カテゴリー: パロディ小説

  • 継母伝説・二番目の恋 77

    塔の階段を一歩一歩上る。
    窓から見える街並みは、子供の頃より広がっていた。
    東国は順調に発展をしてきた、という証し。
     
    階段を上りきったところに、ドアがある。
    子供の頃にここで、王とあの約束を交わしたのよね。
    懐かしいわ。
     
    この塔は、祈りを捧げる時に篭もるために作られた、と聞いたけれど
    事件か事故があって、放置されているのよね。
    立派な塔なのにもったいない。
     
     
    今は訪れる者もなく、物置にすらされていない塔の
    一番上の部屋のドアを、公爵家の娘はソッと開いた。
     
    部屋の中央に布をかぶせた家具がひとつ置いてあるだけで
    あとは隅に箱が積み上げてあるだけの、殺風景な部屋。
     
    公爵家の娘は、布をチラッとめくって理解した。
    ああ、さっきの光はこの鏡だったのね。
     
     
    そして部屋の中をゆっくり歩き回る。
    使われていないのに、掃除には時々来ているようね。
    窓の桟を指でぬぐって感心する。
     
    風を通すために開けた窓から、見下ろしたのは
    今はもう封印されて取り壊す予定の
     
     
    “王妃” の 部  屋
     
     
    公爵家の娘の心臓がドクンと響いた。
     
    そうだった。
    あの秋の大祭の時に、王妃の衣装を見てもらうために
    王と大神官をここに連れてきたのだわ。
     
    思わず後ずさりをした隙に、一陣の風がザアッと入り込む。
     
    鏡にかけられていた布が、風にあおられ床に落ちる。
    驚いて振り向いた公爵家の娘が、大きな鏡に映っていた。
     
    ツヤのない白髪に、シワだらけの老婆になった姿が。
     
     
    ヒッと息を呑む公爵家の娘は、動く事も出来ないほど脅えていた。
    胸元で握り締めた両手が小刻みに震える。
     
    鏡の中の年老いた自分は、ゆっくりとその手を下ろす。
    「可哀想にねえ・・・。」
     
    “可哀想”
     
    公爵家の娘が、生まれて初めて言われた言葉
    一生言われるはずのない言葉。
     
    「誰よりも恵まれた生まれ育ちなのに
     誰よりもミジメな人生をおくらなければならないとは
     可哀想にねえ・・・。」
     
     
    状況がわからず、何の言葉も出て来ない公爵家の娘に構わず
    鏡の中の自分は続けた。
     
    「あんたが “こう” なるのは
     すべては、あの時から始まったんだよ。」
     
    あの時?
     
    口には出していないのに、老婆はその疑問に答えた。
    「そう。 黒雪姫が生まれた時。」
     
    黒雪姫?
     
    公爵家の娘は、つい訊いてしまった。
    あやかしの囁きに、耳を傾けてはいけなかったのに。
     
     
    「黒雪姫が生まれなければ、王妃は死ななかった」
     
     
    あの子はあの娘の命を吸って現れた。
    そして私のすべてを奪うであろう。
    私たちを引き裂いて、あの子は在り続ける。
     
    長い、長い間、隠しに隠して気付かないよう
    最初からなかった事のように心の底に押し込んだ、その気持ち。
     
    見つけてしまった!!!
     
     
    まるで背中から剣で貫かれたかのような衝撃に
    公爵家の娘の体がのけぞった。
     
     
     
     
     
    「く・・・ろ・・・ゆき・・・ひ・・め・・・。」
    焦点の合わない見開いた瞳に、憎悪の炎が宿る。
     
     
    公爵家の娘が、“継母” になった瞬間であった。
     
     
     
    いずれ唱える
     
    「鏡よ鏡」
     
     
     
     終わり 
     
     
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    イラスト: Yダレ  心からの感謝を 

  • 継母伝説・二番目の恋 76

     誰がいようが たったひとりがいないなら
     
     それが  孤 独 
     
     
    公爵家の娘は、自分の異変に気付いていた。
    これは、何の実にもならない気鬱よ
    冷静にそう判断したのはいいが
    原因がわからないので、解決には至らない。
     
    パーティーの人々の輪の中心で、公爵家の娘は笑顔を振りまきながらも
    自分の体がどんどん、孤独の沼に沈んで行くような錯覚に陥っていた。
     
    誰か・・・・・!!!!!
     
     
    _____________
     
    その視線に気付いた瞬間、世界が真っ暗になる。
    華やかな人々は透明になり、かすかに輪郭だけが浮かび
    パーティー会場の喧騒が、遠くでワンワンと反響する。
     
    この中に2人だけ、黒い髪に黒い瞳の
     
    ・・・・・・地黒のゴリ姫!
     
     
    何故あの子が・・・?
    黒雪姫は、怪訝そうにこっちを見ている。
    鮮やかなピンクの可愛らしいドレスが、まったく似合っていない。
     
    ・・・誰なの? あのような装いをさせたのは。
    あの子には黄色系を着せないと・・・。
     
     
    公爵家の娘が苦々しく思ったその瞬間
    人々の笑顔と音楽がブワッと沸き上がった。
     
    世界が元に戻ったのだ。
     
    公爵家の娘は黒雪姫を目で探したが、もういなかった。
     
     
    公爵家の娘は、分かれ道を
    ことごとく間違った方へと歩いて行く自分に気付かない。
     
    毎晩毎晩うなされる。
    次第に元気もなくなってくる。
    望まれて戻ってきたのに、まるで拒絶されているかのように
    居心地が悪くてしょうがない。
     
     
    あたくしは、ここにいるべきではないのかしら・・・
    ふと一瞬、よぎった弱気に身震いがした。
     
    どこにいても何をしていても
    あたくしは国一番の大貴族である、公爵家の娘だったのに!
    そのあたくしが居場所に困るなぞ!!!
     
    ・・・だけど、公爵家の娘もいまや “お妃さま”
    しかも後妻で継母である。
    身分は上がってるのに、言い様もない虚無感に囚われる。
     
     
    公爵家の娘は、屋上でぼんやりと山を眺めていた。
    なだらかな輪郭の、穏やかな山。
    記憶の底の底に封じ込めていた何かが、少し動く。
     
    その感覚が不安で、背けた目の端にキラリと光るものがあった。
    何気なく、その方向を見る。
    あれは・・・、幼い頃に王と探検した塔・・・。
     
     
    公爵家の娘は、最後の間違った一歩を踏み出した。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 75

      たった一度の失敗が
     
     人生を狂わす最大の敗北になる
     
     
    飛び起きたベッドの上で、公爵家の娘は波打つ鼓動に胸を押さえた。
    恐い夢・・・? を、見た・・・?
     
    幸いにも今夜はひとり寝である。
    悪夢にうなされているなど、王に知られたら失礼に当たるわ
    公爵家の娘は、王がいない事を “良かった” と感じた。
     
    が、逆かも知れない。
    王がいないからこそ、恐い夢を見る可能性は?
     
     
    いつも汗ビッショリで飛び起きるのだが
    どんな夢だったのかは、さっぱり覚えていない。
     
    だけど・・・、嫌だわ・・・
    よく眠れる薬を、ああ、だめだわ
    懐妊するかも知れない身で、薬は飲みたくない。
    それ以前に、うなされている事を誰にも知られたくない。
     
    公爵家の娘は、分かれ道を
    ことごとく間違った方へと歩いて行く自分に気付かない。
     
     
    最近、王は宮殿の増設に向けて、忙しく動き回っている。
    「本当はそなたをひとりで寝せたくはないのだが
     疲れていてな、すまぬ・・・。」
     
    「いいえ、あたくしの方は大丈夫ですわ。
     王さまこそ、ゆっくりお休みくださいませ。」
     
    軽く口付けをして、自室へと戻る王を
    微笑みながら見送る公爵家の娘。
     
     
    一緒にいて のひとことが 何故 言 え な い ?
     
    公爵家の娘は、汗に濡れた顔を両手で覆い
    ベッドの上でうずくまる。

    だって、あたくしが男爵領の援助をせびらなければ
    城は新築されていたのですもの。
    この上に “寂しい” などと
     
     
    寂しい?
     
     
    あたくしがここにいるのは間違っているのかしら?
    何故、毎晩うなされるの?
     
    風がヒョオオオオと鳴きながら、丘を渡って行く。
    真夜中の木々は、風に揺らされ化け物へと化す。
     
    公爵家の娘は、今まで感じた事がない闇への恐怖に
    思わず助けを呼んだ。
    「ファフェイ!」
     
     
    ・・・・・・・・・・・
     
    天井に伸ばした手を、ゆっくりと下ろす。
    そうだった・・・、ファフェイは出掛けている・・・。
     
    いえ、あたくしには味方がたくさんいる。
    王さまは言えば来てくれる。
    お父さまも来てくれる。
    チェルニ男爵もウォルカーも、あたくしが呼べば駆けつけてくれる。
     
     
    ・・・なのに何故、今ひとりなの?
    何故こんなにも孤独なの?
     
     
    公爵家の娘は、布団をかぶって泣き喚いた。
    嗚咽はこの風が消してくれる。
     
    が、あの時の手はもうない。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 74

    「で、込み入った話とは? フヒ?」
    「実はね・・・。」
     
    公爵家の娘は、ノーラン伯爵の話を正直にした。
    普通ならば、誰の事もまず警戒をする公爵家の娘が
    ファフェイには、それをしないのは
    この子供のすべてが、あまりにも非現実的だからかも知れない。
     
     
    話を聞いたファフェイは、床を拭く手を止めて唸った。
    「うーむ、多分ノーラン伯爵の事を調べていたのは
     父上だと思うのでござるが
     いくら状況が変わったとはいえ、結果が出ていないのに
     あの父上が、収穫なしで放置するとは考えにくいでござる。 フシュー」
     
    公爵家の娘は、テーブルのホコリを拭く手を止めない。
    「でしょ? これは
     1.ベイエル伯爵には何もない
     2.あたくしには言えない のどちらかで・・・。」
    「1はありえないのでござろう? フヒ?」
     
    公爵家の娘は、テーブルの上を拭いた雑巾で
    ファフェイの顔を拭いてあげながら、うなずいた。
    「・・・ええ・・・、単なる勘でしかないんだけど。」
     
     
    その言葉に、ファフェイは子供のくせに知った風な事を言う。
    「女人の勘ほど、恐ろしい的中率のものはないでござるからなあ・・・。
     フウウ・・・。」
     
    その後、2人でホコリを掃除しながら
    ああでもないこうでもない、と推理をし合った。
     
     
    公爵家の娘が我に返ったのは、召使いのノックの音である。
    「ちょ、おまえ、これを持ってさっさとお行き!」
    雑巾を慌ててファフェイに押し付け、ドレスの汚れをはたく。
     
    あ、あたくしとした事が、この国の王の妃たる者が、掃・・・
    その先の言葉は打ち消した。
    貴人にはありえない事だからである。
    愚行は忘れるに限る。
     
     
    返事がない事をいぶかしんだ召使いが、部屋を覗くと
    公爵家の娘は、ソファーで寝入ったフリをしていた。
     
    「お妃さま、お休み中、申し訳ございませんが
     もう夕食の時間なので、どうかお召しかえを。」
     
    「あ、ああ、すっかり寝てしまっていたわ
     もうそんな時間なのね。」
    ふと窓を見ると、顔を覗かせたファフェイが
    公爵家の娘の下手な芝居に、笑いを噛み殺している。
     
     
    公爵家の娘は、召使いに気付かれないように
    ファフェイを睨んで、扇で自分の首をトントンと叩いた。
    さっさと行かないと、その首をぶった切るわよ!
     
    ファフェイは青ざめて、夕焼けの中へと消えて行った。
    これからファフェイは、秘密を探す長い旅へと出る。
     
    どうか気を付けて
    そう思う公爵家の娘は、良い大人になったのかも知れない。
     
     
    夕食の時、パンをつまんだ手の平が真っ黒な事に気付いた公爵家の娘が
    そのパンを口に入れるのを、しばらくちゅうちょしたのは
    国一番の大貴族の娘だからである。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 73

    式は終わったが、まだまだ仕事は残っている。
    各国の王族や国内貴族、その他あちこちからの祝い品の目録を確認し
    “後々の付き合い方” の方針を決めるのである。
     
    出世欲がある者にとっては
    堂々とワイロを贈る事が出来る、このような
    滅多にない機会を逃したくない。
     
    公爵家の娘にとっては、この目録は
    国内の貴族事情が一目でわかる、表のようなものであった。
     
     
    あら、あの子爵、頑張ったわね
    家宝にしてもおかしくない宝石だわ、これは。
     
    公爵家の娘が積み上げられた目録を、興味深く見ていると
    王家の財務管理人の、困った様な声が微かに聞こえてきた。
    「・・・これは、もう返事をしたのですかな?」
     
    財務管理人から目録を見せられた書記は、首を振った。
    「いえ、これはさすがに王さまの指示を仰がないと・・・。」
    後ろに公爵家の娘が立っているのに気付き、ハッとするふたり。
     
    「あたくしに聞かれたくない事かしら?」
    「い、いえ、お妃さまに秘密など・・・。」
    「その目録を。」
     
    仁王立ちで手を出す公爵家の娘に
    促すように、財務管理人は書記を見
    書記はジワジワと、震える手で目録を頭上に掲げる。
     
     
    これは、あのベイエル伯爵からの祝い品ね。
    ・・・山羊を26頭?
    公爵家の娘の脳裏に、あの山羊の紋章の指輪が浮かんだ。
     
    考え込む公爵家の娘に、財務管理人が慌てて言い繕う。
    「ベイエル伯爵さまは、この山羊だけではなく
     他にも立派な品々を多数贈ってくださっているので
     失礼には当たらないと思うのですが・・・。」
     
    公爵家の娘は、家臣を不安にさせる思案を止めた。
    「ええ、家畜や珍しい動物を贈るのは不思議ではないわよね。」
    ニッコリと微笑んで、その場を立ち去ったが
    心にモヤモヤとしたものが漂っている。
     
    何かしら、この不愉快さは・・・
    公爵家の娘は、部屋に戻ると叫んだ。
    「ファフェイ!」
     
     
    部屋の角の天井の板がガタガタとズレ、そこからファフェイが顔を出した。
    「・・・ここに。 フヒヒ。」
     
    公爵家の娘は、ファフェイが降りてくるものと思っていたが
    ファフェイは顔を出したまま、動かない。
     
    天井隅と部屋中央のソファーとの、えらく距離のある見つめ合いに
    公爵家の娘はシビレを切らせた。
    「・・・何をしてるの・・・?」
     
     
    「降りるのは一瞬でも、上るのは大変なのでござる。
     短い会話だけなら、ここで済ませたいでござる。 フヒイ・・・」
     
    「・・・気持ちはわからないでもないけど
     今日はちょっと込み入った話だから、降りてきてほしいわ。」
     
    本来なら主君を見下ろす事は、あってはならない無礼。
    しかし、珍しく公爵家の娘が思いやってくれているのを感じ
    ファフェイは素早く飛び降りてきた。
     
     
    ブワッと舞うホコリに、公爵家の娘が怒る。
    「おまえ! このホコリとあのズレた天井板をどうするのよ!」
     
    ファフェイが椅子に乗り、火かき棒で天井板を戻しながら、詫びる。
    「すまぬでござる。
     でも、近年この城に忍んでいた者はいないでござるよ。
     天井裏はホコリが積もり放題でござる。
     良かったでござるな、安全で。 フシュシュシュシュ」
     
    「おまえ、これからもそういう忍び方をしたいのなら
     天井裏の掃除をしときなさい。」
     
     
    公爵家の娘は咳き込みながら、床に落ちたホコリの言い訳を
    召使いたちに何と説明すれば良いのか、悩まねばならなかった。
     
    黒装束が真っ白になっても気にしないファフェイは
    神経質そうに見えて、案外、図太い性格らしい。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 72

    王と公爵家の娘の式は、大神官長のはりきりで
    いくつもの仰々しい行事をこなす、通常の王の結婚式になった。
     
    飲食を控え、禊(みそぎ)をし、神への供物を準備し、祈る。
    神に許可を願い出た後は、民衆へのお披露目である。
    その夜はパーティー、と一通りすると7日間にも及ぶイベントである。
     
     
    まるで一度目の式を、上書きして消しているようだわ・・・
    幼い頃から、こうなる事を予定していたはずなのに
    その予定が狂って、苦しんだ時もあったはずなのに
    実際になってみると、あまり良い気分になれない自分がいる。
     
    生粋の東国貴族の、公爵家の娘でさえ
    少々ウンザリさせられる、この一大イベントは
    他国の娘にはどんなに辛かったか・・・。
     
     
    特に内気なあの娘には・・・
    公爵家の娘がボンヤリと考えかけたところに
    何かに引っ張られたように、前につんのめった。
     
    とっさに王が支えてくれたので、転びはしなかったが
    振り返ってみると、黒雪姫が公爵家の娘のドレスの裾を踏んでいた。
     
    「こら、黒雪、足!」
    ポカンとしている黒雪姫に、王が注意をする。
    周囲の女官たちは、青ざめて固まっている。
    この姫は、“あの” 公爵家の娘のドレスを踏んだのである。
     
     
    王に注意されて初めて気付いて、慌てて足を上げる黒雪姫を
    公爵家の娘がジッと見つめる。
     
    「お、お継母さま、申し訳ございませんーーーっ!」
    騒々しく謝りながら、黒雪姫が精一杯の貴婦人のお辞儀をする。
    周囲はドキドキして見守る。
     
    公爵家の娘は、黒雪姫の顔を凝視していたが
    フイと前を向き直った。
    「いえ、ありがとう。」
     
     
    ありがとう
     
    この言葉にその場の全員が意味が分からず
    言い間違いか聞き間違いのどちらかだろう、で納得したが
    それは公爵家の娘の、つい漏れ出た本音であった。
     
     
    公爵家の娘は、とどこおりなく結婚の儀を終え
    名実ともに、“王妃” になった。
     
    東国の宮廷は、これでようやく落ち着くべき形に落ち着いた。
     
     
    かに思えた。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 71

    失われた面子を取り戻そうと、大神官長がしきりに
    “正式な結婚式” を言ってくる。
     
    王にとっては2度目の式だし、あたくしも後妻なのだから
    そう仰々しくは、したくないのよね・・・
    しかし大神官長は諦めない。
    「“縁起” というものも、ございますぞ。」
     
    その内に、王も何となくはしゃいできて
    盛大な式を、とか言い出しそうな雰囲気になった。
     
     
    「よろしいじゃありませんの。
     王さまも、お妃さまとお式をなさりたいのですわよ。」
     
    「お妃さまのウェディングドレス姿は
     さぞ、おきれいでしょうから、国中の皆が見たがってますわ。」
     
    周囲のそういう言葉も、何となく空しく聞こえる。
    あの人の立っていた場所に、あたくしが立ち
    あの人の指を飾っていた指輪を、あたくしが身に着けるなんて・・・。
     
    公爵家の娘は、その考えを “後ろめたい” 気持ちだと解釈した。
    でも大貴族の娘である自分が、何に対して引け目を感じなくてはならないのか
    そもそも “そこ” の席は、本来ならあたくしのものなのに。
     
     
    ・・・・・・・怒り・・・・・・・
     
    公爵家の娘が飛び起きたのは、まだ真夜中であった。
    体中にビッショリと汗をかいている。
    恐い夢を見たようだけど、よく覚えていない。
     
    公爵家の娘は、悪寒を振り払うかのように
    寝巻きの衿を両手で寄せる。
     
     
    空では痩せ細った月が、弱々しい光を放っている。
    もうすぐ新月ね
    月のない闇・・・。
     
     
    公爵家の娘は、正体のわからない不安がもたげてくるのを感じ
    それを打ち消そうと、サイドテーブルのグラスの水をあおった。
     
    大丈夫、そういう時にはいつもよりも星が瞬くから
    きっと華やかな星空になるわ
     
    公爵家の娘は、窓に背を向けて布団をかぶったが
    その夜は、もう眠りに落ちる事は出来なかった。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 70

    黒雪姫の王位継承権獲得の儀は、滞りなく終わった。
    念のために、ティレー伯爵夫人に行儀見習いに出して良かったわ。
    公爵家の娘は、ホッと一息ついた。
     
    黒雪姫には、あらゆる分野の専門家を家庭教師につけた。
    貴婦人としてのマナーは、今後もティレー夫人が教える。
     
    今度こそ、あの子には “統治者” になって貰わないと!
     
    似てはいないのに、言動も見た目も
    思い出を呼び覚ます部分はひとつもないのに
    公爵家の娘は、あの少女に対する気持ちを取り戻しそうになっていた。
     
     
    公爵家の娘の動揺のきっかけは、またしてもベイエル伯爵。
    “勉強” として、会議にも黒雪姫を伴う公爵家の娘。
     
    「おや、ご側室・・・いえ、お妃さま
     王妃となられた今でも、王さまの隣には座れないのですかな。」
    イヤな含み笑いで、ベイエル伯爵がくだらない煽りをしてくる。
     
    王と公爵家の娘の間に、黒雪姫を座らせているのは
    双方から教えられるように、との公爵家の娘の配慮である。
     
    「そうしていらっしゃると、まるであのお方が甦ったようですな。
     外見は全然似ていらっしゃらないようですが
     頭の中身がそっくりだそうですな。
     いや、これはひとりごと、お気になさらず、ふっふっふ」
     
     
    公爵家の娘は、黒雪姫に教えるように言った。
    「良いですか、黒雪。
     臣下にはバカな事しか言わない者が、これから出てくるかも知れませんが
     あなたはトップに立つ身ですから、そういうたわごとを相手にして
     自身を貶める必要はどこにもないのですよ。」
     
    黒雪姫は、他意なく訊く。
    「では、無礼な臣下はどうすれば良いのですか?」
     
    「どうもしなくて良いのですよ。」
    公爵家の娘が、無表情で答える。
     
    「ただ、その者が失態を冒した時に
     一切の容赦をせねば良いだけです。」
     
     
    その会話が聞こえていた者の全員が、青ざめ
    ベイエル伯爵は、こわばった表情で席を立った。
     
    雉 (きじ) も鳴かずば撃たれまいに、何故あやつはああなのかしら
    公爵家の娘は目で追いもせずに、黒雪姫をかまうフリをした。
     
     
    黒雪姫は無邪気に言う。
    「お継母さまは鬼ですか?」
     
    公爵家の娘は、さすがに頬を引きつらせた。
    周囲の空気が瞬間冷却される。
     
    そこに王がやってくる。
    「おうおう、そなたらは本当の母子のように仲が良いのお。」
     
     
    周囲の全員が心の中で叫んだ。
     
    誰かひとりだけで良いから、空気が読める人をーーーっっっ!
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 69

    「訓練ですか、黒雪姫。」
    「イエッサー!」
    「その “訓練” とやらは、どのようなものですの?」
     
     
    黒雪姫は速やかに立ち上がって
    自分の一日のスケジュールをまくしたてた。
     
    食事時や就寝時以外は、全部トレーニングで
    まるでアスリート選手のような一日である。
     
     
    無表情で黙って聞いていた公爵家の娘は
    黒雪姫が言い終わって口を閉じると、静かに言った。
     
    「よくわかりましたわ、黒雪姫。
     元気に育ってくれて、何より。」
    扇を開き、口元を隠す公爵家の娘の仕草は
    大抵が怒りを抑えようとしている時に出る。
     
    「で、政治の勉強はいつなさっているの?
     この国の歴史はもう学び終えましたか?
     貴族たちの名前や領地は全部覚えましたか?」
     
     
    公爵家の娘から発せられる、逆毛が立つような怒りのオーラに
    たまらず貴族のひとりが止めに入る。
    「黒雪姫さまは、まだ7歳
     巷の子供は泥んこになって遊んでいる盛りでございます。」
     
    公爵家の娘が、口元だけ微笑みつつゆっくりと振り向く。
    「首都に程近いところに広大な領地を持つ侯爵、
     あなたの跡継ぎも地面を這いずってますの?」
     
    「い、いえ・・・。」
    侯爵は、下を向いた。
     
     
    「“跡継ぎ” と定められた者は、たとえ幼くても
     上に立つ者としての資質を構築するような教育を受けねばなりません。
     黒雪姫、来月は何が行われるのですか?」
     
    「私の王位継承権獲得の儀です。」
    「それは王になる権利がある者全員が行うものですか?」
    「いいえ、1位の者だけです。」
    「その “1位” というのは、どういう意味?」
    「・・・・・・・」
     
     
    公爵家の娘は、扇をパシッと閉じた。
     
    「それは、この国の次の王があなただという事ですのよーーーっ!!!」
     
    久しぶりの公爵家の娘の怒声に、宮廷中がビクッとした。
     
    「この国の何百万人の運命は、頂点である “王” にかかっているのですよ。
     民衆が働いて得たお金を税として貰って、貴族たちは生きているのです。
     この国を治める立場にある者には、多くが望まれます。
     幅広い知識、大きな視野、そして政治力、決断力、統治力、指導力!
     健康など、あって当たり前なのです!」
     
     
    黒雪姫は、ショックを受けた。
    今まで自分がする事を、否定する者などいなかったからだ。
    自分は王になるのが当然だとも思っていた。
     
    だが、それは “絶対” ではない。
    目の前にいるこの父の想い人が、自分を “不適格” だと見なしたら
    すべては終わってしまう、そんな予感がした。
     
    黒雪姫は、母に似て頭はあまり良くなかったが
    母とは違い、生き延びる本能は人一倍持っていた。
     
     
    この継母はヤバい!
     
    そう感じ取った黒雪姫は、公爵家の娘に一礼をすると
    風呂にダッシュし、ドレスを着て図書室へと向かった。
     
     
    「お騒がせして申し訳ございませんでしたわ。
     いやだわ、あたくしったら、山奥に長居して
     すっかり貴婦人のマナーを忘れてしまったようでお恥ずかしいわ。」
     
    公爵家の娘の目が笑っていない棒読み笑顔挨拶に
    貴族たちはゾーーーッとした。
     
    公爵家の娘、健在なり、と誰もが思った。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 68

    公爵家の娘の部屋は、以前の部屋とは離れた場所に置かれた。
    先王妃の部屋は、現王の代は使わずに閉じられたままになる。
     
    王は新たに城を造りたかったが
    公爵家の娘の男爵領興しで大金を貢がせられたので
    同じ城の中で引っ越しをするしかなかった。
     
    「まあ、やむを得ぬ。
     公爵家の姫より大きな買い物はないのだから。」
    王は、そう言って笑った。
     
     
    現王は、ギャンブルも女遊びも他の余計な事も一切しない、
    統治される側からしたら、理想的な人物なのだが
    それ以外は、かなりヌケたところがある。
     
    周囲にそのヌケを補わせるのが、王の仕事のひとつであり
    王は、正当な血筋からくる威厳によって、それを成していた。
     
    その王が、我が子に体の弱かった母の二の舞を踏ませたくない
    と願えば、誰もがそのように動くのは当然。
    黒雪姫は “強くたくましく”、と東国中から願われて育った。
     
    その親心がわかる公爵家の娘も
    それに倣ってしまうのは、いたしかたのない事。
     
     
    「ファフェイ!」
    「はっ・・・。」
     
    天井からストッと飛び降りたファフェイと
    呼んだ公爵家の娘は、見つめ合って フッ と笑った。
    何だかんだで、こういう小芝居が好きな二人。
     
     
    「あたくしに剣を教えなさい。」
    「剣?」
     
    黒雪姫に得意武器を訊かれ、何もなかった公爵家の娘は
    一番貴婦人らしい気がする “レイピア”、細身の剣だと騙ってしまった。
    これから秘密特訓を重ねて、剣術を身に着けねば。
     
    公爵家の娘の、こういう陰での努力は立派だが
    教えを請う相手を間違っていた。
    レイピアならチェルニ男爵にでも習えば良かったのに・・・。
     
    公爵家の娘は地道な練習を重ね
    数ヵ月後には、日本刀で何とか巻き藁を切れるようになる。
    割に天才である。
     
     
    そうこうしている内に、黒雪姫の王位継承権獲得の儀が迫ったある日。
    テラスでお茶をしている公爵家の娘の耳に
    不気味な音が聴こえてきた。
     
    ズ~リ ズ~リ ズ~リ
     
    周囲の貴族たちには、その音が聴こえないのか
    変わらずに談笑を続けている。
     
    が、その音は背後からずっと続いている。
    場の雰囲気を壊さないよう、笑顔で話の輪に加わっている公爵家の娘だが
    耳だけは後ろ向きに回転したかのように、音を追ってしまう。
     
    とうとう我慢できず、ゆっくりと後ろを振り向いた公爵家の娘の目と
    迷彩服に体中に木の枝を突き刺して地面を這う黒雪姫の目が合った。
    まるでそこに獣がいるようだった。
     
     
    「・・・あなた・・・、何をしてらっしゃるのかしら?」
    公爵家の娘が、口の端を引きつらせながらも、平静を装って訊く。
     
    「ほふく前進ですわ! お継母さま!」
    黒雪姫は、地面に這いつくばったままハキハキと答えた。
     
    「黒雪姫さまの日常の訓練ですのよ。」
    「黒雪姫さまには健康でいてほしいですからな。」
    お茶をしている貴族たちが、微笑みながら弁護する。
     
    公爵家の娘の血管が切れそうになった。
     
     
     続く 
     
     
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