亡き人 8

ゼロが喋りまくり、血まみれちゃんがうなずく
そんないつもの光景を繰り広げているところに、太郎が帰ってきた。
 
「ただいま。」
「あ、おかえりー、・・・って・・・。」
ゼロが不審な表情になった。
 
「何ですか?」
「太郎ーーー、いっつもいらん霊を連れてくるな、って言ってるくせに
 自分は浮気してんのかよ?」
 
「え? 何なんですか?」
太郎が、またこいつは訳のわからん事を・・・と思いつつ
バッグを床に置いて、着替え始めた。
 
 
「気付いてないの?
 憑いてきてるよ、後ろ。」
「えっ?」
慌てて振り返る太郎。
 
何も見えないのだが、そう言われると何となくイヤな雰囲気がする。
血まみれちゃんは部屋の隅にうずくまり、震えている。
 
 
「出てけっ!!!」
ゼロの一喝で、急に空気が澄んだ気がした。
「憑いてきてたんですか?
 気付かなかった・・・。
 そういやバイトの途中から寒気がしてたんだけど、あの時からかなあ?」
 
「太郎、ほんと憑かれやすいんだからー。」
ケタケタ笑うゼロだが、太郎は笑い事じゃない、と思った。
急に体が疲れたりする事もあったし
きっと今までも、こうやって知らずに憑かれていたのかも知れない。
 
普段は騒がしく、うっとうしいだけだが
こういう時にはゼロさんがいてくれて良かった、と思う太郎だった。
 
 
「バイト、憑いて来てくれませんか?」
太郎のお願いを、ゼロはあっさり断った。
「いや。 今日は寒いもん。」
 
「寒い・・・んですか?」
「うん、寒い。
 何で心霊話が夏の特番なんか、よくわかったよ。
 冬場は寒くて、霊、出たくないんだよ。」
「え、そうなんですかね?」
 
「絶対そうだって!
 基本うちら死んだ時の服装なわけじゃん。
 真冬にノースリーブとか、やってらんねえ、って感じ。」
 
そういうゼロの服装は、長袖Tシャツにジーンズである。
「ゼロさん、長袖じゃないですか。」
「コートがないとイヤ!」
 
あーもう、どうにも出来ない事で我がままを言われても・・・。
太郎はしょうがないので、ひとりで出掛けて行った。
バイト先には、夕べの霊がいるかも知れないので
今日はゼロに一緒にいてほしかったのだが。
 
 
「そんでね、ナパーム弾ってのは焼夷弾の事で
 有名になったのはベトナム戦争での話からだけど
 実際の歴史はもっと古くて・・・」
 
血まみれちゃんに、霊には何の役にもたたない熱弁をふるっていたゼロが
一瞬、あっ・・・ と、つぶやいた。
次の瞬間ゼロの姿が消え、血まみれちゃんはすごく動揺させられた。
 
 
その “次の瞬間” には、ゼロは居酒屋にいた。
何? ここ
目をパチクリさせてとまどっていると、後ろで声がした。
「あっ、ゼロさん?」
振り返ると、太郎がいる。
 
「・・・・・?
 私、何でここにいるんだろう?
 アルゼンチンに行こうとしてたわけじゃないのに。」
「あ・・・、すいません
 多分ぼくが呼んだんだと思います。」
 
更衣室にいたら、ドアのところに霊らしきものが出て
とっさに 助けて! と思ったらしい。
 
「もしかして、最初の血まみれちゃんの時もそう思った?」
「あ、そうかも知れないです。」
ハッとする太郎に、ゼロが首を振る。
 
「太郎ー・・・、霊に遭った時に弱腰じゃダメだよ。
 そんなんだから付け込まれるんだよ。
 ま、いいや、その更衣室に案内して。」
 
 
「ここなんです。」
「どれどれ。」
 
中に入ると、中年男性がふたりいた。
「店長とエリアマネージャーの人です。」
太郎が小声でコソッと言う。
 
「何か用かね?」
店長が太郎に問う。
「あ、いえ、その・・・。」
 
太郎がどう言い訳をしようか迷っていると、ゼロが言った。
「ね、こっちのおっさんと、やたら目が合うんだけど。」
 
こっちのおっさん呼ばわりされたエリアマネージャーの
驚きを見て、ゼロが確信した。
「ああー、やっぱこの人、私が見えてるわー。
 こんばんはー。 いつも太郎がお世話になっておりますー。」
 
 
深々と頭を下げるゼロに、エリアマネージャーがおそるおそる訊ねる。
「この女性は誰なんだ?」
「えーと、ショートヘアの20代女性なら
 その・・・、ぼくの守護霊みたいなものなんです・・・。」
  
「ゼロでーす。 よろしくお願いいたしまーす。」
ゼロがえらくドデカい猫をかぶる。
 
「じゃ、最近のここでの不可思議な出来事はこの人のせいなのか?」
「私じゃねーよ!」
 
即座に猫を投げ捨てたゼロを押し留めながら、太郎が慌てて言う。
「いえ、さっきぼくがここにいたらイヤな気配がしたので
 それを察して助けてに来てくれたみたいなんです。」
 
「じゃ、この人ならここにいる霊を追い払えるのか?」
エリアマネージャーの表情に、期待が浮かぶ。
 
 
 続く。
 
 
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      亡き人 1 10.11.17  

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