カテゴリー: パロディ小説

  • イキテレラ 4

    イキテレラが会場に着くと、あたりにどよめきが起こった。
    「あの美しいお嬢さんはどちらの方かしら?」
    誰も街の端っこの貧乏貴族の娘だとは気付かない。
     
    皆の注目をよそに、イキテレラはテーブルへと真っ直ぐに向かった。
    テーブルの上には、ナビスコリッツパーティーレベルのおつまみしかない。
    給仕係が、ショートグラスの乗ったトレイを差し出してくる。
     
    空腹にアルコールなんて、冗談じゃないわ
    イキテレラは手を振って断った。
     
     
    舞踏会は晩餐会とは違うのね・・・。
    ガックリしたイキテレラが、とにかくクラッカーでもいいから
    腹に入れよう、と伸ばしたその腕を掴まれた。
     
    「私と踊っていただけますか?」
    「あ、いいえ、わたくしあまり踊れませんの。」
    男性の顔も見なかったのは、面倒くさかったからである。
     
    「どうか断らないでください。」
    懇願している口調とは裏腹に
    男性はイキテレラを強引にホールの中央に連れて行く。
    イキテレラは、空腹の上に運動までせねばならない事に
    果てしなく落胆した。
     
     
    しょうがないわ、適当に踊ったらさっさと切り上げましょう
    そう思うのだが、男性が手を離してくれない。
     
    空腹と疲労で注意力が散漫になっているせいか
    気付かなかったのだが、かなり背が高い男性で
    イキテレラはほぼ抱えられる形で振り回されていた。
     
    男性がしきりに何かをささやきかけるが
    イキテレラの神経は、テーブルの上のカナッペに注がれていた。
    ああ・・・、どんどん食い散らかされていく・・・。
     
     
    「あの、どうかもうこのへんで・・・。」
    「ダメですよ、私は今宵あなたに魅了されたのですから。」
     
    何なの? この人、色キチガイなの?
    変質者に捕まってしまったのかしら・・・
    イキテレラは自分の運のなさに、悲しくなってきた。
     
    「あなたに一体何があったのです?
     その憂いを秘めた瞳が私を捉えて離しません。」
     
    離さないのはあなたの方でしょう
    わたくしはお腹が空いて欝ってるのです!!!
    メルヘンはどっかよそでやってくださいーーーーー (泣)
    イキテレラは、目でリッツをずっと追っていた。
     
     
    時計の音が響いた。
    イキテレラはハッとした。
    「今、何時ですの?」
    「時間などふたりには関係ないでしょう?」
     
    時刻すら答えられないとは
    この人は、どこまで能無しの役立たずなのかしら?
    イキテレラはグルグルとタ-ンをされながら、時計を探した。
     
    あ、あった、さっきのは11時の時報だわ
    家からここまで馬車で1時間は掛かった。
    もう帰らないと、途中で魔法が解けてしまう。
     
    イキテレラは、男性のスネを思いっきり蹴った。
    男性がうっ、と怯んだ瞬間、出口へと走り出した。
     
     
    階段を駆け下りるイキテレラの背後で声がした。
    「待ってください、姫!」
     
    信じられない、思いっきり蹴ったのに!
    わけのわからない執着心といい、この人、人間なの?
    イキテレラはケダモノに襲われる恐怖に駆られた。
    その瞬間、高いヒールが傾いた。
     
     
    転んだイキテレラに、男性が迫る。
    「大丈夫ですか? 姫」
     
    いやああああああああ、来ないでえええええええ
     
    イキテレラは思わず、靴を男性に投げつけた。
     
    パリーンと割れる音が聞こえたけど、構わずに馬車へと急ぐ。
    「猫に言葉が通じるかわからないけど、急いで帰って!」
    馬車に乗り込んだイキテレラは、御者に叫んだ。
     
     
    走り出した馬車の中から振り返ると、階段に人が群がっていて
    その中心に倒れているであろう男性の足が見えた。
     
    ごめんなさいね、イキテレラは心の中で謝った。
    でも、しつこいあなたがいけないのよ。
     
     
     続く
     
     
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           イキテレラ 5 10.5.21
           
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  • イキテレラ 3

    「おばあさま、うちよりも北角のおうちの方が裕福ですわよ。」
    窓を閉めようとするイキテレラに、老婆が慌てて言った。
    「待ちな、あたしゃ物乞いじゃないよ、魔女なんだ。」
     
    「魔女?」
    窓を閉める手を止めるイキテレラ。
    「ああ、そうだよ。
     あんたがあまりにも不憫なんで
     ちょっと助けてあげたくなっちゃってね。」
     
     
    魔女が持っていた杖を振ると
    イキテレラのボロ服が美しいドレスへと変わった。
     
    「お次はこれだね。」
    庭に生っているカボチャが馬車に
    下水から顔を覗かせたネズミが馬に
    垣根を渡っていた猫が御者になった。
     
    「おおっと、いけない、靴を忘れていた!
     えーと、えーと・・・。」
    あたりを見回すも、靴になりそうなものはない。
     
    「ちょっと待ってな。」
    魔女は一瞬にして消えた。
    かと思ったら、次の瞬間には戻ってきた。
    「靴はこれで我慢しとくれ。」
     
     
    「髪もメイクも、鬼盛りしておいたから
     義姉たちにも気付かれる心配はないよ。
     ・・・どうしたんだい?」
     
    美しいドレスに、豪華な髪型になったイキテレラは
    呆然と立ちすくんでいた。
     
    「これで何をしろとおっしゃるの?」
    「だからお城の舞踏会に行かせてあげる、って言ってるんだよ。」
     
     
    イキテレラは、フッと笑った。
    「空腹なのに、プレゼントがダンスとは・・・。
     ああ、いえ、それも “奇跡” でしょうし
     価値観は人それぞれですわよね。」
     
    「何だい? 気に入らなかったかい?」
    「いいえ、とんでもない。
     そのお気持ちだけでも嬉しいですわ。
     お城に行けば、何か食べるものもあるでしょう。」
     
    「ああ、あんたが欲しい奇跡はお菓子の家の方かい。
     すまないけど、プレゼントってのは
     相手が欲しい物じゃなく、自分があげたい物を贈るものなんだよ。
     さあ、これを履いて。」
     
     
    魔女が差し出した靴に、足を入れてイキテレラは叫んだ。
    「冷たい! これ、何ですの?」
     
    「ガラスで出来た靴だよ。
     それしかないんだ。」
    こんなモロそうな靴、大丈夫かしら、とイキテレラはちゅうちょしたが
    仕方なく履いてみると、足にピッタリとフィットした。
     
    「まあ! あつらえたようにピッタリだわ。」
    「それは元々あんた用の靴なんだよ。」
    「どういう意味ですの?」
     
     
    「今、説明する時間はないんだよ。
     舞踏会はもう始まっている。
     これらの魔法は、今夜の12時で解けてしまう。
     あんたはそれまでにここに帰って来なければならない。
     急いで行かないと、間に合わないよ。」
     
    「あらまあ、段取りが悪いですわね。」
    「いいから、行っといで!」
     
    イキテレラを乗せたカボチャの馬車が走り出した。
     
     
     続く
     
     
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           イキテレラ 4 10.5.19
           
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  • イキテレラ 2

    義母と義姉が浮き足立っていた。
    この街では、貴族の娘は適齢になると
    城で開かれる舞踏会で、社交デビューをするのである。
    義姉ふたりに、その招待状が届いたのである。
     
    「ああ、私の娘たちがいよいよ社交界に出るのね。
     もっと派手なドレスを作らなければ。」
     
    夢見心地の義母に、父が言う。
    「しかし、おまえ、この前ドレスを作ったばかりなのに・・・。」
    「このパーティーは特別なものですのよ!
     どこかの殿方に見初められるかも知れません。
     そのためにも、より美しく装わせて送り出すのが親の務めです!」
     
    娘の結婚、すなわち持参金
    それを想像しただけで、父親は腹が痛くなった。
     
     
    裏庭でじゃがいもの皮を剥いているイキテレラの視界に、靴が入り込んだ。
    顔を上げると、2人の義姉が立っている。
     
    「ふっふーん、イキテレラ、私たち舞踏会に呼ばれたのよ。」
    「おめでとうございます、お義姉さまがた。」
     
    イキテレラがニッコリと微笑んで言うと
    義姉たちが顔を見合わせてクスクスと笑う。
    「実はねえ、あなたにも来てるのよ、招待状。」
     
    「だけど」
    「あなたには」
    「行かせてあげない。」
    義姉たちは、高く掲げた招待状に、火を点けた。
     
     
    燃えながら舞い落ちる招待状を見て
    ビックリしているイキテレラに満足したのか
    義姉ふたりは笑い声を上げながら走り去って行った。
     
    イキテレラは、燃え残った招待状の切れ端を拾った。
    「ひどい事をするねえ。」
    声の方向を見ると、見慣れぬ老婆が垣根の向こうに立っている。
     
    「いえ、はしゃいでらっしゃるだけですわ。」
    イキテレラは、事もなげに言った。
     
    「あんたにも良い事があるよう、祈っといてやるよ。」
    老婆はそうつぶやきながら、ブラブラとどこかへ歩いて行った。
     
     
    舞踏会の日になった。
    義母と義姉たちは、朝から用意で大騒ぎである。
     
    手伝っているイキテレラを、父が呼び止めた。
    「すまない、娘3人の仕度はうちは無理なのだ・・・。」
    「良いのですよ、お父さま。
     そのような事でお悩みになると、お体に障りますわ。
     お義姉さまたちの準備はわたくしに任せて
     お父さまはゆっくり寝ていらして。」
     
    「イキテレラ!」
    義母の声に、イキテレラは歩き出した。
     
     
    やっと今日一日が終わった・・・。
    食事を取るヒマさえなかったのである。
     
    義姉たちを送り出して、さすがに疲れたのか
    イキテレラがベッドでウトウトとし始めた時
    窓ガラスがカツンカツンと鳴った。
     
    その音にハッと目が覚め、窓を開けると
    先日の老婆が立っていた。
     
    「あんたにひとつ奇跡をあげようじゃないか。」
    老婆は、ヒヒヒと笑った。
     
     
     続く
     
     
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           イキテレラ 3 10.5.17
           
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  • イキテレラ 1

    大きな城下町の隅っこの、大きな家の裏庭で
    その家の娘、イキテレラが洗濯をしていた。
    そこに声を掛けたのは、野菜売りの女。
     
    「こんにちは、何か入り用はないかい?」
    「そうねえ、最近お義姉さまたちが少し太ってきていらっしゃるから
     さっぱりしたスープを考えてるんだけど・・・。」
    「だったら今朝採れたばかりのカブはどうだい?」
    「あら、それは良いわねえ。」
     
     
    野菜を選びながら、世間話に花が咲く。
    「しかし、あんたもよく辛抱しているねえ。
     この家の直系はあんたなんだろ?
     なのに後妻とその連れ子たちに、召使いのようにコキ使われて。」
     
    野菜売りの同情に、イキテレラは微笑んだ。
    「良いのよ、わたくし、家事には慣れていますもの。
     お義母さまたちも、悪いお方じゃないと信じていますの。
     尽くしていれば、いつか仲良くなれますわ。」
     
    家の中から、女性のヒステリックな声がする。
    「イキテレラ! イキテレラ、どこなの!」
    「あら、上のお義姉さまが呼んでらっしゃるわ。」
     
    その声を聞き、野菜売りが絶望的な顔をして
    まあ頑張んな、とイキテレラに言い残して去って行った。
     
     
    「何ですの? お義姉さま。」
    「イキテレラ、あんたにこの前頼んだドレス、どうなってるの?」
    「それなら、もう出来ておりますわ。」
    「出来たんなら、さっさと持って来なさいよ!」
     
    姉に手直ししたドレスを着せる。
    「胸元の切り替えを鋭角なデザインにしてみましたの。
     ああ、ほら、こちらの方がずっとお似合いですわ。」
     
    鏡の前で、義姉が納得したように胸を張る。
    イキテレラが、肩のラインを整えながら言う。
    「今度からドレスを新調なさる時は
     首が少しでも長く見えるものをお頼みになるべきですわ。
     お義姉さまの魅力が引き立ちましてよ。」
     
     
    「イキテレラ! イキテレラ!」
    下の義姉が叫んでいる。
    「お義姉さま、何でしょう?」
     
    「今夜のメニューは何なの?
     あんた、用意が遅いんだから、さっさと取り掛かんなさいよ。」
    「はい、ただいま。
     今夜はキジ肉のローストにカブのスープです。」
     
    「はあ? たったそれだけ?」
    「ええ、お義姉さま、この前の採寸の時に
     かなりサイズが変わってらっしゃったでしょう?
     少しお食事を控えた方がよろしいと思いますの。
     このままじゃ、ドレスを全部新調しなきゃならなくなりますわ。」
     
     
    「それは困る。」
    現われたのは、イキテレラの父親であった。
    「うちは貴族とは言え、財政が厳しいのだ。
     娘たちよ、我慢しておくれ。」
    義理とは言え、父にはそう強くも言えず、義姉は無言で部屋を出て行った。
     
    「イキテレラ、おまえにも苦労をかけてすまないのお。」
    父の言葉に、イキテレラは優しく答えた。
     
    「良いのですよ、お父さま。
     ご病弱なお父さまに、働けと言う方が間違っていますわ。
     さあ、お体に障りますから、お部屋でお休みになっていて。」
    イキテレラは父を寝室へと送っていった。
     
     
    気も体も弱い父と、意地悪な後妻とその連れ子の2人の姉
    イキテレラは朝から晩まで、家事に追われる日々であった。
     
     
     続く
     
     
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