森の中を、木を切る音が響く。
カーン カーン カーン カーン
「姫さま、いつこちらにお戻りになられます?」
兵長が差し出すマントをはおりながら、黒雪姫が答える。
「ん、継母上の様子次第だけど、早ければ4~5日後ぐらいかな。」
「そうですか、道中お気をつけていってらっしゃいませ。」
「不在中は、よろしく頼む。」
黒雪姫は馬に飛び乗り、森の中の道を駆け出した。
2年前の会議で、黒雪姫は北国との国交を提案した。
「道路を作りながら、国境まで進むのです。」
王は愛娘が自ら指揮を取る、この大規模な工事事業に難色を示した。
「今まで交流がないものと、わざわざ始める必要もないであろう。」
「西とも南とも国交は盛んです。
北だけが地形のせいで世界から取り残されているのですよ。
同じ人間同士、助け合うのは当たり前です。」
黒雪姫が必死に言うが、王は渋る。
「しかし、好戦的な種族だったらどうする?」
「その時は我が国の傘下に治めればよろしいのですよ。
我が東国の民ほど、勇敢で強い民族はおりませんわ。」
王妃が扇子であおぎながら、 ほほほ と笑った。
「色んな人種がいるけど、それぞれを尊重しつつ
人間は、いえ、世界は団結していかないといけないのです!
大国である我が国が、その指揮を執るべきです。」
黒雪姫のこの決意に満ちた演説で、大臣たちも納得し
王以外の満場一致で、北国への道路建設計画が始まった。
「コムスメ姫様は、おとぎ話で何かを学んだのかしら?」
会議が終わって、部屋を出ようとする黒雪姫に
王妃、姫にとっては継母が、相変わらずの攻撃口調で近付いてきた。
「別に。 ただ待ってるだけ、ってのは無理な性格で。」
「それで愛する人の悲願を代わりに叶えてあげようと?」
その言葉に、黒雪姫は少しうつむいた。
「・・・私には、愛がどういうものかわかりません・・・。」
「あなたのお父さまとあたくしの間にあるのが、愛ですのよ。」
黒雪姫は驚いて継母の顔を見た。
継母の笑顔が、聖母のように輝いて見える。
「あなたは誤解してるかも知れませんけど、愛ですのよ。」
「うわ、ウソくせえーーーーー!」
黒雪姫が叫ぶと、継母はいつものように
ほーっほほほほ と高笑いをしながら立ち去った。
あれも愛なんだ・・・
えらく驚いたが、俄然やる気が出てきた。
「よっしゃあ、やるぞーーーーー!!!」
「また姫さまが、何か叫んでいらっしゃるよ。」
「うちの姫さま、猛獣だよな。」
窓の下を巡回する衛兵が嘆きながら通り過ぎた。
続く
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黒雪姫 36
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黒雪姫 35
目が覚めたら、城の自分のベッドだった。
「えええ? まさかの夢オチ?」
黒雪姫は混乱した。
あっ、お継母さま!
お継母さまはどうなってるんだろう?
ドタドタと食堂に駆け込む黒雪姫。
既にテーブルについている父王が注意をする。
「これ、黒雪、おまえはいつまで経っても落ち着きがない。」
継母の方を見ると、目を伏せて無言でツンと座っている。
やっぱり夢だったの?
動揺しながら、テーブルにつく。
顔も洗わずに。
城の屋上から見る森は、鮮やかな新緑だった。
城下町もいつもと変わらぬ賑わいを見せている。
塔に鏡台はなかった。
「姫さま、ここにいらしたんですか。
おやつのケーキはどれになさいます?」
侍女がケーキが並んだトレイを持ってやってきた。
黒雪姫は気付かなかったが
あの日、一緒にピクニックに行き
黒雪姫暗殺完了偽装のために
ガケから落とされた侍女のひとりである。
「あ、う、うん、これとこれとこれと・・・。」
とまどいながらも、何種類も選ぶ黒雪姫の耳に
飛び込んできたのは、継母の言葉だった。
「黒雪、少しは控えなさい!
せっかく殿方に恋されたというのに。」
黒雪姫は一瞬目を見開いたが、すぐに元の表情に戻した。
軽くお辞儀をして立ち去る侍女の背中を見ながら
つぶやくように訊く。
「・・・また会えると思いますか?」
「さあ、どうかしらね。
何しろこの世界は、一瞬でどうなるかわからないみたいだから。」
継母はその気取った表情の顔を、扇で仰いでいる。
何それ、結局どっちなの?
「私は奇跡を待って、いかず後家ですか?」
継母は ほほほ と笑った。
「あなたの事だから、求婚してくれるのは
爬虫類ぐらいしかいないでしょうよ。」
黒雪姫も笑った。
「ヘビに騙されるぐらいなら
惚れられた方が、なんぼもマシでしょうが。」
そしてふたりで20cm距離で、笑いながら睨み合った。
突如、上空に暗雲が立ち込み始める。
「おうおう、本当の母娘じゃないというのに
相変わらず仲が良いのお、おまえたち。」
父王の、まったく状況を読めていない言葉に
同時に鬼のような顔で、ギロリと振り向く継母と黒雪姫。
王はニコニコと微笑んでいる。
「はあ・・・、気楽でよろしいわね、殿方は・・・。」
「その手にあるものを守るために
どんだけの犠牲が払われたかも知らずにねえ・・・。」
溜め息を付きながら散会する母娘に、王がアワアワする。
「お、おい、わしは仲間外れか?」
「・・・とりあえず東国存続の保険として、世継ぎの出産よろ。」
黒雪姫が去りながらそう囁くと、継母が腕組みをしながら応えた。
「まかせなさい。 ほーっほほほほほ」
突然、大粒の雨が降り始め、空に雷光が走った。
何故か、悪役風味の演出しか似合わないふたり。
ニヤリと不敵に微笑み合いながら、それぞれ城内へと消えた。
わけがわからず、うろたえる王だけ
取り残されてズブ濡れ。
続く
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黒雪姫 1 10.7.5 -
黒雪姫 34
「誰もが嬉しくない結末なのですか?」
そう叫んだのは、意外にも継母であった。
黒雪姫が横目で何とか継母の方を見る。
継母の顔には、怒りの色が浮かんでいる。
戦いというのものは そういうものなのだ
万能というのも この程度のものなのだ
もし 真に万能なものがいたら
それ以外のものが存在する理由はなくなるであろう
ここでみなに詫びる事をよしとせぬ、わしもまた
存在する理由が必要なもののひとりなのじゃよ
あ、何かもう、その言葉だけで良いや。
妖精王の弱気発言で、筋肉バカの黒雪姫にはあっさりと諦めが付いた。
散々振り回されて、大変な思いをした日々だったけど
それはそれで結構楽しかったかも知れない。
命をも落としかねない状況だったけど
こうやって無事なんだし、武勇伝にすれば良いや。
さあ そろそろ始めるとしよう
特例になるが、その功績に感謝する意も込めて
そなたらの記憶は残すか、選択できるが
「残して当たり前ですじゃ!」
真っ先に怒鳴ったのは小人たちだった。
「生涯で一番忘れたくない日々じゃぞ!」
「そりゃ、楽しかったとは言えんが・・・。」
黒雪姫には小人たちは見えなかった。
後ろの方にいたからである。
小人たちの言葉の真意はわからなかったが
皆、震える涙声だった。
ふと目の前を見ると、王子が自分を見つめている。
そのまなざしは悲しみで溢れていたが、沈んではいなかった。
「姫、私は諦めはいたしません。
いつかあなたと再会できる事を信じて、償っていきます。」
黒雪姫が、はあ、そうですか、とボケッとしていると
継母が小声で怒鳴った。
「黒雪、殿方のプロポーズには
きちんとお答えしないと無礼にあたりますよ!」
プププププププロポーズーーーーーーッッッ?
黒雪姫は激しくワタワタして
よりによって、最悪な返事をしてしまった。
「へへへヘビのくせに!」
それでも王子は、ニッコリと笑った。
その笑顔に胸がチクッと痛み、思わず追加で叫んだ。
「でででも、へへヘビも良いかもっっっ?」
ああ・・・、このバカ処女
ここにきて今更な、ベッタベタ定番のツンデレ?
継母が見ていられずに、恥ずかしそうに顔を背けた。
その時、世界がゆっくりとにじんでいった。
続く
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黒雪姫 1 10.7.5 -
黒雪姫 33
「待ってください!」
間合いを詰めようとした母娘の前に
王子が両手を広げて止めに入った。
「確かに母は、あなたのお継母様を利用しようとしました。
本当に申し訳ありません。
でも、言い訳になるかも知れませんが
それは封印を解くため、しょうがなくなのです。
姫、私はあなたを気に入っています。
皆で仲良く暮らしていきたいのです。」
黒雪姫は少し考えて、ハブ女王に訊いた。
「北国はどうなったの?」
「滅んだわ・・・。
わたくしの封印を解けない能無しどもだったから・・・。」
チッと舌打ちする黒雪姫。
「はい、おとぎ話はここで終了ーーー。
我欲のために一国を滅ぼすヤツと仲良く出来ますか。
王子、あなたもマザコンならママンのために剣を抜け!」
「え・・・、そんな・・・。」
オロオロする王子に、黒雪姫が殴り掛かり
王子が剣の柄に手を掛けた瞬間であった。
すべてのものが静止した。
右上からは光が降り、パイプオルガンを奏でるような音楽が響き
左上からは花が降り、メリーゴーランドのような音楽が鳴った。
み な し ず ま る の だ
穏やかだけど威厳のある声が、左上から聴こえてくる。
わしは王 妖精界の王
300年前のあの戦で ハブ女王は死んだはずだった
だがあの混乱の最中 鏡に己を封印して人間界に逃げたのであろう
女王の息子の存在にも気付かなかった
すべてわしの咎である
人間界にまで影響が及んだ以上 わしだけでは治められぬ
この始末 神にも頼む事となった
みな ご苦労であった
小人たちは自分らの王、妖精王の直々の言葉に感動して
目を潤ませたが、黒雪姫は逆にムカついた。
『ご苦労』 ? はあ? 『ご苦労』 ?
黒雪姫の脳内に、声が直接入り込む。
身 の 程 を 知 れ
それは神の声だった。
人の思考も読めるわけね
黒雪姫は苦々しく思ったが、こらえた。
そんな相手に何をどう言おうが、敵うわけがないからだ。
「北国は、滅んだ北国はどうなるのです?」
黒雪姫の非難めいた口調の言葉に、神の声が響く。
出来うる限り 元に戻すつもりだが
叶わぬ事も出てこようぞ
人間、結局、最弱ですかい
利用するだけ利用されて・・・。
髪一筋も流れない、強制的に静止させられた空間。
その中で唯一、動いたものがある。
指一本動かせない黒雪姫の目から
ボロボロとこぼれ落ちるもの。
“強さ” を何より誇る黒雪姫には
屈辱の敗走も同然の、まさかの悔し涙・・・。
それを自覚しているから、なお泣けてくる。
その真ん前で、剣に手を掛けようとして止まっている王子が叫んだ。
「私が母の罪滅ぼしのため、北国を再建したいと思います。
どうか私を北国に残してください!」
その言葉に、黒雪姫はハッと瞳を上げた。
王子が決意のこもった表情で、空を見上げている。
驚きとともに、希望を見出しかけた一同だったが
妖精王の返事は無情なものであった。
それは無理な話だ。
妖精界の者が 人間界に留まる事は許されぬ
おまえは妖精界で 母親共々わしの監視下におく
王子の瞳にも、絶望の色が浮かんだ。
続く
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黒雪姫 1 10.7.5 -
黒雪姫 32
ドサドサドサドサーーーーッ
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
何度も何度もしつこいワープに
もう誰も何も言いたくなかった。
無言で目を開けて、無言で立ち上がった。
反応したら負け、という気分になっていたからである。
しかしそのささやかな抵抗も、目の前の光景を見たら
簡単に打ち破られてしまった。
「きゃあああああああああっっっ!!!!!」
最初に叫んだのは継母であった。
目の前には、茶色の巨大ヘビがトグロを巻いていた。
「・・・・・マジでハブかい・・・・・・。」
黒雪姫は、とてつもなく落胆した気分になった。
「ママン!!!」
背後で声がして、ヘビに駆け寄る者がいた。
王子である。
王子はヘビに抱きつくと、いとおしそうに頬ずりした。
そして黒雪姫の方を向いて言った。
「私は実はハブ女王の息子なのです。
300年前の戦いで、母は妖精界を追われ
私は妖精界に取り残されてしまったのです。
あなたについていけば、いつか母に会えると思っていました。
騙してすみませんでした。」
黒雪姫は、ポカーンと口を開けている。
「そんなに驚きましたか?」
王子が申し訳なさそうに言うと、黒雪姫が動揺しつつ言った。「う、うん・・・
その歳で 『ママン』 って呼んでるんだ・・・?」
「そこですか!!!」
王子、渾身の突っ込みである。
「てか、ここ、さっきの荒野よね?」
黒雪姫があたりを見回してつぶやく。
マジで王子がハブ女王の息子でも、どうでもよさげである。
「そう・・・・・。」
ハブ女王が答えた。
「ヘビが喋った!」
継母が驚く。
「喋る鏡とお話してたくせに、何を驚いてるんやら。」
呆れる黒雪姫に、とまどう継母。
「だって、あれは魔法の鏡で・・・。」
「いい加減、目を覚ませ、ババア!
あの鏡の正体は、この大蛇だったのよ。
あなたは利用されてたのよ。」
継母にそう怒鳴ると、黒雪姫は握り締めた拳を突き出した。
「お継母さま、ヘビにナメられてムカつきません?」
「・・・・・それは、そうだけど・・・。」
「人間の世界を、ヘビなんかにめちゃくちゃにされて良いのですか?
とても歯が立ちそうにない相手だけど
ここで引いたら、人間失格じゃないですか?」
黒雪姫は、腰のナイフを継母の前に差し出した。
それを見た継母は、やっと状況が呑み込めたようで
大蛇の方を睨んで訊いた。
「じゃあ、あの関西弁は?」
「怒らせて割ってもらおうとしていたのだが
そなたが意外に忍耐強くて、敵わなかったようだな・・・。」
大蛇がチロチロと舌を出しながら答える。
継母は溜め息をついて、ナイフを受け取った。
「はあ・・・、通りで妙な関西弁だと思ってたわ・・・。
遊んで暮らすために、王室に後妻に入ったというのに
結局、重労働をしなきゃいけないのね・・・。」
「しょうがないじゃん、東国人は働き者なんだから。
世界のために頑張って当然ですわよ。」
ふっ と余裕を見せる黒雪姫に、大蛇が言う。「割ってくれて、ど ・ う ・ も ・・・。」
その言葉を聞いた途端、黒雪姫がサーッと青ざめた。
「あーら、引き鉄を引いたのはあなたのようね。」
継母が、鬼の首を取ったように高笑いをする。
「黒雪、お継母さまに何か言う事は?」
「・・・謝りませんわよ。
私ら母娘、結局どっちもどっち。
騙され損の骨折り損、それもまたよし。」
黒雪姫にツンとそっぽを向かれ、一瞬ニヤッとした継母は
気を取り直すかのように、ナイフを握り直して叫んだ。
「では、いきますわよ!」
続く
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黒雪姫 1 10.7.5 -
黒雪姫 31
ズシャズシャズシャッ と折り重なるように
どこかに落とされた黒雪姫たち。
「あいたたたたた・・・。」
「何でこんなに投げ回されにゃならんのじゃ。」
「損しかしてない気分じゃ。」
「と言うか、次はどこなんじゃ?」
「うう・・・、周りを見るのが恐いぞ。」
目を開けると、下は木の床だった。
見上げると、目の前にドレスを着た女性が立っている。
「女王じゃあ!!!」
キャアキャア言って、右往左往する小人たち。
「「 うるさい !! 」」
女性と黒雪姫が同時に怒鳴った。
だるまさんが転んだ で、ピタッと止まる小人たち。
「・・・うっとうしいわね・・・。
さすが、あなたのツレね。」
「お褒めいただき光栄ですわ、お継母さま。」
「何ーーーーーーーーっ?」
「お継母さまじゃとーーーーーーーっ?」
「ラスボスはあんたの継母じゃったんか!」
どよめく小人たちを、継母と姫がギッと睨む。
睨まれた小人たちは、部屋の隅にジワジワ追いやられつつも
各自がひとことは余計な感想を言わなきゃ気が済まないようで。
「迫力はさすが似ておるな。」
「言動も一緒じゃ。」
「本当に継母か? あれで血の繋がりはないのか?」
「・・・と言うか、あの話、覚えているか?」
「何じゃ?」
「ほれ、事の発端の美人争い。」
「ああ・・・、そうじゃったな・・・。」
「このレベルでのお・・・。」
「「 聴こえているんだけど? 」」
「「「「「「「 すっすいませんーーーっ。 」」」」」」」
ズザザザザと、あとずさりする小人一同。
「姫のお継母さまでいらっしゃいますか。
お初にお目にかかります、私、北国の王子です。
どうぞ、お見知りおきを。」
片膝を付き頭を下げる王子に、継母の顔が少しほころんだ。
「あら・・・ (はぁと)」
「(はぁと) じゃないですわよ、この色ボケババア。」
黒雪姫の罵倒に、継母が微笑んで言う。
「鉄板処女よりマシでしょう、ほほほ。」
30cmの距離で睨み合う継母と娘。
「美人争いですって?
ペラペラとよくも・・・。
口が軽い女はモテなくてよ?」
「おほほ 勘違いババアほどイタいものもありませんわ。
私は自分のツラの偏差値ぐらい、わきまえておりますから。」
ビシビシビシッと火花が散る。
こ、恐すぎる・・・ と2人以外の全員が縮み上がった。
「で? あなた、何故生きているのかしら?
ああ、いえ、それは後ほど瞬殺するから良いとしても
何故ここにいるのかしら?」
継母のその問いに、黒雪姫が怪訝そうな顔をする。
「お継母さまが私たちを呼んだのではないのですか?」
継母は、は? と笑った。
「何故あたくしがあなたを呼ばなきゃならないのかしら?」
継母から目を逸らさずに、黒雪姫が問う。
「ここはどこですの?」
「ここはあたくしの塔ですわよ。」
「城の・・・?」
「ええ。」
黒雪姫の口の端がピクッと上がった。
「そこだあっ!!!」
黒雪姫が振り向き様に、ヒジで鏡を割る姿が
スローモーションのように展開された。
「あな た な に を 」継母の叫びが、途切れ途切れに耳に入ってくる。
飛び散った鏡のカケラのひとつひとつに
全員の驚く顔が映りこんでいた。
カケラは渦を巻いて鏡台の中へと吸い込まれて行った。
後に残ったのは、鏡面のない鏡台だけだった。
続く
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カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
黒雪姫 1 10.7.5 -
黒雪姫 30
輪になって、クッキーやサンドイッチをつまんだ後
何も食べるものがなくなっても、誰も立ち上がろうとはしなかった。
ひどく疲れているのもそうだったが
どこに行って何をすれば良いのか、見当も付かなかったからである。
そんな中、黒雪姫はボンヤリと遠くに見える森を眺めていた。
今座っているここは、草もまばらな小石の多い土地である。
足元の土を掻いてみる。
えらく硬い。
作物も実りにくい、痩せた土地に見える。
どうしようか・・・
いや、行くしかないのはわかってるし!
黒雪姫は、自分に活を入れるように両頬を叩いた。
そのバシバシという音に、一同はビクッとさせられた。
「よっしゃあ! 行くかー!」
すっくと立ち上がった黒雪姫に、小人が訴えた。
「なあ、あんたは何をしたいんじゃ?
何もわからずに付いて行くのは、倍疲れるんじゃよ。
わしらにも作戦を話してくれんかのお。」
黒雪姫は、しばし考え込んだ後にうなずいた。
「うん、そうね、ごめんなさい。
こういう場合は、南の方へ行くべきだと思うのね。
温かい方が生き残れる確率が高いでしょ?
だから私はこっちに行きたいのよ。」
「そんだけの理由かい!」
呆れる小人に、黒雪姫はムッとする。
「サバイバル、大変なのよ?」
「まあ、そりゃそうじゃな。
じゃあ、夜になる前になるべく南下しとこうかの。」
小人たちが次々に腰を上げる。
黒雪姫は、勘のみで動いていたが
南の森林が、どうも気になってしょうがなかったのである。
まさかとは思うけど、見覚えがあるのよねえ・・・。
「じゃが、今までに会ったヤツは、皆北に向かってたろう?
北の方向に何かがあるんじゃないのか?」
「あったとしても、それは良いものじゃない気がするんじゃが・・・。」
「そんな事を言っとたら、解決せんじゃろう。」
小人たちの議論を、黒雪姫はうんこ座りで眺めている。
「何じゃ?」
「いや、あなたたちが意見をどうまとめるのか、興味があって。」
「多数決じゃ。」
「・・・何だ、結局エセ民主主義なわけね。」
「いるよな、こういう、平等を嫌うひねくれ者。」
「うんうん、絶対に自分が少数派になるもんで、歪むんじゃ。」
「何ですってーーー?」
小人たちの図星に、暴力で済ませようとする黒雪姫。
「あんたはケダモノか!」
キャアキャア逃げ回りながら、罵倒する小人たち。
それを あはは とノンキに見物している王子。
ひとりで黙々と後片付けをする執事。
突然空間にキラキラした光の渦が現われた、と思ったら
全員を再び飲み込んだ。
「何じゃ? こりゃあ」
「うおっ、吸い込まれる???」
「強制移動はもう嫌じゃあーーーっ」
「じゃあーーーっ」
「ゃあーーーっ」
「あーーーっ」
「ーーーっ」
誰もいなくなった荒野には、小人の叫びがこだましていた。
続く
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カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
黒雪姫 1 10.7.5 -
黒雪姫 29
ひと段落ついたと思ったら、すぐにスタスタと歩き始める黒雪姫。
「姫、ウサギも駒も皆あちらの方に走って行ったのに
何故にこちらへ行くんです?」
王子が質問をする。
「んー、気分?」
上の空で答える黒雪姫。
「それよりさあ、私の真後ろを歩かないでくれる?」
「何故ですか?」
王子が、そのままの位置を動かずに訊く。
「あなた、剣持ってるでしょ。
そういう人に後ろにいてほしくないのね、私ゴルゴ系だから。」
「は?」
「いいから!」
執事が見かねて王子に進言する。
「王子、武器を持ってるのは我々だけですし
確かに気持ちの良いものではないでしょう。
我々は少し離れて歩きましょう。」
「む、そういうものか?
しかしそれでは姫を守れぬではないか。」
「王子、この姫はそういう事を言うと怒るタイプに見えます。
どうか、じいの言う事を信じてください。」
執事が王子の耳元でささやき、王子は仕方なく黒雪姫から離れた。
「あんた、誰に対しても平等にひどいのお。」
「いちいちそういう事を言いに来るのは
自分にもひどい事をしてほしい、って意味よね?」
黒雪姫の眼球がゆっくりと小人の方を向く。
小人は慌ててすっこんだ。
10人もいるのに、無言のまま通夜のように進んでいたのだが
王子が遠慮なく声を上げた。
「お腹が空きませんか?」
「おお、そういえば腹が減ったのお。」
「ちょっと一服するか。」
無言だったが、黒雪姫も立ち止まった。
お茶会の残り物を皆で食べていると、黒雪姫が王子に話しかけた。
「武器は何を持っているの?」
「私は長剣と短剣、じいは鞭と調理道具ぐらいですかね。」
王子は剣とナイフを抜いて見せた。
「では、そのナイフを私に貸してくれる?」
「これをですか?」
「そう、そのダガー。」
「しかし、か弱い女性が刃物など持たずとも
私がお守りしてさしあげ・・・。」
王子が渋って中々渡さないので、黒雪姫が切れる。
「うっさい!
できるなら大ナタぐらい欲しいとこなのよ、こっちは!
いいから、さっさと貸せ!」
ビビッた王子の手からダガーナイフを奪い取ると
腰に挿しながら言った。
「返せなかったらごめんねー?」
「あーあ、ありゃ返す気サラサラないぞ。」
「とうとう刃物を持たせたか・・・。」
小人たちが背後でささやいた。
続く
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黒雪姫 30 10.10.5
カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
黒雪姫 1 10.7.5 -
黒雪姫 28
ありがとうございますありがとうございます、と頭を下げる元女王を
良いからさっさとどっか行け、と追い払った黒雪姫は
「これ、結構重いわねえ。」
と言いながら、まるで帽子置きに置くように何気なく
王冠を小人の頭にポンと乗せた。
小人の服が、ポンッと赤いドレスになった。
「きゃああああああっっっ!!!」
慌てる女王小人に、うろたえる6人の小人。
「何じゃ、これ、取れんぞ?」
パニックになって、ワアワア泣き喚く女王小人の王冠を
全員でどうにか取ろうとするが、取れない。
「うーん、呪いの王冠かもね。」
サラリと言う黒雪姫に、小人たちが抗議する。
「あんたのする事は、考えられんぐらいにひどすぎるぞ!!!」
小人たちの心の底からの怒りも
黒雪姫に取っては、下僕の不平不満でしかない。
チェスの勝負をし直して、黒雪姫が女王になるべきだ
という意見も、ひと睨みで一蹴された。
「大丈夫。 ここの親玉を倒せば呪いも解けるでしょ。
てか、あなた、その駒たちの主人になったのよ。
家来がいっぱいできて良かったじゃない。」
黒雪姫の能天気な言葉につられて
女王小人もあさってなグチを言う。
「でも、ここで待たなきゃいけないんじゃろ?」
「誰がそんな事を決めたの?
駒にボードを持たせて移動すりゃ良いんじゃん。」
「え? そうなんか?」
「ルールも決められないなど、女王さまとは言えないでしょうー。
気合いで頑張れ!」
「よ、よし、あんたら、わしの後について来い。」
女王小人が、かなり虚勢を張って命令すると
駒たちは、ゾロゾロと女王小人の後ろについてきた。
「ボード、いらないみたいじゃな。」
「だったら無敵ね!」
黒雪姫は、アハハと笑った。
男なのに、赤いドレスを着せられて・・・?
と、その場の全員が思ったが
言ってもムダのような気がしたので、全員が沈黙した。
「ねえ、女王、ちょっとこの馬に
かぶりものを脱いでみるよう命令してみてよ。」
「おお、駒も呪われてるかも知れんしな。」
黒雪姫の無神経な言い方と
それを注意もしない仲間に、女王小人は心底失望した。
「マジで気が滅入っているのに
女王とか呼ばんでくれんかのお・・・。」
言った後に、やはり自分も気になるので
とりあえず “命令” してみた。
「ま、あんた、その馬、取ってみい。」
女王小人が命令すると、馬が馬を取った。
中から出てきたのは、色白の・・・・・
普通のオヤジであった。
何故かかなりガッカリする一同。
「馬を取ったら、体が人間で顔だけ馬、ってのが
出てきたら面白かったのにねえ。
かぶりもの、必要ないじゃん! って感じで。」
相変わらず、言ってはならない事を平気で言う黒雪姫を
小人たちが無言で蹴る。
「いつの間にか、こんな物をかぶせられて・・・。」
「ああ、ああ、もういいから帰ってくれ。」
投げやりに返事をする女王小人に
ありがとうございますありがとうございます、と言いながら
馬オヤジはどこかへと走って行った。
ルークもありがとうございますありがとうございます、と言い略
ポーンもありがとうございますありが略
ビショップもありがとうご略
以下、全員略。
ちなみに全員、不思議なぐらいにオヤジ揃いであった。
「・・・何だったんじゃろう?」
「さあ? でも “駒が足りない” って言ってたじゃん。
だから逃げる事が出来た人がいるのかな、と思ったのよ。
と言う事は、駒自体を倒せば代わりがいなくなるんじゃない?
って事で、暴れてみたのよね。」
「ほお。」
感心する小人たちに向かって、真面目な表情で語る黒雪姫。
「いずれにしても人を駒にするなんて、鬼畜の所業よねっ。」
「「「 あんたが言うな!!! 」」」
7人全員がハモった。
「てか家来もなしで、何でわしだけこのまま・・・?」
泣きそうな顔で、女王小人がつぶやく。
「ほんと、大変よねえー。」
上っ面だけ同情する黒雪姫に、小人たちの蹴りが入る。
「「「 あんたが言うな!!! 」」」
続く
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黒雪姫 27
約10m四方の盤に、デカい駒が並び
両陣営には高い審判台のような椅子に座った女王と小人がいる。
この2人が駒の行く先を指示し
駒はそこへとノタノタ歩くのである。
黒雪姫と小人4人以外の駒は、駒の形のかぶりものをしている。
2本の足が見えているので、中身は人間のようである。
「ポーン、d3へ。」
「ポーン、e6へ。」
ゲームが始まったが、盆提灯みたいな形のやつばかりが動き
ルールを知らない黒雪姫は
ただ立っている事に、早くもイライラしてきた。
「ね、このゲームって、どのぐらい時間掛かるの?」
ナイトの位置にいる小人に訊く。
「さあて、早くて数十分じゃないかのお?」
その返事に予想通りブチ切れる黒雪姫。
「ええーーー、その間立ちっ放し? 冗談じゃないわ!」
黒雪姫は目の前の味方の提灯を突き飛ばし
相手の陣地に、ドドドドドと走って行った。
「提灯ゲーット!」
叫んだ途端、黒雪姫が飛ぶ。
そして提灯の腹に蹴りを入れた。
「おおっ! 飛び蹴りじゃ!」
「飛び蹴り、リアルで初めて見たぞ。」
「本当に出来る技なんじゃなあ。」
小人たちは、ヘンなところに感動している。
黒雪姫と一緒にいて、感性が鈍ったのかも知れない。
「塔も排除!」
相手ルークの頭部を掴んで、自分の膝にブチ当てた。
ポーンとルークは、数歩フラついて前のめりに倒れた。
「な、何をしておる! やめぬか!!!」
怒る女王を見上げて、黒雪姫が不敵な笑みで叫ぶ。
「生きてる駒は、言う通りに動かない事も多々あるのよ!
そんな事も知らずに、気軽に人を動かそうなど
女王の心得を一から学び直してこい!
つい最近まで帝王学を学んでいた私に勝とうなど、10年遅いわ!」
おりゃ、馬ダウン! タージマハ-ル (ビショップの事らしい) 死刑!
と周囲を襲う黒雪姫に、女王が肩を落として言った。
「参った・・・。 私の負けじゃ。」
「参ったんかい!」
うなだれた女王を見て、小人たち全員が驚く。
「まあ、参るかもなあ・・・。」
盤上の惨劇の跡を見て、納得もする。
黒雪姫はキングを掴んで、タコ殴りにしている真っ最中であった。
周囲は、阿鼻叫喚の地獄絵さながらに
駒がうめきながらゴロゴロ転がっている。
恐ろしい事に、敵味方両方が・・・。
「で? 勝った私へのご褒美は?」
汚いマネをしておきながら
大威張りで報酬を要求する黒雪姫。
「女王・・・」
「にはならなくて良いから、他の!」
「・・・・・・・・・」
女王は無言で目を泳がせる。
「女王になるメリットとデメリットは?」
黒雪姫の執拗な追求に、女王が吐く。
「メリットは、この駒を動かせる。
デメリットは次の人が来るまで女王を辞められない。」
げっ、そんな役目を私に押し付けようとしてたわけ?
と、黒雪姫は少し立腹したが
すっかり落ち込んだ女王に、小人たちが口々に同情の意を表する。「自由にならんのか。」
「・・・可哀想じゃのお・・・。」
「どうにかしてやれんかのお。」
ほんと、こいつら甘いんだから、と思ったが
女性がショゲてるのは、ほんの少し気の毒なような
そんな感じも、しないでもない。
「わかった。 女王の任を解いてやる。
あなたは好きなところに行けば良い。」
黒雪姫は、女王の頭から王冠を取った。
その瞬間、女王の赤いドレスはポンッと地味な服へと変わった。
続く
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