかったので
結果としては良かったのだが、それは運が良かっただけ。
あのように、すぐに無防備になられたら困る。
迷ったあげくにローズの口から出た言葉は、自分でも以外だった。
「嬢ちゃん?」
そうなんですよー! と、アッシュはエキサイトした。
「東洋人が若く見られるのは話には聞いてたけど
まさか、ここまでとは思いませんでしたよー。
そりゃ私は日本人同士でも若く見られてたけどー。」
天狗になろうとしているアッシュの鼻を、ローズはさっさとへし折った。
「ふん、人前でビービー泣くから、ガキだと思われてんだよ!」
「あっ・・・、そうだったんですかー・・・。」
見るからにガックリきているアッシュの、うつむいた横顔に
すぐ顔に出すのがガキの証拠なんだよ、と思ったが
ここで落ち込まれると、また面倒なので
何か良い慰めの言葉でもないか、と捜していると
アッシュがローズの顔を見て言った。
「ローズさん、私、褒められて伸びるタイプなんですー。
と言うか、褒められないと絶対に伸びないタイプなんですー。
ウソへったくろでも良いから、とにかく褒めといてくださいー。」
これはジャパニーズジョークなのか? と、一瞬疑ったが
アッシュの真っ直ぐな瞳に、心の底から真面目に言ってると気付き
激しい動揺を隠すがごとく、こぶしでアッシュの脳天をゴツンと叩いた。
ローズの鉄拳は、結構痛いものがあったが
大人しく後ろを付いて行ったのは
部屋を出るローズの背中が、怒りに燃えていたからである。
うちの親戚連中もこんなやってすぐ怒るしなあ
アッシュは、自分の言動がある種の人間にとって
ガラスに爪を立てる行為と似たようなものだとは気付いていなかった。
その、“ある種の人間” とは
アッシュを心配してくれる人々である事も。
続く。
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