カテゴリー: 黒雪伝説・湯煙情緒

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 13

    あーあ、せっかくご機嫌が直ったところだったのに・・・。
    さすがの王子も、魔王の空気の読めなさに落胆を禁じえなかった。
     
    どうやって奥さまのご機嫌を取ろうか
    隠し持っていたチョコレートを出そうか
    いや、あれは遭難した時用に温存しとくべきか
    王子がグルグルと思考している横で、黒雪が服を脱ぎ始めた。
     
     
    「お、奥さま、何をやってるんですか!」
    黒雪の外したボタンを、慌てて上からはめ直しながら王子が怒る。
     
    「何って、温泉に入るのよ。
     一番風呂に入るのは、見つけた者の特権でしょう。」
    「だからと言って、こんな屋外で裸にならないでください!」
     
    黒雪が、王子の止める手を振り払った。
    「あのね、王族ってのは自分じゃケツも洗わないの。
     風呂も何もすべて、召使いがしてくれるの。
     生まれた時から今までずーっとそうだったから
     人前でオールヌードになる事なんか、屁でもないのよ。」
     
     
    ええ、そんなあー、と、あ然とする王子を置いて
    さっさとお湯に入った黒雪がうなった。
     
    「ううーん、良いお湯加減ーーー。
     魔王、やっぱ、ちっとは気を遣ってたようだわ。」
     
    そして、とまどっている王子を呼ぶ。
    「あなたも早く入ったら?
     さっきの音、多分城や国境まで聞こえてるはずよ。
     その内、人が集まって来るんじゃない?」
     
    「え・・・。」
    まだ、グズグズする王子に、黒雪が改心の一撃を繰り出す。
     
    「ふたりだけで露天風呂、新婚旅行気分よねーーー?」
     
     
     
    仲良く入浴しながら、ふたりの思いはまったく別だった。
     
    ここから国境は、すぐの距離でしたね。
    この温泉を中心に娯楽施設を建てれば、東国から観光客を呼べますね。
     
    温泉か・・・。
    イオウって確か、火薬の材料だったわよね。
    荒野は乾燥してるから、硝石が見つかるかも。
    この近所に火薬工場を建てて、爆薬作り放題よ!
     
     
    「これからどうします?」
    「城の者が来るのを待って、私たちは引き上げましょう。
     今回はこんなもので上出来じゃない?」
     
    ニッコリ笑う黒雪の頬に、王子がキスをする。
    「そうですね。
     じゃあ、思い出作りをしましょう。」
     
    「冬に間に合うようにね。」
    「王族も色々と大変ですね。」
     
    ふたり、おでこをくっつけて、クスクスと笑った。
     
     
     
           終わり 
     
     
    関連記事 : 黒雪伝説・湯煙情緒 12 11.4.22
           
           
           黒雪伝説・湯煙情緒 1 11.3.23  
           
           小説・目次 

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 12

    「猫にはマタタビですよね、ほら、植物事典、役に立つでしょう?
     マ・・・、マ・・・」
     
    「もおおおおおおお!
     猫なんか瞬殺じゃん、ソニックブーーーム!!!」
    黒雪の発した衝撃波で、浮いていた猫が落ちた。
     
    「えええええええええっっっ?
     それ、人間がやって良い事なんですか?」
    王子の常識発言を、黒雪がギャアギャア怒鳴る。
    「ヨガフレイムにしなかっただけ、穏便に済ませた、と解釈してよ!」
     
    (注: ソニックブームとヨガフレイムとは
        格闘ゲームのキャラが出す衝撃波のような技である。
        ドラゴンボールで言えばカメハメ波?)
     
     
    「・・・何を怒っているのですか・・・?」
    機嫌を伺うようにおそるおそる訊く王子。
     
    「別に!」
    黒雪は、落ちた猫をガシッと乱暴に掴んだ。
     
     
     ご 苦 労 -----
     
    大きな手が、黒雪の握った猫を掴む。
    この素早さがまた、ムカつくーーーっ!
    機嫌が悪い黒雪は、魔王にまで噛み付く。
    「報酬はっ?」
     
     
      ドドーーーーーーーーーン !!!!!
     
    轟音を轟かせて、岩山の向こうに雷が落ちた。
     
    「ビ・・・ビックリしたー・・・。 何なの?」
    「あそこに鉱脈があるという知らせなんじゃないですか?」
    「わーい!
     経済的には純金が良いけど、武器的には鉄希望ーーー!」
     
    さっきまでの不機嫌さも吹っ飛び、喜び勇んで岩山を超えた。
    ・・・途端、ズッこける黒雪。
     
     
    「大丈夫ですか? どうしたんですか?」
    やっと黒雪に追いついた王子が目にした風景は
     
    温泉であった。
     
     
    「ちょっと、魔王!!!
     これだけで納得すると思ってるの?」
    黒雪が天に向かって怒鳴る。
     
    「ちょっ・・・、奥さ・・・」
    王子が止めようとした時、宙に再び手が現われた。
    何かが手から落ちてくる。
     
    「危ないっ!」
    王子が黒雪に覆いかぶさったそのすぐ横で
    地面に激突したものが、バリーンと割れた。
     
    「・・・な、何・・・?」
    拾った欠片をマジマジと見るふたりの横に
    手が今度はソッと、壊れていない “それ” を置く。
     
     
    「・・・・・手桶・・・・・。」
    とことん呆れる黒雪の頭頂部に、ヘチマタワシがベコンと降ってきた。
     
    「魔王って、天然・・・?」
    黒雪が絶望的な口調で言うのを、王子が慌てて止める。
     
    「シーッ、シーッ
     人間界以外の王は、独裁でものすごい力の持ち主ですから
     あまり逆らうような事を言わないでください!
     ほんっと、恐い存在なんですよ。」
     
     
    「そんな雲の上の存在なら、小さき人間のたわごとなんか
     笑って許してくださるでしょうよっ!」
    黒雪は、ふん と横を向いた。
     
     
     続く
     
     
    関連記事 : 黒雪伝説・湯煙情緒 11 11.4.22
           黒雪伝説・湯煙情緒 13 11.4.26
           
           
           黒雪伝説・湯煙情緒 1 11.3.23  
           
           小説・目次 

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 11

    「それと、もうひとつ。
     結界の穴って、最低3回空いてるわよね?
     私が妖精界に迷い込んだ時と、ウサギもいれたら。」
     
    王子は、ガッと振り返った。
    「そうなんです!」
    黒雪も勢い付いて言う。
    「だよね? いかにも1回しか空いてなくて
     それが重大事故のようなニュアンスで言ってたよね、フクロウ。」
     
    「ちょっと数えてみましょう、結界の行き来を。」
    王子はノートに書き始めた。
     
     300年前、負けたハブ女王が鏡に封印され?人間界へ
     10数年前 謎の結界の穴から、何かが妖精界から飛び出した?
     黒雪姫 人間界から妖精界に迷い込む
     継母 人間界と妖精界を往復?
     ウサギによって、我々一同人間界へ
     
    「え・・・? 5・・・回・・・?」
    「えっとね、今気付いたんだけど
     ウサギ、魔界人だったんだよね?
     魔王が連れて行ったもんね。
     でも私たち、最初にウサギに会ったの、妖精界じゃなかった?」
     
    「そうでした!!!」
    王子が、あっ! という顔をした。
     
     
    「え・・・? だとしたら、余計におかしいですよ。
     魔界人なのに、何故妖精界にいたんでしょう?」
     
    「もういっちょ、不思議な事があるんだけど。
     あなた、さっき 『普通、界の行き来は出来ない』 って言ったよね?
     でもウサギ、ワープゾーン開けてなかった?」
     
    王子が再び、あ!!!!! という表情になった。
    黒雪が言い捨てる。
    「何かさ、結界、ほんとに存在してんの?」
     
     
    「・・・でも、妖精王さまがおっしゃってた事ですし・・・。」
    「あのさ、妖精王が本当の事を言ってるとは限らないわよ?
     何で下々の者に、いちいち事実を知らせて
     説明せにゃならんの? って、私、思うもん。
     そんなんやってたら、物事を進められないわよ。」
     
    「では私たちは、一生事実を知らされないかも知れないんですか?」
    「うん、意味もわからず、コキ使うだけコキ使われて捨てられるの。
     でも政治って、そういうものじゃない?」
     
    王子は感心したように溜め息を付いた。
    「あなたって、本当に “王族” なんですねえ・・・。」
     
    「何? それ皮肉か何か?」
    黒雪の眉間のシワに、王子は焦った。
     
    「いえ、とんでもない!
     迷いのない信念に惚れ直しているんですよ。
     そもそも出会った時から、あなたの風格には感銘を受けてたのですから。
     名ばかりの王子である私とは違いますよ。」
     
    「何だかそれ、褒められてるように聞こえないわ。」
    黒雪は不愉快そうな表情のまま、つぶやいた。
     
     
    ふたりの足取りは、何となくトボトボ気味になってきた。
    黒雪も結構な波乱人生だけど、王子の過去の方が哀れすぎる。
     
    この人が甘えたがりなのは、過去を辛いと感じているからかも・・・。
     
    そう思う黒雪は、結果オーライな性格なので
    国を追われたり、殺されかけたりしたのも
    箔付けにしているところすらあるのだ。
     
     
    繊細な人だし、私が守ってあげないと。
    黒雪は王子の手を握ろうとした。
     
    自分らしくない行為に、顔が熱くなる。
    多分自分は今、顔が赤くなっているのだろう。
    意味もなく、ゴホンと咳払いをしたりする。
     
    黒雪の指先が、王子の手に触れようとしたその瞬間
    その手が前方を指差した。
     
    「あっ、あそこに猫がいましたよ!」
     
     
     続く
     
     
    関連記事 : 黒雪伝説・湯煙情緒 10 11.4.18
           黒雪伝説・湯煙情緒 12 11.4.22
           
           
           黒雪伝説・湯煙情緒 1 11.3.23  
           
           小説・目次 

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 10

     300年ぐらい前 ハブ女王 謀反 妖精王勝利 ハブ女王死亡
              人間界 北国の村 鏡のせいで滅びる
     
     10数年前 妖精界の結界に穴
           人間界 東国の后がおかしくなる
     
     その数年後 黒雪姫 妖精界に迷い込む
     
    「この間、妖精界の結界が破られたのは1度。
     そして、私が生まれたのはこの頃。」
    王子がペンで突付いたところを見て、黒雪が驚く。
    「あなた、いくつ?」
     
     
    「大体あなたより、50歳ぐらい上なだけですよ。」
    「ええええええええええええええっ???」
     
    「私は母の謀反の少し前に産まれて、ずっと繭の中にいたんです。
     孵化したのがこの時、謀反から250年後ぐらいなんですよ。」
    「マユ? 何でヘビが繭?」
     
    ズケズケとヘビ呼ばわりする黒雪に、王子が溜め息を付く。
    「妖精界でも私は人間の姿だったでしょう?
     私は元々、人型なのですよ。」
     
     
    黒雪は少しうつむいて、それから王子の顔を見た。
    「にしても、何で繭?
     訊きにくい事を訊くかも知れないけど、あなたの父親は誰なの?」
     
    「本当によく訊けますよね、そういう事。
     こっちが言うまで訊かないであげるのが、思いやりでしょうに。」
    「だって後出し後出しで、もうゴッチャゴチャじゃん。
     それに父親不在とか、よくある話だし。」
     
    黒雪が うちなんか母子で殺し合いしてたのよおー と嘆くので
    王子は、つい笑ってしまった。
    「父親、誰かわからないんです。
     母に訊いても答えてくれないし・・・。」
     
     
    黒雪は少し困ったような顔になった。
    「あのね、何となくひらめいただけなんだけど
     あなたのお父さん、神さまなんじゃない?」
    「はあっ??????」
     
    黒雪の突拍子もない意見に、王子は驚愕した。
    「だっておかあさんヘビなのに、あなた人型でしょ。
     人に似てるのって、神界の人なんじゃない?
     ウサギやら猫やらトランプ兵士やら、魔界人、人型じゃないし
     あなたに遺伝してるのって、人間か神かのどっちかだと思うわよ。
     で、絶対に人間じゃないわよ。 繭だし。」
     
     
    考え込む王子に、なおも続ける黒雪。
    「それに、あの時の荒野に妖精王が来るのはわかるわよ。
     でも何で神さままでシャシャッてくるの?
     ハブ女王と妖精界に、神さま何か関係してるの?」
     
    「いえ、それは・・・、人間界は神さまの管轄ですから・・・。」
    「じゃあ、以前から妖精王と神さまが示し合わせていたの?
     あの時タイミング良く現われたよね、神さまたち。
     しかも同時に。
     何かおかしくない?」
    そう言われると、確かにそうである。
     
     
    「あなた言ってたじゃん、謀反人の子に厚遇すぎる、って。
     もしかしてさ、あなた、謀反人の子扱いじゃなく
     神さまの子扱いなんじゃないの?」
     
    何でもない口調の黒雪に
    この人は自分の言葉の意味をわかって言ってるんだろうか?
    と、王子は、その大それた考えに不安になった。
     
     
     続く
     
     
    関連記事 : 黒雪伝説・湯煙情緒 9 11.4.14
           黒雪伝説・湯煙情緒 11 11.4.20
           
           
           黒雪伝説・湯煙情緒 1 11.3.23  
           
           小説・目次 

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 9

    「前に荒野に飛ばされた時に、私はここが魔界かと思ったんです。
     普通、界の行き来は出来ないから
     私も妖精界から出た事がなく、人間界の風景を知らなかったんです。」
     
    たきぎを集めて回る黒雪姫の後ろを
    ただ付いて来ながら、話す王子。
     
    「それに、ウサギやトランプの兵、あの者たちに
     妖精界の雰囲気を感じなかったんです。」
     
    「私の事は人間だとすぐわかった?」
    火をおこしながら、黒雪が訊く。
    「・・・まあ、妖精界の者ではないんじゃないかな? みたいな?」
     
    黒雪が横目でジロリと睨むので、慌てて言いつくろう。
    「だから妖精以外、知らないんですって。」
    「まあ、いいわ。 そんで?」
     
    「ずっと抱いてきた疑問の答が、ひとつ見つかった気がするんです。」
     
     
    深刻な話になってきそうなのに、黒雪は鍋を抱えてウロウロする。
    「チッ、用意の順番を間違ったわ・・・。」
    黒雪は岩陰の残り雪を鍋に入れ始めた。
     
    「何をやってるんです?」
    「・・・川、池、水溜り等がない・・・。」
    「まさか、それでスープを作るんですか?
     イヤですよーーーーー、泥混じりじゃないですか。」
     
    「地べたを這いずる生き物のくせに、よく言うわ。」
    「今は人間です!
     ほら、水があるところまで歩きますよ。」
    「ええええええ、もうお腹減ったーーーーー。」
     
     
    「ん? 何だか前にも同じ展開があったような・・・?」
    王子はしばし考え込んだが、ポンと手を打った。
    「お茶会ですよ!」
     
    「ああ! テーブルんとこに猫がいたわよね。
     あれも、きっと魔界属性よね。
     行って捕まえたら、鉱山が貰えるんじゃない?
     ・・・あれ? そう言えば、猫で思い出したけど
     女王って・・・。」
     
    黒雪が王子の顔を見る。
    王子は、険しい表情になっている。
    「答えなくても良いけど、あなたのママン、魔界出身?」
     
    「答えますよ、そんな誤解!
     母は魔界出身じゃありません。
     妖精王と共に、妖精界を統べる立場のひとりでした。
     だから “女王” と冠されているのです。」
     
    「へえ、そんなお偉いさんだったんだー?
     ショッカーの怪人のひとりのようなもんかと思ってたわ。」
    「・・・失礼な・・・。」
     
     
    集めたたきぎを抱えて歩く黒雪が、つぶやいた。
    「ん? 何だかおかしくない?
     ハブ女王って鏡に封印されてたんだよね。
     妖精王はそれを知らなかったって言ってたよね?
     あなたの存在も知らない、って言ってたよね?」
     
    「ちょっと時系列を整理してみましょう。」
     
    王子はリュックからノートを取り出した。
    黒雪が慌てて先制した。
    「夢見心地なポエムとか見せられるのは勘弁ね。」
     
    王子は黒雪をゲンコしたが、最初に開いたページは閉じた。
     
     
    ポエム、書いてたらしい。
    実は見て欲しかったらしい。
     
     
     続く
     
     
    関連記事 : 黒雪伝説・湯煙情緒 8 11.4.12
           黒雪伝説・湯煙情緒 10 11.4.18
           
           
           黒雪伝説・湯煙情緒 1 11.3.23  
           
           小説・目次 

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 8

     ご苦労だったー
     
    宙に声が響き、巨大な手が現われ、ウサギを掴んで消えた。
     
     
    「誰ですか!」
    叫んだのは王子である。
    黒雪は振り下ろした包丁が宙を切り、反動で脳天からコケていた。
     
     この者の王である
     我々が他界で動くのはご法度
     始末に困っておったのだ
     
    「え? 誰? 何だって?」
    ノンキに空中に訊き返す黒雪を揺さぶり
    黙らっしゃい! とパントマイムをした王子が
    代わりに空へと質問をする。
     
     
    「あなたのお仲間は、まだこの世界に散らばっていますよね?
     私たちに捕まえて欲しい、という事ですか?」
     
     うむ・・・
     生死は問わぬが、出来るなら生け捕りにしてもらいたい
     
    「その報酬は?」
    黒雪のセリフに、王子がギョッとする。
     
     何が望みだ?
     
    制止しようとする王子を逆に押さえつけて、黒雪が叫ぶ。
    「国内で今から300年間は、金、銀、鉄、銅
     500年後はダイヤモンド、ルビー、石炭、800年後には石油
     1000年後からはレアメタルが採れるようにしてほしいーーー!」
     
     
    「な、何という欲張りな事を・・・。」
    「この王さまには、このぐらい軽いもんだと思う。」
    青ざめる王子と、平然としている黒雪。
     
     ふふ・・・
     界をまたぐ戦よりは安い、と値踏んだか 娘
     
     ならば、1匹捕える毎に鉱脈を教えよう。
     珍しくどちらにも損のない取り引きだが、やむをえぬ
     では、頼んだぞ
     
     
    「・・・・・・・・・・・・・
     ・・・・・・いなくなった?」
     
    重く暗かった空気が一掃された途端、王子が頭を抱えて叫んだ。
     
    「あああああああああああああっっっ!!!」
     
    ビクッとする黒雪。
    「ど、どうしたの?」
     
    「あ・・・、あなた・・・、今のが誰か知ってるんですか?」
    黒雪は、さあ? と首をかしげる。
    王子はガックリ、肩を落とした。
     
    「でしょうね・・・
     知っていたらああいう口は利けないでしょうしね。」
    この言い草に、黒雪がムッとする。
    「あなたのそういう誘い受けなとこ、イライラするわ。」
     
     
    王子はカッとなり、黒雪の両肩を掴んだ。
    「良いですか? おバカさん
     あれ・・・、多分、魔王ですよ!
     あなたは魔王と取り引きをしたんですよ!!!」
     
    「まおう?
     魔界の王さまって事?
     何でここに魔王が出てくるの?」
     
    黒雪の緊迫感のなさに王子は益々落胆したが、それもしょうがない事。
    普通の人間は、他の “界” が現実に存在する事すら知らないのである。
     
     
    王子は、しばらく無言で考え込んでいたが
    頭の整理が出来たのか、話し始めた。
     
    「一連の出来事で、私にもわからない事がいくつかあるんです。
     だけどそれも魔界が関わってたとしたら
     つじつまが合う部分もあるんですよね。」
     
     
     続く
     
     
    関連記事 : 黒雪伝説・湯煙情緒 7 11.4.8
           黒雪伝説・湯煙情緒 9 11.4.14
           
           
           黒雪伝説・湯煙情緒 1 11.3.23  
           
           小説・目次 

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 7

    凄い勢いでザカザカ歩いていた足を止める黒雪。
    振り向く後方に、王子がノタノタ歩いている。
     
    「いつまでブーたれてるの?」
    王子はうつむいたまま、ボソッとつぶやく。
    「だって、あんな言い方しなくても・・・。」
     
     
    王子と黒雪がふたりで探索に出ると言うと
    当然、周囲は止めに入り、誰か彼か付いてくると言い張った。
    黒雪はその意見を、ひとことで黙らせた。
     
    「今の内に種を仕込まにゃならんから、付いてくるな!
     じゃないと、冬に出産が間に合わん。」
     
     
    「皆、黙って見送ってくれたでしょ?」
    「そうかも知れないけど、私たちの愛を汚された気がする・・・。」
     
    その湿った態度に、イライラしてきたのか
    王子の肩を黒雪が人差し指でドスドス突付きながら言う。
     
    「あなたは爬虫類だから、わからないかも知れないけど
     人間はそうボロボロ子供は出来ないのよ。
     隙あらば作っておかないと、子孫が繁栄しないの!」
     
    「そんな、人を産む機械のように・・・。」
    「どこぞのムチャ振り平等人権団体と同じ抗議をすな!
     王族は産む機械なのよ。
     継承権が揺らぐと、国自体が揺らぐの!
     税金で生きてる以上、個人の感情は二の次なの!
     それが人間の王族の務めなの!
     あなたも人間になったのなら、自覚してね。」
     
     
    黒雪がギャアギャア怒鳴るその肩越しに、動くものがかすかに見える。
    王子は指を口にあてて黒雪を岩陰に誘導し、望遠鏡を取り出した。
     
    「・・・やっぱりあなたの言う通り、ふたりで来て正解でした・・・。」
    王子がささやいて、黒雪に望遠鏡を覗かせた。
     
    チョッキのウサギが走ってくる。
     
    「“あれ” の説明を、従者にどうすれば良いのか、わかりませんものね。」
    頭を振り溜め息を付く王子の隣で、黒雪は無言で大ナタを取り出した。
     
     
    「ダメーーーーーーーーッ!」
    王子が小声で怒鳴る。
    「何? またご親切に逃がしてやるつもりなの?」
    今にも走り出そうとする黒雪を、王子が必死で止める。
     
    「止めてくださいーーーっっっ!
     この話、今までNO死人、という快挙なんですよ?
     こいつがこんな展開の話を書くなんて、もう二度とないですよ?」
     
    「・・・あれ、人じゃないし。」
    「NO死体!
     ずっとこのまま、メルヘンで行きたいんです。
     どうか、恋バナ、お願いします!!!」
     
    黒雪はチッと舌打ちをしながら、大ナタをしまいスリングを取り出した。
    姫出身とは思えないガラの悪さである。
     
     
    黒雪の撃ったそこらの石は、見事にウサギの腹に命中した。
    「あっ、当たった! 凄い!
     あなた、本当に戦闘は天才的ですね。」
    王子が褒めながら横を向くと、黒雪はもういなかった。
    撃ったと同時に、ウサギの側へと走り寄っていたのである。
     
     
    ふふ・・・、今夜はウサギのシチューね
    “食材” ゲットは、殺生だけど殺戮ではないわよ
    メルヘンでもロマンスでも、腹が減るのが自然の摂理!
     
     
    黒雪が邪悪な笑みを浮かべながら、包丁を振りかざした。
     
     
     続く
     
     
    関連記事 : 黒雪伝説・湯煙情緒 6 11.4.6
           黒雪伝説・湯煙情緒 8 11.4.12
           
           
           黒雪伝説・湯煙情緒 1 11.3.23  
           
           小説・目次 

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 6

    「ねえ、用意できたあ?」
    黒雪が王子の書斎を覗くと、荷物が山のように置かれていた。
     
    「うわっ、何? この大荷物!
     あなた、夜逃げの練習してない?」
    「備えあれば憂いなし、って言うでしょう。」
     
    「これ、誰が持つの?
     ふたりだけで行くのよ?
     私には私の荷物があるのよ、あなた、持てるの?」
     
    「えっ、何でふたりだけ?」
    「人が多くても足手まといなだけ、と
     昔のサバイバルで、ものすごく学んだから!」
    「・・・ああ・・・、あなた、徹頭徹尾そういう態度でしたね・・・。」
     
     
    黒雪が荷物を覗き込む。
    「何が入ってるのよ、このバッグの数々。
     鍋、フライパン、包丁、まな板、コップ、茶碗、諸々の食器類
     下着、寝巻き、朝用普段着、昼用普段着、夜用普段着
     スリッパ、靴、香水、小説、辞書、etc、etc
     アホかああああああああああっっっ!」
     
    黒雪はバッグをちゃぶ台返しした。
    「どこにお呼ばれですかっ、それともお引越しですかっ!」
     
    「わかってますよ、ふたりだけなら厳選しますよ。」
    「とうっ!!!」
    王子が選んだ事典を、黒雪が手刀で叩き落した。
     
    「ふざけてるのかしら?」
     
    「ふざけてませんよっ!
     これは野草の事典なんです!
     知識は現地調達できませんからねっ。
     そういうあなたは何を持って行くんですか?
     それはそれは、なくてはならないものなんでしょうねっ!」
     
     
    ふたりでワアワア怒鳴り合いながら、黒雪の部屋へとなだれ込む。
    「はあっっっ?
     アックス、ハンマー、モーニングスター、クレイモア、
     マチェット、クロスボウ、スリングショット
     全部武器、しかも腕力頼りの武器ばっかりじゃないですか!!!」
     
    「あなたが武器名を全部知ってるのが驚きだわ・・・。」
    「私は知力特化キャラですからね。」
    「だったら草の名前ぐらい全部記憶しといてよ!」
    「一応大体の暗記はしましたけど、念のためですよ、念のため!」
     
     
    しこたま怒鳴り合い、ハアハア言いながら睨み合う。
    「・・・初夫婦ゲンカじゃないですか?」
     
    王子が怒った表情ながらも、フラグを立てようとするのを
    黒雪は素早く阻止する。
    「そうかも知れないけど、記念日とかにするのは止めてね?」
    「わかってますけど、何事も “初” は1度きりなんですよ?」
     
    黒雪がフーッと息を吐きながら
    ポージングをし、全身の筋肉を盛り上げた。
     
    「ラブラブ “恋バナ” が、こういう面倒臭いものなら
     この話、速攻で血と臓物のスプラッタ劇にする自信があるけど?」
    「ひいいいいいいいいいいっ・・・。」
     
     
    黒雪の脅し勝ちである。
     
    「・・・とりあえず、お互いに荷物を見直しましょう・・・。」
    「・・・そうね・・・。」
     
    無言でそれぞれの荷物の整理に取り掛かるふたり。
    市原悦子レベルじゃなくても、召使いたちには全部聴こえていた。
     
     
     続く
     
     
    関連記事 : 黒雪伝説・湯煙情緒 5 11.4.4
           黒雪伝説・湯煙情緒 7 11.4.8
           
           
           黒雪伝説・湯煙情緒 1 11.3.23  
           
           小説・目次 

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 5

    王子が寝室に戻ると、黒雪が紙の束を持ってベッドの上に立っていた。
    「何をしてるんですか?」
     
    「あら、もう寝るの? ちょっと待って
     危ないから、部屋の向こうの端っこに行ってて。」
     
    「はあ・・・」
    王子が部屋の隅に行くと、黒雪姫はヘアバンドで目隠しをした。
    そして持ってた紙束を宙に放り投げる。
    その後、ベッドの上でばいーんばいーんと飛び始めた。
     
    「???????」
    王子があまりのわけわからなさに、動揺し始めた時
    「そこだあああああああっっっ!」
    と、黒雪がベッドの上から床へとダイヴした。
    黒雪の持ってたキリが、床にグサーッと突き刺さる。
     
     
    黒雪が目隠しを外し、キリに刺さった紙を拾い上げる。
    「ふうむ・・・。」
     
    「あの・・・・・・?」
    王子が部屋の隅から声を掛けると
    黒雪はようやく王子を思い出したようだ。
    「あ、ごめんごめん、もういいわよ。
     紙を拾うのを手伝って。」
     
    せっせせっせと拾い集めた紙を見たら、どうやら地図のようだ。
    「それで何をしてたんです?」
    「うん、調査に行く地を決めてたの。」
    「はあ?????」
     
     
    「この前、他の誰かの意思が関係してそう、って言ってたでしょ?
     それが本当なら、私たちがランダムに選んでも
     そいつの行って欲しい場所に設定されるんじゃないか、と思ってね。」
     
    「なるほど・・・。 それは一理ありますね。」
    「でしょー?」
    黒雪は嬉しそうに威張った。
     
    王子が黒雪の笑顔にキュンときて
    いとおしそうに頬にチュッチュチュッチュしながら訊く。
    「で、どこになったんです?」
    「ここ。」
    「えーと・・・。」
     
    王子は全体地図と見比べながら、穴の開いた場所を探した。
    「ああ、国の南東の端ですね。
     荒野の向こうはじですよ。
     ここなら途中まで東国との道を行けるから
     行き来もラクで・・・・・・・
     ・・・・・・・・・・。」
     
     
    王子は部分地図の穴に改めて気付き、足元を見た。
    「奥さま・・・、次からは他の選出法にしてください!
     いくら貧乏国とは言え、一応、王子妃の寝室
     このじゅうたん、高価なんですよっ。」
     
    「でへへー。」
    黒雪がベッドに潜り込む。
    「『でへへ』 じゃありません!」
    怒る王子だったが、すぐにデレデレし始めた。
     
    「こういうのって、“新婚” ですよねえ。」
    布団をめくると、黒雪は既にヨダレを垂らして寝ていた。
     
     
    「・・・・・・・・
     何で頭を使わない人って、寝付きが良いんでしょうね・・・。」
     
    気にするな。 不眠症のヒガミだ。
     
     
     続く
     
     
    関連記事 : 黒雪伝説・湯煙情緒 4 11.3.31
           黒雪伝説・湯煙情緒 6 11.4.6
           
                  
           黒雪伝説・湯煙情緒 1 11.3.23  
           
           小説・目次 

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 4

    「王子さま・・・。」
    廊下を歩く王子に、執事がスッと近寄る。
    「王さまのご機嫌が少々お悪いようです。
     お気をつけください。」
     
    「そこの調節を、何とか頼む。」
    「はい、やってはみますが、難しいと思います。」
    「王というものは、能のあるなしに関わらず
     気位だけは高いからな・・・。」
    溜め息を付く王子。
     
    「わかった。 何とかしよう。
     私たちが城を空ける時はおまえは残ってくれ。
     この3人の内のひとりは、必ず城にいるようにしよう。」
    「御意。」
    執事は黒雪に頭を下げ、去って行った。
     
     
    「あの執事も妖精王に許してもらったのね。」
    「はい。
     じいは私が生まれた時から側にいてくれた唯一の者です。
     一緒に来る事ができて、本当に助かりました。
     ・・・しかし逆にその厚意が不安なのですよね・・・。」
    「どういう意味?」
     
    「謀反人の息子に、この温情は過剰ではないですか?
     それとも、私が腹心をも必要とするほど
     この国の復活劇は大変なのでしょうか?」
     
    「うーん、そう言われてみれば、手取り足取りよねえ。」
    「何か違いますよね? その言い回し。」
    「えーと、板れり突くせり?」
    「ははは。」
     
     
    王子は黒雪の肩を抱き寄せた。
    この人がいてくれて本当に良かった、と心から思えた。
     
    ひとりだったら、この寒い土地で国の復興など無理だっただろう。
    いや、あの時のこの人の涙がなかったら
    母の償いをしようなど、思いもしなかったであろう。
    この人は、私に心を持たせてくれた。
     
     
    王子は、黒雪に口付けをした。
    途端、足を思いっきり蹴られた。
     
    「うっっっ!!!」
    足先を押さえてうずくまる王子。
     
    「あ、ごめんごめん。
     でも歩きながら他の事をすると
     ほぼ八割方、痛い目に遭うわよ。」
     
     
    「・・・・・・・・・・・」
    王子は涙目で黒雪を見上げた。
    黒雪はヘラヘラと笑っていた。
     
    「・・・このぐらいの痛み、あなたは平気でしょうけどね・・・。」
    「それどころか、自分の傷自慢に発展するけどね。」
    「これだから肉体派は・・・。」
     
    王子がブツブツ言いながらも、痛がってるので
    黒雪が王子を抱きかかえた。
    「ちょっと! 止めてください!!」
     
    「部屋まで連れてってあげるわよ、痛いでしょ?」
    「お願いですから、お姫さま抱っこだけは
     私から奪わないでくださいーーーーー。」
     
     
    王子の号泣に黒雪は動揺し、慌てて床におろした。
    「あなたには男のプライドなんかわからないんですっ!」
     
    廊下に座り込んで、しかも女座りで泣き喚いている時点で
    男の沽券は台無しじゃないだろうか?
     
     
    とは言えないので、黒雪は王子の横にしゃがんで
    ごめんね、と背中を撫ぜながら謝った。
     
    王子と妃なのに、何をやっとんのか
    ほら、家臣たちが遠巻きに見てるぞ。
     
     
     続く
     
     
    関連記事 : 黒雪伝説・湯煙情緒 3 11.3.29
           黒雪伝説・湯煙情緒 5 11.4.4
           
           
           黒雪伝説・湯煙情緒 1 11.3.23  
           
           小説・目次