投稿者: あしゅ

  • ねずみ講とマルチ商法の違い

    最近また、大掛かりに騙されてる大学生とかいたりして
    案外知らないヤツがいるんかな、と心配なので、簡単に解説する。

    詐欺関係は詳しいので、任せんかーーーい!
    ほーほほほほほほ
    (今回は自賛の機会がないので
     前置きで無意味に勝ち誇っとく。 なんて計画的ーーー)

    ねずみ講が社会問題になったのは、何といっても
    1970年代に表面化した、熊本発の “天下一家の会” 。
    (私がまだ熊本在住していた頃は
     市内の本部や、阿蘇に御殿の残骸があった)

    全国に被害者続出で
    ねずみ講禁止法 (無限連鎖講防止法) まで
    発令された大事件だったのだ。

    ねずみ講のシステムを簡単に説明する。
    (注: 金額、人数など、全部仮定)

    入会金1万円を本部に納め、自分より上の会員5人にも1万円払う。
    自分が勧誘した人からは、自分も1万円もらえるので
    元を取るためだけには、最低6人を勧誘しなければならない。

    この問題は、こうやって5~6人に勧誘していくと
    10代目ぐらいだったっけ? で、日本の人口を上回るのだ。
    (私に計算させるな!)

    日本の人口には乳幼児もいるので、もっと早くに破綻するわけで
    損をする人が続出するのである。

    この会員の増え方が、ねずみの繁殖に例えられ
    “ねずみ講” と称されるのである。

    繁殖じゃ、ゴキブリのが凄いと思うんだが
    あえて哺乳類にするなど、日本のネーミングはヌルいよな。

    では、マルチ商法は?

    無限連鎖講防止法ができたので、金銭のみのねずみ講は即、違法。
    そこで、ねずみ講のシステムに、商品や権利を絡めて
    「れっきとした商売だ」 と、言い張るのである。

    更に最近は、システムも複雑になり、入会金額も上がり
    しかも商品が絡むので、在庫も抱えるハメになり
    そりゃもう、おおごとになってしまう。

    私の得意分野、化粧品で解説する。 (注: 全部、仮定の話)

    勧誘されて、本部に契約料50万を払い、代理店になる。
    その内の10万は、自分を勧誘した人に入る。

    これで自分も、この化粧品を売る権利を得る。
    化粧品は “卸値” で、安く購入でき
    それを売って商売をできるのである。

    だが、1万円の化粧品を卸値8000円で買い
    売っても、利益は1個あたり2000円。
    代理店契約料の元を取るのすら難しい。

    そこで、代理店になる人を勧誘したら
    代理店契約料の10万が自分に入り、手っ取り早いので
    自分の下に代理店を増やそうとする。

    しかも、下の人が買う化粧品の卸値8000円の内の
    いくらかが自分に入るというシステムがあったりした場合は
    余計に、ちまちま化粧品を売るよりラクである。

    こうやって、化粧品自体を売るより
    代理店勧誘をする方に熱中していくのである。

    これでは、ねずみ講と本質は変わらない。
    化粧品は消耗品だけど、代理店契約をする人には限りがあるので
    破綻する人が続出になるのは、わかりきった事である。

    本部は、この問題点の責任逃れをしたいので
    “化粧品の販売” を本来の目的として、形付けるために
    代理店にノルマを設け、化粧品を大量に買わせる。
    契約料 + 在庫抱えで、余計に会員は苦しくなる。

    このいらん在庫抱えの赤字を埋めようと
    会員はより一層、代理店契約の勧誘に必死になる。

    問題が起こった時の、本部の言い訳はいつも
    「一部の会員が悪質な販売を行っているようですが
     我が社は “化粧品販売” を目的としており・・・」 だ。

    システムを聞くと、何故こんな商売に乗る気になるのか
    不思議でしょうがないだろう。
    引っ掛かって損をするのは、仕組みを知らない人。

    逆に言うと、仕組みを知っている人は
    「商品に魅力があるなら、2代目までは確実に儲かる」
    と、気付いている。

    自分が直接勧誘する3代目までは、何とか持つので
    恨みを買うリスクも減るって目論み。

    いずれにしても、純粋に商売として考えるなら
    リスクがデカい割には、そんなにラクな仕事でもないし
    人間関係に商売を持ち込むヤツは、激しく軽蔑されるので
    “正気の人間” には、まったく割に合わない仕事である。

    はっきり言うと、マルチなどする時点で、そいつはどっかおかしい。
    無知だったとか、一時的にトチ狂っていたとか、事情は色々だろうが
    猛省しないと、通常の社会生活を送るのは難しいぜ。

    副業とか軽い気持ちで手を出すから、痛い目に遭う。
    世の中、おいしい仕事ってのはない。 甘い夢を見るな。

    真剣に信じていたヤツは、宗教に騙される危険性も大きい。
    自分は自業自得でしょうがないが、周囲の人間に凄え迷惑なので
    何かをする時には、とりあえずとにかく必ず、誰かに相談。
    絶対に、自分の考えのみで動くな!
    自分のその思考自体が、リスクだと自覚するのが第一歩。

    ・「今すぐ決めないと」 などと
      即断を促すお得な話は、まともな商売じゃない。
    ・友人知人関係には、契約を持ち込まない。

    このふたつだけは覚えておいてほしい。

    マルチ販売の商品の移り変わりは多々あれど
    健康食品と化粧品は、いつの時代も安定して存在する。

    その理由は明日 「マルチ化粧品にはまる心理」 で。

  • このHPは秘密

    リアルでの友人知人には、このHPの存在を秘密にしている。
    私がネットをやってる事すら知らないヤツがほとんど。

    「潜伏」 に私の周囲で起きた事を書いているからだ。
    本人の承諾なしに暴露しているので、バレたらとても恐いw

    と、まあ、最初の理由はそれだったのだが
    日記を書き始め、ブログを書き始めて
    少々、切実な事情に変わってきた。

    私はネットとリアルの人格が違う!
    最近、これに気付いてきたのである。

    ブログや掲示板で書いてるような内容は
    リアルでも言っているので問題はない。
    内容的には、違いはまったくない。

    ジダン頭突き事件の記事を例えに出すと
    F1の “ウジケラ” 事件があったので
    実に細心の注意をはらった。

    わざわざ、ジダンとマテラッティの名前を検索して
    正しい名前をメモしてまで書いた。
    万全の構えで、隙まったくなし。

    ところが、いらん見栄のために出した
    ロナウジーニョの名前を間違えてしもうた。
    ロナウジーニョもロナウジーニャも大嫌いになったぜ!
    (おう! 逆恨み上等!!)

    余談だが、この後、知人に頭突き事件の熱弁を奮い
    マテラッティを “マラセッティ” と連呼し
    その度に指摘を受け、ちょっと沈み込んだら、その知人が
    「気にする事ないよ、子供なんか
     エレベーターを “エベレーター” って覚えたりするじゃん。」
    と、フォローを入れてくれたお陰で、余計に情けなくなり
    「そりゃどこのバカガキの話だよ!
     私はそこまでバカじゃねえ!!
     てか、おめえもいちいち指摘するなよ
     話が通じるならそれでいいじゃねえか」
    と、逆切れしてしまった。

    「でもあんた、指摘しないと、後で恥かいて怒るじゃん」
    と、きっちり反撃をくらって、ギャフンと言わされたがな。

    いや、人の名前を覚えられないのは
    周知の欠点だから、それはいいんだ。 (良くねえよ!)
    問題は、ネットとリアルとでの私に、差がありすぎる事だ。

    ブログや掲示板の私の文章は、バカっぽすぎる!
    これじゃ、読む人に、すんげえ頭の弱い
    おっちょこちょいなヤツって印象を与えてしまう。

    リアルでの私は、上品で落ち着いていて知的な女性なのだ。
    なのに、同じ事を言っても、文字にすると何でこうなるんだ?

    「不思議で不思議でしょうがない」 と
    私がHPを持っている事だけは知っている友人に訴えたら
    「そこまで自分を褒めるかあ?」 と
    論点とは違う部分を突っ込まれて、とてもイラつかされた。

    「じゃ、おめえは私が、下品で落ち着きのないバカだと
     思っているんか?」 と、怒とうの勢いで責めたぜ。

    結果的には、友人も賛同してくれたさ。
    友人は私を、ちゃんと評価してくれている!

    そこまで言うのなら、URLを教えろと言われたが固辞した。
    だってリアルでまで、バカ疑惑を持たれたくねえもん。
    ・・・その友人の事もバリバリ書いてるし・・・。

    私が一番悩むのは
    HPを見ている人を裏切っているんじゃないか? という事だ。

    皆、ごめん。
    実は私はリアルでは、すげえしっかりしていて
    ついうっかり尊敬されてもおかしくないような
    聡明でしとやかな女性なんだよーーー。

  • 実は読めません

    近代史シリーズを書くのに、思いがけない2大大変があった。

    ひとつ目は、書いていて、自分の価値観と
    真っ向から向き合わざるを得なかった事だ。

    これって、むちゃくちゃ拷問だよなー。
    「これで正しいんだろうか?」 と、何度も迷って
    あげくが 「私って、ドバカ?」 など、落ち込まされる。
    アップした後も、消そうか悩んだり。

    (こんな事を書くと、えれえ繊細っぽく見えるだろうが
     そうじゃなく、単なる腰抜けだからな?)

    これをどう乗り越えたのかと言うと
    「しょせん “私” だしー、てへへ」 という開き直り。
    女って、ほんとこういうとこ図々しいぜ。

    もいっちょの辛さは、事実の確認作業。

    大昔に読んだ本の内容など、ほとんど覚えてなく
    断片的なキーワードで、えれえ遠回りな検索をし
    自分の思い込みによる間違いはないかを、チェックしつつ
    年表を見ながら、要点だけを書き出していく。

    こうやって、改めて確認し直すと
    明治維新から太平洋戦争終戦まで
    「おまえら一体どんだけ戦争してんだよ!!」 と
    暴れ出したくなるほど、膨大なバトルの数々。

    すまん、チャーチルじゃねえが、ナメていた・・・。
    “近代史5” や “愛国心” のとこの、感情むき出し論は
    この時の怒りの八つ当たりもある。

    年表を開いて、ズラッと並ぶ事変に
    「ああー? 今度は誰と誰がもめてんだよー?」 と
    読んでいて、ほんっっっとイライラしてくるんだ。

    この時代って世界中キ○ガイだらけか? と、呆れたが
    今の世界も、あちこちで実際に戦争をしているので
    危うさ的には、そう違いはないのかも知れない。

    さて、こんぐらいの作業で、何が大変だったかと力説するには
    ちょっと恥ずかしいカミングアウトになってしまう。

    実は私は文字は読めるのだが、文章が読めないのである。

    短文は読めるのだが、行と行の隙間がない長文になると
    脳が文字としてではなく、ひとつの画像として捉えるのか
    おそらく、文字を “見て” いるだけになるような気がする。

    1.「あいうえおかきくけこさしすせそたちつてと
       なにぬねのはひふへほまみむめも」

    2.「あいうえお、かきくけこ、さしすせそ、たちつてと

       なにぬねの、はひふへほ、まみむめも」

    2は読めるが、1は無理。

    自分が書いてる “潜伏” も、はっきり言って読みにくいんだが
    行間の設定ができないので、途方に暮れている。
    ブログはぷらちのお陰で、快適に読めるよ、ありがとうーーー。

    情報収集が趣味なので本はよく読むが
    その読み方が上手くできない。

    見開き2ページを真横に読み、何が書いてあるのかがわからず
    もう一度ゆっくりと、文字を辿って読もうとするが
    どうしても真横に読んでしまう。

    これを数度繰り返して
    内容が脳のどこかに入ったかな、と思ったら
    次のページをめくる、といった感じ。
    ページによっては、かなりの回数が掛かる。

    これに掛かる時間は、ごくわずかなので
    ぱっと見、周囲には普通に読んでいるように見える。

    これを人に言った事はない。
    まるっきり普通だと思っていたからである。
    人に目の動きを指摘されて、初めて気付いた。

    私の文章は、不自然なほど多くの句読点、改行、段空け、空間
    ひらがなカタカナ漢字の使用不使用、という
    文法的には大間違いな特徴があるが
    これは 「読みやすいように」 との配慮からである。

    だが、最近気付いたんだが、“読む人が” じゃなく
    “自分が” 読めないからなのだ。

    ところが、ほとんどのサイトは
    (当然だが) まともな文章なのだ。
    これでは私には、読む事が困難である。
    だから、よそのブログなども滅多に読みに行かない。
    理解するのに、ものすごく頭を使わにゃならんから。

    今回の近代史の調べ物は、私にとって拷問だった。
    知りたい事のページを開くと、文字がガーッと並んでいる。

    何でこう、どこも改行なしでビッシリ書くんだよーーー。

    とりあえず全部読もうとするが、脳が混乱している上に
    モニターが発光してるので、目が疲れて、もお・・・。
    (画面の光度を目一杯下げ、文字サイズを大にして
     1mぐらい離れて見ているんだ)

    反転させたりして、何とかこなしたが
    ほんと、誰かが横でジェスチャーで伝えてくれんかな、と
    心の奥底から、切実に願ったぜ・・・・・。

    毎日、途方もない長文を書いているヤツが
    まさか 「文章が読めない」 など、信じられんだろう?

    自分でもネットを始めてから、やっと気付いたんだが
    子供時代を思い返すと、心当たりが大あり!

    トム・クルーズが、文字を読めない病気だと聞いて
    そりゃ大変だなあ、と思っていたんだが
    実は自分も、結構大変な状況だったとは!

    こういう、気の毒そうな内容を書くと、皆、ひくだろうが
    私相手に、今更何をフツーの反応をしてるんやら、と思うから
    恥さらしかも知れんが、あっさり書いたぜ。

  • 愛国心

    注:近代史シリーズの締めくくりのはずが
      この記事は、私の主義主張私利私欲丸出しです。

    何か最近、愛国心という言葉をよく聞く。
    愛国心とは、まさに文字通り “国を愛する心”。

    だが、私が考える愛国心とは
    “自分の生きるこの地に誇りを持つ” という意味。

    人間に一番大切なのは、正しい誇りだと思う。
    モラルに誇りがないから、万引きをする
    立場に誇りがないから、イジメに加担する
    仕事に誇りがないから、横領をする
    社会的に誇りがないから、犯罪に走る
    すべての悪行の基底には、“誇りのなさ” という原因がある。

    自分勝手な誇りだけで、よその国にちょっかいを出して
    迷惑を掛けている国も多いのに
    パシリ扱いの国だと、いくら正論を唱えても、誰も耳を貸さない。

    国民に支えられて初めて、国は存在を認められる。
    誇りを持たない国は、世界で相手にされない。
    真に世界の平和を望むのなら、まず自分の国を強化すべきだ。

    愛国心は、国の維持には欠かせない。

    ところが、日本への “愛国心” は
    すぐ、右派や軍国主義に取られる。
    誇りを持つ人が国を作り、その国を愛するのは当たり前なのに。

    国に誇りを持てない理由のひとつに、敗戦教育がある。

    カラーピープルなら誰も逆らえないはずの、白人に逆らい
    欧米のアジア植民地化を、阻止しようとした日本。

    太平洋戦争は、仕掛けられた人種差別戦争だったのだ。

    戦後、GHQは日本人に洗脳教育をした。
    いわば “治療” だな。
    これはアメリカ側から考えれば、正解だと思う。

    日本人の特性は、和を重んじるがために
    黙ってギリギリまで、我慢して我慢して我慢して
    限界を突破したら、いきなりブチ切れる。
    こんなヤツ、危なくてしょうがねえ。

    (皮肉な事に、戦後の欧米教育のおかげで
     今は、途中で控えめに意見を言えるようにはなったが
     それでもこの性質は消えてはいない。)

    この敗戦教育が今でも根強く残っている。
    負けたから、悪人だと思い込まされている。
    国民はいつまでも反省し続ける。

    一体いつまで日本は敗戦を背負っていかなきゃならないんだ?
    争い事は、必ず双方に言い分がある。
    世界レベルで、当時の歴史を見てみたら
    決して、日本のみを責めて済む状況ではない。

    いや、永遠に追求され続けなくてはならない、と言うのなら
    日本も元寇を憎み続けていいのか?
    東京大空襲や原爆の補償をせびるか?

    それどころか、やってもいない事でも
    これを言われ続けているのが、今の日本なのだ。

    戦後補償など、形を変えてやってるぞ。
    形を変えさせられたせいで、いつまでもねだられている。
    てか、何の補償だよ、と聞きてえよ。

    「アジアで一致団結して戦おう」 という日本の提案を
    「うちの属国のおまえが何故仕切る」 と、蹴ったのは中国だ。

    戦争をした日本も、バカ決定で構わん。
    しかし、あの時代のあの情勢で、他にどうしろと?

    あの時代は、世界中が戦争を満喫していた。
    まさに戦国の世である。

    発達した技術を武器に、白人が世界中を乗っ取ろうと
    侵略しまくったのが、あの乱世の始まりである。

    彼らが植民地に狙ったのは、後進国の有色人種の国ばかり。
    だが日本は、他国を尊重し独立を支援した。

    この違いを見ると、日本は元々差別意識の少ない国だとわかる。
    逆に、四方八方から差別されまくっていた事もわかる。

    当時の日本は、資源不足の島国であるために弱かった。
    今の日本は、敗戦国の歴史を引きずり弱い。

    もし、奴隷になれと言われたら、今ならそれでもいいか?
    日本という国がなくなっても、もう諦めが付くか?

    二度と戦争を起こしたくないのなら
    近代史を、もう一度学び直すべきである。
    (“歴史は繰り返す” と思えて、現在の世界情勢が恐くなるぞ)
    そういう意味で、過去の戦争を忘れてはならない。

    日本は、国民が愛するにふさわしい国だった。
    これを非難するのなら、過去の歴史上
    世界中どこにも賞賛される国などない。

    「勝てば官軍 負ければ賊軍」
    何をしても勝ちさえすればいいのか? という話になる。

    何故、日本人だけが祖国を誇ってはいけないのか?

    私も何の疑問もなく、「日本が戦争を起こしたんだー?」
    ぐらいにしか、認識していなかった。

    だが、TVで従軍慰安婦問題をしきりに放映しているのを観て
    ふと、ものすごい違和感を感じた。
    「これが本当なら、まずは韓国国内での問題じゃないのか?
     何故いきなり、日本に持ってくる?」
    こう思ったのは、韓国と日本が国交を結んでいたから。

    そこで初めて、当時の歴史を調べようと
    賛否両論、さまざまな本を買って読んだ。

    報道を否定するなら、本だって怪しい。
    信じるのは、自分の判断だけだ。

    私の支持する基準は、感情は排除し
    事実を冷静に立証できてると思えるもの。
    そうやって何冊も読んでいった結果
    歴史は歪められている、という結論に至った。

    私の話に、ソースはないに等しい。
    当時読んだ本は全部、売っちゃったのだ。

    どの本を読んだか、何年に何があったか
    詳しい事は、すっかり忘れてしまっている。
    ただ、脳内でその情報を分析し、取捨した結果しか残ってないので
    きちんと説明はできない事が多い。

    こういうヤツの言う事など、誰も真には受けないし
    人間ってのは、一度思い込んだ事はなかなか見直さない。

    まず、自分自身が迷いを持たないと
    わざわざ調べて考えようなど、思わないから。
    それをしてやっと、洗脳から解けるのだ。

    だから私は時々こういう場で書いて、疑問の種をバラ撒くだけ。
    1粒でも芽吹くのを願って。

    国を憂えて、真の平和を願うのなら
    報道や、(特に) 私の言ってる事を鵜呑みにせず
    色んな資料や文献で調べてほしい。

    私の場合は、日本擁護の考えになったが
    今後も勉強していくので
    今の意見が、どう変わっていくかはわからない。

    多分、調べても調べても、真実は見つからないのかも。
    そこで立ち止まらなければ、その時その時の自分の意見が
    “真実” で良いんじゃないのかな。

    常識と信じていた事に疑問を持った事
    報道に違和感を感じた事
    問題によっては、国と個人と分けて考えなければならない事
    物事はすべて、世界規模で見る事

    これらに気付いた事は、私の誇りになっている。

    私は、彼らの子孫である事に、日本人である事に誇りを持つ。

    関連記事
     <カテゴリー “歴史”
      (サルが語る近代史 1~5、昭和天皇の戦争責任など)

  • 昭和天皇の戦争責任

     <毎度おなじみの前置き。
      私は、敬語も使えん日本語が不自由な激バカ者ですが
      不敬の気持ちはありませんので、何とぞご容赦ください>

    昭和天皇に戦争責任はあるか?

    昭和天皇大好きの私だが、この答は 「YES」 である。

    明治維新によって、統治権は徳川幕府から朝廷に返上された。
    これが “王政復古” である。
    簡単に言えば、日本は王統治国になったわけだ。

    終戦以降は、「君臨せども統治せず」 のイギリスに似た
    立憲君主制 (国のトップでも、法によって制限を受ける)
    みたいなシステムになった。

    昭和天皇は平和主義者であった。
    研究対象に生物学を選んだのは
    「誰も傷つけず、何の思想にも関係がないから」
    というのが理由だったらしい。

    話ベタで、「あ、そう」 が口癖。
    自分の意見を公で言う事を嫌い、感情も表現する事はなかった。

    昭和天皇が自分の意思で行動したのは、生涯で二度だけだという。
    2.26事件と、終戦の時のマッカーサー訪問。

    2.26事件とは、2月26日に起きたクーデターの事。
    天皇を中心とした政治を望む、陸軍将校らが
    大臣らを殺害し、“昭和維新” を訴えた事件である。

    これを聞いた昭和天皇は大激怒をした。
    「朕の臣下を殺すとは何事だ!
     朕自らが兵を引き、成敗する!」

    普段、感情をあらわにしない昭和天皇の激怒に
    反乱軍の処罰は非常に厳しいものとなった。

    昭和天皇は、「自分が怒ったために、若い者を死刑にしてしまった
    彼らもまた国を想う民であったのに」
    と、この時の事をずっと悔いていたという。

    これ以来、昭和天皇は以前にも増して
    自分の言動に気を遣うようになった。

    こういうお方だったので、戦争には反対であった。
    御前会議では常に 「和平の道はないのか」 と質問した。

    戦時中は、日本の勝利を願ったが
    それは戦争終結の望みであったと思われる。

    「朕の名を呼びながら、民が皆死んでいく」
    と、つぶやいた事もあったと、側近が語っていた。

    昭和天皇が崩御された時、涙が出た。
    一平民が畏れ多い事かも知れないけど
    このお方の人生は、とても辛いものだったと思えるからだ。

    自分の名とともに万歳を叫ばれて
    皆が死んでいくなど、誰が耐えられるだろう。
    トップとヒラでは感覚も違うだろうが
    それでも辛いものは辛いであろう。

    終戦時に昭和天皇は内心、自決を望んでいたという。
    歴史上、負けておめおめと生き延びるなどできない。

    だが敗戦後の混乱した日本で
    天皇がそれをしたら、益々国民が希望を失う。
    だから、あえて生き恥を晒す事に甘んじた。

    これでも昭和天皇に戦争責任があると思うか?

    あると思う。
    それは、天皇が国の頂点だからだ。

    この “戦争責任” というのは、他国にではなく
    日本の国民に対してだけである。

    他国に対しての戦争責任と言うのなら、日本国民全員がある。
    よって私は、“戦犯” なども認めない。

    天皇は統治はしてなくとも、君臨をしている。
    政府が天皇の名において決定した事項でも
    名を使われる側にも、責任は必ずある。

    何かあった場合に、責任を取るのがトップの役目である。
    それは天皇ご自身が、重々承知していた事だと思う。
    事実、昭和天皇はそれを果たそうとした。
    だから国民は戦後も、天皇を敬愛したのである。

    たとえ今、何かあったとしても、私は今上天皇に責任を問う。
    そのための皇室システムであり
    皇族はそういう教育を受けて、覚悟をしていると信じている。

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    < 祝・紀子様ご懐妊
    < カテゴリー “歴史”

  • 靖国神社と富田メモ

      <最初にお侘びいたします。
       私は日本語も、よお知らん、とんだ大バカ者ゆえに
       敬語が怪しいので、いっその事、一切使いません。
       これは、不敬な気持ちからではありませんので
       なにとぞ、ご容赦ください。>

    06.7.20に、「元宮内庁長官の富田メモが発見され
    その内容が、“昭和天皇がA級戦犯の靖国神社合祀に不快感“ 」
    というニュースを聞いた時、私は思った。

       大ラッキーーーーーーー!!!!!

    実は、近代史シリーズを書いている時に
    靖国神社の事も調べていたのだ。
    今の内だけの期間限定で、すっげえ詳しいぞ。 (すぐ忘れるが)
    何というタイミングの良さ!

    だからこの事件は、日本にとっては良いニュースだと
    と、即座に思ったのだ。

    まず、靖国神社の説明。

    日本の古い神社は、ほとんどが天皇陛下を最高神官とする。
    政教分離によって、それは崩れたが
    今も、神宮とか宮とかの呼び名を持つ神社は皇室関係。

    だが靖国神社は、何と宗教法人なのだ!
    つまり、天皇陛下とは関係ないというわけ。

    明治維新の時に、明治政府が徳川側を一掃しようと
    起こした戊辰戦争の戦死者を
    慰霊するために建てられたのが、靖国神社。

    国のために戦死した兵士を英霊として祀る神社は
    “護国神社” と言い、ちゃんと各道府県にひとつ以上ある。
    (東京都と神奈川県にはない)

     ここで注意。
     “祀る” ってのは、ノートに氏名を記入するだけで
     遺骨とか位牌とかは、他の場所にあるのだ。
     なので、合祀、分祀は、記入するか削除するかの手間だけ。

    (A級戦犯の遺骨は、太平洋に撒かれたらしいが
     一部は投棄前に何とか回収して、愛知の山に安置されている)

    どだ? ありがたみが薄れたろ?

    では何故、歴代総理は靖国公式参拝をしたのか?
    (注: ここからは、すべて私個人の勝手な推理である。)

    その最大の理由は、敗戦根性からの脱却。

    国民に愛国心を取り戻してほしいための政策である。
    総理の公式参拝は、A級戦犯の合祀以降に始まったからだ。

    こうやって、ジワジワと段階的に
    国民の負け犬洗脳を解いていこうという腹づもり。

    だが、ここで横やりが入る。
    中国、韓国が、戦争責任とか言い始め、総理の公式参拝は頓挫する。

    ここに目を付けたのが、改革好きの小泉首相。

    靖国神社への8月15日参拝を公約したのは
    中国、韓国の苦情を、できる限り、その一点に絞らせるため。

    公式参拝をしなくても、どうせ他にあれこれほじくり出しては
    チャチャを入れてくる国たちである。

    靖国参拝なら、「内政干渉」 という言い訳もでき
    参拝日をズラしたり、公だの私だの、ノラリクラリかわせるので
    他の事を突っ込まれるよりは、まだラク。

    そうこうしている内に、国民にも愛国意識が芽生えてきた。
    中国、韓国が、あーだこーだ言ってくるのを見て
    「こいつら、うっぜー。
     “うちらの国” の事に、いらん世話じゃねえ?」
    と、思った国民は多いはず。

    つまり、中国、韓国を逆利用してたのである。

    さて、小泉首相の任期も切れる。
    次の首相は、小泉のように上手くやれるもんか?
    そろそろ国力 (軍事力) を付けていきたいが
    そのためには、この靖国問題は結構邪魔。
    どうすべきか?

    そこで、富田メモである。

    問題になっている文はこれ。

     :私は或る時に A級が合祀され その上 松岡 白取までもが
     :筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
     :松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と
     :松平は 平和に強い考えがあったと思うのに
     :親の心子知らずと思っている
     :だから 私 あれ以来参拝していない
     :それが私の心だ

    これは、スペースを空けて短文を殴り書き、とも見え
    ひとつの文章として解釈をするのは、ちと危ない。

    この富田という人は、帝国大学卒の海軍出身。
    宮内庁長官の後、公安委員になった人物で
    国益にならないウカツな事など、書き残すわけがない。

    昭和天皇は、プライベートでも自分の事を 「朕」 と言う。
    (これは皇族の書いた本で読んだ)
    それを 「私」 と書く不敬は、まずありえない。
    (てか、私のようなアホウならともかくも
     帝大卒なんだから、急ぎでも 「朕」 ぐらい書けるだろ。)
    (私なら 「ちん」 と書く)

    多分このメモは、捏造か、前後の何かがあって実際は違う話か
    「私」 は、昭和天皇の事ではないか、のどれかだと思う。

    何より昭和天皇は、東条英機を厚く信任していた。
    東条英機は、ちまたで言われているような
    何様な冷酷無比の、軍国主義一色な人物ではなかったらしい。

    昭和天皇は、東京裁判中に
    「国のためを思った国民であるのに・・・」 と
    戦犯たちを激しく心配し、苦悩したという。
    (数人、嫌った人もいるらしいが)
    そういう戦犯たちを、昭和天皇が貶めるわけがない。

    そして昭和天皇の参拝は、いくら天皇とはいえ
    自分の決断で決められるものではない。

    特に昭和天皇は、2.26事件が原因で
    自分の言動の影響力を、非常に危惧していたので
    絶対に自分の意見を外部に反映させない、と有名である。
    (元側近の書いた本で読んだ)

    たとえ実際に、合祀に不快感があったとしても
    それは、A級戦犯たちを英霊として祀る事じゃなく
    靖国神社を気に入らないんじゃないか?

    よって、昭和天皇の靖国参拝中止は
    昭和天皇の意思以外の、他の事情があったと思われる。

    そう。 私はこのメモは、日本の政治工作だと考える。
    「何故この時期に?」 がポイントである。

    日本中が大雨被害でヒイヒイだし
    重大犯罪の捜査、判決が目白押しで
    その上、芸人の未成年淫行事件まで起こって
    TVも国民もそれどころの騒ぎではない。

    絶好のチャーーーンス!

    それに、中国、韓国がこんな工作をするわけがない。
    彼らにとっては、靖国問題は政治カードのひとつでしかなく
    内心は、どうでもいいのだ。
    てか、手札が減る方が困る。

    A級戦犯の名誉回復は、国の威信回復につながるので
    軽々と分祀できないし
    ましてや他国の指示によって、する事があってはならない。

    これが、昭和天皇のお言葉によるものであれば
    完璧に国の対面が保てるのである。

    小泉首相の最後の参拝は、分祀が間に合わなければ
    「分祀の準備をしている」 で押し通せる。
    もしかして、「分祀する方向で」 で、しばらく引っ張るかも。

    以前、民主党党首になった直後の小沢一郎議員が
    「分祀など、方法はいくらでもある」
    と言っていた事を、すぐ思い出したぞ。
    (小沢議員なら、敵 (自民党) を叩き潰すより
     恩を売って、なあなあで共存する事を好むだろ。)

    さあ、黒幕は誰だ?

    以上は、私の願望が
    (特に総理の参拝理由は、こうであってほしい)
    詰め込まれた推理である。
    当たっているかな?

    (私の思想は、カテゴリの“歴史” をお読みください)

  • 化粧品を買う場所

    化粧品は色んな場所で売っている。
    デパート、化粧品専門店、ドラッグストア、スーパー、通販etc。
    どこで買うかは、目的によって変わってくる。

    デパートで買う意味は
    デパート専門ブランドがほしい
    より詳しい説明がほしい、丁寧な対応をされたい
    トラブル時の迅速な処理を望む
    ホコリをかぶった商品を買いたくない、など。
    デメリットは定価オンリーってとこ。

    ロフトやハンズ、ソニープラザなどで買う場合は
    ドクターズコスメや自然派コスメや
    マイナーメーカーなども含め
    色んな商品を手に取って、思う存分検討したい時にぴったり。

    化粧品専門店や個人商店では、そのメーカーを使い続け
    ひとりの担当美容部員と長く付き合いたい場合。

    ドラッグストアやスーパーは、気軽に買いたい時。
    ただし店によっては、保存状態が悪い。

    通販は、接客されるのが面倒だったり
    家にいながらに、ゆっくり商品を選びたい時だったり
    知る人ぞ知る、みたいなメーカーの商品が目的の場合。

    ネットショップは、使用経験者の感想を読めたり
    真の売れ筋商品を知る事ができたり
    店舗販売が少ない幻wの逸品を探せたりできる。

    安く買いたいなら、ネットの安売りサイトが一番。
    ただし、これにはデメリットも多い。

    海外ブランド物は、ほとんどが海外からの輸入商品。
    日本処方の物と、成分、色味が違う。
    日本で認可されていない成分も配合されている。

    たとえ日本で店舗販売をしている商品でも
    ネットや個人輸入で買って、万が一トラブルが起きた場合
    対応してくれないブランドがほとんど。

    日本ブランドの化粧品のネット安売りは
    そういう意味ではまだ安心、と言いたいが
    実はニセモノが出回っている。

    箱や容器は本物でも、中身が別物なんだと。
    容器もニセって場合も多いと聞く。
    日本ブランドって、海外の化粧品の世界では
    最高級の信用を得ているんだってさ。

    ネットはネットでも、オークションは絶対にお勧めしない。
    素人の持ってた化粧品など、衛生面でとても不安。

    今は、マルチまがい商法の化粧品の在庫をさばくために
    会員がオークションなどで売っているようだが
    化粧水など、水で薄めて利益を増やす事もあるらしい。

    私はネットでの化粧品買いはするけど
    安売りサイトもオークションも利用しないので
    伝聞の情報しかないが、これがまたトラブル話が多い。
    不安材料があるのなら、避けた方が賢明だと思うがな。

    店舗で安いのは、何といってもドラッグストア。
    (店舗売りの外国ブランド安売りは
     個人輸入、独自輸入物だから
     ネットの安売りと同じデメリットがある)

    しかし、安売りの理由の多くは
    同メーカーの売れ筋商品の抱き合わせ卸しだが
    (売れすぎて納入が不足しているゲームソフトと
     売れないソフトを無理矢理セットで売るアレ)
    「長期間売れなかったから」 ってのもあるから注意。

    ただ、どこで買うにも、選ぶ際に注意してほしいのは、ライト。
    「は?」 とか、思われたかもだが
    照明が直に当たって、温かくなっている商品も多いのだ。

    化粧品は 「直射日光を避け、常温、または冷暗所」
    での保存が鉄則。
    販売促進キャンペーンのディスプレイで
    スポットライトをガンガン当ててるなぞ
    たとえ太陽光じゃなくとも、充分にヤバいぞ。

    私のように、何をツラに塗りたくっても大丈夫な鉄板肌でも
    衛生面だけには、とても気遣う。
    おめえらコレラや赤痢に勝てる自信あるか?

    (全然関係ない菌の名を出して、まったく説得力をなくす
     という墓穴を掘ったわけだが) 自分でズサンな管理をして
    腐らせる分には、自業自得で納得もいくだろう?

    でも、ただでさえ配送で熱気にまみれてるだろうに
    その上に更に、店舗で熱射やホコリをかぶり
    一晩で白髪になったマリー・アントワネットのような
    (この話はウソだってさ)
    ヨレヨレの化粧品を買いたくはないだろう。

    とりあえず、化粧品を買う時は
    回転の良い店で買う事だけは、お勧めする。

  • ジダンとマテラッティ

    タバコや車と同じ名前だな、が、第一印象。
    ・・・・・ジタンとマセラッティ・・・・・。

    サッカーに興味のない私は、今回の頭突き事件で
    このふたりの名前を知り、本当にこう呼ぶと思ってた。
    (実際はジダンとマテラッティでいいんだよな?)

    あっ、ロナウジーニャは知ってるぞ。
    ゴリエの番組で物真似されてるじゃん。
    「本人を知らんが、この物真似はひどい」 と、同情していたが
    ニュースで試合中の本人を見たら
    物真似の方が、まだマシだった・・・・・。
    (ロナウジーニャ、CMにも出てたんだな。
     同一人物とは気付かなかったぐらい、修正しまくりだろ)

    頭突き事件、私ならこう裁く! の巻ーーーーー。

    まず、ジダンには処分を下す。
    何があろうと、手を出したら負け、という伝統に従う。

    ただ、ボランティアに熱心なこいつが
    あっちこっちの試合で暴行しまくってるのは
    出身国のせいでの差別が原因だろうから、情状酌量は入れる。

    でも、おめえ、暴れれば暴れるほど
    「やっぱ○○人は・・・」 って思われるぞ。
    頭は突き以外にも使い道があるだろう。
    (私にだけは言われたくねえだろうが)

    マテラッティは処分なし。
    どうせ本当の事は言わないだろうし
    私のように、自分の言った事を
    言った端から、マジで忘れるヤツかも知れん。

    それどころか、平気でウソを付くヤツの可能性もある。
    以前、日本人女性観光客6人をレイプした
    イタリア人男性カバキが、TVに出てて無実の主張をしていた。

    「ワタシ、ヤッテマセーン。
     日本女性ハ、手ヲ握ルダケデ妊娠スルト知ッテイマース」

    これを真面目に言いやがったのを見た時には驚愕したぜ。
    よくもここまでズサンな嘘をのうのうと付けるもんだ。

    本気で思ってた? んなわけあるかい!
    だったら、保健体育でいいから、一からやり直せ!

    私のイタリア男性への嫌悪感は
    カバキとジローラモで、ゲージ満タンだぜ。

    サッカーでは、人種差別的発言や身内への暴言など
    相手選手への侮辱は、「普通にある事」 だと
    今回、どっかのサッカー選手が言っていた。

    これを聞いて、サッカーをするヤツに偏見を持ったぜ。
    心理戦という見方をするヤツがいるが
    それは野球の場合で言えば、キャッチャーがバッターに
    「次はカーブで行こうかなーーー?」
    「そういや、おまえ、この前浮気がバレたって?」
    とか、せいぜいが気を散らせるような範囲だろ。

    侮辱などは言語道断!
    一体どういうチンピラ揃いだよ、と、思ったぞ。

    よって、マセラッティはお咎めなしにするが
    今後、侮辱的な言葉を発した選手は
    国際試合は一切禁止、というルールを作る。

    もし日本選手が海外試合で、相手選手を 「ニ○ー」 とか
    罵って勝ち進んで、世界一になっても嬉しくねえだろ。
    それどころか、おまえら日本に帰ってくるな! と思うよな。

    国の恥は、国内に閉じ込めとけ、ってルールだ。

    「おまえのかあちゃん、売春婦」 とか
    「ユア マザー フ○ッカー」 とか
    外国人がよく言うセリフで、言われた方は激怒する。

    ラッパーのバトルでも、この手の言葉がよく出てくる。
    「おまえのかあちゃんの歩いた跡には井戸が湧く。
     砂漠を歩かせろ。 (つまりデブという意味)」 とか
    やたら、母親に関する罵倒が多い。

    ロリ大国の日本人が
    「おまえのかあちゃんとヤった」 とか、あおられても
    「そりゃ不憫なこって・・・」 と、逆に同情するし
    「おまえのかあちゃんが寝返りをうったから地震が起きた」
    なんて、「ナイスギャグ!」 と、褒め称えたいよな。 

    これは別に母親に対する想いが少ないわけではない。
    日本人は着火地点が違うだけなのだ。

    元々日本人は、かなり寛容である。
    NGワードはあるにはあるが、他人種に比べると非常に少ない。

    あいまいな言い回しを得意とする民族なので
    あまりにも直球な罵倒は、言葉自体の意味を追求しない。
    「何かものすごく怒っている」 と、判断する。

    逆に、回りくどく言いにくそうに言われると
    言葉の意味を考える作業に入る。

    そして、ほとんどの日本人には、譲れないものがあまりない。
    たとえば宗教で考えると、神様は八百万いるし
    古来より、神道と仏教の2本立てで疑問を感じないし
    それプラス、クリスマスまで祝う。

    映画でよく 「オーマイガッ」 というセリフが出てくるが
    日本人は 「なんてこったい!」 程度の意味にしか取ってない。

    しかしこれは 「ああ、神様・・・」 という、すがる言葉。
    キリスト教信仰者にとっては、神に救いを求める
    祈りの気持ちを込めた言葉なのである。

    キリスト教じゃない日本人が海外に行って
    どうでもいい場面で言ったら、ものすごく怒りを買うそうな。

    だから、今回の “侮辱的な言葉” は
    多くの日本人には、真の理解はできないんじゃないかなあ。

  • 削除の経緯

    掲示板にある意見を書き込んだら、忠告がきた。

    私の書き込みは、どう見ても問題などひとつもないと思える。
    単に誰でも知っている事実を書いただけ。

    だが、それでもいけないと言われる。
    その類の話題は一切出すな、と。

    私は当然、拒否した。
    「問題のある内容ではない」

    私は甘いんだと。
    本で読んだような知識しかなく、現状を知らない。
    世の中、正論では通らない事も多いと。

    それでも納得できなかった。
    だって私には、何の他意もない。
    そんなだから問題が解決しないんじゃねえの?

    しかし、その人の言ったひとことで、それを覆した。

    「他の人にも迷惑が掛かるかも知れない」

    なんか、脳天を岩で殴られたかのような衝撃だった。
    自分の事しか考えてなかった自分を、心底恥じた。

    そう言われたら、私の少ない知識での正義感など
    即行ドブに捨てるさ。

    その人の忠告は、正直、脅迫のようなもので
    それにも反感を持ったし
    納得できないのなら、とことん突っぱねる。
    私は痛い目に遭わんとわからんバカだからな。

    でも、周囲が巻き添えになるかも知れないと言われると
    白い物も黒いと言って構わない。
    私のちっぽけなプライドなど、それに比べたら何の価値もない。

    あっさり削除をした。
    本音を言うと、今でもよく理解できていない。

    今まで書きたい放題やってきたのだが
    何が良くて何が悪いのかもわからなくなった。
    かなり落ち込んだ。
    書く事すら恐くなった。

    だけど、冷静になって状況をよく見直すと
    その忠告をしてくれた人にも、敬意をはらうべきだと気付いた。

    言いにくい事を、よく言ってくれた。
    あんな事は、誰も言いたくはないだろう。
    本人も、無知な私に対して
    どう説明していいかわからないらしく、とても苦労していた。

    自分には関係ないのだから、放っとけばいい。
    なのに、あえて言ってくれた事に激しく感動した。

    こういう事があると、自分はひとりではないのだな
    と、つくづく実感する。

    特にネットなど、見知らぬ他人が個々に
    好き勝手な事を言い捨てる場に見えるが
    こうやって心配してくれる。
    私も心配している。

    顔も名前も知らないのに、確かに繋がりができている。
    不思議な空間である。

    今回の件で、心配をしてくれた人、不愉快になった人
    ここに来てくれている人、皆にお詫びをします。

    そして、何よりも感謝を。

    皆、ありがとう。

  • 土地との相性

    今、沖縄流行りで、移住する人たちも多いと聞く。
    南国の楽園ってイメージだよな。

    沖縄に2~3ヶ月いた事があるが、好きにはなれなかった。
    米軍兵士がハバを利かせて、うっとうしかったのもあるが
    (こいつら、ほんと、うるせえんだよ)
    眼前にキレイな海が広がっているのに
    何故か爽快になれないのだ。
    島特有の閉塞感みたいなものかなあ?

    熊本は私にとって、まさに相性の悪い土地だ。
    母親の出身地で縁が強いので、2度暮らしたが
    住んでいた時は、いつもひどく体調を崩した。

    私の前世が、熊本でよっぽど悪い事でもしたんか?
    というほど、お互いに嫌い合ってた感じがする。

    東京は、お金と時間さえあれば、素晴らしい場所だ。
    住んでいた頃は、とても楽しかった。

    でも自分のエネルギーが減ると
    途端に牙を剥かれたかのように疲れさせられる。
    私は惜しまれつつも、トーキョー引退をしたが
    あのまま住んでいたらどうなったか、ちょっと興味もある。

    関西は逆に、何もなくてもラクに暮らせる。
    東京が攻めの街、熊本が守りの街なら
    関西は中立地帯とでも言えばいいんだろうか。
    私にといっては、そういう場所である。

    日本国中あちこち行っているのだが
    旅行者にとっては良い場所でも
    住んでいる人にとっては最悪、って場所もあるだろう。

    京都など、絶え間なく観光客が多く
    しかも、各観光スポットが街中に点在しているせいで
    道は混むは、電車もバスも混むは
    休日ともなると、住人より観光客の方が多くなって
    住むには少々不便ではないんだろうか。

    通りすがりの人間で溢れかえる地域って
    生活するには、すげえ大変そうに思える。

    かと言って、人類より野生生物の方が多い
    人っこひとり来ない、私の出身地のようなド田舎も
    生活どころか、生存自体が厳しい。

    今の私にとって、関西は極楽にも等しく
    何もない限り、ずっと住んでいたいんだが
    どうもひとところに安住できる性質じゃないようで
    すぐ飽きてしまうのが難点である。

    日本ブラボー! なので、外国など観光ですら行く気がしないけど
    時々ふと、アルゼンチンやチリのド田舎にでも行って
    岸壁で南極海を眺めつつ、ヒツジを突付き回したいな、とも思う。

    だけどあの辺、軽ーーーくテロとかあるしなあ。