ジャンル・やかた 42

「ナポレオンが3時間しか寝ない、っていうのがわかったわー。」
長老会会議に出席するための、移動の車の中で
アッシュがリリーに、突然まくし立て始めた。
 
「ナポはね、寝ないんじゃなくて、寝る時間がなかったんだよー。
 私、今ナポ並に寝てねえのよー。
 不眠症気味だから良いかあ、と、あなどってたら
 寝る時間がないのは、寝られないより辛かったんだよー。
 ピンクレディーが絶頂期の記憶がない、とか言ってたけど
 私も最近、記憶がねえのよー!
 痴呆じゃなくて、ほんと記憶がねえのよー!
 酒飲んで翌日の記憶がない、って経験した事ないけど
 あれって、こういう感覚ー?
 こんな記憶飛び飛びで、大丈夫なわけー?
 私ちゃんとやってるー?」
 
リリーが冷静な眼差しをアッシュの方に向け、事務的に言った。
「主様はちゃんとお仕事をやってらっしゃいます。
 かなりお疲れのようですね。
 と言っても、休みが取れるわけじゃないですから
 わたくしには同情しか出来ませんが。」
 
「同情するなら休みくれーーー!
 とか言っても、外人のあなたにはわからないだろうけどねーっ。」
「・・・ここでは外人はあなたの方ですが。」
 
リリーの冷静な返答に、アッシュは叫んだ。
「ああああああああああ、愛が欲ちーーーーーーーーーーーっ!」
 
 
運転手の不安そうな目が、ルームミラー越しにリリーの目と合う。
「こんなお方でも、やる時はやりますので心配無用。」
リリーの言葉に、運転手は慌てて前を向き直した。
 
「助けてーーーーーーーー! 拉致されるーーーーーーーーー!」
車の窓に両手を押し付けて、アッシュが叫ぶ。
「こらっ! その冗談はダメです!」
リリーが、アッシュの首根っこを引っ張ってシートに押さえ付けた。
 
 
「いっその事、長老たち、殺っちゃおうかー・・・
 いや、そんな一瞬で終わらせてあげるなんて、ナマぬるいー。
 そうだ、長老たちも館に住まわせれば良いんだよー。
 あいつら遠くからグダグダ言うだけで、ほんと気楽で良いよなー。
 私なんか毎日、監視の目に晒されて、秒ごとに神経がすり減って
 ついでに寿命もすり減って
 ああー・・・、主になっても結局、生死の境には変わりねえんかよー。」
 
アッシュはしばらく、ウダウダとグチを言っていたが
やっと静かになったと思ったら、代わりにギリギリという轟音が車に響いた。
見ると、爆睡して歯軋りをしている。
歯軋りの音というのは、結構デカい。 しかも癇に障る。
 
まったく、起きてても寝ててもうるさい・・・
リリーと運転手は、また目が合った。
 
 
その日の長老会会議では、より一層発奮したアッシュが
狂乱にも近い演説をブチ上げた。
 
ジジイがリリーにコソッと訊ねる。
「どうしたんじゃね? 今日は。」
「ナポレオン様のうっ憤晴らしですわ。」
クールに答えるリリーの顔を、ジジイが???と見つめた。
 
まあ、あの妙な迫力が人心を惑わせるんだから、主様も大したお方よね
リリーは、これっぽっちも心配をしていなかった。
 
 
帰りの車の中では、行きとうって変わって落ち込んだアッシュがいた。
「何か言い過ぎた気がするーーー・・・。」
そしてノートパソコンを打っているリリーにすがりつく。
「ね、私、マズかったかなー?」
 
リリーはモニターを見たまま、答える。
「あれで良いと思います。」
「ほんとー? ほんとーーーの事言ってー! お願いー!」
しつこいアッシュに、リリーは同じ口調を繰り返した。
「あれで良いと思います。」
 
これ以上食い下がると、リリーが激怒し始める予感がしたので
アッシュは反対側の窓に顔をくっ付けて、無言で景色を眺め始めた。
 
 
数分後には、またキリキリキリキリ・・・と軋りだした。
リリーと運転手は、またまた目が合った。
 
 
続く。
 
 
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