「王さま、あたくしたち、騒ぎ過ぎましたわ!
皆、王妃さまがお亡くなりになる前提で
“見舞い” に来ておりますわ!
そんな誤解、ひどすぎますわ、何て縁起が悪い!!!」
ヒステリックに訴える公爵家の娘を、王が抱きしめる。
「姫よ・・・、王妃は死ぬ。」
その残酷な宣告に、公爵家の娘が無言だったのは
王の声が震えていたからである。
「そなたは、4日も眠っておったのだ。
皆、王妃に続いて姫までもが、と大層心配しておった。
そなたが目覚めてくれて、本当に良かった・・・。」
王の公爵家の娘を抱きしめる全身に、痛いほどに力が加わった。
公爵家の娘は、自分の事をこんなに気に掛ける王の様子に
王妃の死を覚悟せざるを得ない事を感じた。
「で・・・は・・・、王妃さまは・・・?」
「南国の医師が6人来たが、全員わからないと匙を投げた。
このままでは腹の子も危ない。
もうすぐ、子を取り出す手術が始まる。」
公爵家の娘は、王の腕を振りほどいた。
「では、王妃さまはまだ生きていらっしゃるのね?」
裸足で部屋を飛び出る公爵家の娘を、王の言葉が追う。
「行くでない!!!」
だが、叫ぶしか出来なかった。
王は公爵家の娘のベッドに座ったまま、両手で顔を覆った。
寝巻き姿で髪を振り乱して、裸足で廊下を走る公爵家の娘。
行きかう者は、一瞬ギョッとするが
即座に背を向け、壁に向かって頭を下げて目を閉じる。
国一番の高貴な姫の、ありえない狂乱を
城の人々は皆、見ないようにした。
王妃の命が絶たれようとしているのだ。
通常なら、正妃の死は側室にとっては喜ばしい事であるので
人々はその時改めて、王妃と公爵家の娘の間の愛情が本物だ、と思い知った。
手術室の前の衛兵には、公爵家の娘を止められない。
「待って! 止めて!」
侍医に追いすがりながら、公爵家の娘は叫んだ。
「王妃さまのお命を諦めないで!
生きてさえいれば、また御子は授かるわ!」
侍医たちは冷静であった。
王妃が昏睡してから、何日も話し合った結果である。
「姫さま、その願いは叶えもうせません・・・。
御子だけでも助けないと、国は両方を失う事になるのです。」
常人なら、ここでまた気を失う程の絶望が襲うであろう。
その顔色を見て、休ませるよう看護婦に言う医師を
公爵家の娘は拒否した。
「それでは、あたくしも立会います。」
侍医の返事を待たずに、意識のない王妃の枕元に行き、その手を握る。
その決意に満ちた横顔に、止める者はいなかった。
このバカ娘に、あたくし以外の誰が付いててやれると言うの?
公爵の娘がギュッと握る手に、何の反応もない。
もうダメなのだ。
本当にこれで終わりなのだ。
手術が終わって、赤子の泣き声が響き
周囲が喜びに包まれても
公爵家の娘は王妃の手を握ったまま、うつむいていた。
この、握り締めた手を覚えている。
星に近い場所でふたりきり踊った、あの祭の最後の夜。
王妃は最期まで、ピクリとも動かなかった。
続く
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継母伝説・二番目の恋 46
ベイエル伯爵の次男の死の一報が、城を駆け巡った時には
政略結婚の可能性が消えて、公爵家の娘は内心安堵した。
同時にノーラン伯爵の死が、またしても脳裏に甦る。
しかし、その疑念もすぐに消えた。
ベイエル伯爵の突然の帰還は、次男の病気が真の理由で
その事は周囲には隠しておきたかったらしい。
それを聞き、公爵家の娘は少し同情をした。
あの時の憤怒は、息子の病気で気が立っていたのね
身内に死が続いて、お気の毒に・・・。
だが、人に同情しているヒマはなかった。
王妃の体調が悪くなったのである。
王妃は少しずつ少しずつ動かなくなり
眠っている時間が長くなっていった。
これはどういう事か、と侍医に問うても
わからない、という言葉しか返ってこない。
「あたくしの料理が悪かったのかしら?」
心配も頂点になった公爵家の娘を、王が慰める。
「いや、それは断じてない。
何者であろうと、王妃には何の手出しも出来る隙は与えておらぬ。
これは、“病” だ。」
「でも、侍医ですらわからないと言っているではないですか。」
「東国人の医師には東国人の体しか・・・」
言い合いながら、ふたりは顔を見合わせた。
次の瞬間、慌てて王妃の寝室から飛び出し
互いに互いのルートで、南国の医師探しを命じる。
「とにかく急いで!」
「何人でも構わぬ!」
本来なら、身篭った王妃の急病など隠さねばならない。
しかし、なりふり構っている状況ではない事は
誰もが何となく察していた。
あの王と姫が、あれだけ慌てているのである。
王妃の病を知った貴族たちが、続々と見舞いにやってくる。
あれだけ王妃をさげすんでいたくせに・・・
それでも、その形ばかりの見舞いも受けねばならない。
どんなに辛くても、余裕がなくても
きちんと対応をして礼を述べる、それが社交なのである。
それを避けたいから、ベイエル伯爵も次男の病気を隠したのであろう。
その表面だけの見舞い客の中に、南国からの使者がいた。
その使者は、王ではなく公爵家の娘に謁見を申し出た。
あのバカ娘のせいで、忙しくて目が回りそうなのに
南国人は、使者までうっとうしい。
謁見は王に任せて、女のあたくしが側に付いていないといけないのに・・・。
公爵家の娘は、内心イライラしながらも
落ち着いて威厳ある風情で、南国からの使者の前に立った。
「遠くからのお見舞い、痛み入ります。
貴国からお迎えした王妃さまのお具合が悪くなり
どうお詫びをしたら良いのか・・・。」
南国からの使者は、意外な言葉を告げた。
「我が王は、嫁に出した娘の事は
すべてそちらにお任せする、と申しております。
今日は、今まで良くしてくださった公爵家の姫さまに
心ばかりのお礼を届けるよう、言い付かってまいりました。」
その言葉に、公爵家の娘は頭から血の気が引いた。
王妃は生きてるのに、この者は何を言っているの?
公爵家の娘は、ベッドの上で目を覚ました。
ああ・・・、王妃が病気になるなど
何て悪い夢を見てしまったのかしら・・・。
痛む頭を抱えながらグラスの水を飲んでいるところに、王が入って来た。
公爵家の娘は、その王の姿を見た瞬間、すべてを理解した。
これからまた、その悪夢の続きが始まるのだ。
終わらない夢が。
続く
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継母伝説・二番目の恋 47 12.10.17
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継母伝説・二番目の恋 45
ベイエル伯爵は適当な都合を付けて、領地へと帰って行った。
余程、腹に据えかねたのであろう。
職務放棄ではあるが、しばらくはあの顔を見なくて済む。
公爵家の娘はホッとした。
にこやかにしていれば、繊細で美しい顔立ちなのにね。
ベイエル伯爵には3人の息子たちがいて、いずれも美男だという噂である。
長男はもう結婚をしているが、公爵家の娘とつりあう年齢の次男がいる。
まさか、その次男とあたくしの婚姻で
色んなしがらみを流そう、とは・・・
いえ、内戦をするぐらいなら、その方法を取るはず。
公爵家の娘は、不安に駆られた。
王はベイエル伯爵とは不仲だけど
ノーラン伯爵の死をどう思ってらっしゃるのかしら?
ノーラン伯爵・・・。
たった3回会っただけの、この男性が
公爵家の娘の人生に、大きな影響を及ぼすとは
当のノーラン伯爵でさえ、予想してはいなかった事であろう。
公爵家の娘と同じ不安を、王も抱いたのか
城の警備が厳しくなった。
理由は、“王妃が出産間近ゆえ” であった。
王妃の居室の周囲には兵士がいつもの倍、配置され
王妃が口にするものすべてに、毒見係が付いた。
厨房にも大量の見張りが置かれたので
公爵家の娘は、余計に料理をしたくなくなった。
あたくしのこのような姿を見られるなんて、嫌だわ・・・
しかし、その姿は意外にも兵士たちの受けが良く
公爵家の娘には密かなファンが増えた。
王妃が公爵家の娘に再び心を開いたからといって、何も変わらなかった。
公爵家の娘は、相変わらず仏頂面で業務的な事しか喋らないし
王妃は困ったように微笑んで、公爵家の娘の背中を盗み見るだけだった。
侍医が体力をつけるのも大事だと言うので
公爵家の娘が中庭を一緒に歩いた。
王妃が妊娠中だからといって
公爵家の娘の公務がなくなるわけではないのだが
他の者が供だと、部屋から出るのですら嫌がるからである。
はあ・・・、この子はあたくしを忙しくさせるために存在しているのかしらね
公爵家の娘は、王妃の依存にウンザリしていたが
跡継ぎが産まれるまでの事、と耐え忍んだ。
すべての出入り口を兵士が塞いだ中庭は、それでも充分に広く
物陰に控えた数名の召使い以外には
人目がまったくない、緑あふれる空間。
ふたりは、手を伸ばせば触れられる距離を保ちながら
言葉も交わさず、ただゆっくりゆっくりと歩いた。
時折、立ち止まっては雲の流れを仰ぎ見て。
その光景は、時間の存在すら感じない
ふたりの少女の絵画のようであった。
続く
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継母伝説・二番目の恋 46 12.10.15
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継母伝説・二番目の恋 44
王妃が完食するほどに、公爵家の娘の料理の腕前は上がった。
ほほほ、あたくしは何をしても天才なのよ
悦に入る公爵家の娘の手の傷は消えていた。
またひとつ、特技を手に入れた高貴なる姫君。
公爵家の娘の手料理と、春になって暖かくなってきたお陰で
王妃の体調は、すっかり良くなっていた。
王妃の膨らんだお腹の中で、元気そうに動き回る子供に
王も公爵家の娘も、出産が待ち遠しくてならなかった。
「だけど、王妃さまにプレッシャーを与えてはなりませんわ。」
「うむ、そうだな。」
ふたりは打ち合わせて、“いつも通り” を意識した。
こういう時は、ふたりで秘密の悪巧みをしてる気分になって
何となくワクワクするのだが、そんな子供じみた事を言えるわけもなく
どちらも大人ぶって、自分の胸にだけ隠しておいた。
しばらく料理を作らないと、王妃が自分で作ると言い出すので
公爵家の娘は、週に1度は厨房に入らなければならなかった。
王妃は何故か、南国の料理人が作ったものと
公爵家の娘の手料理を見分ける事が出来るのだ。
専門家が作った方が美味しいのに、あの子は舌までもバカなのね
公爵家の娘は、仕方なしに料理をしていたが
その内に王までもが食べに来始めたので、手を抜けなくなってしまった。
王妃の部屋では、王と王妃と公爵家の娘の
3人での食事会が恒例となりつつあった。
王妃が笑顔で食事を摂るのは、東国に嫁いできて
かつてなかった事なので、この食事会を止めるわけにはいかなかった。
“国一番の貴族の姫君が料理をしている”
これは、宮廷ではスキャンダルである。
いくら使用人たちが口を閉じていても
各貴族の召使いたちの間では噂になる。
口火を切ったのは、もちろん
かの宿敵、ベイエル伯爵であった。
「高貴なお方が、下々の真似事をなさっている、
という信じられない与太話を耳にしましたが
それは、わたしめの聞き違いですかな?」
やっぱり、おまえが来るのね
公爵家の娘は、予想の当たり過ぎについ笑ってしまった。
それが神経を逆撫でしたようで、ベイエル伯爵は言い過ぎる。
「それも聞くところによると、南国料理だそうで
きつい香辛料で宮廷が土人臭くなって、かなわぬわ!」
公爵家の娘は、落ち着きはらって堂々と答えた。
「あたくしは王と王妃のためなら、畑とてこの手で耕しますわ。
あなたにはそういう忠誠心がございませんの?」
「下賎な者の仕事をする事が忠誠心かっ!」
ベイエル伯爵の激昂に、公爵家の娘がサラリと応える。
「王と王妃が望むのなら。」
この答は、王の溜飲を下げたが
そこまで言われて黙っているのも、威厳に関わる。
王は、毅然と言った。
「ベイエル伯爵、そなたは、わしの妃を軽んじているようだな。
それはすなわち、わしを軽んじているのと同じであるぞ。
言葉に気をつけよ。」
ベイエル伯爵は返事をしなかった。
しかし、吊り上った目尻、噛み締めた唇、震えるほど強く握り締めた拳
その形相を見た誰もが、背筋を凍らせた。
王も公爵家の娘も後悔した。
いつかは諌めねばならない無礼な態度なのだ。
だがそれが果たして、“今” で良かったのか・・・
王と公爵家の娘は、心中で案じ合った。
続く
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継母伝説・二番目の恋 45 12.10.11
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継母伝説・二番目の恋 43
ウォルカーから小瓶が届いた。
ケルスートに託された、南国の花の香料だそうだ。
真冬のこの時期に、いくら暖かい南国とはいえ
花のエキスを入手するのは、大変な事であろう。
あの “権力者”、何といったかしら
ああ、ケルスートね、さすがだわね。
しかし公爵家の娘は、その小瓶を陽にかざしつつも不安だった。
王妃がこれで、少しでも元気を出してくれれば良いのだけど・・・。
姫さまがいらっしゃいます、という知らせを
召使いから受けた王妃は、肩をピクッと震わせた。
その萎縮ぶりに、思わず召使いは口を出してしまった。
「これは噂ですけど、以前こちらで働いていた召使いたちは
今は皆さん、西国で結婚して幸せに暮らしているそうですよ。」
その “噂” を、瞬時に王妃が信じたのは
公爵家の娘の日頃の態度によるところが大きい。
どんなに威圧感があっても、冷徹でも
王妃の側に来てくれるのは、語りかけてくれるのは
公爵家の娘ただひとりだからである。
公爵家の娘が部屋に入ってきて
ご機嫌はいかがですか、とお辞儀をした瞬間に
王妃が飛びついてきた。
その勢いに押されて、公爵家の娘は後ろにいた召使いにぶつかり
召使いは手に持ったクッションに乗せた小瓶を床に落としてしまった。
落ちた衝撃で蓋が外れた小瓶は、部屋中に強い香りを放った。
公爵家の娘は、むせ返る花の香りの真っ只中で
この王妃のご乱心のわけがわからず、憮然としたが
しがみついて、わんわんと号泣している王妃のせいで
誰も身動きひとつ出来ずにいた。
ようやく王妃が泣き止んだので
公爵家の娘も、召使いに命じる事が出来た。
「この匂いが取れるまで、王妃さまの代わりの部屋を用意して。
この近くで空いている部屋は・・・、ええと・・・
ああ、良いわ、あたくしの執務室を使って。
あたくしは、図書室で執務をするわ。」
「ううん、良い。
あたし、この匂い、好き。」
王妃が公爵家の娘に抱きついたまま、顔を上げて微笑む。
あなたは良くても、他の者が迷惑なんだけど・・・
まあ、ようやくご機嫌が直ったようだしね。
公爵家の娘が無言で手を出すと、そこに召使いがハンカチを置く。
涙でグチャグチャになった王妃の顔を、そのハンカチで拭きながら
公爵家の娘は混乱していた。
にしても、いきなり何なのかしら?
この子のする事は、本当にわけがわからない。
「何かお食べになります?」
公爵家の娘の問いに、王妃がうなずいた。
「うん、あたしのお友達に、あたしが料理する。」
公爵家の娘は、その言葉を聞いてゾッとした。
冗談じゃないわ!
王妃に、しかも懐妊中に料理をさせるなど
いくらあたくしでも、処分はまぬがれないではないの。
あまりに動揺したせいか、思いもしない言葉が口から出てしまった。
「王妃さまのために、今度はあたくしが作りますわ。」
王妃は、ものすごく喜んだ。
言ってしまった公爵家の娘は、これ以上にないぐらいに後悔した。
このバカ娘に構うと、これだから・・・。
足元から立ち上がる強い香りも手伝って
公爵家の娘の頭は、脈を打つようにズキンズキンと痛んだ。
緘口令を布いて、極秘裏に作った初めての料理には
想像以上に苦労させられた。
「・・・あんまり美味しくない・・・。」
とスプーンをくわえた王妃が言った時には
切り傷や火傷だらけの手で、絞め殺したくなる衝動に駆られたが
それでも王妃がいつもより随分と食べてくれたので、諦めもついた。
・・・・・・・・が、
「あたしのお友達、料理、上手くない、やっぱり、あたし、作る。」
と言ったせいで、公爵家の娘は料理の勉強をするハメになる。
これも仕事、これも仕事、王国の跡継ぎのため・・・
ブツブツとつぶやきながら、本を片手にスパイスを振る公爵家の娘を
あざ笑う使用人はひとりもいなかった。
緘口令は守られた。
続く
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継母伝説・二番目の恋 42
南国の食材が届いた。
南国人の料理人も、城へとやってきた。
レシピだけじゃなく、料理人まで寄越すとは
ウォルカーも、中々気が利いているわね。
公爵家の娘は、ご満悦であった。
これで王妃も精をつけてくれるはず。
ところが、王妃は南国料理に喜びはしたものの、食が進まない。
元からいる、城の料理長の面目は潰れなかったが
調理場がスパイス臭くなって、怒り心頭である。
「どういう事なの?
地方によって味付けが違うとかではないの?」
怒る公爵家の娘に、駆けつけたウォルカーは弁明をした。
「いいえ、あの料理人は南国の宮廷にいた者なのです。
王妃さまにとっては慣れ親しんだ味のはず。」
「どういう事かしら・・・。」
わけがわからず、イラ立って歩き回る公爵家の娘に
他に方法がないか、ケルスートに相談してくる
と約束をして、ウォルカーは急ぎ立ち去った。
公爵家の娘は、王妃の部屋を訪れた。
身篭った王妃は、世界で一番大切にされる。
あの薄汚かった部屋も、今ではピカピカに磨かれ、暖房も利き
居心地の良い、清潔で明るい雰囲気になっている。
よし、皆、ちゃんと仕事をしているようね。
チェルニ男爵領から来た召使いたちは、実によく働いた。
田舎から出てきた “新参者” として
古株の召使いたちを立て、異国の王妃にも敬意を払っている。
さすがチェルニ男爵が選んだ者たち、抜かりがないわ
公爵家の娘は、そこでも少しチェルニ男爵に敗北感を味わっていた。
厚いひざ掛けをして、フカフカのソファーに緊張して座る王妃に
公爵家の娘は優しく語りかけた。
「王妃さま、何か不自由はございませんか?」
王妃はただ首を横に振る。
「お食べになりたいものは?
暖かい部屋での氷菓子など、美味しいですわよ。」
王妃はただ首を横に振るだけ。
公爵家の娘は、そのオドオドした様子に
溜め息を付かないように意識した。
「そうですの・・・。
何でもいつでも仰ってくださいね。」
公爵家の娘は、部屋を出る時に、見送る召使いにコソッと命じた。
「何かあったら、夜中でも連絡を。」
はい、と召使いはお辞儀をした。
王妃付きの召使いたちには、王妃のこの態度の理由がわかっていた。
公爵家の娘はすっかり忘れていたが、召使いの処刑事件である。
懇意になった、公爵家の娘付きの召使いたちから
その話を聞いていたのである。
王妃は公爵家の娘を恐がっている、と召使いたちは思っていたが
王妃が恐かったのは、自分のせいで人が死ぬ事であった。
続く
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継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4
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継母伝説・二番目の恋 41
廊下を優雅に歩く公爵家の娘に、前から来た貴婦人が挨拶をする。
「姫さま、ご機嫌よう。」
「寒くなりましたわね。」
にっこりと穏やかに微笑む、公爵家の娘。
私室に入った途端、ソファーに走り寄り
クッションにパンチを数発くらわせる。
おお・・・、いけないいけない
このクッションばかり殴ったら、傷みで召使いたちにバレてしまうわ。
公爵家の娘は、クッションを入れ替えた。
均等に殴る事にしましょう。
公爵家の娘の荒れの理由のほとんどは
ベイエル伯爵のいつもの突っ込みである。
「南国との協議は、まあ仕方がないとしても
南国に一番近い地の領主を差し置いて
どこぞの姫君が一枚噛んでいる、という話は許せませんな。
南国との協議よりも、南国の娘とお遊びになっていればよろしいのに。」
これをすれ違いざまに早口で言われるので、たまらない。
振り向いて追いかけて反論をしていると
こっちがケンカを売った、と周囲に誤解されかねない。
他の者の目がある場所で言ってくれれば良いものを・・・
いえ、そんなバカな嫌がらせは、王の叔母ぐらいしかしない。
あやつ、いっその事、死んでくれないかしら!
その瞬間、公爵家の娘はノーラン伯爵を思い出した。
自分を真っ直ぐに見つめてきた、あのまつげの長い青年。
王妃の妊娠や、南国との国交など色々とあったとはいえ
すっかり忘れていた自分の薄情さに、気分が沈む。
と同時に、最近見かけないチェルニ男爵の事も気になった。
大丈夫かしら?
「今は王妃さまの事に集中した方が、よろしいかと思われます。
ベイエル伯爵は、南国国交に不満を溜めているようです。
あのお方は激しい差別主義者ですからね。
これ以上、刺激をしない方が安全かと。」
チェルニ男爵は、普通に宮廷にいた。
山羊の紋章の調査はどうなったのかしら・・・?
公爵家の娘のいつもの強い眼差しに、不安の影が宿っているのを
チェルニ男爵は見逃さなかった。
「どうか、わたくしを信じてくださいますよう。」
それは、確かにチェルニ男爵の気遣いであったのだが
公爵家の娘には、まるで目の前でドアを閉められたかのように感じられた。
資料室を後にし、長い廊下をポツポツと歩き
ふと窓の外の木の枝に、何とか残った枯れ葉が揺れているのを見た時に
心の隅に、突然寂しさがこみ上げてきた。
チェルニ男爵は何だかズルい!
すべてを見通しているかのごとく、あたくしの先を先を読んでいる。
そして、あたくしに反論する機会を与えない。
王もズルい。
お父さまも、肝心な事はあたくしには教えてくださっていない気がする。
ノーラン伯爵も、あたくしに指輪を渡して何をしたかったのか
“男” というのは皆、こんなものなのだろうか?
だから女には政治は出来ないのだろうか?
いえ、あたくしがバカなのだろうか・・・?
自分がただひとり、冷たい風が吹きすさぶ荒野に立っているような
そんな、寂しくてたまらない時がある。
公爵家の娘の、そういった落ち込みは
その若さにそぐわない自信を持っているせいであった。
優れた人間など、世の中に大勢いるのだ。
生まれつき、色々なものを持っている者は
自分がまだほんの蕾だなど、思いもしない。
だから時々、見え隠れする現実に気付いては傷付く。
気付くと、さっきまであった枯れ葉がなくなっている。
飛ばされてしまったのね・・・。
公爵家の娘は、一瞬で起こる変化というものを
目の当たりにした気がして、身震いをした。
男性が優位であるのは、わかりきった事。
嘆いて、それが変わるわけでなし
あたくしにはあたくしの分というものがあるのだわ。
とにかく、あたくしはあたくしのなすべき事をせねば。
公爵家の娘は、再び足を踏み出した。
公爵家の娘の、先ほどとは違う足取りに
柱の影のチェルニ男爵は感心し、また安堵もした。
続く
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継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4
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小説・目次 -
継母伝説・二番目の恋 40
南国との会談が始まった。
大使には、中央の有力貴族が任命されたが
東国南部の王の領地が、貿易の拠点になった。
南国人街の “権力者” は、南国からの輸入品の
東国内での管理を命じられた。
その任命式で、遠目に見た王の後ろに
見覚えのある女性がいるような気がしたが
それはひとりの男性の登場によって、確信へと変わった。
「よお。」
平服を着たその男性は、あの時身分の高そうな女性と供にいて
自分を脅した張本人であった。
「あんたは・・・。」
「俺は城の兵士だ。
今後しばらく、あんたと共に動けってさ。
ウォルカーって名だ。 よろしくな。」
「監視かね?」
“権力者” は、不愉快そうな顔をした。
「いや、貿易ルートが速やかに整うように現場であんたを手伝え、とさ。
これは姫さまの純粋な御厚意だぜ。
俺の任務は、姫さまが欲しいものを揃える事なんだからな。」
「姫さま?」
ウォルカーは、声をひそめた。
「食の細い王妃さまに、南国の料理を食べさせたいんだと。」
その言葉を聞いて、一瞬で多くの事を理解できる頭を持つのが
“権力者” でいられる理由であろう。
南国から来た王妃は、その頭の弱さゆえに
この国一番の貴族の姫が、王妃に成り代わろうとしている、
という噂があるからだ。
先日来た女性が、その “姫さま” か!
だとしたら、今回の南国との突然の国交開始は
隠密行動までしていた、その姫さまの意向としか考えられない。
その理由が、南国出身の王妃の食事?
取って代わろうとしている相手の食事のために
貴族のお姫さまが、あんなところまで自身で来るものか?
噂とは、このようにアテにならない事もあるのが恐いな
“権力者” は、愉快そうに笑った。
肌の色が違う、というのは相容れない原因のひとつである。
東国人の肌は卵色のせいか、まだ “あたり” も柔らかく
南国人が安心して暮らせる、専用区画も作らせてくれたが
真っ白な肌の西国人は、南国人を容赦なく奴隷扱いすると聞く。
東国の王は、南国の姫を王妃にし
東国の姫は、南国出身の王妃の体を心配する。
貧困ゆえに、生まれ故郷の南国を出て
外国に移り住んだ己の不遇を、嘆き悲しむ事も度々あるが
この国にいるわしらは、案外幸せなのかも知れんな。
“権力者” は、報酬目当てだけではなく
この与えられた役目に、誇りを持とうと思った。
「わしはケルスートと言う。
よろしくな、ウォルカー。」
“権力者” こと、ケルスートは右手を出した。
ウォルカーはその手を握り、微笑んだ。
「ああ、お互いのためにも、上手い事やりとげようぜ。」
続く
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継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4
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小説・目次 -
継母伝説・二番目の恋 39
城に戻った公爵家の娘を待っていたのは、大臣たちの説教のはずであった。
公爵家の姫、しかも王の側室ともあろうものが
マトモな供も付けずに、荒くれ兵士数人だけで街に出るなど
あってはならない事だからだ。
しかし、誰も何も言わない。
説教の場になるであろう会議場に、呼ばれもしない。
「それは、わしが命じた、と言ったからだ。」
王が威張った。
「これで貸し借りはなしだな。」
公爵家の娘は、まあ! と喜んだ。
「ありがとうございます。」
と、ドレスの裾をつまんで、お辞儀をする。
「では、あたくしからもお土産を・・・。」
扇で口元を隠す公爵家の娘の目は、陰謀に満ちている。
王はその目を見ただけで、内心ワクワクしたが
何もないようなそぶりで人払いをした。
「早急に調べていただきたいのですけど
恐らく、南国国境沿いの領主は密輸をしておりますわ。」
「何?」
驚きはしたが、以前から南の方に
小さい領地の割には、羽振りが良さそうな領主がいるのは
王も薄々は知っていたので、公爵家の娘のその勘は当たっているであろう。
「これを機に、密輸の旨みをなくしておしまいになったら?」
「南国と正式に商取引きをしろ、という事か。」
「ええ。」
王は考えた。
確かに表立った交流のない南国との付き合い始めに
王妃は良いきっかけになるはずだった。
それが出来なかったのは、王妃が予想外に反感を持たれたせいで
その挽回に、今回の妊娠はまたとない機会である。
密輸で儲ける者がいるなども、聞き捨てならない。
「ふむ、では国交を深めるとして、その任をどうするかね?
そなたの父を西国から呼び戻すか?」
公爵家の娘の返事は、意外なものであった。
「いえ、心情的には父に戻って来てほしいのですけど
商いに長けた西国を相手に回して安心な者が、他に思い浮かびません。
せめて関税の問題の決着が付くまでは、西国には父に詰めてもらわねば。」
「では、誰か適任はいるか?」
「・・・あたくしが思うに、この件は王さま所縁の者に任せるべきかと。
他の貴族は、南国を軽んじ過ぎております。」
王は引き出しから地図を出した。
各領地の主がひとめでわかる地図である。
「ほら、ここの端に王家の領地がありますわ。
南国との境い目にもかかってますわよ。」
「ここの領主は・・・、確か大人しい男だったぞ?」
「あら・・・。」
公爵家の娘は、困ったわね、弱腰じゃ外交は難しいわね、と悩んだ。
が、すぐに妙案が浮かんだ。
「でしたら、南国人街を取り仕切っている者を
王さまが直接動かしたらどうでしょう?」
王も、公爵家の娘の話す “権力者” に興味を惹かれた。
「ほう、民の間ではそういう事になっているのか。」
「ええ。 どこの世界も似たようなものですわね。」
ふたりで政治の話で談笑する。
それは、理想的な王と王妃の姿であった。
続く
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継母伝説・二番目の恋 38
男性が案内したのは、普通の民家であった。
南国人特有の黒い肌をした家主は
公爵家の娘をひとめ見て、ただ者ではない、と察したようで
言葉少なに歓迎の意を表しようとした。
「これは、どちら様か存じ上げませんが、こんなあばら家に・・・」
公爵家の娘がさえぎる。
「挨拶など、どうでもよい。
おまえが南国人街の権力者か?」
「ここは私が・・・。」
スッと前に出た兵士が、何事かを家主にささやいた。
「わたくしめに出来る事がございましたら
お言い付けくださいまし。」
太った中年男である “権力者” は、床に両手両膝を付いて頭を下げた。
「南国の食事を作りたい。」
公爵家の娘の言葉に、権力者は驚いた。
そして言いにくそうに、無理だと告げた。
材料の入手が困難だと。
「だけど、このかすかに香る匂いを、あたくしは知っているのよ。
この家には南国のスパイスがあるわね。」
その “匂い” は、城に来た頃の王妃から香っていたものである。
公爵家の娘は、辺りを見回した。
南国との交易は認められてはいない。
そういう国とは、通常は王妃が国交を進めていくべきなのだが
何せ、うちの王妃は “ああ” だから、頓挫しているのよね。
だから多分、密輸ね。
「あたくしが “お願い” しているのよ。」
この言葉に、“権力者” は即座にすべてを喋った。
この者、時勢を見るに機敏だわね。
まあ、そうじゃないと権力は持てないものね。
公爵家の娘は、秘密保持と協力の引き換えに
“権力者” の地位を守る事を約束した。
実際に、秘密裏に動くよりも、“お墨付き” を貰う方が
“権力者” も本物の権力を手に入れる事になる。
ありがたい取り引きであったが、そんな奇跡のような事が
南国を軽んじる東国で起きるとは、信じられなかった。
“権力者” は、兵士にコソッと正体を訊く。
兵士は答えなかったが、後日、真実を知って腰を抜かすハメになる。
帰り道に、公爵家の娘は兵士に訊いた。
「あの者に何を耳打ちしたのだ?」
兵士は事もなげに言った。
「このお方に逆らうとこの街が丸ごとなくなる、と申しました。」
公爵家の娘は、その言葉を当たり前のように聞き流した。
実行するかしないか、は別として
それは公爵家の娘には不可能ではないからである。
代わりに、もうひとつ訊く。
「おまえの名は?」
その問いに、一瞬固まりかけるも
慌てて馬から降り、地面に額をこすりつけて名乗る。
「ウ・・・、ウォルカーと申します。」
他の兵士も動揺した。
身分ある者に名前を訊かれる、という事は立身出世を意味する。
何故ならば、上流貴族にとっての兵士は
いくらでも代わりの利く駒でしかないからである。
使い捨てるものに名前などいらない。
続く
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