多分ローズは私を守るためなら、どんな事でもするだろう
アッシュには、その確信があった。
だけど今回の事は、何故か言い出せない。
それは何かあったら、ローズは必ず助けてくれるだろうから
わざわざ言う必要もない、ってのもあるんだけど・・・
自分のちゅうちょの理由を、考え込むアッシュだったが
ジジイとリリーが無言でいる事に気付き
思考を打ち切って、慌てて言いつくろった。
「あー、えーと、ローズには言う必要はないですー。
その場その場で的確に動いてくれますんでー。
問題は、デイジーの今後だと思いますー。」
ジジイが首を捻った。
「デイジーか・・・。
死んだ恋人のために、あそこまでするもんかいのお?」
アッシュが即答した。
「私にはよくわかりませんー。」
「・・・こっちの想像をこれっぽっちも裏切らない答じゃのお。」
「でも、悲しみを怒りに変換してるんだと思いますー。
それは生きていくのには、良い方法だと思いますよー。
怒りは生のエネルギーですからねー。
私なんか、怒りを持てなくて苦労しますよー。」
ジジイは心底驚愕した。
「あんだけわしに怒鳴るくせにか?」
「“怒る” のと “怒り” は、持続性が違うでしょーがー。」
ええっ? と、納得しないジジイを置き去りに、アッシュは続けた。
「長く続く深い悲しみを、怒りに変換させるなんて難しいもんですよー。
悲しみは受動的で己の内へ内へと向かうんですー。
怒りは能動的で外へと向かうー。
自分以外を憎むから、自己嫌悪感がないんですよー。
デイジーは、生きるのにとても前向きな女性だと思いますねー。」
「ほほお、なるほど。」
ジジイが感心すると、アッシュが案の定、図に乗った。
「これはネットで調べた、“ラクチン洗脳術” とかいうやつで
人の感情というものは・・・」
「待て待て待て、そんな汚れた話は聞きとおない!」
ジジイが慌てて止めたので、アッシュはムッとした。
「私が腹黒いお陰で、あんたが安定した地位にいられるってのにー。」
「とにかくデイジーの身の振り方じゃ!」
ジジイがむりやり話を元に戻した。
「んー、表面上は “今まで通り” しかないんじゃないでしょうかー?
て言うか、こっちがさっさと動きましょうよー。
反乱グループを壊滅させたら、それで済むんじゃないですかー?」
「それもそうじゃな。」
ふたりの意見がまとまったところで、アッシュが事務的に言った。
「じゃ、私はバ・・・こいつと直接話をする事にしますんで
あんたは、こいつとこいつとこいつを殺りに行ってくださいー。」
「待て待て待てーーーーーーーーーーーっっっ!
わしかい! わしが殺るんかい!」
「うわあー、関西芸人でも中々できない瞬時の突っ込み、すげえー。
冗談ですよー。
どいつが積極的にいらん事をするか、調べてからですよー。」
アッシュが大笑いしながら言うと、今度はジジイがムッとした。
「言っとくが、わしは引退したんじゃから狩りには出んぞ!」
「わかってますってー。
でも、ジジイの勇姿、見てみたかったなあー。 あははー」
「まったく聞き流していると、何をさせられるかわからんな!」
その後、リストを見ながら3人で議論が続いた。
その間ずっと、アッシュもジジイも
お茶を飲み、駄菓子をむさぼり食っていたので
その日の夕食が食べられなかったのは
イイ大人が、どこのしつけの悪いガキだよ? という話である。
続く。
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カテゴリー: やかたシリーズ
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ジャンル・やかた 53
館内でのアッシュの警護を担当していて、それは熱心にやっていたけど
館の運営に対しては、まるで無関心なローズであった。
バイオラが死んでからも、その姿勢は変わらなかった。
ただ、余暇には自分の名前でもあるバラの栽培や
ハーブを抽出して作ったアロマオイルなど
元々持っていたメルヘンな趣味を、更に広げていった。
アッシュの寝室には、常にバラの生花が飾られ
バラのドライフラワーもいたるところに吊るされ
何の魔よけだ? と、無機質趣味のアッシュをウンザリさせていた。
アッシュがいる時は、決して部屋には入らなかったが
アッシュが戻ると、テーブルの上にはローズお手製のクッキーが置かれ
ベッドからは、ローズのオリジナルレシピのアロマオイルの匂いが
プンプンと漂い、ローズが来た事を物語っていた。
草だの花だのに興味のないアッシュは以前、無神経にも
「バラの匂いって、うんこの匂いと同系列なんだってよー。」
とナチュラルに暴言を吐いて、しばきあげられた事もある。
そんなローズが常に気にしていたのが、アッシュの精神状態であった。
あの子はリラックスってものをしないから、弱いんだよ
そう思っていたので、アッシュの寝室は “安らげる空間” を演出した。
ローズのコーディネートを元に、多少はアッシュの嗜好も考慮して
シンプルながらも女性らしい彩りにし
バラの香りが基調のアロマオイルを、毎日アッシュのベッドに振りまいた。
バイオラの死後、業務事項以外はほとんど口を利かないふたりだったが
館内を移動するアッシュの背後には、必ずローズがいた。
周囲にはその姿が正に、“アッシュの影” と映り
ローズがいる限り、誰もアッシュに傷を付けられないだろう、と思われた。
それはアッシュの皮膚にだけではない。
心にも、だった。
アッシュは、いつも不機嫌そうだったが
それはアッシュの普段の表情で
言動は常に、良い意味で言うと “自由奔放” だったので
誰もその心の疲れには気付かなかった。 本人ですらも。
だけどそんなアッシュでも、時々わめき狂って
窓から飛び降りたくなる衝動に駆られる時があった。
そういう時にアッシュは、真夜中にドアにもたれて座る。
ローズの寝室へと通じているドアである。
以前はそのドアを開けて、寝ているローズのベッドの横に座って
ローズご自慢のラグのフチをむしって、眠れない夜を過ごしていたが
もうそれをしてはいけない。
だからアッシュはドアにもたれて座るのだ。
そうやって座り込んで、窓の外に広がる夜の空を眺めていると
ドアの向こうにかすかに気配を感じる。
ローズも、ドアの向こうで座っているような気がするのである。
アッシュはドアに耳をくっつけて、目を閉じる。
まるで母親の胎内にいるような、そんな不思議な錯覚を感じつつ
いつしかウトウトと浅い眠りに陥る。
それがアッシュが感じ取れる唯一の、“安らぎ” という感覚であった。
そうして朝が来ると、またウリャウリャ言いながら寝室を出て行く。
部屋を出て今日一日を突っ走って、再びここに戻ってくるのだ。
戻ってきた時には、必ずローズの痕跡があるはずだから
それを確かめるために。
続く。
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ジャンル・やかた 52
「ふうむ、まさか反乱グループができとるとはのお。」
「今までが何もなさすぎだったんですよー。
てゆーか、何かヌルくないですかー?
盗聴だの通話傍受だの、悠長ってゆーかー意味ないってゆーかー。」
「うーん、この若造、バスカム? わし知っとるぞ。
同じ反抗的でも、前はもちっと活発だったと記憶しとるが
えらい引きこもりになっとるのお。」
ジジイがバスカムを知っていた事に驚くアッシュ。
「えっ? 何か活発に反抗されたんですかー?」
「うん、廊下で会うと、ツンとそっぽを向かれたり。」
「・・・えらい躍動的な反抗ですねー・・・。」
「そうは言うが、されると悲しいもんなんじゃぞ?」
ヘッとバカにした笑いをするアッシュに、ジジイが訊いた。
「で、どうするんじゃ? 皆殺しか?」
ふたりで顔をつき合わせてケッケッケと笑う姿に
リリーは首を振って溜め息を付いた。
「にしても、このふたつの死亡案件、何故誰も気付かなかったんじゃ?」
ジジイの責めに、アッシュが反省もなく答える。
「これは普通、見落とすでしょうー。」
まあ、そうじゃな、と思いつつ、リリーに念を押す。
「この反抗者リストは確かなんかい?」
「はい。 それは確定済みです。」
「他にも小さい不満を持っているヤツはいるだろうけど
どうこうしよう、というほどの気合いはない、って事で
放置で良いですよねー?」
「個々の不満なんて、拾い上げてたらキリがないからな。」
「という感覚で、ジジイがノビノビと放置したタンツボを
私が始末せにゃならん、ってわけですねー。」
「それが後釜の定めじゃな。」
「ヌケヌケと、よくもー・・・。」
ジジイとアッシュの漫談は続く。
「しかし、盗聴など始めたからには放ってはおけんじゃろう。
頭と、勢いのあるのを殺れば、大人しくなるんじゃないのか?」
「ええーーー、頭、殺っちゃうんですかー? もったいねーーーっ。」
「何じゃ? あんたこういうのが好みなんか?」
「私、こういう知的イケメンビジュアルがタイプなんですよー。」
「言ってくれれば、本部から何人でも寄越すぞ?」
「・・・いや、いいですー。 もう性欲、ないもんでー。」
ああ・・・と、ジジイが同意した。
「わかるぞ、その気持ち。
わしも昔はリリーちゃんの黒下着チラ見えに癒されたものじゃが
最近は見ても、全然心が動かんようになってしもうて・・・。」
「はあ?????????」
リリーが珍しく大声で叫んだ。
「ほら、リリーさんがドン引きしてるー。 これだから男ってのはー。
ジジイ、私のパンツならいくらでも見せたるから
インテリ美女へのセクハラは止めとけー。」
「あんたのは下着じゃなくて、“肌着” じゃもんなあ・・・。」
「既にチェック済みかいーーーーーっっっ!」
アッシュとリリーはふたり引き潮に乗り、海の彼方へと流されて行った。
「とてつもない後味の悪い嫌悪感をジジイがかもし出したところで
とりあえず、このバ・・・と一度話がしてみたいですねー。」
遠海から何とか生還したアッシュが、まとめに入った。
「んで、洗脳するんかい?」
と、ジジイの入れる茶々に、アッシュがまた乗っかる。
「そりゃもう、口八丁手八丁でー。」
「そう上手くいくなら良いんじゃがな・・・。」
「いかなかったら、おつー、あとよろー、ですよー。」
「あんたの話はよくわからん!」
ジジイの一括で、チャンチャン、と幕を下ろすアッシュ劇場であった。
「この事態を知っとるのは誰じゃ?」
「ここにいる以外は、当事者のデイジーと電気部、監視部ですわね。」
「デイジーはどうするんじゃ?」
「んー、また反乱軍に万引きを命じられたら
毎回、無理! じゃ通らないでしょうから
これを渡すように言おうかとー。」
アッシュは1枚のディスクを取り出した。
「何じゃね? それは。」
「これはですねー、相続戦の時に私が時々PCで書いてた日記ですよー。」
「何でそんな事をしとったんじゃ?」
「いや、ブログにアップしようかと思ってー。
“実録! 呪われた館の惨劇 血にまみれた相続争い!!!”
アクセス稼いで、アフィリでウッホウホー!」
「アホか!!!」
ジジイが、アッシュの脳天をパカーンと殴った。
「何を書いたんか、ちょっと見せてみい。」
ジジイがリリーにディスクを渡す。
パソコンのモニターを見たジジイとリリーは、ウッと言葉に詰まった。
「・・・これは何語かね?」
「日本語のローマ字打ちですー。
書いた本人も解読しにくいんで、誰が見ても大丈夫でしょー。」
「こんなものは、こうじゃ!」
ジジイが取り出したディスクをパキッと折った。
「あああああああああああああああああああーーーっっっ!!!」
ヘタリ込むアッシュに、更にジジイが説教をたれる。
「外部には秘密厳守だと言うとろーが!
あんたは主の自覚が足らんぞ!
まったく、漏れる前に気付いて、本当に良かった良かった。」
あー、このド腐れジジイには、私のデータをことごとく破壊されとる・・・。
アッシュがフテ腐れてソファーに倒れたら、今度はリリーが訊いてきた。
「ローズにはどうします?」
「え・・・?」
「ローズはあなたの護衛でしょうに、まだ話してもいませんよね?」
その問いかけに、アッシュの表情が曇ったのを見て
リリーは話を続けるのを止めた。
ジジイは爪楊枝で歯をほじくりながら思った。
ローズの話は、アッシュの地雷じゃな。
続く。
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ジャンル・やかた 51
ジジイが上機嫌でホイホイと館にやってきたのは
アッシュ直々の要望だからである。
真夜中の電話に叩き起こされ、不機嫌になりかけたが
それはアッシュからの初めてのCラインだったので
一気に気分が高揚し、その後中々寝付けなかった。
しょせんこいつも、何のかんの言っても
館を30年余りに渡って、支配し続けてきた人間である。
その好戦さは、アッシュにもヒケを取らなかった。
いつものように、アッシュの演説を聴くために講堂の長い椅子に座る。
講堂には相変わらず、住人が大勢来ている。
「あら、元様、いらっしゃい。」
「おお、元気じゃったか?」
「やですよ、ついこの前もお会いしたじゃないですか。」
そう笑われるほど、しょっちゅうこの館に来ていたのは
ジジイが孤独老人だからではなかった。
30年余の君臨のお陰で、ジジイは立派な屋敷と大勢の使用人を与えられ
長老会では、尊敬と強力な発言力も持っていた。
いまや、街のVIPのひとりである事は間違いなく
それは自分の功績もあるが、何よりもアッシュの改革が大きかった。
わしの人生の集大成が、こいつじゃ
ジジイは演説するアッシュを見ては、自己満足にふけっていたのである。
「ああーーー? また来たんかいー、ジジイーーー。」
演説を終えて講堂を出ようとするアッシュが
反乱グループに不審がられないために
“いつもと変わらずに” という密約通りに振舞う。
「美味いお茶が飲みたくてのお。」
「茶ぁなら自分ちで飲めー!」
「そう言わんでくれ、わし・・・朝飯も食っとらんのじゃー。」
「おい、飯を食った事を忘れるなんて、元様・・・」
「まさか、いよいよボケてきたとか・・・?」
アッシュとジジイのボケ突っ込みは、恒例の演芸だったが
遠巻きにそれを見物していた住人たちが、ザワめきたった。
まったく、やり過ぎなんだよ、このクソジジイ!!!
ついついリキが入りすぎて、演技過剰になったジジイを
アッシュが怒りの目で睨みつける。
「はいはーい、これは何本ー?」
アッシュが指を3本立てる。
「1本ー。」
「じゃ、これはー?」
指を1本立てる。
「3本ー。」
「はい、正常ですねー、いつものアホウなジジイですねー。
朝飯を食っていないんなら、フルコース用意してもらいましょうねー。
もちろん全部残さず食ってくれますよねー?」
「すすすすいません、朝飯さっき食いました。
どうかお茶だけお願いします。」
安堵したのか、周囲がドッと爆笑する。
執務室に入って、グリッと振り返ったアッシュの顔は般若と化していて
生命の危険を感じたジジイは、ひたすら土下座をした。
「で、今日までにわかっているのは、これだけです。」
結局軽食をとるアッシュとジジイに、リリーが説明をした。
反乱グループは7人で、リーダーはバスカム
大規模な襲撃を起こすために、通信傍受機器を揃えた等。
「通信傍受は、無線キャッチぐらいのものでした。
つまり、ここの環境ではコードレスフォン限定ですね。」
執務室のTVモニターには、電気部が反乱グループの部屋を
調べる映像が映っていて、それをまるで映画鑑賞のように
ポップコーンをボリボリ食いながら観るアッシュとジジイ。
「格好良いと思いませんかー?
私がデザインした電気部の工事用仕事着ー。
メタルギアソリッドみたいでしょー?」
「何じゃ、そりゃ?」
「潜入ゲームのタイトルですよー。」
「あんた、そういうの、ほんっと好きじゃな・・・。」
「にしても、私、相続戦の時
エレベーターんとこにあるらしき、妙な空間が気になってたんですよー。
電気部の工事用の移動スペースだったんですねー。」
「んじゃ。 加えて、天井部分にも移動スペースを取ってあるんじゃよ。
注意深く見てみると、館の天井の高さが外観と合わないのもわかるぞ。」
「その天井裏通路とか、誰が考えたんですかー?」
「設計士と電気技師じゃ。」
「ああ・・・、大阪城を建てたのは大工さん、みたいな答ですねー。」
「それが現実じゃよ、ふぉっふぉっふぉっ」
話が逸れまくる物見遊山気分のアッシュとジジイに構わず
リリーが報告書をめくりつつ、解説する。
「ただ予想外だったのが、この機械です。」
画面を折りたたみ式の棒で指す。
「おっ、女教師ー!」
「ふぉーっ、眼福じゃのお!」
「これで黒ブチめがねに、ひっつめ髪が王道なんですよー。」
「うーん、リリーちゃんはヘアスタイルは派手じゃからのお。」
「お出かけ用スーツはバッチリなんだけど
もちっとオールドミス的味わいもほしいところですよねー。」
「定番すぎて俗じゃが、嫌いじゃないぞ!」
「そ!れ!で!!!!!」
ふたりの雑談に、しかもその内容が自分の外見である事に
激しくイラついて、リリーは画面を棒でビシビシ叩いた。
「おおっ、たかじんー!」
「誰じゃ? そりゃ。」
「日本の関西の・・・」
「こ!の!機!械!が!何だったかと言いますと!」
その大声に、リリーの忍耐力の限界を察したふたりは雑談を止めた。
「これ、盗聴受信機なんです。」
「・・・? だから傍受機じゃろ?」
「いや、きっと違うんですよー。
大阪日本橋に年に1度行くか行かないか、という経歴の私が考えるに
これは盗聴器をどっかに仕掛けてて、それ専用の受信機なんですよー。」
「ええと、それ、どういう経歴かのお?」
「何の知識も持ってない、って事は確かですー。」
もう・・・。 勉強が出来ない子供の授業態度みたい・・・。
話の進まなさに、いい加減ウンザリして
指し棒をたたみ、デスクの椅子に座って爪をヤスリで整え始めたリリー。
その怒りのオーラあふれる背中を見て、しまった、と後悔する雑談組。
「ほんっと、ごめんー。」
「真面目に聞くから、機嫌を直してくれ。」
懇願するふたりに見向きもせず、爪を削りながら投げやりに話すリリー。
「で、その盗聴器は、南北の住人用食堂に各1個ずつ見つかりました。
他にもないか秘密裏に捜索中なので、引き続き警戒が必要です。」
背後でアッシュとジジイがつかみ合いのケンカを始める。
「あんたが妙な合いの手を入れるから、話が脱線するんじゃ!」
「私のつぶやきにいちいち反応するおめえが悪いんだろー。」
「おめえとは何じゃ! 目上に対する敬意はないんか!」
「命汚く生き延びてるくせに、年長ヅラしてんじゃねえぞー。
諦めてマッハで死ねー! 手伝ってやろうかー? このクソジジイー!」
「何じゃと? やるんか? 年は取ってもまだまだ衰えとらんぞ!」
リリーが椅子をグルリと回転させ、振り向いて静かに言った。
「わたくしの話を真面目に聞けないのなら、もう無視しますよ?」
アッシュとジジイは、即座に取っ組み合いを止め、土下座した。
「ほんっっっと、すみませんでしたーーーっ。」
「どうか、無視だけはご勘弁をーーー。」
米つきバッタのように、ジタバタしているふたりを
冷酷な瞳で見下ろしつつ、リリーはあくまで無表情だった。
続く。
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ジャンル・やかた 1 09.6.15 -
ジャンル・やかた 50
「もういい!」
バスカムは、あまり期待をしていなかったので
この女の土産なしには、そう落胆はしていなかった。
しかし1ヶ月掛かって成果なしとは、この女は使えない。
アッシュの思惑通りにそう判断したバスカムは、女に帰っていいと告げる。
ディモルに女から目を離さずにいろ、と命じたのは念のためである。
この処置は、主に恋人を殺された女に対しては、ごく普通の事である。
むしろそんな女を身近に置いている主の方がおかしい。
バスカムには、アッシュが考えなしの大バカに思えていた。
これはごく正しい評価であった。
デイジーが集会部屋から出てきて
自分の部屋に戻ったのを確認したアッシュ一同は、安堵の溜め息を付いた。
引き続きの厳重な監視を頼み、アッシュとリリーは地下通路に下りた。
「どうしますー? もう一気に全員殺っちゃいますー?」
アッシュが歩きつつ、ヘラヘラと笑って言う。
まったく、冗談なのか本気なのかわからない。
アッシュが手の平を壁の装置に当てると、数m先のドアがシュッと開いた。
全ドアでこれが出来るのは、アッシュ以外はジジイとリリーだけである。
働いている者たちは、外部への個別通路のみしか開けられない。
「SFですよねー ♪」
アッシュはこういうのが大好きで、これがしたいがためだけに
“見回り” と称して、意味もなく地下通路をウロついていた。
薄暗い地下をフラフラ徘徊するババアなぞ
不気味以外の何者でもないのに。
「ところで、事務部に反抗的思想の人はいませんよねー?」
アッシュが立ち止まり、リリーに訊く。
「それは大丈夫です。
何重にもチェックを入れてますし、全員わたくしが掌握しております。」
「おおーーーーーっ、女王様ーーーーーーっ!!!」
アッシュが両手を合わせてウルウルと見つめるのを、リリーは無視した。
「長老会への報告はどういたしますか?」
「んー、私としては、こういう事態は内部で収めてからの
事後報告の方が、スムーズにコトが進むと思うんだけどー。」
「では、長老会へは通常報告のみで。
ただ元主様へは、協力を仰いだ方が良いと思いますが。」
「あっ、ジジイには言っておかないとヒガむもんねー。
ジジイが次に来そうな日はいつかなー。」
「いつものサイクルですと、多分、来週初めあたりになると思います。」
「うーん、来週じゃ先過ぎるなあー。
明日だとあからさまだから、あさってあたりが好ましいんだけどー。
よし、Cラインを使おうー!」
Cラインとはアッシュ-ジジイ間の直通電話の事で、盗聴の心配がない。
秘密のsecretは、日本語でsiikurettoと読むから
siiでシーで “C” だとアッシュが言い張って、この名になった。
アッシュはこういうスパイごっこが本気で好きだった。
再び通路を行き、パネルに手をかざしドアを開けて入ったのは
館内の電気関係をすべて司っている部屋で
その広さは、館の北館2個分にも匹敵する広大さである。
地下があるとは思っていたけど、こんなに広いとはねー
だよねー、地上と地下は同じ面積である必要なんてないもんね。
アッシュは、ここも好きだった。
というより、こういう迷路のような地下自体が好きだった。
オカルトに地下は付き物じゃん
薄暗さにビクビクしながらも、妙に興奮するんだよなあ
これぞ、“吊り橋効果” だな!
アッシュは自分の異常嗜好を、大間違いな理論で納得していた。
アッシュが電気部屋と呼ぶその部屋は
地下鉄の制御室のような様相である。
「おおおーっ、これぞ陰謀のエレクトリカルパレードやーーーっ!」
両手を広げて大声で叫ぶアッシュに、誰も反応しない。
この部屋に入る度に、同じセリフを繰り返していたからである。
「さ、主様のいつもの呪文も唱え終わったし
昼間お願いした電気量のデータは抽出できてる?」
リリーが声を掛けた職員が、誘導する。
「はい、ここに。」
積み上げられた膨大な枚数の紙が、アッシュの目まいを誘う。
「で、これを誰が見るんかなー?」
職員の両頬を指で摘まむアッシュに、摘ままれた職員が答える。
「うぉうわたふぃがうんせきしわした (もう私が分析しました)」
「うーん、気が利いてるーっ!」
ここぞとばかりに抱きついて、理系男子にセクハラをするアッシュ。
異様にはしゃぐアッシュを、リリーは冷静に見ていた。
いつも地下に来ると、どっかのネジが飛ぶようだけど
今回のこの舞い上がりっぷりは、ただ事ではない。
このお方は結局、戦いが好きなんじゃないかしら?
「うーん、やっぱりバ・・・何とかの部屋の電気使用量は
他の住人の部屋より微妙に多いっぽいかもー。」
「いい加減、名前を覚えてください。 バスカムです。」
覚える努力をする気がさらさらないのか、アッシュが無視して続ける。
「でも、こんな差じゃわかりにくいですよねー。
これはチェック漏れとは言えないなあー。
まさか住人が通信傍受機器とかを置いてるとは思わなかったしねー。」
デイジーがディモルから聞き出した話によると
リーダーが盗聴機器類を揃えているらしく
それを重く見たアッシュとリリーは
電気部にその情報の裏付けを取るために
各部屋の電気使用量の調査を命じていたのであった。
データを見つつアッシュと話し合う職員に、リリーが訊ねる。
「長老会との電話も受信されていた可能性はあるのかしら?」
「それは実際に機器を見てみないと何とも・・・。」
「事務部の通話内容の確認はした?」
「はい。 なにぶん急なお話で、時間が掛けられず
完全に確認できたのは、まだここ1ヶ月のものだけですが
その期間は、特に大した情報はありませんでした。」
「主様の会話は?」
「・・・「ほー」「へー」、もしくは怒号ぐらいで・・・。」
「ああ・・・そう・・・。 まあ、それなら良かった・・・わ・・・?」
色んな事で落胆するリリーと、申し訳なさそうにする職員に
隣でのんきに書類を読んでいたアッシュが指示を出す。
「じゃあ、明日、反乱軍の各部屋をチェックに行ってくださいー。
怪しまれるとマズいんで、モニター部と連携してくださいねー。
で、今回は確認のみで、一切手を加えないようにー。
確認の様子はビデオに撮ってきてくださいねー。」
「はい、わかりました。」
「じゃ、その他の事はリリーさん、お願いしますねー。
私はジジイにCラインかまして寝ますからー。」
「はい、お疲れ様でした。」
リリーがそう答えると、すべての職員が立ち上がってアッシュを見送った。
アッシュは、敬礼をしてから部屋を出たが
ふっふっふっ、ものすごい上官気分ーーー、と内心ホクホクだった。
続く。
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ジャンル・やかた 1 09.6.15 -
ジャンル・やかた 49
“主様” に反感を持つ人間は、この2件の死亡に動揺した。
「主に殺されたんだ」
全員がそう思った。
アッシュたちの読み通り、確かに最初は個々がバラバラだった。
会えば酒を酌み交わし文句を言う、ただそれだけの関係だったのだ。
しかしその内のひとりが、襲撃事件を起こした。
死んだのは主の護衛の姉で、主も親しくしていた人物である。
「主が復讐のために、反抗的な輩をひとりひとり殺しに掛かっている」
自分の境遇への不満をすべて他人のせいにしグチを言う
そんな単細胞たちが、そう考えるのも自然の流れである。
そうは考えない人間がいた。
バスカムである。
あの女が他人のために復讐などするわけがない
バスカムのこの考えは、今回の件に限っては結果だけ見ると正解なのだが
彼は主の姿を大きく見誤っていた。
バスカムはこの館に、と言うよりは長老会に不満を持っていた。
それは恵まれた境遇の人間に対する憎悪であった。
いわゆる反社会的な思想であり、この館がどうであろうと
結局は必ず持つであろう、不毛な怒りを抱えていたのである。
彼には、この館自体が嫌悪の対象であり
主が替わろうと替わるまいと、壊したかったのである。
彼はいずれは館を逃げ出すつもりであった。
どこへ行っても、彼のこの不満グセは変わらないであろうに。
そんな妄想の中、館では新しい主が誕生した。
外国でヌクヌクと生まれ育ち、何も知らずに来たのに
相続を達成したばかりか、改革までしようとしている。
彼女の最初の演説を聴いたときには、憤死するかと思った。
今までに経験した事のない激しい怒りが、足元から湧き上がり
心臓を強く殴られたような衝撃だった。
この世界のすべてを見抜いているのは俺ひとりなのに
あの無知な女に、頭上から幸運が降り注いでいる。
バスカムには絶対に自覚してはならない事だったが
これは嫉妬というものであった。
バスカムは単に、どこかの頂点に立ちたかっただけなのである。
自分がなれるはずのない者に、アッシュが安々となり
知った風な口を叩いている。
その存在が、バスカムにはとてつもなく目障りだった。
このまま許しておけば、自分が崩壊してしまう。
だがアッシュという人間は、バスカムにとって初めて出会う人種で
その得体の知れなさに尻込みせざるを得なかった。
そう感じたのは、アッシュを目の当たりにした時であった。
1度目は、アッシュが玄関ホールで二人目の敵を滅多打ちにした時
2度目は、アッシュが食堂でニタニタと笑って食事をしてた時である。
こいつに関わっちゃいけない、頭の中にそう警鐘が鳴り響いたが
3度目に前方から走ってくる、怒り全開のアッシュとすれ違った瞬間に
その確信は、バスカムの心に固定された。
この3度目の遭遇の時のアッシュの怒りには、ある事情があった。
アッシュが主就任後の忙しい合間を縫って
コツコツとLV上げをしていたゲームがあった。
時々その姿を見掛けては気になっていたジジイが
やめときゃいいものを、好奇心に逆らえずに
アッシュが席を外した隙に、ちょちょっといじってしまったのである。
ゲームは日本語で何が何やらさっぱりだったが、さすがのジジイにも
画面に映し出された NO DATA の意味はわかった。
ジジイは後悔よりも先に、すさまじい恐怖に駆られて
ムンクの叫びのような顔になりつつ遁走し
戻ってきたアッシュが、それに気付くのに時間は掛からなかった。
実にくだらん話だが、ゲーマーならば
この時のアッシュの心情をわかってもらえるであろう。
こういう時のアッシュの怒りは
巨大龍の怒りにも匹敵する、正に “逆鱗” であり
修羅のごとき形相で髪を振り乱して、ジジイを探し回った。
それを目撃した人は、運が悪かったとしか言い様がないが
バスカムの心にも、大きなトラウマを刻み込んだのである。
ちなみにジジイは、飼料を置く納屋のひとつに隠れていたところを
養豚係によって通報され、アッシュにはちくり回された。
さて、単純バカどもが騒いでいる。
どうせ大した事は出来ないんだから、大人しくしてろ
それでなくとも主の後ろには、歴戦のつわもの、あのローズがいるというのに
どんな思考をしたら、直接対決など考えつくのか。
どうしたものか、とバスカムが煮え切らない思案をしている内に
普段偉そうな事を言ってたせいもあり
単細胞たちが周囲に集まるようになってしまった。
今にも主に殴り込みを掛けそうな勢いに不安を感じたバスカムは
腹をくくってグループのリーダーになった。
自分の周囲をウロつく彼らがまた余計な事をすれば
こっちにも火の粉が掛かる可能性があるからである。
どうせ、いつかは主と対峙しなければならない。
あの不気味な女を抹殺しないと、自分の心に平穏はこないのだ。
バスカムはせかす仲間を押しとどめつつ、機器類を揃えていった。
万が一にも失敗があってはならない、と言いつくろってはいたが
その意味のない機器類を見ると、決戦の先延ばしをしていた観も拭えない。
腹をくくったつもりでも、ダラダラとしていたバスカムのビビりが
デイジーに、引いてはアッシュにつけいる隙を与えてしまったのである。
リーダーは独裁の猪突猛進型が一番成功に近い、という証明にも思える。
そんな中、メンバーのひとりの恋人が主の近くで仕えている、と知る。
しかもその女は内心、主を憎んでいるらしい。
バスカムはメンバーを通じて、その女に
主の部屋から、“何か” を盗ってくるよう命じた。
何か、は何でも良かった。
まずはその女がどこまで役に立つのかを知るのが目的だったし
上手くいけば、主討伐のヒントになるかも知れない。
そのぐらいの目論見だったが、難題に焦ったデイジーによって
グループの存在が、主の知るところになったのは
バスカムの不運、いや甘さだったと言えよう。
続く。
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デイジーは、ディモルと親しくなるのに充分に時間を掛けるつもりだった。
軽い女じゃない、と思わせないと。
そう企むデイジーは、本当に一途な女だった。
「そろそろ良いじゃねえかよ
あんたはまだ若いんだし、ヤツもあの世で納得してるさ。」
ディモルが誘う言葉の端々に、サカリの付いた男特有の無神経さがあり
マティスに対する冒涜を感じて、頭に血が上る事が度々あったが
その怒りを上手く変換して、ディモルを操った。
「あたしゃ、マティスを殺したあの主が許せないんだよ!
こんな気持ちじゃ、あんたにも申し訳ないんだよ。」
「俺も主を憎んでいる。」
そうディモルが言い出すまでには、時間は掛からなかった。
志を同じくする仲間がいるらしき事も、すぐに告白した。
チャラい男だわね
デイジーはより一層ディモルを軽蔑し、亡きマティスへの愛を深めた。
この事により、デイジーは何でも出来る決心が付いた。
心がなければ、それはただの行為である。
この悟りは、セックスだけではなく殺人にまで適用される。
奇しくも、産まれ出す行為と死の行為、相反するふたつの事柄に、である。
アリッサがデイジーに耳打ちをした後に事は起こる。
医療室で、ひとりの患者が死んだ。
重病や複雑な治療が必要な者は、長老会管轄の街の病院に送られるが
それでも館の医療室は、診療所クラスの設備が整っていた。
死んだ患者は、深酒が過ぎて少し肝臓を患っただけで
入院はしてても、命に関わる事態ではなかった。
しかし館の医師は、深く追求もせず事務部に報告し
事務部も何の疑問も抱かずに、長老会へと上げた。
その流れの途中に、アッシュもリリーも関わっていた。
この館の住人の命が軽かったわけではなく
病院で死ねば病死、その一般的な感覚が全員の目を曇らせたのである。
デイジーはアッシュに助けを求めた時に
この一件は自分が点滴にとある物を少量混ぜた、と告白したが
解剖もされなかった遺体は、死因の特定もされず
報告書には “心不全” と書かれていただけであった。
デイジーの告白を聞いた時に、アッシュは自分の父親の事を思い出した。
アッシュの父親も、ある朝突然息絶えていて
死因が心不全、と言われたのである。
そんな物を摂取するだけで、普通っぽく死ねるなんて・・・。
アッシュはデイジーの話を聞いて驚いた。
それは子供に舐めないように注意をするだけの
どこにでもある生活に密着した成分であった。
葬式の時の墓地の前で、再び握り拳を振るわせるディモルの隣で
そっとその握った手に自分の手を重ねつつ、デイジーはほくそ笑んだ。
あんたの言動を見てれば、誰が仲間なのかすぐわかるのよ。
高笑いをしたくなるような気持ちを抑え
デイジーはディモルの顔を見つめて、背中を優しくさすった。
「親しい人だったの?」
「ああ・・・、仲間だった・・・。」
ディモルはデイジーを抱きしめた。
安酒の匂いに、デイジーは吐き気を覚えた。
続く。
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リハビリ部のアリッサの整体室には常連が多い。
アリッサは主に整体を担当していて、何でもニコニコと聞いてくれるが
ちょっと頭が弱く、聞いた話をすぐ忘れるのを、皆よく知っていた。
肩が凝った腰が痛い寝違えたなどの、ちょっとした事で立ち寄っては
リラックスして世間話をしていく者が多いのである。
この館で、アリッサのマッサージを受けた事がない者は少ない。
デイジーはマティスを失ってから、泣き暮らしていた。
そんなデイジーに何かと世話を焼いたのが、アリッサである。
ふたりが急速に親密になった事を、皆は気付かずにいた。
それは正にアッシュの相続真っ最中の時期で
館全部がアッシュの動向にのみ注目していたからである。
それをデイジーは利用した。
アリッサの背後にデイジーがいるなど、誰も想像はしないだろう。
アリッサは聞いた話を忘れているわけではなく
伝達する意志も技術もないだけなのだ。
ちゃんと事細かく指令を与えれば、言われた通りに動いてくれる。
デイジーの、アリッサに対する友情は深かったが
今はとにかく主様命で、アリッサも同じ気持ちだと信じていた。
何よりも主様を優先しなくちゃ・・・
デイジーはこの強固な決意を、アリッサにも無意識に植えつけていた。
デイジーのアリッサへの情報収集は、アッシュの鼻先で行われていた。
アッシュのその日のマッサージ時間の予定を伝えに行くのは
デイジーの仕事のひとつになっていたのである。
送り迎えは、館内護衛のローズが付いてくるが
リハビリ部のアリッサの整体室には、基本的に患者ひとり以外は入らない。
デイジーがアリッサに連絡に行き、アッシュが行く直前になって
またデイジーが、不都合がないように整体室を整えに行くのだ。
準備が終わると、ローズに連絡を入れ
アッシュがやってきたら、デイジーは整体係の控え室に行く。
ローズはアッシュが整体を受けている間、ドアの前で待つ。
アッシュがローズと帰っていったら、整体室の片付けを手伝った後に
世話係の控え室に戻っていくのである。
アッシュは結構VIPな待遇を受けているわけだ。
そのアッシュの整体の前後に、デイジーとアリッサは密談をしていた。
そんなある日、アリッサがデイジーに言った。
「主様のわるぐちばかりいうヤツがいるだよ。」
「それは誰?」
アリッサはデイジーに耳打ちした。
数日後、館の敷地内の池に男性が浮いているのが発見された。
池の周囲には人だかりが出来、遺体の引き上げを見守っていた。
デイジーもその場で、いかにも恐がってるような素振りで見物をしていたが
握った拳を振るわせる男を、群集の中に発見する。
酔っての溺死だと館の医師が判断し、ほとんどの者はそれを信じた。
「そんなわけあるかい!」
深夜の食堂で酔い潰れて、クダを巻く男にデイジーが近寄った。
「あんた、こんなとこで寝ちゃ風邪引くよ。」
「ん・・・? おめえは・・・誰だったっけ・・・?」
「あたしはデイジー。 主様の明日の食事の打ち合わせさ。
今日は仕事が立て込んじゃって、こんな時間だよ。
まったく人使いが荒いったらありゃしない。」
イラ立った口調のデイジーに、男はつい口を滑らせた。
「ん、ああ、まったく何様だっつんだよ、あいつはよー。
おめえ、一杯付き合えよ。」
「あたしゃまだ仕事が残ってんだよ。」
「そうか、おめえも大変だな、俺はディモルっつんだ。
夜は大抵ここで飲んでるから、おめえも来いよ。」
「ディモル、ね。 またね。」
デイジーは食堂を悠々と出て行ったが、動かす足のその膝は震えていた。
続く。
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ジャンル・やかた 46
「いいですかー? たとえニセの情報でも、それを渡したら
あなたが役に立つ、と判断されてしまい
今後の負担が大きくなってしまいますー。
とにかく “使えない女” と印象付けるためにも
オドオドしながら、ビイビイ泣くんですよー?」
アッシュがデイジーの両頬を両手で包みながら
顔を近づけて何度も念押しをした通りに、デイジーは振舞った。
「あたし・・・、何とかやってみようとしたんですけど・・・
でも主はいつもソファーに座って、こっちを睨んでいて・・・」
すみません、と顔を覆った手を震わせながら泣くデイジーの肩に
ディモルが手を回しながら言った。
「もういいだろ!
お茶を運ぶだけの仕事に、そんなチャンスなど来るわけねえよ。
こいつも頑張ってるんだ、時間が掛かるのはしょうがねえぜ。」
デイジーはディモルの胸に顔を埋めた。
「ごめん・・・、あたし、あんたの役に立ちたかったんだけど・・・。」
デイジーは、恋に狂うバカな女を完璧に演じていた。
ふたりを見て、部屋がザワついた。
「しょうがねえんじゃねえのか?」
「ああ、急な話だしな。」
「でも1ヶ月あったんだぜ?」
「だけど、ただのお茶酌みに主の机が漁れるかよ?」
「あの狡猾な主だしな・・・。
見つかればどんな仕打ちが待ってるかと思うと恐ろしいぜ。」
「しょせん女子供には無理な話だったんだよ。」
空涙を流しながらも、デイジーは腹が煮えくり返った。
あんたらに主様の何がわかるってのよ!
ディモルが申し訳なささのためだと、都合良く勘違いしたデイジーの震えは
半分は怒りによるものだった。
「見つかったらそれこそ、その女の価値はないぜ。」
「何だと!」
ディモルが恋人を侮辱されたと感じて、前に出ようとした瞬間
「もういい!」
皆の背後から大声が響いた。
立ち上がったのはバスカム。
反乱グループのリーダー的存在である。
アッシュ曰く、“若くてイケメンで人格者で頭が切れる”
という評価のヤツだ。
監視側も以前から目を付けていた内のひとりだったが
集会は不定期に行われる上に、各人の部屋の持ち回りになっていたので
彼らが徒党を組んでいる、とまでは見抜けなかったのだ。
バスカムの部屋には、パソコンや通信機器が揃っていて
反乱グループの拠点になっていた。
いまや見過ごす事が出来ないほどに
この反乱グループの形が出来上がってきたのには
館の誰もが、何の疑問も感じていなかった数件のある出来事が関係していた。
続く。
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ジャンル・やかた 45
「もー、パス27までしちゃいましたよー。」
アッシュの話を聞いて、リリーは固まってしまっていた。
「ね? 凍るでしょー? 私のあん時の気持ち、すんげえわかるでしょー?」
アッシュのお仲間の誘いには乗らず、リリーは青ざめた顔で訊ねた。
「それで、どうなさるんですか?」
「反乱グループに情報なんて渡せませんよねー。
とりあえず、今夜の事はそっち方向で言い含めておきましたから
デイジーがそれを上手くやってくれれば、当分はしのげますー。」
アッシュが机に片手を置いて、格好をつけた。 別に意味はないが。
「にしても、反乱グループとは・・・。」
「監視部は掴めてなかったんですかー?」
「長老会所属は、住人たちとは一線を引いていますからね。
しょせん機械頼りでは限界がありますね・・・。」
「と言う事は、今回の問題発覚は、私の人徳が功を奏したわけだー。」
「・・・問題が大きくなってますけどね・・・。」
威張るアッシュを睨みながら、リリーが責めるように嘆いた。
リリーが腕時計を見る。
「・・・そろそろ時間ですね。」
アッシュとリリーは、書斎から地下に降り
薄暗い通路を通って、モニタールームへのはしごを上る。
改築のおり、アッシュの特殊な趣味を取り入れたお陰で
書斎、寝室、モニタールームは、誰にも知られずに行き来できる。
「ニンジャ屋敷仕様、役に立つよねー。」
得意げなアッシュに反応する余裕は、リリーにはない。
「様子はどう?」
「夕方から約1時間ごとに人が入っています。
今、部屋の中には6人いるはずです。」
モニター監視員が画面を見つめながら答える。
「リリー様、先月の記録でそれらしきものを見つけました。」
背後の予備画面で、それが早送り再生される。
「8人集まってるわね。
これは誰も気付かなかったの?」
「はあ・・・、これだけの数の画面ですから・・・。
カメラの数が多すぎるのが仇になりましたかね・・・。」
「カメラは多いに越した事はないに決まってますよー。」
アッシュが明るく能天気に言う。
「何かあれば、こうやってチェックできるー。
後手に回ったのは、私側実働隊のミスですからー。
ちゃんと連動できれば、これほど強力な武器はないですよー。」
「主様・・・」
振り向いた監視員たちの目に入ったのは、腕組み仁王立ちのアッシュだった。
反乱グループがいるらしい、という話を聞いた監視員たちは
自分たちの目は無力だった、と落胆していたのだが
アッシュの言葉に救われる想いであった。
「はい、モニターをしっかり見ていて!
どこから出た誰が、どこに入って行くのか、確認しないと!」
リリーが手をパンパンと叩き、監視員たちは慌てて画面に向き直った。
まったく、隙があれば主様モードを出したがるんだから・・・
リリーは呆れたが、アッシュのこの言動はまごう事なき性格だった。
「モニター42、南館405号室から男性退室、南方面へ廊下を移動。」
「モニター38、北館312号室から男性退室、北方面へ廊下を移動。」
報告が相次ぐ中、ひとりの監視員の報告にアッシュとリリーが注目した。
「モニター9、南館328号室から女性退室、北方面へ廊下を移動。」
デイジーである。
続く。
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