カテゴリー: 黒雪姫

  • 黒雪姫 12

    小人たちが忙しくお使いに出ているというのに
    黒雪姫は庭でノンビリと、落ち葉焚きをしていた。
    切り株に大股開きで座り、枝で火を突付く姿はとても男らしい。
     
    あたりには良い匂いが漂っている。
    黒雪姫は枝で炎をかき分けて
    サツマイモをぶっ刺して取り出した。
     
    焚き火と言ったら、やっぱこれよねー
    アチッアチッとお手玉をしながら、イモを2つに割る。
     
     
    「おんや、美味しそうな匂いだねえ。
     ヒェッヒェッヒェッ」
    声がした方向を見ると、杖をついた老婆が立っていた。
    渋々とは思えないほどの、見事な成りきりである。
    継母は、“女は女優” を真に受けていた。
     
    その姿を見ながらも、無言でイモにかじりつく黒雪姫に
    老婆が手提げかごからリンゴを1個取り出して、提案した。
    「そのイモをこれと交換してくれないかねえ?」
    「イモ、1個しか焼いてないのよ。」
     
     
    まったく、このバカ娘は相変わらず根性悪だね!
    黒雪姫のそっけない返事に、脳血管をビキビキさせながらも言う。
     
    「ほれ、そっちの半分で良いからさ。
     こっちはリンゴを丸ごとあげるよ。
     どうだい、悪い取り引きじゃないだろう?」
     
    「・・・何か、えらい説得してるようだけど
     そんなにイモが食いたいなら、恵んであげますわよ。
     育ちが良いから、意地汚くないですしね。」
    黒雪姫は老婆にイモの半分をポーンと投げた。
     
    「・・・ありがとさんよ。(ムカムカ)
     じゃあ、このリンゴを・・・」
    「リンゴ、いらなーい。」
    「えっ、リンゴ、好きじゃないんかい?」
    「うん、別にどーでもいい存在ってやつ?」
     
     
    おかしいわね、王国便りのプロフィールに載ってたのに・・・。
    継母がどうしたものかと思案していたら、黒雪姫がムセ始めた。
     
    ハンター・チャーーーンス!!!
     
    継母は、瞬時に黒雪姫の側に走り寄り
    とんでもない火事場のバカ力を出して
    グシャッとリンゴを握り潰した。
    フリッツ・フォン・エリックの先祖かも知れない。
     
     
    「ああ、ほら、炭水化物系をガッつくから!
     このリンゴをお食べ!
     水分たっぷりで喉のつかえが取れるよ!!」
     
    「あっ・・・!」
    黒雪姫が何かを言おうとした瞬間
    継母が黒雪姫の口にリンゴを押し込んだ。
     
    「ゲホッゴホッ」
    喉をかきむしってのたうち回る黒雪姫の顔色が
    みるみる真っ青になっていく。
     
     
    数秒後、前のめりにズシーンと地面に倒れる黒雪姫に向かって
    拳銃バキューン 銃口の煙フッ の仕草をしながら、継母が言った。
    「ジ・エンド」
     
     
    恥ずかしいほど古い女である。
     
     
     続く
     
     
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  • 黒雪姫 11

    「何から先にすべきかしら。
     殺害を命じた従者たちの処刑?
     それとも黒雪姫への追撃?」
     
    閉じた扇子で手の平をピシャンピシャンと叩きながら
    ウロウロと歩き回る継母に、鏡が助言をする。
     
    「従者の処刑は、理由付け等の準備が面倒だから後回しにして
     先に黒雪姫を殺りに行くべきとちゃいまっか?
     今度こそ確実に仕留めるためにも
     あんさんが自ら出向いた方が良いと思いまっせ。」
     
    継母は鏡に感心した。
    「あら、おまえ結構知恵が回るのね。」
    「へえ、わいは陰謀用鏡なんですわ。」
    陰謀と鏡に、一体どういう関連があるんやら。
     
     
    「では、この手で黒雪姫を殺りに行くわ。
     あの娘は今、どこにいるのかしら?」
    「へえへえ、諜報も任せておくんなはれ。
     え~と、あれっ? 何で?????」
     
    「・・・・・・・・・・・」
    鏡が黙り込んだ。
    「何なの?」
     
    「ああ、いや、ここはちょっと行きにくいから
     わいが直接送り迎えしますわ。」
    「そう? じゃあ用意をしてくるから
     それまでにそっちも準備を整えといて。」
     
    継母が部屋を出て行った後、鏡は考え込んだ。
    “東国出身” という事で、黒雪姫が映ってるんやろうけど
    ここ、どう見ても妖精の森やなあ。
    どうしたら人間があそこに紛れ込めるんやら。
    どうもイヤな予感がしまんなあ・・・。
     
     
    この懸念も、戻ってきた継母を見て忘れ去った。
    手にリンゴを持っているのである。
     
    「それで撲殺でもするつもりでっか?」
    「そう、こう脳天めがけてグシャッとね
     って、アホか!」
     
    「見事なノリ突っ込みでんな。」
    呆れる鏡に継母が言う。
     
    「リンゴは黒雪姫の好物なのよ。
     まったく貧乏舌なんだから。
     王家の姫なら、せめて巨峰ぐらい言いなさいよ、って話よね。
     で、この中にメルヘン用毒を注入してきたのよ。
     食べたらイチコロよっ、うふん絵文字略!」
     
     
    はあ・・・、と気のない返事をする鏡に構わず
    継母が続けて相談する。
    「でね、思ったんだけど、あたくしが行ったら警戒されると思うの。
     そこで、あたくしだと気付かれないようにしたいんだけど
     どういう変装が一番バレにくいかしら?」
     
    「単にスッピンになるだけで
     そのすべての問題が解決しまっしゃろ。」
     
    ガッシャーーーーーーーン パリーン
     
    継母が積み上げていた皿を、数枚叩き割った。
    鏡のアドバイスの的確さと、その意味を瞬時に理解した自分が
    とてつもなく腹立たしかったからである。
     
     
    その後、鏡の前に座った継母は、無言でクレンジングを始めた。
    怒りに満ちた表情だが、摩擦ジミを作らないよう
    動作はあくまで丁寧なフェザータッチであった。
     
    これが美容の基本。
     
     
     続く
     
     
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  • 黒雪姫 10

    黒雪姫を消して、継母が何をしていたかっちゅうと
    お肌のお手入れである。
     
    人を殺しといて、しかもそれはこの王国の姫で
    それを暗殺したんなら、次にする事は王国乗っ取り!
     
    と、普通なら考えるのだが、この継母の関心事は美容のみであった。
    ある意味、とても純粋な女性である。
     
     
    今日も鏡に向かって、コットンパックなどをやっていたら
    鏡が何をヒマしとんのか、口を出してきた。
     
    「なあ、あんさん、美容道を追求するのなら
     次にするのは処女をさらってきて、生き血をすする
     とかじゃないんかい?」
     
    「はあ? おまえ一体いつの時代の魔物よ?
     血なんか飲んで、何の成分が肌に効くってのよ?
     今アンチエイジングで気になってるのは、EGFなのよ。
     細胞の再生を促がす成分なのよ。
     美容は科学なの!
     最新の情報と、ある程度の知識が必要なの!
     妙なおまじないとかと一緒にしないでね。」
     
    「はあ、さいでっかー。
     そりゃえらいすまんこって。
     ちゅうかなあ、お手入れ用に使うんなら
     鏡、別にわいじゃなくても良いんちゃいますの?」
     
     
    鏡はあまりの退屈さにイライラしているようだ。
    「誰が一番美人かっちゅうのも
     国内の各自治体に調査員を置けば済む話で
     そんなん、お后権限で簡単に出来まっしゃろ。」
     
    継母が鏡面をジロリと睨んだ。
    「おまえ、バカ?
     調査員を置くなんて、私がそこまで他の女を気にしてる、と
     国内中に言いふらしてるのと同じじゃないの!」
     
    「んー、まあ、そうでっけど
     あまりにヒマだと、心がすさむんですわー。
     もちっと自分の存在意義を感じられる場所に行きたいんで
     ちょっとおヒマを取らせてもらえませんかねえ。」
     
    「ほっほっほ、心配しなくとも
     おまえの価値は、あたくしが一番よくわかっててよ。
     では訊きますよ。
     
     鏡よ鏡、世界で一番美しいのは だ・あ・れ ?」
     
     
    「はあ・・・、最初にこの質問に答えてしもうたのが悪いんやろか。
     このババア、バカのひとつ覚えのようにこれしか訊かへん。
     わい、もっと世界の壮大な真理を知っとるっちゅうに・・・
     ほんに宝の持ち腐れとは、正にこの事や。」
     
    鏡はウンザリしながらも、答えようとした。
    「それは、お・・・、え・・・? ああ?」
     
    鏡が心なしか、青ざめた色になってる前で
    継母が被害者意識満載の物語を、脳内でやたら発展させる。
     
    「『おえああ』 って何よ?
     『おえええ』 なら、まだ話もわかるけど。
     って、あたくしを見て 『おえええ』 とはどういう事よ!」
     
     
    継母が大概にしてほしい動機で激怒しているのに
    鏡は引き続き呆然としている。
     
    「なあ、姫さん、ほんとに殺ったんでっか?」
    「何よ? その証拠にあたくしが美人No.1になったじゃないの。」
     
    「そう。 この前はそうだったんでっけど
     今、わいのモニターには黒雪姫が映ってまんのや。」
    「何? あのにっくき黒雪姫が生きていると申すのか!!!」
     
    鏡は、うーん、とうなり
    后はすっくと立ち上がった。
    「おのれーーー、許すまじ黒雪姫!」
     
    見事に型にはまった悪役っぷりである。
    継母には、独創性というものが欠けていた。
     
     
     続く
     
     
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  • 黒雪姫 9

    バキーーーッッッ!!!
     
    「また黒雪姫が寝返りで壁を蹴り破ったぞ!」
    最近の定番の目覚ましは、黒雪姫の起こす轟音である。
     
    「うーん、この音でも起きないとは・・・。」
    「足、痛くないんじゃろうか?」
    「ある意味、大物じゃよな。」
    「実サイズ上でもデカいと思うが。」
    「文字通り大物、と言うべきじゃな。」
    小人たちが、大口を開けて爆睡している黒雪姫を囲む。
     
     
    「にしても、最近ちょっと女性に見えないか?」
    「見慣れただけじゃろう。」
    「最初は野人だと思ったほどだったからのお。」
    「汚れでナチュラルな迷彩色になっとったしのお。」
    「今は毎日風呂に入って、栄養も行き届いているものなあ。」
    「ああ、わしらをコキ使ってな・・・。」
     
    小人たちはヤレヤレと溜め息をつき、散会した。
     
     
    昼過ぎにドッカンドッカンと爆音がするので
    何事かと集まってきた小人たちの目に映ったのは
    大槌で壁を叩き壊す黒雪姫の姿であった。
    「!!!!!!!!」
     
    「あ、あんた、何をしとるんじゃね?」
    小人のひとりが慌てて止める。
     
    「ん? 今朝、また壁が壊れてるのを見つけたのよ。
     もう古いようだし、修理ついでに増築しようかと思って。」
     
     
    それはあんたが蹴り壊しとるんじゃ!
     
    小人たちは全員、心の中で叫んだが
    寄らば大樹の陰、長いものには巻かれろ
    誰もあえて波風を津波にはしたくない。
     
    それに、小人たちも寝ていて
    いつ黒雪姫の腕や足が飛んでくるかわからない恐怖があるので
    部屋が広くなるのは賛成であった。
     
    と言うか、いつまでここにいるんだろう?
    小人たちの胸中には、常にモヤモヤした疑問が渦巻いていた。
     
     
    「この際、家の増改築をとことん
     あの怪力女にさせようじゃないか。」
    小人のひとりが提案した。
    「うむ、食費も光熱費もバカにならんしな。
     その分の労働はしてもらわんと。」
     
    小人会議の決議案を黒雪姫のところに伝えに行くと
    黒雪姫は快諾してくれた。
    「うん、いいわよー。 私がやる気の時ならねー。」
     
     
    「おい、だったらやる気がない時は何もしない、って事か?」
    「知らんよ、本人に訊けよ。」
    「どこに地雷があるかわからん巨人にか?」
     
    固まってボソボソと小突き合う小人に、黒雪姫が叫んだ。
    「おーい、お茶ー。 あと茶菓子ー。」
     
    「はーい、わしがー。」
    「あっ、卑怯な! そっちはわしがやる。」
    「あんたは黒雪姫に詰問せえ。」
    「いや、わしが茶を淹れる。」
    「何じゃと! 自分ひとりおべっかか!」
     
    小人たちは団子状に押し合いへし合いしながら
    台所になだれ込んで行った。
     
     
    ・・・茶ぁぐらい、ひとりで淹れられないのかしら
    何でも皆で一緒に仲良くやりましょー、ってか?
    まったく、人間と違って妖精はノンキで良いわよね。
     
    黒雪姫は呆れたが、この家で一番ノンキなのはこの女であった。
     
     
     続く
     
     
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  • 黒雪姫 8

    黒雪姫は、木の上でくつろいでいた。
    「はー、毎日平和で良いわねえ。
     庶民の暮らしも結構楽しいじゃない。」
     
    「あんた、家事はまったくせんじゃないか。
     それで庶民の暮らしを味わった気分にならんでもらいたいぞ。」
    洗濯かごを持った小人が、下を通りかかって言う。
     
    「代わりに力仕事はやってるでしょ。
     あなたたち、ちまっこいから非力だし。
     やっぱ適材適所が政治の基本だわね。」
    のほほんと答える黒雪姫に、小人が懸念する。
     
    「あんた、えらくノンビリしているけど
     あんたがいなくなって、あんたの国、どうなってるか心配じゃないんか?」
    普通に考えれば、これはおおごとな話である。
     
    「んー、まあ、クーデターとかあるし
     王国なんて永遠に繁栄はしないものよ。」
    「えっ、そんな気楽に考えて良いんか?」
     
    黒雪姫が、枝からドーンと飛び降りた。
    その振動に小人が足を取られてよろける。
     
    「チッ、おおげさな・・・。
     あなたたちといると、自分がまるで大女になった気分で不愉快だわ。」
     
    いや、人間たちの中でも、こいつは大きい部類に決まっとる。
    小人は内心そう思ったが
    頭上からゴォォォと睨む黒雪姫に、益々小さくなるしか出来ない。
     
    黒雪姫のワンパンチで、小人なぞホームラン級に
    空の彼方へ飛んでいくであろうから。
    まったく、えらいな当たり屋に遭った気分である。
     
     
    「いや、気楽には考えてない。
     うちの国は、今までは上手くいってたのよ。
     今後あの後妻が何をするかが、問題だと思うわ。」
     
    「低レベルの顔勝負で、人を殺そうとするような鬼ババじゃからのお。」
    「うん、このお返しはきっちりしないと、気が済まないわ。
     だけど今は、賢者待ちでしょ。
     情報がないと、ムダ足踏むし。」
     
    「賢者さま、中々戻ってきなさらんのお。」
    「どうせ祭に引っ掛かって、浮かれ騒いでいるんでしょ。」
     
    その予想は当たっていた。
    賢者は行く先々で歓待され、飲めや歌えやの宴会三昧で
    中々先に進まず、まだほんのそこの集落にいた。
    かなり使えんヤツである。
     
     
    「私、ひとつ疑問に思っている事があるんだけど。」
    黒雪姫が薪を割りながら言う。
    「あなたたち、定番ソング、全然歌わないのね。」
     
    「定番ソング?」
    「うん、♪ ハイホーハイホー ♪ ってやつ。
     この歌に合わせて一列になって、踊りながら行進するんじゃないの?
     こういう風に。」
     
    両手を広げながら、おどけたように足を上げて歩くそぶりをする黒雪姫を
    小人たちが怪訝そうな表情で見る。
    「肺胞?
     何でわしらが呼吸器の歌を歌いながら
     道化た歩き方をせにゃならんのだね?」
     
    「おおっと!
     意外な博識ですわね、小人さん。
     うーん、某ネズ映画に騙されてたかしら・・・。」
    黒雪姫は、珍しく自分を恥じた。
     
     
     続く
     
     
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  • 黒雪姫 7

    「ねえ、お風呂を沸かしてくれないかしら?」
    黒雪姫のこの要求には、小人も即座に同意した。
    「うむ、あんた、野生の動物のような臭いがするぞ。」
     
    「しょうがないんだって。
     このドレス、ひとりで脱ぎ着できないのよ。」
    「高級な布なのに、容赦なく破り裂いて・・・。」
    小人のひとりが、ドレスの端を触って嘆いた。
     
    「サバイバルにドレス、ほんっとそぐわないのよ。
     このパンプスも、最悪だったのよ。」
    黒雪姫が差し出した足を見ると
    かかと部分が無理に折られている。
     
    「ヒールが土にズブズブ埋まるっての!
     しかもこれまた高価な靴だから、妙に丈夫で
     岩の切れ目を利用して根性で折ったのよ。」
     
     
    黒雪姫の相手をしている以外の小人たちが、部屋の隅でヒソヒソとささやく。
    「この姫さん、どんどん粗野な言動になっていってないか?」
    「うむ・・・。 しかし風鈴は鳴ってない。」
    「これがこの姫の地なんだろうな。」
    「一体どういう国の姫なんやら。」
    「乱暴なブスマッチョの国・・・?」
    「何だかわからんが、そんな国、ものすごく恐いぞ。」
     
     
    「あなた布に詳しそうだから、私が入浴してる間に
     ひとりで脱ぎ着できる服を作っといてくれない?
     そこのあなた、あなたもこいつを手伝って。 下着もいるし。
     あなたとあなたは靴。
     で、あなたは風呂沸かし、あなたは洗濯
     あなたはベッドを用意して。」
     
    黒雪姫は、次々に小人を指差して命令した。
    「さあ、ちゃっちゃと動いて動いて
     ヘイ! ムーブムーブムーブムーブ!」
     
    手をパンパン叩いて、追い立てた後
    自分は椅子にドッカリと座った。
     
    「あんたは何もせんのかね?」
    「姫ですもの。」
    と言った途端、椅子がバキッと音を立てて割れた。
     
     
    「あなたたちも私を暗殺するつもり?
     まさか鬼ババの手先とか?」
    床にもんどりうった黒雪姫が、怒る怒る。

    「と、とんでもない!」
    必死に冤罪を訴える小人たちをなぎ倒し
    壊れた椅子を手に、黒雪姫が立ち上がった。

    「何なの? このヌルい作りは!
     どっかの国なんか、象いないのに
     象が踏んでも壊れない筆箱を作ってるというのに!」
     
    玄関を出ようとした瞬間
    黒雪姫の頭頂部がドアの枠に当たり、壁がバキッと割れた。
     
     
    更なる激怒の予感に、小人たちが手を握り合って震えていると
    黒雪姫が叫んだ。
    「入り口も狭い!」
     
    ふんっ と鼻息と共に、ドアに肩をブチ当て
    黒雪姫は裏庭へと出た。
    ドアの上の蝶番がひん曲がってしまっている。
     
    「おらーーーっ、板を持ってきてー!
     風呂に入る前にひと汗かくわよ!」
    持っていた椅子を地面に叩き付けて怒鳴る。
     
     
    「お姫さまっちゅうのは、大工仕事も出来るんか?」
    「うちの国は山賊あがりの野蛮な国だから、力仕事は得意なのよ。
     逆に裁縫とかの細かい手作業は苦手だけど。」
     
    髪を振り乱して、かなづちをドッカンドッカン振るう黒雪姫に
    小人たちは、破壊的な番犬が出来たような気分にもなっていた。
     
     
     続く
     
     
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  • 黒雪姫 6

    「それは、わしだ。」
    「と、フクロウが言った。 ・・・って、鳥じゃん!」
     
    「ただの鳥ではない。 猛禽類だぞ。」
    賢者はふふんと笑った。
     
    「まあ! さすが役職が付いてるだけあって
     こいつら (小人) と違って、人間的余裕がありますのねえ。
     人間でもなく、鷲 (わし) でもなく、フクロウだったけど。」
     
    「ほお、なかなかウイットに富んだ人間だの。」
    「ええ、高貴な血筋には知性も必要で。」
    賢者と黒雪姫は、ふぉっふぉっふぉっ ほほほ と笑い合った。
     
    「この森もどんどん汚れていってる気がするのお。」
    小人たちが嘆く。
     
     
    「で、何故人間が入り込んだのか、賢者さまにもわからんそうな。」
    「信じがたくて見に来たんだが、本当だったな。
     わしのところにも、何も情報は入ってきとらんのだよ。」
     
    「賢者、まさかの役立たず・・・。」
    暴言を吐く黒雪姫を小人たち全員が蹴った。
    とことんローキックである。
     
    「しかし妖精王さまが、この事態を知らぬわけはない。
     きっと何か理由があるのだ。
     おまえたち、しばらくこの娘を預かりなさい。」
     
    これには小人たちからブーイングが噴出した。
    「ええー、何でわしらがー?」
     
    「しょうがないだろう!
     この娘が妖精の森を我が物顔で闊歩したら、どうなる事やら。
     被害は最小限に抑えねば。」
     
    「じゃ、賢者さまが預かってくださいよー。」
    「もちろん、そうしたいのは山々だが」
    と言った途端、風鈴がヂリヂリ鳴り始めた。
     
     
    「わ、わしはこれから、妖精王さまを探しに行ってくるので忙しいのだ。
     よって、分業、という事で、よっ、よろしく頼むぞ。」
    賢者は慌てて飛び去った。
     
    「賢者って、知恵を武器にした詐欺師みたいなものなのね。」
    黒雪姫の素直な感想に、小人たちは内心思った。
    それを言っちゃおしまいじゃろう・・・。
    だが、風鈴は鳴らなかった。
     
     
    「何? 妖精王って普段どこにいるか決まってないの?」
    「いや、大抵は妖精城にいらっしゃるのじゃが
     今は実りの季節で、あちこちで祭が行われているじゃろ。」
     
    「ああ、稼ぎ時のドサ回り中ね。」
    小人たちが黒雪姫を蹴る。
    「妖精王さまは劇団じゃない!」
     
    「人間界にも来てるの?」
    「いや、人間界は神界の管轄なんで
     妖精界からの介入は出来ない決まりなんじゃ。」
     
     
    この言葉には、黒雪姫も驚いた。
    「神、いるの?????」
     
    「ありゃ? 人間界は儀式とかする、と聞いたが。」
    「いえ、するけど、あんなん単なる行事だと思ってたし。」
    「そういう不信心じゃから、こういう目に遭っとるんじゃないんか?」
     
    「うわあ・・・、かも知れない・・・。
     神様、ごめんなさいーーーーー!」
    黒雪姫は、ひざまずいてブツブツと祈りだした。
     
    「届けば良いのお、その祈り。」
    「届いてもらわんと、わしらが困るしのお。」
    小人たちも、ほとほと困り果てているようである。
     
     
     続く
     
     
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  • 黒雪姫 5

    「まあ、今までのいきさつはわかった。」
    「気の毒な境遇で、大変じゃったの。」
    小人たちが、黒雪姫をねぎらう。
     
    「しかし、何故窓ガラスが割れておるのじゃ?」
    「家の中に入るために、やむを得ず・・・」
    「ドアに鍵は掛かっとらんのにか?」
    「ええええええええっ、そんな無用心な!」
     
    「ここいらには、通常は侵入者はおらんのじゃよ。
     と言うか、ドアに鍵を何個かけようが
     窓を割って入ってこられたら一緒じゃろ。」

    小人があごで割れた窓を指し示したので
    バツが悪そうに黒雪姫が目を逸らした。
    「・・・まあね。」
     
     
    「で、何でわしらの家に入って来たんじゃ?」
    「火を点けっ放しで、火事になると大変だと思って・・・。」
    チリンチリンチリンチリンチリンチリンチリン
     
    「鍋のシチューが5分の1に減っておるが?」
    「火にかけっ放しで、蒸発したんじゃないでしょうか?」
    チリンチリンチリンチリンチリンチリンチリン
     
     
    「・・・・・すいません、腹が減って盗み食いいたしました・・・。」
     
    「最初からそう言えば良いんじゃ。
     妖精族は親切なヤツが多いんじゃから、咎めはせんよ。
     そ れ ほ ど は な。」
    黒雪姫は正座させられて、この後30分ほどネチネチと説教された。
     
     
    「にしても、人間が妖精の国に紛れ込めるとは不思議じゃのお。」
    「うむうむ、妖精王さまが守っておられるはずなのに。」
    「この娘をどうしたものかのお。」
     
    横から黒雪姫が口を挟む。
    「ちょっとー、娘娘言わないでくださいません? 無礼者さんたち。
     私の事は “黒雪姫様” とお呼び。」
     
    「うむ、わかった。
     それで黒雪をどうするか、ちょっくら賢者さまに訊いてくるかの。」
    「黒雪 “姫” ! 姫!! ひ・め !!!」
    黒雪姫の怒りをよそに、小人のひとりがさっさと家を出て行った。
     
     
    「よーし、わかった!
     あなたたちがその気なら、私にも考えがあるわ。
     さあ、あなたたち、自己紹介なさい。」
    仁王立ちの黒雪姫の前に、残りの小人6人が並ばされる。
     
    「わしはアレクサンデル」
    「わしはハドリアヌス」
    「わしはクレメンス」
    「わしはユリウス」
    「わしはニコラウス」
    「わしはマルティヌスで、今出て行ったのがベネディクトゥスじゃ。」
     
    「・・・・・・・・・・・・
     何かその名前群、こんな話で気軽に使うのはヤバい気がするわー。
     テキトーに縮めたイヤなあだ名をつけようと思ってたんだけど
     絶対にどっかの良識筋からクレームが来ると思う。
     しかも正式に。」
     
     
    黒雪姫は、しばらく頭を指で突付いて悩んでいた。
    「よし、しょうがないわね。
     あなたたちの名前は、“おい”“ちょっと”“そこの” 等
     男尊女卑の夫が妻を呼ぶような、芸のない言い方にするから。
     呼ばれたら、そこらへんにいる一番近くの者が対応するように。
     どうせ7人もいたら、個性なんかこっちには関係ないしね。」
     
    そんなひどい、何て事じゃ、あんまりじゃないか
    と口々に文句を言う小人たちを無視して、黒雪姫は話題を変えた。
     
    「ところで、賢者さまって誰なの?」
     
     
     続く
     
     
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  • 黒雪姫 4

    「あの・・・、もし、起きてくださらんかな?」
    「んあ?」
    体を揺さぶられた黒雪姫は、目を覚ました。
     
    あら、いけない、満腹になったらつい寝てしまったようですわ。
    「って、ええっっっ?」
     
     
    目の前にズラリと並ぶ小人たちに、動揺させられる。
    「ああ・・・、疲れてるのかしら?
     物が何重にも見える・・・。」
     
    目頭を押さえる黒雪姫に、小人が優しく答える。
    「いいや、わしらは7人いるんじゃ。
     ほれ、ちゃんと服の色も違うじゃろ?」
     
    「あら、それは失礼いたしました。」
    改めて小人たちを見回す黒雪姫。
     
     
    「・・・えっと、皆さん、児童じゃないですよね?
     白髪だし、シワだらけだし、肝斑あるし
     もしかして、人権に守られてる人たちですか?」
     
    「問題発言はやめてくださらんかのお。
     わしらは妖精じゃ。」
    「あっ・・・、そっち系でしたか・・・。
     どうもすいませんでした、では私はこれでおいとまを・・・。」
     
    ヘコヘコと頭を下げながら、中腰で出て行こうとする黒雪姫を
    小人のひとりが止めた。
    「待たんか!
     おまえさん、ここにいて何を言うとるんじゃ?」
     
    「はいいいいいい?」
    「ここは妖精の森じゃぞ?
     ここにいるという事は、おまえさんも妖精だという事じゃ。」
     
    「いいえ、とんでもない、私は正常・・・ゴホッ いえいえ、人間です。」
    「人間? 嘘付け!
     そのキングコングのような風情
     どう見ても野人じゃないか!」
     
     
    や・・・野人・・・・・・・?
     
    この言葉に黒雪姫がブチ切れた。
    「あーーーーーーーっ、もうーーーーーーーーっっっ!!!!!
     殺されかけて国を追われて何日もさまよって
     あげくが人外扱いかいーーーーーーーーーっ!」
     
    ドカッと殴った壁にボッコリ穴が空いてしまったので、小人たちが慌てた。
    「ち、ちょっと、落ち着いてくれ。
     人間だと言うのなら
     何故おまえさんがここにいるのか説明してくれんか?」
     
    黒雪姫は、止める小人たちを両腕にぶら下げたまま話し始めた。
     
     
    「私は東国の王のひとり娘でした。
     ああ、別に姫という事で、身分の差など気にする必要はありませんのよ。
     己の分をわきまえて接していただければ、それで充分ですわ。
     ほほほ。」
     
    小人たちがドン引きしている空気も読めず
    黒雪姫は、一通りの説明をした。
     
     
    「うーむ、どうにも解せんのお。
     あんたが国一番の美女だって?」
     
    「ええ、まあしょうがないのですわ、そこは。
     うち、山岳民族の国で、ゴツい女が多くって。
     そんな中でも、権力で美姫を嫁に貰える王のもとに生まれた娘が
     とりあえず一番マシなツラになるのは当然でしょう?」
     
    「マッチョブス揃いの国、っちゅう事じゃな?」
    「ま、平たく言えば。」
    黒雪姫は、あっさり認めた。
     
    「そこに、えらく美醜にこだわる後妻がおいでになりやがって、もう・・・。
     少々美人だったとしても、30代と10代とじゃ話にならないでしょ?
     それを 『小娘には負けない!』 とか、周囲を威嚇しまくって
     “あえての” だの、“まさかの” だの、いらんオーラむんむん放出で
     ほんと肉食系熟女って、手に追えませんのよ。」
     
     
    「ふむ、皆、この娘は嘘はついてないようじゃ。」
    「じゃあ、本当にこの娘は人間なのか?」
    「うむ、風鈴が鳴っていない。」
     
    「風鈴?」
    小人は窓の上に掛けてある風鈴を指差した。
    「あの風鈴は、風によって鳴るのではなく
     誰かが嘘を付くと鳴るのじゃよ。」
     
    黒雪姫は妖精界の不条理に目まいがした。
    「・・・そんなもの置いといても、誰も損しかしないような・・・。」
     
     
    しかし少しだけ誘惑に駆られ、風鈴の側に何気なくブラブラと近付いた。
    そして誰にも聴こえないような小声でつぶやいた。
    「・・・・・・・・ 私は美人。」
     
    チリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリン
     
    「おおっ? 凄い勢いで風鈴が鳴っておるぞ!」
    「誰かとんでもない大嘘を付いたのか?」
     
    小人たちが大騒ぎする中、黒雪姫は険しい表情でその場を離れた。
     
     
     続く
     
     
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  • 黒雪姫 3

    山ぶどうを頬張り、種をペーッと吐き出しながら黒雪姫はイラついていた。
    ああ、肉が食いとうございます、油ものが食いとうございます。
    毎日毎日、植物だけじゃ力が出ないわ。
     
    にしても、この森、もう4日も歩いているのに
    終わりどころか、何の変化も見られない。
    北に向かっているのは確かなのに、樹木の種類も変わっていないし。
    黒雪姫は、太陽の位置を再確認した。
     
     
    1日の終わりには、寝る前に槍の柄に傷を入れる。
    そうしないと、日数の感覚がなくなるからである。
    ついこの前、秋節祭が行われたばかりだから
    これからどんどん寒くなる。
     
    マジでヤバいわ
    この時期が一番、食い物が多く実る季節だけど
    早いとこ人里にたどり着かないと、冬になったらアウトだわ。
     
    明日は少しペースを上げましょう。
    ここまで来ての方向転換は、一番してはいけない事。
    このまま行けば、いずれは北国の領土に行き着くはず。
     
    国交がない遠さ、というのをナメてたわ・・・
    黒雪姫は、北へ向かった事を少し後悔していた。
     
     
    木の上で寝るのは、相変わらず慣れない。
    朝になって気が付くと、必ず落ちている。
    しかも打撲とかやっている。
     
    もう、最初から地面で寝ようかしら?
    結局落ちてるんなら、ケモノ避けになってないし。
     
    黒雪姫は、また地ベタの上で目覚めた事にウンザリして
    そのまま仰向けに寝っ転がっていた。
     
     
    ・・・ん?
    地面に付いた後頭部に、微かに振動が伝わった。
    慌てて耳を地面に付ける。
     
    誰か近くを通っている?
     
    黒雪姫はそのままズリズリと這いずって、茂みへと身を隠した。
    世の中、良いヤツばかりとは限らない。
     
     
    しばらく辺りを伺っていたが、何の動きもない。
    茂みから茂みへとほふく前進をしていたら、匂いが漂ってきた。
     
    こ、これは飯の匂い!
    高貴な鼻では、多分ホワイトシチューと推測!
     
    ど、ど、ど、どっから?
    黒雪姫は、なめた指を掲げた。
     
    ほぼ無風だけど、あっちからの空気の流れを感じる。
    きっとあっちに民家があって、そこで飯を作っているんだわ!
    さっきまでの用心深さを全忘れして、黒雪姫は飯の匂いへと突進した。
     
     
    たどり着いたのは、一軒の民家。
    都会に疲れて田舎を美化したリーマンが憧れるログハウス。
     
    おおっ、家!!!!!
    走り寄った黒雪姫は、一瞬ちゅうちょした。
    ・・・何かこの家の作り、やけに小さくない?
     
    ま、私の実家、城だし、平民の家はこんなもんなんでしょ。
    窓から覗き込むと、人気のない家の中のキッチンでは
    鍋から湯気が上がっている。
     
     
    おっと、火を点けっ放しで外出しちゃいけませんわ。
    親切なこの私が、消火して差し上げましょう。
     
    うりゃあ! ユダも見惚れた南斗水鳥拳!
    アーンド、ピッキング。
     
    黒雪姫は、かかと落としで窓ガラスを蹴り割り
    手を差し込んで、窓のカギを開けた。
     
     
     続く
     
     
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