カテゴリー: パロディ小説

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 4

    「王子さま・・・。」
    廊下を歩く王子に、執事がスッと近寄る。
    「王さまのご機嫌が少々お悪いようです。
     お気をつけください。」
     
    「そこの調節を、何とか頼む。」
    「はい、やってはみますが、難しいと思います。」
    「王というものは、能のあるなしに関わらず
     気位だけは高いからな・・・。」
    溜め息を付く王子。
     
    「わかった。 何とかしよう。
     私たちが城を空ける時はおまえは残ってくれ。
     この3人の内のひとりは、必ず城にいるようにしよう。」
    「御意。」
    執事は黒雪に頭を下げ、去って行った。
     
     
    「あの執事も妖精王に許してもらったのね。」
    「はい。
     じいは私が生まれた時から側にいてくれた唯一の者です。
     一緒に来る事ができて、本当に助かりました。
     ・・・しかし逆にその厚意が不安なのですよね・・・。」
    「どういう意味?」
     
    「謀反人の息子に、この温情は過剰ではないですか?
     それとも、私が腹心をも必要とするほど
     この国の復活劇は大変なのでしょうか?」
     
    「うーん、そう言われてみれば、手取り足取りよねえ。」
    「何か違いますよね? その言い回し。」
    「えーと、板れり突くせり?」
    「ははは。」
     
     
    王子は黒雪の肩を抱き寄せた。
    この人がいてくれて本当に良かった、と心から思えた。
     
    ひとりだったら、この寒い土地で国の復興など無理だっただろう。
    いや、あの時のこの人の涙がなかったら
    母の償いをしようなど、思いもしなかったであろう。
    この人は、私に心を持たせてくれた。
     
     
    王子は、黒雪に口付けをした。
    途端、足を思いっきり蹴られた。
     
    「うっっっ!!!」
    足先を押さえてうずくまる王子。
     
    「あ、ごめんごめん。
     でも歩きながら他の事をすると
     ほぼ八割方、痛い目に遭うわよ。」
     
     
    「・・・・・・・・・・・」
    王子は涙目で黒雪を見上げた。
    黒雪はヘラヘラと笑っていた。
     
    「・・・このぐらいの痛み、あなたは平気でしょうけどね・・・。」
    「それどころか、自分の傷自慢に発展するけどね。」
    「これだから肉体派は・・・。」
     
    王子がブツブツ言いながらも、痛がってるので
    黒雪が王子を抱きかかえた。
    「ちょっと! 止めてください!!」
     
    「部屋まで連れてってあげるわよ、痛いでしょ?」
    「お願いですから、お姫さま抱っこだけは
     私から奪わないでくださいーーーーー。」
     
     
    王子の号泣に黒雪は動揺し、慌てて床におろした。
    「あなたには男のプライドなんかわからないんですっ!」
     
    廊下に座り込んで、しかも女座りで泣き喚いている時点で
    男の沽券は台無しじゃないだろうか?
     
     
    とは言えないので、黒雪は王子の横にしゃがんで
    ごめんね、と背中を撫ぜながら謝った。
     
    王子と妃なのに、何をやっとんのか
    ほら、家臣たちが遠巻きに見てるぞ。
     
     
     続く
     
     
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           黒雪伝説・湯煙情緒 1 11.3.23  
           
           小説・目次   

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 3

    待望の春がそこまでやってきていた。
    黒雪は、大臣たちを集めて会議を開いた。
     
    「道路建設は東国側の協力もあって、今年中には目途が立つでしょう。
     次の策は、荒野に冬季用の城と街を作る事です。
     今のこの城の場所は、雪に埋もれてしまいます。
     その間、すべてが停滞してしまうのです。
     それでは国力を伸ばせません。
     しかし国土の形状を考えると、この場所に本拠地が必要です。
     よって、ここは春夏秋用として、冬場のみ閉鎖にしましょう。」
     
    大臣たちが、うなずきながらも反論する。
    「それは我々も考えておりました。
     しかし実現には莫大な費用が掛かります。」
     
    「工事には、東国の職人も入れましょう。
     東国にとっては雇用の促進になるので
     私の父にもいくばくか用立ててくれるよう、交渉します。」
     
    会場は小さく歓声が上がった。
    大国と繋がりができるというのは、こんなにもメリットがあるのか
    驚きとともに、閉鎖的だった時代を悔やんだ。
     
     
    「だけどそれだけでは、工事費用はまかなえません。
     そこで私は別動で、資源を探してみます。」
    「資源?」
     
    「ええ。 この広い大地には、絶対に地下資源が眠っているはずです。
     学者たちにも協力してもらって、それらを探します。」
    「その資金はどうするんですか?」
    「私の持参金を使います。」
     
    「ちょっと待ちなさい。」
    口を挟んだのは王であった。
    「そなたの持参金は、国庫に入った。
     もう使い道は決まっておる。」
     
     
    「城の者の衣服や装飾品等ですね?」
    王子が書類を手に立ち上がった。
     
    「申し訳ありませんが、しばらく皆辛抱してください。
     他国に助けてもらいながら、贅沢な暮らしをしようなど
     失礼というものですよ。」
     
    王が明らかにムッとしている。
    「あ、じゃあ、捜索は私と少人数でいたしますわ。」
    黒雪が手を上げた。
     
    「あと、私のドレスは作らないでくださいね。
     もう充分に持っておりますし、正直似合いませんしね。」
    あはは、と笑う黒雪に、会場がなごむ。
     
     
    「大国の姫など、どんな鼻持ちならないお姫さまかと思っていたら
     気さくな良いお方ではないか。」
    「ああ、さすがうちの自慢の王子様がお選びになっただけある。」
     
    大臣たちが喜んでいる中、王だけがムッツリとしていた。
    王子と王子の妃が、どんどん物事を決めていくのが気に入らないようだ。
     
    これが “老害” というやつか。
     
     
     続く
     
     
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           黒雪伝説・湯煙情緒 1 11.3.23  
           
           小説・目次 

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 2

    一週間に及ぶ、結婚のイベントをこなした直後
    黒雪は議会で道路建設の指揮を取ると言い出した。
     
    莫大な持参金と、大勢の従者を連れて来た大国の姫は
    新参なのに、北国の城の中で既に一大勢力を持っていた。
    「結婚したばかりなのに、早すぎませんか?」
    せいぜいがこの程度の異議しか出ない。
     
     
    「浮かれてる場合じゃないと思います。
     それでなくとも、年の半分は雪で身動きが取れないのだから
     動ける内に動いておかないと。」
     
    この意見には、もちろん文句は出ない。
    「ただ・・・、その・・・、お世継ぎも・・・。」
     
    「私も王国で生まれ育った身。
     世継ぎの重要さはわかっております。
     出産は真冬にしますから。」
     
    黒雪の言い切りに、会場はどよめいた。
    妊娠出産を、そう都合良く出来るものか。
     
    だが黒雪の強運さは、そこにあった。
    雪が積もるギリギリまで、奔走しつつも
    冬に見事に出産するのである。
    しかも男女の双子であった。
    これにより、北国での黒雪の地位は確固たるものとなった。
     
     
    「はあ・・・、出産、すんごいしんどかったわ・・・。」
    「お疲れ様でした。
     ありがとう、奥さま。」
    王子は感動しきりである。
     
    「さすが元ヘビ、多産させられるわー。
     卵で出て来い、っつの。
     双子、この国では不吉じゃないわよね?」
    「はい。 むしろ幸運だと言われてるみたいですよ。」
     
     
    王子の抱擁を受けながら、ベッドの上で黒雪は考え込んだ。
    「何です?
     私の奥さまが恐い顔になっていますよ?」
    黒雪の眉間をチョンチョンと王子が突付く。
     
    「ああ、いえ、ちょっと気になったんだけど・・・。
     あの王さまって、実のお父さんじゃないわよね?
     王さまの奥さんはいないの?
     そこ、どうなってるの?」
    ヒソヒソと王子に耳打ちする黒雪。
     
    「この国は母のせいで消えていたらしいのです。
     それを作り直した上に、更に後から私を組み込んだみたいですよ。
     この国の人の記憶では、私は父王の嫡男となってます。
     父王の奥さん、この世界での私の母の事でしょうかね?
     とにかく王妃は、私を産んですぐ死んだ事になってますね。」
     
     
    王子の話に、黒雪が首をひねった。
    「国の再生はどれぐらい掛かったのかしら?
     あなたをそこに組み込むのは一瞬で出来たの?」
     
    王子も少し顔を曇らせた。
    「そこがよくわからないんです。
     いつ国の再生が完了したのか。
     でも私が組み込まれたのは、最後のようです。
     どうもところどころ、わからない部分があるんですよね。
     300年前の戦いの時から。」
     
    「ふーむ、私たちの結婚も、偶然だけじゃないかもね。」
    黒雪の言葉に王子は慌てた。
    「えっ? 私はあなたを真剣に愛していますよ!」
     
    「そこじゃなくて、この結婚は私たち以外の誰かにとっても
     何かの意味とか、目論みみたいなのがあるのかも、って話よ。
     もう! こういう頭を使う事はあなたがやってよね!
     私は労働担当だから。」
     
    「・・・小人さんたちに言われた事を、根に持ってますね?」
    王子がクスクス笑った。
    「今度あいつらに会ったら、お礼をしないとね。」
    鼻息を荒くする黒雪。
     
     
    「ふふ、頑張ってくださいね。」
    まるで他人事のように言う王子。
    「・・・あなた、時々すごく冷たいわよね?」
     
    ちょっと引く黒雪に、平然と答える王子。
    「どうせ爬虫類ですからね。 ふん。
     でも、あなたにだけは何があっても忠実ですよ。」
     
    「へえ? ハブ女王の息子だった事とか、ウソを付いていたのに?」
    その言葉を聞いた途端、ガバッと黒雪にしがみつく王子。
    「それは本当に謝ります。
     真実がわかったら、全部言いますから!!!」
     
     
    え? まだ何か秘密があるの?
    と黒雪は思ったけど、まあ、いいや、と流した。
     
    筋肉脳は、太っ腹である。
     
     
     続く
     
     
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           黒雪伝説・湯煙情緒 3 11.3.29
           
           
           小説・目次  

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 1

     北国の王は動揺した。
     
    息子が連れて来た結婚相手が
    超・兄貴! だったからである。
     
    (注: 超兄貴とは、その昔PCエンジンというハードで出た
     伝説のシューティングゲームである。
     と言うか、こういう解説がいる言葉を多用しないでもらいたい。
     えっ? 自分で書いてて人のせい?)
     
    真っ黒に日焼けして、筋骨隆々のその婚約者は
    本当に女性なのか? と、疑うほどであった。
     
     
    だが、そこが逆に国民にウケたのは意外であった。
    厳しい気候のせいで、裕福ではない我が国に
    あの大国、東国の姫が嫁いでくれる事自体、奇跡だったが
     
    体中アザだらけ傷だらけなのに、堂々とウエディングドレスを着る
    → さすが、大国の姫君! ってな具合に。
     
    しかもそのアザや傷や日焼けは
    我が北国への道を作るためにできたものなのだ。
    国民たちは、感謝とともに期待を持って黒雪を歓迎した。
     
     
    ふむ、少々気の弱いところのある王子には
    このような逞しい姫が良いのかも知れん。
     
    王はカイゼルひげを引っ張りながら、納得した。
     
     
    「アタシは納得しないですわん!」
    黒雪の枝毛だらけの髪をセットしながら
    ヘアメイク担当のカマが不満をタレる。
     
    「しばらくイベント続きだというのに
     このきったないお肌に、ボッサボサの髪!
     アタシが代わりにドレスを着た方が、よっぽど美しいわん!
     ああ、姫さまのヘアメイク、とっても苦労ーーーっ!!!」
     
     
    「ちょ、待て、何故おまえがここにいるの?」
    黒雪が問うと、カマが驚愕する。
    「あらっ! あらららっ!
     結婚式もアタシ担当だったのに、今頃気付いたんですのん?
     あんまりですわん!
     腐った雑巾のような姫さまを、花嫁へと何とか変身させたのに!」
     
    「す・・・、すまん・・・。」
    「まあ、いいですわん。
     結婚式なんて誰でもアタフタしてますしねん。
     ・・・あーたは準備中、ずっと寝てたようですけどねん。」
    「す・・・、すまん・・・。」
     
     
    「ヘアメイクアップアーティストというのは、花形の職なんですのよん。
     特に王室勤めともなると、ファッションリーダーですわん。
     カリスマですわん。
     なのに姫さまに付いて、辺境の国に移住するなんて
     もったいなさすぎますわん。」
     
    ベラベラ喋りながらも、テキパキと手を動かす
    この、“ヘアメイクアップアーティスト” が
    とても有能らしい事は、美容に無頓着な黒雪にもわかった。
     
    「へえー、何故おまえは来てくれたの?」
    「東国の城には、もうトップがいたのですわん。
     彼には適わないから、アタシは新天地でトップを目指しますわん。
     “鶏口となるも牛後となるなかれ” って言うでしょん?
     牛の中ではビリでも、鶏の中で一番になりゃ良いでしょ、って。」
     
     
    「ふむ、そうなのか。
     頑張ってくれ。
     一緒に来てくれて、ありがとう。」
     
    その言葉を聞いたカマは、一瞬手を止めて黒雪の顔を見た。
     
    「・・・・・・ふーーーっ
     ブスなのに大らかな性格なのよねん、姫さまったら。」
    首を振って溜め息を付かれ、黒雪は複雑な気分になった。
    「・・・・・・・・・どうも・・・・・・・・・・。」 
     
     
    そこへ王子が入ってきた。
    「仕度はできましたか? 姫。
     いえ、・・・私の奥さま・・・。」
    王子の顔が赤くなるので、黒雪までつられて赤くなる。
     
    ふたりの間に花びらが降りかけたところで
    カマが割って入る。
     
    「もーーーーーっ!
     イチャラコチャラは後でやってくださいよねん!
     まだ準備中ですのよん。
     殿方は出入り禁止ですわん。」
    カマがキイキイ言いながら、王子を追い出す。
     
     
    「まったく、このゴリ姫の夫が
     あんな美男子なんて、世の中狂ってますわん。」
    「えっ、あいつ、美男子なの?」
     
    「・・・そういう自覚のないところが、また腹が立ちますわん。
     さあ、さっさと用意しますわよん!」
     
     
    カマの逆鱗に触れ、グイグイ髪を引っ張られる黒雪。
    こいつに逆らえるヤツは、多分いない。
     
    ちなみに彼の名は、キドである。
     
     
     続く
     
     
    関連記事 : 黒雪伝説・湯煙情緒 2 11.3.25
           
           
           小説・目次  

  • 黒雪姫 42

     「まあまあ、またお会いできるとは!
     あの時はロクにご挨拶も出来ずに・・・。
     え? 北国の王子におなりに?
     それは本当に喜ばしい事ですわ!
     あなた、王様、このお方が黒雪姫の恋人ですわよ。
     ほほほ、そうスネずに。
     第一王子、こちらにおいでなさい。
     ほら、以前話したヘビ王子、それがこのお方よ。」
     
     
    「王子が許されて、北国の王子として
     人間界に組み込まれたらしいぞ。」
    「おお、賢者さま、それは良かったですな。」
    「妖精王さまも神さまも、粋な計らいをするもんじゃて。」
     
    「そして王子は、黒雪姫と再会できたらしい。
     黒雪姫は北国に嫁ぐらしいぞ。」
    「ほお・・・、あの女を嫁にしたい男がいるとはのお。」
    「わしらは何度投げられた事か。」
    「じゃが、あの王子の母はハブ女王じゃし。」
    「あの女も大蛇も変わらん凶暴さじゃしのお。」
    「わしらも、また会えるかのお?」
    「うーん、もちっと心の傷が癒えてからにしてほしいのお。」
     
     
    「久しぶりじゃな。 ヒッヒッヒッ」
    「・・・魔女か・・・。」
    「あたしが奇跡をあげたのに
     結局捕まるとは、あんたも能がないねえ。」
     
    「そもそも最初に敗戦した時点で
     妖精界から逃げるべきではなかった・・・。」
    「じゃあ、あたしが東国に連れてってあげたのは
     いらん世話だと言うのかい?」
     
    「おまえは実に上手くやった・・・。
     “奇跡” という言葉は、わたくしの誇りまで奪い去った・・・。
     いや、そんな言葉を真に受けた時点で
     わたくしはもう誇り高き女王ではなくなっていたのだろう・・・。」
     
    「泣き言はいらないよ、気持ちはわかるけどさ。
     今回の観察では、あんた以外の動きが面白かったしね。
     まあ、それもあんたの働きのお陰だろうから
     ひとこと挨拶に来ただけさ。」
     
    「魔女よ・・・、おまえは何故妖精王の結界を通れるのだ・・・?
     ここは何者たりとも入れぬ、妖精王の牢。
     何故おまえはそこにいる?」
     
    「ヒッヒッヒッ、質問されるのは好きだよ。
     答えるとは限らないけどね。
     ・・・ま、いいさ。
     あたしゃね、何にも属してないから
     結界どころか、時間も関係ないのさ。」
     
    「属してない・・・?」
    「そう。 あたしゃ、少し道筋を曲げて
     こうなるはずなのがどうなるか、それを観察するのさ。」
     
    「よくわからぬ・・・。
     それで何になるのだ・・・?」
    「さあてね。
     あたしにもわからないよ。
     意味はまた他に誰か、考えるヤツでもいるんだろうさ。
     あたしゃただ水面に石を投げて、波紋を見て楽しむだけさ。」
     
    「残酷な存在もあったものだな・・・。」
    「おっと、逆恨みはやめとくれ。
     あんたの現状は、しょせんあんたの資質さ。
     あたしゃ行くよ。 じゃあね。」
     
     
    4回も突付いたというのに、今回は失敗だったね。
    さあて、次はどこへ行くかねえ。
     
    魔女と名乗る観察者は、星のきらめく闇の中でノートをめくった。
     
     
     
    「エ・・・? 結局 ワシ 出番ナシ・・・?」 by 樫の木
     
     
     
             終わり 
     
     
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           黒雪姫 1 10.7.5  
           
           小説・目次  
     
    音声ブログ : 黒雪姫 1 10.10.27 by かいね
          

  • 黒雪姫 41

    荒野の石ころによろけ、パンプスを脱ぎ捨てて黒雪姫が飛ぶ。
    両手を広げて、ガッシリと抱きとめてくれたのはヘビ王子であった。
     
    「まさかあなたが、こんな出迎えをしてくれるとは思いませんでしたよ。」
    王子の驚きに、黒雪姫も同意する。
     
    「自分でもビックリよ。
     何かわからないけど、むっちゃ盛り上がってるわ。」
    お互いにギュッと相手を抱きしめる。
     
     
    「で、何でここにいるの?」
    「3年前に妖精王さまに許されて、神さまが人間にしてくれました。
     私はいきなり北国の王子になったのです。」
     
    「何よ、その反則技。
     やっぱあいつら、万能じゃないの・・・。」
     
     
    「姫、顔を見せてください。」
    黒雪姫が王子の胸から顔を上げる。
    「逞しくなりましたね。」
    「うん、腕なんかあなたの太ももぐらいあるんじゃない?」
     
    王子が黒雪姫から1歩下がり
    黒雪姫の手を取り、右ひざを付いて頭を下げた。
    「黒雪姫、私、北国の第一王子ジークの妻になってください。」
     
    「え? あなたの名前、ジークなの?
     北国に行ったら竜と戦うハメになりそうでヤだなあ。」
    「ひ、姫ーーーーー・・・・・!」
     
    泣きそうな顔になった王子に、黒雪姫は あはは と笑った。
    それから、一礼して丁寧に応えた。
    「喜んでお受けいたします。」
     
     
    黒雪姫のゴツゴツの手に、丁寧に口付ける王子。
    それから、お互いの従者の方に向かって叫んだ。
     
    「「 このお方は私の婚約者です! 」」
     
    北国側も東国側も、呆気に取られていた。
    ふたりの世界にも程がある、という話である。
     
     
    「首都からここまで1ヶ月ぐらい掛かるんですよ。」
    「こっから東国の城までは40日ぐらいかな。
     北国方面も私が道を作ってあげるわよ。」
    「相変わらず頼もしいですね。」
    「ママンはどうしてるの?」
    「母はまだ妖精王さまの下で幽閉中ですよ。」
    「うちの継母は3人の子持ちになったのよ。」
    「私たちにも沢山子供ができると良いですね。」
    「卵で産まれるんかな?」
    「なわけないでしょ!」
    「あはは」
     
     
    話が尽きないふたりは、手を繋いで荒野をゆっくり歩き出した。
    黒雪姫が脱ぎ捨てたパンプスを王子が拾い、履かせる。
     
    そしてまた手を繋ぐ。
    そして見つめ合う。
    そして微笑み合う。
    そして歩き始める。
     
    そしてふたりの未来がひとつになった。
     
     
     続く
     
     
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  • 黒雪姫 40

     ようやく荒野手前まで着いた。
    臨時に張られたテントのひとつで
    黒雪姫を中心に、幕僚たちの会議が開かれていた。
     
    「では、ここら一帯を切り開いて関所を作ろう。
     私は明日荒野に入り、そのまま北を目指す。
     供は4人、途中で交代させつつ行く。
     交代の際には、こちらは新しい地図の写しを持たせるので
     そちらからは飲食物を頼む。
     何かあったら、その都度ハトを飛ばす。」
     
     
    黒雪姫が説明していると、テントの外が騒がしい。
    「何だ? 何かあったのか?」
    隊長が顔を出すと、兵士が動揺して言った。
     
    「今、北国の使いという者がやってきました!」
    テントの中も、ザワついた。
     
     
    北国? 北 “国” ?
    神さまたち、ちゃんと北国を直してくれたんだ!
    黒雪姫は安堵のあまり、胸を押さえて手を机に付いた。
     
    「北国の方も、国交のために南下をしていたらしく
     荒野の向こうに宿泊地を設営したそうです。
     それで明日、北国の高官が来るので
     こちらの長と謁見したいと申し出ております。」
     
    「ふむ、礼に適った申し出じゃの。」
    隊長がヒゲを撫でながら、満足気につぶやく。
     
     
    「では、明日は私が行こう。」
    黒雪姫の言葉に、侍従長がジロッと睨んだ。
    「ドレスを着てくださいね。」
     
    驚く黒雪姫。
    「えっ? ドレスなんか持ってきてるの?」
    「もちろんです。」
    「この鍛え上がった体で?」
    「はい。」
    「男の女装に見えると思うよ?」
    「致し方ありませんな。」
     
    まさかこんな落とし穴があるとは!
    黒雪姫は愕然とした。
    東国が変態国に思われなきゃ良いのだが。
     
     
    翌日、朝早くから湯浴みをし、ドレスを着た黒雪姫。
    「もうーっ、無防備に日焼けなさるから
     ファンデのノリが悪いわんっ。」
     
    「すまん、こういう事態は想定してなかったもんで・・・。
     と言うか、おまえ、いつからいた?」
    クネクネしながら黒雪姫にメークアップをするのは
    オカマの兵士である。
     
    「今まで出番がなかったんで、お気付きにならなかったでしょうけど
     姫さまいらっしゃるところに、美容係は必ずお供しますわん。
     こういう場所には女性は無理だから
     男のアタシが待機してますのよん。
     やっとお役に立つ事ができて、嬉しいですわん。」
     
     
    「へ、へえー・・・。」
    とまどう黒雪姫に、カマがズケズケ言う。
    「ああーーーんっ、これじゃメイクしない方がまだマシなぐらいっ!
     口紅もアイシャドウも似合わないし
     お粉も顔中浮いちゃったわんっっっ!」
     
    「あ・・・、すま・・・。」
    ものすごく無礼な事を言われてるのに
    申し訳ない気持ちになるのが不思議である。
     
     
    もう、メイクアップなんだかメイクダウンなんだか
    ドレスアップなんだかドレスダウンなんだか
    わからない身支度を終えて、北国の使者を待つ黒雪姫。
     
    「おいでになりました。」
    その声に、テントを出て見ると
    荒野の向こうに、数人の人影が見えた。
     
     
    その人影が徐々にくっきりし始めた時
    その内のひとりがこちらに走り始めた。
     
    黒雪姫も走り出した。
     
     
     続く
     
     
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  • 黒雪姫 39

     黒雪姫は3人目の弟の誕生で、城に戻っていた。
    「まったくあなたときたら、子供を産まないと帰って来ない。」
    継母が、いまいましげに文句を言う。
     
    王妃はこの10年の間に、宣言通り3人の子を産んだ。
    ひとり目が男児、ふたり目は女児、そして今回はまた男児である。
     
    栄養ドリンクをグビグビ飲みながら、黒雪姫が反撃する。
    「あの遠距離を往復するのは
     冠婚葬祭でもないと無理というもんですわよ。」
     
     
    「もうすぐあの荒野に到達ですって?」
    「ええ、荒野手前に関所を作っている間に
     北国に親書を持っていきます。」
     
    「あなたが?」
    「はい。」
    「北に国があるのかもわからないのよ?」
    「でも行きたいんです。」
     
    継母は微笑んだ。
    「そうよね。 行きたいわよね。」
    黒雪姫も、無言で微笑んだ。
     
     
    「姉上!」
    馬具を整える黒雪姫に声を掛けたのは、第一王子である。
    「よお、長男。」
    黒雪姫が笑顔で応える。
     
    「もう行っておしまいになるのですか?」
    「うん。」
    「いつもトンボ帰りですね・・・。」
    「ごめんね。」
     
    「母上から聞きました、ヘビの恋人の話を。」
    「いや、見た目はヘビじゃないんだけどね・・・。」
     
    あのババア、何をどう言うとんのやら。
    黒雪姫は、継母の寝室のある方を見上げた。
    窓辺に継母らしき姿が見える。
     
     
    「姉上・・・。」
    「ん?」
     
    第一王子が黒雪姫の腕を引っ張ってかがませ
    その首にしがみついた。
     
    「姉上、どうか、黙っていなくならないでくださいね。」
    首に回したその、小さい腕の力が
    第一王子の不安をもの語っていた。
     
    黒雪姫は、第一王子をそのまま抱き上げた。
    「あはは、工事が終わって戻ってきて
     そのまま嫁にも行けずに、ボケ老婆になるかもよー。」
     
    第一王子は真剣な顔で言った。
    「そうなってほしいです。
     どこにも行かずに、ずっと側にいてほしいです。」
     
    本人は城にほとんど戻らないので、知らなかったが
    北国への道路工事の指揮を、女だてらにこなしている事から
    黒雪姫は東国の英雄になっていた。
    そんな黒雪姫に、弟妹は憧れを抱いていたのである。
     
     
    泣きじゃくる弟を置いて行くのは
    さすがに黒雪姫とて、辛いものがあった。
     
    何度振り向いても、弟はそこで泣いている。
    もう一度、もう一度だけでも戻ろうか
    一瞬そんな迷いも生じる。
    城の窓を見ると、継母が手を振る影が見えた。
     
    黒雪姫は戸惑ったように、手を少し上げると
    厳しい表情で行く手を向き、二度と振り返らずに馬を飛ばした。
     
     
     続く
     
     
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  • 黒雪姫 38

    「ああ、やっと北国がかすかに見えました。」
    高台に上がった部下が、黒雪姫に望遠鏡を手渡した。
     
    「文献によると、あの荒野から先が北国です。
     その遥か彼方の山の木は、針葉樹になっているようです。
     多分かなり寒い国でしょうね。」
     
     
    黒雪姫は望遠鏡を覗いた。
    あの時チェスをした、あの荒野だった。
     
    荒野からの冷たく澄んだ風が、急に頭上を吹き抜けた。
    その瞬間、もう遠くになってしまっていた記憶がくっきりとよみがえった。
     
     
       本当にこの娘は人間なのか?
                ただの鳥ではない
            リンゴを丸ごと
     いつのまにかここに
               おまえらここがどこだと
          兵隊たちが攻めて
       女王にしてあげようぞ
                   姫を守れぬではないか
             滅んだわ
       ご苦労であった
                身の程を知れ
         嬉しくない結末
     一番忘れたくない
           諦めはしません
                 いつか
                     信じて
     
     
    ああ・・・、私は確かにあの時あそこに彼らといた・・・。
     
     
    鼻の奥が熱くなったけど
    泣くのは未来を否定する事になるような気がしたので
    目を見開いて、空を睨んだ。
     
    以前とは違って、空は春へと向かう時の
    手元に降りてくるような、かすみがかった青である。
     
     
    無言の黒雪姫を、部下が見てハッとした。
     
    姫のくせに、作業服にタオルでハチマキ
    日に焼けて真っ黒で、手は豆だらけ傷だらけ
    筋肉もゴツゴツと付いて、髪はボサボサ
    何日も風呂に入っていないので、泥まみれである。
     
    だけど真っ直ぐに空を見上げる黒雪姫は、何故か神々しく見えた。
    その瞳は、誰も見た事のないものを映しているかのように輝いている。
     
    部下は思わず片膝をついて、黒雪姫へ深く頭を下げた。
     
     
     続く
     
     
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           黒雪姫 1 10.7.5  

  • 黒雪姫 37

    「ご出産、おめでとうございます、お継母さま。」
    部屋の入り口で、敬礼をする黒雪姫。
     
    「まあ! 黒雪、見舞いに来てくれたのですか?
     さあ、こっちにおいでなさい。」
    ベッドに横たわっていた継母が、笑顔で迎える。
     
     
    「ごらんなさい、見目麗しい男児よ!」
    ベビーベッドには、男の子が寝ている。
    「・・・遮光器土偶って知ってます・・・?」
     
    「産まれたては皆こうなの!」
    継母は黒雪姫のわき腹を、ゴスッとドツいた。
    「ぐふっ・・・、早速世継ぎをお産みになるとは
     さすがお継母さま・・・。
     くうーっ、良いパンチで、ううう・・・。」
     
     
    「で、そっちはどうなの?」
    継母のベッドに腰掛けた黒雪姫が、天井を仰ぐ。
     
    「ええ・・・、道のりは険しいですね・・・。
     2年も経って、多分まだ森の3分の1も行ってない。
     途中に番小屋を建てながらなので
     肝心の道路工事も、なかなか進まないのです。」
     
    「そう・・・。」
    継母が黒雪姫の背中を撫ぜる。
     
    「まあ、あなたでダメだったら、弟たちにやらせなさいな。
     念には念を入れて、あと2人は産んどくわよ。」
    「まことに頼もしい限り。」
    継母と黒雪姫は、笑い合った。
     
     
    ふたりの関係は、“あれ” 以来
    どう変わったというわけでもない。
    元々ふたりとも、あっさりした気質ではあったのだ。
    継母が鏡に狂わされていただけで
    なるべき母娘の関係になった、と言えるのかも知れない。
     
    しかしふたりの間には、それ以上の何かが生まれていた。
    大蛇の前で、共に命を落とす覚悟をした瞬間から。
     
     
    黒雪姫は立ち上がった。
    「では、行ってきます。」
    「もうなの?」
     
    継母は引き止めた。
    「せめて1日ぐらい、ゆっくりして行きなさいよ。」
     
    継母の頬にキスをしながら、黒雪姫はあっさりと言った。
    「お継母さまこそ、大仕事の後なのですから
     ごゆっくりお休みください。」
     
     
    黒雪姫が乗った馬が、森へと土煙を上げていくのを窓から見下ろす。
    男の子のような娘が、初めて男性を意識したもんで
    どうして良いのかわからず、とにかく労働で紛らわしてるのよね。
     
    継母は黒雪姫の後姿を眺めつつ、クスッと笑った。
     
     
     続く
     
     
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