カテゴリー: パロディ小説

  • 継母伝説・二番目の恋 37

    城下町の端にある南国人街の南国人は、東国風の暮らしをしていた。
    文化があまりにも違いすぎると、融合もしなくなるようである。
     
    そうよね、簡単に行き来できる国じゃないから
    南国のものも手に入らないだろうし・・・
     
    公爵家の娘は、自分の考えの甘さに落胆し
    つい、後ろに控えている兵士に声を掛けてしまった。
    「どうしたら良いのかしら?」
     
     
    貴族の姫と下級兵士は、直接口を利けない。
    必ず間に、相応の身分の召使いが介在する。
     
    バカげた慣例だが、身分制度の強い地域では
    線引きをはっきりする事によって
    勘違いや混乱の可能性を減らした方が
    結局はお互いのためになるのである。
     
     
    驚いたのは兵士である。
    下級兵士でも、平民にとってはエリートコースだが
    それでも貴族の近くに行く事は、滅多にない。
     
    貴族の方が、地位も身分も上ではあるが
    平民には平民しか持てない、財産や自由や権利があるので
    どちらが幸せなわけでもないのは、この国の民なら全員知っている。
    しかしそれでも目の前の大貴族の姫は、平民の娘とは雰囲気が違い過ぎた。
     
    汚い、と言っても平民にとっては高級な仕立てのドレス
    普段の暮らしが伺い知れる、清潔で栄養の行き届いた髪や爪
    何気なく立っているだけなのに、スッと伸びた背筋。
     
    たとえドブに落ちても、このお方は輝いているだろう
    そう思わせるだけの、手入れの良さである。
     
     
    兵士たちの驚愕に、我に返った公爵家の娘だが
    後先考えずに飛び出して来たので、召使いも置いてきた。
    と言うか、良家の子女の召使いたちは、こんな場所では足手まといである。
     
    でもこんな事をしちゃった手前、手ブラでは帰れない、絶対に。
    うーーーん、と考え込む公爵家の娘に
    兵士のひとりが頭を下げたまま、口を開いた。
     
    「あの・・・、ここの権力者にお会いになったらどうでしょう?」
    「権力者?」
    公爵家の娘は、いぶかしんだ。
    この街は王家の所有なのだ。
     
     
    「いえ、権力者と言うか、平民の中にも
     他人に影響力のある、際立って裕福な人物がいるのです。
     南国人街にも、そういう立場の者がいるはずです。」
     
    この意見に、公爵家の娘は納得させられた。
    各街には、領主が任命もしくは許可を出した “長” がいる。
    しかし、人は数人集まると派閥を作る。
    公にはならないリーダーが出来ても無理はない。
     
     
    「では、その者を探せば良いのだな?」
    公爵家の娘に、兵士は答えた。
    「いえ、もうあちらから様子を見に来ているようです。」
     
    何やら異質な雰囲気の女性が、屈強そうな男たちを引き連れてウロついている、
    それは充分に、“見張る” 対象になる。
     
     
    見張られていると言われても、公爵家の娘が周囲を見回さなかったのは
    噂慣れをしていたからである。
    相手を見ながらの陰口は、本人に気付かれる。
     
    公爵家の娘は視線すら動かさずに、自然な口調で命じた。
    「では、その者を捕らえよ。」
     
    兵士は、はっ と返事をした途端、走り出し
    家の陰にいた男性を引き連れて戻って来た。
     
     
    「そなたの家に案内してもらおうか。」
    国一番の大貴族の娘は、自分の命令にNOと言われる想定をしない。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 36

    ・・・でも、よく考えると・・・
    あの王妃が健康な妊婦でいられるわけがない。
     
    「今まで以上に気を付けなければ!」
    思わず叫んで飛び起きたところに、王が入って来た。
     「うむ、わしもそう思い直した・・・。」
     
    公爵家の娘は、露骨に警戒しつつ掛け布団を引き上げた。
    「何故そちらのドアからお入りになってるの?」
    そのドアは、王妃の部屋へと繋がる内ドアである。
     
    「いや、王妃のつわりがひどくてな・・・。
     見ていると、こっちまでつわりが移ってな・・・。」
     
     
    「こんな時に夜伽など、何をお考えでらっしゃるの!」
    公爵家の娘の激昂に、王が慌てて否定する。
    「違う、違うぞ。
     わしは側で見守ろうと・・・。」
     
    「だったら最後までお見守りあそばせ!」
    王を王妃の寝室へと追い返して、公爵家の娘はベッドに入り直した。
    側室に蹴り出される、大国の王・・・。
     
     
    ふたりの、いや、王妃の懐妊を知る全員の杞憂が当たり
    王妃のつわりはひどく、見る見るヤツれていった。
     
    「何か食べたいものはございませんの?」
    枕元で優しく訊く公爵家の娘にも、王妃は首を横に振るだけ。
    その姿は、一緒に踊ったあの夜とは
    うって変わって、痩せ細って生気も失せていた。
     
     
    このままじゃいけない・・・
    そうは思うけど、公爵家の娘は誰にも相談しなかった。
    王妃の事であたくしに思いつかない事は、誰にも思いつかないわ!
     
    公爵家の娘は、部屋でひとりで考えた。
    何故だかわからないけど、誰にも指図をされたくなかったのだ。
     
    うん、どう考えてもこれしかないわね
    公爵家の娘は、南国の料理を作る事にした。
     
    しかし、それは思う以上に困難だった。
    現王妃のせいで、余計に歓迎されない南国の料理
    ただでさえ材料が入手しにくいところに、今は冬なのだ。
     
     
    「兵士を数人、貸してくださいませ。」
    公爵家の娘は、王に頭を下げた。
     
    「バカな、南国人街へ行くなど
     南国料理以外、他にももっと方法があるであろう!」
    王の叱責にも、公爵家の娘は動じなかった。
     
    「そう思うお方ばかりだから、あたくしが自ら動かねばならないのですよ。
     王さまも、ご自分の我がままを自覚なさっているのなら
     あたくしが王妃さまのためにする事に、文句など仰れないはず!」
     
    ビシッと言い放つ公爵家の娘に、王はひとことの反論も出来なかった。
    公爵家の娘は、ドアの前で振り返って更に言った。
    「今回の事は、あたくしの “貸し” ですわよ、王さま。」
     
     
    言いたいだけ言うと、公爵家の娘はスタスタと部屋を出て行った。
    入って来て出て行くまで、笑顔のひとつも見せない。
     
    女は子が出来ると強くなると言うが
    肝心の妊婦は弱って、姫がより強くなるとは・・・
    王は、こめかみを押さえつつ、グラスの水を飲み干した。
    「姫に兵を。」
    侍従を呼び、命じる。
     
    しばらくして、侍従が戻ってきた。
    「一個小隊 (約30人) もいらない、とつき返されました・・・。」
    「何? 王の寵姫がそんな少人数で出掛けたと言うのか!」
     
     
    玉座で王が激怒している時
    既に公爵家の娘は汚いドレスで
    5人の私服兵士だけを連れて、城門を馬で駆け抜けて行った。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 35

    公爵家の娘は、自己嫌悪に陥っていた。
     
    チェルニ男爵は、しばらくうつむいていたが
    次に顔を上げた時には、もういつもの静かな男爵へと戻っていた。
     
    公爵家の娘との間の出来事は、公爵家の娘の許可なしには
    誰にも、王にさえも伝えない事
    もっと信じて欲しい事、などを諭されるのは
    口調が淡々としているチェルニ男爵からの言葉でさえ
    自分がバカ娘になった気にさせられる。
     
    イヤだわ・・・
     
    公爵家の娘は、怒られ慣れていなかった。
    チェルニ男爵が話している間中、イヤだわ、としか思えなかった。
    しかし今回の事は、明らかに自分だけの失態なのだ。
     
     
    山羊の紋章の調査は、チェルニ男爵に任せる事になった。
    問題は・・・、この事を王に言うかどうか
     
    だけど、元々今回の発端は、ベイエル伯爵家と公爵家の確執。
    国政には関係ないどころか迷惑なだけよね、臣下同士の争いなんて。
     
     
    この考えには、チェルニ男爵も同意だった。
    チェルニ男爵は、指輪の件は知らなかった。
     
    だがノーラン伯爵の暴走は
    絶対に公爵家の娘のそそのかしが原因だと思ったのに
    実際は、子供のままごとのような展開であった。
     
    そのあまりの純情さに、この姫君が何故あれほどまでに気丈なのか
    少しわかった気がした。
     
    あのお方を抱きしめる人はいないのだ。
     
    チェルニ男爵は、風が北から吹いている事に気付き
    襟を立てて、馬を走らせた。
     
     
    東国がいよいよ冬へと入った。
    寒さは世界を凍らせる。
    が、政治の停滞は国力の弱化を招くので
    より、気を入れて執行せねばならない時期である。
     
    公爵家の娘も、変わらずに走り回っていたが
    城には、時間が止まった一角があった。
     
    王妃の部屋である。
     
     
    祭の最後の夜以来、公爵家の娘と王妃との接触はなかった。
    別に避けているわけではないけれど・・・
    王妃の事は、常に気にはなっていたが
    “何でもない日常の問題が山積み” という状態が一番気ぜわしい。
     
    王さまのお通いも相変わらずだし
    そう言い訳しつつ、王妃の部屋から足が遠のいていた。
     
     
    そんなある日、公爵家の娘は侍医に呼ばれた。
    行くと、ちょうど医務室の前で王と鉢合わせた。
     
    こ、これは・・・
    互いの心臓がドクンと揺れた。
    侍医がもったいぶって、ゴホンと咳払いをしたりする。
    ああ、良いから早く言って!
     
    「ご懐妊です。」
     
    その言葉が終わるか否かなのに
    公爵家の娘は、王と抱き合っていた。
     
     
    ふたりで抱き合ったまま、ピョンピョンと飛び跳ねる。
    それが終わると、凄い勢いで侍医を質問攻めにする。
     
    「予定日はいつになるのだ?」
    「順調ですの?」
    「男子か? 女子か? わしはどちらでも良いぞ。」
    「ああ、お祝いは何にしましょう?」
    「いつになったら、国民に触れを出せる?」
    「どこか暖かい場所で静養した方が良いのではないの?」
     
     
    侍医が圧倒されて、ひとことも返事をしていないのに
    勝手に脳内補完して、それぞれ部屋を走り出て行った。
     
    「わしは見舞いに行くぞ。」
    「今日の夕食のメニューを見直さねば。」
     
    侍医はひとり取り残されて、呆然とするしかなかった。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 34

    いつものように、忙しくしていると
    “彼” が目の前に立ちはだかった。
     
    公爵家の娘は、通せんぼにも黙って立つのみだった。
    その視線は、ノーラン伯爵の体をすり抜けて
    先の通路を堂々と見つめて、揺らがない。
     
    「・・・さすがですね。
     光を放つ、まばゆい金属のようなお方だ。
     冷たく美しく、お強い・・・。」
     
    公爵家の娘は、その言葉で己の強さを過信してしまった。
    両手を首の後ろにやり、していたチェーンの留め金を外す。
    チェーンを引っ張り出すと、その先に指輪が付いていた。
     
     
    ノーラン伯爵の事故死の一報を耳にした公爵家の娘は
    崩れ落ちそうになり、かろうじて廊下の窓枠に掴まった。
    長い廊下を、とても歩けそうにない。
     
    そのほんの直後に、チェルニ男爵が現れた。
    公爵家の娘を探していたのである。
     
     
    顔を上げようとしない公爵家の娘を抱きかかえて
    チェルニ男爵は、近くの部屋へと入った。
    運が良い事に、そこは空き室であった。
    窓をきっちり閉めた途端、公爵家の娘のあごを掴んでその目を覗き込んだ。
     
    「ノーラン伯爵に何をなさったのです?」
    それは、的の真ん中を射抜く質問であった。
     
     
    公爵家の娘の胸元から、自分の指輪が出てくるのを見たノーラン伯爵は
    これ以上の歓喜はない! と確信した。
     
    公爵家の娘が、指輪を持った手を突き出すと
    ノーラン伯爵は片膝を付き、右手を差し出した。
     
    指輪はチェーンをつたい、ノーラン伯爵の手へと落ちた。
    その指輪の温もりを感じた時が
    ノーラン伯爵の命のカウントダウンの始まりであった。
     
     
    「あたくしはただ、『山羊の意味を調べてほしい』 と言ったの。
     ただそれだけなの。
     他にひとことも喋っていないの。
     指一本、触れていないの。」
     
    「バカな事を・・・。」
    チェルニ男爵は、怒りを隠さなかった。
     
     
    「“それ” を “ただそれだけ” と、仰るあなたさまだから
     今回の悲劇が起きたのですよ!
     何故、わたくしにお命じにならなかったのです?」
     
    肩を掴まれて揺さぶられる事など
    公爵家の娘にとっては生まれて初めてで
    恐怖に、つい本心を口走ってしまった。
    「だってあなたは、王さまの・・・。」
     
    チェルニ男爵はその言葉に、悔しそうにうつむいた。
    「確かにわたくしは、王さまのお馬番。
     しかしその王さまに、姫さまのものになれ、と命じられて
     今ここにいるのですよ、わたくしは!」
     
     
    国一番の大貴族の娘で、王の愛を得られる資格のある高貴な姫の
    柔らかそうな肌に自分の指輪が触れていた、と知った瞬間に
    ノーラン伯爵には、もう他に望むものはなくなった。
    そして自分の命も惜しくなくなった。
     
    切れ味を知られていない武器だから
    かくも容易く振り下ろされる。
     
     
    ノーラン伯爵は、暖かい風が吹き抜ける白い花の野ではなく
    ほこりっぽい乾いた土が巻き上がる崖の下で
    人生を終えた。
     
    その指に、山羊の紋章の指輪はなかった。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 33

    しかし、公爵家の娘は何の行動も起こさなかった。
     
    だってあたくしが、あのチェルニ男爵を出し抜けるとは思えないわ。
    アタフタする方が、余分な事まで疑われるのよね。
    ここは、バカな若者がひとりで舞い上がって
    勝手な事をした、という体裁を取り繕いたいわ。
     
    そう思った時点で、ノーラン伯爵ひとりの盛り上がりではなかったわけだが
    公爵家の娘の、チェルニ男爵への敗北宣言は正しかった。
     
     
    「山羊の紋章ですが・・・。」
    ブ厚い本を手にしたチェルニ男爵の第一声は、公爵家の娘の肝を冷やした。
     
    あたくし、誰にもひとことも言ってないのに!
    指輪も見られてないのに!
     
    呆然とする公爵家の娘の表情は
    その夜のチェルニ男爵の寝酒の、良い肴になった。
     
    喜怒哀楽を表に出さないこの男爵が
    珍しくクスクスと笑いながら、ベッドサイドの灯りを消した時
    少し太った月は雲に横切られていた。
     
     
    チェルニ男爵から預かった本には、貴族の紋章の歴史が書いてあった。
    “指輪” の始末に気を取られていたけど、問題は紋章の方なのよね
    すっかり忘れていたわ・・・。
     
    公爵家の娘は、少し気落ちした。
    これだから、あたくしはまだまだなのだわ・・・。
    落ち込みながらも、パラリパラリと本のページをめくる。
     
    王家の紋は、クロスした2本の斧。
    これは最終的に東国を平定したのが、武力に優れた山岳民族だったからで
    国内の貴族にも、斧の紋章を持つ家は多い。
    でも背景に、勝利の木の葉の模様を入れられるのは王族だけで
    しかも中央上部に王冠を掲げられるのは、王さまただひとり。
     
    うちの紋章は、2頭の狼。
    鷹や鹿といった、山の動物の紋章も多い。
    あら?
    ページをめくる手が、ふと止まる。
     
    ベイエル伯爵家はうちと似てるけど
    ああ、これは山犬なのね、珍しい。
     
     
    ・・・ベイエル伯爵家は中央貴族。
    つまりうちと一緒で、首都の周囲に領地を持つ貴族のひとつ。
    うちは全国的に領土を持っていて、その広さを誇っているけど
    中央付近に集中しているベイエル伯爵家の領地に、山羊の産地はない。
     
    ノーラン伯爵家は、ベイエル伯爵家に吸収されたけど
    その領地は古くから南の草原地帯にあり、変わってはいない。
     
    紋章は、その家にとって意味がある形。
    だけどこの2家には、山羊の要素がひとつもない。
    これはどういう事かしら・・・?
    公爵家の娘は考え込んだ。
     
     
    そう言えば、チェルニ男爵は本当に指輪の事を知っていたのかしら?
    そうじゃなくて、“紋章” に注目していたのだとしたら?
     
    ・・・あたくし、何だかズレている気がする。
    今回の仮装パーティーの一件で、すっかり動転していたけど
    そう、問題はノーラン伯爵じゃなくて、ベイエル伯爵なのよ。
    ベイエル伯爵の事を探らなくてはいけないところに
    偶然、ノーラン伯爵が来たのよ。
     
    偶然?
    ベイエル伯爵の罠かも知れ・・・
     
    自分で思った言葉に、傷付けられる公爵家の娘。
    その傷の痛みにも驚く。
     
     
    開いていた本を、そっと閉じる。
    だが、視線は上がらない。
     
    どうして心が重苦しいのか、わからない。
    どうしたら良いのか、わからない。
     
    唇を噛みしめると、鼻の奥がツンと痛くなった。
    手がかすかに震え出す。
    指を目のところに持っていこうか迷っていると、ドアをノックされた。
     
    「姫さま、明日の会議の打ち合わせをなさりたいと
     福祉大臣がいらっしゃってます。」
     
     
    公爵家の娘は、息を止めたが
    それは本当にほんの一瞬だけであった。
     
    「・・・すぐに参ります。
     福祉大臣には、フルーツ入りのパウンドケーキをお出しして。
     紅茶には、砂糖の他にジャムを数種用意して。
     生クリームが嫌いなお方なので、留意するように。」
    「かしこまりました。」
     
     
    公爵家の娘は、立ち上がった。
    うつむいた顔を、ググッと上げる。
     
    何がしたいか、何を望むかなど、下々の者の感覚。
    あたくしは公爵家の娘。
    何をすべきか、何を望まれるか、だけを考えるべき!
     
     
    公爵家の娘は、サッと振り向いて
    わざと足音を響かせながら、部屋を出て行った。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 32

    ノーラン伯爵は、想像とは違って
    初々しさが残る、穏やかな雰囲気の好青年であった。
     
    意識して見ないと印象に残りにくい、そんな影の薄さがある。
    あっさりとした顔立ちだからこその、化粧映えだったのであろう。
     
    突然の再会に、心臓が止まりそうになった公爵家の娘だったが
    その柔らかい雰囲気に、少しホッとした。
    なるほど、これならあたくしが気付かないのも無理がないわね
    自分の注意力不足の言い訳も出来る。
     
     
    ノーラン伯爵は、公爵家の娘が見ていたページを覗き込んで落胆した。
    「・・・ああ、何だ、
     わたしの事を気にしてくださったのではないのですね・・・。」
     
    その素直な言い様に、公爵家の娘は思わず口走ってしまった。
    「あ、ごめんなさい
     
     ・・・・・・・・!!!」
     
     
    何てこと!
    王にすら詫びた事などなかったのに!
     
    青ざめて自分の口を押さえる公爵家の娘と
    高貴な姫君の意外なひとことに驚く青年。
     
     
    ノーラン伯爵は微笑んだ。
    これ以上になく、嬉しそうに。
     
    本来なら、不敬だと怒ってもおかしくない状況であったが
    その純粋な微笑みに、公爵家の娘は抗えず
    苦々しく言うしか出来なかった。
    「・・・秘密よ・・・。」
     
    ノーラン伯爵は、片膝をついて頭を下げた。
    「一生の宝として、永遠にここに隠しておきます。」
     
     
    その左胸に当てた手の中指に、紋章の指輪が光った。
    「その指輪は?」
    公爵家の娘の問いに、ノーラン伯爵が指輪を外す。
     
    「これはノーラン家の山羊の紋章です。」
    そして公爵家の娘が差し出した扇の上に、その指輪をそっと置いた。
     
     
    公爵家の娘は、指輪をマジマジと見た。
    山羊の紋章・・・
    「ノーラン伯爵家の領地は、山羊の産地なのですか?」
     
    「いえ、我が領地の主な産業は、五月雨草の栽培です。
     その紋章は、ベイエル伯爵家から授かったものだそうです。
     うちはお察し通り、ベイエル伯爵家の分家なのです。」
     
    「さみだれそう・・・?」
    「ええ、春に咲く5つの白い花びらが名前の由来です。
     面白い事に、その真っ白の花びらから
     自然界では珍しい、黒い染料が採れるのですよ。」
     
    公爵家の娘は、思い出したように言った。
    「ああ、あの毛染めの原料の・・・。」
     
    ノーラン伯爵は、うなずいた。
    「ええ、それです。
     わたしの領地では、冬ではなくて春になると
     見渡せる野という野が、一面の銀世界になるのです。
     五月雨草が一斉に咲き乱れる様子は、まるで雪が積もったような光景で
     なのに、そよぐ風はポカポカと暖かくて・・・。」
     
    言葉を止めたのは、公爵家の娘が見つめていたからである。
    「す・・・すみません、風景などどうでも良い話ですよね・・・。」
     
    「ええ。
     見せてくださり、ありがとうございました。」
    指輪を返そうとしたら、ノーラン伯爵が両手を後ろへ隠した。
    「それは姫さまに持っていてくださりたいのです。」
     
     
    紋章入りの指輪は家長の証しであり、貴族にとっては宝石よりも重要である。
    それをおいそれと他人に預けるなど、ありえない。
     
    こいつは何を言い出すの? と、公爵家の娘が怪訝な表情をするのも構わず
    ノーラン伯爵は立ち去ってしまった。
     
     
    こんな指輪を持っているのを知られたら、私の立場まで危うくなる。
    人に悟られないように彼を探し出して
    人に見られないように会い
    人に気付かれない内に返さなければ
     
    ・・・ああ、面倒くさい!!!
     
    公爵家の娘は、ノーラン伯爵のロマンに心底イラついた。
    個人的感情を漏らしまくるヤツというのは
    その繊細な情熱が、はた迷惑である。
     
     
    “付け込まれた” 事を、チェルニ男爵にバレたくない。
    あたくしひとりで、さっさとどうにかしないと。
     
    公爵家の娘は、ノーラン伯爵に一瞬でも惹かれた事を後悔した。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 31

    祭は終わった。
     
    その余韻を手放したくない人々は
    どこの誰と誰が秘密の快楽をむさぼった、など
    あちこちで、勝手な噂を立てては消し
    それは宮廷内でも例外ではなかった。
     
    この熱気が冷めると、東国はいよいよ冬へと入っていくのである。
     
     
    「仮装パーティーなど、禁止すべきじゃな!
     堕落の元でしかない。」
     
    ブリブリと怒る大神官長に、衣装を畳む巫女たちがコロコロと笑う。
    「でも、皆、このお祭が楽しみですのよ。」
     
    光がこぼれそうなその笑みに
    大神官長は咳払いをしつつ、目を逸らす。
     
    中庭では、木々の飾り付けを片付ける小間使いたちに
    植木職人が目を奪われては、慌てて鋏の先に視線を引き戻す。
     
     
    そんな、動悸を無理に鎮めようとするかのような空気を
    渡り廊下からボンヤリと眺める公爵家の娘に
    お辞儀をしたのは、チェルニ男爵であった。
    「あの青年は、ノーラン伯爵です。」
     
    ここで、それは誰の事かしら? などと墓穴を掘る公爵家の娘ではない。
    「そうですか。
     して、あの者の目的は?」
    「・・・さあ、若さゆえでしょうか。」
     
    公爵家の娘は、鼻で笑った。
    「愛だ恋だで、己の首を賭けるアホウはおるまいに。」
     
    この “思い込み” をチェルニ男爵は正さなかった。
    それもまた、公爵家の娘の “若さゆえ” なのだから。
     
     
    公爵家の娘は、即座に書庫へと移動した。
    ノーラン伯爵・・・、聞いた事がある程度なので中央貴族ではないだろうけど
    あの洗練された物腰は、昨日今日出の田舎貴族ではないはず。
     
    貴族名鑑をめくる手が止まる。
    ・・・この領地は、ベイエル伯爵領地内・・・?
     
     
    資料室は同じ建物とはいえ、遠い。
    ああ、もう、何故貴族の調査は2室にまたがらなくては出来ないの?
     
    イラ立つ公爵家の娘だったが、系図を探しあてたら
    彼女にとっては、後はもう簡単なパズルである。
     
    ああ、なるほど。
    ノーラン伯爵家は、ベイエル伯爵家の “畑” のようなものなのね。
    ベイエル家は、多産の家系のノーラン家と
    定期的に姻戚関係を結んでさえいれば
    養子や婚姻で、確実にベイエルの血を繋いでいける。
     
     
    公爵家の娘は、ふと思った。
    にしては、ベイエル伯爵家の相続は、更に “男系” も課している。
    公爵の称号を持つうちでさえ、“嫡子相続” という条件しかないのに。
     
    直系男子にこだわる家系は大抵、繁殖力が弱まる。
    それを補うための、ノーラン家の存在なのだろうけど
    それにしても、ベイエル家のこの死亡率の高さは何なのかしら?
    ほぼ20年おきに、家の男性が死亡している。
    死因は、病気、事故、様々だけど何だか異様ね・・・。
     
     
    ここに、ベイエル伯爵家の “秘密” があるかも知れないわね。
    扇で隠した口元を緩ませる公爵家の娘の背後から声がした。
     
    「わたしに直接訊いてくだされば済みますのに。」
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 30

    翌日の自室で書類の束を手に、公爵家の娘は迷っていた。
     
    チェルニ男爵に何を訊こうというの?
    彼は王の手の者、あたくしよりも王の側に添った考えをするはず。
    王の耳に入って不興を買うような恐れがある事は訊いてはならない。
     
    公爵家の娘は、しばらく考え込んだ後に
    持っていた書類をトントンと揃え、引き出しに入れた。
    そもそも夕べのあの人が誰だろうと、どうでも良い話よね・・・。
     
     
    仮装パーティーは、まだ2日ある。
    だけど誰が誰やらわからないなら、情報も集められない。
     
    もう、あたくしは出るのは止めておきましょう
    壁にもたれかかって天井を見上げたら、溜め息が漏れた。
    ここ数日、忙し過ぎたわ。
     
    ドアをノックされた。
    「姫さま、養護院への贈り物の件で、院長がおいでになっております。」
    「すぐに行くわ。」
     
    ああ、そうね、まだ祭事は終わってはいないのだわ
    公爵家の娘は、サッと頭を切り替えた。
     
     
    その夜は、早々にベッドにもぐり込む。
    パーティーの喧騒が遠くに聴こえる。
     
    ・・・・・・・・・・・・・
     
    そう言えば、王妃はこの祭の間中、部屋に篭もっていた。
    王妃の “代理” は、神事の時のみのはずだったが
    いつの間にか、王の隣には王の叔母が常に鎮座していた。
     
    頼み事をした手前、王も叔母上を退けられなかったのだろうけど
    これだから、弱みを見せられないのよね
    ・・・身内にも・・・。
     
     
    公爵家の娘は、ベッドから身を乗り出して空を見た。
    月はもう、ほとんど消えそうに細い。
     
    明日は新月ね
    そう思った瞬間、花火の音が響いた。
     
    月があっても、きっと誰も気付かない。
     
    ・・・・・・・自分以外の世界中が激しく動いている、って
    どういう気持ちなのかしら?
     
     
    「王妃さま、少しお寒いでしょうけど、屋上に参りましょう。」
    最後の仮装パーティーの夜
    男性の礼装をした公爵家の娘が、王妃の部屋を訪れた。
     
    屋上には、ささやかなパーティーの用意がしてあった。
    小さいテーブルに、料理やジュース
    何本もの良い匂いのするキャンドル。
     
    「王妃さまは仮装パーティーには1度もいらしてませんものね。
     今宵はここで、ふたりで踊りましょう。」
     
    公爵家の娘が、王妃にマスクを着ける。
    そして一歩後ずさり、うやうやしくお辞儀をする。
    「あたくしと踊ってくださいませんか?」
    王妃は恐る恐る公爵家の娘の手を取った。
     
     
    ふたりは、ただ踊った。
     
    言葉もなく、視線も合わせず、笑みもなく
    何かから逃れるかのように、ただただステップで円を描いた。
     
    足元の楽しそうな宴の音楽に合わせ
    1羽の大きな鳥が、小さな雛を抱きかかえるように
    満点の星の光を消す月もいない夜、地上と空の隙間を羽ばたいた。
     
     
    その軌跡は、まるで祈りであった。
    それぞれの想い。
     
    公爵家の娘がついた溜め息は、いつか国を揺るがす風になるかも知れない。
    王妃の涙は風に乗り、城の庭に落ちて小さな植物の芽を潤すだけでいい。
    だけど小娘たちに出来るのは、無言のヒソヒソ話だけ。
     
     
    ふたりは、ただ踊った。
     
    それが最後だったとわかるのは、すべてが終わった後である。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 29

    城下町の大神殿のテラスから、王と王の叔母が
    集まった国民に向かって麦の穂を巻いている。
     
    その穂は1年間のお守りになるので
    国民たちはこぞって受け取ろうと、必死である。
     
     
    王の叔母ははしゃぎながら、穂を振舞う。
    王は西国から、拳ほどもあるピンクサファイアを取り寄せたらしい。
    ピンクのサファイアって、色の悪いルビーよね
    そう鼻で笑う公爵家の娘は、宝石に興味がなかった。
     
    そんな “褒美” をとらせなくても
    あの叔母さまは華やかな事がお好きだから
    今回の王妃の代理は喜んで受けたでしょうに。
     
    だが茶色のドレスは、王の叔母に似合っていた。
    いや、東国の貴族には茶色は定番の色なのだ。
    公爵家の娘は、少し気持ちが沈んだ。
     
    王妃は風邪を引いた事にする予定が
    本当に熱を出してしまったので、何ひとつ嘘はない。
     
     
    まあ、王妃にはこの仮装パーティーも苦痛だっただろうから
    本当に熱を出して、かえって良かったかも知れないわね
    そう思う公爵家の娘の仮装は、甲冑の男装である。
    公爵家の娘も、馬鹿げた乱痴気騒ぎは好きではなかった。
     
    マスクもしているし、誰が誰かわからないのなら意味はない
    もう少しここにいて、さっさと部屋に戻ろう、と考えていたら
    ひとりの貴婦人が手を差し出してきた。
     
    「いえ、あたく・・・、いえ、わたしは・・・」
    断ろうとするその言葉を遮ったのは、男性の声であった。
    「紳士は貴婦人の誘いは断れないはずですよ。」
     
    そうね、無粋な事はすべきではないわ
    女装とは思えない、その美しさに驚きはしたものの
    すぐにそう思い直せる公爵家の娘の社交性は、帝王教育の賜物である。
    王妃にダンスを教えたお陰で、男性のステップも踏める。
     
     
    だが甲冑は、レプリカとはいえ重い。
    しかもガシャンガシャンと音がうるさい。
     
    「ふふ、あなたさまの事だから
     地味な衣装になさるとは予想しておりましたが
     まさか戦士とは、思った以上に勇ましい姫君だ。」
     
    その言葉に公爵家の娘がムッとして、貴婦人の顔をマジマジと見る。
    肌が美しいせいでメイクも浮かず、女装が自然に似合っている。
    多分、若い男性なのだろうけど心当たりがない。
     
     
    あたくしとわかって誘っているようね
    まがりなりにも王の側室に、どういう魂胆かしら?
    いぶかしむ公爵家の娘に、艶めいた形の良い唇が微笑む。
     
    「そんなに警戒なさらないでください。
     わたしはただ、あなたの信奉者。
     今宵限りのダンスを望むだけなのです。」
     
    しかしその微笑みはスッと消え
    マスクの奥の目が、公爵家の娘の目を捕らえる。
    その視線には、まるですがりつくような甘い重さがあった。
     
    このような眼差しを、いつも見ている気がする・・・
    公爵家の娘は一瞬、黒い瞳を思い浮かべた。
     
     
    夜の明かりでは、瞳の色まではわからない。
    公爵家の娘は、思わず相手を抱く手に力が入りそうになった。
     
    公爵家の娘じゃなかったら、そのまま中庭までステップを踏み
    細い三日月の明かりの下、ひとときの逢瀬を楽しんだかも知れない。
     
    しかし公爵家の娘は、公爵家の娘なのだ。
    人々の輪の中心から1mmも逸れずにそこにいなければならない。
    相手もそれをわきまえているようで、手を握り返しもしない。
     
     
    公爵家の娘が戦うように踊っている内に、曲が終わった。
     
    「包容の姫君に永遠の愛を。」
    ドレスの裾をつまみ、実に優雅なお辞儀をした直後
    美しい男性は人の森へと消えていった。
     
     
    ひとりになった瞬間、公爵家の娘は初めてギクリとした。
     
    王はどこ?
    あたりを慌てて見回したが、見つからない。
     
    “無礼講” というのは、どこまで通用するのかしら・・・
     
     
    公爵家の娘のその疑問は、自分の心が揺れた証拠。
    それに気付かないのは、公爵家の娘がまだ、“子供” だからであった。
     
     
     続く 
     
     
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  • 継母伝説・二番目の恋 28

    王と大神官長も、祭の前は忙しい。
    しかし、公爵家の娘の “至急” の要請を無視する者はいない。
     
    呼ばれてすぐに集まったふたりは、望遠鏡を手に困り果てた。
    王妃の部屋が見えるのは、物置となっている西の塔の部屋からで
    しかもそれも王妃の部屋の左端の窓辺だけ、かろうじてである。
     
    あのような姿の王妃を部屋から出して、人前に晒すわけにはいかないし
    この、誰もが忙しい最中に、特に忙しい大神官長と王を
    王妃の部屋に呼び寄せたら、目ざとい輩に何を非難されるかわからない。
    塔への呼び出しは、そのためであった。
     
     
    「・・・あの衣装は、春の祭典の時に奉納された糸で
     各地の神殿に仕える役目ある巫女たちが、数ヶ月に渡って縫った、
     正に “神具” なのでありますぞ。
     それを着ないなど、神事の一端が欠けるも同然!」
    大神官長の怒りは絶頂だった。
     
    「・・・代わりに姫さまに・・・」
    続く大神官長の言葉を、公爵家の娘が素早く遮った。
    「それだけは、してはなりません!」
     
     
    「差し出た心配をお許しください。
     でも、あたくしが王妃さまの代理をしたら
     国民に対して、王妃さまの印象が薄くなりかねません。
     それだけは避けたいのです。」
     
    公爵家の娘のこの言葉は
    身分も実力も、王妃の資格を兼ね備えている自分だからこそ
    “あの” 王妃に容易に取って代われる、と言ったも同然である。
    しかし、そんな遠慮をしている時間はない。
     
     
    「だが、あの王妃の姿を晒したくはない。」
    王のこの言葉に、大神官長がきっぱりと断じた。
    「あの衣装は、“東国” の王族が着るためのもの。
     王族の方々には、そういう義務を
     お忘れなき振る舞いを願いたいものですな。」
     
    怒る大神官長に、王も公爵家の娘も反論ができない。
    戦がなくなった現在、王家は神事で国を平定しなければならないのである。
     
    なので東国の王族は、他の普通の貴族たちと違い
    日々の神事のために、食事や生活での節制も必要であった。
     
     
    「王の叔母さまに代理を頼みましょう。
     確か “王族の女性” であれば、“妃” でなくとも良いはず。」
    公爵家の娘のこの提案に、大神官長も同意せざるを得なかった。
     
    神事を壊す事はあってはならないが
    身分の序列が崩れて、国がザワつく事も避けねばならない。
     
     
    王は愕然としていた。
    王族である前に、ひとりの “人間” としての気持ちを
    大切にしただけなのに、国を揺るがしかねない事態を招くとは。
    それが “高貴なる義務” を軽んじた者への災難である。
     
    王の顔色を読み取った公爵家の娘は、王の目を見据えて静かに言った。
    「あれこれ考えずに、目の前に落ちた石をひとつひとつ取り除きましょう。
     それが “責任を取る” という事だと思います。
     今回の事は、まだ終わってはおりません。
     王の叔母さまの反応が不安ですわ。
     こちらの弱みを握られないようにしつつ、頼みを聞いてもらわなければ。」
     
    「うむ、それはわしが何とかしよう。」
    公爵家の娘はその言葉を聞き、お辞儀をした。
     
     
    立ち去る公爵家の娘の真っ直ぐな背中を見送った後
    王はひとり、塔の窓から街を眺めた。
     
    わしは血統も気質も申し分ない王の器を持つ。
    今世はおそらく東国の歴史上、もっとも安定した治世であろう。
    なのに自ら、混乱を招くとは。
     
     
    階下から、少し冷たくなった風が吹き上げてくる。
    王は無意識に、自嘲していた。
     
    そうか、これが “ハンディ” というものか・・・。
     
     
     続く 
     
     
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