かげふみ 30

養子・・・、主様も賛成なさっておられるし
次の跡継ぎのためを思うと、断る理由はないけど・・・。
グリスはとりあえず、もう少し考えよう、と思った。
 
「あの、お返事はいつまでにすれば良いんでしょうか?」
コントローラーや攻略本をきちんきちんと片付けながら、答える主。
 
「相手が私ならば、今! だけど
 この国の人の感覚はわかりませんねー。
 1週間後ぐらいで良いんじゃないですかねー。
 養子も結婚も、選挙のためと見透かされないよう
 先手先手でいく必要がありますしねー。」
 
主は立ち上がって、DVDラックのところに行った。
「グリス、人に利用される、って事を誇りに思うんですよー。
 ゴミは誰も利用しませんからねー。
 まあ、今はリサイクルもありますけどねー。
 それでも、ああいう上流階級が利用する人間には
 それ相応の価値があるんですよー。
 良かったですねー。」
 
 
グリスは、主の言葉をどう受け取って良いか、とまどった。
でもこの主が言う事は、それも真実のひとつのはず。
 
主様は、ぼくに嘘もお世辞も慰めもおっしゃらない。
そうじゃなくても、ぼくは主様を信じるべきなんだ。
ぼくは主様の跡継ぎなのだから。
 
グリスのこの盲信は、“愛” と呼ぶものだと
本人は気付かなかった。
そして、愛する相手を尊敬できる事の才能にも。
 
グリスの生存は、その能力で決まったのであろう。
あの薄汚い路地の、あの日に。
 
 
主はDVDラックを見ながら、しばらく考え込んでいたが
壁の時計 (秒針なし) を見て、つぶやいた。
「もうこんな時間かあー、今日は無理かなー。」
 
「あ、夜遅くまでお邪魔して、すみませんでした。
 ゆっくりお休みになってください。」
 
グリスが慌てて立ち上がると、主が引きとめた。
「あ、待ってー、グリス、あなた恐いの大丈夫ですかー?」
「え・・・? ホラーとかですか?
 さあ・・・、あまり観た事がないんで・・・。」
 
「私、オカルトやホラー、大好きなんですよー。
 だけどこの前、リオンに呪怨を観せたら
 あまりの恐さに、ひとりさっさと逃げ帰っちゃって
 それ以降、日本の心霊映画は一緒に観てくれないんですよー。
 本当にあった呪いのビデオ系は付き合ってくれるんですけどねー。」
 
「呪怨って何ですか?」
「日本の心霊ホラー映画のタイトルですー。
 私、ホラー好きだけど、ひとりじゃ恐くて観れないんですー。
 一緒に観て、いや、この部屋にいてくれるだけで良いんで
 明日の夜、風呂も何も済ませたら来てくれませんかー?」
 
 
“いてくれるだけで良い”
 
まさか主からそんな言葉を聞けるとは!!!!!!
その意味はともあれ、舞い上がったグリスは快く承諾した。
 
「じゃ、明日、念のために自分の本とか持って来てくださいねー。
 途中で無理だと思ったら、自分の事をして良いですからねー。」
「はい!」
 
 
リオンは思わずスキップしたくなるような浮かれようで
自室までの廊下で、そのときめきを抑えるのに苦労した。
 
その高揚感も、翌日の夜には消えうせてしまう事が
爽やかな青年には想像できなかった。
 
毒キノコは、どう調理しても毒なのだ。
 
 
 続く 
 
 
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