賢者が戻ってくるまで、王子たちも現場待機という事で
小人の家の庭先にテントを張った。
「て言うか、すんごい段取り悪くない?」
皆を集めて、黒雪姫が文句を言った。
「何か1個あるたびに、王に訊く王に訊く って
行ったり来たりしてる時間、むっちゃロスだっての。」
「じゃが、この森は妖精王さまによって治められているから
わしらが勝手に行動する事は出来ないんじゃよ。」
「ふーん。
じゃ、この森所属じゃない私らなら、勝手に動けるわけね。」
この発言には、小人たちだけじゃなく王子たちも慌てた。
「ちょ、“私ら” って、私たちふたりも入ってるんですか?」
この言葉に、黒雪姫はジロリと王子を睨んだ。
「あなた、状況わかってる?
私ら、被害者なのよ?
加害してんのは、この世界のヤツなのよ?
だから解決もお願い、って加害者側に全任せして気長に待つの?
そうこうしてる内に、私らの世界で戦争とか起きたらどうするの?
結果はどうあれ、自分に出来る事をすべきじゃない?
それが巻き込まれた私らの責務だと思わない?」
黒雪姫は、すっくと立ち上がった。
「とにかく私は一国の姫の名に恥じぬよう、何か行動をする!」
ドアを出て行こうとする黒雪姫を全力で止めようと
小人たちがその手足にしがみつく。
「ちょっと待ってくれ。」
「あんたに暴れられたら、わしらが困るんじゃ。」
黒雪姫は、すがる小人たちをジロリと見下ろした。
「私に好き放題にされたら困る、って?」
「そうじゃ、わしらの立場もわかってくれい。」
黒雪姫は小人たちをぶら下げたまま、グルリと振り向いた。
「わかった。 じゃあお互いに譲歩しましょう。
あなたら、私が単独暴走しないように協力して。」
「だから、大人しく待っててくれ、とお願いしとるのにーーー!」
「暴れる気があれば、とっくの昔に破壊行為に及んどるわ!」
黒雪姫が右腕を激しく振ると
しがみついていた小人が、隣の部屋に飛んで行った。
隣室から漏れ聞こえてくる小人の呻き声にも動じず
黒雪姫は演説を続ける。
「いい?
この不可思議な事件には、人間も関わっている。
しかもマイ継母。
私にも、この事件を解決する責任と義務があるのよ。
ひとりで勝手にやっても良いけど
あんたらにもあんたらの都合があるだろうから
一緒にしよう、と言ってるんじゃないの!」
小人たちは円陣を組んで、なにやら相談をし始めた。
「ほらほらほらほら
さっさと決めないと、壁をブッ壊して出ていっちゃいますよー?
ハリアップ! ハリアップ! せいやせいやせいやせいや!」
腕組みして、壁を靴でドカドカ蹴り鳴らしながら
小人たちをせかす黒雪姫。
「ああーーー、うるさくて集中できん!」
「完璧な環境下じゃないと考えられないなんて
死亡フラグが立ってますよー。
ほらほら、とっとと考える!」
小人たちは、すっかり集団パニックに陥っていた。
黒雪姫は、そんな彼らに容赦なく追い討ちをかける。
「急がないと、もっと騒いじゃいますよー?」
ドッコーン ドッコーン
壁に頭突きまでし始めた。
掛けてあった額縁が、振動で次々に落ち始める。
小人たちの脳内も、轟音を立てて土砂崩れを起こし始めた。
「どどどどどどうする?」
「わしゃ、あんたに任せる。」
「わしもあんたに同意する。」
「うん、わしもあんたの意見に賛成じゃ。」
誰も何も提案すらしていないのに
全員が他のヤツの決定に従うと言い始める始末。
王子が執事にささやいた。
「決断力と実行力、そして政治力に長けた姫ですね。」
執事は、そうか? と、思っただけだった。
続く
関連記事 : 黒雪姫 15 10.8.20
黒雪姫 17 10.8.26
カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
黒雪姫 1 10.7.5
カテゴリー: 黒雪姫シリーズ
-
黒雪姫 16
-
黒雪姫 15
「では、東国の后は妖精界の何者かの手引きで出入りでき
王子さんたちは、その巻き添えをくった、として
このおん・・・黒雪姫は何故この森に入れたのですかい?」
小人のひとりが賢者に質問した。
「ううむ・・・・・。」
賢者が頭をひねっているところに、黒雪姫が更に訊く。
「ね、ひとつ疑問なんだけど
その妖精の何者かが黒幕の悪者だとして
継母をあやつって私を殺して、何の意味があるの?」
「パードゥン?」
王子が黒雪姫に話しかけた。
「あなた、東国の姫なのですか?」
何? こいつ、という顔をしながら黒雪姫が無視をしたので
小人たちが代わりにうなずいた。
「しかも信じられんじゃろうが、女なんじゃと!」
ほんに、キジも鳴かずば撃たれまいに
小人たちと黒雪姫がキーキー掴み合っているところに
執事が知った顔をしつつ、静かに言った。
「だったら話は簡単ですな。」
主人が主人なら、こいつも結構な主張したがりである。
「東国人は飛びぬけて、武力に優れた民族なのですよ。
東国を操れる地位を手に入れれば
人間の世界を征服するのも不可能じゃないですな。」
「え? そうなの?」
驚いたのは黒雪姫だけで、その場にいた他の全員は激しく納得した。
「武力・・・、うむうむ。」
「世界制服かー。」
「なるほどのお。」
「妖精界の者が、いや、どの界の者だろうと
そんな騒ぎを起こすのは断じて許されぬ。
妖精王さまにご相談し、何とか陰謀を止めねば!」
賢者が羽をバサッと広げ、飛び立って行った。
「♪ ウィンジ ブロイ フロムジ エージアー ♪」
黒雪姫のかなり音痴な歌を、小人が怪訝そうに見る。
「・・・いや、何となく。」
黒雪姫は、ちょっとバツが悪そうにエヘヘと笑った。
「にしても、東国の姫君でしたか。」
王子がぶしつけに黒雪姫をジロジロ見る。
「北国って、他の国と国交がないですよね。
どんなところなんですか?」
黒雪姫が、珍しく丁寧語で訊く。
「ええ、一年の3分の2は雪と氷に覆われた凍てつく大地ですが
針葉樹に囲まれた湖に白鳥が泳ぎ
短い夏には、それでもか弱く咲く花々と
沈まぬ太陽が見られるのです。
・・・刹那の国ですよ・・・、ふっ。」
「ああ、そうですか。」
黒雪姫は心のない声で、それだけ言うと
スタスタと家の中へと入って行った。
何か、あの王子と感性が合う気がしないわ
黒雪姫は自信を持って、そう思ったが
黒雪姫の感覚も、充分に他の人とズレていた。
続く
関連記事 : 黒雪姫 14 10.8.18
黒雪姫 16 10.8.24
カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
イキテレラ 1 10.5.11
黒雪姫 1 10.7.5 -
黒雪姫 14
「ういーっ、今帰ったぞー、土産だー。」
ヒモで結ばれた包みを渡す賢者に、黒雪姫の頭部にツノが生えた。
「深夜に帰宅した泥酔サラリーマンかよ?
ちゃんと終電に間に合ったんでしょうね。
タクシー代なんて、うちじゃ捻出できないわよ!」
「む、いきなり厳しい言葉だの。」
ムッとする賢者に、黒雪姫が怒鳴った。
「帰ってくるのが遅いのよ!
その間、てか今! 私、一度殺されたし!!!
もう、頭くるーーーっ!!!!!」
木の幹にミドルキックを連発し、荒れ狂う黒雪姫の頭上を
賢者が右往左往しながら、オドオドと訊く。
「一体、何があったんだ?」
「あー、説明するの面倒くさーーーーーっ!
仕事が遅いヤツは、せめて 『話はすべて聞いていた』 と
物陰から出てきて、手間を省かせてくれないかしら?」
言ったかと思うと、賢者に枝を投げつけ
賢者はそれを華麗に避けようとしたが
進行方向に逃げたので、見事に当たった。
わき腹からグキッとイヤな音がした。「怒りは・・・受け止めねば・・・ならぬ・・・。」
地面に落ちて、痛みにフルフル耐える賢者を
小人たちが黒雪姫から遠ざけれるように運ぶ。
フテ腐れる黒雪姫に代わり、小人たちが説明をした。
その時に賢者は、やっと人間が2人増えている事に気付いた。
「およ? そなたたちはどこから来た?」
王子は髪をかき上げつつ、伏目がちに憂いた。
「ようやく気付いてもらえましたか・・・。」
「このお方は北国の王子で、わたくしは執事です。
王子が南の森を調べてみたい、と仰るので
短期間の予定で森に入ったら
いつの間にかここにたどり着いていたのです。」
王子が前髪をかき上げた。
「冒険心は、男の勲章ですよ、ふっ・・・。」
「何かこの王子、人の善意によって生かされてるタイプじゃない?」
黒雪姫が大声でする内緒話を、小人がいさめた。
「健全な童話を、あんたひとりで邪悪にしている事に
早く気付いてくれんかのお。」
「で、賢者さまは妖精王さまにお会いになれましたか?」
小人の問いに、賢者は得意げにうなずいた。
「うむ、驚くべき話も聞けた。」
賢者は、いかにも荘厳な雰囲気での会談のように装ったが
実は祭の飲み会場での、ドンチャン騒ぎの中でのやり取りであった。
「数年前に、妖精の森から何者かが飛び出ていった事があった。
各界は交じり合わないように、結界が張ってあるのだが
故意か事故か、それが一部ほころんだのだ。」
「そんな事があったんですかい。」
「うむ、混乱を招かぬよう、極秘に調査されたが
誰がどこに出て行ったのか、突き止める事は出来なかったのだ。」
「で、それ以後、何事もなかったのだが、黒雪姫が現われた。」
「大きな災いじゃよな。」
ゴスッ うっ・・・
言った小人の後頭部に、黒雪姫が正拳突きをかます。
「今回の事には、妖精王さまも驚いていらした。
結界のほころびは修復されたはずだったからだ。
人間が妖精の森の結界を破れるわけもない。
妖精王さまは今、鋭意調査中なのだ。」
「結局、何もわかりませんでした、ってわけ?」
賢者はムッとしたが、黒雪姫がたたみかけた。
「いい?
数年前の結界のほころび、さっきの鬼ババの出現
これ、関係大アリだと思う。
だって鬼ババ、後妻に来た当時はまだノーマル・ババアだったもん。
ヘンになったのは、数年前からなのよ。
つーまーりーーーーー」
黒雪姫はビシッと賢者を指差した。
「妖精の森から出て行った何かが、后をおかしくした!
そう考えるのが妥当じゃない?」
賢者は、うーむ、と考え込んだ。
「后がここに現われたと共に、王子たちも迷い込んだ・・・。
出て行った何かが、后を通そうと開けた結界の穴から
王子たちが偶然入って来た、で説明が付くな。」
「王子たちが善意の第三者ならね。」
黒雪姫の言葉に、執事が静かに反論した。
「おそれながら申し上げさせていただきますと
我が王子は、二心のないお方です。」
「ニシン? カズノコの親の?」
「下心とか裏表がない、って事じゃよ。」
「ああ、要するに単純バカって事ね。」
「頼むから、喋る前に少し考えてくれんかのお。」
黒雪姫は、四方八方から蹴られた。
いくら小人とはいえ、キックは結構痛い。
しかも毎回7回以上蹴られている。
暴力はひとり1回を厳守させねば!
黒雪姫は、拳を握り締めた。
大事なのは、そこじゃないと思うんだが。
続く
関連記事 : 黒雪姫 13 10.8.16
黒雪姫 15 10.8.20
カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
イキテレラ 1 10.5.11
黒雪姫 1 10.7.5 -
黒雪姫 13
「肺胞・・・?」
「敗報・・・?」
定番だと決め付けられて、歌えと命令された歌を
釈然としない心境で歌いつつ、小人たちが家に戻ってきた。
しかし、飯はまだかー、の黒雪姫の第一声がない。
怪訝に思っていると、窓から外を覗いた小人が叫んだ。
「あの女が倒れているぞ!!!」
一同は半径2mの輪を作って、黒雪姫を囲んだ。
近付くのが恐かったからだ。
こんな小心者たちが、先刻の黒雪姫ののた打ち回る姿を目撃していたら
一生もののトラウマになっていたに違いない。
「死んでる・・・のか?」
「あんた確かめてみろ。」
「いや、あんたがやれ。」
「ちょっと待て、死んでたとして、どうするんだ?」
「一応、弔ってはやらないと・・・。」
「うむ。 化けて出そうだしなあ。」
「埋めるのか?」
「燃やすのは大変だろうー。」
「鳥葬、水葬、風葬、色々あるぞ。」
「いずれにしても、どっかに運ぶしかないのか・・・。」
「この大きな女をか・・・。」
「やっと平和が戻ってくると思ったのに・・・。」
「タダでラクはさせてもらえんものよのお。」
「とにかく死んでるのを確認しないと。」
「だから、あんたがせえって。」
「あんたがしろよ。」
堂々巡りも大概にしてほしいところに
新たな登場人物が現われた。
「ああっ、女性が倒れているではないですか!
これは何があったんです?
じい、侍医も兼ねるじい、このお嬢さんの処置をすぐさま。」
パフスリーブのブラウスにハイネックのジャケット
縦じま模様のちょうちんブルマ、タイツにハーフブーツ
それもハレーションを起こす緑と赤で統一された配色のファッションは
まず間違いなく、“王子” という職業であろう。
「はっ。
まだ温かいという事は、息が止まって間もないという事。
気道確保から入ります。 気管挿管!
いや? 奥に何か見えます。 鉗子 (かんし)!」
言いながらも、自分でカバンの中を探す初老の男性は、王子の執事らしい。
呆気に取られて、言葉もなく見ている小人たちの前で
黒雪姫は息を吹き返した。
ゲホゲホ咳をして、ゼイゼイと肩で息をしている黒雪姫に
執事が話しかけた。
「お嬢さん、これが喉に詰まって窒息したようです。」
鉗子につままれたリンゴのカケラを見て
黒雪姫は あっ! と、叫んだ。
「そして私がこの執事の主人、王子・・・」
自己紹介をしようと前に出た王子を突き飛ばして
黒雪姫が小人たちに、口角泡を飛ばす勢いで言う。
「ちょ、あの鬼ババが来たのよ!
ノーメイクだったんで、最初はわからなかったんだけど
近付かれた時に、首の横ジワで気付いたわ。」
黒雪姫は、一部始終を小人たちに説明した。
「このリンゴには毒が仕込まれているようですね。
飲み込んでいたら、間違いなく死んでいた事でしょう。」
執事がビンの試薬を駆使して、分析をした。
「うお、あっぶなーーーい!
リンゴを押し込まれる前に、イモが喉に詰まってて
それで命拾いしたのねーーーっっっ。」
「イモ?
あれはスイートポテト用じゃと言ったのに
盗み食いしたんか!」
小人のひとりが怒ると、黒雪姫は悪びれずに流した。
「1個だけだってー。
何百年も生きてるあなたらと違って
10代の私は、ピッチピチの食べ盛りなのよ。」
「にしても、継母まで入ってくるとは
この森はどうなってしまったんだろう?」
小人たちが不安がっているところに、賢者が戻ってきた。
続く
関連記事 : 黒雪姫 12 10.8.12
黒雪姫 14 10.8.18
カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
イキテレラ 1 10.5.11
黒雪姫 1 10.7.5 -
黒雪姫 12
小人たちが忙しくお使いに出ているというのに
黒雪姫は庭でノンビリと、落ち葉焚きをしていた。
切り株に大股開きで座り、枝で火を突付く姿はとても男らしい。
あたりには良い匂いが漂っている。
黒雪姫は枝で炎をかき分けて
サツマイモをぶっ刺して取り出した。
焚き火と言ったら、やっぱこれよねー
アチッアチッとお手玉をしながら、イモを2つに割る。
「おんや、美味しそうな匂いだねえ。
ヒェッヒェッヒェッ」
声がした方向を見ると、杖をついた老婆が立っていた。
渋々とは思えないほどの、見事な成りきりである。
継母は、“女は女優” を真に受けていた。
その姿を見ながらも、無言でイモにかじりつく黒雪姫に
老婆が手提げかごからリンゴを1個取り出して、提案した。
「そのイモをこれと交換してくれないかねえ?」
「イモ、1個しか焼いてないのよ。」
まったく、このバカ娘は相変わらず根性悪だね!
黒雪姫のそっけない返事に、脳血管をビキビキさせながらも言う。
「ほれ、そっちの半分で良いからさ。
こっちはリンゴを丸ごとあげるよ。
どうだい、悪い取り引きじゃないだろう?」
「・・・何か、えらい説得してるようだけど
そんなにイモが食いたいなら、恵んであげますわよ。
育ちが良いから、意地汚くないですしね。」
黒雪姫は老婆にイモの半分をポーンと投げた。
「・・・ありがとさんよ。(ムカムカ)
じゃあ、このリンゴを・・・」
「リンゴ、いらなーい。」
「えっ、リンゴ、好きじゃないんかい?」
「うん、別にどーでもいい存在ってやつ?」
おかしいわね、王国便りのプロフィールに載ってたのに・・・。
継母がどうしたものかと思案していたら、黒雪姫がムセ始めた。
ハンター・チャーーーンス!!!
継母は、瞬時に黒雪姫の側に走り寄り
とんでもない火事場のバカ力を出して
グシャッとリンゴを握り潰した。
フリッツ・フォン・エリックの先祖かも知れない。
「ああ、ほら、炭水化物系をガッつくから!
このリンゴをお食べ!
水分たっぷりで喉のつかえが取れるよ!!」
「あっ・・・!」
黒雪姫が何かを言おうとした瞬間
継母が黒雪姫の口にリンゴを押し込んだ。
「ゲホッゴホッ」
喉をかきむしってのたうち回る黒雪姫の顔色が
みるみる真っ青になっていく。
数秒後、前のめりにズシーンと地面に倒れる黒雪姫に向かって
拳銃バキューン 銃口の煙フッ の仕草をしながら、継母が言った。
「ジ・エンド」
恥ずかしいほど古い女である。
続く
関連記事 : 黒雪姫 11 10.8.10
黒雪姫 13 10.8.16
カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
イキテレラ 1 10.5.11
黒雪姫 1 10.7.5 -
黒雪姫 11
「何から先にすべきかしら。
殺害を命じた従者たちの処刑?
それとも黒雪姫への追撃?」
閉じた扇子で手の平をピシャンピシャンと叩きながら
ウロウロと歩き回る継母に、鏡が助言をする。
「従者の処刑は、理由付け等の準備が面倒だから後回しにして
先に黒雪姫を殺りに行くべきとちゃいまっか?
今度こそ確実に仕留めるためにも
あんさんが自ら出向いた方が良いと思いまっせ。」
継母は鏡に感心した。
「あら、おまえ結構知恵が回るのね。」
「へえ、わいは陰謀用鏡なんですわ。」
陰謀と鏡に、一体どういう関連があるんやら。
「では、この手で黒雪姫を殺りに行くわ。
あの娘は今、どこにいるのかしら?」
「へえへえ、諜報も任せておくんなはれ。
え~と、あれっ? 何で?????」
「・・・・・・・・・・・」
鏡が黙り込んだ。
「何なの?」
「ああ、いや、ここはちょっと行きにくいから
わいが直接送り迎えしますわ。」
「そう? じゃあ用意をしてくるから
それまでにそっちも準備を整えといて。」
継母が部屋を出て行った後、鏡は考え込んだ。
“東国出身” という事で、黒雪姫が映ってるんやろうけど
ここ、どう見ても妖精の森やなあ。
どうしたら人間があそこに紛れ込めるんやら。
どうもイヤな予感がしまんなあ・・・。
この懸念も、戻ってきた継母を見て忘れ去った。
手にリンゴを持っているのである。
「それで撲殺でもするつもりでっか?」
「そう、こう脳天めがけてグシャッとね
って、アホか!」
「見事なノリ突っ込みでんな。」
呆れる鏡に継母が言う。
「リンゴは黒雪姫の好物なのよ。
まったく貧乏舌なんだから。
王家の姫なら、せめて巨峰ぐらい言いなさいよ、って話よね。
で、この中にメルヘン用毒を注入してきたのよ。
食べたらイチコロよっ、うふん絵文字略!」
はあ・・・、と気のない返事をする鏡に構わず
継母が続けて相談する。
「でね、思ったんだけど、あたくしが行ったら警戒されると思うの。
そこで、あたくしだと気付かれないようにしたいんだけど
どういう変装が一番バレにくいかしら?」
「単にスッピンになるだけで
そのすべての問題が解決しまっしゃろ。」
ガッシャーーーーーーーン パリーン
継母が積み上げていた皿を、数枚叩き割った。
鏡のアドバイスの的確さと、その意味を瞬時に理解した自分が
とてつもなく腹立たしかったからである。
その後、鏡の前に座った継母は、無言でクレンジングを始めた。
怒りに満ちた表情だが、摩擦ジミを作らないよう
動作はあくまで丁寧なフェザータッチであった。
これが美容の基本。
続く
関連記事 : 黒雪姫 10 10.8.6
黒雪姫 12 10.8.12
カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
イキテレラ 1 10.5.11
黒雪姫 1 10.7.5 -
黒雪姫 10
黒雪姫を消して、継母が何をしていたかっちゅうと
お肌のお手入れである。
人を殺しといて、しかもそれはこの王国の姫で
それを暗殺したんなら、次にする事は王国乗っ取り!
と、普通なら考えるのだが、この継母の関心事は美容のみであった。
ある意味、とても純粋な女性である。
今日も鏡に向かって、コットンパックなどをやっていたら
鏡が何をヒマしとんのか、口を出してきた。
「なあ、あんさん、美容道を追求するのなら
次にするのは処女をさらってきて、生き血をすする
とかじゃないんかい?」
「はあ? おまえ一体いつの時代の魔物よ?
血なんか飲んで、何の成分が肌に効くってのよ?
今アンチエイジングで気になってるのは、EGFなのよ。
細胞の再生を促がす成分なのよ。
美容は科学なの!
最新の情報と、ある程度の知識が必要なの!
妙なおまじないとかと一緒にしないでね。」
「はあ、さいでっかー。
そりゃえらいすまんこって。
ちゅうかなあ、お手入れ用に使うんなら
鏡、別にわいじゃなくても良いんちゃいますの?」
鏡はあまりの退屈さにイライラしているようだ。
「誰が一番美人かっちゅうのも
国内の各自治体に調査員を置けば済む話で
そんなん、お后権限で簡単に出来まっしゃろ。」
継母が鏡面をジロリと睨んだ。
「おまえ、バカ?
調査員を置くなんて、私がそこまで他の女を気にしてる、と
国内中に言いふらしてるのと同じじゃないの!」
「んー、まあ、そうでっけど
あまりにヒマだと、心がすさむんですわー。
もちっと自分の存在意義を感じられる場所に行きたいんで
ちょっとおヒマを取らせてもらえませんかねえ。」
「ほっほっほ、心配しなくとも
おまえの価値は、あたくしが一番よくわかっててよ。
では訊きますよ。
鏡よ鏡、世界で一番美しいのは だ・あ・れ ?」
「はあ・・・、最初にこの質問に答えてしもうたのが悪いんやろか。
このババア、バカのひとつ覚えのようにこれしか訊かへん。
わい、もっと世界の壮大な真理を知っとるっちゅうに・・・
ほんに宝の持ち腐れとは、正にこの事や。」
鏡はウンザリしながらも、答えようとした。
「それは、お・・・、え・・・? ああ?」
鏡が心なしか、青ざめた色になってる前で
継母が被害者意識満載の物語を、脳内でやたら発展させる。
「『おえああ』 って何よ?
『おえええ』 なら、まだ話もわかるけど。
って、あたくしを見て 『おえええ』 とはどういう事よ!」
継母が大概にしてほしい動機で激怒しているのに
鏡は引き続き呆然としている。
「なあ、姫さん、ほんとに殺ったんでっか?」
「何よ? その証拠にあたくしが美人No.1になったじゃないの。」
「そう。 この前はそうだったんでっけど
今、わいのモニターには黒雪姫が映ってまんのや。」
「何? あのにっくき黒雪姫が生きていると申すのか!!!」
鏡は、うーん、とうなり
后はすっくと立ち上がった。
「おのれーーー、許すまじ黒雪姫!」
見事に型にはまった悪役っぷりである。
継母には、独創性というものが欠けていた。
続く
関連記事 : 黒雪姫 9 10.8.4
黒雪姫 11 10.8.10
カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
イキテレラ 1 10.5.11
黒雪姫 1 10.7.5 -
黒雪姫 9
バキーーーッッッ!!!
「また黒雪姫が寝返りで壁を蹴り破ったぞ!」
最近の定番の目覚ましは、黒雪姫の起こす轟音である。
「うーん、この音でも起きないとは・・・。」
「足、痛くないんじゃろうか?」
「ある意味、大物じゃよな。」
「実サイズ上でもデカいと思うが。」
「文字通り大物、と言うべきじゃな。」
小人たちが、大口を開けて爆睡している黒雪姫を囲む。
「にしても、最近ちょっと女性に見えないか?」
「見慣れただけじゃろう。」
「最初は野人だと思ったほどだったからのお。」
「汚れでナチュラルな迷彩色になっとったしのお。」
「今は毎日風呂に入って、栄養も行き届いているものなあ。」
「ああ、わしらをコキ使ってな・・・。」
小人たちはヤレヤレと溜め息をつき、散会した。
昼過ぎにドッカンドッカンと爆音がするので
何事かと集まってきた小人たちの目に映ったのは
大槌で壁を叩き壊す黒雪姫の姿であった。
「!!!!!!!!」
「あ、あんた、何をしとるんじゃね?」
小人のひとりが慌てて止める。
「ん? 今朝、また壁が壊れてるのを見つけたのよ。
もう古いようだし、修理ついでに増築しようかと思って。」
それはあんたが蹴り壊しとるんじゃ!
小人たちは全員、心の中で叫んだが
寄らば大樹の陰、長いものには巻かれろ
誰もあえて波風を津波にはしたくない。
それに、小人たちも寝ていて
いつ黒雪姫の腕や足が飛んでくるかわからない恐怖があるので
部屋が広くなるのは賛成であった。
と言うか、いつまでここにいるんだろう?
小人たちの胸中には、常にモヤモヤした疑問が渦巻いていた。
「この際、家の増改築をとことん
あの怪力女にさせようじゃないか。」
小人のひとりが提案した。
「うむ、食費も光熱費もバカにならんしな。
その分の労働はしてもらわんと。」
小人会議の決議案を黒雪姫のところに伝えに行くと
黒雪姫は快諾してくれた。
「うん、いいわよー。 私がやる気の時ならねー。」
「おい、だったらやる気がない時は何もしない、って事か?」
「知らんよ、本人に訊けよ。」
「どこに地雷があるかわからん巨人にか?」
固まってボソボソと小突き合う小人に、黒雪姫が叫んだ。
「おーい、お茶ー。 あと茶菓子ー。」
「はーい、わしがー。」
「あっ、卑怯な! そっちはわしがやる。」
「あんたは黒雪姫に詰問せえ。」
「いや、わしが茶を淹れる。」
「何じゃと! 自分ひとりおべっかか!」
小人たちは団子状に押し合いへし合いしながら
台所になだれ込んで行った。
・・・茶ぁぐらい、ひとりで淹れられないのかしら
何でも皆で一緒に仲良くやりましょー、ってか?
まったく、人間と違って妖精はノンキで良いわよね。
黒雪姫は呆れたが、この家で一番ノンキなのはこの女であった。
続く
関連記事 : 黒雪姫 8 10.7.26
黒雪姫 10 10.8.6
カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
イキテレラ 1 10.5.11
黒雪姫 1 10.7.5 -
黒雪姫 8
黒雪姫は、木の上でくつろいでいた。
「はー、毎日平和で良いわねえ。
庶民の暮らしも結構楽しいじゃない。」
「あんた、家事はまったくせんじゃないか。
それで庶民の暮らしを味わった気分にならんでもらいたいぞ。」
洗濯かごを持った小人が、下を通りかかって言う。
「代わりに力仕事はやってるでしょ。
あなたたち、ちまっこいから非力だし。
やっぱ適材適所が政治の基本だわね。」
のほほんと答える黒雪姫に、小人が懸念する。
「あんた、えらくノンビリしているけど
あんたがいなくなって、あんたの国、どうなってるか心配じゃないんか?」
普通に考えれば、これはおおごとな話である。
「んー、まあ、クーデターとかあるし
王国なんて永遠に繁栄はしないものよ。」
「えっ、そんな気楽に考えて良いんか?」
黒雪姫が、枝からドーンと飛び降りた。
その振動に小人が足を取られてよろける。
「チッ、おおげさな・・・。
あなたたちといると、自分がまるで大女になった気分で不愉快だわ。」
いや、人間たちの中でも、こいつは大きい部類に決まっとる。
小人は内心そう思ったが
頭上からゴォォォと睨む黒雪姫に、益々小さくなるしか出来ない。
黒雪姫のワンパンチで、小人なぞホームラン級に
空の彼方へ飛んでいくであろうから。
まったく、えらいな当たり屋に遭った気分である。
「いや、気楽には考えてない。
うちの国は、今までは上手くいってたのよ。
今後あの後妻が何をするかが、問題だと思うわ。」
「低レベルの顔勝負で、人を殺そうとするような鬼ババじゃからのお。」
「うん、このお返しはきっちりしないと、気が済まないわ。
だけど今は、賢者待ちでしょ。
情報がないと、ムダ足踏むし。」
「賢者さま、中々戻ってきなさらんのお。」
「どうせ祭に引っ掛かって、浮かれ騒いでいるんでしょ。」
その予想は当たっていた。
賢者は行く先々で歓待され、飲めや歌えやの宴会三昧で
中々先に進まず、まだほんのそこの集落にいた。
かなり使えんヤツである。
「私、ひとつ疑問に思っている事があるんだけど。」
黒雪姫が薪を割りながら言う。
「あなたたち、定番ソング、全然歌わないのね。」
「定番ソング?」
「うん、♪ ハイホーハイホー ♪ ってやつ。
この歌に合わせて一列になって、踊りながら行進するんじゃないの?
こういう風に。」
両手を広げながら、おどけたように足を上げて歩くそぶりをする黒雪姫を
小人たちが怪訝そうな表情で見る。
「肺胞?
何でわしらが呼吸器の歌を歌いながら
道化た歩き方をせにゃならんのだね?」
「おおっと!
意外な博識ですわね、小人さん。
うーん、某ネズ映画に騙されてたかしら・・・。」
黒雪姫は、珍しく自分を恥じた。
続く
関連記事 : 黒雪姫 7 10.7.22
黒雪姫 9 10.8.4
カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
イキテレラ 1 10.5.11
黒雪姫 1 10.7.5 -
黒雪姫 7
「ねえ、お風呂を沸かしてくれないかしら?」
黒雪姫のこの要求には、小人も即座に同意した。
「うむ、あんた、野生の動物のような臭いがするぞ。」
「しょうがないんだって。
このドレス、ひとりで脱ぎ着できないのよ。」
「高級な布なのに、容赦なく破り裂いて・・・。」
小人のひとりが、ドレスの端を触って嘆いた。
「サバイバルにドレス、ほんっとそぐわないのよ。
このパンプスも、最悪だったのよ。」
黒雪姫が差し出した足を見ると
かかと部分が無理に折られている。
「ヒールが土にズブズブ埋まるっての!
しかもこれまた高価な靴だから、妙に丈夫で
岩の切れ目を利用して根性で折ったのよ。」
黒雪姫の相手をしている以外の小人たちが、部屋の隅でヒソヒソとささやく。
「この姫さん、どんどん粗野な言動になっていってないか?」
「うむ・・・。 しかし風鈴は鳴ってない。」
「これがこの姫の地なんだろうな。」
「一体どういう国の姫なんやら。」
「乱暴なブスマッチョの国・・・?」
「何だかわからんが、そんな国、ものすごく恐いぞ。」
「あなた布に詳しそうだから、私が入浴してる間に
ひとりで脱ぎ着できる服を作っといてくれない?
そこのあなた、あなたもこいつを手伝って。 下着もいるし。
あなたとあなたは靴。
で、あなたは風呂沸かし、あなたは洗濯
あなたはベッドを用意して。」
黒雪姫は、次々に小人を指差して命令した。
「さあ、ちゃっちゃと動いて動いて
ヘイ! ムーブムーブムーブムーブ!」
手をパンパン叩いて、追い立てた後
自分は椅子にドッカリと座った。
「あんたは何もせんのかね?」
「姫ですもの。」
と言った途端、椅子がバキッと音を立てて割れた。
「あなたたちも私を暗殺するつもり?
まさか鬼ババの手先とか?」
床にもんどりうった黒雪姫が、怒る怒る。「と、とんでもない!」
必死に冤罪を訴える小人たちをなぎ倒し
壊れた椅子を手に、黒雪姫が立ち上がった。「何なの? このヌルい作りは!
どっかの国なんか、象いないのに
象が踏んでも壊れない筆箱を作ってるというのに!」
玄関を出ようとした瞬間
黒雪姫の頭頂部がドアの枠に当たり、壁がバキッと割れた。
更なる激怒の予感に、小人たちが手を握り合って震えていると
黒雪姫が叫んだ。
「入り口も狭い!」
ふんっ と鼻息と共に、ドアに肩をブチ当て
黒雪姫は裏庭へと出た。
ドアの上の蝶番がひん曲がってしまっている。
「おらーーーっ、板を持ってきてー!
風呂に入る前にひと汗かくわよ!」
持っていた椅子を地面に叩き付けて怒鳴る。
「お姫さまっちゅうのは、大工仕事も出来るんか?」
「うちの国は山賊あがりの野蛮な国だから、力仕事は得意なのよ。
逆に裁縫とかの細かい手作業は苦手だけど。」
髪を振り乱して、かなづちをドッカンドッカン振るう黒雪姫に
小人たちは、破壊的な番犬が出来たような気分にもなっていた。
続く
関連記事 : 黒雪姫 6 10.7.20
黒雪姫 8 10.7.26
カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
イキテレラ 1 10.5.11
黒雪姫 1 10.7.5