かげふみ 19

ドラクエの着メロが鳴っている携帯を見て、主は面倒そうな顔をした。
登録されていない番号は、大抵が間違い電話だからである。
 
「・・・はいー・・・。」
ドスの利いた不機嫌そうな声で出た主の耳に入ってきたのは
聞き覚えのない、低く太い男性の声であった。
 
「・・・し・・・主様ですか・・・?」
「はいー、そうですがー?」
「ぼくです。 ・・・グリスです。」
 
うわ、こいつ声変わりまでしてやがる!
主はグリスの変わりぶりに、不思議な怒りすら覚えた。
 
 
「・・・ああー、どうもー。」
マヌケな返事をする主に、グリスは一瞬とまどい
何を言ったら良いのか、わからなくなったけど
とにかく訊くしか出来なかった。
 
「・・・・・ぼくは・・・・・
 主様のところに帰っても良いんでしょうか・・・。」
緊張のあまり、思った以上に暗い声になってしまった。
 
 
ああーーーーーーーーーーっっっ?
 
主は、イラッとした。
「帰っても良いか」 じゃなく、むしろ 「帰らなくては」 って話だろう!
そう怒鳴ろうとした瞬間、ジジイの半泣き顔が脳裏に浮かんだ。
 
いや待て、わざわざそんなアホウな事を訊いてくるわけがない。
この問いは言葉通りの問いじゃない。
多分、何かを試されている。
ここは慎重に答えなければ・・・。
 
 
ちょっと考えたが、なにぶん問いの意味がわからないので
しょうがなく、とにかく何か良い事を言おうとした。
 
「あー、えーと、グリスー、」
そう主が言った瞬間、棚の書類の入れ替えをしていたリリーの眉が
ピクッと動いたのは、主にはわからない。
 
「あなたがどこにいようと、何をしようと
 私はあなたの意思を尊重しますからねー。」
 
 
グリスからの返事がこない。
携帯は静かなままである。
だけどその向こうに、確かにいる気配がする。
 
こらあ! 何でそこで黙り込むんだよ?
私の答が気に食わないのか?
しょうがないだろ、わけがわからないのだから。
何を言え、っつってんだよ?
 
 
ああ・・・、何か思い出してきたわ、この雰囲気。
そういや、昔よくあったわ、こういう謎掛けもどき。
ったく、てか、何で誰もかれも私を試したがるんだよ?
 
いたらん過去の断片を思い出し、ムカムカしてきた主だったが
怒りを抑えて落ち着き直した。
 
わかったよ、そっちがその気なら受けて立つぜ。
根競べ上等!
 
 
携帯を耳にあてたまま、主もグリスも無言である。
いたたまれない沈黙の中、時だけが過ぎる。
 
チッチッチッチッ
 
ふと主は、目の前に置いてある時計に気付いた。
気まずい静寂の中、秒針の音がやたら大きく聴こえる。
 
チッチッチッチッチッチッチッチッ
 
主は時計から目を逸らした。
 
チッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッ
 
どうしても時計に目が行く。
 
チッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッ
 
 
ブツッ
 
頭のどっかで何かが切れる音がした瞬間
主は時計をガッと掴んで、フルスイングでガーーーッとドアに投げつけた。
 
ガシャーーーーーーーン!!!
 
 
その音に驚いたリリーが、振り返って言った。
「主様、ご乱心ですか?」
驚いているくせに至極冷静な言い方に、余計に腹が立つ主。
 
「うっせーーーーーーー!
 更年期でイライラするんだよー!
 何で秒針が付いてんだよー?
 いらねーだろ、秒針ー! うるせーんだよ、秒針ー!
 秒針のない時計を持ってこーーーーい!!!」
 
 
そうリリーに向かって、わめき散らすと
今度は携帯に向かって怒鳴りだした。
 
「グダグダ言っとらんと、とっとと戻ってこーい!
 私にあーだこーだ小難しい事を訊くんじゃねえー!
 私はおめえにあれこれ望むけど、おめえは私に何も望むなー!
 文句など言わせねえぞー、それが私なんだー!
 わかったならチャッチャと帰ってこんかー!」
 
そして携帯をブチーーーッと切った。
鼻息フンフンの主に、呆れて首を振るリリー。
 
 
一部始終を聞いていたグリスは、切れた携帯を胸にあて
あっはっは、と大笑いしながら、ベッドに仰向けに転がった。
 
主の怒声は、側に立っていたアスターにまで聞こえた。
聞いていた話とのイメージの違いに、かなり驚いたが
グリスのその嬉しそうな笑顔から
どうやら良い方向で解決した事がわかったので
アスターは、ホッと胸をなでおろした。
 
 
 続く 
 
 
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