カテゴリー: 黒雪伝説・王の乱

  • 黒雪伝説・王の乱 25

    王子の部屋といっても、たくさんあるのよね・・・
    とりあえず、片っ端からドアを開けて覗いてみる黒雪。
     
    王子は寝室にいた。
    「あなたが来る事はわかっていましたよ。
     どの部屋かわからず、順に確認しながら来るのもね。 ふふ。」
     
    照明も点けず、月明かりだけの部屋で
    窓辺に立つ王子が、振り返りもせずに言う。
     
     
    「どうしたの?」
    ゆっくりと近付く黒雪。
     
    王子が突然振り向き、黒雪に駆け寄って抱きついてきた。
    「ふたりだけで暮らす事は出来ないのでしょうか?」
     
    驚き顔の黒雪に、王子が涙を流しながら訴える。
    「あなたとだけだったら、ふたりの距離など気にならないのに
     他の人がいるから、その人とあなたの距離が気になるんです
     常に誰よりもあなたの近くにいたいんです
     この気持ちが、私を醜くしている気がするんです!」
     
     
    黒雪の胸に顔をうずめて、ワアワア泣く王子。
    その背を優しく撫ぜ、頭を抱えてキスをした後に
    黒雪は王子の体を抱きしめた。
     
    「王子・・・。」
    耳元で優しく呼びかけた次の瞬間、黒雪は王子の体を急激に締め上げた。
     
    「ーーーっっっ!!!!!!!!!」
    王子があまりの苦しさに、声も出せずにジタバタする。
     
     
    ようやく黒雪の怪力から開放された王子が
    へたり込みつつも、叫ぶ。
    「なっ、何をするんですかっ!」
     
    黒雪が笑いながらも冷ややかな目で
    王子の真ん前に大股開きでしゃがんで言う。
     
    「このバカヘビちゃん、よおおおく考えてね?
     ふたりだけの世界で、料理は誰がするの?
     てか、食材はどうするの? 包丁は?
     家は? 板は? ノコギリは? 釘は?
     服は? 靴は? 布は? 糸は? 針は?
     どの世界でも、ひとりふたりでは生きていけないのよ。
     付き合いを減らす事は出来ても、それはそれで生じる問題もあるのよ。」
     
     
    「私が言いたいのは、そんな現実的な話じゃなくて・・・」
    「ふたりの愛は現実じゃないの?」
    「ち、ちが・・・、そういう事じゃなくて
     私はあなたに、もっと愛されたいんですっ!!!」
     
    「・・・ほお・・・?
     私の愛が足りないと・・・?」
     
    右手で持っているワイン瓶を
    ピシャンピシャンと左の手の平に叩きつけながら言う黒雪に
    王子はゾッとさせられた。
    「そ・・・、その瓶は何なんですか?」
     
    「ん? ああ、今度はあなたがトチ狂ってたら
     これで殴りつけて正気に戻そうかと。」
     
    あはは、と笑う黒雪に、王子がおののく。
    「そうやって暴力で脅すのは止めてください!
     そんなんだから、私が不安にさいなまれるんですよ!」
     
     
    「うそうそ、あなたを倒すなら素手で充分でしょうよ。
     今回はあなたの方が大変だったから
     ゆっくり飲ませてあげたかったのよ。」
     
    「ええ~~~・・・?」
    黒雪は疑う王子を抱きかかえて、ベッドへと運んだ。
     
    「グラスは?」
    「あ・・・・・・、いや、別にいらないでしょ。」
    黒雪はワインをラッパ飲みした。
     
    絶対に殴る用だ!!!!!!
     
    さっきの近寄り方も、殺気が漂ってたし
    締め上げも、冗談とは思えないほど苦しかった!
     
     
    ビビって少しずつ体を離そうとする王子に構わず
    黒雪がキスをしてきた。
    王子の疑惑も、その黒雪のワイン口移しでふっ飛ぶ。
     
    「い・・・いつの間に、こんな高度な誘惑テクニックを・・・。」
    両手で口を押さえ、真っ赤になってウロたえる王子に
    黒雪は内心ほくそ笑んだ。
     
    オロチも酒浸りにして退治するものだし
    ヘビ系統には、やっぱ酒よね。
     
     
     
    窓に揺れる葉のない木の陰が、少しずつ薄れてきた。
    月に雲が掛かってきたのである。
     
    海の方から少しずつ雪雲が降りてきて
    北国は、これから長い長い冬に入る。
     
    人々が寄り添って過ごす季節。
    王子とその妃も、お互いを温め合って暮らすのだ。
     
     
     
    雪深い北の果ての国で、ジークという名の王子と暮らすならば
    いつか本当に巨大な竜を相手に
    命がけの酒作戦を、遂行せねばならない日が来るかも知れない。
     
    だけどそんな時でも、きっとこの王子の妃は
    喜び勇んで立ち向かって行くのであろう。
     
     
     
     終わり 
     
     
     
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  • 黒雪伝説・王の乱 24

    「いやあ、すまなかった。
     最近の記憶がまるでないのだ。
     先日の夜会に出る前に、転んでしばらく気を失ってたらしいんで
     わしの乱行は、そのせいだと思う。
     皆、心配をかけてすまなかった。」
     
    パーティー会場に現れた王の言葉に
    大臣や貴族たちは喜んだが、黒雪の腹の中は違った。
     
    ばかじゃねえの? 頭打って謀反しようとしてんじゃないわよ。
    私の実父だったら、即座に返り討って死刑だわよ。
    そもそも記憶が飛んだら騒乱を起こす、って
    普段どういう考えを持ってんだか。
    この王があまりに国のタメにならないんなら、暗殺するわよ、私は!
     
     
    「だが王子の献身な看病で、わしは治った。
     今宵の宴は王子のために!
     皆、存分に楽しんでくれ。」
     
    王の号令に、楽団が曲を演奏し始める。
    途端に王子が人々に取り囲まれた。
     
    「さすが王子さま、よくぞ王さまを看病してくださった。」
    「鉱山も見つかったし、国も着実に発展しているのは
     すべて王子さまのお陰。」
    「仲睦まじいお妃さまと、お世継ぎにも恵まれて
     我が王国は、これで安泰ですな。」
     
     
    王子がチヤホヤされている間に
    王がパイを食べている黒雪に近付いた。
    「踊っていただけるかな?」
     
    「あ、はい、喜んで。」
    慌ててワインをガブ飲みして、パイを無理に飲み込んだ後
    王の手を黒雪は取った。
     
     
    「して、今回の探索では何か見つかったかな?」
    「いえ・・・、残念ながら収穫なしでしたわ。」
    「そうか、まあ、そういう時もある。」
    「申し訳ございません・・・。」
     
    と言うか、今回はあんたを正気に戻すのにおおごとだったのよ!
    ただでさえ魔物退治で大変なのに、いらん仕事を増やさないでよ!
    ニッコリ微笑んでステップを踏みながら、黒雪が脳内罵倒をする。
     
     
    「あらまあ、珍しい、王さまと黒雪さまが踊ってらっしゃるわ。」
    「王さま、何だか少しりりしくおなりになったわねえ。」
     
    ご婦人方のヒソヒソ話に、王子が振り向くと
    王と黒雪の流れるようなダンスが目に入った。
     
    黒雪はダンスが苦手で、王子はいつも足を踏まれているのだが
    パーティー好きで、踊り慣れしている王は
    そんな黒雪を上手くリードしている。
     
     
    ・・・私はダメかも知れない・・・。
     
    王子は、にこやかに話の輪に加わっているフリをしながらも
    内心では動揺していた。
     
    望んでいた、人々の賞賛を手にしても
    それだけじゃ満足できない・・・。
     
    いや、私がほしいものはそんなものではなかった。
    奥さまと一緒にいられれば、それで良かったはずだったのに
    いつの間にか、それ以上を望んでしまっている。
    何という欲深さなのか・・・。
     
     
    王が言った。
    「どうやら王子は疲れているようだ。
     癒してやってくれ。」
     
    王にお辞儀をした後に、黒雪が王子を探すが
    会場のどこにも王子の姿がない。
     
    「ネオトス、王子はどこ?」
    「少し休むとおっしゃって、お部屋に戻られました。」
     
     
    私に何も言わずに?
     
    黒雪はテーブルの上のワインの瓶を手に取り、会場を後にした。
     
     
     続く 
     
     
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  • 黒雪伝説・王の乱 23

    「おお! 黒雪さま、お帰りなさいませ!!!」
    見回りの衛兵が笑顔で駆け寄ってくる。
     
    が、皆、作り笑いをしつつ後ずさる。
    「どうしたのかしら?」
    黒雪の疑問に、エジリンがきっぱりと答える。
     
    「黒雪さま、熊のような匂いがするだよ。」
    「ああ、何日も入浴してないしね。」
     
    黒雪の軽い返事とは裏腹に
    出迎えに来た人の波は、浴場に向かって割れていた。
    「ものすごい誘導感があるわね。」
     
    「王子さまにお会いする前に、ひとっ風呂浴びた方が良いですだね。」
    「そうね、夫婦愛にヒビが入りそうだしね・・・。」
    黒雪は素直に浴場へと向かった。
     
     
    「いやっ、汚いーーーん!
     黒雪さまを通過したお湯が黒いーーーん!」
     
    「このキイキイ声を聞くと、城へ戻ったー
     って実感が湧くわー。」
    キドに遠くからシャワーを掛けられつつ、黒雪がなごむ。
     
     
    「ところでキド、おまえ、お継母さまの・・・」
    「ああーーんっっっ、ごめんなさーーーい!!!
     悪意じゃないのよん
     あたしは黒雪さまの味方よん!」
     
    黒雪の言葉をさえぎって、キドが大慌てで弁解をする。
    「別に責めちゃいないわよ、ただ意外だったわけで。」
     
    「黒雪さまが鈍いのよん。
     あたしレベルのヘアメイクアーティストが
     何でこんな辺境の国に来なきゃいけないのよん。
     それ以外の目的があるからに決まってるでしょん?」
     
    キドの開き直りっぷりに、黒雪は思わず笑った。
    「で、おまえはこれからどうするの?」
    「え? ずっと黒雪さまと共に生きていくわよん。
     そういう覚悟で来たんだからん。」
     
    その言葉に、黒雪はホロリときた。
    「キド・・・。」
    「あ、そうそう、あたし、ちょっと東国に帰るわん。
     しばらくいないけど、代わりは用意しとくから大丈夫よん。」
     
    「おまえ、ずっと一緒と言った矢先に・・・。」
    「だーかーらー、一時的な里帰りよん。
     たまには都会に行かないと、流行に遅れちゃうーん。
     すぐ戻ってくるから心配しないでん。」
     
     
    まったく、どいつもこいつも策略に忙しそうだけど・・・
    パーティーがあるというのに、ひとり部屋で飯をかっ込む黒雪。
     
    だってパーティーは飲食の場所じゃなく、社交の場だし。
    と言いつつ、パーティー会場でも食うのが、この女なのだが。
     
     
    と、そこにいきなりドアが開いた。
    「奥さまーーーーーー!」
    駆け込んできたのは王子である。
    黒雪は反応すらしない。
    王子と黒雪のテリトリーは、お互いにフリーパスである。
     
    ガツガツと飯を食う黒雪の首元に
    王子がしがみついて、スリスリする。
    「会いたかったですよーーー。」
    黒雪は口をモグモグさせながら、ただうなずいた。
     
    「ひどいっ!
     私は朝から晩まで、あなたの事ばかり想っているというのに
     あなたときたら、食べるわ寝るわじゃないですかっ!」
     
    食って寝ないと死ぬんだけど・・・
    そう思いつつ、黒雪がなおもパンを頬張った時に
    痴話ゲンカの予感がしたのか、メイドが部屋を出て行った。
     
     
    (で? どうだった? これからどうするの?)
    黒雪が、デザートのタルトにかぶりつきながら
    眉と目だけで王子に訊いた。
     
    王子は黒雪のそのジェスチャーに、少々落胆した。
    まあ、今回は訊きたい事はひとつでしょうから良いですけどね
    この人がいつも食べる事を優先させるのを
    ちょっと納得できない男心も、少しはわかってほしいですよね・・・。
     
     
    王子は黒雪の額にキスをした。
     
    「すべて順調ですよ。
     私の心以外はね・・・。」
     
     
     続く 
     
     
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  • 黒雪伝説・王の乱 22

    丘を越えたら城が見える地点で、夜がふけるまで休憩した後
    馬たちと黒雪を残し、王子たちは城へと向かう。
     
    「お願い、戻ってくる時に何か甘い系を持ってきて!」
    ファフェイの袖を引っ張り、黒雪が懇願する。
    ファフェイには、背後の王子の嫉妬の視線が痛い。
     
    ファフェイが同行するのは、城の中の抜け道を調べて知っているからで
    王子たちを送り届けたら、馬たちを連れて
    継母のところへと帰って行く予定である。
     
    一同を見送りもせず、黒雪はそのまま
    地べたに大の字になって、イビキをかき始めた。
     
     
    問題は王が目覚めた後・・・。
    こっそりと自室に戻り、久々の入浴をしながらも
    王子は気が気ではなかった。
     
    翌日、王の部屋に入った王子は
    緊張とともに、王が目覚めるのを待った。
     
     
     
    「・・・さま・・・、黒雪さま・・・
     くー!ろー!ゆー!きー!さー!まーーー!!!」
    「うおっ」
     
    大声に飛び起きる黒雪。
    「ああ・・・、叫んで体力を使ったんで目まいが・・・」
    と言いながら、“胸” を押さえてヨロけるファフェイ。
     
    「・・・えーと・・・?」
    寝ぼけて、状況をすっかり忘れている黒雪に
    エジリンがケーキの乗った皿を差し出す。
     
     
    「あ、ありがとう。 えーと・・・?」
    ケーキをガツガツ食いながらも、まだボケている黒雪。
     
    コーヒーを淹れながら、エジリンが説明をした。
    「王様は、スッキリお目覚めでしただよ。
     『急に目まいがして倒れた後の記憶がない』 と
     おっしゃってたんで、頭を打って一時的に混乱して
     あのような騒ぎを起こしたんだろう、となってるようですだ。
     まあ、丸く収まった、という事ですだね。」
     
     
    どうやら王の記憶は、濡れ衣事件から消えているらしい。
    「ふーん・・・?」
    コーヒーを飲みながら、黒雪はあいまいに返事をした。
     
    その様子には触れずに、ファフェイは馬の手綱をまとめた。
    「それでは拙者はこれにて。」
     
    「うん・・・。」
    黒雪は、まだ呆けている。
     
     
    「さあ、あたしらも城へと戻りましょうかね。」
    「うん・・・。」
     
    黒雪の寝ぼけは完全に取れていた。
    なのに反応が薄いのは、この大団円に
    妙な違和感を感じているからであった。
     
    だけど、その違和感の正体がわからない限り
    わざわざ混ぜ返す必要もない。
     
    まあ、いいや
    どうせ王子絡みの、妖精だの魔王関係の話だろうし。
     
    黒雪は、考える事を完全に投げ出していた。
     
     
     続く 
     
     
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  • 黒雪伝説・王の乱 21

    全行程が陸路の場合よりラクとは言え
    荒野から北の海までの疾走と
    他の者に気付かれない場所に停船してからの陸路、
    しかも休憩も取れない大急ぎの行軍は、想像以上に過酷であった。
     
    城の近所まで着いた時には、一同はもうヘロヘロだった。
    陸路では、不眠不休で馬を飛ばしたからである。
     
    馬ももうヘトヘトだったが、黒雪の形相に
    動物なりに、走らなければ殺られる! と察したらしい。
     
     
    「こ・・・ここまでハードな任務は、さすがの私も初めてだわ。
     途中の船がなかったら死んでたかも・・・。」
     
    黒雪が弱音を吐くほどの強行軍に
    馬から降りた時には、全員が地面に突っ伏した。
     
    「ちょ、ちょっと休憩を・・・」
    音を上げる王子に、黒雪が怒鳴る。
    「ダメ!
     私たちは食ってるけど
     寝せっ放しの王の体力が持たない!」
     
     
    黒雪は足を踏ん張り、王を担いでフラリと立ち上がる。
    「黒雪さま、あたしが王さまを担ぎます。」
    手を貸そうとするレグランドに、黒雪が息切れをしながらも言う。
     
    「1時間ずつの交替にしましょう。
     城まで、あと少し。
     城が見えたら、夜になるまで休めるから頑張るわよ!」
    「はっ!」
     
    黒雪のその踏み出した一歩が
    まるで地中にズシリとめり込んだ気がした。
    それほど疲れていて、肩に担いだ王が重いのである。
    意識がない人間の重さは、3倍増しぐらいに感じる。
     
    あとは気力でどれだけ行けるかよ!
    黒雪はカッと目を剥いて、一歩一歩を踏みしめていく。
    王子とファフェイは、もう言葉も出ない。
     
     
    「王子さまは?」
    「はい、先ほどお部屋に戻られました。
     王子さまには執事殿が付いておられるので
     私が王さまのお部屋を警護しております。」
     
    クレンネルが王の部屋の前で、見回りの衛兵に答える。
    「そうですか、お疲れ様です。」
    「お疲れ様です。」
    クレンネルは敬礼をすると、仁王立ちで視線を固定した。
     
     
    王子が食べたかのように見せかけた食器を
    厨房に持って行く執事に、大臣たちが声を掛ける。
     
    「王さまと王子さまの話し合いはどうなっておる?」
    「はい、このところ王子さまが忙しくて
     王さまとあまり話せていなかったので
     良い機会だと、充分に時間を掛けていらっしゃるようです。」
     
    「黒雪さまは、どうしてらっしゃるのじゃ?」
    「どうせ外に出たついで、と
     資源調査をしてらっしゃるようです。」
    「おお、そうか。
     働き者の姫さまで、ほんに良かった。」
     
    執事は安心を確認し合う大臣たちに
    お辞儀をして、足早に立ち去る。
     
     
    王子たちが中に入って、もう1週間。
    実は “王子はこの城にはいない” という事を
    城の者たちには、疑う様子は見られない。
     
    だが、それにも限度がある。
    皆、悪い想像をしたくないから
    我々の言う楽観を無条件に信じようとしているのだ。
     
    王が王子たちに牙を剥いた事は、消せない事実。
    それは、王国を揺るがす程の事件!
     
     
    王子さま、黒雪さま、急いでください!!!
     
    執事とクレンネルが、内心で祈っている真っ最中に
    黒雪たちは、決死の行軍をしていた。
     
     
     続く 
     
     
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  • 黒雪伝説・王の乱 20

    黒雪の足の下には、小さな丸いものが潰れていた。
    「?????????」
    全員が覗き込む。
     
    その潰れた丸いものは、ポワンと煙となって消えた。
     
    「今の何なのかしら?」
    「生き物じゃなかったわよね?」
    「いずれにしても、この世界のものじゃないんじゃ?」
    「じゃ、あれが今回の “魔物” でござるか?」
     
    「この話、まだNO死体ですよねっ!」
    王子のガッツポーズに、継母が黒雪を見る。
     
    「・・・ああいう事にばかり、やたらこだわって・・・。」
    黒雪の気まずそうな言い訳に、継母はニヤッとした。
    「愛されてるわね。」
    黒雪が継母の言葉に、嫌そうにそっぽを向く。
     
     
    「う・・・、ううーーーん・・・。」
    声のする方を見た一同は、驚いた。
     
    王が転がっているのである!
     
    そうだった、わかっていた事だけど忘れていた。
    そこにいた者は全員飛ばされるんだった。
     
     
    黒雪がとっさに、起きかけている王の首にケリをくらわせる。
    王は顔面を土にメリ込ませた。
     
    「王さまが起きたら、厄介な事になるんじゃないですか?」
    慌てるレグランドに、王子がより一層慌てて言う。
     
    「だからあなたにも来てもらったんです。
     さあ、王を担いでください。
     急いで城の王の部屋に戻りますよ!」
     
     
    王子の進む方向を、黒雪が訂正する。
    「そっちじゃないわよ、城は西北の方向よ。」
     
    王子はニコッと笑った。
    「こういう事もあろうかと思って、エジリンに頼んで
     この先の海に海賊船を待機させてたんですよ。
     城まで歩くより、航路の方が早いしラクですからね。」
     
    ああ、あの時のコソコソ話がそうだったのね
    黒雪は、王子の読みの深さに感心した。
    「さすが、あなたね。」
    「奥さま・・・。」
     
    ヒシッと抱き合う二人に、継母がイラつく。
    「もう、いい加減にしてちょうだい!!!
     一刻を争そう状況でイチャついて許されるのは、映画だけよ!
     現実にやられると、これ程イラつく事もないのよっっっ!!!」
     
     
    継母の尋常ならない剣幕に、恐怖を感じた一行は
    慌てて北へと走り出した。
     
    「待って! この薬を持ってお行きなさい。
     これは眠り薬よ、8時間おきにこれを嗅がせれば
     目を覚まさせずに城へと戻せるわ。
     従者、馬を!」
     
    継母の従者が、馬を3頭ひいてくる。
    「この馬は使い終わったら、ファフェイに返してちょうだい。」
    継母の準備の良さに、王子は感嘆した。
     
    「あのお継母上に殺されかけて、なお
     生きてるあなたは、“奇跡の人” ですねえ。」
    のちに王子は、黒雪にこう語る。
     
     
    ドドドドと走り去る一同を眺めつつ
    継母は何事もなかったかのように、お茶の続きをした。
     
    冷めた紅茶を淹れかえるメイドとウェイターは
    武術と策略に優れた従者である。
     
    「戻ってくるかしら?」
    「北国はもう冬に入りますので、来られないでしょう。
     王妃さまも、そろそろ城にお戻りにならないと・・・。」
     
    継母は一輪挿しのバラの花びらを1枚むしると、紅茶に浮かべた。
    「そうね。
     では今から10日ほどで、本気で痩せるわよ。」
     
    「御意。」
     
    ウェイターは、クッキーの皿を下げた。
     
     
     続く 
     
     
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  • 黒雪伝説・王の乱 19

    「・・・・・・・・どうしても、ここですか・・・・・・」
     
    王子が服の汚れをはらいながら、険しい顔をする。
    飛ばされた先は、荒野であった。
     
     
    「そんな事より魔物はっっっ?」
    黒雪がガバッと構えて、振り向く。
     
    と同時にズザーーーッとコケる。
     
     
    目の前には、バラが一輪飾られたテーブルで
    フカフカクッションの椅子に座った継母が
    優雅にお茶を飲んでいた。
     
    「あらあら、古典的なズッコケ方ね。
     あなた、中身はあたくしより古いようね。 ほほほ。」
     
    その言葉にピキッときた黒雪が
    継母に向かって、背の斧を抜いて構える。
     
    「おのれ、見た事もないような醜悪な魔物め!」
    継母のこめかみの血管がヒクヒクとケイレンした。
     
     
    「ちょ、ちょっと、おふたりとも遊んでる場合じゃありませんよ。
     王妃さま、何故ここにいらっしゃるんです?」
    ふたりの “女の攻防” を、“遊び” と悪気なく断定する王子。
     
    「鏡を割ると、ここに飛ばされるんじゃないかと思ったのですよ。
     ここ、あの時の場所なのよ。」
    あたりを見ると、確かに広い荒野なのに
    “あの時” の “あの場所” である。
     
    「で、お継母さま以外の魔物は?」
    「黒雪、あなたって人は~~~~~~っ!」
    継母が思わず立ち上がった瞬間、何かが跳ねた。
    黒雪が反射的に、“それ” を踏んだ。
    考えなしに。
     
     プチッ
     
     
    全員が顔を見合わせる。
     
    「ご・・・、ごめ・・・、無意識に足が動いて・・・。」
    「今、プチッていったわよね?」
    「とうとう殺したんですか? この話、ロマンスなのに?」
    「えっ? 何だったんですか?」
    「拙者の動体視力でも捉えられなかったでござる。」
     
     
    一同が黒雪の足に注目する。
    「いやあああああ、足を上げたくないーーーっっっ!」
    「では、このまま靴をここに脱ぎ捨てて・・・」
     
    「何を言ってるのよ、このバカ夫婦は!
     いいから足を上げなさい、黒雪!」
    「そうでござる。 確認はせねば。」
     
    混乱状態の現場である。
    黒雪は意を決して、ソーーーッと足を上げた。
     
     
     続く 
     
     
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  • 黒雪伝説・王の乱 18

    王子に続いて、部屋に入ったレグランドの横に人影が動いた。
    ドアを閉めたのは、ファフェイである。
     
    「あっ、あんた、どうし・・・」
    「シッ」
    ファフェイはレグランドの口を塞いだ。
     
    「アヒッ、うっかり女人の唇を触ってしまったでござる!」
    動揺して飛び跳ねるファフェイに、レグランドは脱力する。
    「・・・メガネをかけて・・・。」
     
     
    「奥さま、ありましたか?」
    王子が部屋の奥へと進む。
     
    仕切りのカーテンをめくると
    椅子にもたれ座っている王の横に、黒雪が立っていた。
     
    「うん、ここにあったわ。」
    黒雪が指差す方向には、布が掛けられた板のようなものがある。
     
     
    「・・・やはり、そうでしたか・・・。
     だけど何故、王はこのような状態なのでしょう?」
    焦点の定まらない目の王は、明らかに放心状態である。
     
    「さあ・・・、今度の鏡は前のとは違う、って事かしらね。」
    鏡?
    レグランドは驚愕した。
    と同時に、納得もした。
     
    あの王の突然の狂乱が、話に聞いた “魔法の鏡” のせいならば
    すべての理由がわかる。
    が、目の前の王が呆けているのは、確かに不可解である。
     
     
    「鏡にも話し掛けてみたけど、無反応なのよ。」
    黒雪が掛かっていた布を取る。
     
    「私が来る前に、そんな危ない事をしたんですか!」
    怒る王子に、ノホホンと黒雪が答える。
    「お話だけよ、お・は・な・し。」
     
    「鏡が相手でも妬きますよ、私は!」
    その言葉がツボに入ったのか
    王子の背中をバシバシ叩きながら、黒雪が笑う。
    「あはは、あなたもだいぶ面白くなったじゃないの。」
     
     
    ふたりの気の抜けたやり取りに、少しホッとするレグランド。
    ふと横を見ると、ファフェイがこっちを見ている。
    「おぬしは良い部下であるな。」
    「・・・何を言ってるんだ?」
     
    事もなげに、ふん、と顔を背けたレグランドだったが
    ファフェイに見抜かれている気がして、内心イライラさせられる。
     
     
    「さあ、“これ” をどうしましょうかね?」
    王子の迷いに、黒雪がサラッと言う。
    「もちろん割るわよ。
     南斗水鳥拳は使わないけど。」
     
    「やはり割りますか・・・。」
    「もーーーっ、家宝にでもしたいわけ?
     ウダウダ言ってないで、とっとと心の準備をしてよ。」
     
    黒雪が壁や床をドカドカ蹴る、例のカウントダウンを始めそうなので
    王子が慌てて、ファフェイとレグランドに言う。
     
    「では、どっかに飛ばされるかも知れないし
     突然目の前に魔物が現れるかも知れませんが・・・」
    「いずれにしても、敵は殺るだけ! 以上!
     さあ、いくわよ!」
     
    王子のモタつく演説をさえぎった黒雪が
    鏡に向かって、正拳突きをかました。
     
     
     続く 
     
     
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  • 黒雪伝説・王の乱 17

    「ああ、王子さま、お待ちしておりました。」
    レグランドとクレンネルのふたりが城門前で王子を出迎えた。
    「あら? 黒雪さまは?」
     
    「奥さまは待機中です。
     さあ、城の者たちが心配している事でしょう
     急いで事態の収拾を図りましょう。」
     
    あの黒雪さまが大人しく待機・・・?
    違和感を感じたレグランドだったが
    王子の後に付いて、城内に入った。
     
     
    「皆さん、心配をお掛けしました。
     今から父上と話し合いを始めますので
     あと数日間だけ、このまま待っていてください。」
     
    王子の言葉に、城内にいた者は全員、安堵した表情になった。
    「大丈夫です、ちゃんと話せば誤解は解けます。
     親子ですから。」
    王子がこう叫ぶと、拍手が湧き起こった。
     
    王子はデラ・マッチョふたりを伴い
    王の居室の方へと向かった。
     
     
    王の部屋のドアの前では、執事が待っていた。
    「おお、王子さま、よくぞご無事で。」
    レグランドには、その言葉が何故か
    心がこもっていないような響きに聴こえる。
     
    あたし、この執事殿はどうも信用できないかも・・・
    レグランドの視線に、執事がふと振り向く。
    ドキッとしたが、うろたえないよう取り繕ったレグランドに
    執事はニッコリと微笑んだ。
     
    その瞬間、レグランドはゾッとした。
    どうしよう、こいつ絶対にヤバい!
    でも王子さまの腹心なんだよね?
    じゃあ、王子さまもヤバいヤツって事?
     
    ・・・黒雪さま!
    何で黒雪さまがここにいないんだ?
    ああ、どうしよう、黒雪さまも騙されているんじゃ?
     
     
    必死に無表情を装うレグランドを尻目に
    王子がデラ・マッチョに言った。
    「クレンネルは、ここで番をしてください。
     レグランドは私と一緒に中へ。」
     
    そして、小声でクレンネルにボソボソと細かく指示を出す。
    「はい。」
    クレンネルは敬礼をした。
     
    「父上、私です。 あなたの息子です。
     入りますよ。」
    王子がノックをして声をかける。
     
     
    レグランドは、すぐさま黒雪を探しに行きたかったが
    時すでに遅し。
     
    ドアがギイイとゆっくり開く。
     
     
     続く 
     
     
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  • 黒雪伝説・王の乱 16

    「ほら、黒雪、デザートよ。」
    継母がリンゴのバター焼きを差し入れする。
     
    黒雪は目の前に置かれた皿をマジマジと見つめる。
    そういえば “あの時” も、この継母はリンゴを持ってきた。
     
    「ほほほ、今度は毒なんて入れてないわよ。」
    察しの良い継母に、黒雪が不思議そうに訊く。
    「何故いつもリンゴを持ってくるんですの?」
     
    「あなたの好物だからよ!」
    継母が呆れ顔をすると、黒雪は え? という表情をする。
     
     
    「リンゴ、好物じゃないの?」
    「と言うか、むしろ苦手ですわ。
     何故そのような勘違いをなさってらっしゃいますの?」
    「え・・・、王室便りのあなたのプロフィールに・・・」
     
    そこまで聞くと、黒雪は爆笑した。
    「お継母さまーーー、あれを信じてらっしゃったのね。
     あれは国民への広告だから、“編集” してありますのよ。
     意外なところで純粋でしたのねーーーっ、あははははは」
     
     
    ムッとしている継母に、黒雪が調子こく。
    「今度から、私の本当の好物を持ってきてくださいませね。
     そしたら毒入りだろうが何だろうが、ペロリですわよ。」
     
    「あなたの本当の好物って何なの?」
    「サキイカですわ。」
    「それをアンケートに書いたの?」
    「もちろん!」
     
    継母は黒雪の頭を、扇子でフルスイング殴打した。
    「そんな事ばかり書いてるから、編集されるのよ!!!」
     
    王子が好奇心で、つい口を挟む。
    「で、王国便りは編集されてるのですか?」
    「多分、黒雪のだけだと思いますわ。
     だって、王やあたくしや、他の子供たちのは
     そのまま載っていますからね。
     このバカ女が、姫としてふさわしくないトンチンカンな事を書くから
     余計な編集をされたのよ。」
     
     
    頭を抱えてうずくまる黒雪が、涙ぐみながら怒鳴る。
    「でも、その編集のお陰で
     どっかのクソババアの毒入りリンゴを食わずに済んだのに!」
     
    それを言われると弱い継母。
    言葉に詰まっているところに、王子が助け舟を出す。
    「まあ、あの事件がなければ、私とあなたは出会えなかったし
     今こうして無事なのですから、結果オーライですよ。」
     
    せっかくの王子のフォローも、台無しにする黒雪。
    皿の上のリンゴの薄切りをつまみ上げて、更に非難をする。
    「しかもバター焼きって、冷えると脂分が固まって最悪なのに
     調理場から離れた、しかも寒い荒野という状況で
     何故これを持ってこよう、と思うんですの?」
     
    正論が正義とは限らない。
    継母と王子が、同時に黒雪にゲンコを喰らわした。
     
     
    「王妃さま・・・。」
    継母の従者が、望遠鏡を差し出す。
    それを覗き込む継母。
     
    「あの煙は何なのですか?」
    王子も自分の望遠鏡で、継母の見ている方向を見る。
     
    「あれは、東国王族専用の暗号、“ノロシ” よ。」
    黒雪が隣で、地ベタにあぐら座りをして
    あんだけ文句を言ってたリンゴのバター焼きを食いながら答える。
     
     
    「黒雪、ファフェイからお呼びが掛かったわよ。
     さっさと行きなさい。」
    「お継母さまは?」
    「あたくしは、ここで待ってるわ。」
     
    「ええーーー、コトが終わったら、またここに来なきゃいけないのー?」
    「別に来る必要はないわよ。
     あたくしは、ここにエステに来ているのだし。」
     
    ふん、と、ほくそ笑む継母を、黒雪は睨んだ。
    ほんと、食えないババアだわ・・・。
     
     
    王子と黒雪が去った数日後、継母は従者に言った。
    「さあ、そろそろ、お茶をしに出掛けるわよ。」
     
     
     続く 
     
     
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