カテゴリー: 継母伝説・二番目の恋

  • 継母伝説・二番目の恋 7

    王妃の姿を見た公爵家の娘は、ドアを蹴り開けて叫んだ。
    「誰かおらぬのか!」
     
    公爵家の娘の怒声に、慌てて召使いたちが走り寄る。
    「は、はい、何事でしょう?」
     
    「ええい! 『何事』 ではない!
     王妃さまのドレスが朝のままなのは何故だ?
     おまえたちは、王の妃に恥をかかせたいのか?
     それはすなわち、王さまに恥をかかせる事になるのだぞ?
     今度このような事があれば、打ち首にしてくれるわ!」
     
     
    公爵家の娘の剣幕に、召使いたちは縮み上がった。
    「何をしておる!
     さっさと仕度をせぬか!
     じき、昼食会。
     間に合わなんだら、わかっておるな?」
     
    召使いたちが慌てて散り散りに走り去る姿を見て
    公爵家の娘は、ふん! と鼻息を吹いた。
     
    褐色の肌の王妃は、国民にも受け入れられず
    ただでさえ身分が高い者ばかりが集う城では
    余計に、さげすまれている。
    そのせいで、召使いたちも世話を手抜きするのである。
     
     
    王の隣に王妃が立ち、王妃の隣に公爵家の娘が並ぶ。
    これが公式の場での、当たり前の光景になってしまった。
     
    多くの者たちは、やはりあの王妃では公務は勤まらない
    と、陰であざ笑いつつも
    これで王室も安定するだろう、と安心したのだが
    公爵家の娘を一番歓迎したのは、他ならぬ王妃本人であった。
     
    王妃には公爵家の娘は、“お友達” なのである。
    この事からいっても、王妃には王妃たる自覚がなかった。
     
     
    公爵家の娘は王妃の顔を真っ直ぐに見て、きつい口調で言った。
    「王妃さま、この国にはこの国のしきたりがございます。
     王妃さまがそれを守らせないのは
     この国の伝統を壊す事になるのですよ。
     王妃になったからには、覚悟をして
     この国の王の妃にふさわしい態度をお願いします。」
     
    王妃は、うつむいた。
    「ごめんなさい・・・
     あたし、迷惑、かけている・・・?」
     
    王妃のこの言葉に、公爵家の娘は落胆した。
    そういう問題ではないからだ。
     
    「それは良いのです。
     あたくしがいるのは、そのためでもあるのですから。」
     
    そう言いながらも、公爵家の娘には光明が見えなかった。
    この国の魑魅魍魎 (ちみもうりょう) たちがウロつく城で
    田舎者のお姫さまが、地位を築くのは確かに難しい。
     
     
    王妃さまの “お友達” でいるのは
    想像以上に大変な事なようね・・・。
     
    公爵家の娘は、再びドアを蹴り開けて叫んだ。
    「遅い! まだ着替えが始められないのか!」
     
     
     続く 
     
     
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          継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4 
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  • 継母伝説・二番目の恋 6

    城での夜会は、連日催される。
    特別な行事がある時は、治めている領地にいる貴族もやってくるが
    普段は大臣など、国政の役目がある者や
    社交目的の貴族の子弟などが、飲んで喋って踊るのである。
     
    公爵家の娘にとっては、それはごく普通の日常であったが
    他国から嫁いできた少女は、いつまで経っても上手く立ち回る事が出来ない。
     
    他の姫は、しょっちゅうダンスに誘われるのだが
    田舎娘、しかも王の寵愛を一身に受ける妃を
    ダンスに誘おうという勇者はいない。
     
    しかも万が一、この社交下手の王妃を傷付けでもしたら終わりである。
    王の機嫌を損ねた者に、首と胴体がくっついている保証はないのだ。
    恋に溺れた王は、決して “賢王” ではない。
     
     
    そのような王が、事もあろうに公爵家の娘をダンスに誘った。
    周囲には遠慮がちに、どよめきが起こった。
     
    結婚後は、王妃以外とは踊らなかった王が
    国一番の家の娘を誘う、という事は、側室への布石と考える者が多いはず。
    公爵家の娘は内心は動揺しながらも、平常心を装って王の手を取った。
     
    人々の目がふたりから逸れるようになった時に
    公爵家の娘は、王に顔を近付けて小声で怒った。
    「どういう、おつもりですの?」
     
    王は、ふっ と笑った。
    「相変わらず、このわしに臆する事なく物を言う。」
     
    「王妃さまのためですわ。
     このダンスひとつでも、誤解をする者が出て
     王妃さまが、それでお心をお傷めになったら困りますわ。」
     
     
    公爵家の娘のこの言葉は、詭弁ではあったが本心でもあった。
    一番の理由は、寵姫争いに参加をしたくないからであるが
    あの王妃の悲しむ顔も、あまり見たくはない。
     
    王は微笑んだまま、答えた。
    「だからだ。
     わしがそなたと踊るというのは
     そなたの宮廷での権力を強める事になる。」
     
     
    その言葉を聞いた公爵家の娘は、少し考え込んだ。
    「もしかして、あたくしを信頼なさっていらっしゃるの?」
    王はそれには答えなかったが、独り言のようにつぶやいた。
     
    「わしが踊るのは、我が妃とそなただけにしよう。
     我が妃は弱い女だが、そこが儚くてまた良い。
     しかし、わしの目の届かぬところで、不当な扱いをされてほしくない。
     わしも色々と忙しいのでな。」
     
     
    公爵家の娘は、イラ立った。
    この王は最初から王妃のためを考え、“自分” を選んだのだ。
     
    国一番の大貴族の娘のあたくしに王妃を守らせようと!
    恋に狂っているのに、何と言う計算高さなの!
     
     
    王に権力の後ろ盾になってもらうのは、臣下にとっては光栄な事であったが
    今回は、ちょっと事情が違う。
     
    王妃や公爵家の娘の、こうなる苦労をわかりきっていながら
    無理に南国の姫を、ふさわしからぬ場所に呼び寄せた王の
    我がままの片棒を担がされる事になるのは、腹立たしい。
     
    それも嫌で、王妃を避けていたのに
    先日の王妃の “舞い事件” で、痺れを切らせた王が
    王妃に次ぐ権力を、公爵家の娘に持たせようとしている。
     
    表向きは “王の側室” としてだが
    この国一番の貴人である王の相手なので、それは不名誉な事ではない。
    我が娘に王妃の地位を、と狙っていた父公爵にとっては不本意で
    公爵家の娘自身のプライドも傷付く流れではあったが。
     
     
    公爵家の娘の結婚相手は、これで国内の貴族だと限定された。
    側室を結婚相手としてあてがわれる、というのは
    王からの最大の “贈り物” を貰うにも等しいので
    他国の者は易々とは貰えない慣例が、大国・東国にはあるからである。
     
    これを “取り引き” にしたら
    その内、王が最上の相手を見繕ってくれるであろう。
     
    公爵家の娘の結婚相手が
    申し分のない家柄である事だけは、保証されたわけだ。
    “王のおさがり” の天下り先には、相応のレベルを要求される。
     
     
    まあ、他国に行く気もしないけど
    王があの王妃に入れ込むのもわかるけど
    でも、何だかモヤモヤするわ!
     
    公爵家の娘は、王の罠にはまった気分であった。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 5

    翌日の王妃は、昼食会に現れなかった。
    朝食も摂らなかったらしい。
     
    「娼婦の真似事をして、王さまから折檻されたのよ。」
    そうクスクス笑う貴族の女たちを
    公爵家の娘は、内心、鼻で笑っていた。
     
    あのように美しい姿を見せられて、王が怒れるわけがないわ。
    逆に人前に出したくなくなるってものよ。
     
     
    王妃は王の前で泣いたに違いない。
    そんな王妃を、王が慰めないわけがない。
     
    軽微な謀略ゆえに、王の叔母上に表立っての沙汰はないにしろ
    きっと王の不興は買ってしまったわね。
     
    くだらない企みをするからよ、地位だけしかない浅薄な女。
    そう見下した王の叔母にも
    いつもと変わらず、うやうやしくお辞儀をする公爵家の娘。
     
     
    公爵家の娘は、常に身の振り方を考えていた。
    王に 「王妃の友達に」 と望まれたけど、王妃の元に行かないのは
    どの位置にいたら、火の粉が掛からないかを
    見極めようとしているからである。
     
    あたくしの言動ひとつでも、隙を見せると公爵家の汚点になる。
    王の王妃への熱は、当分は治まらないだろうけど
    王妃があの調子では、いずれ宮廷内で
    王の寵愛争奪戦が始まる可能性が高い。
     
    寵姫、つまり側室になるよりは
    東国の大貴族か他国の王族へと、“正妻” として嫁ぎたい
    それは、あたくしの我がままだけど・・・。
     
    公爵家の娘は、貴婦人たちが集うテラスに目を向けた。
    午後のお茶と称して、美しく着飾った女性たちが
    ティーカップを手に、噂話に花を咲かせている。
     
     
    宮廷は夢のような場所。
    美しい調度品に囲まれて、美しい衣装に身を包んだ人々が
    優雅に社交をしている。
     
    フルーツをふんだんに使ったフワフワのケーキ
    色とりどりのキャンディーやクッキー
    繊細なラインのグラスには、泡が舞うシャンパン。
     
    そこで生まれ育った人々は、そこを永遠の楽園だと思い込む。
    吹きすさぶ木枯らしに背を向けて
    窓のこちら側で、自分たちは選ばれし者だと悦に入る。
     
    私には、その世界は退屈だわ。
    だけど女性に生まれてきてしまったので
    せめて、参政の義務がある王妃になりたかったのだけど・・・
     
     
    あの冬の日、王とふざけて越境した暖かい南国の
    別荘らしき建物のベランダで歌う少女を盗み見た瞬間
     
     
    ・・・王妃の地位は諦めた。
     
     
     続く 
     
     
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          継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4 
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  • 継母伝説・二番目の恋 4

    「今宵の宴は、ちょっとした見ものですわよ。」
    この言葉を王の叔母が囁くのを、公爵家の娘が耳にした時
    嫌な予感はあった。
     
    そしてそれは当たり前のように的中する。
    「今夜は王妃さまが、お国の踊りを舞ってくださるそうよ。」
     
    どこから呼ばれたのか、リュートや横笛の奏者が音楽を奏で始め
    会場は一瞬にして、南国の花々を空想させる
    異国情緒があふれる空間になった。
     
     
    初めて城へとやって来た時に着ていた
    あの民族衣装をまとった王妃のシルエットが
    明かりを背に浮かび上がる。
     
    細い体から伸びた長い足が、弧を描き
    手に握る短剣が、光を散らす。
    肌の上を艶が流れる。
     
    その姿は、まるで花が降るように幻想的で
    男たちは言葉なく見とれ、女たちは嫌悪の表情を浮かべた。
    公爵家の娘は、舞う少女の影が伸びる手前の床を見つめていた。
     
     
    曲が終わり、踊り子が一礼をした瞬間
    公爵家の娘がスッと立ち上がった。
     
    「王妃さま、素晴らしい舞いをありがとうございました。
     お疲れでしょうでしょうから
     あたくしがお部屋まで付き添わせていただきますわ。」
     
    突然の退場勧告に、おどおどする王妃の肩を抱え
    公爵家の娘は、毅然と会場を後にした。
     
     
    自室へと強引に連れ戻された王妃の、青ざめた顔を見て
    公爵家の娘は冷酷に言う。
     
    「どうやら、ご自分のなさった事が
     あまり褒められた事ではなかった、という判断を
     出来るぐらいの頭はお持ちのようですわね。」
     
    王妃は、公爵家の娘の事務的な笑みに
    胸の前で握った拳を震わせている。
     
    「どなたが、あなたに舞いのお話をなさったの?」
    「・・・王さまの叔母さまが・・・
     王さまも喜ぶと・・・」
     
     
    やっぱり、と公爵家の娘は思ったけど
    表情はあくまでも、にこやかに忠告をした。
    「そう。
     今の話は、王さま以外にはなさらないようにね。」
     
    「あの、あたしの国、王族の舞い、祈り・・・」
    王妃の “説明” を、公爵家の娘は無常にはねのける。
     
    「あなたのお国ではそうであったとしても
     東国では、そのように肌を露出して舞うのは
     体を売る女性のみなのですよ。」
     
     
    王妃の目が潤んだので、公爵家の娘は
    自分の口調が、ついキツくなった事に気付いた。
     
    「・・・王妃さまの舞いは、あたくしは好きですわ。
     慣れない事ばかりで、お辛いでしょうけど
     ゆっくりとでも、この国の習慣に合わせていきましょうね。
     今夜はきっと、早めに王さまがおいでになるでしょうから
     今の内に身支度をしておきましょう。」
     
    「あ・・・、あの・・・」
     
    王妃が何かを言おうとしているのに気付かないふりをして
    公爵家の娘が、さっさと召使いを呼びに行ったのは
    王妃を泣かせたのを悔やんだからかも知れない。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 3

    さて、土人の姫への嫌がらせは、わかりやすかった。
    フォークが足りなくても、ドレスがその場にそぐわなくても
    宮廷の人々はクスクスと口の端を歪ませて笑うだけで
    誰も、そう、王すらも何も言わなかった。
     
    その余りにも浅はかな嫌がらせに、公爵家の娘は呆れたが
    周囲と同じく、傍観を決め込んだ。
    可哀想だけど、それはあのお方自身が乗り越えないとね。
     
     
    血筋が高貴なだけでも裕福であるだけでも、人は寄ってくる。
    だけど、それらしい振る舞いをしないと認めては貰えない。
    尊敬されない者や、畏れられない者は
    利用され、喰い尽くされて、捨てられるだけである。
     
    ましてや、この東国の王妃たる者、
    社交のひとつやふたつ出来なくては。
     
    王妃への単純な嫌がらせは
    新参者が群れの中に入るための洗礼のようなものであった。
    あるいは単なる妬み。
    周囲は固唾を呑んで、王妃の出方をうかがっていた。
     
     
    しかし王妃は何もしなかった。
    皿に肉が乗っていなくとも、天井掃除の水を頭に掛けられようとも
    ただ困ったように微笑んで、部屋へと戻っていくのだ。
     
    誰ともなく、その姿に絶望の言葉を口にするようになる。
    あんな小娘がこの東国の王妃とは
    あのような気の弱い事で王妃が務まるのか
    王妃は気が弱いのではなく、頭が弱いのではないか・・・。
     
     
    公爵家の娘は、さすがにこの状態が続くのは不味い、と思い始めた。
    国内は平和だけれど、宮廷内は混乱しつつある。
    あんな女性を妃に選ぶ王に、不信感を持つ貴族が出るやも知れない。
    貴族の不信は内戦へと繋がる。
     
    もちろん、その内戦に乗じて
    更に公爵家の領地を拡大する道もあるのだけれど
    小国である南国はともかくも
    商業国の西国をも傘下に治めていられる、今の東国を崩すのは
    公爵家にはデメリットの方が大き過ぎる・・・。
     
     
    公爵家の娘は、どうやって宮廷を安定させるべきか
    ボンヤリと考えながら
    今日も部屋へと逃げ帰っていく王妃に、背を向けた。
     
     
     続く 
     
     
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          継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4  
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  • 継母伝説・二番目の恋 2

    南国の姫が城に着いた。
    出迎えの中に、公爵家の娘もいた。
     
    馬車から、編み上げのサンダルを履いた素足が降りてきた時には
    その場の空気が瞬時に落胆したのが、わかるほどであったが
    その全身が現れた時、一同が息を呑んだ。
     
     
    長い布を巻きつけたデザインの民族衣装の
    赤やオレンジの鮮やかな原色に、褐色の肌が映える。
    クセの強い黒い髪も、布でまとめられ
    首筋に垂れる後れ毛に、透明な色気が感じられた。
     
    黒という色に、このような清楚感があるとは・・・
     
    それほどに、この南から来た少女は華奢で美しかった。
    その場の一同は、屈辱的な気分で頭を下げた。
     
     
    公爵家の娘だけは、頭を下げながらも心は静まり返っていた。
    だってあたくし、2年前の王の避寒旅行で
    東国の南部に行った時に、同行いたしましたもの。
     
    南国の姫が来ているらしい、と噂を聞き
    王が好奇心で、こっそりと国境越えをし
    南国の温泉で覗き見をした “冒険” の時も
    あたくし、一緒でしたもの。
     
     
    盛大な結婚式が終わった後
    公爵家の娘は、王と “王妃” の前へ呼ばれた。
     
    「あ・・・なた、お友達、なってくれると聞いた
     あたし、こ、この国、ひとり、だ、だから、嬉しい
     よ・・・ろしく。」
     
    たどたどしい東国の言葉で話す、モジモジとした少女。
    そのオドオドとした言動は、公爵家の娘が一番嫌う態度である。
     
     
    東国の大臣たちは、南国からの従者を許さなかった。
    外見が違いすぎる者が、宮廷をウロつくのを嫌ったのである。
     
    南国との姻戚も、通常なら第2か第3夫人に迎えるべきであるのに
    王自身がこの姫との結婚を強く望んだので
    異例の “王妃” として、迎え入れられたのだ。
     
     
    恥ずかしげに微笑む王妃に、オズオズと見つめられた公爵家の娘は
    そんな王の “愚行” を、完全に理解していた。
     
    この少女を何を差し置いても我がものにしたい、という
    権力者が決して持ってはならない、“恋心” を。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 1

    王都から西に離れた見晴らしの良い丘に、公爵家の城が建っていた。
    宮廷へは馬で通える距離である。
     
    東国中に広がる領地は、どこも平和であり
    それは公爵が有能だという証しであった。
     
     
    その公爵家の一室で、父公爵が言う。
    「王と南国の姫との婚姻が決まった。」
     
    娘がお辞儀をしながら応える。
    「それはお目出度い事ですわね。」
     
     
    娘の気のない返事に、父公爵がドン!とテーブルに拳を叩きつける。
    「目出度くなぞない!
     本来なら、おまえが揺るぎない王妃の第一候補であったのに
     王は事もあろうに、あの南国人と姻戚関係を持つのだぞ!」
     
    南国人は、黒い髪と黒い目に褐色の肌を持つ。
    決して未開の地などではないのだけど
    この付近の国では、東国が一番大きいので
    奢りがない、とは言えないのが現実であった。
     
     
    「しかも王から、おまえを王妃の友人に、と言うてきおった。
     この国一番の貴族である、わしの娘に
     田舎娘の相手をせよ、と言うのか!」
     
    いきり立つ父親に、娘が微笑んで言う。
    「お父さま、あたくしは喜んで参りますわ。
     宮廷にいれば、政情も把握しやすいですし
     他国の王族とも知り合えるでしょう。
     我が公爵家のためになりますわ。」
     
    父は娘のその冷静さに、感服せざるを得なかった。
    「・・・そなたはわしの誇りじゃ。
     本当にそなたこそ、この国の王妃となるに
     ふさわしい知恵と美貌を持っておるのに
     わしの根回しが足りなかったせいで、すまぬ・・・。」
     
     
    「いいえ、お父さま、諦めるのはまだ早いですわ。
     王妃さまが長生きなさるとは限りませんしね。」
     
    父は驚いて娘の顔を見た。
    そして強く抱きしめた。
    「ほんに、そなたが女であるのが口惜しい・・・。」
     
    娘は強気な言葉とは裏腹に、瞳を曇らせていたが
    その陰りは、父親には気付けなかった。
     
     
    東国では過去に女王がいた事により、女性でも爵位を持てる。
    貴族たちの爵位の継承は、基本的には嫡男優先であるが
    各家ごとに、独自のルールを持つ事が出来た。
     
    この相続者選びには、かなりの自由を許されてはいたが
    女性が相続者として立つ場合は
    嫡子に男児が生まれなかったから、というのが主な理由であり
    跡継ぎとしては、依然として男子が望まれているのが現状であった。
     
    庶子に跡継ぎの可能性を与えない貴族が多いのは
    お家騒動を出来る限り回避したいからである。
     
     
    現公爵には正妻との間に、男児が何人もいるので
    跡継ぎには困らなかった。
     
    しかし東国でも、最も古い歴史を持つ貴族のひとつである公爵家の
    先祖代々の財産を維持するだけではなく、より一層、強固にしていき
    数家ある公爵家の中でも、常にトップの権力を握っている現公爵に
    その気質、思考とも、誰よりも似ているのは、
    跡継ぎの可能性がある兄弟たちではなく
     
    この公爵家の娘であった。
     
     
     続く 
     
     
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