カテゴリー: 継母伝説・二番目の恋

  • 継母伝説・二番目の恋 27

    東国全体が、祭に向けてソワソワしていた。
     
    年間を通して、いくつかの大きな祭や行事があるのだが
    五穀豊穣を願う春の大祭と、実りを神に感謝する秋の大祭は
    数日間に渡って開催される、大きな祭である。
     
    国中の神殿では、神官による祈りが捧げられ
    宮廷でも、王を筆頭に大神官たちによる神事が行われる。
     
     
    だが皆の楽しみは、祭の夜のパーティーであった。
    宮廷では毎年、仮装パーティーが開かれる。
     
    宗教心の薄い東国ならではだが
    祭期間中の主役は神なので、人間は神の下において平等
    とか何とか理由をつけて、要するに普段は規律の乱れに繋がる
    と敬遠される、無礼講の身分隠し夜会を
    この機会にやっちゃおう、という腹なのだ。
     
     
    ここに浮かれていられない女性がひとり。
     
    パーティーにうつつをぬかしていられるなんて、羨ましい限りだわ!
    そうイラ立つ公爵家の娘は、たとえヒマでもあっても
    パーティーは情報収集の場、としか考えない性格であった。
     
     
    王妃の部屋に入ると、ティレー伯爵夫人が待ち侘びていた。
    「ああ、姫さま、お忙しいところを申し訳ございません。」
    爪の先まで優雅にお辞儀をするこの伯爵夫人は、王妃の行儀指導の係である。
     
    「いいえ、大丈夫ですわ。
     何かトラブルでも?」
    一応は訊いたものの、公爵家の娘には事情は読めていた。
     
    王妃も王に付き添って、神事をせねばならないのだ。
    秋の大祭の一連の行事を、あの王妃が覚えられるわけがない。
     
    やはり、王妃の役目をあたくしも覚えて
    ティレー夫人とふたりで教え込まなくては・・・
    公爵家の娘の忙しさは、本来ならば王妃が取り仕切る
    祭事の準備を肩代わりしているためで
    ここにきて、王妃のせいで更に仕事が増える事を覚悟した。
     
    ところが、事態はその予想の脇をかすめて
    はるか彼方まで外れていっていたのである。
     
     
    「・・・・・・・・・・・」
    泣きべそをかいて立ち尽くす王妃の前に行った公爵家の娘は
    かける言葉を見つけられずにいた。
     
    秋の神事の際の王妃が着る衣装は
    母なる大地を表わす暖かいブラウンカラーの生地に
    金糸で豊穣のシンボルの穂が描かれている。
     
    茶色いドレスを黒い肌の王妃が着ると、まるで泥人形であった。
    その姿は、似合う似合わないを通り越して
    哀れすら感じるほど、不恰好であった。
     
    このような姿で国民の前に出たら、益々王妃への不満が噴出しかねない。
    いまや、“王に愛される美しさ” だけが取り得として
    渋々と容認されている立場だからである。
     
    バカなお方だから、そういう国民感情を理解していて
    この衣装を嫌がってるわけではないのだろうけど
    これを嫌がるのは、“我がまま” とは言えないわよね・・・
    公爵家の娘は、さすがに王妃に同情をした。
     
     
    「いかがいたしましょう?」
    ティレー夫人が、公爵家の娘に耳打ちをする。
     
    「この衣装は、ただのドレスではなく
     “祈り” の道具のひとつ、という位置づけがございますので
     色やデザインを変える事は許されない事だそうです。」
     
    ティレー夫人の説明に、公爵家の娘は途方に暮れた。
    「だけど王妃さまは、この衣装で国民の前にお出になるのですよね?」
    「はい・・・。」
     
     
    「急ぎ、王さまと大神官さまに相談いたしますわ。
     王妃さまを、左端の窓辺に立たせておいてください。」
    公爵家の娘がドアに向かおうとすると、その腕に王妃がしがみついてきた。
     
    その目には、公爵家の娘に対する怯えと甘えが混在している。
    公爵家の娘は、王妃のこの眼差しが大嫌いであった。
     
    「・・・・・・、心配なさらないで。
     あたくし、いえ、王さまが必ずどうにかしてくださいます。」
     
     
    公爵家の娘は、王妃の手をほどいて部屋から出て行った。
    ティレー夫人は、公爵家の娘の言い直しを聞き逃さなかった。
     
    「さあ、王妃さま、姫さまが何とかしてくださいますから
     待っている間、少しでも祝典の流れを覚えておきましょうね。」
     
    王妃はその言葉に、素直に従った。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 26

    公爵家の娘の召使いは、補充が簡単であった。
    この国一番の貴族の娘だからだ。
    しかも王の寵姫の上に、ヤリ手である。
     
    公爵家の娘が王妃に差し出した召使いたちが、若い女性ばかりだったのは
    “王妃付き” という事で箔がついて
    より良い家に嫁げるようにであった。
     
    通常はそうなので、公爵家の娘は今回もそうだと思い込んだ。
    しかし表向きの結果は、王妃侮辱罪で処刑。
    幸いと言って良いのか、“今回” は実家にまでは咎めはなかったが
    彼女らの人生を狂わせたのには違いない。
     
    ほんの一瞬の判断の狂いが、ひとつの家系を潰す事に繋がりかねない。
    公爵家の娘は、今回はより慎重になった。
     
     
    「おまえたちはチェルニ男爵領から来た召使いたちと
     仲良く交流が出来るかしら?」
     
    公爵家の娘の問いに、召使いたちは快い返事をした。
    「はい、もちろんです。
     そのような、遠くの領地から来た人たちには
     親切にして差し上げるべきですわ。」
     
    その気持ちを、似た境遇の王妃にも持ってくれれば良いのだが
    彼女たちが優しいのは、同じ召使い同士間での事である。
    身分が高くなるほど、要求される事も多くなるので
    義務をひとつも果たしていない現王妃をかばう事は出来ない。
     
     
    公爵家の娘は、溜め息を付きそうになったのを
    扇で隠しながら、命じた。
    「・・・では、新しく来た王妃さま付きの召使いたちに
     “ここ” での慣習を教えてあげなさい。
     彼女たちの働きぶりの報告もしてちょうだい。」
     
    はい、と元気良く返事をする召使いたちを、公爵家の娘は見据えた。
    「あたくしの希望は、今度は叶えられるのかしら?」
     
    召使いたちは、は、はい、と重ねて返事をする。
    公爵家の娘は召使いたちを睨んで、持っていた扇を閉じ
    その先で自分の首をゆっくりと斜めになぞった。
     
     
    召使いたちはゾッとしたが、心配はしていなかった。
    処刑された召使いたちの両親は、公爵家から莫大な見舞金を渡され
    次々に西国へと旅行に行っている、という噂を聞いたからである。
     
    これが、公爵家の召使いの間だけでの噂に終わったのは
    それを聞いた者全員が何となく、外に漏らしてはいけない
    と感じ、実際に口を閉じたからである。
     
    どこの家にも秘密はある。
     
     
    さあ、これで王妃の世話の件は片付いた。
    あたくしは社交、社交、と。
    公爵家の娘は、いつもの夜会だけではなく
    昼食会にも熱心に顔を出し始めた。
     
    「あら、姫さま、今日はおひとりですの?
     ごゆっくりできますわね。」
     
    皆が掛けてくれる言葉に、公爵家の娘のこめかみに青筋が立った。
    ・・・そうなのよ、いつもあの人見知りの王妃がくっついてきて
    しかも、ほとんど食事をせず口も利かず
    ただそこに “いる” だけなので
    あたくしは自由に社交が出来ないんだわ。
     
     
    公爵家の娘は、華やかに談笑しつつも
    あたりをそれとなく見回した。
     
    一見したら、無造作にバラけているようでも
    “グループ” というのが垣間見える。
     
    無秩序な集団というのは、存在なしえないのである。
    それを探すには、距離感やアイコンタクト、真顔になる等の
    一瞬の親しみを見抜かねばならない。
     
     
    公爵家の娘は、ベイエル伯爵の交友関係を探っていた。
    “家” が悪事を働いていなくても
    悪い “付き合い” があるかも知れないですものね。
     
    公爵家の娘の頭の中には、ベイエル伯爵家が
    “清廉潔白” という可能性は、まったくなかった。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 25

    宮廷の資料室は広大である。
    入り口には常に司書が待機しているし、いつも誰かが出入りをしている。
    しかし、その奥の歴史室に用がある者はあまりいない。
     
    なのに、その者はすぐに現れた。
    「わたくしを思い出していただけて光栄です。」
     
     
    公爵家の娘は、振り向きもしない。
    「あたくしが、いつそなたを呼んだと?」
     
    「中央廊下は遠回りでございましょう。
     わたくしに御用の際は、書類でも手に
     ひと気のない場所においでになってくだされば
     いついかなる時も、速やかに馳せ参じましょう。」
     
    無表情で振り向いた公爵家の娘の靴に
    チェルニ男爵が口付ける。
    「お望みを何なりと。」
     
     
    「王妃の召使いが欲しい。」
     
    片膝をついて頭を下げたままのチェルニ男爵が微笑んだのは
    公爵家の娘には見えなかったが
    命じる側は、命じられる側の反応など気にしない。
     
    「かしこまりました。
     では、至急わたくしの領地の資格ある者を
     何人か選んで呼び寄せましょう。」
     
     
    その提案に、公爵家の娘は満足した。
    男爵領は、東国の北西の辺境の地にある。
     
    宮廷に上がる可能性のない、田舎の弱小貴族の領地の良家なら
    “あの” 王妃への忠誠心も、持てるかも知れない。
     
    チェルニ男爵の言う “資格” とは
    とりあえず貴族の称号を持つ娘、という意味なので
    身分の体裁も保てるというもの。
     
     
    果たして、来た娘たちは垢抜けてはいなかったが
    期待通りによく働いてくれた。
     
    田舎者の召使いという事もあり、宮廷のしきたりに慣れておらず
    大部分の事は、公爵家の娘が指示を出さないといけなかったが
    王妃も、今までの気位の高い召使いに対するよりは
    その朴とつさに、恐怖心が和らいだのか
    少しは用事を “お願い” 出来るようである。
     
     
    王妃の部屋の暖炉には、火が入った。
    東国中央地方の首都近辺の生まれの公爵家の娘でさえ
    少々ちゅうちょする暑さの部屋で
    寒い北西の地から来た召使いたちは、汗だくである。
    それでも不満を表さずに動き回ってくれた。
     
    ・・・これは確かに、通常の召使いでは勤まらないでしょうね
    ムワッとする室温に、公爵家の娘はウンザリした。
    しかし、王妃の風邪は治った。
     
     
    チェルニ男爵とやら、さすが王が信頼するだけあって
    申し分のない働きをしてくれる。
     
    公爵家の娘は、王妃の部屋のチェックを早々に切り上げ
    汗が吹き出た顔を、扇でバサバサと扇ぎながら自室へと戻った。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 24

    「何だと?」
    王妃が気分が悪いとふせっている、という報告を受けた公爵家の娘は
    口元を閉じた扇でトントンと叩きながら考え込んだ。
     
    そういえば最近、食欲がなかったみたいだし
    以前にも増して、部屋からも出たがらなくなっている。
    これは・・・・・
     
    ようやくの懐妊かも!!!
     
    だったら、あたくしの役目もあと少し!
    公爵家の娘は、笑みを噛み殺しながらも
    期待に満ち溢れて、王妃の寝室へと急いだ。
     
     
    寝室には、グッタリしている王妃だけ。
    「侍医は呼んだのか?」
     
    廊下に居並ぶ召使いに訊くと、頭を下げながらもお互いの顔を確認し合い
    その内のひとりが、か細い声で答える。
    「い、いえ、まず姫さまにお伺いをと・・・」
     
    公爵家の娘は怒らなかった。
    身篭っているかも知れない王妃を、怯えさせたくなかったからである。
    出来るだけ、普通の口調で支持を出す。
    「・・・侍医を呼べ。」
     
     
    程なくして、侍医がやってきた。
    公爵家の娘は召使いを残し、自分は隣室の王妃の居間で待機した。
    侍医の後ろでソワソワするのが嫌だったからである。
     
    王妃の部屋は、相変わらず手入れが行き届いていない。
    あの処刑以来、王妃の召使いはなり手が見つからずにいて
    公爵家の娘がその都度、自分の召使いに指示を出す
    という有り様である。
     
     
    召使い、と言っても、王族クラスの身分の側仕えともなると
    国内の下流貴族の子女が召使い長になり
    身元のしっかりした家の、教養のある子女が仕えるのである。
     
    王族や大貴族クラスでなくとも、貴族の召使い、というのは
    給金も良いし、家柄や身分の保証にもなる。
    “行儀見習い” としての側面もあるので
    真面目に勤めていれば、男女ともに良い縁談話も舞い込んで来る。
     
    平民にとってはエリートコースであり、そのプライドも生半可なものではない。
    大国・東国の宮廷勤め、ともなると、他国の田舎姫など鼻で笑う勢いである。
     
    あたくしの、あの召使いたちも上級平民たちだった・・・。
    公爵家の娘は、王妃のための犠牲を悔いていた。
     
     
    飾り窓の桟に積もったホコリを眺めていると
    意外にも早く、侍医が戻って来た。
     
    「王妃さまのお具合はいかに?」
    公爵家の娘の問いに、侍医が答えにくそうにしたのは
    侍医もまた、懐妊を期待していたからであろう。
    「・・・お風邪を召されたようですな・・・。」
     
    また?
     
    公爵家の娘は、思わず叫びそうになった。
    まだ、木の葉の色付きもまばらな時期である。
     
    ハッ、と振り向くと、暖炉は火が入った形跡がない。
    東国では、まだ暖房は入れる季節ではない。
    しかも、ここのところ暖かかったので
    公爵家の娘も、王妃の部屋の暖房の事を忘れていた。
     
    南国出身の王妃は、やはりこの気候でも寒いのかも知れない。
    しかしそんな王妃を思いやる召使いは、ここにはいない。
     
    召使いに厳しく押し付けて、言う事を聞かせるのは
    本来なら伝統に反する事なので、もうやりたくない。
    “進んで仕えられる人” になるのが、上流の義務なのだ。
     
     
    どうしたものか・・・
    自室でソファーに座って考え込んでいた公爵家の娘は
    思うところがあったのか、おもむろに立ち上がった。
     
    そして机の上の書類を適当に掴み、腕に抱えて
    人通りの多い中央廊下を通り、資料室へと向かった。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 23

    城の図書室には、全国の貴族の歴史の記録が置いてある。
    その記録を随時更新するのは、貴族の義務である。
     
    だがどの家も、当然ながら自分に都合の良い歴史しか残さない。
    そこで東国の歴史書と合わせて調べるのが、正しい方法であった。
     
     
    公爵家の娘は、ベイエル伯爵家の歴史を紐解いた。
    納税記録には不審な点は見当たらない。
    ベイエル伯爵家は、実に正しい維持がなされていた。
     
    これは清廉潔白そのものな家ね、だけど・・・
    公爵家の娘は、“公爵家” としての教育を受けていた。
    秘密を持ちたければ、疑われないようにしろ、と。
     
    つまりきれいであればあるほど何かを隠している、という事。
    ここまで “何もない” のは、逆に怪しいのよね・・・
    公爵家の娘は迷った末に、基本に立ち戻る事にした。
     
     
    “基本に立ち戻る”
     
    貴族の基本は “社交” である。
    貴族たちが宮廷に集うのは、国王の下において
    各々が持つ役職を遂行して、国の運営をするためでもあるが
    自分の家を有利に維持していくために
    他の貴族たちとの交流が必要不可欠であるからだ。
     
    領地に引きこもって、その交流をすると
    陰でコソコソと反乱を企てている、と思われかねない。
    よって貴族たちは王の目の届く宮廷で、堂々と社交をせねばならない。
     
     
    それは王族も同じ事。
    王や王妃も、社交で貴族たちの心を掴み
    また、動向を見張るのである。
     
    現王妃は、それがまったく出来なかった。
    あの召使いたちの処分の件で
    “王妃の振る舞い” というのを学ぶべきだったのだけど
    逆に王妃は口を利かなくなり、内にこもってしまった。
     
    あたくしの召使いたちは、ムダ死にしたようなものね・・・
    公爵家の娘は、王妃の反応の悪さにイライラさせられた。
     
     
    今日も公爵家の娘が、華やかに談笑をしている後ろで
    王妃が公爵家の娘の背中に張りついている。
     
    最初は言葉がわからないのだ、と黙認されたけど
    次第に周囲の目は、王妃への軽蔑へと変わっていった。
    ふたりがいても、皆、公爵家の娘にしか挨拶をしない。
     
    それは公爵家の娘にとっても、喜ばしい事ではなかった。
    いつも王妃がベッタリだと、動く範囲や喋る内容が限られてしまう。
    そして何より、王妃ひとりの教育も出来ないのか、と思われる。
     
    王妃にひとり立ちしてもらわないと
    “お友達” である、公爵家の娘が無能だと思われるのである。
     
    なので王は、公爵家の娘を “お友達” から
    “側室” へと格上げしたのだろうが
    王妃があまりにも、公爵家の娘にしか懐かないので
    この状況をどう打開したら良いのか、誰もが困惑していた。
     
     
    側室である公爵家の娘が、公務をこなしてくれるのなら
    元々、次期王妃になる、と世間に思われていた姫だし
    使えない王妃は、そのままお飾りで良いではないか
    と、ほとんどの者が考えていたが
    それを歓迎しない一派も存在している。
     
    その筆頭が、ベイエル伯爵家である。
    公爵家の娘が王妃になれなかったのは喜ばしい事であったが
    消えずに王の側にいる。
    しかも汚らわしい土人の王妃を従えて、権力を伸ばしている。
     
    何とか策を講じて、一時的に公爵を西国に足止め出来たのは良いけど
    その間に、公爵家の娘を何とかせねば
    公爵家と敵対している身としては、立場が危ぶまれるのだ。
     
     
    公爵家の娘は、大体の構図はこういうものかしらね、と
    グラスを交わす人々を見ながら、考えをまとめた。
     
    召使いの件以来、あたくしを嫌う者も増えたかも知れない。
    残酷に近い威厳は、統治者としては当然の資質であるけれど
    あの事件を傍観しているほど、ベイエル伯爵が無能だとは思えない。
    隙あらば、自分の “益” にしようと画策してるはず。
     
     
    ふと王に目が行く。
    目立った人の輪は、王とベイエル伯爵の2つに分かれている。
     
    そう言えば、ベイエル伯爵は王に追随しない。
    公爵家と仲が悪いのなら、王族と組するべきなのに。
    王族も公爵家も敵に回して、勝ち目があるのかしら・・・?
    公爵家の娘は、ベイエル伯爵の真意を測りかねた。
     
     
    あら・・・?
    公爵家の娘は、ふとある事に気付いた。
     
    が、それは王妃によって、かき消された。
    王妃のお腹が鳴ったのである。
     
    「夕食はお食べになりましたの?」
    公爵家の娘の問いに、王妃はうつむいて黙っている。
     
    返事も出来ないぐらいにあたくしが恐いのなら、離れていれば良いのに
    本当に、この娘にはイラつかされる・・・
    公爵家の娘は、召使いを目で呼んだ。
    「刻んだフルーツと、オレンジジュースとグラスを。」
     
    「・・・? はい。」
    召使いはわけがわからなかったが、“あの” 公爵家の娘の命令である。
    とにかく、急ぎ厨房へと走った。
     
     
    公爵家の娘は、用意されたグラスにフルーツを盛る。
    「わ、わたくしどもが致しますから。」
    慌てる召使いに言う。
    「よい。
     これぐらい大した事ではない。」
     
    最後にグラスの中のフルーツに、オレンジジュースをかけて
    フォークと共に、スッと王妃に渡した。
    「これなら、お食べになれるでしょう?」
     
    思いがけないデザートに、王妃はオドオドしつつも笑顔になった。
    その顔を見て、公爵家の娘は気分が悪くなった。
     
     
    「あたくし、少々疲れましたので
     今日は失礼させていただきますわ。」
    グラスのフルーツをパクついている王妃にそう伝えると
    横に控えている召使いに言った。
    「今度から、王妃さまの食卓には
     ジュース数種類とフルーツを用意するように。」
     
    部屋に戻るために振り向くと
    貴族たちが驚いた表情で、こっちを見ていた。
     
    しまった、あたくし自らが給仕をするなど失態だわ!
    公爵家の娘が後悔した通り、人々は驚いていたが
    その理由は、公爵家の娘が意外に甲斐甲斐しかったからである。
     
     
    こういう優しさは、身分の高い者にとっては長所にはならない。
    しかし公爵家の娘は、普段の厳しい言動の上
    召使い皆殺しの直後だったので、この “愚行” はプラスに働いた。
     
    「あの王妃が懐くだけの事はある」
    貴族たちは、そう納得させられたのである。
     
     
     続く 
     
     
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          継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4 
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  • 継母伝説・二番目の恋 22

    宮廷では、召使いの処刑の噂が広まっていた。
    ありがちな尾ヒレが付いていたのは、言うまでもない。
    公爵家の娘は、この件によって残虐さを恐れられるようになる。
     
     
    「海千山千の貴族が跋扈 (ばっこ) するこの宮廷で
     おひとりでは限界がございます。」
    公爵家の娘に声を掛けたのは、ひとりの中年貴族である。
     
    公爵家の娘には、その男性への見覚えがない。
    「そなたは?」
     
    「失礼いたしました。
     わたくしはチェルニ男爵と申します。
     長男が成人しましたので、領地を任せて
     この度、宮廷に上がらせていただく事になりました。」
     
     
    チェルニ男爵・・・、聞いた事がない。
    あたくしが知らぬレベルの国内の貴族が、宮廷に上がれるとは解せない。
     
    いぶかしんだ公爵家の娘は、その夜も寝室を通る王に訊ねた。
    「チェルニ男爵なる者をご存知でしょうか?」
     
    王の答は意外なものだった。
    「現チェルニ男爵の母親は、わしの乳母だ。
     現チェルニ男爵の末の弟とわしは、乳兄弟なのだ。
     代々、王の馬番をしていた家系の夫の妻に
     乳母としての身分を与えるために
     当事、跡継ぎが絶えていた小さな男爵領を与えたのだ。」
     
     
    「そうだったのですか・・・。」
    それでは、公爵家の娘が知らないのも無理はない。
     
    「その後、あの者が長男だったので男爵家を継ぎ
     結婚して跡継ぎを作ったが、奥は病気で亡くなってな。
     貧乏貴族なので、男手で子供たちを育てていたから
     今まで宮廷に顔を出せなかったのだ。」
     
     
    「よくわかりましたわ。
     ご説明を、ありがとうございます。」
    公爵家の娘が礼を言うと、王がつぶやいた。
     
    「あの者、何かと役に立つ。
     辺境の領土で、貧しいながらも幸せに暮らしていたので
     呼び寄せるつもりはなかったのだがな。」
     
    え?
    公爵家の娘が思わず顔を上げた時には、ドアは閉まっていた。
     
     
    公爵家の娘が資料室の奥で書類を探していると、背後で声がした。
    「お探しの書類なら、ここに。」
     
    受け取った書類は、確かに公爵家の娘が探していたもの。
    「何故あたくしが、貴族の税収を調べていると?」
    チェルニ男爵は、頭を下げたまま答えた。
     
    「今のあなたさまが真っ先になさりたいのは
     ベイエル伯爵を潰す事だからです。」
     
     
    宮廷での貴族たちの遊興費等は、基本的には王家が持つ。
    しかし城下町での邸宅の賃貸料や維持費、滞在費、使用人たちへの給料
    流行に合わせた、宮廷に  “ふさわしい” 高価な衣装代などを
    捻出し続けられる貴族は少ない。
     
    だから多くの貴族は、イベント時などに短期間の滞在しか出来ない。
    貧乏な新興貴族であるチェルニ男爵家にも、そのような財力はない。
     
    と言う事は、王がそれをすべて出している、という事。
    そこまでして呼び寄せた理由が、この一瞬でわかった気がした。
     
     
    公爵家の娘が、冷たい表情を崩さないまま訊く。
    「そなたがしたい事は?」
     
    「あなたさまのお手伝いです。」
    チェルニ男爵はひざまずいて、公爵家の娘の靴に口付けた。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 21

    王が公爵家の娘の寝室に入って来た。
    公爵家の娘はお辞儀をして迎える。
    いつもなら、王は無言で隣の部屋へと続くドアに向かう。
     
    しかし、その夜の王は、公爵家の娘の前を通り過ぎた後に立ち止まった。
    「話は聞いたぞ。」
     
    「・・・申し訳ございません。
     焦るあまりの、あたくしの失態です・・・。」
    「いや、構わぬ。
     そなたの思う通りにやって良い。」
     
     
    公爵家の娘は少しとまどったが、思い切って口にした。
    「では、件の者たちの処理は
     あたくしに任せていただけますでしょうか?」
     
    王は即答した。
    「うむ。 そなたの昔からの召使いたちだからな。」
    「ご存知でしたか・・・。」
     
     
    「王妃は泣き暮らしておる。」
    「・・・申し訳ございません・・・。」
    「そなたが口にしているその肉も、元は命ある生き物なのだと言ったら
     野菜しか食べなくなってしまった。」
     
    王は笑ったが、公爵家の娘は胸が押さえ付けられたように息が苦しくなった。
    「・・・お綺麗なお方で・・・。」
    やっと発した言葉に、王は無言だった。
     
     
    お辞儀をしたままの公爵家の娘の瞳から、じゅうたんに零れ落ちた雫の音が
    背中を向けた王に聞こえるはずもない。
    ドレスを摘まむ手の震えが、見えるはずもない。
     
    無言で立ち止まっている王の足に
    少し力が入ったのがわかった公爵家の娘は
    お願い、振り向かないで! と、目をギュッとつぶって祈った。
     
     
    どれだけの時間、そうしていたのだろう。
    「そなたに望みがあるのなら何事も叶える、と誓おう。」
     
    それだけを言うと、王は公爵家の娘の返事を待たずに
    ドアの向こうへと消えていった。
     
    公爵家の娘はしばらくお辞儀をしたまま、ただ足元を眺めていた。
    頬には次々に涙が伝う。
    その理由は、公爵家の娘にもわからなかった。
     
     
    静まり返った夜中。
    公爵家の娘はソッと起き上がる。
     
    ドアを開けると、従者が既に待機していた。
    見回りの兵の死角をたどりながら、地下の牢へと急ぐ。
     
     
    「姫さま!」
    牢の中の召使いたちの驚きを、シッと制す。
     
    「おまえたちは明日の早朝には、刑務場へと移され
     数日のち、断首される。
     だから今宵しか逃げる時間はない。
     この手紙を持って、西国に滞在しているあたくしの父の元へお行き。
     長年仕えてくれたおまえたちを、悪いようにはしないから。」
     
    「姫さま・・・。」
    「さあ、早く。
     この者がおまえたちを案内してくれる。」
     
    立ち去ろうとする公爵家の娘を、召使いのひとりが追いすがる。
    「姫さま・・・、どうして・・・。」
     
     
    公爵家の娘は、足を止める事もしなかった。
    「個人のプライドなど、国の存亡に比べたら
     取るに足らないものだというのを
     あたくしは幼い頃から学んできたのよ。」
     
    その口調は、激しくもなく穏やかでもなく
    単なる挨拶のような、普通の言葉を発している口調であった。
     
    召使いたちは、泣き崩れた。
    この国で一番、王妃にふさわしいお方が
    陰でこのように動くしかないなんて・・・。
     
    公爵家の娘は、さっさと立ち去った。
    別れの言葉もなかった。
     
     
    後日、召使いたちの処刑が決行された。
    拷問によって喉を潰された女の囚人たちを身代わりに。
     
    どれだけの暴力を受けたのか
    誰とも見分けが付かなくなった、その腫れ上がった顔に
    人々は公爵家の娘の権力の大きさを知った。
    恐怖とともに。
     
     
    公爵家の娘の召使いたちは各々、父公爵の計らいで
    公爵家と懇意の西国の有力貴族の家に入った。
     
    どこの家にも娘がいたが
    “東国の王妃の元召使い” たちの、“私の姫さま” は
    生涯ただひとりであった。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 20

    公爵家の娘は、王妃を激しく憎む自分を自覚した。
    しかしそれは、かえって “仕事” をやりやすくした。
    公爵家の娘は以前にも増して、王妃に厳しく接した。
     
     
    突然、王妃の部屋のドアが開く。
    現れたのは、公爵家の娘である。
     
    「王妃さま、ご無礼をお許しくださいませ。
     ですが、前触れなしでないと、抜き打ちになりませぬもので。」
    公爵家の娘は王妃に向かって、うやうやしく儀礼的なお辞儀をした。
     
    そして、部屋の中を歩き回る。
    王妃付きの召使いたちが、騒ぎを聞きつけて慌てて集まってくる。
     
    公爵家の娘は、天井の隅まで眺めながらゆっくりと歩く。
    高級な靴の音が、コツ・・・コツ・・・と響く。
     
     
    最後に王妃の前に立ち、王妃のドレスの襟を指でなぞる。
    「この季節にこの生地は、少々薄いですわね。
     王妃さま、お寒くございません?」
     
    王妃は、公爵家の娘の一連の言動のわけがわからず
    ウカツな返事をしてしまった。
     
    「あ・・・、うん、ちょっと寒い。」
     
     
    公爵家の娘がガッと振り向いて怒鳴った。
    「部屋係長、暖房係長、衣装係長、前へ!」
     
    おずおずと一歩を踏み出した3人の前に
    仁王立ちになった公爵家の娘が叫ぶ。
     
    「カーテンのドレープが乱れておる!
     生けた花が枯れかけておる!
     テーブルに指の跡が付いておる!
     ドアの浮き彫りにツヤがない!
     暖炉に灰が積もっておらぬ!
     暖炉の薪が湿っておる!
     暖炉に火を入れた形跡がない!
     王妃さまのこのドレスを見るのは2回目!
     王妃さまのドレスは1度着たら下げるのがしきたり!
     そしてこの生地は今の季節にはそぐわぬ!」
     
    大声で矢継ぎ早に指摘する公爵家の娘に
    召使いたちどころか、王妃も縮み上がる。
     
     
    「あたくしの命じた事を忘れたか!」
    その言葉に、衣装係長が唇を噛み締め、頭を下げた。
     
    「恐れながら、申し上げたい事がございます。」
    公爵家の娘は、冷徹な瞳で無言で見下ろす。
     
    「私どもは高貴なお方にお仕えするために、ここにおります。
     姫さま、あなたさまのようなお方にお仕えするためなのです。
     私どもにもプライドがあります。
     
     ・・・土人の娘に使われたくありません!」
     
     
    公爵家の娘の顔色が、サーッと変わった。
    その直後、髪が逆立つほどの激昂をし
    持っていた扇子を、召使いに投げつけた。
     
    「この、たわけ者がーーーっ!!!!!
     おまえは、あたくしの命令を聞かなかっただけではなく
     王妃さまを侮辱したのであるぞ!
     それは引いては、王さまへの侮辱!
     すなわち王国への反逆じゃ!!!
     忠告通り、首を跳ねてくれるわ!
     衛兵、この者たちを牢へ!」
     
    「待って!」
    王妃が公爵家の娘に取りすがった。
    「あたし、寒くない あたし、大丈夫
     だから、その人たち、助けて!」
     
     
    公爵家の娘は、侮蔑の笑いを浮かべながら
    自分にしがみつく王妃の手を取って、つき離した。
     
    「・・・王妃さま、何を善人ぶっていらっしゃるの?
     あたくしは何度も何度も教えて差し上げましたわよね?
     ここのルールを、しきたりを。
     それを守らずに努力もせずに、周囲に軽視されて・・・。
     あなたが軽蔑されるという事は、王さまが軽蔑される事なのに。」
     
     
    公爵家の娘は、ドアへカツカツと歩いて行きながら
    背中を向けたまま怒鳴った。
     
    「この者たちの首を跳ねる事になったのは、あなたのせいだと
     
     い い 加 減 お気付きになって!」
     
    王妃は、呆然とへたりこんだ。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 19

    公爵家の娘がピクッと泣き止んだ。
    背中に何かが当たっている。
     
    誰かがいる!
     
    公爵家の娘は、あまりの驚きに
    先程までの慟哭 (どうこく) を忘れて、息を殺して身を縮めた。
     
     
    “それ” は布団の上から、優しく背中を撫ぜている。
    手・・・? 小さいから多分、女性・・・?
     
    “それ” を確認する、という行為は、泣いていた顔を晒す事になる。
    公爵家の娘は、どうする事も出来ずに固まった。
     
     
    “それ” が離れて、しばらくして
    微かにドアが閉まる音がした。
    それでも公爵家の娘は、動く事が出来なかった。
     
    誰?
     
    ここに入る事が出来るのは、女召使いだけ。
    召使いたちは、私が来るなと言えば絶対に来ない。
    その禁を破る者などいないはず。
     
     
    公爵家の娘は、ようやく恐る恐る顔を出した。
    その瞬間、花の香りがした。
    暑い国の甘い花の香り。
     
    王妃・・・!!!
     
     
    いえ、王妃付きの召使いかも。
     
    ・・・・・・・・・・
    いいえ、逃避している場合ではない。
     
    王妃なのだ。
    ここにいて、あたくしのこの無様な姿を哀れんだのは
     
    あのバカな王妃なのだ!
     
     
    公爵家の娘は、急いで起き上がると
    召使いを呼ぶ前に、身支度を整えた。
    夜会に出る準備をせねば。
     
    あのバカ娘に同情されるほど、あたくしはミジメではない。
    今日はいつも以上に美しく装わねば。
     
     
    いつものように、王と王妃が現れた。
    いつものように、フロアの中央でふたりが1曲踊る。
    いつものように、王が側近たちのところへ行き
    いつものように、王妃が公爵家の娘の元に小走りに来る。
     
    「あたしのお友達。」
     
    そしていつものように、恥ずかしそうに笑って
    少し斜め後ろに立ち、公爵家の娘の腕にソッと寄り添う。
     
    いつものように いつものように いつものように
     
    いつもと何ひとつ変わらない事を確認したその瞬間
    公爵家の娘の全身の毛が逆立った。
     
     
    こ の 娘 の 存 在 が 許 せ な い !!!
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 18

    会議での公爵家の娘の発言に、ベイエル伯爵がつぶやいた。
    「どちらが王妃さまかわかりませんな。」
     
    その言葉に、会議室がザワつく。
    失笑する者もいれば、渋い表情になる者もいる。
     
     
    公爵家の娘は、取り乱さなかった。
    「あなたは王さまがお望みになって、他国から嫁いでおいでになったお方の
     言葉の不自由さをお助けなさりませんの?」
     
    ベイエル伯爵も、余裕の笑みで返す。
    「誰もそれが悪いとは申しておりませんが?
     ただ、側室さまが出すぎのような気がしましてな
     いやいや、これは余計なお世話でしたな。」
     
     
    “側室”
     
    公爵家の娘をこう呼ぶ者はいなかった。
    それは、王妃の地位に一番近かった者にとっては
    屈辱極まりない呼称だからである。
     
    だから王までもが、公爵家の娘を “姫” と呼んでいた。
    しかしそれは暗黙の了解で、公的には確かに “側室” の立場なのである。
     
     
    その場が静まり返る。
    王も何も言わない。
     
    自分の力量が試されている
    そう感じた公爵家の娘は、表情を変えずに言う。
     
    「王妃さまもあたくしも、王さまのものである事をお忘れなきよう、
     あなた自身のために忠告させていただきますわ。」
     
     
    静まり返った湖面が見る見る凍っていくような
    そんな空気を感じた。
     
    公爵家の娘は “王の愛” を盾に、ベイエル伯爵を脅したのである。
    それは、現実にはないものなのに。
     
    もう、あたくしに後はない。
    今後は、より我欲を捨てて国に尽くすしかない。
    でないと、誰もついてこない・・・。
     
     
    「頭が痛いので、少し寝る。
     夜会の前に起こせ。
     それまで誰も入らぬよう。」
     
    公爵家の娘は、召使いにそう言い付けて
    寝室に入り、布団をかぶって泣いた。
     
     
    この国のものは全部、王のもの
    お父さまも王の臣下
    王は王妃のとりこ
     
    あたくしには誰もいない 何もない
    王妃の代わりに公務をするためだけに存在する
    あたくしは・・・、あたくしは公爵家の娘なのに!!!
     
     
    いつ走り出すかわからない馬の手綱を首に巻いて
    あざけり笑う人々の前で歩かされているような
    大勢の中のひとり、という想像を絶する孤独と恐怖。
     
    感情が爆発したように、公爵家の娘は泣いた。
    泣き声が漏れないように、枕を噛み締めて。
     
     
     続く 
     
     
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