乾行がふと伊吹の視線に気付き、手招きをした。
「よお、何をボーッと突っ立っているんだよ。」
伊吹が決まりが悪そうに歩いて来る。
「いや、邪魔をしたらいかんと思って。」
乾行が何気なく言う。
「おまえが邪魔なわけがないだろう、この野郎。」
「でも伊吹さまに見られていると、少し緊張いたしますわ。」
青葉が笑う。
その笑顔に、伊吹が遅れて合わせる。
「よお、伊吹、姫さんがどんだけ上達したか
ちょっと、し合ってみてくれないか?」
伊吹に槍の代わりの長い棒をポンと投げた。
「これは?」
「ああ、それは練習用に俺が作ったのだ。
藁 (わら) を硬く絞って布で巻いてある。
木よりは危なくないだろ?」
「ほお・・・。」
その模擬槍をあちこち見ながら、伊吹は感心した。
乾行には師の才があるようだ。
青葉はこれを見抜いていたのか・・・?
青葉は手に持つ同じ模擬槍を伊吹に向けた。
「お願いいたします。」
それを受けて伊吹も、スッと模擬槍を上げる。
こうやって見合うだけでも、前の青葉とは違う。
槍先から落ち着きと鋭さが伝わってくる。
逆に考えると、前の腕で先駆けなど自殺行為も同然だ。
よく何戦か、生き残ってこれたものよ・・・。
伊吹は青葉が “運が良かっただけ” とわかり、愕然とした。
運も実力の内、と言うが、そのような不確実なものには頼れぬ。
この稽古は、青葉を生かすためには本当に必要なものなのだ。
青葉の目に力が入る。
くる!
突いてきたところをはらい上げ、そのまま上から叩き下ろす!
青葉の頭上で模擬槍を寸止めして終わる試合。
だが次の瞬間、よろけたのは伊吹であった。
青葉の突きが、右肩にまともに入ってしまったのである。
「伊吹さま!」
青葉がうろたえて、抱きかかえようとする。
「すまぬ、大丈夫だ。」
言葉とは裏腹に、かなり痛そうである。
いくら藁で作ってあるとは言え
真っ直ぐに突かれたら衝撃も大きい。
乾行が解せないといった表情で訊く。
「何やってんだあ?
お前なら簡単にかわせただろう。」
伊吹が肩を押さえながら、槍を乾行に返す。
「いくら模擬槍といえ、青葉には向けられぬ。」
その言葉を聞いて、青葉が青ざめる。
自分は容赦なく突きを入れたからだ。
慌てて伊吹が言いつくろう。
「い、いや、そなたは女だし、そなたの稽古だから・・・。
・・・・・俺にはやはり教えられぬ。
おまえが適任だな、乾行。」
青葉が手当てをしようとするのを断り、
稽古を続けるように言い残し
伊吹はいつもの笑顔で去って行った。
青葉はその背中を見送りながら
どうして良いのか、わからない様子である。
確かに互いに強く愛し合ってはいる。
障害が多い結び付きゆえの、辛い立場なのもわかる。
だが・・・、何だ? この引っ掛かりは。
乾行は、ふたりの “色” の違いのようなものに
不安を覚えた。
続く