かげふみ 7

グリスがノックをすると、どうぞ の声がした。
部屋の中に入ると、主がデスクに座ってこっちを見ていた。
 
「ああー、何だー、あなたでしたかー。」
主が途端に緊張を解いて、椅子の背もたれにギギッともたれる。
「私の部屋に入る時、あなたはノックしなくて良いですよー。
 いちいち身構えるのは疲れるんですよねー。」
 
「いきなり入ってよろしいんですか?」
「うんー。 あなたには隠す事は何もないですしねー。
 私の豹変ぶりも勉強してくださいねー。」
主は書類を見つつ、ボールペンで鼻をほじりながら言った。
えらい態度の変わりようである。
 
「ただし、私のこういう言動は他言しないようにー。」
「はい、それはわかっております。」
「んなら、オッケー。
 後は自由にしといてくださいー。」
 
 
自由にしろと言われて、手持ち無沙汰になったグリスは
主の後ろに来て、質問した。
「今、何をなさっているんですか?」
その質問に、主は面倒くさそうに答えた。
 
「あー、その質問は禁止ー。
 いちいち、“何をしてるか” なんか訊かないでくださいー。
 具体的な質問や提案なんかには答えるけど
 そういう漠然とした質問は、うっとうしいんですよー。
 机の上の書類を勝手に見て判断してくださいー。
 私の周囲の全ての物を自由に見て良いからー。」
 
「はあ・・・。」
コツが掴めず、オドオドするグリス。
 
 
ノックの音がした途端、椅子にダラーッともたれ掛かっていた主が
シャキッと座り直し、どうぞと返事をする。
その切り替えに驚くグリスをよそに、入って来たのは事務服の人だった。
 
書類を前にいくらかのやり取りをした後
事務服の人は部屋を出て行った。
 
 
「うーーーーーん・・・・・」
主が書類を見ながらうなる。
もちろん、どうかしたんですか? とは訊けない。
 
パソコンをしばらくいじくっていた主が、グリスに声を掛けた。
「ちょっとこれを見てくださいー。」
はいと返事をして主の側に行く。
 
「これは食堂の壁紙のサンプルなんだけど
 あなたはこっちとこっち、どっちが良いと思いますかー?」
「えーと、こっちです。」
「あ、そうー。」
 
黙り込んだ主だったが、数十秒後に再び訊いた。
「あなたが選んだのどっちでしたっけー?」
「こっちです。」
「こっちをあなたは選んだのー?」
「はい。」
 
主はフフッと笑って、言った。
「あなたは “選んだ” つもりでしょうー?
 でも違うんですよー。」
主はパソコンのモニターをグリスに示した。
 
 
「この壁紙の柄は、実はこんだけあるんですよー。」
モニターには数百種類の柄が並んでいた。
 
「この中から、“私” が 良いな、と思ったやつを
 4種類ピックアップして、皆に選ばせるんですー。
 すると皆は、自分たちが選んだ気になるけど
 実はその前に既に私が、その4種類を選んでるわけー。」
 
グリスが はあ・・・、とあいまいに返事をする。
「私の差し出した中から、人は “選ぶ”。
 それは “不自由な選択” なんですー。
 これとこれ、どっちが良い? ってのはねー。
 何の作為もないゼロからの選択ではないー。
 つまり私に選択権をコントロールされているんですよねー。」
 
「ああ、なるほど。」
グリスが感嘆すると、主がニヤッと笑った。
「これが、“私” の仕事なんですよー。」
 
 
マウスを連打しながら、主が言う。
「私を見て “学ぶ” ってのは、こういう事なんですー。
 あなたにはまだ早くないか? と思うんですけどねー。」
グリスはきっぱりと言い切った。
「いえ、大丈夫です。」
 
「んー、そうですかー・・・。」
主は再び無言になって、パソコン画面に見入った。
そっと斜め後ろから確認すると、ニンテンドー公式サイトだった。
 
 
 続く 
 
 
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