カテゴリー: 黒雪伝説・略奪

  • 黒雪伝説・略奪 9

    海賊たちと王子は、明け方まで話し合った。
     
    船酔いの後の徹夜・・・。
    ゾンビのような風情で船室に入ってきた王子を出迎えたのは
    壁に片足を立てかけ、もう片足は床へとはみ出し
    頭をベッドから落として、ゴオゴオいびきをかく黒雪だった。
     
    「そんなあなたも好きですよ。」
    王子は黒雪にキスをして、布団の空いた隙間に潜り込んだ。
     
     
    翌朝、いや、もう昼過ぎなのだが
    ほぼ全員が寝不足の体調不良の中
    ひとりだけ12時間睡眠をした黒雪が叫ぶ。
     
    「あーーーっ、寝過ぎで頭が痛いーーー!」
    こんなに人心を逆撫でする言動もあるまい。
     
     
    「奥さんに説明したのかい?」
    頭領が王子に訊く。
    「いえ、まだ・・・。」
     
    「何で言わないのさ?」
    「奥さまは、あまり気になさらないと思いますよ。」
    「あたしらが気にするんだよ!」
     
    半ボケでスープをすする黒雪のところに頭領が行き、肩膝を付いた。
    「黒雪さま、今日からあなたにお仕えさせていただきます。」
    「ああ?」
     
     
    王子と海賊の間で決まったのは、こういう事である。
    海賊稼業を廃業し、この地に再び村を築く。
    村の収入は、漁業と温泉と鉄の採掘。
     
    そして、村は “秘密を守り継ぐ村” として
    王国に忠誠を誓い、王族直営地とする。
     
     
    へえ、上手い事まとめたわね
    寝ボケ頭でそう思いながら、黒雪は言った。
    「で、何で私に仕えるの?
     こっちのヒ弱い王子にこそ、護衛が必要じゃないの。」
     
    頭領は厳かに頭を下げた。
    「元海賊として、まがりなりにも武力を誇ってきた我々としては
     強く逞しいお方にお仕えしたいのです。」
     
     
    この言葉に気を良くした黒雪は、調子こいた。
    「その気持ち、汲み取ってあげましょう。
     ではこれから、妃の親衛隊は代々この村から選出いたします。」
     
    「はっ。」
    敬礼する頭領に、黒雪が訊く。
    「で、どの人を貰って良いの?」
    「ご自由に。」
     
    「うっひょおーーーーー!!!
     早速みんな、甲板へ出て!」
     
    黒雪は、居並ぶ海賊たちの前を何度も行き来した。
    途中、筋肉をチェックしたり、乳を揉んだり
    どこの人身売買かと疑いたくなるような、やりたい放題である。
     
     
    異様に熱心に確認した後、もったいぶりながら宣言した。
    「では、まず頭領、おまえ。
     そしてそこのでくのぼうと、そっちの肉団子
     おまえたち3人、良ければ私に付いてきなさい。」
     
    「「「 ははっ! 」」」
     
    でくのぼうとは、ひと際背が高い
    明るいブラウンの髪を三つ編みにした女性で、名はクレンネル
    肉団子は、丸々と肥え太ったエジリンという女性である。
    頭領の名前は、レグランドと言う。
    呼び名はともかくも、3人とも選ばれて光栄そうである。
     
     
    その様子を遠目に見ながら、王子は少しヒガんだ。
    兵隊ごっこですか、楽しそうですね・・・。
     
     
    海賊村の建設は、来年の春を待って着工する予定にした。
    それまでは、海賊たちは北西の村に世話になる。
     
    「一番近くの村同士になるのですから
     仲良く交流してくださいね。」
    王子が念入りに仲裁をした甲斐もあって
    どうやらこうやら、円満解決へと向かった。
     
     
    黒雪は親衛隊を連れて、城へと戻った。
    城ではとんでもない事態が待ち受けてるとも知らずに・・・。
     
     
     
           終わり   
     
     
     
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           小説・目次 

  • 黒雪伝説・略奪 8

    「頭領にだけ全部話して、海賊たちにどう言うかは
     頭領自身に任せりゃ良いんじゃない?」
    黒雪のこの言葉で、王子は頭領にすべて話す決心をした。
     
    “事実” を聞いた頭領は、意外にもすべてを信じた。
    「いくら貴人の言う事とはいえ、鵜呑みは感心せんなあ。」
    混ぜっ返すような黒雪の言葉に、頭領は真面目に返した。
    「鵜呑みにするだけのワケが、こっちもあるんだ・・・。」
     
     
    頭領が顔をグイッと近付けて訊いた。
    「あたしらが何故、海賊をやっているかわかるかい?」
    黒雪も顔をググッと近付けて答える。
    「暴力で稼ぎたいから?」
     
    王子がバシーーーッと黒雪の頭をはたいた。
    「皆が皆、あなたみたいな人じゃないんですよっ!」
     
     
    「あたしらの部族は、昔は海賊じゃなかったんだ。
     ちゃんとした “村” があったんだ。
     それが偶然にもここ、この地なんだよ。」
    見回すと、確かに廃屋がポツポツ残っている。
     
    「うちの村は男たちが船を作り、畑を耕し
     女たちが漁に出る、という風習だったんだよ。
     海の神様は男性なんで、男が海に出たら荒れる
     という言い伝えがあってね。」
     
    「それは珍しいですね。
     多くの地では、海の神は女性だと言われてますよ。」
    「へえ、じゃあ、さっきのタコは男だったから
     触手攻めをしてたのね?」
     
    下ネタのつもりは、さらさらない黒雪だったが
    王子が青ざめた顔で、たしなめる。
    「奥さま、軟体動物が相手でも私は妬きますよ!」
     
     
    頭領がイラ立った様子で、溜め息を付く。
    「あんたたちが仲が良いのは、よーくわかったから
     今は “こっちの事情” に集中してくんないかな?」
     
    「あ・・・、すみません。」
    王子だけが恐縮して詫びた。
    黒雪はテヘヘと笑っている。 悪気はないようだ。
     
     
    「あたしがまだ10代の頃だった。
     嵐で何日も海上で立ち往生させられて
     やっと村に戻ってこれた、と思ったら
     村はこの通り、廃れてしまっていたんだ。」
     
    両手を広げて訴える頭領。
    「留守にしていたのは、ほんの数日だったのに。
     その時に村にいた人々は行方不明さ!」
     
    「王子をさらったのは、何か知ってるんじゃないかと思ったからさ。」
    と言ったが、王子をおとりに黒雪を呼び寄せたのは
    ついでに、噂の黒雪を見てみたかったからでもある。
     
    頭領は頭を抱えた。
    「何かがおかしいんだ。
     世界が変わったとしか思えないような・・・。」
     
     
    「ああー、それ多分、王子組み込みリセットされた時だわ。
     洋上にいたから、見過ごされたんじゃない?
     結構、適当な再生をしてるっぽいし。」
     
    「無神経な言い方をしないでください!」
    怒る王子に、黒雪があっさりと言い捨てる。
     
    「だって神さまのやってる事自体が無神経なわけでしょ。
     人間は少しは被害者ヅラしても良いと思うわよ。」
    「それを言われると・・・。」
     
    暗い顔をする王子の顔を覗き込んで、黒雪が優しい口調で言う。
    「ああ、あなたは人間出身じゃないけど
     根本的には、あなたのせいじゃないんだから
     ウジウジしないでねー?」
     
    「ウ・・・ウジウジですか・・・。」
    王子は複雑な気分になったが
    黒雪はこれでも慰めているつもりなのであろう。
     
     
    「じゃ、あたしらには文句を言う事すら出来ないってわけだね?」
    説明を受けた頭領は、怒りに満ちた表情で言ったが
    黒雪は容赦なく言い捨てた。
     
    「ふん。 型通りのセリフを言わないでよ。
     しょうがないじゃない。
     おまえ、あのデカい手を見て、かなうと思える?
     自分個人のプライドやらを大事にして、強大な敵を作るより
     弱者ヅラして、ご褒美をむしり取る方が
     ずっと国のためになると思わない?」
     
    黒雪は、握っていた鉄の石をグッと突き出す。
    「だから真実は、あまり知らせたくないのよ。
     被害を実感しなきゃ、傷も付かない。
     おまえ、どの仲間にどの程度伝えるか、よく考えることね。
     知って良かった真実なんて、実際はどうでも良い事ばかりなのよ。
     ほとんどの事が、知らなきゃ良かった~~~(泣) なんだから。」
     
    頭領は言葉に詰まった。
    黒雪の言う事はドス黒いけど、的を射ている。
     
    「不思議な事もあるものね、で終わらせときなさいよ。
     皆が皆、現実に耐えられるわけじゃないんだし。」
     
     
    こんな脳みそが筋肉の姫さんに、要点を突かれるとは・・・
    固まって狼狽する頭領を見かねて、王子が入れ知恵をした。
     
    「あの・・・、“使命感” なら
     比較的、変換しやすいと思いますよ?」
     
     
     続く 
     
     
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           黒雪伝説・略奪 1 11.6.23 
           
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  • 黒雪伝説・略奪 7

    「で、説明をしてくれないかな。」
    頭領に詰め寄られ、王子は悩んだ。
    どこまで言って良いものか・・・。
     
    黒雪は、隣でスープとパンをガッついている。
    船酔いもまだ覚めない王子には、酷な風景である。
     
     
    「奥さま、どうしましょう?」
    王子がボソボソと黒雪に相談する。
     
    「ん? フツーに言えば良いんじゃない?
     王子と私は、魔王に頼まれてこの国にいる魔族を捕まえてんのよ。
     はい、これで終わる話じゃん。」
     
    ノンキな黒雪に頭領が突っ込む。
    「終わるか!
     何でこの国に魔族がはびこってるんだよ?」
     
    このセリフに、王子と黒雪はハッと目を合わせた。
    「そう言えば、何で・・・?」
    「そうですよね、何で魔族が?」
     
     
    青ざめて見詰め合うふたりに、頭領はイライラした。
    「王子さまよお・・・、あんた頭脳担当じゃなかったんかい。
     こんな大変な事の理由さえ疑問に思わなかったんかい?」
     
    「あ、いえ、そこは色々とあって・・・。」
    「だからその、“色々” を聞きたいんじゃないか!」
     
    高貴な身分なのに、平民にしかも海賊に怒られてしょぼくれる王子と
    とりあえず飯、とパンをおかわりする、全身ヌルヌルの黒雪に
    海賊たちは王家のイメージを変えざるを得なかった。
     
     
    「奥さまーーーっ」
    泣きつく王子に、黒雪がキレた。
    「細かいなあ、もう!
     国大変 → 戦う これ当然じゃん。
     しかも国から災いを除ける度にご褒美が貰えるんなら
     一石二鳥でしょうが!」
     
    「ご褒美?」
    「あっ、着いた!!! 話は後!」
     
    船室から勢い良く飛び出して行く黒雪の背を見て、頭領は思った。
    猪のような女だね・・・。
     
     
    「私、私、私が一番乗りーーー!」
    ゴネにゴネて、黒雪が最初にボートで上陸した。
    「金鉱カモーーーン!!!」
     
    ダッシュした途端、ズザーーーーーッとコケる黒雪。
    目の前にはホッカホカの温泉があった。
     
     
    「ええ・・・? また温泉・・・?
     どんだけ茹だれって言うの・・・?」
     
    ヘタリ込む黒雪の横を、頭領がスッと追い越す。
    「何やってんだい。
     その温泉は、あたしらが利用してる秘湯だよ。
     さっきの落雷場所はあそこだろ。」
     
    え? と見ると、その先の岩山から煙が立ち昇っている。
    黒雪は慌てて頭領の指差す方向へと走った。
     
     
    「こ・・・これは・・・もしや・・・」
    黒雪が手にした石を覗き込んで、王子が答える。
    「ああ、これ、鉄っぽいですね。」
     
    「じゃ、ここ鉄の山・・・?」
    「ええ、多分。」
    ニッコリ笑う王子に、黒雪がうおおおおおおおおおと吠える。
     
     
    「やったーーーーーーっっっ!!!!!
     鉄の剣 鉄の斧 鉄の槍 鉄の盾 鉄兜 鉄の鎧
     武器防具作り放題ーーーーーーーーっっっ!!!!!!」
     
    両手で石を掲げて踊り狂う黒雪を、海賊たちは呆然として見ていた。
    「一体、何なんだい・・・?」
     
     
     続く 
     
     
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  • 黒雪伝説・略奪 6

    何とかタコの足に近付こうと、もがく黒雪の横に頭領が滑ってきた。
    「あっ、何で来たの! 死ぬわよ?」
    「それはこっちのセリフだよ。
     立てもしないこの揺れの中、あんたら、どうするつもりなの?」
     
    ズザーッズザーッと甲板を滑りながら、何とか会話をする。
    「何か刃物持ってない? カギ爪とか。」
    「ダガーナイフならあるけど・・・。」
    「2個ある?」
    「いや、他は斧ならある。」
     
    「じゃあ、それ両方貸して。 多分返せないけど。
     んで、あなたは武器庫に向かっている王子の手伝いをして。
     最後の手段は、こいつの爆破だから。」
    「わかった。」
    黒雪はタコのいる船首へ、頭領は地下への階段へと滑って行った。
     
     
    王子と頭領が、爆弾と銃を抱えて甲板に出ると
    黒雪は遥か上空で舞っていた。
    タコの足に斧とナイフを刺して、しがみ付いているのである。
     
    生きてるタコがこんなにヌルヌルするとはーーー!
    料理をしないヤツにはわからない話である。
     
    「ああ・・・、奥さま・・・。」
    気絶しようとする王子を、頭領が怒鳴る。
    「そういうのは後にしな!
     早く船首に行かないと、あんたの奥さんが海の中にドボンだよ!」
     
     
    タコが黒雪を振り払おうと、足を上げた瞬間
    黒雪は斧とナイフを抜き、タコの頭の方へとダイヴした。
     
    タコの頭に叩き付けられた瞬間、右手の斧を振り下ろし
    左手のナイフを刺し、タコの頭部に自分を固定させる。
     
    とっさによく出来たもので、マジでファイト一発のCMに出られそうな
    ラッキーとしか言えない曲芸である。
     
    それは黒雪にもわかっていて、とうとう音を上げた。
     
     
    「魔王ーーーーーーーっ、魔王ーーーーーーーーーーっ
     こいつ、レベル的に私らには絶対に無理ーーーーーっ!!!
     やれても、頭部爆破で殺すしかないから
     これで “捕まえた” と解釈してーーーーーっ!
     おーーーねーーーがーーーいーーーっっっ!!!」
     
    確かに、両手両足を広げてタコにしがみつく姿は
    “捕獲している” と見えなくもないかもしれない。
    かなりな拡大解釈ではあるが。
     
     
    「彼女、何を言ってるの?」
    頭領が黒雪の錯乱を疑いかけたその時、声が響いた。
     
     了解ーーーーー
     
    空中に巨大な手が現われ、タコの頭部を掴んだ。
    黒雪どころか、船ごとである。
     
    「魔王ーーーっ、道連れ禁止ーーーっ
     タコだけ回収してーーーっ!」
     
    黒雪が慌てて叫ぶと、手がもうひとつ出現して
    船をベリッと丁寧に剥がし、海に浮かべた。
    黒雪も摘まみ上げられ、船の上にソッと戻された。
     
     
    「あっぶなーい。
     今度は魔界にワープするとこだったわ。」
     
    「奥さま、大丈夫でしたか? ケガなど・・・」
    胸を押さえてヘタり込んでいる黒雪のところへ
    王子が駆け寄って抱きしめようとして、・・・止めた。
     
    「だよね、全身ヌメヌメだもんね。
     こんな事であなたの愛を量ろうとはしないから
     遠慮なく、ちゅうちょしてて良いわよ。」
     
    黒雪は悪気なく、いやむしろ気を遣って言っているのだが
    王子にはものすごいイヤミに聞こえて
    でも、そのネバネバヌラヌラは潔癖症の王子には耐えられず
    愛との天秤に、ひとり苦悩した。
     
     
    それを横目で見ながら、頭領が訊く。
    「で、あの不可思議な手は何なんだい?」
     
    「あ、説明はちゃんとするから、ちょっと待って。
     魔王ーーーーーーっ、聞こえてるーーーーーーーー?
     今回は大物だったんだから、お礼も相応のを希望ーーーっ!」
     
     
    次の瞬間、遠くに見える陸地の端に雷が落ちた。
    「あそこ! あそこに向かって!」
    黒雪は頭領をせかした。
     
     
     続く 
     
     
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           小説・目次 

  • 黒雪伝説・略奪 5

     化け物に襲われる3号船を前に、全員が凍り付いていた。
    2号船に、ドデカいタコが絡み付いていたのである。
     
    「・・・オクトパスってやつ・・・?」
    RPGで化け物の名前を覚えたヤツがほとんどのはず。
     
    「ねえ、水生動物に効く雷系の呪文は誰が習得してたっけ?」
    「この世界に魔法があるのなら
     まず私に回復呪文を掛けてもらいますよ・・・。」
    逃避する黒雪に、船酔いでヨロヨロの王子が言う。
     
     
    「とにかく、3号船の乗員を全員こっちに避難させてください。」
    真っ青な顔色をしつつも、王子が海賊たちに指示を出す。
     
    「何でおまえの言う事を聞かなきゃならないんだよ!」
    こんな時にまでそんな反抗をする手下に
    黒雪が思いっきりケリを入れる。
     
    「それはな、この王子の妻である私が
     おまえらのために命を賭けるからなのよっ!
     立場やらメンツやらの話題は、生き延びた暁にして!」
     
     
    3号船に次々にロープが架けられ、それを伝って乗員が逃げてくる中
    黒雪は逆に3号船へと渡って行った。
     
    「あの女、まさかあの大ダコに向かって行くのか?」
    頭領が王子を引きとめる。
    「あれを退治するのが、私たちの使命なのです。
     あの船の武器庫はどこにあるんですか?」
    「船の中央後部の地下二階にあるけど・・・。」
     
    「奥さまーーーっ、武器庫は船中央後部の地下二階ですってー。」
    黒雪に向かって叫んだ後、頭領に言う。
    「私が渡り終えたら、ロープを切って
     あなた方は港へと急いで逃げてください。
     これを見せたら、軍隊長はあなた方を処刑はいたしませんから。」
     
    王子は頭領に、指輪と共に手紙を渡した後
    ロープをえっちらおっちら伝い始めた。
     
     
    大ダコが絡みつく船は
    何のアクティビティーなのか、と問いたいほど揺れていた。
    こ・・・これで地下まで行くの無理!!!
    甲板を前後左右に滑りながら、黒雪はなすすべがなかった。
     
    王子が甲板に転げ落ちてくる。
    「王子! あなた、よく渡ってこれたわね。」
    「ええ、ロープを腰に巻いて何とか。」
    王子がゼイゼイ言っている。
    もう生きる屍のようにヤツレている。
     
     
    「この生物は、魔界産ですよね?」
    「うん、そう思う。
     てか、そうであってほしい。
     人間界にこんな生き物、いらんわ。
     そういうつもりで、カタを付けましょ。」
     
    「ですよね。
     でもヘタに傷つけると、もっと大暴れするでしょうし
     最悪、逃げる可能性も・・・。」
     
    ズシャーッ ズシャーッ と滑りながらも、話し合うふたり。
    「アチッ、摩擦で服が燃えそうですよ。」
    そこへザッパーーーンと波が掛かる。
    「冷たっ! 熱いか凍りそうか極端な責めですね。」
     
    まったく男は、暑い寒い暑い寒い、いっつもうるさい。
    言っても、何も状況は変わらないのに。
     
    しかし打ち付ける波しぶきは
    大勢の幼児に往復ビンタをされてるように、不愉快な痛みがある。
    「もう・・・、このタコも何でこんなに元気いっぱいなのよ?
     何のハッスルタイムなの?」
     
     
    「あなた、地下に行って爆弾か何かを探してきて。
     最終的には、それを口に放り込んで爆発してもらおう。」
    「あなたはどうするんですか?」
     
    「私はとりあえず足を切ってみるーーーーー。」
    言いながら黒雪は、タコの足の方へと平泳ぎで甲板を滑って行った。
     
     
     続く 
     
     
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           小説・目次 

  • 黒雪伝説・略奪 4

    急に打ち合いを止めた頭領に
    打ち込みかけた黒雪が、勢い余って甲板に転げる。
     
    「あ、すまない、何やら緊急のようだ。
     あんたら、船を降りて良いよ。
     勝負はまた今度、って事で。」
     
    頭領は、仲間の危機だというのに
    “黒雪に勝たない” 理由が出来て
    ホッとしている自分の心理が不愉快だった。
     
     
    操舵室に入ろうとする頭領に、王子が訊ねた。
    「“救助要請” という、重大事件に驚きもしない。
     あなたには3号船に何が起きたのか、わかっているようですね?」
     
    へえ? と、うがつ表情をする頭領に黒雪がノンキに言う。
    「この人、頭脳担当だから。」
     
     
    「実は数年前から、ここら近辺の海で怪物の目撃情報が多発していて
     あたしたちはそいつを、“シーデビル” と呼んでいる。
     3号船は、多分そいつに襲われている。」
     
    「She Devil? Sea Devil?」
    「海の方だよ、海の悪魔。 どこぞの映画ではない。」
     
    「それはイカなの? タコなの? エビなの? カニなの?」
    「寿司ネタかい!
     よくわからないけど、とにかく化け物らしい。」
     
    王子と黒雪は目を合わせた。
    「これは・・・。」
    「ですよね・・・。」
     
     
    王子が甲板から身を乗り出して、軍の隊長に叫んだ。
    「ちょっと事故が起きたので、調査に行ってきます。
     あなたがたは、1週間はここで待機
     だけど雪で道が封鎖される前には、首都に戻ってください。」
     
    黒雪がヒョイと横から顔を出す。
    「あ、私たちが死んで、こいつらが生きてた場合
     王族殺害の見せしめとして、こいつらを根こそぎ退治してねー。」
     
    無邪気にそう叫ぶ黒雪を見て、海賊たちはゾッとした。
    それを知ってか知らずか、黒雪が微笑む。
    「さあ、協力して3号船を助けましょう。」
     
     
    「ちょっと待て!
     何故おまえらも行く?」
     
    「それは多分私たちじゃないと、やっつけられないからです。
     その海の悪魔は。」
    頭領がいぶかしげに訊く。
    「どういう事だ?」
     
    「王族には、国を守る義務と力が与えられていて
     あなたたちも国民だ、と言う事よ。
     さあ、さっさと出港して!」
    タルをガンと蹴る黒雪。
    もうシビレを切らしたらしい。
     
     
    冬間近の北の海を、ふたりはナメていた。
    ザッパンザッパンと上下左右に揺れ動く船で
    ものすごい船酔いで、王子が完全にダウンしたのである。
     
    「ああ・・・、足の下に地面がない・・・。」
    王子はうなされにうなされている。
     
    「あんたは大丈夫なのかい?」
    様子を見に来た頭領に、黒雪は笑った。
    「あはは、知恵が回るから目も回るのよ。」
     
     
    頭領がジロジロと黒雪を見る。
    「何かしら?」
    「あんたみたいな女が、何故あの弱っちい男と結婚したわけ?」
     
    黒雪は即答した。
    「北国を豊かにしたい気持ちが一緒だったからよ。」
    頭領はバカにした笑いをした。
    「それは表向きだろう?」
     
    黒雪は仁王立ちで腕組みをした。
    「今から遭う化け物を退治できたら、あなたにも理解できるわよ。
     キレイ事だけでは命を張れないのよ!」
     
     
     続く 
     
     
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  • 黒雪伝説・略奪 2

    国の北西は、もう寒かった。
    灰色の厚い雲で覆われた空が、雪の予告をしているようだ。
     
    「黒雪さまですか?」
    走り寄って来たのは村長だと名乗る老人である。
    「王子さまが・・・、わしの孫も・・・。」
     
    「で、そいつらはあそこですか?」
    黒雪が見る方向には、大きな帆船が泊まっている。
     
     
    「ちょっとあの一番小さい帆を撃ってみて。」
    黒雪の命じるままに、兵士が大砲を撃つ。
     
    ドッカーーーーーーーーン!!!
     
    「おお、凄い凄い、命中したわ、腕が良いわねえ。」
    黒雪の拍手に、砲兵が頬を赤くしながら頭を掻いて照れる。
     
     
    「な、何事だ!!!!! 誰だ?」
    船上から、うろたえた声が響く。
     
    「はーい、王子の妻ですがー?
     お呼びになりましたよねー?」
    甲板から見下ろす女性たちが、愕然とする。
    「な、何だ、その軍隊は・・・。」
     
    100余名の兵士に武器フル装備をさせ
    自らも刃物携帯しまくりで、まるで針山のようになって
    仁王立ちする黒雪が高笑いをする。
     
    「権力というのは、こういう風に使うものですのよ。
     おーっほほほほほほほ」
     
     
    「え、ええーい、黙れ黙れ、おまえの夫がどうなっても良いのか?」
    縛られた王子が引っ張り出された。
     
    「王子さま!」「王子さま!!」
    兵士たちの間に動揺の声が広がる中
    黒雪が嬉々として、王子に声を掛けた。
     
    「王子ーっ、心配しないでねーーー。
     あの世でも絶対に、私はあなたを夫に選ぶからーーー。」
     
    黒雪の奇妙な言葉に、海賊たちが王子に問う。
    「あの女は何を言ってるんだ?」
    王子は、悲しそうに微笑んだ。
    「今から総攻撃をかける、と言っているんですよ。」
     
     
    今度は海賊たちが動揺する番だった。
    「王子であり夫であるこいつを見殺しにする、というのか?」
     
    黒雪は、きっぱりと言い切った。
    「おまえら、勘違いしてるようだけど
     大事なのは国であって、王族じゃないのよ。
     王族がいる理由は、国のトップがコロコロ変わると
     他国から信用されないからであって
     うちの王国には、もう跡継ぎがいるから
     私たちの命は、国の平定に捧げてオッケーなわけ。」
     
     
    銃を天に掲げて、黒雪が叫んだ。
    「おまえらのようなヤカラから国を守るため
     この身を捨てる事に、微塵のちゅうちょもないわ。
     思う存分、皆殺しにしてくれる!!!」
     
    「「「「「 おーーーーーっ!!!!! 」」」」」
    黒雪の雄叫びで、兵士全員が銃を掲げた。
     
     
    「ままま待て! こっちには村長の孫もいるんだぞ!」
    泣き喚く男の子が連れて来られた。
     
    「あらま・・・。」
    黒雪が村長を見ると、村長は唇を噛みしめた。
    「・・・あの子も、まがりなりにもこの村の長の孫です。
     定めと思って、国のために散ってくれると思います。」
     
    ギャン泣きしているんだけど・・・
    黒雪はちょっと困った様子で考え込んだ。
     
    「私たちが帰って来ない場合、あいつらを根絶やしにして良いから。」
    隊長に小声でそう命令すると、持っていた剣類を外しながら
    黒雪は甲板に向かって呼び掛けた。
    「その子の代わりに、私が人質になります!」
     
     
    黒雪の足元に積み重なる凶器を見て
    一体どれだけ持ってくるのか、ゾッとした海賊たち。
     
     
     続く 
     
     
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  • 黒雪伝説・略奪 3

    甲板には、見事にガラの悪そうな女性たちが並んでいた。
    「ふむ、北国人は縦にばかり伸びて
     筋肉が付きにくい体質だと思っていたけど、なかなかどうして。」
     
    腕組みをしながらカツカツと、女たちの前を歩き回る黒雪。
    「おっ、良いわねえ、この三角筋、私の近衛にならない?」
    女性のひとりの肩を揉んで、ニッと笑う。
     
     
    「奥さま!
     女性が相手でも、私は妬きますよ!」
    後ろ手に縛られた王子が、女走りで黒雪に駆け寄る。
     
    「・・・王子ぃ~~~~~~。」
     
    黒雪が呆れたように言うと、王子が苦悩の表情を浮かべた。
    「・・・奥さまの言いたい事はわかっております。
     さらわれるなんて、姫の仕事ですよね、くっ・・・。」
     
     
    黒雪が溜め息をつきながら言う。
    「もう、あなたには自爆装置でも着けときましょうかねえ?」
     
    「そ・・・そんなあああああ。」
    「うそうそ、冗談よ。 ちゃんと私が助けてあげるから。」
    黒雪が王子の手首の縄を噛み千切る。
     
    「待て! 誰が王子の縄を解いて良いと言った!」
    列が割れ、ひとりの女性が現われた。
    「あれが海賊の頭領です。」
    王子が黒雪に耳打ちする。
     
    身長は向こうが高いようだが、黒雪の方がゴツい体型である。
    海賊の頭領だと言われるその女性は
    白い肌、金色の髪に青い瞳の、筋肉がなければ美女である。
     
     
    「おまえ、こんなひ弱な男でも、縛っていなきゃ安心できないの?」
    黒雪がズイッと前に出る。
    鼻をくっ付けんばかりに睨み合うふたり。
     
    「さすが、豪傑と噂される姫さんだね。」
    「おまえこそ、その眼輪筋は見事だわ。」
     
     
    「では、ひと試合願おうかな。」
    頭領が部下から木刀を受け取った。
     
    「ちょ、私の武器は?」
    「武器、持ってきてないのかい?」
    黒雪は上腕二等筋を見せつつ、誇った。
    「この筋肉が武器でね、ふっ・・・。」
     
    「・・・じゃ、いくよ。」
    「あ、待って待って、すいません、調子こきました。
     やっぱ何か貸してー。」
     
    部下がもう1本、木刀を投げた。
    「では・・・。」
     
     
    木刀の先をピタリと合わせるふたり。
    その瞬間、電流が走るような手応えを感じたふたり。
     
    この女、強い!
     
     
    足場の悪い船上での試合は、黒雪には不利であった。
    どうやら技術的にも運動能力的にも、この頭領の方が優れている。
    しかし国を背負っている以上、一海賊に負けるわけにはいかない。
    黒雪の勝ち目は、その気合いだけであった。
     
    頭領は驚いていた。
    王族、それも大国東国出身の姫が、自分とほぼ互角に打ち合っている。
    しかも何だか嬉しそうである。
     
    カンカンカンカン と、打ち合う音に合わせて
    踊るように活き活きと木刀を振るう、この地黒のゴッツい姫が
    時々神々しくも見え、圧倒される。
     
     
    あたしの方が、場数を踏んでいるはず
    現に、確実に勝負は付いてきている。
    なのにこの姫の表情には、余裕すら伺える。
     
    これが王族というものなのか
    頭領には、より多く黒雪に打ち込みながらも敗北感が湧き起こった。
     
     
    勝っても良いものか、頭領がありえない迷いを始めたその時
    船室から部下のひとりが走り出てきた。
     
    「3号船から救助要請です!」
     
     
     続く 
     
     
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  • 黒雪伝説・略奪 1

    ♪ マッチョ マッチョメ~~~ン ♪
     
    イキの良いBGMに合わせて
    トレーニングルームで黒雪が、ウッホ、ウッホとスクワットをする。
     
    「はあ・・・、ゴリラにしか見えないわん・・・。
     しかもオスの・・・。」
    入ってきたキドが嘆く。
     
     
    「あら、おまえがジムに何の用なの?」
    「だーかーらー、何度も言ってるけど
     アタシの仕事は、黒雪さまの美容管理ですのよん。
     健康も美容の一環!
     で、トレーニングをしている間、これを塗っていてくださらない?」
     
    キドは黒雪の顔に、クリームを塗り始めた。
    「・・・これは何なの?」
    「パックよん、パック。
     王子さまが帰ってきたら、またパーティーでしょん?
     それまでに、ここ! と ここ! の
     憎っくきシミを取っておかないと!」
     
     
    黒雪がキドにグイグイとクリームを塗り込まれていると
    王子の執事が転がるように部屋に入ってきた。
     
    「た、大変です!!!!!」
     
    「あれ?
     ネオトス、おまえ王子に付いて行ったんじゃないの?」
     
     
    温泉を見つけて帰城した王子と黒雪に
    北西の村から、鉱脈があるかも知れないという情報が入った。
     
    黒雪は行きたがったが、妊娠の有無が判明するまで
    城で大人しくしているよう言い残し
    王子は執事を連れて、北西の村へと視察に行ったのである。
    その配慮も虚しく、黒雪は筋トレなんぞをやっとるわけだが。
     
     
    「はい、村へは無事に着きました。
     しかしそれは罠だったのです!」
    「何とな!」
     
    「海賊めらが村長の孫を誘拐し、脅していたのです!」
    「何とな!!」
     
    「海賊は、巷で噂の剛の者・黒雪さまを狙っていたのです!」
    「何とな!!!」
     
    「しかし黒雪さまがいないと知るや、王子をさらい
     返してほしけりゃ、黒雪さま御自ら迎えに来い、と。」
    「何とな!!!!」
     
     
    「イケメン王子がヤツらの毒牙に掛からないかと
     もう気が気ではなく・・・。」
     
    キドが口を挟んだ。
    「ちょっと待ってん。
     その海賊って男性なのん? 女性なのん?」
     
    ネオトスが憎々しげに言う。
    「全員女性なのです!」
    「何とな!!!!!」
     
     
    キドは黒雪を見ながら鼻で笑った。
    「・・・黒雪さま、あんたバカみたいよん。」
     
    黒雪がいくら怒りに拳を震わせても
    海草パックを塗りたくられて顔面真緑なら、アホウにしか見えない現実。
     
    「とにかく、村へ急ぐわよ!」
    「ああっ、待って、せめてパックは拭き取ってええええええ!」
     
     
    北西の村は特に雪深く、10月の下旬には既に行き来も困難となる。
    短い夏が終わろうとしている今
    王子救出作戦は1分1秒を争う急務なのだ。
     
    黒雪は武器庫に行き、フル装備をし
    兵士たちを引き連れ、北西への道を進んだ。
     
    そりゃもう、活き活きと。
     
     
     続く 
     
     
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