カテゴリー: やかたシリーズ

  • ジャンル・やかた 24

    アッシュは階段側の廊下の壁に張り付いていた。
    耳をくっつけたり、コンコンと叩いたりして、左右にウロつく。

    ここに部屋が、最低2個は並んでいるはず。
    私の部屋は、ここの並びがバストイレだったから気付かなかったけど
    このフロアの南の壁の奥には、かなりのデッドスペースがある。

    そんで、この建物、こっから奥は増築されたんだ。
    アッシュがかなりムチャをして、剥いだ壁紙とその下の板
    その更に下の壁は、途中で材質が変わっていた。

    歴史のある館の増築や改築は普通の事だよな・・・。
    ・・・歴史・・・、どっかで聞いたような・・・?

    「あっ!」
    しばらく考え込んでいたアッシュが、叫んだ。
    飯! 飯を食ってなかったんだよーーー!

    それを思い出すと、そそくさと部屋の中に入っていった。
    どんなに大事な事でも、ひとつ思い出すと他は全部忘れる
    まるで昆虫並みの知能の持ち主である。

    ふと目覚めると、あたりは真っ暗だった。
    どうやら満腹になって、うたた寝していたようだ。
    ソファーで寝たせいか、体のあちこちが痛い。

    ヨタヨタと歩いて電気を点けると、時計の針は22時を回っていた。
    アッシュはものすごい孤独感に襲われた。
    こんな時は、自分以外に生き物がいない世界に迷い込んだ気分になるのだ。
    アッシュは何の動機もないのに、サメザメと泣いた。

    だめだ、こんな生活だとウツウツしてくる・・・。
    どうせあと半年 (最長) の命だから
    規則正しい生活とかアホらしいかも知れんけど
    それでも沈み込んで暮らしたくない。
    きちんとせんと、きちんと!
    アッシュは涙を拭って、ローズの部屋に向かおうと廊下に出た。

    ドアを開けたら、目の前にローズが立っていて
    お互いに 「うわっ」 と、叫んだ。
    「ごめんごめん、電気が点いてたから起きたと思ってさ。
     遅くなっちゃったけど、鋏、修理できたから
     ん? あんた、どうしたんだい?」

    アッシュが再び大泣きし始めた理由は
    せっかく鎮めた気持ちを、ローズとの鉢合わせの驚愕と
    ローズが自分の部屋の明かりをチェックしていてくれた事で
    揺さぶられたせいである。

    「すい・・・ません、驚いたんで・・・」
    「驚いたぐらいで泣かれたらたまらないよ!」
    「起き・・たら・・・真っ暗で・・・何か・・・寂しくて・・・」

    まったく、こいつはガキかい。
    こんなヤツに相続など、とんでもないね!
    ローズは、恐らく出会ってから今までで一番呆れていたが
    泣きじゃくるアッシュを、可哀想と想ってしまう気持ちもあって
    そんな自分にも激しく腹が立った。

    でもまあ、死への恐怖感で情緒不安定になってもしょうがないね
    ローズは、そう擁護して解釈したが
    実はアッシュは普段から、時々こういう
    起きたら夜! という事をやらかしては
    自己嫌悪に陥って、メソメソしていて
    これがアッシュのナチュラルな姿であった。

    「はいはい、わかったから、中に入って座って。
     さっきの朝飯は食ったかい? お腹は減ってないかい?」
    甲斐甲斐しく世話を焼くローズを、アッシュは弱々しく見つめ
    ローズはその目を見て、まるで捨てられた犬のようだ、と感じていた。

    これが二人の関係を決定した出来事で
    その形は、その後変わる事はなかった。

    続く。

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          ジャンル・やかた 25 09.11.11

  • ジャンル・やかた 23

    どおしって お腹って減るんだっろー

    布団の中でブツブツと歌うアッシュ。
    真剣に悩んでいたり、悲しんでいたりする時に
    空腹になると、とても情けなくなる。

    ちゃんと寝て目覚めた朝は、食欲がなくて困るのに
    悩んで眠れない夜など、明け方ぐらいから腹が減ってたまらなくなる。
    こんな時の油っこい麺類や駄菓子ほど美味いものはない。
    あーーーっっっ、チャンポン食いてえー、亀せんべえ食いてえー
    アッシュの悩みは、ここにコンビニがない苦悩へと変わっていた。

    布団の端をガジガジ噛んでいると、ドアがゆっくり開いた。
    ローズがソッと顔を覗かせる。

    こいつは私にノックせえせえ言うくせに、自分は覗きまくりかよ
    アッシュが凝視してると、ローズはニカッと笑った。
    「あんた、夕べ寝てないだろ、腹が減ってるんじゃないかい?」

    「やったーーー!!! ご飯ーーーーーーー!!!」
    アッシュが喜び勇んで飛び起きると
    ローズが大威張りでトレイを差し出した。

    トレイの上には、コーヒーとサンドイッチが乗っていて
    それを見て、チッという顔をしたアッシュに、ローズが怒った。
    「文句があるなら食わなくて良いよ!」
    「とんでもない、とてもありがたいですーーー、感謝ですー。」
    しょせんバテレン人には、日本人の心のふるさと、おにぎりなどという
    芸当は無理っちゅう話だよな
    へっへっへと、腰を低くご機嫌取りをしつつも
    性根は腐りきっているアッシュであった。

    廊下に出ながら、ローズが微笑んで言った。
    「何も心配はいらないよ。
     夕べの事は、あたしがちゃんとカタを付けておいたからさ。」
    それを聞いて、アッシュは忘れていた不安に再び駆られた。
    ああ・・・、私がテキトーに掘った墓穴を
    こいつが丁寧に整備している気がする・・・。

    「んじゃ、あたしはバイオラのとこに行ってくるよ。
     鋏の修理がまだだから、何か調達してこないとね。」
    「あの男の人のコレクションの武器を借りたらどうですか?」
    「男?」
    「ほら、トンファーを持った・・・」
    「ああ、ラムズね。
     何でラムズが武器コレクションをしてるって知ってるんだい?」
    「私がこの状況ならするからです。」
    「・・・なるほど・・・。」

    「とにかく、あたしが戻ってくるまで出掛けたらダメだよ。」
    ローズが念押しをしている時に、よそ見をしていたアッシュが叫んだ。
    『うおっっっ! ジー!!!』

    「何だい?」
    ローズが身構えて振り向く。
    アッシュの視線の先には、黒光りする物体がいた。
    「何だ、ゴキブリかい。」

    ゴキブリがササッとゴミの山に入っていく。
    それを見たアッシュが、そのゴミを掻き分け始めた。
    「ちょっ、あんた、そこまでして退治しても
     ここには山ほどゴキブリがいるんだよ、キリがないだろ、放っときな。」

    ゴミを四方八方に撒き散らしながら、アッシュが叫んだ。
    「ローズさん、今私が叫んだ言葉がわかりましたかー?」
    「へ?」
    「私、何て叫びましたー?」
    「・・・さあ? そういや何か言ったね。」

    「私はとっさに日本語で叫んじゃったんですよー、それも隠語でー。
     日本語では、ゴキブリの呼び方はGOKIBURIなんですー。
     もう、その単語を使いたくないほど嫌いなんで
     頭文字のGで、『ジー』 って言ってるんですー。」
    「へえー、で、そんだけ嫌いなのに何で探すんだい?」

    「あなた、わからなかったでしょー? 私の日本語ー。
     ゴキブリにも、わからなかったんですよー。」
    「普通、虫には人間の言葉はわからないだろうねえ・・・。」
    ローズが呆れたように答えると、アッシュが振り向いて言った。

    「ところが、この虫にはわかったんですよー。 英語がー。
     あなたの “ゴキブリ” の言葉だけに反応したでしょー?」
    「それは考えすぎじゃ・・・?」
    「考えすぎなら考えすぎで良いんですー。
     こんな汚屋敷で、いつでもどこでも一番自然に存在できるのは
     ゴキブリとかネズミですからねー。
     哺乳類より昆虫の方が本物っぽく作れるでしょー?」

    「何を言ってるんだい?」
    「盗聴ですよー。」
    ローズがその言葉を聞いて、笑い始めた。
    「007の話じゃあるまいしーーー、あっはっはっは」
    「あんなおとぎ話と一緒にしないでくださいー。
     私はアキハバラの国の出身なんですよー?
     他国の軍関係者が兵器の部品を買いに来るとこですよー?
     店頭で誘導システムの部品が売られてるんですよー?」

    それを聞いて、ローズが真顔になった。
    「日本って、そんな国だったんかい?」
    「そうですよー! 今じゃ民家に盗聴器や盗撮機械が仕掛けられてて
     住民は一家に1個八木アンテナが必須ですよー。」

    アッシュはムチャクチャ言ってるが
    ローズはそれを真に受けて、考え込んだ。
    確かに相続者の詳しい動向を、主が知る術はないんだよね。
    護衛に告げ口の義務はないんだからさ。

    「あっっっ!!!!!!!!!」
    いきなりのアッシュの絶叫に、ローズの心臓が止まりそうになった。
    「何? 何があったんだい?」
    「壁紙が剥がれてるーーー。」

    ローズは腰が砕けそうだった。
    もう、こいつにはこいつの世界があるようだから放っとこう。
    あたしゃあたしで、自分の用事を済ませる事に専念しよう。
    「はいはい、じゃ、あたしゃ行ってくるねー。」

    しばらく歩いて振り返ると、アッシュが壁紙をゴリゴリと剥いでいた。
    ローズは、アッシュに初めて会った時の感覚を思い出していた。

    こいつ、ヘン。

    続く。

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          ジャンル・やかた 24 09.11.9

  • ジャンル・やかた 22

    アッシュはベッドの中で、天井を見つめていた。

    はあ・・・えらいな大口を叩いてしもうたが、どうすんだよ?
    守るとか戦いをやめるとか、一民間人に出来るわけがねえじゃん
    相続したら、マジどうすんだよ?
    つーか、相続できるかどうかもわからんわけじゃん
    今日殺されるかも知れないんだし
    相続後の事は、相続できてからで良いんじゃね?
    まずは生き残る事を重点に考えるべきだろ
    でも相続してからどうするか考えても遅くね?
    反乱されて即死とかシャレにならんわけだし
    今からでもボチボチ考えておいた方が良くね?
    てか、今まさに命の危機なんだから
    他の事に気を取られてる場合じゃなくね?
    ああー、ほんと何であんなデカい口を叩いたんだか
    こっちはしたくてしてるわけじゃないってのに
    人殺し人殺し連呼されて、すんげームカついたんだよな
    こういうのを墓穴を掘るっちゅーんだよー
    でも、だったらどうすれば良かったわけ?
    すいませんすいませんなわけ?
    襲ってくる方が悪くね? あの女の人も八つ当たりじゃね?
    でも親しい人が殺されたら、そりゃ怒るわな
    気持ちはわかるし
    でも戦争ってそういうもんじゃね?
    そういうのも覚悟して参加すべきじゃん
    てか、私、参加したくてしてるわけじゃねえし
    だったら、さっさと殺されれば、戦闘は終わるわけじゃん
    何でそんなんで私が死なにゃならんのだよ?
    てか、私が死んでも次の相続者が来るわけじゃん
    だったら、とっとと相続して、戦うシステムをなくせば良いんじゃん
    だからそのシステムとか、どうすんだよ、って話じゃん

    アッシュは、勢いに任せて振るった熱弁を、早々に悔いたせいで
    てか、でも、だって、と思考を空転させまくって
    一睡も出来ずに、一晩中悶々としていたのである。

    しかも食堂の方では、夜遅くまでザワついていた。
    自分が言った事に住人たちが反応してるんじゃないか、と思うと
    恐ろしくて、部屋の外に出る気になれない。

    ああ・・・何であんな事を言っちゃったんだろーーー
    アッシュは布団をかぶって、ジタバタもだえ苦しんだ。

    アッシュの想像通り、住人たちの話題はあの事一色だった。
    アッシュが出て行った後の食堂は、しばらく静まり返っていた。
    最初に口を開いたのは、ローズであった。

    「あんたの彼氏を殺したのはあたしだよ、アッシュじゃない。
     恨むんなら、あたしを恨みな。
     だけどね、戦うヤツらは皆、覚悟してやってんだよ。
     自分で決めてやってるんだよ、強制じゃない。
     ま、あんたの気持ちもわかるから
     カタキをとりたいんなら、いつでも受けて立つよ。」

    ローズは立ちすくむ人々を前に、堂々と声を張り上げた。
    「来たいヤツは来ればいいさ。 返り討ちにしてやるよ!
     それがあたしの役目なんだ。」

    再び沈黙の時間が流れた。
    次に口を開いたのは、屈強そうな男だった。
    「そうさ。 それが俺たちの役目だろう。
     恨まれるなんて、筋違いじゃねえか?」
    それが開始の合図であるかのように、人々から次々に言葉がこぼれる。
    「でもやっぱり知り合いが死ぬのは気分の良いもんじゃないだろ。」
    「自分で決めたんだろ。」
    「死ぬつもりでやってるわけじゃねえよ。」
    「死ぬ可能性が充分にあると普通わかるだろう
     そんな事も考えずにやってるなんて、おまえバカか?」
    「何だと、この野郎!」
    「やるんかよ、このクソ野郎が!」

    つかみ合いが始まり場が騒然となった時に、甲高い女性の声が響いた。
    「でも!」
    声の主は、まだ10代らしき可愛い女の子だった。
    「でも、あの人は皆を守る、って言ってました。
     戦わなくて済むようにする、って。」

    「そんなの出来るわけがないだろ。」
    中年女性が失笑しながら、吐き捨てるように言った。
    「まったくガキは夢見がちで目出度いさね。
     ここはずーーーっと、こういうしきたりなんだよ。
     ずーーーーーっと、そうやってやってきたんだ。
     それを変えるなんて、何も知らないよそ者のたわごとさね。」

    「そうじゃ。 ここはずっとそれでやってきた。」
    老人が部屋の中央に進み出た。
    「主は全員よそ者じゃったのに、変えるなんて言ったヤツはおらんよ。」

    老人のその言葉は、賛同とも批判とも取れるので
    全員が次の言葉が見つからず、黙りこくってしまった。
    食堂の中はおろか、廊下にまで人が溢れていた。
    騒ぎを聞きつけて、南館からも住人が集まってきていたのだ。

    続く。

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          ジャンル・やかた 23 09.11.5

  • ジャンル・やかた 21

    目が覚めた時は、もう昼だった。
    着の身着のままで寝ていた自分に、激しく驚いた。
    普段のアッシュなら、どんなに疲れていても絶対にしない
    いや、出来ない行為である。
    着替えずに寝るなど、気持ち悪くて逆に眠れない。
    それがここ数日で、2度もやっているのである。

    ああ・・・、何か私の中で色々と芽生えてる気がする・・・。
    いつもの型通りの自分の殻を打ち破った気分になり
    ちょっと嬉しかったりするが、とりあえず風呂に駆け込んだ。

    お手入れしまくって、クリーム塗りたくりの
    ツヤツヤを通り越してテラテラの顔で、アッシュは食堂にいた。
    夕食に近い時間の朝食なので、結構混んでいるのに
    アッシュの周りだけ空間が出来ていた。

    ここではいつもこんな調子で、遠巻きにされているのだが
    それをアッシュ自身が好んでいた。

    覇者は孤高でないと!
    そう思いつつ、ボロボロ食いこぼしているアッシュの前に
    若い女性がツカツカと一直線に歩み寄ってきた。

    「・・・が死んだわ。」
    え? 誰? と、肝心な部分を聞き逃した間の悪いアッシュは
    目を丸くして、女性の顔を見つめたまま固まった。

    「あんたのせいよ、この人殺し!!!」
    その言葉を聞き、戦った相手の中にこの女性の親しい誰かがいて
    その人がその傷が元で死んだのだ、とアッシュは悟った。

    女性は涙をボロボロこぼしながら、悲鳴に近い声を上げた。
    「相続者なんて言っても、結局人殺しじゃないの!
     人を殺してまで、この館が欲しいの? この人殺し!!!」

    女性の語尾が響くような凍った景色のごとく静まり返った中で
    しばらく女性を凝視していたアッシュが、ゆっくりと立ち上がった。

    アッシュが低音で話し始めた。
    「まずは、お知り合いのご冥福をお祈り申し上げますー。」
    女性がカッと顔を赤らめて、怒鳴った。
    「だったら何故こんな」

    その声をさえぎる大声で、アッシュは続けた。
    「この度は! 本当に! 残念な事だと思いますー!」

    そこまで言うと、また声を抑えて語るように話し始めた。
    「私にとっても今起こっている出来事は、非常に不本意ですー。
     あなたと同じように、私もまた “何故こんな” と思っていますー。
     本当に戦いたくなどありませんー。
     だけど、ひとつだけ言える事がありますー。
     私は自分を守るために、襲ってくる人には今後も立ち向かいますー。
     そして私の大切な人も、何をしても守りますー。」

    アッシュは、周囲を見回しひとりひとりの顔を見つめた。
    「あなたは私を襲ってきますかー? それとも助けてくれますかー?
     もし助けてくれるのなら、あなたは私の大切な人になりますー。
     私もこの命を投げ出してでも守りますー。」

    どうですか? と、確認するかのように人々の目を見る。
    誰ひとり口を開く者はいず、身動きひとつ取れない雰囲気が漂う。

    「そして、もし私が相続できたとしたら
     もう二度とこんな残酷な方法は取りませんー。
     この館の住人全員が、私の大切な人になるからですー。
     大切な人を、もう失いたくはありませんー。
     もう二度と彼女のような “被害者” も出したくないのですー。」

    あなたも同じ気持ちだと思います、と
    泣き続ける女性を見つめて、アッシュは言った。

    「本当に申し訳ありませんでしたー。
     心からお悔やみを申し上げますー。」
    深々と一礼した後、女性の反応も確かめずアッシュは食堂を出た。
    立ち去るときに、集まってきた群衆の中にローズを見つけたけど
    一瞥しただけで、無言ですれ違った。

    言いたい事を上手く言えなかっただけじゃなく
    焦って妙な約束まで持ち出した自分が腹立たしく
    自分の部屋へと、足早に歩き続けた。

    食堂の中がまだ静まり返っているのを、背後で感じながら。

    続く。

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          ジャンル・やかた 22 09.11.2

  • ジャンル・やかた 20

    よく推理小説なんかで、ダイイングメッセージとかあるけど
    何でわざわざわかりにくくするんやら。
    兄の残した1枚の写真を眺めながら、アッシュはイラ立っていた。

    答、それは明らかにわかりやすいと、証拠隠滅されるからでーす。
    って言うけど、現実問題、わかりにくいなら意味なくね?

    気を取り直して、アッシュは推理に入った。
    何で写真の裏に日本語で書き残したか?
    私に宛ててだからだろうけど、そんなヒント、見つかったら没収だよね。
    と言う事は、やっぱりこの写真自体が、重要なヒントなんだ。
    裏に何を書き残そうが、即没収クラスの。

    でも、そしたら詳しく書いても良いはず。
    うーん、ギリオッケーみたいなライン?

    アッシュは改めて写真の館を見つめた。
    これ、この館に似てるけど違う建物だよね。
    この写真の館は、2階建てだし小さい。
    あっ、もしや、敷地内に別建物があって、そこに主がいる?

    うわあーーーーー、それは反則だろーーーーーーーー。
    アッシュはバッタリとベッドに倒れこんだ。
    しかし、頭の中ではグルグルと考えが渦を巻いている。

    ・・・・・・・・・もしかして、こっから見えない角度に
    この写真の建物があって、通路で繋がってるとか?
    だったら、それがあるのは北側じゃないよね?
    死角の南側で、南館のどっかから行けるんじゃないの?
    それじゃあ、北館に滞在すると激しく不利になるんだけど・・・。

    でも、この言葉はどういう意味?
    歴史と伝統
    確かにここらへんの人、重要視してるよね、歴史と伝統。
    で、それが何なんだ?

    うーん、答、出ないっぽいー。
    とりあえず今日からは南に集中するか。
    考えようによっちゃ、候補が半分に絞られたわけだし
    お兄ちゃんありがとう、だよ。

    でも私なら、もちっとわかりやすく残すけどね、ふん。
    アッシュは、よっこらしょ、と起き上がった。

    探すべきは、南館の1F、2F、5F、6F
    の、一番南側の壁及び部屋。

    「ローズさん、明日は南館の2Fにレッツゴーですわよーーー!」
    アッシュはローズの部屋のドアを勢いよく開けて叫んだ。
    日本人にはノックの習性はない。 ふすま、紙だし。

    数時間後、ベッドに突っ伏したアッシュは溜め息を付いた。

    今日の南館2階は、敵の出が激しかった。
    そのせいで奥まで行かない内に、ローズの鋏が壊れ
    不本意でも、引き返さざるを得なかった。
    それも、かなりの危機一髪で。

    あんだけ敵が出るってのは、本丸に近いって証拠のようなもんだよな。
    もう一度、南館の2階の残りに行かなければ。
    鋏の修理は、バイオラが張り切っていたし
    もし何とかいう兄ちゃんが三節棍を持ってきたら
    バトルマスター・ローズに使いこなしてもらおう。

    アッシュは人の名前と顔を、まったく覚えられないので注釈するが
    “何とかいう兄ちゃん” とは、ラムズの事である。

    アッシュは、あまりの疲労にそのままベッドで爆睡した。

    続く。

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  • ジャンル・やかた 19

    昨日は、やたら敵が多かったよなあ。
    あんなん続くんなら、ほんと死ぬぜ。

    あの後、北館2階を一周したのだが、敵が3回も出没したのである。
    宣言通り、アッシュはキャーキャー言って逃げ回り
    ローズがひとりで戦って、無事に生還できたわけだ。

    ローズさん、すげえつえー。
    ローズが守護者になった自分は、激しく運が良かった事に気付いた。

    どんなに横柄でも、あんだけ強けりゃオッケーだよね。
    問題は私の方なんだよねー、足手まといになってるだけでさー。
    平安京エイリアンだって、時間が経つと敵大量投入されるし
    こんなんじゃ、マジで寿命カウントダウン始まっちゃってるよー。

    結果が出せないと、どんどんマイナス思考になっていく。
    今日、何をすれば良いのかも思いつかず、体が動かない。

    その時、ベッドに寝転んでいたアッシュの目に
    ふと足元側に積み上げられている雑誌や本の山が映った。

    書籍類は床に直置きされていて、それが1mぐらいの高さになっている。
    中学ん時、布団の足元に本棚を置いといたら
    それが寝てる時に倒れてきたんだよなあ。
    冬で布団の重ね掛けをしてたから、ケガこそなかったものの
    あれはスーパービックリ アーンド激痛だったよなあ。
    これ、よく倒れないよな、危ないよなあ。

    書籍の山をボンヤリ見上げていた目を、ふと下ろした瞬間
    見覚えのある背表紙が目に飛び込んできた。

    「レ、ペ・・・ペ・・・ペチット プ・・・プリンス!」

    この読み方、絶対に違うと思うけど、これ、“星の王子さま” だよね?
    この本、私が子供の頃読んで、何か知らんが悲しくて悲しくて泣いて
    何でこんな内容で泣くの? 頭がおかしいんじゃない? って
    家族全員にバカにされて笑われた本じゃん。
    あの当時の私は、ほんとわけわからん心の機微を持ってたよなあ。

    じゃなくて!
    この本、ここに寝転ばないと気付かないんじゃねえ?
    しかも (イヤな) 思い出の本。
    これは次に必ず来るであろう私に兄が残したものじゃねえ?
    うわ、よりによって何でこの本をーーー、じゃなくて!

    そうか、これがあるからローズさんに私の護衛を頼んだんだ。
    このフロアにローズさんの部屋がある限り
    次の私も絶対にこの部屋を割り当てられるから。
    すげえぜ、兄貴、やっぱり考えてたんじゃん!

    アッシュは力任せに、本を山から引き抜こうとした。
    そんなザツな事をしたら、ザツな結果になるわけで
    本は将棋崩しの駒のように崩れ落ち、アッシュに降り注いだ。

    本のカドが当たると、とても痛い。 雑誌でもとても痛い。
    しかもそれの連続攻撃に、アッシュは兄を目一杯恨んだ。

    アッシュの真の敗因は、将棋崩しとか、砂山の棒倒しとか
    そういう慎重な動作を要求されるゲームは
    大の苦手で、勝ち知らずなところにあったのに。 じゃなくて!

    “激痛にのたうち回る”
    アッシュの人生では幾度となく繰り返される光景だ。
    昨日の警棒の跡も、ひどく腫れている。

    あーもう、いっつもいつも!
    いい加減、学習してくれよ、私の衝動はよー!!!
    書籍類を積み重ねたヤツのせいにしないところは、割と正義。

    痛みが治まると、アッシュは散らばった本を片付け始めた。
    おいおい、それよりさっさと肝心の本を見た方が良いんじゃないのか?
    と突っ込みたくなるが、アッシュの性格はこうなのだ。

    サイズに合わせて、積み直された本を満足気に見たのち
    ようやくアッシュは、問題の本をめくった。

    ・・・中、全部英語・・・。
    イヤミなとこがある兄貴だったもんなあ。
    はあ・・・と落胆しながらも、メモなどがないか
    パラパラとページをめくる。

    と、途中のページに写真が挟まっている。
    セピア色になった古い白黒写真である。

    写真は、野原に建つ1軒の館だった。
    これ、この館・・・?
    でも何か違うような・・・???

    写真の裏を見ると、歴史と伝統 と万年筆で書いてある。
    その極太の線は、兄が好んで使用していた万年筆で
    特徴のある字体も、間違いなく兄の筆跡である。

    ああ、やっぱり、この本は兄貴セッティングだー!!!
    アッシュの心臓がドクンと一度高鳴り
    頭のてっぺんに体中の何かが集まる感覚がして、涙が出そうになった。

    色々と言葉が脳裏をよぎったが、それを確認すると
    感情が爆発して崩れ落ちそうになるので
    あえて無視をし、冷静に分析をする事を選ぶ。

    が、アッシュは頭を抱えた。

    続く。

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          ジャンル・やかた 20 09.10.27

  • ジャンル・やかた 18

    「さあ、ローズさんからものすごーーーく褒められて
     やる気が出たんで、ちゃっちゃと行きましょかねー。」

    アッシュがイヤミっぽく冗談を言いつつ、廊下を歩いて行く。
    ドアのひとつひとつをへっぴり腰で覗いていた時とは大違いである。
    ほんの一日二日で・・・。 この変化は進歩なんだろうか?

    アッシュの変わりようを、“成長” と喜びつつも
    初めて出会ったようなこの人物を、どうしてもいぶかしんでしまうローズ。

    「ちょっ、あんた、そんなにスタスタ行くと」
    危ない、と言おうとしたその瞬間、案の定ドアが勢い良く開いた。
    走り出て来た人影は、アッシュに向かって叫んだ。

    「あたしが殺ってや」 ジャキッゴスッ
    アッシュが素早く警棒を出し、女の首筋に振り下ろした。
    先日のローズのように。

    よろける女性に鋏を突き刺すローズの背後で、アッシュが騒いだ。
    「いっっってええええええええええええええええ!
     ほんとに痛ええええええええええええええええええええ!」

    警棒をはめた右腕を抱えながら、うずくまるアッシュ。
    「警棒がね、こう、ね、骨に、ゴリッと、痛みがね、うううーーーーー」

    ああああ・・・、もう本当に始末に終えないヤツだね
    冷ややかな目ながらも、アッシュの警棒を外してあげるローズ。
    「殴るのも殴られるのも、同じに痛いんだよ。」

    そうだよね、人を本気で殴るなど、一生経験しない人も多いもんね
    武器で殴っても、こんなに痛みが伝わってくるんだ・・・
    映画なんか、平気で殴り合いしてるけど
    あんなん、よっぽど鍛えてないと無理なんじゃん。

    しばらくのたうち回っていたアッシュだったが
    フラフラと立ち上がり、涙に濡れた瞳でローズを見つめた。
    「ローズさん、1発で何なんですけど、私やっぱり戦闘ムリですー。
     すっげー痛いですー。
     骨にヒビぐらい入っとるかも知れませんー。
     よって、今後のバトルは全逃げに徹しますー。
     つまり、あとよろー、って事ですー。 良いですかー?」

    「えらいあっさりと諦めるのもどうかとは思うんだけど
     その方があたしもやりやすいし、それで良いよ。」
    「お互いに得意分野で勝負しましょう、って話ですよねー。」

    あんたに得意分野ってあるんかい、と、ここで突っ込めば
    アッシュの良いカモになれたんだが
    ローズはアッシュの軽口はとことん無視に回っていた。
    その態度は結構、正解だった。
    アッシュをそれ以上、見下す事態にならないで済むからである。

    「じゃ、この階をグルッと一周お願いしますー。
     私は後ろから付いて行きますんで。
     あ、ドア全部開けつつ、どうかなにとぞー。」

    イラッとしながら歩き出したローズの背中に
    倒れている女を見ないよう、アッシュがぴったりと張り付く。
    「うっとうしいねえ、もちっと離れな。」
    へへ、とアッシュが笑った。

    可愛いと思えなくもないんだけど、何だろね、このカンに障る感じは。
    その突拍子もない言動で、得体が知れない印象を与えるアッシュだが
    ローズの感じる違和感は、アッシュの持つ闇を敏感に察知していた。
    ローズは正に、常に生き残れる兵士の感覚を備えていたのである。

    続く。

    関連記事: ジャンル・やかた 17 09.10.15
          ジャンル・やかた 19 09.10.19

  • ジャンル・やかた 17

    ふたりがやってきたのは、北館2階である。

    確かにここはまだ調べていないけど
    この前1戦目で逃げ帰ったのに、大丈夫かねえ。
    心配するローズに、アッシュが振り返ってドアを指差す。
    その目は前回とは違い、力強い光が宿っていた。

    ローズがうなずくと、アッシュはドアの横の壁を背にして
    左手を伸ばしてドアを静かに開けた。

    部屋の中は無人であった。
    アッシュは全体を見回すと、さっさと隣の部屋のドアの前に移動し
    またローズの目を見て、無言でドアを指差す。

    まるで別人のようだね・・・。
    ローズは不思議だった。
    この2日間で、何故こうまで変われるのかわからない。

    ローズの目には、“変わった” と映るだろうが
    ふたりが出会った瞬間に、アッシュはパニックを起こしていたので
    それが正確な表現なのかは定かではなかった。

    2つ目の部屋も3つ目の部屋も、人の気配はなかった。
    4つ目の部屋の中に立ったアッシュは言った。
    「このエリアは色んな作業をする部屋ですよねえー?
     普段は人が仕事をしているんでしょー?
     それが誰もいない、って事はー・・・」

    「ここが今日のバトルエリアってこった。」
    急に男性の声がしたので、アッシュは飛び上がった。
    「うおっ、びっくりしたああああああ!!!!!」
    あ、やっぱり変わってない・・・、とローズは思った。
    それが嬉しくもあり、残念でもあるのは
    ローズの方が、変わりつつあるのかも知れない。

    アッシュは男を睨みながら腕を振った。
    シャシャッガッと音がして、警棒が伸びた。
    その様子が我ながら格好良すぎて、アッシュはついついニヤついた。

    「おっ、警棒かい、マニアだね。」
    「いやー、マニアってほどじゃないですよー。 えへへー。」
    「俺の武器はこれだぜ。」
    男が差し出した武器を見て、アッシュは驚いた。
    木の棒に、直角に取っ手が付いている。

    「あっ、トンファー!」
    「ほお、知ってるのかい?
     カンフー映画で観て、自分で作ってみたんだ。」
    「手作りですかー? えー、すっげーーーーー!
     じゃ、三節棍とか作れますー?」
    「あー、あれねー。 うん、作れると思う。」
    「私、中国で行われた少林寺拳法の大会をTVで観たんですけど
     三節棍使いが優勝してた記憶があるんですよねー。」
    「えっ? そうなのか? 
     確かにこれ、ちょっと使いづらいし、んじゃあそっちにしてみようかな。」
    「あれ、絶対に便利だと思うー。 相手との距離幅の融通も利くしー。」
    「あんたのそれも面白いな。 腕にくっついてんのかい?」
    「そうなんですよー、格好良くないですかー?
     こう、シャキーンと出して・・・、あれ? 引っ込まないー。」
    「ああ、それ垂直に押さないと引っ込まないんだよ
     コツがいるんだ。 ちょっと貸してみい。」

    「こうやって真っ直ぐコンコンと・・・」
    と、男が実践し
    「うわ、難しそうーーー」
    と不安がるアッシュに、アームのベルトをはめてやる。
    「慣れれば、すぐ引っ込められるようになるよ。」

    妙になごやかな雰囲気のふたりを見て
    イライラしていたローズは男に鋏の先を向けながら、怒った。
    「ちょっと、あんたら、何を仲良くやってんだい。 さっさとやるよ!」
    「あ、俺、やらねえ。」
    「はあ?」
    「やっぱ話すとダメだな。 話が合ったりすると特にな。
     俺はリタイアするよ。 嬢ちゃん頑張んな。」
    「あ、あ、ちょっと待って、三節棍、作ってもらえませんかー?」
    「オッケ、出来たら貸すよ。 俺は4階に住むラムズってもんだ。」
    「ありがとうーーー。」

    にこやかに手を振るアッシュを見ながら
    怒るべきか、無視するべきか、ローズは迷っていた。
    ラムズは普段から気の良いヤツで、ローズも戦いたくはなかったので
    結果としては良かったのだが、それは運が良かっただけ。
    あのように、すぐに無防備になられたら困る。

    迷ったあげくにローズの口から出た言葉は、自分でも以外だった。
    「嬢ちゃん?」
    そうなんですよー! と、アッシュはエキサイトした。

    「東洋人が若く見られるのは話には聞いてたけど
     まさか、ここまでとは思いませんでしたよー。
     そりゃ私は日本人同士でも若く見られてたけどー。」
     
    天狗になろうとしているアッシュの鼻を、ローズはさっさとへし折った。
    「ふん、人前でビービー泣くから、ガキだと思われてんだよ!」
    「あっ・・・、そうだったんですかー・・・。」

    見るからにガックリきているアッシュの、うつむいた横顔に
    すぐ顔に出すのがガキの証拠なんだよ、と思ったが
    ここで落ち込まれると、また面倒なので
    何か良い慰めの言葉でもないか、と捜していると
    アッシュがローズの顔を見て言った。

    「ローズさん、私、褒められて伸びるタイプなんですー。
     と言うか、褒められないと絶対に伸びないタイプなんですー。
     ウソへったくろでも良いから、とにかく褒めといてくださいー。」

    これはジャパニーズジョークなのか? と、一瞬疑ったが
    アッシュの真っ直ぐな瞳に、心の底から真面目に言ってると気付き
    激しい動揺を隠すがごとく、こぶしでアッシュの脳天をゴツンと叩いた。

    ローズの鉄拳は、結構痛いものがあったが
    大人しく後ろを付いて行ったのは
    部屋を出るローズの背中が、怒りに燃えていたからである。

    うちの親戚連中もこんなやってすぐ怒るしなあ
    アッシュは、自分の言動がある種の人間にとって
    ガラスに爪を立てる行為と似たようなものだとは気付いていなかった。

    その、“ある種の人間” とは
    アッシュを心配してくれる人々である事も。

    続く。

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          ジャンル・やかた 18 09.10.19

  • ジャンル・やかた 16

    珍しく朝早く起きたアッシュの目に留まったのは、テーブルの上のメモ。
    どうやらローズは、アッシュが寝ている真っ最中の部屋に
    自由に出入り出来る神経を会得したようである。
    こんな危険な館で、気付かず爆睡してる方もどうなんやら、だが。

    読み書きが苦手なアッシュは、最後の署名だけ見て
    とりあえずローズの部屋に行けば良いや、と流した。
    そしてその受け流しは、アッシュにとっては滅多にない正解だった。

    ローズの部屋に行くと、見知らぬ女性がいた。
    「あたしの姉のバイオラだよ。 鍛冶屋みたいなもんをやってる。」
    「かかかかかかか鍛冶屋ーーーーーっ?  !!!!!」
    RPG好きのアッシュの心は、狂おしくときめいた。

    ソワソワと嬉しそうに握手をするアッシュ。
    とまどうバイオラの耳元で、ローズが囁く。
    「その動揺はわかるけど、さしたる害はないから大丈夫。」

    「でね、あんたに武器を見つくろってきたんだよ。
     いやあ、大変だったよ、作るのはさあ。
     図書館で勉強をしたのは久しぶりだったよ。
     日本人という事だから、やっぱり使い慣れた武器が良いだろ?」

    バイオラは布包みを開いた。
    「どうだい、ザ・シュリケーーーン!」

    「一体いつの時代の本をー・・・?」
    アッシュは青ざめた。
    しかもその手裏剣は、ブ厚い上に直径15cmぐらいあって
    投げるどころか、重くて持てない。

    「これ、試しに投げてみてくださいよーーー。」
    アッシュにうながされバイオラが投げると、手裏剣は手を離れた途端
    急降下して、30cm先の床にドスッと刺さった
    「ああああああああああ、あたしのラグがーーーーー!」
    ローズが悲鳴を上げた。
    「こっ・・・これはアキスミンスターの骨董ものなんだよ!」

    「あはは、ごめんごめん、ちょっと使いにくかったね。
     じゃあ、こっちの鎖鎌はどうだい?」
    鉄球から1mほどの太い鎖が伸びていて、先には鎌が付いている。
    「サムライの日本刀は知ってるけどさ
     あれを作るのには、かなりの時間が掛かると思うんだよね。
     その点、このニンジャ武器ならある材料で作れるしさ。」

    バイオラなら、ツヴァイハンダーのような日本刀を作るに違いない
    中腰で、直径10cmの鉄球を両手でやっと持ち上げたアッシュは
    泣きそうな目でローズを見つめた。
    ローズはラグの穴をさすりながら、バイオラを睨む。

    バイオラは豪快に笑った。
    「あはははは、冗談だよ、冗談。
     こんな重いものを戦闘で使えるわけがない。」
    そう言いつつも、急に真顔になって溜め息を付いた。
    「・・・持って来る時に気付いたんだがね・・・。」

    「あ、あのですねー、手軽に警棒とか、ないですかー?
     アルミかなんかの軽いので、3段に伸びて
     腕に取り付けられるようなんが良いんですがー。」

    「警棒ならあるけど、腕に取り付けるって?」
    ローズが持ってきた警棒で、身振り手振り説明をする。
    「ほら、ここに警棒付きのアームカバーをして
     腕を振ると、警棒がジャキジャキンって伸びるのー。」
    「へえ、それ良いアイディアだね。
     すぐに出来そうだから、ちょっと急ぎ作ってくるよ。」

    バイオラの背中に向かって、アッシュが懇願の叫びを上げた。
    「軽いのをー! とにかく軽いのをーーーーーーっ!」

    バイオラが部屋から走り出て行った後
    ローズを睨んで、アッシュがイヤミっぽく言った。
    「うちら兄妹を変人扱いするだけあって
     えらいマトモなお姉さまをお持ちでー。」
    「うるさいね! あの人は武器防具になるとああなんだよ。」

    「どうするんですかー? この床が抜け落ちそうな重さの鎖鎌ー。」
    「持って帰らせるよ。 しかしこれ、バイオラ、よく持ってこれたよねえ。」
    「怪力姉妹ですねえー。」
    「・・・否定はしないけど、ちょっとムカつくね。」

    「とりあえず武器待ちですかー? だったら何か食べませんー?
     私、朝食まだなんですよー。」
    「スコーンやパウンドケーキ程度ならあるけど、それで良いかい?」
    「わーい、そういうのが良いんですー。」

    お茶の用意を一切手伝わないアッシュを
    ローズはまったく気にしない。
    あたしの大事なティーセットを割られたら大変だしね。

    「そういや、あんた、食堂で皆に慰められたらしいね。
     良かったじゃないか。
     でも、よく思ってないヤツもいるよ、気をつけな。」
    「5人に好かれりゃ5人に嫌われる、ってのが世の摂理ですもんねー。」
    「・・・あんた、時々ものすごく図太いよねえ。」
    「えへへー、恐れ入りますー。」
    「褒めてるわけじゃないんだけどねえ。」

    お茶やらケーキやらクッキーを食べながら、たわいもない話をした。
    「何か、私ら、いっつもお茶してませんー?」
    「あんたの国はどうだか知らないけど、この国はそういう習慣なんだよ。
     何かあれば、お茶お茶さ。」
    「そういや、私の国にも茶道ってありますけど
     お茶って全世界共通の交流の儀式なんですねえー。」

    どこにでもある、昼下がりのお茶会の風景だったが
    そんな悠長な事をしている場合ではないのは、ふたりともわかっていた。
    館攻略は、まだ1mmも進んでいないのだ。

    3時間ほどで、バイオラが戻ってきた。
    望み通りのアームガード付き3段警棒を持って。

    アームガードは皮で作られていて、肘から手首手前までの長さ。
    警棒は、その外側にベルトで固定されており
    腕に固定するベルトが、更に3本付いている。

    しばらく3人でその武器をいじくり回して、キャアキャアはしゃいでいた。
    これも対象物が武器じゃなかったら、微笑ましい光景なのだが
    この世界全体が歪んでいるので、萌えアイテムも微妙に危ない。

    アッシュがアームガードを腕に巻き、言った。
    「さあ、出陣しましょうー!」

    続く。

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          ジャンル・やかた 17 09.10.15

  • ジャンル・やかた 15

    目覚めたのは、翌日の夕方だった。
    昨日は何時に寝たのかわからなかったが
    確実に1日以上、眠りこけていたらしい。

    ズキズキと痛む頭でベッドに座っていると
    ドアがわずかに開き、目が覗き込んだ。
    「うわっ!」
    一瞬驚いたが、すぐにローズだとわかった。

    「あんた、よく寝ていたよ。 もう大丈夫かい?」
    という言葉で、ローズが何度も様子を見に来てくれていた事がわかる。
    そういう人を裏切れるか?
    もうイヤだと言って、失望させられるか?

    アッシュはベッドの上で土下座をした。
    「見苦しいとこを見せて、本当に申し訳ございませんでしたー・・・。」
    「いや、あんな場合はしょうがないよ。」
    ローズが慰めると、アッシュが懇願した。

    「でも、昨日のような事はもうイヤですー。
     それを上に伝えてくれませんかー?
     私、子供、大っっっ嫌いですけど、たとえ危険な子供でも
     暴力を加えるなど、考えたくもありませんー。 お願いしますー。」

    再びお辞儀をするアッシュに、ローズは言った。
    「上に言っとくよ。
     今回の事で、上も判断がついただろうしね。
     ただこれ以降は、手だれが襲ってくると思うよ。
     あたしは武器の調達をするから、あんたは今日も体を休めときな。
     飯を食って、風呂にも入って、洗濯もすれば良い。」

    「では、お言葉に甘えますー。」
    アッシュが入浴の用意を始めたのを見届け、ローズは部屋を出て行った。

    風呂に入っても、洗濯室に行っても
    アッシュの脳裏から、やられた敵の姿がうめき声が離れない。

    洗濯物を乾燥までセットして、食堂に行った。
    食欲がなあ・・・と、カウンター上に並んだ料理を見ると
    何と、炊いたご飯がボウルに山盛りになっていた。

    「ああーーーーーっ、これーーーーーーーっっっ!」
    ホカホカご飯を見つけたアッシュの目に、涙が溢れてきた。
    「許可が出て良かったね、嬢ちゃん。」
    ニコニコして声を掛けてきたウエイトレスに
    「ありがとうーーー」
    と、アッシュは号泣した。

    ショック続きで、涙腺が緩んでいたのもあって
    単に泣きグセがついていただけだが
    それが、人々の目には純粋に映っていた。
    これは割とラッキータイムである。

    ヒックヒック言いながら、ご飯と卵を食うアッシュに、周囲が
    「大変そうだね。」「頑張るんだよ。」
    と、チヤホヤと声を掛けてくれる。

    周囲のこの応対の変化が不思議ではあったが
    今のアッシュには、自分への強い肯定に思えた。

    「そのライス、ニッポンではパンと同じと考えるらしいぜ。」
    「ニッポンフードって太らないらしいね。」
    「そうそう。 ニッポン人は皆痩せてるんだって。」
    「美味しくて健康にも良いらしいよ。」

    あちこちのテーブルで、ご飯を試しながら盛り上がっている。
    「食べてみたいねー、ニッポンフード。」
    「街じゃ高級レストランでしか食えないしね。」
    「嬢ちゃん、料理人に食べやすいニッポンフードをリクエストしてくれよ。」
    この食堂が和気藹々とするのは、珍しい事であった。

    「皆ありがとうー、これからも精一杯頑張りますー。」
    と、おまえは一体どこのアイドルだよ? みたいに手を振りながら
    食堂を出るアッシュを、何個もの暖かい目が見送った。

    部屋に戻ったアッシュの目には、力強い光が宿っていた。
    私、何を悲劇ぶっていたんだろう?
    人が次々に死傷するのを見た衝撃で、自分を見失ってたとしか思えない。

    私は一応善人だけど、元々平和主義者ではなかったじゃないか。
    何もせずに死ぬのなんて、冗談じゃない。
    こっちから喜んで殺して回ってるわけじゃなし
    殺しに来たのなら、殺して帰すのは当然じゃん。

    兄ちゃんは安らかに眠れ。
    どんなに罪悪感にさいなまれようが、死んでしまったら終わり。
    私は生き残って、それを乗り越える!

    アッシュは勢い付いて、かなり非道な思考を展開させていた。
    確かにこの状況の自己正当化は、この類の考えしかない。
    が、同時に他の部分でモヤモヤとしていた。

    ・・・・・・・・何か忘れてるような・・・・・・・
    あっっっっっ、洗濯!

    慌てて洗濯室に向かったら、食堂ではまだ日本食の話題をしていた。
    「スシ、テンプラ、スキヤキ、だろ?」
    「無知だね、それは観光用の “ワショク” って言うんだよ。
     ニッポン人が普段から食べているのが
     健康に良いニッポンフードなんだよ。」
    「ショウユ、ミソ、アンコ、って言う調味料を使うんだろ。」

    ああーーーっ、微妙に惜しい! と思いつつ
    食堂の前を素通りし、洗濯物を抱えて部屋に戻った。

    アッシュはこの館に来て初めて、ゆっくりと眠る事が出来た。

    続く。

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          ジャンル・やかた 16 09.10.13