カテゴリー: やかたシリーズ

  • ジャンル・やかた 64

    はあ・・・
    余暇は引きこもろう、と思って寝室改造をするのに
    その暇が取れなくなるハメになってんじゃねえよ!
     
    アッシュは書斎で、電卓を前に頭を抱えていた。
    ジジイのいらん采配で、余分な物は自腹扱いになってしまった。
    経費だと思っていたからこその、ゲームハード全揃えであって
    残り寿命でプレイしきれない量のソフトも買ってしまったのに。
     
    もう全部注文しているので、キャンセルはどうだか。
    てゆーか、キャンセルしたら、私のパラダイス台無しじゃん!
    ぜってー、ノークレームノーリタ-ン! と、もう一度、電卓を叩く。
     
    何行にもなる足し算を、アッシュがまともに計算できるわけがなく
    3度やって3度とも違う合計数が出てきた日にゃ
    どれが間違ってるのか、すべて間違ってるのかすら、見当が付かない。
    英語どころか数学、いや算数も弱いアッシュは
    全体的に薄らバカだという結論になるわけだ。
     
     
    とてつもない巨額になりそうなのに、正確な数字がわからず
    脳が発酵しているところに、リリーが入ってきた。
     
    目の前に積み上げられた書類を読みもせず
    やたらめったらサインをする。
     
    「これ、自筆サインじゃなく、シャチハタじゃダメなんですかねー?」
    いつもなら、そうゴネるアッシュが、黙々とペンを走らせるので
    所在なさげに、リリーが机の上の明細書を手に取る。
     
    「金策ですか?
     あの趣味の道具の数々は普通、経費扱いにはなりませんよ。
     考えなしな事をしましたね。
     諦めで貯金を崩したらどうですか?」
    「・・・貯金、ないんですー。」
     
    何に使ってるんですか、食費もいらないのに、と驚くリリーに
    「日本の化粧品ですー。」
    「ああー、メイド・イン・ジャパン、高いですよねえ。」
    「・・・・・・・・・・」
     
    沈黙に耐えかねて、またリリーが話し出す。
    「だったら、主様の写真集とか出したらどうですか? ほほほ」
     
    アッシュがペンを走らせながら、気がなさそうに答える。
    「・・・要望があれば、水着までオッケー、とかー?
     ・・・んで、次は主様開運グッズとかですかねえー?」
    「・・・くだらない話をしました・・・。 申し訳ございません。」
     
    いけないいけない、主様が言うようなたわごとを言ってしまったわ
    主様が無口だと、どうも調子が狂ってしまう
    自重せねば・・・、と、リリーは心底恥じた。
     
     
    にしても、だったらどうやってお金を稼げば良いんだろう・・・
    何でいつもこう、どこにいても何をしても、最終的には貧乏になるんやら。
    サインをし終わり、グッタリと机につっ伏して
    自業自得と呼ぶべき己の “不運” を呪っていた時だった。
     
    あっっっ、そうだ!!!!!
     
    引き出しをまさぐって、敷地内の地図を出して広げる。
    ここで作ってる物をチョロまかして、ネットで売れば良いんだよ!
    私ってどうして、こう天才なんやら。
     
     
    そんなほぼ犯罪な目論みで、地図を見る内に疑問が生じた。
    自分のいたらん手段にではない。 館の産業についてだ。
     
    「ここ、結構な数の食物とかを作ってるけど
     それ、どっかに売ってるんですかあー?」
    「そういうのは総務部の方に問い合わせてください。」
     
    リリーがいつものリリーへと体勢を立て直し
    相手にしてくれないので、総務部にダッシュした。
     
     
    総務部ではアッシュが初めて話に来たので、全員直立不動になった。
    構わずアッシュは熱心に質問をする。
     
    その姿に、主様が自分たちの仕事に興味を持ってくださっている
    と、部員たちが感動した矢先だった。
     
    ひととおり話を聞いて、何となくだが理解できたアッシュは
    ああ・・・盲点だった・・・
    こんな基本中の基本をおろそかにしていたなんて
    私のクソバカ野郎ーーーーーーーーっっっ!!!
    と、心の中で叫び、無言で机に頭をゴンゴン打ち付けた。
    総務部中が凍りついた。
     
    総務部がアッシュの計画を知るのは、すぐ後の事で
    それはアッシュにしては、珍しく良い企画ではあったのだが
    その前に必ず、周囲の心にダメージを与える方式は控えた方が良いと思う。
     
     
    その約1ヵ月後に、長老会は再びアッシュの特別会議開催の要請を受けた。
    前回の会議は、ガックリと肩を落としたアッシュで幕切れになっていた。
     
    間もなく寝室の改築工事が始まると聞く。
    注文した品も、次々に館の倉庫に運び込まれているらしいので
    メンバーの全員が、金の無心だろう、と予想していた。
     
    そしてその推理は、ある意味当たっていた。
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 63

    「にしても、彼女の様子はどうしたんだね?」
    「いつもは多少なりとも、無邪気さがありましたよね?
     まあ、どっちもヘンだという事には変わりないですけど。」
    「言葉に険があるし、まるで別人のように感じますよ。」
     
    メンバーたちの言葉に、ジジイは呆れた。
    「あんたたち、録画画像を観とらんかったんかね?」
    画像? 何のですか? と、口々に訊くメンバー。
     
     
    「やれやれ、じゃあ、アッシュの言動も理解できんわな。」
    ジジイは溜め息をつくと、説明を始めた。
     
    「報告書には事務的に書かれていたが
     ローズはアッシュのあの館での、唯一の支えじゃったんじゃ。
     その繋がりの深さを知らないと、わからんかも知れんじゃろうが
     ローズは大切なアッシュを、自らの死を持って守ろうとした。
     録画画像にちゃんと残っておる。
     『命を掛けてあんたを守る』 という最期の言葉がな。
     だからアッシュはローズに汚名を着せ、館の崩壊を防いだんじゃ。
     この画像は、さすがにアッシュには観せられんので
     わしが事前に届けたんじゃが、会議前に確認していなかったんか?」
     
    「そんな画像があったんですか・・・。」
    「申し訳ない、我々の方のチェックミスだな。」
    メンバーたちには初耳のようだった。
     
    「あんたらも、気合い不足じゃの。
     このやり取りを見ていたら、アッシュとローズのふたりが
     いかに命を掛けて、館を守ろうとしているかがわかるぞ。
     じゃが、残されたアッシュは
     大切なローズの死に、今にも気が狂いそうじゃろうな。
     あの画像を観れば、その気持ちがあんたらにもきっとわかるじゃろう。
     アッシュの前では、もうこの話は禁物じゃぞ。」
     
     
    重い背景のほんの一部を聞かされただけで
    気の毒そうな顔をするメンバーに、ジジイが釘を刺す。
     
    「今までアッシュの寝室は、少しでも安らげるようにと
     ローズがいつもバラの花で埋め尽くしていたんじゃよ。
     ベッドカバーからカーテンから、毎日ローズが整えとったんじゃ。
     それを思い出すのも辛いゆえの、大幅改築なんじゃろう。
     主の寝室は、警備上あそこじゃなきゃ困るんじゃが
     アッシュは今、書斎で寝泊りしておるようじゃぞ。」
     
     
    「それで、彼女は大丈夫なんですか?
     ショックで人格が変わるという話もありますし・・・。」
    メンバーの心配に、ジジイはサラッと答えた。
     
    「これを乗り越えてこそ、主なんじゃよ。
     ダメなら、しょせん主の器じゃなかったという事じゃな。
     その見極めはわしがする。
     無理ならば切り捨てるまでじゃ。」
     
     
    アッシュびいきのはずのジジイの非情な言葉に、驚いた一同を見て
    ジジイがいかにも意外そうな素振りをする。
    「街の名士が揃って何を驚いとる?
     あんたらだって、こんぐらいやって権力を得とるだろうて。
     シビアなもんじゃろ、政財界も。」
     
    それを言われるとそうなんだが
    館は街の重荷であると同時に、元々は街の良心でもあったのだ。
    自分たちがやっているのはボランティアだと思いたい気持ちがあり
    だからこそ改革は、断固として進めなければならない。
    出来れば、あの忌まわしい相続を二度とせずに、だ。
     
    「では、寝室の改築ぐらい認めてあげましょう。
     今の彼女には、安らぐ場所が確かに必要ですからね。」
    ひとりのメンバーの言葉に、他のメンバーたちがうなずいた。
     
    ジジイはそれを見て、言う。
    「そうか、じゃあ、そこはわしに任せんしゃい。」
     
     
    呼び戻されて、長老会から了承を得たアッシュは
    「ありがとうございますー。
     今後も全力で頑張りますので、ご指導をよろしくお願いしますー。」
    と、まるで心のこもっていない棒読みお礼を無表情でした。
     
    そこへジジイの横やりが入る。
    「ただし、認めるのは改築費と常識的な家具のみじゃ。
     棚、鏡台、KOTATSU、FUTON、TATAMI
     コンポとパソコン、DVD機器の類も許そう。
     ただしTVは1台までじゃ。
     他の物は、全部あんたの自腹で何とかせえ。」
     
     
    それを聞いたアッシュは、初めて表情を崩し青ざめた。
    「ええーーーーーーっ?
     液晶、すんげえ高いんですよー?
     ネオジオソフト、チョー美品レア物落札しちゃったんすよー?
     美容機器だって、ゲルマニウムローラーとか高価ですよー?
     超音波美顔器なんか30万超えですよー?
     美しさを保つのも、崇拝対象者の義務じゃないですかー?」
     
    「心配すな。
     ない “美” は保つ必要もない。」
     
    ジジイが超!セクハラ発言をサラリとし
    紳士たるメンバーたちを慌てさせ
    リリーは吹き出しそうになったのを根性で耐え
    アッシュはヘナヘナと床に両手両膝を付いた。
     
     
    アッシュとリリーが帰っていった後、ジジイは言った。
    「さて、どう金の工面をするやら。
     あやつに部屋にこもられたらマズいんじゃ。
     大きな悲劇を味わったんだから
     それをぜひとも館の管理に活かしてもらわにゃのお。」
     
    今日のアッシュには、有無を言わせない迫力があったが
    ふぉっふぉっふぉっ、と高笑いをするジジイを見ると
    この人の方が真の鬼だ、とメンバーはゾッとした。
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 62

    配られた報告書とアッシュの解説に、長老会メンバーは苦悩していた。
    「これは、本当の事なのかね?」
    ひとりの紳士がアッシュに向かって訊ねた。
     
    「何をマヌケな質問をしているんですかー。
     これが、まごうことなき現実なんですー。」
    資料を片付けながら、振り向きもせずに答えるアッシュに
    他のメンバーが続けて訊く。
    「きみは長年の護衛に罪をかぶせたわけだね?」
     
    その言葉にアッシュの右目がピクッと動き
    参加していたジジイとリリーはハラハラした。
    アッシュは椅子に座り、テーブルを指でカツカツ叩きながら言う。
     
     
    「こういう事を言うのは卑怯なんで、ほんと言いたくはないですけどねー
     最前線にいない人にはわからないと思いますよー。
     てか、普通の暮らしを出来るなら
     こんな汚れ仕事、わかる必要なんてないですー。
     死ぬか生きるかの環境なんて、存在しない方が良いんですからー。
     でも私はもう、ドップリ関わってしまったー。
     責任も重いー。
     それをわきまえて、自分の仕事をこなしますから
     今後は事後報告のみを待っていてくださいー。
     この報告書を見ただけで、気分が沈むでしょー?
     事件勃発の真っ最中に経過を聞いていたら、マジでウツになりますよー?
     本当なら、改革が完了するまでは
     皆さんへの報告も止めたいぐらいなんですよー。
     知らない方が良い事も多いんですからねー。」
     
     
    「知られたくない事をしている、って事かね?」
    その言葉にアッシュが激怒すると、言った本人も含め全員が覚悟したが
    意外にもアッシュは冷徹な表情で静かに答えた。
     
    「知られたくない事をしていた事を
     しないで済むようにしたいから、今頑張ってるんですよー。」
     
    まるで早口言葉のような、わかりにくい返答だったが
    メンバー全員がその言葉の意味を深く理解し、言葉に詰まった。
     
    「どうせ汚れた手だから、責任は全部私が負いますー。
     時間が掛かる事ですが、必ず私の代で終わらせますー。
     そして私が死んだ後に、やっと館が浄化されるんですー。
     その計画を見守っててくれませんかねー?」
     
     
    長老会メンバーが皆、沈痛な面持ちで黙りこくったところに
    アッシュが、紙を取り出した。
    「それで、今回の締めくくりとして
     私の寝室の改築をしたいので、その経費を認めてくれませんかねー?
     図面と明細はこれですー。」
     
    「何だね?」
    ワラワラと集まって、その紙を覗き込む。
    「部屋を丸ごと取り替えるのかね!」
    「tatami?」
    「液晶TV2台?」
    会議室がザワめきたつ。
     
    「これは何だ? メガドライブ?」
    「SEGAのゲーム機ですよー。」
    「こっちは何だ? ナショナルイ・・・オンスチーマー?」
    「ああ、それは美顔器ですー。」
     
    爪をほじくりながら答えるアッシュを全員が睨む。
    「何のためにこんな物が必要なのかね?」
     
    「ほんと、すいませんー。
     自分でもちょっと独裁入っちゃってるかなー、と思ったんですけどー
     私の心の安定のためなんですー。
     さっきは大きい事言っちゃいましたけどねー
     私も今回の事は、精神的にものすごいキツいものがあってですねー
     せめて寝る場所ぐらいは、安心できる空間にしたいんですよー。
     実はもう発注済みなんで、後は工事を始めるだけですー。
     でもこれでも売れる物は全部売っちゃって
     費用の足しにしようとしたんですけど、もう全然足りなくてー。」
     
    一本調子で答えるアッシュに、一番若そうなメンバーが口を開いた。
    「あなたは、OTAKU? とかいうやつでーすか?」
    アッシュは はあ??? 何言ってんの? こいつ
    という表情で、そのメンバーを睨んだ。
     
    いつもは真面目にふざけた態度を取っているので
    態度の悪さのランクで言ったら、そう変わらないのだが
    今日のアッシュには、どことなく凄みがある。
    たとえて言えば、チンピラ風情が盃をもらった、みたいな。
     
     
    そんなアッシュの態度に戸惑ったメンバーが無言でいると
    アッシュがテーブルの上に両手を組み、ようやく普通の口調で話し始めた。
    ご機嫌が直ったのかと思ったが、その内容はよりヒドいものだった。
     
    「子供を何人も誘拐してきて殺して血を飲むとか
     使用人に次々に暴行するとか、そんな事をするより
     ゲームの中でモンスターを倒している方が、健全じゃないですかー?
     そういう極悪非道な支配者って大勢いるわけですしー。」
     
    あまりの言い草に、互いに目を合わせて動揺するメンバーたち
    ジジイがその様子を見て、アッシュに告げた。
    「ちょっと我々だけで話すから、席を外してくれんかのお?」
     
     
    アッシュとリリーが出て行った後、残された長老会メンバーは
    ジジイのアッシュかばい独演会を想像したが
    意外にもジジイが発したのは質問だった。
     
    「それでどうするんじゃ?
     アッシュを主から下ろす事も考えるべきじゃないかい?」
     
     
    その言葉を聞くと、途端に会議室がザワめき始めた。
     
    「いや、その選択肢はないんじゃないですか?
     ここまで来といて、今更交代は愚策の極みでしょう!」
    「実際にあそこまで出来る人間は、そうはいないと思うねえ。」
    「そうだな、ゼロから権力を持った人間は、勘違いの全能感に溺れる。
     しかし彼女には、それだけは見られない。
     現に初めての個人的要求が、この寝室の改築だ。」
     
     
    次々と起こるアッシュ擁護に、ジジイは内心ほくそ笑んだ。
    じゃろ? 冷静に考えればあんな逸材はおらんぞ?
     
    ジジイのアッシュ交代提案は
    長老会に、自らの意思でアッシュを選ばせ直すためのワナだった。
     
    ダラダラと30余年、運のみで主を務めていただけかと思いきや
    それだけの功績を残せたジジイは、やはりかなりのタヌキであった。
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 61

    住人たちの動揺は、アッシュの演説で見事に収まった。
    この館で再び殺人が起こるなど、あってはならない事だったが
    それは “愛” のためだと認識されたのである。
     
    理由が愛だろうが何だろうが、殺人は凶悪犯罪なのだが
    長期間に渡って戦場だったここでは
    やはりそのあたりの感覚が狂っている、という事なのだろう。
     
     
    反乱グループの残党も、逆らう気力を失っていた。
    たとえ主が許したとしても、主の周囲が許してはくれないのである。
    積極的だった仲間が真っ先に殺された、という恐怖もあるが
    何よりもその内のひとりが逃亡した、という方に失望を感じた。
     
    どんなに偉そうな事を言っても、しょせんビビったら逃げ出してしまう。
    だが主は絶対に逃げる事はないだろう。
     
    あの演説の時の、得体の知れない空気・・・。
    自分たちと主では、気合いが違う。
    主が主になった理由が、何となく理解できた。
     
    こういう状態で、いつまでもツルんでいたら
    いつ主の目がこっちに向くかわからない
    その恐怖から、グループは自然に瓦解していった。
     
     
    ジジイとリリーは、アッシュのウソを最初から理解できたが
    調査や計画に加わっていた他の館員たちはどう思ったか。
     
    ローズの最期の行動は、カメラのない室内以外はすべて録画されていた。
    アッシュを屋上に連れて行ったのも、屋上での会話も。
     
    それをジジイとリリーを含めた、今回の事件関係者全員で検証した結果
    とり残されたアッシュの様子も含めて
    罪をかぶるのはローズの意思だった、と結論付けた。
     
     
    それにしても、アッシュのあのショックの受けようは
    ローズの考えを知らされていなかったように見える。
     
    なのに素早く切り替えるあたり
    お互いが何も言わずともわかりあえる仲だったのだろう
    と、都合の良い方向へと解釈された。
     
    それを “事実” と判断して、館員たちは皆泣いた。
    ジジイとリリーも、はばからずに涙を流した。
     
     
    これは主様の評価については心配なさそうね。
    リリーは、密かに館員たちの心情をチェックしていたのだった。
     
    一連の事件は、あまりにも犠牲が大きすぎた。
    でもここを乗り切って館を安定させなければ、その犠牲がムダになる。
    そのためには、事務部全部の団結が必要なのよ。
     
     
    ジジイのアッシュへの信頼は、一瞬も揺るがなかった。
    それどころか、前にも増して固くなっていた。
     
    ひとつの空間の頂点に立つ者は、大抵血まみれじゃ。
    他人の血だけじゃなく、自分の血も浴びておる。
    それに耐えられるか耐えられないかが、資質というものなんじゃ。
     
    あやつは迅速かつ的確に、“主” の成すべき道を見抜いた。
    本来なら、手放しで褒めてやりたいもんじゃぞ。
     
     
    リリーの懸念、ジジイの賞賛、そしてデイジーの心配。
    デイジーは、ローズの死を喜ぶ、ただひとりの側近だった。
     
    主様に “特別” があってはならない。
    常々あの女の存在を邪魔に感じてきたけれど
    意外にもそのローズが死んでくれて、主様はそれを上手く利用した。
    主様がおひとりで立ったという事。
    これからが真の主様の始まりだわ!
     
    しかし大きな心配があった。
    アッシュは、固形物が食べられなくなっていた。
    口に入れても吐き気で飲み込めないようだ。
     
    このままじゃ体力がなくなって死んでしまう、と
    焦っているところに、アリッサの言葉で余計に心配が重なる。
    「主様のおからだがつめたいだよ。」
     
    栄養が摂れていないんだわ
    何とか主様にお元気になってもらわないと。
    デイジーは、和食サイトを必死に検索していた。
     
     
    各々の想いをよそに、アッシュは精力的に仕事をこなした。
    反乱事件でうろたえていた期間に滞っていた通常業務を片付けるのだ。
    長老会には今回の報告のため、臨時会議の開催を要請した。
    そのための資料作りにも手間が掛かる。
     
    館の軌道を、早く元に戻さなくてはならない。
    そして改革を進めなければ。
    私の悪行を知っている者たちに、有無を言わせない結果を出さねば。
     
     
    悪行・・・・・
     
    アッシュは無意識に浮かんだ単語に、つい考え込みそうになって
    頭の中で開きかけた箱を、慌てて閉じた。
     
    感情はいらない!
    多くの人の人生が掛かっている、という重責のみを見つめろ。
    決定権を持つ者に私情があってはならない!
     
     
    アッシュは寝室の改造を決めた。
    天井も床も窓枠も含め、一部屋丸ごとの改築である。
    家具や調度品、枕カバーにいたるまで、すべてのものを新しく替えるのだ。
     
    ローズの寝室は封鎖し、入り口を取り壊し壁にする。
    アッシュの寝室と繋がっているドアも取り壊し
    壁にして、更にそこには棚を置こう。
     
     
    以前のメルヘンなベッドルームとはうって変わって
    アッシュ本来の好みの、殺伐とした空間にする計画を立てた。
     
    パソコンはペンティアムコアi7自作を注文し
    液晶TVは映画用の105インチと、ゲーム用の52インチ
    TVゲーム機は、PS3からワンダースワンまで万遍なく揃え
    ビデオデッキ、DVDプレーヤー、ブルーレイ、HDVD
    CD、MDは無難なオーディオシステムにしたが
    レコードやカセットテープは、真空管アンプと張り込み
    ドルビープロロジックのサラウンドシステムも忘れない。
    ビデオ棚、ディスク棚、ゲームソフト棚、CD棚も、幾重にも。
     
    美容雑誌や攻略本が並んだ頭の悪そうな本棚に
    窓際の壁には、折りたたみ式三面鏡付き洗面台とコスメラック
    メイクスペースの棚には、数々の美容機器
    化粧品専用冷蔵庫も完備は当然。
     
    部屋の入り口には、靴を脱ぐ場所を設置し
    床は畳、コタツに座椅子に布団直敷き。
     
    館の中でのこの一部屋を、どこぞの日の本の国の
    ちょっとマニア入っちゃってる~? みたいな~?
    なヤツが住むアパートの一室みたいにしたい。
     
     
    よし! これなら1万年でも引きこもれるわ
    てゆーか、こういう部屋に住めるなら、私の人生に何の悔いもなし!
     
    そう、悔いなどひとつもない!!!
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 60

    「最近の連続した死亡事件は、管理部でも不審に思ったので
     密かに調査をしていましたー。」
    アッシュがいつもの口調で話し始めた。
    それも皆が一番聞きたかった本題を、いきなりである。
     
    「その結果、浮かび上がったのが、私の護衛、ローズさんでしたー。」
    ジジイとリリーは、内心驚愕した。
    実際には、そんな動きは一切なかったからである。
     
    「そこで私はローズさんに問いただしてみましたー。
     すると、驚くべき事が判明したのですー。」
     
    少し間を置いたのち、続ける。
    「今回、亡くなった人たちは皆、現在の館の改革に反感を持ち
     私を襲撃しようと計画を立てていたのですー。
     私を良くは思わない人もいるとは聞いていましたが
     まさか具体的な襲撃の計画があるとは思っていませんでしたー。
     これは、私の管理不行き届きですー。」
     
     
    ところどころに本当の事を織り交ぜながらアッシュが語る。
    大体の主旨を決めたら、後は言いたい放題がアッシュのやり方なので
    通常の演説の時にも、原稿は一切持ち込まない。
    会場を見渡しながら、来ている人々ひとりひとりと
    順々に目を合わせつつ大声で話す。
     
    それが説得力の助けになっていたが、アッシュは無意識にやっていたので
    天性の詐欺師能力を持っているのかも知れない。
     
     
    「本来ならば襲撃計画の事を知った時点で、私に報告すべきでしたー。
     しかしローズさんは、数年前に姉バイオラさんを
     彼らの仲間の襲撃で亡くしていたのですー。
     ローズさんは、彼らを放置していたら
     繰り返される襲撃で、いつか私が殺されると焦ったのでしょうー。」
     
    アッシュは一旦うつむき、迷うようなしぐさをした後、再び口を開いた。
    「反乱グループのリーダーのバスカムさんが自殺してしまい
     その死の疑いが私に掛かっている、と知ったローズさんは
     彼らを殺しましたー。
     ディモルさんと、タンツさんですー。
     オラスさんは館を逃げ出し、州外れで車にはねられて亡くなりましたー。
     バスカムさんとオラスさんの事は、悲しむべき偶然の出来事で
     ローズさんとは無関係ですー。」
     
    ほおー、そうだったのか、と、あちこちでかすかな声がする。
    「ローズさんは、これらの事を率直に話してくれましたー。
     ローズさんのした事は、してはいけない事ですー
     しかし全部、私のためだったのですー。
     私はどうしてもローズさんを責める気にはなれませんー。
     こんな事では、主失格ですー。
     私も同じく責められるべきなのですー。」
     
     
    アッシュはここまで話すと
    人々を見回していた目を前方の空間に固定した。
    どこを見ているのかわからない、焦点の合っていない眼差しだった。
     
    「・・・ただ・・・、皆さんに固くお願いしたいー。
     何か起きたら、周囲の人、出来れば私にも相談をしてくださいー。
     苦情や不満がある人も、私とまず話し合う事をお願いしますー。」
     
    次の瞬間、アッシュの様子がガラリと変わった。
    「そして・・・何があっても、自ら、・・・死を、選ばないでくださいー。
     死んで、ラクになれる、とか、ありませんー。
     自殺、してからが、本当の、苦しみの、始まり、なのです、からー。」
     
     
    アッシュの表情が強張り、視線は変わらず宙に固定されている。
    その様子を見ていた人々は、アッシュが泣き出すかと思ったが
    アッシュの目からは涙の一粒も零れ落ちず、まばたきすらしない。
     
    それを見ていると、何故か寒気がしてきた。
    館に来た当時からずっと、ローズがアッシュから離れずに守っていたのを
    住人全員が知っていて、ふたりの間には強い絆が感じられた。
     
    そのローズが、罪を犯したとは言え目の前で自殺してしまい
    どれほどのショックを受けただろうか
    誰もがアッシュの悲しみを、容易に想像できる。
     
     
    しかしアッシュは微塵も悲しんではいなかった。
    自分をこの世界にひとりにした事を、深く強く怒っていたのだ。
    経験した事のない、静かなそれでいて激しい怒りであった。
     
    アッシュの形相には、無表情なのにそれがにじみ出ていた。
    体の周りに冷気が立ち上がる幻が見えるほどの迫力が。
     
    その異様な雰囲気に、震え上がる者もいたが
    その事が逆に最高の悲しみに感じる者、涙を流す者もいて
    講堂中が恐怖と悲しみの織り交ざる、重苦しい雰囲気に包まれた。
     
     
    「重ねてお願いしますー。
     自殺だけは絶対に絶対にしないでくださいー。」
    そう言うと、ようやく視線を落として壇上を降りた。
     
    アッシュが控え室に入っても、誰も口を開かず
    しばらくそのまま放心していた。
     
     
    ジジイとリリーは、予想だにしなかったアッシュの演説に
    かなりの動揺をしていたが、それを表情に出さずに聴いていた。
    住人たちに邪推されるとマズいからだ。
     
    しかし住人たちは全員、壇上のアッシュに注目していて
    誰ひとりアッシュから目を離す者はいなかったので
    ふたりのこの演技も徒労に終わった。
     
     
    無言で執務室に戻ったジジイとリリー。
    アッシュは事務部に寄っているようだ。
    部屋にはふたりだけだったが、演説について話す気にはなれなかった。
     
    アッシュの話した事は、事実とは違う。
    おそらくアッシュの今の状況を心配したローズが
    何かを取り決めたのであろう。
     
     
    演説で、ひとことも “事実” という単語を使わなかったのは
    アッシュに罪悪感があるせいだろうか。
     
    ふたりともそう想像したが、“真実” は誰にもわからない。
    当のアッシュにも。
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 59

    「あたしはあんたを守る、と約束したね?」
    ローズの問いかけに、アッシュは、うん、だから殺して良いよ
    と心の中で返事をしながら、無言でうなずいた。
     
    「それはあたしの命を懸けて誓った事だ。
     あんたがどうなろうと、絶対にあたしはあんたを守る。
     だから・・・。」
     
    そこまで言うと、ローズはあたりを見回した。
    天気が良いせいか、屋上には数人の女性が輪になって座っていて
    裁縫箱や布があるところを見ると、何かの手作業をしているようだ。
    アッシュとローズが来たのに気付いて、手を止めて見ている。
     
    「ああ、ちょうど良いね。」
    ローズは女性たちを見ながらつぶやいた。
     
     
    「ここで待ってな。」
    ローズはアッシュにそう言うと、女性たちの方へと歩いて行った。
     
    アッシュがキョトンとして見守っていると
    ローズは女性たちの横を通り過ぎ、立ち止まり
    そしてアッシュの方を振り向いて、にっこりと笑った。
     
     
    次の瞬間
     
     ローズが 真っ青 な 空 に 溶け て いった
     
     
    とぎれとぎれに薄っすらと思うアッシュを引き戻したのは
    女性たちの響き渡る悲鳴だった。
     
    アッシュはそれだけで全てを悟った。
    足どころか、指の一本すら動かせなかった。
     
     
    一体どれほどの時間、そこに立っていたのかわからないが
    アッシュが我に返ったのは、リリーに体を揺さぶられた時だった。
    周囲では大勢の人々が、慌ただしく走り回っている。
     
    リリーが自分に向かって、しきりに何かを叫んでいるようだが
    何故だか、その言葉がどうしても理解できない。
     
     
    これまでにないアッシュの動揺ぶりを見て、リリーが命じ
    アッシュは警備員に抱きかかえられて、寝室に戻った。
     
    医師が来て鎮静剤を注射したせいか
    アッシュは何週間ぶりかで、よく眠れた。
    それは、安眠とはほど遠いものであったが。
     
     
    看護士が様子を見に行くと
    アッシュは目を開いて天井を見つめながら、ベッドに横たわっていた。
    身動きひとつしないその姿に、ちょっとちゅうちょしたが声を掛ける。
    「・・・お加減はいかがですか?」
     
    アッシュはその声を聞いた途端、スッと起き上がった。
    「迷惑を掛けて申し訳ありませんでしたー。
     もう大丈夫ですー。」
     
    ベッドから降りながらフラ付いたので
    もう少しお休みになった方が、と止める看護士に
    にっこり微笑みながら、バスルームに入っていった。
     
     
    風呂に入り、さっぱりした様子で執務室に入ってきたアッシュを見て
    連絡を受けて待っていたジジイもリリーも
    お茶を用意していたデイジーも、一様に驚いた。
    2日前に放心していたとは思えないぐらい、平静なのである。
     
    「ご心配をお掛けして、すみませんでしたー。」
    いつもと同じように話すアッシュだが、どこか以前と雰囲気が違う。
     
     
    こんな時に口を開くのは、上司であるジジイの義務。
    「・・・それで、何がどうしたんじゃ・・・?」
    「それは今日の演説の時に話しますー。」
    アッシュのきっぱりとした口調に、誰も異議を唱えられなかったが
    全員が思った。
     
    今日、演説をするのか?
     
    館中が大騒ぎになっているので
    すぐにでも説明をした方が良い事は良いのだが
    ローズが死んでから2日間、ずっと眠りっ放しで
    葬儀にも出席できなかったアッシュが、起きていきなり演説など
    ムチャではないのか?
     
    そんな心配をよそに、アッシュはいつも以上にテキパキと事務をこなす。
    自分が寝ていた間の事を、何ひとつ訊かないし
    その前後にアッシュとローズに起きた事も話さない。
     
    何かがおかしい。
    が、ここはアッシュに任せるしかない。
    ジジイとリリーには、演説までの1時間がやたら長く感じられた。
     
     
    講堂には住人たちのほぼ全員が来ていた。
    皆、演説があるという放送を聞き、仕事も何も放っぽり出して来ていた。
    講堂は本来、全員分を収容できる大きさだったが
    詰めて座らないので、立ち見まで出る有り様だった。
     
    ジジイとリリーは、アッシュの後ろについて講堂に入り
    席を譲ろうとする男性の勧めを丁寧に断って
    控え室のドアのところに立って聴く事にした。
     
     
    アッシュが壇上に上る。
    人で一杯の講堂は、無人であるかのように静まり返った。
    誰も呼吸していないかのように。
    これぞ固唾を呑む、というやつだろうか。
     
    アッシュがマイクを少し動かし、口を開いた。
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 58

    「死んだヤツは皆あんたが殺した、って噂が出ているけど
     それは本当なのかい?」
     
    ローズは単刀直入に訊いてきた。
    ローズのこういう、話が早いところが好きなんだよな・・・
    と、微笑みつつ正直に答えた。
     
    「正確には、私が命じたのは1件だけだけど
     他の2人はたまたま死んでくれたんですー。
     でもそれがなくても、確実に殺すつもりだったですー。
     バ・・・リーダーは、私が追い詰めたら自殺しちゃいましたー。」
     
     
    アッシュの話の内容に、ローズは落胆した。
    と同時に、アッシュの態度には思いがけない喜びを感じていた。
    この子は主の地位に就いて長く経ったというのに、相変わらずなんだね
    そんな安心感を打ち消すように、溜め息を無理に付いた。
     
    「あんたに最初に会った日に言った事があるね。
     『何もしないヤツがキレイ事を言うな』 って。
     ・・・あたしは、・・・・・情けない話だけど
     バイオラが死んで初めて、人間の命の重さを知ったんだ。
     それまで何人も殺したのが、罪だとわかったよ。
     あんたもそうだと信じていたんだけど・・・。」
     
    アッシュは、ローズの言葉のひとことひとことを
    すべて記憶したいかのように、味わって聞いた。
     
    「そりゃ、この館の管理をするのは大変だとわかっているさ。
     でもそれにしても、殺すんじゃなく他に方法もあるだろ?
     あんたはこの館を戦いのない場所にしたいんだろ?
     なのに何故こういう事になってるんだい?」
     
     
    アッシュは、ずっとローズの声を聴いていたかったが
    ローズが口を閉じて、自分が答えるのを待っているので
    仕方なく喋る事にした。
     
    「ローズさん、本当に申し訳ありませんでしたー。
     今回の事、いえ今までの事はすべて私の力不足ですー。
     でも、バイオラさんの死で私が学んだ事は
     あなたとは正反対なんですー。」
     
    つい、そこまで言ってしまったアッシュだったが
    次の言葉は決して口にしはいけない、と
    わかっていたので、どうしようかと迷って目を泳がせた。
     
    その心理状態を何となく察したのか、ローズが優しく促した。
    「あたしに言ってみてごらん?」
    その声を聴いたアッシュは、意を決して包み隠さずに言った。
     
     
    「今まで、人を殺して平気な人の気持ちが理解できなかったんですー。
     人が傷付き死ぬのを間近に見て、それはもうショックでしたー。
     人の命は等しく尊いのに、と罪悪感で苦しみましたー。」
    うんうん、と、うなずきながらローズは聞いた。
     
    「・・・だけどバイオラさんの死を目撃した時に
     その考えがくつがえったんですー。
     仲良くしていたバイオラさんの死は私にとって
     想像以上の “特別” だったんですー。
     それは、他のよく知らない人の死とは比べ物にならなかったー。」
    アッシュの口元が、感情を抑えるかのようにかすかに歪んだ。
     
    「大事な人以外の命なんて、自分には何の価値もないんですー。
     生きようが死のうが自分に関係ないんなら、どうでも良いんですー。
     その差は、ゴミと宝石ぐらい違うんですー。」
     
    少しうつむき加減に、しかしローズの目を見据えて言うアッシュに
    ローズは思わず涙が出そうになった。
     
    あたしたちは、あんたのお陰で平穏に暮らせるようになったけど
    あんたはこの館に、ううん、あたしにそんな風にさせられたんだね。
    あたしたちはあんたに諭されて、正義を学んでいったけど
    あんたは自分の心を刻んで皆に配っていたんだね。
     
     
    そう考えたら、無意識にアッシュを抱きしめていた。
    可哀想に・・・、何て重い荷物を背負わせちゃったんだろう。
     
    アッシュは久々に触れたローズの温もりに
    安らぎを感じて、目を閉じた。
     
     
    しばらくそうしていたふたりだったが
    ローズがアッシュの顔を見て、微笑みながら穏やかに言う。
    「着いておいで。」
     
    そうひとこと言うと、ローズがドアを開けて部屋を出て行く。
    どこへ行くとも言わなかったが
    アッシュは何も訊かずに、ローズの後をついて行った。
     
     
    ローズはエレベーターに行き、屋上のボタンを押す。
    アッシュはそれを見て、ああ、突き落とされるんだな、と察したが
    ローズが殺してくれるんなら、それも嬉しい事だ、と思った。
     
    こんな気持ちになるなど、自分は狂っているのかも。
    そういう気がしたけど、久しぶりの高揚感に
    そんな事すら、もうどうでも良くなっていた。
     
     
    アッシュはローズの顔を見つめて、目が合うと楽しそうに微笑み
    ローズもまた、笑みを返してくれた。
    まるで楽しいピクニックに出掛けるかのようなふたりであった。
     
     
    エレベーターが屋上に着いた。
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 59 10.3.10
          
          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 57

    立て続けに死人が出て、さすがに館内では動揺も起こっていた。
    特に反乱グループの残りがザワついている。
     
    アッシュはジジイに相談した。
    「もうこの際だから、残りのヤバ組ふたり
     一気に殺っちゃって良いですかー?」
     
    切羽詰った声に、ジジイもテンパってそのムチャを支持してしまった。
    「もうこの際じゃ、ひとりもふたりも一緒だろ。
     さっさと殺ってしまえ。」
     
    ひとりふたりどころか、今回の件の総合死者人数は
    4人5人、いや最終的には5人6人にもなる計算なんだが
    いい大人がガン首揃えて、足し算も出来ないぐらいに
    うろたえてしまっていた。
     
     
    2日後、男が転落死をした。
    実際に手を下したのは、警備部である。

    一応、現場には酒瓶を転がしておいたのだが
    今更そんな小細工が通用するとは思ってはいない。
     
    とりあえず、うるさそうなのを殺っておいて
    あとは口八丁手八丁、人の噂も75日、に頼ろうと
    大雑把な作戦を決行してしまったのである。
     
    ところが最後のターゲットを探したが、どこにもいない。
    アッシュ、ジジイ、リリー、そして監視部一同全員が青ざめた。
    いつからいないのかすら、わからない。
    忽然と姿を消していたのである。
     
     
    「もしかして・・・」
    消えた男の書類を探っていたリリーがつぶやいた。
    「牧場の一番端は、鉱山に掛かっているんです。
     閉鎖された鉱山のところにはカメラがありません。」
    男の仕事場は牧場だった。
     
    アッシュは住人たちに捜索を呼び掛けた。
    住人たちは、相次ぐ不審死にビクつきながらも
    事実を究明したい一心で、鉱山一帯の捜索を手伝ってくれた。
     
    結果、リリーの読み通り、閉鎖された鉱山へと続く穴が発見された。
    どうやら穴は長年に渡って、コツコツ掘られたもので
    現在の行方不明者が掘ったものかはわからないが
    ここから逃げ出した可能性は高い。
     
     
    館管理側は愕然としたが、住人たちはもっと衝撃を受けていた。
     
    この館から脱走者が出るなんて。
    いや、そんなはずはない、出たければ堂々と出られるのだ。
    なのに、こんな逃亡をするなんて
    やっぱり主様が殺戮を繰り返しているのか?
     
    あの主様がそんな事をするわけがない。
    穴は昔から掘られていたものだし、そこから出た証拠もない。
    もし仮に主様の仕業だとしても、この館の事を考えた上でのはず。
    主様が住人たちに理由なく危害を加えるわけがない。
     
    館内は主擁護派と主非難派とに、真っ二つに分かれた。
    アッシュは変わらない態度で、演説の習慣を続けたが
    講堂に来る人数が増えたにも関わらず
    さすがの愚鈍なアッシュにも感じ取れるぐらいに
    荒れた雰囲気が流れるようになった。
     
     
    しまった・・・。
    とんでもない愚策を講じてしまった。
    そもそも、バ・・・もあんな弱腰だったし
    デ何とかも逃げるつもりだったんだから
    いくじなし揃いの集団と認識して、しばらく放置で良かったんかも。
     
    でも放っといたら、ヤケクソで襲撃をされてたかもだし
    反乱グループを再構築されたら厄介だし
    これはこれでアリな策なわけだし・・・。
     
    いや、やってしまった事は変えられない。
    反省は後でも出来る。
    今はとにかく、後始末にだけ思考のすべてを持っていかないと。
     
     
    住人たちの動揺を抑える手を模索していたアッシュだが
    有効な方法が見つからない。
     
    心配するデイジーや、その他の身近な者の不安をあおらないよう
    出来るだけ普段通りに振舞うようにはしていたが
    体の中に硬く重い石が積み上げられていくようで
    いつそれに押し潰されるか、そういう秒読みのような心理の日々が続いた。
     
     
    そんなアッシュに追い討ちを掛けるように、長老会から連絡が入った。
     
    クリスタル州の外れで、車にはねられて死んだ男性が
    どうやらここの住人らしい、と。
     
     
    この不祥事はどういうわけだ、詳しい説明を、と立て続けに連絡が来るのは
    ジジイにも本部を抑えられなくなっている、という事で
    今までの事を長老会に隠蔽していたのも加えて
    アッシュにとっては、これ以上にない都合の悪い展開であった。
     
    いや、私だけじゃない
    ジジイにもリリーにも、側にいる本部所属の者全員の信用にも関わる。
     
    自分ひとりの責任では済まないであろう事が
    アッシュの重圧になっていた。
     
     
    既にアッシュは、地位の保全よりも身の引き方を模索していた。
    どうやったら私ひとりで責任を取れるか
    どうやったら私ひとりに全部の罪が掛けられるか
     
    こんな事は誰にも相談できない。
    他の者に望む事は、口をつぐんで罪悪感を持たずにいてくれる事だけ。
    だけど、それが一番難しい・・・。
     
     
    いつもと変わらない様子を心掛けているのに
    アッシュの顔はやつれ、頬はこけ、目は落ちくぼみ、クマができ
    光の加減によっては、老婆に見える瞬間さえあった。
     
    いっそ私が死んですべてが解決できるのなら、いくらでも死ぬのに!
    爽快に晴れた春の午後の日差しを背に受けていながら
    執務室の椅子に座っていながら
    アッシュは、今にも体のあちこちが崩れ落ちそうな気分になっていた。
     
     
    と、その時、ドアがいきなり開いた。
    ローズだった。
    バイオラが死んでから、これが初めての訪問である。
     
    アッシュはその姿を見た瞬間、不思議な安堵感に包まれた。
    ああ・・・、私に引導を渡すのは彼女なのか
     
    もう何もかもが、それで良かった。
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 56

    「バスカムが部屋で死んでます!」
    その一報を受けたアッシュは、驚愕した。
     
    アッシュの攻撃以来、バスカムは数日部屋に閉じこもっていたのだが
    不審に思った住人によって、今朝死体が発見されたという。
    薬の空き瓶と、落ちていた錠剤、腕の傷といった現場の様子は
    自殺だとすぐわかる状況であった。
     
    「遺書は?」
    「残っていません。」
    「接触した人物は?」
    「今のところ、見当たりません。」
     
    監視部の人間とリリーがやり取りをしている横で
    どうしよう、とアッシュは悩んだ。
     
    こんな事になるんなら、反乱軍の部屋全部に盗聴器を仕掛ければ良かった
    私のせい・・・、だよね、そりゃもう明らかに!
    にしても、人格の全面否定は洗脳の第一歩なのに
    まさか自殺するとは・・・、やりすぎたか?
    てゆーか、人を殺そうと企んでいたくせに
    何でそんなに打たれ弱いんだよ?
    ここを乗っ取っても、そんなんじゃやっていけるわけがないだろ
    まったくあいつは、とことん身の程知らずとゆーか
    後先考えずっちゅーか、まあ、それは私も同じだけどよー
     
     
    脳内でグルグルと余計な事までごちゃ混ぜに思考が空転し
    両手を机についてうつむいて立つアッシュに、リリーが言った。
    「元様からお電話です。」
     
    ジジイのCラインだ、あいつ相変わらず耳が早い。
    「書斎で取りますからー。」
    事務部の人間が慌ただしく出入りする執務室では
    さすがに今回の事は詳しく話せない。
     
     
    もしもーし、と出たアッシュに、ジジイがいきなり叫んだ。
    「あんたのせいじゃない!」
    その大声に、ビクッとして受話器を落としかけるアッシュ。
     
    改めて受話器を持ち直し、気も取り直して言った。
    「いや、私のせいですー。
     館で起きるすべての事は全部、現場トップである私の責任で
     それを覚悟しなくちゃいけないのは、当然ですからー。
     そんなんを抜きにしても、この自殺は私の責任ですー。
     あんだけ、めったくそにケナしちゃったんですからー。
     こうなる可能性も考慮して動くべきだったんですー。」
     
    「ふむ、それもそうじゃな。」
    あっさりと意見をひるがえしたジジイに、アッシュは逆切れした。
    「ええーっ、結構ショックなんで、もちっと慰めてくださいよーっ。」
     
    「慰労パーティーを開いてやっても良いんじゃが、コトは急を要せんか?」
    「あっ、そうでしたー!
     残党がヤバいですよねー、どうしましょうー?
     こっち、まだ計画を立ててないんですよー。」
    「そうか・・・、だったらな・・・」
     
     
    アッシュとジジイがあれこれと話し合っている時に
    館の隅っこでも、数人の男たちがボソボソと話し合っていた。
    「バスカムは自殺なんかじゃねえ。」
    「おかしいぜ、突然。」
    「きっと主が自殺に見せかけて殺したのさ。」
    「どうする・・・?」
    「やるしかねえだろ!」
     
    「俺はイヤだぜ!」
    ひとりの男が立ち上がった。
    「あの用心深いバスカムが殺られたんだぜ?
     適うわけがねえじゃねえかよ。 俺は逃げる!」
    立ち上がった男は、制止を振り切って足早に立ち去った。
     
     
    翌日、男がまたしても池に浮かんでいるのが見つかった。
    検死は泥酔しての溺死だったが、その死体はディモルであった。
    その事をリリーに告げられたアッシュは、益々激しく動揺した。
    “主の意思” ではなかったからである。
     
    確かにディモルは、抹殺対象の3人の内のひとりであった。
    しかしその実行は、月日を空けてするつもりで
    こんなに短期間での連続殺人など、予定していなかったのだ。
     
    アッシュは、お茶を頼んだ。
    いつもアッシュのお茶を持ってくるのはデイジーである。
     
     
    デイジーがお茶を運んでくると、アッシュが訊ねた。
    「話す時間・・・、ありますよねー?」
    「ご想像通り、ディモルを殺したのはあたしです。」
    デイジーはケロリとした顔で白状した。
     
    「夕べ、ディモルに突然呼び出されたんです。
     ピンと来ました。
     ディモルは、バスカムの死であたしを疑っている、と。
     そこで館内はヤバいから、と池で待ち合わせたんです。」
    「それでー・・・?」
     
    デイジーは淡々と続けた。
    「ところが違いました。
     ディモルは、あたしと一緒に逃げるつもりだったんです。
     バスカムが主様に殺られて、あたしたちもヤバいから、と。」
     
    「言っときますけど、バスカムは本当に自殺なんですよー?」
    アッシュが念を押すと、デイジーはサラッと言った。
    「そんな事はどうでも良いんです。
     あんなヤツ、死んで良い気味です。
     むしろ主様に殺されていてほしいぐらいです!」
     
    ついつい語気が荒くなっているのに気付いたデイジーは
    少しちゅうちょした後、落ち着き直して話を再開した。
    「・・・ディモルもそう。
     あたしをここから連れ出そうなんて、何様なんだか!
     本当に腹が立ちました。」
     
    「それで殺したんですかー?」
    「はい。 どうせ、殺すつもりでしたから。
     あいつだけは主様が何と言おうと許せません!
     あんなヤツ、死んで当然です!」
     
     
    目を吊り上げて怒るデイジーに、アッシュは内心恐怖を感じたが
    少し考えるそぶりをして、間を置いてからなだめるように語りかけた。
    「そう・・・、わかりましたー。
     私には、あなたを責められませんー。
     あなたの気持ちがわかるからですー。」
    「主様・・・。」
     
    ちょっと感動しかけるデイジーに、水を差すかのように悲しそうに言う。
    「だけど、何故まず私に相談してくれなかったのですかー?
     ・・・いえ、それも私が頼りないせいなんですねー・・・。
     あなたにそんな重荷を負わせるなど、私は主失格ですー・・・。」
     
    意外な言葉に、デイジーは慌てた。
    「主様、それは違います! 違うんです!
     あたし、今回の事は前から決めてて、それが突然だったから・・・」
    必死で言うデイジーに、アッシュは目を伏せたまま無言だ。
    その様子を見て、デイジーは言い訳を止めた。
     
    「・・・主様・・・、すみませんでした。
     今後は決して主様の指示なしには動きません。
     必ずご相談しますから、どうかお許しください。」
     
    とりすがるデイジーを見据えて、アッシュが言った。
    「絶対にそうしてくださいねー?」
     
    口調は優しかったが、目が冷たい光を放つ。
    デイジーは一瞬ゾッとしたが、その冷淡さに魅了された。
    ああ・・・、このお方はやはり “主” なのだ・・・。
     
     
    デイジーが部屋を退出するのを見送りもせず
    アッシュは窓際に立ち、外を眺めていた。
     
    勝手な事をすんじゃねえよ、ボケ!
    お陰で今後の予定がダダ狂いじゃねえかい、どーしてくれんだよ
    てゆーか、今回の事って、最初っからおめえの暴走が原因だろ
    おめえ実は私の足を引っ張りたいんじゃねえのか?
    私、やたらめったら大ピーンチ!!!!!
     
    冷静な態度とは裏腹に、腹の中でそう叫ぶアッシュは
    窮地に立たされた、と思っていたが、それはまだ序章に過ぎなかった。
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 55

    バスカムはフリーズしていた。
    仕事から戻ってきた自分の部屋の椅子に
    アッシュが座っていたからである。
     
    「な・・・」
    「そんな事はどうでもいいですー!」
    まだ口にもしていない自分の様々な疑問を
    アッシュが即座に否定した事に、バスカムは益々怯えた。
     
    「あなた、私が嫌いなんですかー? どうしてですかー?」
    「い・・・いや・・・、俺はただ・・・」
    「言い訳はいりませんから、あなた個人の意見を言ってくださいー。」
     
     
    アッシュの直球押せ押せに、バスカムは更に混乱し
    それを見たアッシュは、失望も相まって激しくイライラさせられた。
     
    アッシュがガンガン追求したのは、生来の短気さゆえだったが
    それが逆にバスカムの言い逃れを封印した。
    男女間ではよくある言い争いの光景である。
     
     
    「で? それが何で気に入らないんですかー?」
    「だって俺は・・・」
    アッシュの攻めに呑まれ、バスカムはところどころ本音を答え始める。
    だって、でも、だけど、の合間合間にである。
     
    攻防が明確なやり取りを、しばらく続けていたが
    アッシュが聞こえよがしに溜め息を付いて言った。
    「ああー、もういいー、よくわかりましたー。
     あんたねー、それは “妬み” ですわー。」
    「な・・・・・・・・」
     
    激昂したバスカムの怒声をさえぎって、アッシュが言う。
    「図星だから怒るんじゃんー。
     自分が妬む側のザコサイドだって事を自覚したらー?
     あんたの不遇は、私のせいじゃねーよー。」
    アッシュの言い草は、人の神経を見事に逆なでするものだった。
     
     
    握り締めたバスカムの拳を見逃さず、アッシュが鼻で笑いながら言う。
    「へえー? 私が丸腰でひとりでここに来ていると思うんですかー?
     この “私” が、ちょっとでも勝算のない戦に出るとでもー?」
     
    そして急に笑顔をやめて、バスカムを睨んで恫喝する。
    「己の力量を見誤って、私に戦いを挑もうとする、
     そこで既に負ける側になってしまっているんだよっ!!!」
     
    これはアッシュのハッタリでしかなかったが
    バスカムを脅すには、充分な効果があった。
    理論で武装してきたバスカムと、勢いだけでのし上がったアッシュ
    考えを巡らせる時間がない一瞬の心理戦では、勝敗が決まりきっている。
     
     
    激しく動揺しているバスカムに、アッシュは優しく言った。
    「ここにいる限り、私とだけは仲良くしといた方が良いと思いますよー?
     私はこれでも、あなたの事を評価していたんですよー?」
    アッシュは椅子から立ち上がった。
     
    ドアの前のバスカムの隣まで来て、頭をちょっと傾けて付け加える。
    「ああー、でも、その評価もあなたの働き次第ですけどねー。
     今後のあなたの運命は、私の胸ひとつで決まるんですよー?
     あなたがどう思おうと、私がその是非を決定する立場なんですよー?
     これはこの先ずっと変わらない、人生の決定事項なんですよー?
     どうあらがおうが変わらない、“運命” ってあるんですよー?
     そこ、きちんと理解しておいてくださいねー。」
     
    言い終わった後に、横目でバスカムの目を無表情でジッと見つめた。
    その静けさはほんの数秒だったが、バスカムには何分にも感じられた。
     
    アッシュが出て行った後、バスカムはよろけるように床に座り込み
    その頬には、涙が伝っていた。
    敗北への悔しさや怒り、アッシュへの恐怖
    色んな感情の入り混じった慟哭が、バスカムを襲ったのだ。
     
     
    執務室に戻ったアッシュの胸元から、リリーがマイクを取り外した。
    パソコンの画面の前に座ると、暗い表情のジジイが映っていた。
     
    「どうしたんですかー?」
    アッシュが普段通りの口調で訊ねた。
    「あやつがちょっと気の毒になってな・・・。
     あれ、自分が言われたらどんだけ落ち込むやら・・・。
     あんた、人を貶すのが上手いのお・・・。」
     
    ジジイが沈んだ様子で答えると、アッシュが心外と言った様子で言う。
    「ああー? 私はあいつの俺様理論を根気強く聞いてたでしょーがー!
     ほんっと、あんなに下らんヤツだとは思わんかったわー。
     ガッカリさせられて気の毒なのはこっちですよー。」
     
    「いや、あまりにも一方的な勝負じゃったんでな。」
    ジジイのバスカム擁護に、アッシュは最高潮に不機嫌になった。
    「全部を人のせいにするヤツなんか、タメにならんわ!」
    そして、リリーの方を向いて言った。
    「私、もう寝るけど、これブチ切って良いー?」
     
    「あ、業務伝達があるんで、繋げたままにしてください。」
    リリーの言葉を聞いたアッシュは、画面のジジイを睨んで怒鳴った。
    「文句があるなら、いつでも来いや、こらあーーー!
     棺おけに叩き込んだるわー! クソジジイー!
     じゃ、おやすみー。」
     
     
    アッシュがブリブリ怒って出て行った後
    リリーがモニターの前に座り、業務伝達をする。
    その、いつにも増して冷たい表情の意味をジジイが訊いたら
    少しちゅうちょした後に、リリーが口を開いた。
     
    「確かに主様の言いようはひどいものでしたが
     彼をあそこで叩き潰しておいて正解だったと思います。
     何のかの言ってても、主様は自分より館の事を優先なさいますが
     彼は自分のためだけを考える人間です。
     それがはっきりとわかったので、彼は館のタメにはならない
     主様はそう判断なさったのではないでしょうか。」
     
     
    その言葉を聞いて、しばらく腕組みをして
    先ほどのやり取りを思い返していたジジイは、目を見開いた。
     
    「そうじゃな!! あんたの言う通りじゃ!
     我がままで凶暴で突っ走るしかせんアホウじゃが
     アッシュはあれでも館を第一に考えとる。
     じゃが、バスカムには自分の欲しかなかった。
     ふたりはまったく違うタイプじゃが、一番違うのはそこじゃな!」
     
    それに気付いて、ジジイは頭を抱えた。
    「あー、わし、言葉だけ印象に残ったんで、アッシュを責めてしもうた。
     どうしたら良いんじゃろ・・・。」
     
    リリーは冷たく言い放った。
    「諦めて数発殴らせたら、主様のご機嫌も直るんじゃないですか?」
    「年寄りにはきっつい仕置きじゃのお・・・。」
     
     
    ジジイはその夜、後悔で眠れなかった。
    アッシュもその夜、腹立ちで眠れなかった。
     
    ふたりが仲直りをするのは
    ジジイのこめかみに本の角が当たって流血した後である。
    それはアッシュが投げつけた数々の固形物のひとつであった。
     
     
    続く。
     
     
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