カテゴリー: パロディ小説

  • イキテレラ 14

    目覚めたのは、自室のベッドの中だった。
    体調と周囲の雰囲気で、すぐに自分に何が起きたのかわかった。
     
    王が入ってくると、侍女たちは慌てて部屋を出て行った。
    「我が妃よ、やっと目覚めましたか。
     あなたは3日も眠っていたのですよ。」
     
    王は、イキテレラを抱きしめた。
    「意識のないあなたはつまらない。」
     
     
    イキテレラは、部屋から出なくなった。
    自分のせいで、王に誰かが殺されるのが恐いからだ。
    イキテレラの周囲には、最低限の人数の侍女だけが残った。
     
    「部屋に閉じこもっていると、体に悪いですよ。」
    王は時々イキテレラを抱きかかえて、庭を散歩した。
     
     
    イキテレラの瞳は、何も映さない。
    ついうっかり誰かと視線を交わしただけでも
    王が激怒するかも知れないのだ。
     
    「あなたの瞳は淡い空の色なのですね。」
    王がイキテレラの瞳を覗き込む。
    「あなたの髪が風をはらんで、まるで黄金の滝のようですよ。」
    王がイキテレラを抱いて、笑いながらクルクルと回る。
     
    うつろな表情の女性を撫ぜ回しながら、しきりに話しかけるその様子は
    まるで人形遊びをしている変態男のようであった。
     
    「あれがこの国の王の姿か・・・。」
    大臣たちは、遠目にその様子を覗き見て嘆いた。
     
     
    街では、王の乱心の噂が広まっていた。
    天候不順で、農作物が不作だったからである。
    不自由なく生活できていれば、他人の動向は気にはならない。
     
    国を統べる王が不徳だから天が怒るのだ
    いつの世も、民衆たちはそう結論付ける。
    非科学的な理屈だが、王家の存在もまた科学ではない。
     
    そしてある朝、パン屋の軒先で黒猫が死んでいた。
    猫嫌いのパン屋のおかみは絶叫し、服屋のお針子は呪いだと恐れ
    肉屋の主人は神の怒りに震え、酒場のマスターは時がきたと告げた。
     
     
    民衆たちは憎悪の渦となって、城へと集まってきた。
    王を捕えよ、処刑しろ、と怒声が響く。
    門が壊されるのも時間の問題であった。
     
    大臣たちは我先にと遁走した。
    侍女たちは、どうしたら良いのかわからず
    イキテレラの元へと集まってきている。
     
    イキテレラは長椅子に座って
    ボンヤリと外の喧騒を聴いていた。
     
     
     続く
     
     
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  • イキテレラ 13

    このところ、王が寝室にやってこない。
    皇太后が去った後、新しい女官が城にやってきたのだ。
     
    新王妃のお話相手に、という名目であったが
    皇太后が寄越した王の妾候補であった。
    多分、彼女は王のお眼鏡に適ったのであろう。
     
     
    しかしイキテレラに降りかかるのは、決まって不運。
    幼い王子が流行り風邪で急逝したのである。
     
    王がイキテレラの目の前に、満面の笑みで現われた。
    「我が妃よ、私に世継ぎを!」
     
    「どうか側室のお方にお願いいたします。
     わたくしの実家よりも、身分が高いお家の出だと伺っております。
     彼女の方が、お世継ぎを産むにふさわしい血筋かと・・・。」
    イキテレラが必死で懇願すると、王は無言で部屋を出て行った。
     
     
    ホッとしたのもつかの間、王はすぐ戻ってきた。
    件の女官を連れている。
     
    イキテレラも驚いたが、女官も同様の様子である。
    「あの、王さま・・・?」
    女官が問いかけようと口を開いたその瞬間
    王が剣を抜き、女官に向かって振った。
     
    女官の首が床に落ちる音が鈍く響いた。
    地鳴りのようだった。
    イキテレラには、何が起こったのかわからなかった。
    女官の体がゆっくりと倒れ、振動で側の花瓶が転がり、床に落ちて割れた。
     
     
    相次ぐ物音を不審に思った侍女たちが、部屋をノックする。
    イキテレラは、女官から目を逸らせる事が出来なかった。
    床に転がった “彼女” と目が合ってしまっていたのだ。
     
    入って来い、と王の許可を得た侍女たちが悲鳴を上げた。
    王は剣の血をはらいながら、平然と命令した。
    「この女は我が妃に無礼を働いた。
     片付けておけ。」
     
    王は、放心状態のイキテレラを引きずって寝室へと向かった。
    「私が愛する妃より、身分の高い女がいてはならぬ。」
    王の言葉で、女官を死へと追いやったのは自分だ、とイキテレラは悟った。
     
     
    イキテレラは、すぐに身ごもった。
    しかし王の通いは止まらない。
     
    「王さま、お腹のお子に障りますゆえ
     何とぞしばらくの間はお控えくださいませ。」
    イキテレラから相談を受けた侍医が、王に進言に行った。
     
    王は、造作もなく答えた。
    「ダメだったら、また作れば良い事ではないか。」
     
    この返事を聞いた侍医は、口をつぐんだ。
    まともな感覚の答ではないからである。
     
    「王さまには、決してお逆らいなさいますな。」
    侍医はイキテレラにそれだけを助言すると、職を辞した。
     
     
    イキテレラの体調は日に日に悪くなっていった。
    気分転換にと、侍女がピクニックに連れ出してくれた。
     
    こんな事ではいけないわ
    絶対に世継ぎを作っておかないと。
    でも、あの男の血を引く子・・・?
     
    自分の腹の中にいる子が、果たして人間なのか
    それすら疑いそうになる。
    どこにいても、何をしていても、すべてが恐怖へと繋がっていく。
     
    馬車に乗っていて、城が見えてくると胸が苦しくなってきた。
    あそこに帰りたくない!
    イキテレラは泣き出した。
     
    「王妃さま、しっかりなさってください。」
    侍女が一生懸命に慰めるが、イキテレラの涙は止まらない。
     
     
    馬車が城に着き、イキテレラが降りようとしてフラついた。
    「大丈夫ですか?」
    支えてくれたのは、馬番の少年であった。
    「・・・ありがとう・・・。」
     
    イキテレラが城へ入ろうとした時にすれ違ったのは、王だった。
    え? と振り返ると、王は少年を切り殺していた。
     
    返り血に染まった王が、イキテレラに向かって微笑んだ。
    「こやつ、事もあろうに我が妃に触れおった。」
     
    イキテレラは悲鳴を上げ、気を失った。
     
     
     続く
     
     
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  • イキテレラ 12

    王の葬儀は厳かに行われた。
    国中に弔いの鐘が鳴り響く中、王妃はずっとすすり泣いていた。
     
    イキテレラは、泣ける心境ではなかった。
    実の父親を殺すほどの嫉妬、というものが存在するなど信じられない。
     
    だが、現実に “それ” を目の当たりにしてしまったのだ。
    人の所業とは思えない。
    恐くて恐くて体の震えが止まらない。
     
    その隣で、王子はただ静かに参列している。
    その落ち着きが、より一層にイキテレラの恐怖心をかきたてる。
     
     
    王の葬儀の7日後には、王子の戴冠式である。
    世代交代は速やかに行われなければ、国政が乱れる。
     
    今回は “王の暗殺” という大事件であったが
    現場にいたのが全員身内であり、誰にも王を殺す動機もない事から
    王妃の証言通りに、従者の犯行だと判断された。
    従者は、王妃の愛人であった。
     
     
    「わたくしは戴冠式が終わって落ち着いたら
     歴代の王の墓所のある北の寺院に参ります。」
    王妃の言葉に、イキテレラは不安を感じた。
    「いつまでですの?」
     
    「王を亡くした王妃、つまり皇太后は、寺院にこもって
     夫の魂の安息を祈りながら、余生を過ごすのですよ。
     もうここには戻って来ませんの。」
    「そんな・・・。」
     
     
    イキテレラの手が震えだし、それを鎮めるかのように
    自分の手を重ねながら、王妃が低い声で言った。
     
    「わたくしだけ逃げ出すような形になって、ごめんなさいね。
     出来れば、あなたも連れて行きたいのですけれど
     それは国政上、許されない事なのです。
     戴冠式の後は、あなたが王妃になるのですよ。」
     
    「わたくしには無理です・・・。」
    「だけど、するのです。」
     
     
    王妃は、イキテレラの両頬を手で包みながらささやいた。
    「王子には気をつけなさいね。
     実の母親が言う言葉ではないけれど、あの子は狂っています。
     万が一の時には頼みますよ。
     王国には、もう次の世継ぎはいるのですから。」
     
    何が “万が一” なのか、何を “頼む” のか
    イキテレラには考えたくもない事であった。
     
     
    王妃、いや皇太后を乗せた馬車が城門を出て行くのを
    イキテレラは涙ながらに見送った。
     
    「我が妃は、いつ見ても泣いているなあ。 はっはっは」
    王子、いや王の王妃に対する心無い言葉に
    その場にいた者全員が、ギョッとした。
     
    イキテレラは、無言で部屋へと急いだ。
    王の言動のひとつひとつがすべて
    自分への脅迫に思えて恐ろしくてならない。
     
     
    戴冠式の時に、イキテレラが勺杖を王に渡す儀式があった。
    王は杖を受け取れば良いだけなのに、杖を持ったイキテレラの手を握った。
     
    強く握り締めた手を離さず、自分を睨む王に
    イキテレラはどうして良いのかわからず、思わず王の目を見た。
    その時が初めて、夫と目を合わせた瞬間だった。
    暗く深い茶色の瞳だった。
     
    王は空いている方の手で、勺杖を取りながら
    ゆっくりとイキテレラに顔を近づけた。
     
    「それでも私はあなたを愛しているのですよ。」
     
    王は薄ら笑いを浮かべて、イキテレラに口付けをした。
    端から見ると、単なる夫婦のキスなのだが
    イキテレラにとっては、死刑執行書へのサインにも等しかった。
     
    この時のイキテレラの恐怖を察する事が出来たのは、皇太后だけである。
    皇太后は戴冠式が終わった途端、荷造りを始めた。
     
     
     続く
     
     
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  • イキテレラ 11

    「王子はまた、毎晩あなたの寝室に通ってらっしゃるようね。」
    お茶を飲むイキテレラの隣で、王妃がほほほと笑った。
    「この分じゃ、2人目もすぐ出来るでしょうね。」
     
    わたくし、ちゃんと世継ぎを産みましたわ
    これでもう役目は終わった、と思っていたのに・・・
    気落ちしているイキテレラの頬に、王妃が手を伸ばした。
     
    「わたくしには王子の気持ちがわかるわ。
     可愛いイキテレラ。」
     
     
    王妃の指が、イキテレラのまぶたを撫ぜ
    まつげをかすめ、唇をなぞった。
     
    「わたくしの事も恐い・・・?」
    王妃の唇が、イキテレラの右の頬を這う。
    イキテレラに返事は出来なかった。
    王妃の唇がイキテレラの唇をふさいだからである。
     
    イキテレラの倫理観では、ありえない出来事だったが
    王妃の繊細な動作は、王子との行為よりはよっぽどマシに思えた。
     
    「王子の事は、もうしばらく我慢なさい。
     あの子にはわたくしが適当な妾を見繕ってあげますわ。」
    王妃はイキテレラの耳元でささやいた。
     
     
    昼間は母親、夜は息子、と、とんだ変則的な親子どんぶりだが
    この腐敗した性生活は、早々に終わりを告げた。
     
    王妃とイキテレラの目の前には
    血に染まった胸で息絶えた王と
    血に染まった剣を持ち、立ち尽くす王子が
    月光に照らされて浮かび上がっていた。
     
    「王子、あなた、何をしているの?」
    王妃が震える声で訊く。
     
    「父上は、我が妃と密通しておりました。
     ですから斬りました。」
     
     
    王妃とイキテレラが、思わず顔を見合う。
    確かに王子以外にイキテレラに近付ける男性は、王しかいない。
    だがイキテレラと密通していたのは、王妃であって王ではない。
     
    「わたくし、王さまとそのような事はいたしておりません!」
    イキテレラの叫びを、王子が迷いもなく否定した。
    「・・・嘘ですね!」
     
     
    「何故そう思うのですか? 王子よ。」
    王妃の問いに、王子が答えた。
     
    「最近、妃の体が柔らかくなりました。
     我が妃は、他の者に抱かれている。
     私にはわかるのです。」
     
    イキテレラには、その言葉の意味はわからなかったが
    激しい嫌悪感に襲われた。
    「何て汚らわしい・・・。」
     
    吐き捨てるように言い、部屋を出て行こうとするイキテレラを王妃が留める。
    「お待ちなさい、このままにしておくわけにはいきません。
     たとえ王子と言えども、王殺しは重罪なのです。
     王国を混乱させてはなりません。」
     
     
    王妃が部屋を出て行き、ひとりの従者を連れて戻った。
    「こ、これは何が起きたんですか?」
    倒れている王を見て狼狽する従者を、王妃が斬った。
     
    「この者が王を殺したので、王子が成敗したのです。」
    王妃は、剣を床に投げ捨てた。
    「さあ、人を呼びなさい。」
     
    そう王子に命じると、王妃は王にとりすがって泣き始めた。
     
     
     続く
     
     
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  • イキテレラ 10

    初夜の事は、まったく記憶にない。
    しかし、そんな事はもはや問題ではなかった。
    王子は毎晩イキテレラの寝室へと来るのである。
     
    たとえ伽をしなくとも、隣で眠る。
    イキテレラの体を抱きしめて。
     
     
    それで王子は心地良く眠れているようだが
    イキテレラの方は、まったく眠れない。
    何日経っても、この男に慣れないのである。
     
    わたくしを守ってくださると仰るのなら
    この方がこの世からいなくなってくれるのが一番早いのに・・・。
    しかし、この願いは絶対に叶わない。
     
    妊娠を待つ身としては、薬も酒も厳禁で
    寝不足が続き、どうなるかと心配していた矢先に
    懐妊したと知らされた時は、心の底からホッとした。
    これでわたくしの役目は終わる。
     
     
    身ごもったイキテレラは、何よりも優先された。
    王子の訪問も、つわりを理由に断る事ができた。
     
    周囲にいるのは、物静かな侍女だけ。
    時々王妃さまが気遣って見舞ってくださる。
    イキテレラは、城で初めての安らかな時間を過ごす事ができた。
    これで産まれてくるのが、世継ぎであれば・・・。
     
     
    イキテレラの祈りが届いたのか、無事に健康な男児を出産した。
    出産直後のイキテレラの元に、王子がやってきた。
     
    「我が愛する妃よ、世継ぎを与えてくれた事を心より感謝します。」
    王子の瞳からこぼれた涙が、イキテレラの頬に落ちた。
    王子は疲れきってもうろうとしているイキテレラに口付けた。
     
     
    育児は主に乳母がした。
    イキテレラは時々授乳をするだけである。
     
    王家というのは、このようなものなのかしら?
    子を産んだというのに、母親になった実感もない。
    わたくしは何をして過ごせばよろしいの?
     
    日々をボンヤリと過ごすイキテレラに、侍女が王子の訪問を告げる。
    産後の体調不良を理由に、ずっと避けてきたのだけれど
    今日はイキテレラの実家に関して話があるらしいので
    断るわけにはいかない。
    イキテレラは渋々と腰を上げた。
     
     
    ドアを開けると、王子は窓際に立っていた。
    日光を受けるその姿を見て、イキテレラは思った。
    あら、このお方の髪の色は黄土色ですのね。
     
    王子は久しぶりに会う妻を、眩しそうに見つめた。
    「具合はいかがですか?」
    「ええ・・・、まだ少し・・・。」
     
    「そのようなあなたをわずらわせるのは、心苦しいのですが
     あなたのご実家の事で、少し相談がありましてね。」
     
     
    イキテレラの実家は、婚礼の際に多額の支度金を王家から渡された。
    そして皇太子妃の実家として、月々の “恩給” も貰っているのだ。
    「問題は、この他にちょくちょく金銭の工面に来られるのですよ。
     あなたのお父上がね。」
     
    「まあ、何てみっともない・・・。」
    イキテレラは、目を伏せて深く溜め息をついた。
    「お義母さまとお義姉さまたちは、少し贅沢なんですの・・・。
     うちは貴族とは言え、決して裕福ではありませんのに・・・。」
     
    イキテレラの嘆きに、王子は慌てて言いつくろった。
    「ああ、いえ、違います。
     お金の事は構わないのです。
     ただ、その、義理の母娘たちはあなたをいじめていたくせに
     皇太子妃になったあなたにタカって、という噂が街でたっていましてね。
     それは外聞が悪いんじゃないか、と大臣たちが心配するのですよ。」
     
    「ああ・・・、そういう事でしたの・・・。」
    イキテレラは、目を上げて窓の外に広がる空を見た。
     
     
    しばらく無言で流れる雲を見つめていたけれど
    実はイキテレラは、実家の問題については何も考えていなかった。
    ただ、隣に立っている大きな男性の存在感を
    明るい昼間の太陽の光で打ち消そうとしていたのである。
     
    何故このお方は、こうも私の顔を凝視するのかしら・・・
    イキテレラはイライラさせられていた。
    決して王子の方を見ようとはしなかったが
    王子の仕草は、目の端でわかる。
     
    「わたくしの実家の事は、すべてお任せいたしますわ。
     嫁いだ身としては、口を出す権利はございません。」
     
     
    イキテレラが窓に背を向けた時に、王子が言った。
    「あなたとこのように会話をするのは初めてですね。」
     
    「そうですか? ではわたくしはこれで・・・。」
    王子の言葉に妙な色気を感じて、ゾッとして
    ドアへと急ぐイキテレラを、王子が背後から抱きしめる。
     
    「このような日中から何を考えていらっしゃるのです!」
    「あなたを間近に見て我慢できるほど、私は忍耐強くはないんですよ。」
     
    まさか王子という身分の者に、“無礼者” と言えるわけもない。
     
     
    王子がイキテレラのドレスを整えながら、激情を詫びた時にも
    王子が部屋を出て行って、侍女が迎えに来た時にも
    イキテレラは無言で平静を装った。
     
    夫が妻に性行為をするのは、当然の事なのである。
     
     
     続く
     
     
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  • イキテレラ 9

    婚礼が決まり、再び泣き暮らすイキテレラの元に王妃がやってきた。
    「イキテレラ、あなた、王子が嫌いなのかしら?」
    王妃は優しくイキテレラの髪を撫ぜる。
     
    「王子は我が子ながら、たくましく立派な青年で
     多くの女性たちから恋される、理想的な男性ですのに
     あの子のどこが不満なのかしら?」
     
    イキテレラは、オドオドしながら答えた。
    「王妃さま、王子さまに不満など・・・。
     ただ・・・、わたくしは・・・、男性が恐いのです・・・。」
     
    「まあ!」
    おっほっほ と、王妃は高らかに笑った。
     
    「お可愛いらしいお方。
     心配する事はなくてよ。
     王子も今はあなたにご執心だけど
     あのような美丈夫、誘惑は多い。
     すぐに次の女性へと気を移しますわ。
     正妃の仕事は、世継ぎを産みさえすれば終わり。
     後は好きに暮らせるのよ。」
     
    王妃はにっこりと微笑み、イキテレラの頬を撫ぜた。
    「少しの間だけ、辛抱なさいね。」
     
     
    イキテレラはその言葉を頼りに、耐える決心をした。
    何もこの男性は、自分を取って喰おうとしているわけではないのだ。
    家を継いでも、どんな男性が婿入りするかわからない。
    どうせいずれは、結婚はせねばならない運命なのである。
     
    にしても、相手があの人とは、あんまりだわ・・・。
    イキテレラは遠くから王子の後姿を盗み見て、改めてショックを受けた。
     
    大抵の女性なら喜ぶ、広くたくましい背中は
    イキテレラにとっては、恐怖の対象でしかない。
    せめてもう少し華奢な人だったら、まだ良かったのに・・・
     
    イキテレラは元々、ここまでの男性恐怖症ではなかった。
    舞踏会での強引さ、しつこい貼り紙、そして突然の拉致
    経験した事のない、それらの非現実的な出来事での恐怖が
    すべて王子由来だと刷り込まれてしまったのだ。
     
     
    婚礼の儀は、イキテレラには苦行だった。
    常に隣に怪物がいる気分であった。
     
    パレードの時には、無理に笑顔を作って手を振ってはいたが
    王子に握られている片手は、震えて汗をかいていた。
     
    王子はそれを行事への緊張だと勘違いし
    イキテレラの頬にキスをし、ささやいた。
    「私のか弱い姫、今日からは私があなたを守ると誓おう。」
     
     
    王子の顔が近付いた時に、一瞬だけイキテレラの表情がこわばったが
    何とか平静を保ってやり過ごした。
    この嫌悪感を、誰にも気付かれてはならない。
     
    その瞬間に、多分人生が終わるから。
     
     
     続く
     
     
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           カテゴリー パロディー小説

  • イキテレラ 8

    城に着く頃には、イキテレラは叫び疲れて大人しくなっていた。
    つぎはぎだらけのみすぼらしい服を脱がされ
    大勢の女性たちにかしづかれて、入浴をさせられた。
     
    その間中、イキテレラは涙を流していた。
    他人の手が気持ち悪くてしょうがない。
    何故自分がこんな目に遭わなくてはならないのか。
    その嘆きようは、侍女たちも気の毒に思うほどであった。
     
     
    美しく着飾らせられたイキテレラは
    王の前へと連れていかれた。
     
    涙を流しながら震える小さい女性を、王妃は哀れんだ。
    「仮にも貴族の娘ですのに
     何故このような乱暴な事をなさるのです?」
     
    「い、いや、わしはそういう命令は出しておらんぞ。
     王子が先走って・・・。」
    慌てる王を無視して、王妃はイキテレラに近寄った。
    「小さいお方、さぞ恐かったことでしょう、お可哀想に。
     もう大丈夫ですよ、わたくしは王妃です。」
     
    イキテレラが、泣きながらも礼儀正しくお辞儀をして
    挨拶の言葉を述べようとした。
    「~~~~~~・・・・・!!!!!」
     
    イキテレラは驚いて喉を押さえた。
    声が出ないのである。
    拉致の際のあまりの絶叫に、イキテレラの喉は潰れていた。
    王は激怒し、兵たちを死刑に、王子を謹慎にした。
     
     
    イキテレラは、しばらく湖のほとりの城で静養をする事になった。
    すべてが自分の意思以外のところで動いている。
    毎日毎日を、ただ嘆いて暮らした。
     
    その頃、城ではイラ立つ王子がウロウロと歩き回っていた。
    段取りを無視して、無理強いをした罰として
    イキテレラに会わせてすらもらえないからである。
     
    書庫では、司書たちがイキテレラの家系を調べていた。
    「イキテレラさまの、曽祖父の従兄弟の叔母の長女が
     当時の公爵家の次男に嫁いでいらっしゃいました。」
     
    「では、姫は公爵家ゆかりの由緒正しい血筋、という事になるな?」
    「それで差し支えないかと。」
    「よし、王さまにご報告を!」
     
     
    イキテレラは城に連れ戻された。
    王と王妃の横に立っているのが、王子らしい。
     
    舞踏会の夜の男性など、顔も見ていないイキテレラには
    初めて会うも同然である。
    しかし想像以上に、背が高くガッチリとしたその体型に
    イキテレラは愕然とした。
     
    この男性が、ここ何週間かの恐怖の元凶で
    その上にイキテレラの最も苦手なタイプだ。
    イキテレラは、思わず目を背けた。
    王子を直視できないほどのトラウマを抱えてしまったのである。
     
     
    「姫、あなたに再び会える日をどれだけ待ったか・・・。」
    王子は “待て” をくらったせいで、喜びを抑えられず
    イキテレラの元に駆け寄り、抱きついてきた。
     
    イキテレラは、きゃあああああ! と叫んで、王子の腕を振り払い
    この突然の無体に、しゃがみこんでワナワナと体を震わせた。
    何なの? この人、暴漢なの?
     

    「遊び女とは違いますのよ、王子。
     あなたの正妃となる血筋正しい女性には
     もう少し理性的に接しなさい。」
    王妃が呆れたように、冷たく言い放った。
     
    正妃? わたくしが?
    何故そのような事に?
     
    イキテレラは、目の前が真っ暗になり
    次の瞬間、床に倒れた。
     
     
     続く
     
     
    関連記事 : イキテレラ 7 10.5.27
           イキテレラ 9 10.6.2
           
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  • イキテレラ 7

    昼食の用意をしていると、玄関のドアが激しく叩かれた。
    台所の窓から覗くと、家の前の通りに馬が何頭も繋がれている。
     
    どうやら父親がドアを開けたようである。
    家の中に大勢の人間が入り込む気配がする。
     
    「どの娘だ?」
    「違う、こっちじゃない。」
    響き渡る大声に、料理の手も止まり怯えるイキテレラ。
     
     
    台所のドアが勢い良く開き、羽付きハットをかぶった制服の男が入ってきた。
    「おーい、こっちにひとりいるぞー。」
     
    逃げようとしたけど数人の男たちに押さえつけられ、足を掴まれた。
    「いやあああああああああああああああ」
    叫ぶイキテレラの足先に固く冷たいものが当たる。
     
    ふと見ると、あのガラスの靴を履かされていた。
    割れていない。
    ヒビひとつも入っていない。
     
    どういう事?
     
    イキテレラはパニックを起こした。
     
     
    城にひとりの男がやってきた。
    「あの貼り紙の靴に心当たりがあるんすけど・・・。」
    男がバッグから出したものは、ガラスの靴だった。
     
    男はイキテレラの家の近所に住むガラス職人だった。
    男はミニっ娘萌えであった。
    しかも足フェチであった。
     
    イキテレラの古靴を盗み、その足型に合わせてガラスで
    輝く美しい靴を作った。
    魔女が言った “あんたの靴” とは、この事だったのである。
     
     
    男は報奨金目当てに名乗り出た。
    自室にあるはずの、自作の靴が片方なくなっていて
    それが城にある理由は、男には皆目見当も付かなかったが
    持ってきた靴と、城にある砕けた靴が一致した事から
    男の話が真実だと判明した。
     
    しかし男は報奨金を受け取れなかった。
     
    「それではおまえは、貴族の姫の足にハアハアしていたんだな?」
    そう追求されて、男は打ち首となった。
     
    報奨金は、男の年老いた母親へと贈られた。
    母親は、その金で風光明媚な保養地に家を買った。
     
     
    そして、イキテレラの家に兵が派遣された。
    イキテレラは、必死に抵抗をした。
     
    「お父さま、助けて、お父さまーーーーーっ!!!」
    娘の悲鳴に、父親はオロオロするだけだった。
     
    「姫さま、どうかお気を静めてください。」
    兵たちのなだめる言葉も、イキテレラの耳には入らず
    イキテレラは泣き喚きながら、3人がかりで抱えられて馬車に乗せられた。
     
    あまりの騒動に、家の周りには人垣が出来ていた。
     
     
     続く
     
     
    関連記事 : イキテレラ 6 10.5.25
           イキテレラ 8 10.5.31
           
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  • イキテレラ 6

    「嫌なのかい?
     街中の娘が憧れる王子との結婚だよ?」
     
    「皇太子妃なんて、滅相もございませんわ。
     わたくしは、平穏を望みますのよ。」
    「今のその生活が平穏かねえ?」
     
    「わたくしはこの家のただひとりの直系ですのよ。
     姉ふたりは、いずれ嫁に出ます。
     わたくしは婿を取って、この家を守る予定ですの。」
     
    「それで、婿さんが放蕩者だった、というオチかい?」
    意地悪く笑う魔女に、イキテレラは平然と答えた。
    「貧乏貴族に婿に来る男性など、その程度のものですわ。」
     
     
    「うーん、あんたの性格がイマイチよくわからないねえ。」
    「多くは望まないだけですわ。
     さ、もうお帰りになって。」
     
    イキテレラに押し出されながら、魔女は言った。
    「あの靴は、本当にあんたのものなんだよ。」
    「もう関係ありませんわ。」
     
    イキテレラは木戸を閉めた。
    さあ、忘却して、通常の日々に戻ろう。
     
     
    ところが、“通常の日々” は遠かった。
    靴の試着に行った義姉ふたりが、大ケガをして帰ってきたのである。
     
    靴はガラスで出来ていたので、割れたのを接着剤でくっつけてあった。
    そこに何人もの女性が、無理矢理足を突っ込もうとしたので
    ヒビがどんどん広がり、試した女性は皆、足を切ったのだ。
     
    腱が切れて、歩けなくなった女性もいたらしい。
    そしてとうとう、靴は砕け散ってしまった。
     
     
    翌日、掲示板の紙が貼りかえられた。
     
    『 この靴の持ち主を知っている人に
      5000万ゴールドを褒美として取らせる 』
     
    実物大の靴の絵と、説明が書いてあった。
     
     
    「あんたに5000万の値が付いたねえ。」
    キッチンの窓から覗き込む魔女を見もせずに
    皿を洗うイキテレラが言い放つ。
    「何の話かわかりませんわ。」
     
    「ねえ、本音を教えておくれよ
     気になってしょうがないんだよ。
     教えてくれたら、もうここには来ないからさ。」
     
    その言葉が信じられず、イキテレラは魔女を睨んだ。
    魔女の目からは、いつもの薄ら笑いが消えていた。
     
    イキテレラは、少し諦めた表情になり
    洗濯物が積み上げられたカゴを持って、庭に出てきた。
     
     
    シーツを洗いながら、イキテレラが話し始めた。
    「わたくし、王子さまが嫌いですの。」
    その目は、洗濯物だけを見ていた。
    「正確に言いますと、わたくしはわたくしを好む男性が嫌いですの。」
     
    「どういう事だい?」
    「わたくし、生まれてすぐに母を亡くし
     お父さまは、ああでしょう?
     子供の頃から満足に食べさせてもらえずに
     栄養失調できちんと体が発達できなかったんですの。」
     
    魔女はイキテレラの体格をジロジロと見た。
    確かに同年代の女性と比べると、一回り小さい。
     
     
    「ところが世の中には、小さい女性を好む男性というのが結構いるらしく
     わたくしも、そのような方々に随分つきまとわれましたわ。
     そういう嗜好の方々って、何故か自分たちは逆に
     人一倍、体が大きい場合が多いんですのよね。
     おかげで恐ろしい思いも何度もいたしましたわ。」
     
    イキテレラは、布に怒りをぶつけるかのように
    ゴシゴシとこすり始めた。
     
    「わたくしの不幸の証しであるこの体型を、“好み” だなど
     何と、おぞましい!!!」
     
     
    なるほどねえ、魔女は納得した。
    「うん、よくわかったよ。
     言いにくい事を言わせてすまなかった。
     もう、あんたの邪魔はしないからね。
     元気でおやり。」
     
    魔女は立ち上がった。
    イキテレラは、ようやく魔女の顔を見て少し笑った。
     
     
     続く
     
     
    関連記事 : イキテレラ 5 10.5.21
           イキテレラ 7 10.5.27
           
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  • イキテレラ 5

    翌日のイキテレラは、グッタリだった。
    途中で魔法が解け、重いカボチャを抱えて歩くハメになったのだ。
    貧乏なので、1個の野菜もムダにしたくない。
    家に着いた時には、もう朝方の4時を回っていた。
     
    義姉たちの社交界デビューの準備で、いつもよりも仕事が増え
    飯も食えずに踊らされ、歩いて帰らされ、寝る時間もなく
    おまけに今日の義姉たちの機嫌は最悪である。
    舞踏会で誰にも相手にされなかったのだろう。
     
    それでもわたくしよりはマシよ。
    イキテレラには、魔女の “奇跡” は大迷惑にしかならなかった。
     
     
    長い一日がやっと終わり、イキテレラが自室に戻ると
    窓の外には魔女が立っていた。
     
    「ああ、どうも・・・。」
    イキテレラは億劫そうな表情で、魔女に靴を返した。
    「片方だけかい?」
     
    「すみません、もう片方はなくしてしまいましたの。」
    「ううむ・・・、それはマズいねえ・・・。
     でもまあ、しょうがないか。」
     
    「では、ごきげんよう。」
    イキテレラが窓を閉めようとするのを、魔女が止める。
    「ちょっ、ちょっと、それだけかい?」
     
    「ああ・・・、お心遣い本当にありがとうございました。
     魔女さまのご健勝をお祈り申し上げておりますわ。
     では、所用がございますので、これにて。」
     
    イキテレラは、棒読みを終えて窓を閉めた。
    魔女は首をかしげつつ、帰って行った。
     
     
    いつもの日々が戻ってきた。
    何事もないのが一番だわ、そう思いつつ
    イキテレラが草むしりをしていると、辻の方が騒がしい。
     
    何かしら? と、顔を覗かせると
    辻に立っている掲示板に張り紙がしてあった。
     
     
    『先日の舞踏会にて、靴をお忘れの姫君
     預かっていますので、取りにおいでください。
                       王子 』
     
    張り紙を読んで、ギョッとした。
    あのしつこい男性は、この国の王子さまだったらしい。
     
    証拠は靴しかないし、バレないわよね
    にしても、何故こうトラブル続きなのかしら・・・
    イキテレラは溜め息を付いた。
     
     
    街中が、また浮き足立った。
     
    「王子が靴の持ち主を探している」
        ↓
    「王子が靴の持ち主に恋をしたらしい」
        ↓
    「靴の持ち主は王子と結婚できるらしい」
        ↓
    「靴が足に合えば王子と結婚できるらしい」
     
    噂が、アホウ参加の伝言ゲームのように形を変え
    街中の娘が、連日城に押し寄せていた。
     
     
    何をどう考えたら、話がそうなるのかしら?
    私はあの時、王子の言葉に返事もせず目も合わせず
    イヤそうに踊ったあげくに、むこうずねにケリを入れて
    おまけに靴を投げつけたのよね。
    あの張り紙は、罠よ。
    ノコノコ行ったら、不敬罪で捕えられて禁固刑、いえ、死刑だわ。
     
    おお、いやだいやだ、恐ろしい
    ビクビクするイキテレラの後ろで
    義姉たちが靴合わせにチャレンジする、と張り切っている。
     
     
    義姉たちを見送り、振り向いたイキテレラの鼻先に魔女の顔があった。
    不意打ちに声も出ないほど驚くイキテレラに、魔女が言う。
    「義姉たちの靴じゃないのに、止めないのかい?」
    「心配しなくても、あの靴は普通の女性には入りませんわ。」
     
    「名乗り出ないのかい?」
    「申し訳ないとは思っているけど、あれは事故だったのよ。」
    「・・・? あんた、一体何をしてきたんだね?」
     
     
    イキテレラは、舞踏会での一部始終を魔女に打ち明けた。
    魔女は大笑いをしながら言った。
    「だから、あんた、機嫌が悪かったんだねえ。」
     
    「ええ、もう忘れたいの。
     だからわたくしの前に現われないでくださる?」
    イキテレラは、申し訳なさそうに魔女にお願いした。
     
    「ん、まあ、別に良いけどね。
     王子は本当にあんたと結婚したがっているようだよ。」
     
    「ええええええええっっっ?」
    イキテレラが、イヤそうに叫んだ。
     
     
     続く
     
     
    関連記事 : イキテレラ 4 10.5.19
           イキテレラ 6 10.5.25
           
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