投稿者: あしゅ

  • オイル

    美容目的のオイルには、大きくわけて
    植物性、動物性、鉱物油がある。

    鉱物油とは、ミネラルオイルとも表記され
    石油が原料のオイルで、代表的な物はワセリン。
    皮膚科で出される塗り薬の基材にも使用されている。

    この 「石油から」 ってだけで毛嫌いするヤツがいるが
    石油も自然物だし、精製する過程が合成だと言うなら
    植物性も動物性も全部合成なので、とても的外れ。

    化学処理をしてない物の方が、美容的にはよっぽど危ない。
    顔に生卵を塗ってみい。 みるみる腐るだろ。
    酸化防止剤とか保存剤の方が、まだ刺激がないと思うんだが。

    オイルを美容に使う目的は、肌の水分の蒸発を防ぐために
    蓋の役目として、お手入れの最後に塗る。

    オイルにこれ以上の機能を求めるのは、間違いだと思う。
    たとえばオリーブオイルの有効成分を作用させたいのなら
    オリーブエキス入りの化粧品を使うべきで
    オリーブオイルを直で塗っても、有効成分の効能は期待できない。

    何故なら、オイルは肌に浸透しないからである。
    (てか、浸透するのなら蓋にはならない)
    わずかに浸透する部分もあるのかも知れないが
    それは微々たるものだと思う。

    これは科学的根拠ではなく、私の実感からである。
    次に力説するのも同様。

    オイルでも、植物性と鉱物油は、まったく肌に入っていかない。
    オリーブ油、椿油、シアバター、ワセリンなど。

    何故こう思うのかというと、ハンドクリームで実感するからだ。
    植物性オイルが主体の物を使っていると
    手の皮膚がだんだんシワっぽくなってくるのだ。

    手はハンドクリーム1品に頼るので
    その商品の効果がダイレクトにわかる。

    ヘタに植物性の自然派などを使うより
    いわゆる合成バリバリの化学物質を塗ってた方がキレイになる。

    ただし、動物性オイルは、この限りではない。
    動物性は、思い出す範囲では、馬油、ラノリン (羊)
    スクワレン (鮫)。 (他、うさぎとかもあるらしい)

    動物性オイルは、油のくせに不思議に浸透する。
    100%の商品は、馬とスクワレンしか知らない。
    ラノリンは成分としてチマチマ入っているのをよく見る。

    馬油を使った印象では、浸透するので
    水分蒸発防止の蓋にはならない。

    私の現在のオイルの結論としては
    単品でそれだけに頼るというのは、効率が悪い、と見なす。
    あくまで、お手入れの補助として取り入れるべきだ。

  • 白いカレー続報

    白いカレーの残り半分を作ってみた。
    比較のために、材料は前回と同じ。

    1箱の指示量は、水は750ccで
    仕上げの時に牛乳を300cc入れて5分煮る。
    使うルーが半分なので
    前回は400cc弱の水と150ccの牛乳だったが
    今回は牛乳抜きという事で、約500ccの水のみ。

    結果は・・・・・うめえ!!!!!!!!!!!

    牛乳を使ってない分、前回より辛かったが
    辛さに塩味がなく、スパイシー。

    乳臭さがないか、じっくり味わったが
    この白は何の白色なんだ? と、疑うほど、乳製品の味がしない。

    何でこれに牛乳を入れろと言うのかが理解できん。
    入れんと別物のように美味いぞ。

    今度からうちのカレーはこれにする。
    でも、これに他の普通のルーを混ぜるとどうなるんだろう。

    それに不安がひとつ。
    味がしないとは言え、乳成分が入ってるんだろ?
    それって翌日とか食えるんか?
    このルー、量が多いんで、半分でさえ一日じゃ食い切らんのだが。

    ともかく前回、営業妨害のように文句を言ったが
    ぜひ皆、食ってみてくれ。
    “白” に意味はない。 普通のカレーだ。
    ただし、牛乳抜きが大原則!

    ついでにギョウザの話。
    (何でカタカナかと解説すると、変換を押すとこうなるだけ。
     面倒なので、そのまま使っている。 深い意味はないのだ。)

    ギョウザはお店では食うけど、自宅では作った事はなかった。
    結婚して、ギョウザにチャレンジしてみようと
    料理本通りにマジメに作ったのだが
    出来上がりは、具が何か苦臭い?感じで不味うーーー。

    さんざん文句をたれてくれた当事の夫に
    「じゃ、おめえが作ってみい」 と、後日作らせたところ
    それも似たような不味さ。

    何かの材料が不味いと思われるが (最有力容疑者はごま油)
    地道に研究すりゃいいものを、ブチ切れて邪道に走るのが私。
    以来、私製ギョウザは、ギョウザじゃないものになる。

    その “私製ギョウザ” の作り方。

    1.牛ミンチ肉 (ここで既にギョウザじゃない) をゴマ油で炒める
    2.具を加えて更に炒める
    3.そこにしょう油orソース、酒をたらし、炒め混ぜる。
    4.これをギョウザの皮で包む
    5.油で揚げる

    もう、具に濃い味がついているので、食う時のタレは必要ない。

    さて、これはギョウザだろうか?
    「ギョウザの皮で包めば何でもギョウザだろ」
    という強引な解釈での成果だが、食ってビックリ、だな。

    春巻きの時も、作り方どころか食った事すらないので
    わけわからず、かといって調べるのも面倒くさいので
    この手法で押し通した。 (じゃ、作るなっての)
    多分シュウマイもこの姿勢でいくような気がする。

    元々、中華料理はあまり食わないので作れない。
    出来上がりの写真でも見れば、想像で近いものは作れる自信はあるが
    味までは想像できないので、それは別物になるだろう。
    ただでさえ中華の調味料はよくわからんので
    (豆板醤って、あれ何? どんな味?)
    “中華料理の形をした洋食” になるのは間違いなしだな。

  • 通販トラブル

    最近、ちょっとした問題が起こった。

    とあるとこから、飲料水を通販しているんだが
    年契約というのがあって、前払いで
    1年間決まった数量を毎月お届け、というので
    2年目からはゴールド会員で、割り引きされるシステムだ。
    私は12本入り1箱を、毎月1箱ずつ1年という契約。

    この割り引き制度は 「長年愛飲してくださるお客様のために」
    という名目である。

    以前は実家で一緒に注文してもらってた私には
    充分に資格があると思うんだが
    その時の契約者名は母か兄で、私だけ関西に来たんで
    それまでいくら飲んでても、新規という事で契約してくれ
    と言われ、1年間だけ割高な値段に戻ってたのである。

    ま、これはしゃあない。
    実家の注文量は明らかに減っただろうが
    名義が物を言うので、大人しく従ったさ。

    途中、営業電話が掛かってきて、追加はどうか? と言われる。
    ま、飲むのでいいか、と思い、言われるままに頼んだら
    振込用紙が入ってきた。

    そこでは黙って振り込んだが、次に営業電話が掛かってきた時に
    「12か月分前払いをしてるので、前倒しにできるならいいけど」
    と言ったら、そういう手続きをしてくれ
    また1箱余分に送られてきた。

    その時に、「年契約は前倒しをしたので、早まって○月までとなります」
    という確認はした。

    で、年契約更新時に、以前前倒しをしちゃったので、1年経っていず
    次の年契約も、普通料金だと言われ、愕然とする。

    「そういう説明があれば、前倒しをしなかったんですが
     どうにかなりませんか?」 と、訴えた。

    後日、再び電話が掛かってきて、やっぱダメだと言われる。
    しょうがないので
    「じゃ、1年になるまで単体で注文して
     ゴールド会員の資格ができたら年契約って事はできますか?」
    と、提案したら、それならオッケーとなった。

    この話、何かおかしくないかあ?

    まず、年契約が、ひと月1箱に価値がなく
    何箱取ろうが、あくまで期間厳守ならそういう明記をするべきでは?

    更に前倒し注文の時に、説明すべきでは?

    以前から愛飲しているし、営業電話の説明不足とか
    こっちの状況を把握したのに、この1か月が足りないだけで
    1年間、また通常料金って容赦なさすぎじゃねえか?

    客の立場を考えているのなら
    私の出した解決策ぐらい、そっちが先に提案べきじゃねえか?
    「1年経ってないから通常料金で」 のみ押しやがって。

    この会社、TVCMもしている会社である。
    “健康にいい水” って触れ込みで
    しかも割に安いので注文してたんだが
    これ以上モメるんならもうやめよう、と思ったさ。

    こういう “健康” を売りにする会社は
    結構、妙な方向性なのが多く
    この会社も少々ヘンだとは思ってはいたが
    「少々」 だけで、そう激しくもないので、気にせずにいたが
    水の味が途中で変わったのが怪しいんだよな。

    てか、もう、1年更新予約したんで遅いんだが。
    ネットで他のとこをボチボチチェックしようと思っているけど
    頼んでみたらマジでヘンだった、ってのが面倒でなあ。

    やっぱ、私のトラブル処理は大甘か?

  • 自画自賛の心理

    「誰も褒めてくれんから自画自賛する」 との言い分で
    ここで自画自賛を繰り広げている私だが
    よく思い返すと、結構褒められてるんだよなあ。

    だけど、ブティックの店員さんや、すれ違った人に褒められても
    (一応これは今回の自慢ネタだから ↑ そのつもりで)
    ちっとも嬉しくないのである。

    自画自賛をしている部分を褒められたら
    自分の主張が肯定されたも同然で、喜ばしいはずなのに
    これは一体どういう事なんだろう?

    じゃあ、褒められて嬉しい場合があるか? と、考えてみた。
    嬉しい時のシチュエーション、相手・・・
    友人知人彼氏だと、状況に関係なく嬉しいなあ。
    逆に嬉しくないのは・・・親戚、顔見知り程度の人、見知らぬ人。

    あっっっ!
    と、ここで謎が解けた。

    嬉しくない相手とは、褒められて 「だろ? だろ?」 と
    おっかぶせて自画自賛をできない相手なのだ。

    つまり私は、自画自賛する材料は何でもよく
    有頂天になって高笑いしている自分が好きなのである。
    これは我ながら、ヤな嗜好かも・・・。

    ここで思い当たる事がある。
    そういえば、付き合う上でも、私は自信家を好んでいる。
    「私なんか・・・」 と言うヤツは
    謙遜にしろ本心にしろ、うっとうしい。
    聞いてて暗い気分になる言葉を言うな!

    この自信家、男性、特に彼氏に多い。
    女性だと、付き合う相手にはつつましやかに見せたがるが
    男性というのは、自分を大きく見せたがるからである。

    不思議な事に、この自信の対象は自分限定でないとならない。
    車や装飾品や身分を 「すげえだろ」 と言うのはダメ。

    金持ちなら、お金が沢山ある事を誇るのではなく
    “こんだけお金を儲けられる自分” を威張ってほしい。
    多分、自分を物で代用するのは小せえ、という感覚か?

    人よりほんのちょっと優れた部分など、誰でも持っていて
    別にそれが世界一じゃなければならないわけではないので
    大いに高飛車になってほしいもんだ。

    威張って逆襲されるのは、上映時間が頻繁でしかも長すぎるか
    実がない思い込みをネタにしているからである。
    自画自賛も程度問題って事だ。

    私はしょっちゅうここで自賛しているが
    何も逃げる相手に追いすがって叫んでいるわけじゃないので
    まあ、よかろう、と、増長しているのさ。

  • 乾燥の季節

    年中で3月末~4月いっぱいが最も乾燥する季節だと感じる。
    これは女性なら皆実感しているであろう。
    男性に “乾燥” はわからないかもしれんが
    毛穴が開く、ニキビができやすい、唇の皮が剥ける
    など、乾燥の目安になるので、チェックしてみ。

    何故、毛穴やニキビが乾燥と繋がるのか?

     空気が乾いてくると、肌の水分が蒸発しやすくなる
       ↓
     肌の細胞が、肌を厚くしてバリアを張ろうと新細胞生産を頑張る
       ↓
     皮脂腺は油膜でガードしようと脂をガンガン出す
       ↓
     頑張る細胞のせいで肌の生まれ変わりサイクルが崩れ
     角質層の一番表面の、はがれ落ちるべき角質が肌に残り
     それが毛穴をふさぐ。
       ↓
     そこに皮脂腺が出しまくる過剰な脂がたまる。

    この流れで、脂と角質の固まった “角栓” というものができ
    毛穴を押し広げたり、ニキビになったりするので
    性別に関係なく、肌の保湿は必要なのだ。

    この乾燥をどうやってケアするか?

    男女ともに、基本は洗顔。
    ちゃんと顔を洗っているヤツは、洗わない。
    朝だけぬるま湯で流す程度にする。
    または乳液をコットンにたっぷりつけてふき取る。
    つまり、石鹸洗顔を減らすorしない、って事。

    普段からまともに顔を洗っていないヤツは、逆にきっちり洗う。
    手の平を逆さにしてもたれないぐらいに、泡立てネットで立てた泡を
    顔中に乗せ、肌と指の間に必ず泡がある状態で優しく優しく
    指の腹で小さい円を描くようにクルクル動かす。

    ようするに、何ひとつ変えないのなら、自然治癒に頼るだけだが
    悩むのなら、いつものやり方を変えるべきなのだ。

    次に女性の場合。
    これは、今までのお手入れでは追いつかない、って事だから
    使用化粧品を見直すか、1品増やす。
    (ただし、乾燥していつもより敏感になってる可能性もあるので
     変更の際は、サンプルでパッチテストをして慎重に)

    1品増やすのは、もちろん保湿系アイテム。
    美容液が手っ取り早い。

    ビタ一文、金を使いたくないぞ、とか
    手順なんて面倒だから変えたくねえよ
    とかいうバカアマにも救いの手を。

    いつもの使用量を増やす。
    化粧水を手に取り、肌をじっくり押さえる。
    これを3回以上繰り返す。
    コットンを使うなら、枚数を2倍にする。

    美容液や乳液、クリームは、乾く部分だけ重ねづけ。
    その後、手の平で顔を覆って数十秒。
    ラップを貼っておくのもいい。

    ひとつひとつの手順を、意識して丁寧にするだけで、肌は変わる。

    男性の場合は、アフターシェイブローションはやめる。
    てか、男性用化粧品の使用は一切やめる。
    アルコールだのメントールだのごっそり入っているものが多いからだ。
    何で化粧品メーカーって、男性用はテキトーなんだろうな。  

    代わりに、1品だけなら乳液を加える。
    オリーブオイルや馬油、スクワランオイルとかでも可。
    適量を乗せた手の平をこすりあわせ、その手で顔を包むだけ。
    最初は量の加減に注意して、自分の適量を見つけるように。

    もちっとやってもいいよ、って感心なヤツは
    化粧水と乳液orオイルで完璧だな。
    マジで乾燥に悩んでいるヤツは、女性レベルのお手入れをしよう。

    もちろん、使用する化粧品も女性用ので。
    どこで買ってもいいが、購入する際の注意点は、匂いを確かめる事。
    必ずテスターをクンクン嗅いで選ぼう。
    この匂いが理由で使えない化粧品って結構多いぞ。

    乾燥対策のコツは、洗顔と化粧水である。
    保湿ってのは、いかに水分を肌内部に留めるかという意味だ。

    洗顔はするかやめるか、肌状態で判断して
    化粧水はとにかくたっぷり、肌に入る限界まで。

    何かトラブルが起きたら、まず自分のやり方を見直すこと。
    自然治癒は、肌に関しては10代前半までなら放置もいいが
    大人の場合、肌がボコボコになる、シミが残る、たるむ
    といった後遺症が、かーなーらーずー付いてくる。

    放置=自然、ってエコ思想は、トラブルがない時限定。
    動物界でも絶滅危惧種を放置してたら、マッハで消滅だろ?

    初手から投げ出すと、汚ねえエコババアになるぞ。
    言い訳を考えるヒマがあったら、とにかく対応せえ。
    1秒でも、手で肌を覆ってあげろ。
    それでダメでも悔いなしだ。

  • 料理

    夕べは肉じゃがを食った。
    いつもしょう油を入れすぎて辛くなってしまうので
    今回は、しょう油控えめしょう油控えめ、と
    激しく強迫観念に囚われて作ったおかげで
    とても薄くて気色の悪いあいまいな味になってしまった。

    和食はしょう油加減がとても難しい。
    ・・・てか、味見をすりゃ済む話だが
    味見だけで満腹になったりするし
    後で食うのに味見をしてたら、味に飽きてしまうだろ。
    だから私の料理は味見なしの出たとこ勝負なギャンブルである。

    このやり方でも洋風は美味いので
    外国人、やっぱザッパだよな。

    肉じゃがと言えば
    男性が付き合いたての彼女に望む料理NO.1だが
    私はそれを望まれた事がない。

    いや、厳密に言えば、彼氏に料理そのものを望まれた事がないのである。
    何故かわからんが、全員、私は料理ができないと決め付けてくれる。

    彼氏どころか、友人知人もそうで
    私が料理をすると聞いた友人が
    「見栄を張らなくていいから」 と、言い
    それが私の逆鱗に触れ
    「当たり前の事に何の見栄を張る必要がある!」 と、激怒し
    周囲にどうどうと止められる一幕もあった。

    両親も親戚縁者も同じ感覚で
    もう全国民総動員でデフォとしか思えない。

    料理ができない、といえば、よくTV番組で
    女の子に料理をさせるとかいう企画をやってて
    米を洗剤で洗うようなバカ女が出てくるが
    こいつらと同じように見られてるのかよ、と
    心底はらわたが煮えくりかえる。

    いや、実際私も食材全部を洗剤で洗いたいぜ?
    すんげえ気持ちはわかるよ、何か汚いっぽいもんな
    肉とか魚とかヌルヌルして気持ち悪いし。
    だが、私はしない! (威張れる事だろうか・・・?)

    私にとって料理とは、特別な事じゃなく
    ちゃんとした生活をしていく上での手段のひとつである。
    これを 「できない」 などと思われるのは
    私がまともな生活をおくっていないと
    言われているのと同じに聞こえて、すんげえ不本意なのだ。

    実際に、男性でも女性でも 「料理? できない」 と言うヤツは
    キチンとした生活ができてない、ひとりじゃ自己管理もできないヤツ
    と、私は評価する。

    何で料理ができない女に見られるんだろうか?
    聞いてみるが、「イメージ?」 ぐらいの答しか返ってこない。

    親しい友人でも言えないほどの
    何か重大な欠陥が私にあるんだろうか、と、一瞬悩みかけたりしたが
    よく考えると、料理ができないわけじゃなし
    いや、極端に言えば、そういう目で見られるのなら
    本当に料理ができなくてもいいわけで
    何の問題もないと気付いたんで、気にはしないようにした。

    ・・・でもやっぱり、ちょっと引っ掛かる・・・。

    この、料理ができないイメージ、
    能無し扱いされて (主に親族たちに) 悲しい経験も多いが
    役立つ面もあるのだ。

    勝手に諦めてくれてた彼氏に
    ちゃっちゃっちゃと料理を作ってあげると、必要以上に感動される。
    多少失敗こいても、通常以上の評価を貰える。
    トロトロ喋るので、トロいと思われる私が
    テキパキと料理をする姿は、後光に輝くようですらある。(言いすぎ)

    結果、「こいつ、実はしっかりしたヤツじゃん」 となる。

    冷静に観察すれば、料理もザツな手抜きだし、失敗も多いし、と
    決してそうでもないんだが、意外性で一発逆転ができるのである。

    うーん、これもやっぱりプラスマイナス0なんか?
    と、納得せんでもないんだが
    やっぱり、TV番組の料理ができんヤツを見ていると
    イラッとさせられて、精神の健康に悪い。

    そもそも私は、本当はできる事を
    「多分できない」 と思われてる場合が多いんだよな。
    何でここまで印象が悪いんやら。

    ああっ、こういう事を深追いしてると落ち込むーーーーーっ!

  • TVドラマ

    TVを点けたら、ちょうど水戸黄門が印籠を出すところだった。
    子供の頃に観たきりなんだが、今観るとまた違う感想を持った。

    子供だった時には、わざわざアラ探しに全国を回り
    最後は威張りくさって、ヤなジジイだと思っていたが
    今観ると、ふはははは、ひかえろ、地べたに頭をこすりつけてひれ伏せ!
    と、黄門の気持ちにシンクロする。

    黄門ちゃまはそんな事を思ってない! と、怒るヤツ
    あのシーンに他にどんな意味があると言うんだよ。
    結局は地位と権力のゴリ押しで解決じゃねえか。
    最後まで最小限のヤツにだけしか身分を明かさなくても
    問題は解決できると思うぞ。

    だから物の価値のわからんガキだった時には
    黄門に反感を持っていたんだなあ。
    薄汚れたオトナになった今じゃ
    あの、札束で横っ面をはたくような力技が、逆に痛快だぜ。

    結論: 黄門はオトナの夢

    うちの両親は、時代劇ドラマをよく観ていた。
    とうちゃんは連続大河ドラマなどの出演者の区別が付かず
    毎回始まる前に、かあちゃんの解説する
    “前回までのあらすじ” を熱心に聞き
    準備万端で放映に望むんだが
    出演者がちょっと席を外すと、もうそれですべてがワヤ。
    次に登場した時には 「これは誰じゃ?」 と、聞く始末。

    2時間ドラマの出演者がいつも同じ理由なのは
    ジジババたちが観ていて、誰が誰だか区別がつくように
    というのを聞いた事があるが
    そういう親切も、うちのとうちゃんにかかれば台無し。

    そんなんで観てて楽しいんだろうか? と、思っていたが
    かあちゃんの方がウンザリしていたと、今ならわかる。

    話に集中したいのに、登場人物が出入りする度に
    「こりゃ誰じゃー?」 「こりゃ誰じゃー?」 (広島弁)
    と、横からしつこく聞かれ、さぞうるさかった事だろう。

    その証拠に、隠居後引っ越した家にはTVが2台置かれ
    お互いが寝込んだ時用に、それぞれの寝室に1台ずつ
    最終的には4台まで増え、一体どんだけ増やせば落ち着くんだと。

    自分専用のTVを所有でき、かあちゃんは思う存分ドラマを観た。
    2時間もののサスペンスドラマが好きで
    またそれが再放送再放送で、何かほぼ一日中やってて
    それを延々観続ける母親というのは
    TVゲームに熱中するガキとどう違うのか?

    そんなに面白いんだろうか、と、私も観てみたが
    最後の最後に 「あんた誰!」 という人物が突然出現し
    そいつが犯人だった日にゃ、観てるヤツに何の推理の余地も与えん手段に
    うーん、これはある意味、とても面白いかも、と感心させられたもんさ。

    水戸黄門の真価もわかるようになったし
    ちょっと時代劇も観てみようかな、と思う今日この頃。
    (時代劇って、主人公が文字通り何様だよな)

  • 思想とHPの方針

    私は反中反韓というより、外国自体が嫌いである。
    理由は、日本にあーだこーだ好き勝手に望むから。

    それを上手く外交できない日本政府も悪いんだが
    国民としてはイライラの片方は外国のせいにするわけだ。

    掲示板での韓国問題に誰も意見を書かないのは
    ひとつには、よくわからない、という理由があると思う。
    こういった問題の “よくわからない” は
    “すべてを知っていない” という部分からくるんだが
    こんなややこしい問題のすべてを知っている一般人なんかほとんどいない。

    別に専門会議でもないんで、生半可知識でグチャグチャ言って
    自分の考えを構築していけばいいんだ。

    次に、愛国心=右派 という感覚。
    そしてそれが差別に繋がるという危惧。
    これがあって自分の考えを言いにくいんだろう。

    だよな。
    誰だって自国に異議を唱えられたら
    そりゃあ気分が悪いだろう。

    だが、私は政治の問題を言っているのであって
    それは個人間に影響するものではない。

    外国人の友人に、相手の考えを質問する事はあっても
    こっちの考えを理解させようと、議論を吹っかける事はしない。
    お互いに言い分があって、相容れないものだと思うからだ。
    だが自分の考えを隠しはしない。
    聞かれりゃ、ちゃんと言う。

    世界中の人間が自国に愛と誇りを持っているのに
    日本人の愛国心は平和を阻害するという感覚はおかしい。

    当の日本人たちにも、控えめにしておかないと
    また戦争になってしまう、という感覚があるのは戦後教育の弊害だ。
    これだけ自国を貶めている国民も珍しい。

    世界平和を考えるからこそ、自国をきっちり固める必要があるのに。
    自国いっちょどうにもできん国が、世界の平和のために働けるもんかい。
    (アメリカを見ろ、世界の大迷惑だろうが)
    私の愛国心は、この考えに基づいている。

    ようするに、国交と個人の交流をごっちゃにするのなら
    異国のヤツとは誰ひとり付き合えないって事だ。
    こういう部分でお互いに尊重をできないのなら、友情は成り立たない。

    人の意見ってのは、その人のほんの一部であって
    それが合わないからといって、その人を拒否するのは
    相手だけじゃなく自分の可能性をも潰す。

    全部自分と一緒じゃないとダメなんて情けない。
    譲れない部分、ってのは少ないほど幅が広がる。
    私がケンカをしても、関係に影響はない、と言うのは
    こういう考えだからである。

    と、私は分け目をつけられるが、付けられないヤツもいるだろう。
    「語れ」 は、柔剛色んな話題を好き勝手に語る場として置いているが
    読んで不愉快になるヤツもいるとわかる。

    そういう時は、匿名ででも 「不愉快だ」 と、書けばいい。
    こんなんネットじゃないとできない体験だと思うがな。

    今、すんげえ右派が掲示板をチョロチョロしとるが
    これぞネットの醍醐味、と、本当に面白い。
    ぜひ、正反対の意見を持つヤツにもウロついてほしいもんだ。

    自分の意思で見るも見ないも決められるHPならではの
    意見交換があっていいと思う。
    こういう方針が、来てくれる仲間を減らすのなら
    それは私の失策、という事で、ひとりでクヨクヨするさ。

    もちろん、方針、その他に意見要望があれば真剣に考えるので
    遠慮なく言ってください。
    えれえ固い信念があるように思えるかもしれんが
    私なんてアメーバみたいなもんでジュルジュルだぜ。

  • オタクとマニアの違い

    オタクも海外にまで認知されてる昨今
    どうも国内では、いまだ蔑称として使われてる雰囲気である。
    マニアってのは、そう悪い意味で呼ばれてはいないと思うんだが
    このふたつの意味の違いを考察してみた。

    ちなみに私は広く浅くと、全方位カバーのレーダー所持なので
    マニアでもオタクでもない。
    単に、気が散りやすい落ち着かないアホウってだけだが
    どだ? 物は言い様だろ? ふふん

    ここでは世の人々には “オタク” が蔑称として使われる
    と、根拠なく断定している。
    実際はそうでもないのかも知れんが
    “オタク” がNGワードになってるネトゲもあったので
    これはあながち間違いでもないと思うんだよな。

    オタクもマニアも、基本は “ひとつの分野に熱中する人” 。
    では、その分野とやらによって呼称が変わるのか?
    これはちょっと違う印象がある。

    何故かというと、ガンオタとガンマニア
    鉄オタと鉄道マニア、ミリオタとミリタリーマニア、といったように
    各分野にそれぞれオタクとマニアがいるからである。

    分野じゃないのなら、“中の人” であろう。
    (中の人、というのは、ネトゲなどでよく使われる言葉で
     ゲームのキャラを操作する本人を指す)

    もう、こっからは毎度の私お得意の独断と偏見になるが
    ひとつの事にだけ反応するヤツというのがいる。
    「こいつ、話しててもつまらんが、○○の話題になると
     急にイキイキ喰いついてくるよなあ」 ってヤツ。
    これがずばりオタクの真髄じゃないかと思っている。

    つまり、自分の好みの分野以外では
    他人と上手くコミュニケーションが取れないヤツ。
    もっときつく言えば、自分の殻に閉じこもっているヤツ。

    小中学生の頃には、流行っているTV番組を観ないと
    クラスに溶け込めない、みたいな感覚があるが
    人と付き合うには、共通の話題が多いほど有効である。

    オタクは趣味の分野だけに熱心で
    人付き合いをスムースにこなせないので
    一般人に敬遠されるのではないだろうか。
    一般人にとっては、オタク=付き合ってつまらんヤツ である。
    ここにオタクとマニアの呼称の分かれ目があるとみた。

    こう結論付けると、秋葉原に集う大勢の人々に疑問が出てくる。
    アキバ系=オタク になっているが
    あいつらの多くは、通常は普通の人間で
    秋葉原に行く時だけ、オタクのキャラをまとっているんじゃないのか?
    世の中にあんなに多くのコミュニケーション不能のヤツが
    生息しているとは思えないのだが、甘いか?

    オタクを装う理由としては
    マニアよりオタクの方が、趣味分野での結びつきが深くなるから
    と推理しているんだが、ここんとこは自信がない。

    今や A-BOY という別名があるように
    アキバ系オタクは、それ自体がひとつのキャラになっていると感じる。

    アホ外国人が、マニアでとめときゃいいのに
    「オタクモエー」 とか、いまいち成り切れん
    (見た目は格好良いのに、あえて貶す) アキバ系に
    チャレンジしているのを見ると
    ある意味、ステータスになってる気もするので
    休日オタク族がいても不思議ではない。

    いずれにしても、既存品の改良に力を発揮してきた日本人が
    自ら生み出した貴重な文化のひとつなので
    私的には温かい目で見守りたいが
    それは私に関係がない遠くで展開してる事が大前提である。
    マニアすら、身内とかにいたら迷惑だぜ。

    うーん・・・こうやって書いてみると、別に大した説でもなく
    今まで散々言われてきて、皆納得している内容だよなあ。
    これじゃあ、わざわざ書く意味もなかったが
    ビチビチ入力するのに掛かった時間が惜しいので消さん。

    ・・・・・これも毎度毎度のワンパターンな結末で
    オノレの歴史が激しく繰り返されてて、ちと悲しいぜ。

    でも、考えなしに喋るヤツが、考えなしに書くのも無理はねえよな。
    すげえ自分らしくてオッケーだろ。 (物は言い様パート2)

  • 白いカレー

    白いカレーの作成報告。

    とにかく、初めて使うルーなので
    能書きに書いてある通りに、ただひたすら忠実に作った。
    具は、何が合うのか見当も付かんので
    牛ブロック肉、たまねぎ、マッシュルーム
    ピーマン、アスパラ、と、最小限に抑える。

    味は、塩辛さがなくてオッケーだった。
    (カレーに塩辛さは邪道だと思うんだが
     そういうカレールーが多いんだよな。)

    辛いのは苦手な私が丁度良いと感じる辛さなので
    辛口好みのヤツは、かなり物足りないだろうから
    食う時にカイエンヌペッパーなどで調整する必要があると思う。

    全体的に、白い色が気色悪い以外に問題はない。
    アスパラとピーマンのせいでグリーンっぽくなったのは、私のせい。
    これは、カレーと目を合わせずに食えばクリアー。

    ところが、ひとつ重大な難点が。
    「仕上げに牛乳を入れて5分煮込む」 とあったんだが
    この 「仕上げの牛乳」 のせいで生臭さが鼻に付いて
    それが何と言うか、乳臭い? いや、うーん、ちと違うかな?
    牛肉と牛乳は同じ生物から出現しているのに合わないかも
    って感じて、お互いを貶めあってくれて、とても不愉快だった。

    とにかく、何かわからんが生臭いの!

    もし作るんなら、牛乳抜きを勧めるぞ。
    味自体は美味いから、一度作ってみい。

    カレールーの量が多くて、内部パッケージも2つに分かれている。
    この半分だけ使用しても、ひとりなら3食は持つ。
    だから、半分は牛乳入り、もう半分は牛乳抜きってのが良いかも。
    (牛乳を入れたら、翌日まで持ち越すと危ないので当日中に食うべし)

    カレーってのは “栄養食” って位置付けなので
    普通に作る時は、ありとあらゆる野菜を
    みじん切りにしてブチ込むのが私の作り方である。
    カレースパイス、強烈に濃いから少々の味は消してくれるし。

    ただ、じゃがいもを入れると、何かヘンに甘く?なるんで
    じゃがいもを入れたい時は、別鍋で茹でて食う時に入れている。

    以前は、切った野菜をいちいち炒めていたんだが
    それをすると、鍋に火を点ける前に2時間ぐらい掛かるんで
    今は切った端から鍋に直行させている。
    (が、それでも1時間は掛かる。)
    味は別に変わらんので、炒める意味がよくわからん。

    それをローリエの葉とともにしこたま煮込んで
    ガーガーかき混ぜていると (アク取り? 何それ?)
    全部の具が解けて、何が入っているのかわからんくなる。

    ローリエの葉は煮込み過ぎると苦味が出るので、取り出し
    そこにカレールーを入れ、とろ火で20~30分煮込み
    火を止めて2時間ほど放置、つまり寝かせるわけだ。

    カレーに限らず、煮込み料理のキモは
    この “寝かせ” にあると思う。
    何でかはわからんが、一旦加熱をやめ
    数時間放置する事で、味がグッと良くなる。
    (これ、私の感覚であって、正解かはわからん)

    だから、煮込み料理はすんげえ時間が掛かるのだ。
    これで失敗こいたら、鍋一杯のカレーを前に浪費した時間を悔やみ
    ほんと立ち直れないが、幸いにもそこまで大した失敗はしてないのは
    ひとえにカレースパイスの強引さによるものであろう。

    でも、中学生の時に、カレーでひどい目に遭った事がある。
    両親が家を空けるので、友人たちが泊まりに来てくれて
    ひとりが夕飯にカレーを作ってくれたのだ。

    その友人は家でもちゃんと料理を手伝うヤツなのに
    「あれ? トロミが出ない??? あれ? あれ?」 とか
    必要以上に慌てやがって、片栗粉をガンガン入れやがったのである。

    その時は包丁も握った事がないボケナスだった私なので
    カレーというのはそういうものだと素直に受け止め
    できたカレーは 「うーん??????」 という味だったが
    それでもなお、家で作るカレーというのはこういうもんだと
    素直過ぎるほどに受け止めて、真面目に食った。
    (うちのかあちゃんがカレーを作らないのは過去記事でわかるよな?)

    その晩、客間で皆で布団を並べて寝ている時に
    熟睡していたはずなのに、急に吐き気をもよおし
    飛び起きたはいいが、動く事もできず
    お客さま用布団にゲロゲロ吐いてしまった。

    とても苦しかった。 マジ、死ぬかと思った。
    次の日は寝込んださ。
    帰ってきたかあちゃんは、「ちょっと外出したら・・・」 と
    この惨事に呆れていた。

    具合が悪くなったのは、何故か私ひとりだったが
    もちろん暗黙の上で、カレーを作った友人のせいになった。

    その後 “殺人カレーを作る女” として
    事あるごとにイジメてあげたが
    和歌山ヒソ混入カレー事件のせいで
    このフレーズは二度と言えんハメになった。