カテゴリー: やかたシリーズ

  • ジャンル・やかた 14

    体が重くて、アッシュは中々ベッドから起き上がれずにいた。

    夕べは睡眠導入剤だけじゃ眠れなくて、安定剤も飲んだしなあ
    そんな薬の飲み方をしたら、すっげー体がダルいんだよなー。
    アッシュはそう判断したが、心身ともに疲れているのが原因だった。

    兄ちゃん、お酒に逃げていたんかもな。
    ああー、酒飲みの気持ちがちょっとわかる気がするー。
    戦いのストレスは、アッシュの想像以上に大きく
    無意識にそれを認める考えをしていた。

    アッシュは飲酒はしないが、薬に逃げるタイプである。
    薬好きで、専用のポーチを持ち歩いている。
    だがアッシュはオーバードースは決してしない。
    薬は気合いで効かせるもの、適量で効かなければすっぱり諦める
    それがアッシュの信念だった。

    アッシュは全体的に、“信念の人” であるが
    それが自分を追い詰める作用をする事も、多々あったのは悲劇である。
    いや、本当の悲劇はこれから始まろうとしているのだ。

    今日はこっちの4階と2階に行かなければ・・・
    重い体を起こして、アッシュは顔を洗いに向かった。

    考えに考えて出したやり方は、結局各階を巡る、という
    ごく普通の方法であった。

    地下の設備に近い場所に、本拠地を構えるのが普通だと思うんだが
    ペントハウスってのは最上階にあるもので
    VIPはそういうとこに住まないか?
    あるいはそんな推理を見越して、中途半端な階に据えるかも知れない。

    考えれば考えるほど、“もしも” のワナにハマっていくので
    短気を起こして、シラミ潰しの方法を選んでしまったのは
    過去の相続者と同じ道をたどっているという事に
    アッシュは気付いていない。
    正直、アッシュはアホウであった。

    北側4階の部屋のドアを開けて良いか、ローズに訊ねて
    南側と同様に断られ、そこが居住区だと確認できたアッシュは
    娯楽室だけを覗き、2階に向かおうと提案した。

    娯楽室にいた2人の男性の目付きから
    皆のアッシュを見る目が変化している事を知ったローズはさえぎった。
    「ちょっと待ちな。 2階に行く前に私の部屋に寄ろう。」

    ローズはアッシュをソファーに座らせて、寝室の棚を漁った。
    「これしかないけど、とりあえず持っときな。」
    手渡されたものを見て、アッシュは喜んだ。
    「すっげー、これ鉄板ガード入りじゃないですかー。
     ハードグローブってやつでしょー?」

    「あんた、妙に詳しそうだね。」
    ローズが呆れ気味に言うと、アッシュがムッとした。
    「一般常識ですよー、これ、スワットの標準装備なんですよー?」
    「・・・知らないよ、そんな事・・・。」

    ローズのつぶやきを意に介さずに、そそくさとグローブをはめ
    手を振り回しながらアッシュが言った。
    「うわ、鉄板って重いですねー。 私の筋力じゃ無理かもー。
     パンチのスピードがまったく出ないー。
     ま、ヌルいパンチだから重みが出た方が良いのかもだけどー。」

    数回素振りをしただけで
    「ああ・・・、もう腕が上がらないかもー。」
    と、ソファーに倒れ込むアッシュに、情けなさを感じるローズであった。

    2階に下りて行き、ドアを開けて良いか訪ねた時の
    気をつけな、の返事に、来るべき時が来た、と
    アッシュは心臓がドクンと鳴ったのを感じた。

    手が震えて、ドアレバーを上手く掴めない。
    ローズが見かねて、手を添えてドアをそっと開けた。

    部屋の中央に小さい影が見えた。
    それは手に包丁を持った子供の姿だった。
    アッシュがフリーズする間もなく、ローズが部屋に駆け込み
    それがどういう展開を意味するのか、理解したアッシュは
    とっさに部屋の前から離れた。

    物音がして、出てきたローズにアッシュは非難の目を向けた。
    ローズはわかっていたかのように、それを見るでもなく怒鳴った。

    「よく聞きな、しょうがないんだよ、敵である限り!
     子供が一番恐いんだよ、わかるかい?
     天使のような表情で同情を誘って、ブッスリだ。
     あいつらは小さな体でどこにでも潜める。
     テーブルの下に隠れて、膝の裏を斬られるかも知れないんだよ。
     やらなきゃ、こっちがやられる。
     現実は理想とはまったく違うんだよ!」

    それでもアッシュの表情は変わらなかった。
    ローズは溜め息を付いて、語りかけるように続けた。
    「殺しちゃいないよ。
     殺す必要はないんだ。
     そりゃ運が悪けりゃ死ぬかも知れないけど
     その時に戦闘続行不能にすれば良いんだよ。
     今までの戦いだって、死んだのは最初の男だけなんだよ。」

    アッシュは無言でローズを見つめていたが
    自分にローズを非難する資格はない事は、よくわかっていた。
    だったら自分のこの態度は、ローズにとって酷い行いである。

    そこまでわかっていても、どっかに何かが引っ掛かっていて
    それがアッシュの心臓を締め付けているのだ。

    無抵抗で死ぬ・・・・・?

    以前にローズが怒った時に言った言葉が、アッシュの脳裏に浮かんだ。
    果たしてその決断が出来るのか、迷っていた。

    その時に横で動く影が見えた。
    ローズとアッシュが、同時にその方向を見た。

    少女が立っていた。
    服装も髪型も、アンティックドールのようだったが
    何故か全身が茶色い粉にまみれている。

    アッシュを視認した少女が、突然、耳障りな金切り声を上げた。
    反射的にアッシュは、少女を蹴り上げていた。

    最初に “何故?” と自分に訊いた。
    体が勝手に動いてしまったのだ。
    生きてる・・・よね?
    でもそれを確認できない。
    少女の存在自体が恐いのである。

    さもわかった風に、モラルだの思いやりだの言ってても
    結局それは安全圏の中でしか保てない、もろい道徳だったんだ。
    風が吹いたら舞うような、軽い倫理観、軽い価値観、軽い考え
    軽い軽い人生だったんだ。
    それを、さぞ必死に生きてきたつもりになって・・・。

    自分の身が危ないとなると、手の平を返して本性を出す。
    私の本性って、こんなんだったんか?
    何よりも、まず自分 だったんか?

    すべてが覆ってしまい、自分の何もかもが薄汚いものに思えてきて
    どうしたら良いのかわからず、指1本すら動かせないアッシュの
    尋常ならぬ様子に、ローズはこう訊くしかなかった。
    「大丈夫かい?」

    むろん反応はないが、アッシュの葛藤はわかる。
    多分こいつは、弱い者に暴力を振るった自分が信じられないんだろう。
    でも、このままここにいたら危ない。

    「ほら、部屋に着いたよ!」
    そう叫ぶローズに、頬をバシバシはたかれて、アッシュは我に返った。

    いきなり自分の部屋にいるのが、わからなかったが
    フラフラとバッグのところに行き
    震える手で、ポーチのチャックを開けようとした。

    「何だい? これを開けるんかい?」
    ローズがポーチを取り、開けて渡すと
    アッシュはその中身を全部床にバラまいた。
    それは大量の薬で、震える手でかき混ぜるアッシュの姿は
    まるで薬物中毒者のように見えた。

    見つけた薬を持つ手は大きく震えていて、とても役目を果たせそうにない。
    「これを飲みたいのかい?」
    ローズは1錠アッシュの手に握らせ、水を持ってきた。
    「ほら、飲みな。」
    アッシュの口に錠剤を入れ、水を飲ませる。

    床に座り込んで、呆然としているアッシュに
    まるでジャンキーだね・・・、そう思っても怯まなかったのは
    ローズにも選択肢が残っていないからであるが
    何より、アッシュを信じたいからなのが大きい。

    ローズは自らここに来て、ここで生きてきた。
    ここを否定される事は、自分を否定されるのも同然である。
    アッシュはそんな “ここ” に、馴染もうとしていた。
    それはローズ自身に同化しようとしているように思える。

    他の相続者にも、その傾向はあったのだが
    やはり、“知らずに来た” というのが、評価の底上げをしていた。
    その気もなく来たのに、中々出来ないよ・・・。

    座り込んでいたアッシュの目が動き、フウーと溜め息を付いた。
    「・・・30分経ちましたー。
     薬が効いてきたようで、ちょっと落ち着きましたー。」

    はあ????? 何だ、そりゃあ?
    ローズは顎が外れそうに、あんぐりと口を開けた。
    「薬って、大抵30分ぐらいで効くんですよー。
     これ、軽い安定剤なんですけどー。」

    ないないないない、それはない!
    と、ローズは否定したかったが、思いとどまる。
    聞いた事がある。 自己暗示・・・。
    それがこいつの乗り越え方なんだ、と気付いたからである。

    こいつの精神力の源は、自己暗示の強さなのだ。
    きっと薬はその道具でしかない。
    たった1錠で、それも30分で、あんだけの放心を取り戻すなど
    どんなに強い薬でも不可能だ。

    何というか、珍しい対処法だね。
    この奇行も、アッシュが “普通” じゃない証しで
    普通の能力じゃないアッシュは、主として大きな可能性を秘めている。
    こいつはまだまだだけど、主にふさわしいかも知れないね。

    ローズがここまでアッシュを擁護するのは
    アッシュというカギを否定するのは
    自分の未来をも潰す事になるからだ、という無意識の防御であった。

    「とにかく、もう今日はお休み。」
    「はい・・・。」
    アッシュの様子を見て、安心したローズは部屋を出て行った。

    アッシュはそのまま布団に入った。
    部屋着、外出着、とはっきり分けないと落ち着かない性格なので
    普段なら、これはありえない事である。

    もちろん眠りたくても眠れない。
    頭の中で否定的な考えがグルグル回る。

    アッシュの目から涙がこぼれ落ちた。
    「兄ちゃんは、こうなるのがわかってたんかも
     だから何もしなかったんかも。」

    うつぶせになって、ひとしきり泣いた後
    床に散らばったままの薬の山のところに行き
    探し当てた青い錠剤を2錠口に放り込み、水をガブガブ飲んだ。

    続く。

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          ジャンル・やかた 15 09.10.9

  • ジャンル・やかた 13

    「1日2食って、あんた、だからそんなに痩せ細っているんだよ。
     ちゃんと食べないと、体が持たないよ。」
    この手のセリフを聞き飽きていたアッシュは、無視して
    ローズのベルトに挟んである大鋏を見て言った。

    「にしても、その大鋏、凄いですねー。
     グリップを閉じたら、鋏部分が飛び出るんですかー。
     あ、細いチェーンで繋がってるわけですねー?
     これ、自作ですかー?」

    「ああ、これね。 もう何代目かね。
     鍛冶屋に作ってもらったんだよ。
     あたしゃ武器は何でもこなせるんだよ。
     ただ今回はたまたまこれにしただけさ。」
    ローズが少し大声になったのは、周囲に聞こえるようにである。
    来れるものなら来てみろ、という威嚇なのだ。

    「あー、良いですねー。
     私も何か武器が欲しいですねえー。」
    「あんたに武器が操れるのかい?」
    ハッタリの賭けに出たローズに、アッシュが見事に応えた。

    「まず接近戦用に、ナックルは必須ですよねー。
     でもそれはあくまで近付かれた時のためですから
     筋力が弱い私には、長刀みたいなんが欲しいですねえー。」
    こいつもとんだハッタリ屋だな、とローズは痛快だったが
    何とアッシュは本気で言っていた。

    その場にいた人々には、アフタヌーンティーの話題に
    のんびりと武器の希望などを語り合っているふたりの姿が
    歴戦のツワモノに映っていた。

    6人中5人がそう思っても、違う意見のヤツは必ずひとりはいる。
    「あんたも役者だねえ。」
    階段を下りながら、肘で突付いてくるローズの言葉の意味が
    アッシュにはわからなかった。
    が、ローズの眼差しの変化で、後ろに敵がいる事を察知した。

    「おまえら、自信満々のようだな。」
    ちっ、刺激しちゃったか、ローズは後悔した。
    素早く大鋏を取り出したのだが、男はその刃を掴んだ。

    力勝負だからって負けないよ!
    ローズと男が睨み合って、力比べをしていたら
    ローズの頭頂部の髪をかすめて、男の側頭部に何かが当たった。

    アッシュが、そこいらに落ちている箱やら壷やらを
    男の頭目掛けて投げたのである。
    それもフルスイングで、容赦ない勢いである。

    男が怯んだ瞬間をローズは見逃さず、鋏を突いた。
    男は手摺りを背に、何とか踏みとどまったが
    背が高いのが災いして、手摺りの外に反りかえるような体勢になった。

    そこにアッシュが駆け寄り、男の片足にしがみ付き
    持ち上げようとし始めた。

    「おっ、おまえ鬼か?」
    男はそう罵ったが、この数秒の一連の動きから
    アッシュが自分の能力に合わせて、的確な反応をしている事を
    ローズは読み取った。

    文字通り、足をすくわれた形で男は階下に落下したが
    その瞬間アッシュが耳を塞いだのをも、ローズは見逃さなかった。
    男の落ちる音を聞きたくない、というのは
    裏を返せば、どうなるかわかっててやったのだ。
    罪悪感は? などと、キレイ事を言っていたアッシュが
    自ら敵を手に掛けるなど、どれだけの覚悟か。

    その上にアッシュが発した言葉は、ローズを感動させて余りあるものだった。
    「大丈夫ですかー?」
    敵の心配をするでもなく、己の不遇を嘆くでもなく
    まず最初に口にしたのが、ローズの身を案じる言葉である。

    こいつは恐るべきスピードで学んでいるのだ。
    普通に育ってきた人間には理解が出来ないであろう、この環境下において
    望んだわけでもない試練に、たった一日二日で順応しかけている。
    こいつは本当に掘り出し物かも知れない。
    ローズはアッシュの進化に、感嘆していた。

    しかしアッシュの真意は、そこにはなかった。
    アッシュは自分が被害者だという気持ちを手放してはいなかった。
    むしろ、そこに唯一の救いを求めていたのである。

    アッシュは常に、自分のつたない法知識に照らし合わせて
    どう言い訳が出来るのかを考えていた。
    だが、この状態では最早言い逃れは通用しない。

    そうなれば、自分が如何に生き延びるか、のみに照準に合わせ
    後はここの閉鎖性に期待するしかない。
    それ以上に問題なのは、自分の倫理観とどう折り合わせるかである。

    それがかなりの困難な思考転換ゆえに
    他人の心配をして、小さな善行を積み重ねようとしているのだ。
    ローズに対する気遣いは、この心理によるものである。

    もちろん、これを計算ずくでやっているわけではない。
    無意識に一番安心できる方向に向いているだけで
    言わば、心の防衛本能のようなものである。

    アッシュの必死の心の攻防とはうらはらに
    ローズはそれを、アッシュの “成長” と解釈していた。
    アッシュの背中に、冷たい汗が大量に流れているのに
    ローズもアッシュ本人も気付いてはいなかった。

    「あいつが鋏と共に落ちちゃった。 急いで取りに下りないと。」
    ローズとアッシュが階段を駆け下りると
    そこには別の男が立っていた。

    武器なしはマズったね。
    焦るローズの背後で、アッシュが悲鳴を上げながら階段に戻った。
    あ! バカ! あたしから離れるなんて!
    慌てるローズを尻目に、敵の目はアッシュだけに注がれていた。

    階段の半分を上ったところで、アッシュは突然振り向き
    足元に転がっているものを手当たり次第に敵に投げ始めた。

    これが功を奏しているのは、アッシュの投法が優れているからである。
    斜め上から振り下ろす腕からは、硬い物体が猛スピードで
    それも確実に敵の体の中心部に飛んでくる。
    ローズが落ちた男から大鋏を取り戻すだけの時間は稼ぐ事が出来た。

    敵がうずくまる瞬間に、アッシュは目を逸らしはしたが
    ローズの元に駆け寄って訊いた。
    「敵って男性だけなんですかー?」

    いや、そんな事はない。
    多分あたしが護衛だから、腕の立つのが来てるんだろう
    ローズがそう説明すると、アッシュは首をかしげた。
    「相手が弱いだけなんじゃあー?」

    あんたの攻撃力が計算違いだっただけで
    見た感じ、どいつもそこそこいってたと思うがね。
    行きがけの敵は、知ってるヤツだったからわかるけど
    カウントダウンを無視しないと、本当に危なかったんだよね。
    ローズはそう思い起こしながら、アッシュに訊いた。

    「あんた野球かなんかやってたのかい?」
    「いいえー、私、運動神経も良いんですよー。 球技は得意ですしー。」
    アッシュの思い上がった言葉にも反感はなかった。
    実際にあの投げ方は、運動神経の良さを表わしている。

    明日から来る敵は、アッシュに対しての認識を変えて手強いだろうね。
    密かに危惧するローズに、アッシュが追い討ちをかけた。
    「ローズさんー、武器は複数身に付けるのが基本ですよー。」

    続く。

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          ジャンル・やかた 14 09.10.7

  • ジャンル・やかた 12

    目覚めたアッシュは、珍しく爽快だった。
    衝撃続きの最近の展開に、一気に老けた気分になっていたのだが
    まだまだ私の美肌健在!
    アッシュは天狗感覚を取り戻していた。

    その勢いで、今後の予定も決めた。
    やっぱ私は天狗になってこそ、私なんだよなー。
    アッシュは珍しくハイテンションだった。

    「勇者よ、旅立つのじゃー、さあ冒険の始まりですー
     ♪ ちゃらっちゃちゃっちゃ ちゃっちゃー ♪
     これから4階に行きますー。
     だけどただの4階じゃないんですー。
     何と! ジャジャーーーン! 南館の4階ですーーー!」

    アッシュがそう言いながら、クルッと回って
    両手を広げ、左足を前に出し右足を後ろに流し、膝を曲げて軽く会釈をした。

    ドア口のアッシュの道化を見せられて
    呆然としたローズと、アッシュの後ろを通りがかった女性の目が合い
    通りがかりは気の毒そうに目を逸らした。

    ローズは、ものすごい恥を掻かされた気分になったが
    やっと自分の出番が回ってきたので、無言で廊下に出た。

    階段の前に来て、ローズがやっと口を開く。
    「南の4階はあそこだけど、この階段をホールまで降りて
     向こうの階段を4階まで上らなきゃならないよ。」
    「北と南と通路で繋がってたんなら早いんですけどねえー。」
    と答えるアッシュに、ローズははた、と訊き返した。

    「そういや、何であっちが南だとわかったんだい?」
    「曇ってるけど、夕方微かにあっちの雲が赤かったんですー。
     あっちが西なんでしょうー?」
    「へえ・・・?」
    関心するローズに、アッシュはちょっとムッときた。

    「いい加減、私の知性を認めてくれませんかねえー?」
    「天才と紙一重、って言うけど、そうなのかもねえ。」
    「それは兄の方だと思いますー。
     私は凡才だけど、一般常識はあるんですー!」
    前半は同意するけど、最後の部分はどうだかね。
    ローズは腹の中で思った。

    玄関ホールまでは、何事もなく進めた。
    問題はこっからなんだよね、とローズが思った途端
    長身の男性が現れた。

    「新相続者! 無知なる未知者!
     俺が腕を確かめてやる。
     3つ数えたら開始しよう。 3・・・」
    ローズの鋏が男の腹に刺さっていた。

    倒れ行く男を見て、アッシュが叫んだ。
    「卑怯くせえーーーーーーっっっ!!!」
    「何がだい?」
    男の腹から鋏を引き抜きながら、ローズがアッシュを睨んだ。

    「カウントダウンの途中だったのにー。」
    「それをご丁寧に待ってどうするんだい?
     これは決闘じゃないんだよ?
     わけわからん能書きたれるこの男もバカだけど
     それをボケッと聞くあんたも相当のバカだね。」

    アッシュは恐くて男に近寄れず、遠巻きに訊いた。
    「その人、死なないですよねー・・・?」
    「死のうが死ぬまいが、そんな事はどうでもいい!
     こっちが考えるべきは、戦闘可能かどうかの1点だけさ!」

    ローズが怒り始めたので、アッシュは黙り込んだが
    先ほどまでのテンションが暗転したかのように、地の底に落ち
    恐怖に怯え、膝が震えているのがわかった。

    負けたら私もああなる、って事だよね? むっちゃくちゃ痛そう・・・。
    即死ならまだ良いけど、中途半端に刺されたらどうしよう。

    目前で起こっている出来事は、映画などではよく観ていたけど
    それが現実だと認識せざるを得ないのは
    男のたてるうめき声が、あまりに苦しそうだからだ。

    他人のあんな声、聞いた事がない!
    アッシュは耐え切れず、天井を見上げながら
    両耳に指を突っ込んで振動させながら、あーあー言った。

    ローズはアッシュの受けているショックを理解できた。
    自分も初めての時は、このうめき声にビビったものだ。
    あの時の自分は、ショックから身動きが取れず
    その後何日も食事を採れずに衰弱したものだ。

    立ち直れたのは、周囲の冷笑に負けたくなかったからで
    それでも数ヶ月して、やっと再び戦えるようになったのに
    こいつはその場で自分でどうにかしようと努力をしている。

    ローズはアッシュの肩に手を置いて
    照れくささを隠すかのように、ぶっきらぼうに言った。
    「グレーがいつも言ってた。
     『妹は実は俺より凄いんだ。』 って。
     確かにあんたは大物かも知れない。」

    「へ?」
    指を突っ込んで、あーあー言ってたアッシュに
    ローズの言葉が聞こえるわけがなかった。
    間抜け面して振り向くアッシュに、ローズは激しくイラッとしたが
    こらえて、同じセリフを繰り返した。
    ここで挫折されたら困るから、とにかくおだてないと。

    少々棒読みになったが、ローズの読みは当たり
    アッシュの心は木に登りまくった。
    「兄がそんな事をー? 私、大物ですかー?
     何でそう思うんですかー? 『詳しく』 しても良いですかー?」

    あーもう、またわけのわからん事を言い始めた。
    バカはおだてやすいのは良いけど、調子に乗るから面倒なんだよねーーー。

    ローズは忍耐力をフル発揮しながら言った。
    「優れた適応能力があるような気がするんだよ、あんたには。」
    「・・・適応能力ですかー。 別に優れてないですけどねー。」
    どれだけの大賛辞を期待していたのか
    贅沢にもアッシュは、その答にガッカリした。

    こいつが真に優れているのは、忘却だろうね。
    もう、さっきの戦闘の事を忘れて、ひょこひょこ着いて来ている。
    目まぐるしく変わる話題も、それを表しているんだね。
    階段を上りながら、ローズはひとり納得した。

    4階に着いた。
    行き道の敵は1回だったか。
    いつもより少ないのは、ハンデが与えられているのか?

    玄関ホールを見下ろすローズに、アッシュが声を掛けた。
    「ローズさん、ここのドア、開けて良いですかねー?」
    「開けちゃダメだ。 ここは居住区、非戦闘区域だよ。」
    「あー、やっぱ3~4階でしたかー。
     開けちゃダメ、って事は、居住区には主の部屋はないんですねー?」
    「そうなるね。」

    4階をグルリと一周したら、アッシュの居住区と同じ間取りだった。
    ただ、洗濯室はあるが、食堂の場所は娯楽室になっていた。
    もしかして北館の4階も、こうなってるんだろうか。

    「3階に下りてみましょうー。」
    アッシュの言葉に、ローズが左右を確かめたのち階段を下りる。

    「ここも居住区ですよねー。」
    「そうだね。」
    作りは北館の3階と対称になっているようだ。
    南端に食堂がある。
    「北館在住の私たちでも、ここで食事できますかー?」
    「ああ、問題ない。 ちょうどお茶の時間だし何かつまもうかね。」
    腕時計の針は、2時50分を指していた。

    食堂には、6人の男女が固まって座っていた。
    こっちに気付き、静まり返った様子にローズは悟った。
    こういう時の話題は、相続者の噂ばかりなんだよね。

    自分が護衛の役目ではない時には、ローズもそれに加わっていた。
    しかし今は、第三者ではない。
    ローズはある種の選民意識のような感覚に浸っていた。

    「あー、同じシステムなんですねー。」
    そう言いながら、アッシュは冷凍庫の中のアイスを
    ディッシャーでゴリゴリ削っていた。

    ローズがハムサンドと紅茶を持ってきたのに
    アッシュの前にはストロベリーアイスが乗った皿が1枚だけである。
    「あんた、今朝ちゃんと飯を食ったのかい?」
    「11時ごろに、バタートーストを食べましたー。
     基本、1日2食なんですよねー。」

    そうは言ったが、アッシュが飲み物やアイスしか摂らない時は
    食べないのではなく、食べられないのである。

    アッシュは事務的に物事を考える術が身に付いていたが
    愚鈍なりにも、人間としての感情は普通にあるわけで
    冷徹な脳処理のツケは、体にダイレクトに現れてしまう事に
    いつもギリギリまで気付かずにいた。

    ストレスに気付けないと、それをより大きく育ててしまう事を
    アッシュは今までの人生で、学習できていなかったのである。

    続く。

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          ジャンル・やかた 13 09.10.5

  • ジャンル・やかた 11

    頑張る、とは言ったものの、やはりムカついてはいた。
    すべてを知る事が出来ない現実にである。

    こうなったら私の推理を全部、後続のヤツらに残しちゃる!
    アッシュは自宅では絶対にしない点けっ放しのパソコンに向かった。
    フォルダを作り、名を “Ash Fail” と付ける。

    何か極秘ファイルのようでかっこいーーーーー!
    アッシュはご満悦だったが、え? “ファイル” って言いたかったのか?
    だったらFILEが正しいのだが、アッシュの英語力はこんなもんである。
    (いや、素でFailと打ってたぜ。 調べて良かったーーー!)

    ワードもエクセルも、その違いすら知らないので
    メモ帳を開き、そこに今までに思い付いた推理や見聞きした情報を
    人差し指1本でガシガシ打ち込む。
    しかもキーボードが英字のみなので、ローマ字で。
    日本語がわからんヤツなど、知った事かい!
    アッシュは、気持ちがささくれ立っていた。

    うーん、これじゃわかりにくいかなー、図解も必要かなー。
    いやもう、日本語をローマ字で書いてる事自体
    1行も読む気がしなくなるほど、わかりにくくて
    図解など、何の付け足しにもならないのだが
    そう思った瞬間、あのペイント太字地図が脳裏に甦った。

    もしかして、他の相続者も同じ心境になったかも!
    あの図解って、やる気を削ぐためのワナなんじゃねえの?

    デスクトップの他のファイルを開いていくと
    当たり前だが、全部英語であった。
    くわーーーーーーーーっ
    日本語のわからないヤツに仕返しされてるうううううううっ!

    別に誰もアッシュを想定して打ったわけではないのだが
    今のアッシュは、とことん被害者意識で一杯であった。

    その頃、ローズは食堂にいた。
    時計の針は、もう夕方の7時を回っている。
    あいつ、夕飯は食わないんかね?
    あまり飲み食いしないようだけど、あんなに痩せ細ってて大丈夫かねえ。

    親しい誰もがアッシュに対して抱く心配を、ローズが思ったのは
    アッシュを少し好きになりかけている事だという事に
    ローズは気付いてはいない。

    ローズは “敵” としては、指示がない限り動かなかった。
    普段の生活では、決して好戦的ではない性格のせいと
    自分が行けば、その回の相続は終わる、という
    自分の戦闘能力に対して、揺るぎない自信があるからである。

    しかしローズは、過去に4人の相続者の護衛をしていて
    そのすべてが相続者の死で終わっている。

    だけどそれは、ヤツらがあたしの言う事を聞かずに突っ走ったからだよ。
    グレーは自分では戦わなかったから、いけると思ったんだけどねえ。
    ローズにとって、グレーの結果は消えない深い後悔でしかなかった。

    その妹であるアッシュ。
    理解できない言動が、何を考えているのかわからなかったけど
    アッシュなりに色々と考えて、挑戦している事がわかったし
    今のところ、あたしの言う事は素直に聞いてるし
    後は戦闘でどう動くかがキモだね。

    ローズも、この相続が腕っぷしだけじゃクリア出来ない事を薄々感じていた。
    ゲレーといいアッシュといい、この兄妹は
    動きのなさにイライラさせられるけど
    それはそれで、正しいやり方を選んでいるような気がする。

    兄と同じ、それはアッシュにとっては最大の賛辞である。
    自他共に天才と認められていた兄
    その差の大きさに、妹はその背を追えずにもいた。

    しかしアッシュもまた気付いていない。
    投げやりなローズが、アッシュに対して徐々に惹かれている事を。
    それは館の頂点に立つ主の資質として、欠かせぬ要素
    得なければならない住人の尊敬の第一歩、である事に他ならないのだ。

    が、こういう時に無意識に台無しにするのが、アッシュの常。
    「ちょっと、あんた、飯は食わないのかい?」
    アッシュの部屋のドアを開けたローズの目に飛び込んできたのは
    顔面に紙を貼ったアッシュの姿であった。

    「・・・それは何のまじないだい?」
    ローズが怪訝そうに訊くと、アッシュはローズを手招きした。
    近寄ったローズの鼻先に顔をくっつけて
    アッシュはジロジロとローズの肌をチェックした。

    「ローズさんー、お肌のお手入れ、してないでしょー?
     日焼け止めとか、ちゃんと塗ってないでしょー?
     ここのシミとここのシワは、その証明ですよー。
     ほら、ここらへん、たるんで毛穴も開いてきているーーー!
     ちゃんとお手入れをしないと、ゴッと老けますよー。
     ほら、私、プルップルでしょー。」
    紙を剥がしたアッシュの肌は、確かに透き通って美しかった。

    「東洋人は肌がキレイだからね。」
    「東洋人とひとくくりにしないでくださいー!
     日本人!の肌がキレイなんですー!!
     それは日本人が、遺伝子とか水とかに恵まれてるからだけではなく
     お手入れをきっちりする性格だからでもあるんですーーーっ!」
    「あんた、いくつなんだい?」

    アッシュはローズに意気揚々と耳打ちした。
    「えっ、あたしより年上なのかい?」
    ローズのその驚きは、アッシュにとっては当然の反応だったが
    それはアッシュの最も好きな場面であった。

    アッシュは高らかに笑った。
    「ほーーーーっほほほほほほ!」
    テーブルの上に並べられた大小様々な形の容器を示し
    「この面倒くさいお手入れをこなしてこその、若さなのですわよー!」

    この後アッシュは、美容の知識をまくしたて
    ローズをとことんウンザリさせた。

    続く。

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          ジャンル・やかた 12 09.10.1

  • ジャンル・やかた 10

    「私がまず思ったのは、挑戦期間ですー。
     普通は数週間なのに、兄は数ヶ月生きていられましたよねー?
     まあ、最後は自爆ですがー。」
    いつものアッシュなら、ここで笑うとこなのだが
    真面目な顔で続けるので、ローズも無言で聞き入った。

    「つまり今までの挑戦者は、武闘派だったのでしょうー。
     館中を探して回るというストレートな方法ばかりだった。
     だけど兄が探していたのは、主の部屋じゃなくて
     主の部屋に繋がる手掛かりだったんじゃないんですかー?」

    ローズが口を挟んだ。
    「いや、あたしは何も聞かされてないんだよ。
     上からもグレーからも。
     あたしの知ってる事は、本当に少ないんだ。」
    「あなたが嘘を付いていないのはわかりますー。
     あなたが知っていて言えないのは、館の間取りだけですよねー?」
    「うん、大体そんなもんだ。」

    ローズはちょっと驚いた。
    真剣にバカだバカだと思っていたアッシュが
    こっちの状況を読んでいる事が信じられないのだ。
    それほど心の底からアッシュをバカだと信じていたのである。

    「ローズさん、私が知りたいのは、電気の流れなんですー。」
    「はあ? 電気・・・?」
    ああ、やっぱりバカだ、とローズはガックリきた。

    「はい。 電気ですー。
     この館って、古いようでいて凄い電子制御がされていますよねー。
     私の今いるこの建物のこの階の廊下だけで、カメラが6個ー。
     7階建ての多分地下2階、それが8棟ー!
     全体の電気の使用量は、ものすごいもののはずですー。」

    「ちょっと待った、地下が何で2階なんだい?」
    「これはあまり自信がない推理なんですけどー
     敷地内は電気や電話線は、地下ケーブルで通ってないですかー?
     だったら外部からの電気の入り口は、地下ですよねー?
     警備や設備の搬入とかを考えて、よくわからないですけどー
     とにかく地下1階に電気系統の制御室がある、と考えたんですー。」
    真偽はともかくも推理が出来る頭はあるんだ、とローズは再び驚いた。

    「そして、こういう作りの建物には、必ず地下水路が通ってますー。
     今まで観た映画ではそうでしたもんー。
     歴史やら地盤やらはわからないですけどー
     何となく、地下はあっても2階までじゃないかとー。 勘ですがー。
     そんで水路と同じ階に、ビリビリくる電気系統は持って来たくないんでー
     ここは元々地下2階に水路があってー、地下1階は牢屋とか拷問室とかでー
     そこを電気関係の部屋として利用するんじゃないかとー。」
    ローズもそこまでは知らないのだが
    アッシュの言ってる事が正しいような気がして、ほおー、と声を漏らした。

    へっ、本気を出せばこんぐらい軽いぜ! と、アッシュは図に乗った。
    「主の部屋がどこかはわかりませんがー
     この監視カメラの数からいっても、かなり多くのモニターがあるわけで
     モニター室がどこかにあると思うんですー。
     私が主なら、しょっちゅうそのモニターを見ていたいので
     主の部屋の近くにモニター室もあるんじゃないかと考えたんですー。
     私は電気には詳しくないですけど
     最初に館に電気が入ってくる場所があって
     そこから各階に電気を流しているのだから
     その場所にはどこにどれだけ電気を流しているか、表示があって
     ケタ外れに電気消費量の多い部屋、そこがモニター室だろう
     そこを見つければ主の部屋も近い、と、考えてるわけですー。
     だから地下に行きたいんですー。」

    「・・・あんた、凄いね・・・。」
    よくわからないが、あまりの意外性にローズがつぶやいた。
    「私の電気の知識は、某専門誌の受け売りですけどねー。」
    アッシュが天狗になって、表面だけの謙遜をする。

    「でもさ、地下には入れないんだよ。
     それはルール違反になるんで、即刻失格になるよ。」
    「へえ、そうなんですかー。
     うーん、・・・・・・・ そうかあー
     そのルールだけで地下の価値がわかったから、もう良いですー。」
    あ、なるほど、とローズは思った。

    「じゃあ、どうするんだい?」
    「私も無謀な特攻はしたくないので、的を絞りたいんですー。
     兄の行ってた先を教えてくれませんかー?」
    「あー・・・、悪いんだけどそれは言えない。」

    アッシュが食い下がる。
    「上か下か、北か南かだけでもーーーーーっ!」
    「失格になりたいのかい? 即刻死刑だよ?」
    「うーーーーーーーーーー・・・・・・・」

    頭を抱えるアッシュに、なだめるようにローズが語りかけた。
    「あたしだって困ってるんだよ。
     あんたは主の座を望んで来たわけじゃない。
     言ってみれば、無欲な被害者であって、本当に気の毒に思うんだよ。
     でもあんたは来ちゃっただろ。
     始まっちゃったんだから、終わらせるしかない。
     できればあんたに代替わりを成し遂げてもらいたいんだよ。」
    「・・・・・本当ですかー?」
    「今は本当にそう思っているよ。」

    「ありがとうございますー、ローズさんー。 嬉しいですー。
     あなたのためにも頑張りますー。」
    「グレーのためじゃないんかい?」
    「あんなバカ兄貴の事はどうでもいいですよーっ
     そもそもあいつがこの惨事の元凶ですもんー。」

    そりゃそうだね、とローズも心の底でうなずいた。
    「じゃ、まだ出掛けないんだね。 用事が出来たら声を掛けな。」
    部屋を出ようとするローズに、アッシュが訊いた。
    「ローズさん、あなたはこの館内で引越しした事がありますかー?」

    「一度だけだったかね。 何でそんな事を聞くんだい?」
    「居住区はここだけじゃないんでしょー?
     他の居住区でも私は安全でいられますかー?」
    「さあね。 だけど居住区内だけは安全なんだよ。」
    「そうですかー、ありがとうー。」

    「?」
    首をひねりながら、ローズは出て行った。

    引越しはない、という事は
    ローズさんの部屋があるから、私もこの部屋なんだよね
    だったら他のフロアにも挑戦者専用部屋ってのがあるかも?

    そんで? いや、ただそんだけ・・・。
    自分が推理している事が、あまり役に立たないと気付いて
    さっきまでの天狗気分が、一気に冷めてしまったアッシュだった。

    何か忘れてる気がする・・・

    アッシュは詰まる度に、繰り返しこの言葉を思い
    それはもう、一種の呪文のようになっていた。

    続く。

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          ジャンル・やかた 11 09.9.29

  • ジャンル・やかた 9

    「ちょっとあんた、ひとりでそれ以上行くんじゃないよ!」
    ローズが背後から叫んだ瞬間、アッシュは察知した。

    ああ、そうか、ローズは私の見張り役でもあるんだ。
    いやローズだけではない。
    この館にいる人全員が、自分を見張っているんだ・・・。

    ちょっと気落ちしかけたが、考え直す。
    もし私が主だったら、同じようにした。
    これはゲームではないのだ。 挑戦者が対等になれるわけがない。
    味方をつけてくれるだけでも、主側には温情があると言えよう。
    私が主だったら、ひとりvs大勢でフクロのなぶり殺しだね。

    あれ? アッシュは考え込んだ。
    “相続” って、主が在任している以上、“交代” だよね?
    交代するメリットって、主側にあるのか?
    もしかして、“主” の立場自体がデメリットがあるんか?
    でも挑戦者の多さは、主になりたいヤツが大勢いる、って事だよね。

    てか、私は実の兄からだから、“相続” だけど
    兄は誰から相続されたんだ?

    考え込むアッシュに、隣でワアワア怒鳴っているローズ。
    そのローズを顔を見つめて、アッシュは思った。
    この状況には、わからない事が多すぎる。
    多分、最後までわからないんだろう。
    言葉の意味について迷うより
    実際にある事のみを見た方が良いような気がする。

    手摺りに捕まって、上半身を上下させ
    玄関ドアの上のガラス窓の向こうを見ようとするアッシュ。

    よくは見えないけど、きっと敷地内の電線は地中を通っている。
    と言う事は、地下室があるって事か。
    でも主の交代は、ローズの記憶にはないようだ。
    普通ならそんな長期間、地下で暮らしたくはない。
    主は絶対に、地上のどっかの部屋にいるはず。
    そんでモニタールームってのがあって、その近くにその部屋はある!

    「ローズさん、この館に電気屋さんっていますよねー?」
    「電気屋? 電気技師ならいるよ。」
    「その人に会いたいんですけど、どこにいますかー?」
    「仕事場は地下だね。」
    「そこ、危険ですよねー? 行けると思いますかー?」
    「行ってどうするんだい? 敵だったら殺しにかかってくるよ。」
    「あっ!!! そうか! それはしまった・・・。
     私、その人に話が訊きたいんですがー・・・。」
    「だったら食堂で待つしかないね。 で、どいつに会いたいんだい?」
    「あっっっ・・・・・、何人いるんですかー? 電気技師さんってー。」
    「んーーー、5人? 6人?」

    やっぱ、この館すげえ、とアッシュは思った。
    普通なら、館の管理に何人もの技師はいらないはず。
    この館は電気制御されているのだ。

    「ここ、地下何階ですかー?」
    「さあね。」
    「あなたは一緒に考えてはくれないんですよねえー?」
    「あたしは護衛だからね。」
    あー、私の知能じゃ限界があるー!!!
    アッシュは自分が理系じゃなかった事を、激しく後悔した。

    いや、ローズとの会話は端々にヒントが隠れている。
    それを積み重ねれば、真実が見えてくるはず。
    やっぱりこまめな質問は必要だ。
    詐欺系の名にかけて! って、違うわ!

    脳内ひとりボケ突っ込みに、アッシュは微笑し
    それをローズはまだ慣れていないのか、目をそらした。

    「じゃ、行きましょうかー?」
    アッシュがそう声を掛けると、ローズは嬉しそうに応えた。
    「おっ、やっと出陣かい、どこにだい?」
    「だーかーらー、地下にですってばー。」
    ヘラヘラ言うアッシュに、ローズは軽蔑の目を向けた。
    「地下は関係者以外、立ち入り禁止だよ。」
    「えっっっ!」

    そりゃそうだよな、言わば館の要によそ者を出入りさせるわけがない。
    だけどこれで、地下に電気系統の何かがあるのは確実。
    5~6人の技師・・・、24時間体制であろう。

    アッシュはまたローズの顔を見つめた。
    ローズに自分の思惑を言うべきか言わざるべきか。
    たとえ何も助言を貰えなくても、“同意” は必要なんじゃないのか?
    義務での護衛より、自分に感情移入をしてもらった方が
    後々やりやすいのではないだろうか?

    でも、ローズからこっちの情報が漏れたら・・・?
    アッシュは両こめかみを指で押さえながら、うなった。

    いや、どうせ主側が有利なのは変わらない。
    だったらローズの “肩入れ” に期待する方が、可能性がある。
    意を決したアッシュは、ローズの目を見据えて訊いた。

    「あなたには私の情報を誰かに伝える役目もあるんですかー?」
    アッシュの真剣な目に、ローズはとまどった。
    「そういう役目はない。 あくまで護衛なんだ。」
    「攻略に関するヒントもくれない代わりに
     周囲にも私の事を何も言わない、という事ですかー?」
    「そうだよ。 そんなコウモリのような事はしないよ。」
    「わかりました。 信じます。 来てください。」

    アッシュはローズを促し、自分の部屋に戻った。
    部屋の中央に立ったアッシュは、振り返ってローズに語り始めた。

    続く。

    関連記事: ジャンル・やかた  8 09.9.15
          ジャンル・やかた 10 09.9.24

  • ジャンル・やかた 8

    アッシュはパソコンと格闘していた。
    スレイプニールまでは期待していなかったけど
    インターネットエクスプローラーってのがない!!! 何で???

    こんな時は、スタートから・・・で、どこだっけ
    英語だからよくわからーーーーーーーーーん!!!
    確かここを見れば、ソフト?とかあるはず。
    一番下の緑の矢印のところをクリックした。

    eマークは全世界共通だよね?
    あ、あった、クリッククリックーーーと。
    ウィンドウが開くも、何かが書いてあるだけのページしかない。
    こっからヤフーとか、どう開くんだろ?

    アウトルックは?
    スタートから、プログラムで・・・・・
    あ、あった、クリッククリックーーーと。
    ウィンドウが開くも、これまた白紙のページ。
    メールは1通もなく、送受信も利いてないようだ。

    えーとえーとと言う事はーーーーーー
    モデムとか言う箱! 何か、ないような気がするーーーーーーー
    これはインターネッツには繋がっていないという事ですかーーーーーー?
    ええっ? じゃあ、このパソコン、単なるワープロ?
    何てこったい!

    あっっっ、じゃあ、携帯のネットは?
    ーーーーーーーーーーー 圏外だから繋がるわけがねーーーーーーっ!
    電話! 電話は? 電話のモジュラー何たらはあるんか?

    パソコンから出ているコードを辿って行くと
    壁にあったのは、差込口が2個の普通のコンセントだけであった。
    電話をつける余地すらない作りなんだ・・・。
    じゃあ、ここの住人は電話は使わないんか?

    アッシュはローズの部屋に駆け込んだ。
    「あんたねえ、ノックぐらいしなよ。」
    ごく当然の激怒をするローズに、アッシュは
    ほんとすいませんほんとすいません、とペコペコする。

    「で、今度は何だい?」
    「電話はどっかにありますかー?」
    「あるけど、あんたは掛けられないよ。」
    「携帯電話って知ってますかー?」
    「知ってるよ! 持ってるヤツもいるけど、私には必要ないね。
     ここら一体は圏外だろ、持ってても意味ないからね。」
    「電話、私は何故掛けられないんですかー?」
    「・・・あんたの話は前後するねえ。
     あんたが外に話を漏らすと困るからだろ。」
    「じゃなくてー、えーと、ここの電話は相手先に直通なんですかー?
     それとも交換手がいるんですかー?」
    「交換手・・・? うーん、聞いた事がないねえ。
     でも掛けたら相手にすぐ繋がるよ。」

    うーん、よくわからない。
    自分の疑問もよくわからない。
    何を考えてたんだっけ?
    にしても、走ったからゼイゼイだわ、あっつい。 あれ?

    「・・・・・・今、3月ですよねえー?
     ここらへんの気候って、今ぐらいはもう暖かいんですかー?」
    「いや、4月半ばまではまだまだ冷えるねえ。
     丘の方は雪も残ってるよ、ここいらは寒い地方なんだ。」
    「でも、あったかいですよねえー?」
    「セントラルエアコンとかいうやつだからね。
     1年中適温に設定されてて、館内は快適だよ。」

    そうなんだ!
    この館は外見は古いけど、中は最新設備が整ってるんだ!
    「ローズさん、“指示” って言ってましたけど
     それってどうやって受けるんですかー?
     上の人みたいなんとは、どうやって連絡を取るんですかー?」
    「ああ、そこの内部専用電話でだよ。
     あんたの部屋は、相続者専用だからないだろうけどね。」

    ローズが指を差した方を見ると、ファックス付き電話機が置いてあった。
    どうやら他の住人の部屋にも、これで電話を出来るようだ。
    館内には、外部に繋がる電話機自体がないのかも知れない。

    改めて部屋を見回すと、ローズの部屋は寝室が別になっている。
    このリビングには、TVに冷蔵庫、電子レンジも置いてある。
    ドアの真上を見ると、ブレーカーが4個並んでいた。
    見取り図はない代わりに、空調パネルがある。

    アッシュは窓に駆け寄り、向かいの建物の屋上を見上げた。
    アンテナなどは見当たらない。

    廊下に出て、窓の外を見る。
    こっちは裏側のようで、草原が広がっていて
    見える範囲の正面奥と左手に丘陵地帯、正面の丘の向こうは山
    右手範囲は森が続いていて、その先は開けているようだが見えない。

    食堂に駆け込み、窓を開けて上下左右を見回す。
    右側は他の住人の部屋が並んでいるんで確認が出来ない。
    だからここで出来る限り見ないと。
    アッシュは身を乗り出して、右手側を覗き込んだ。

    「おいおい、危ないよ、お嬢ちゃん。」
    じいさんがオロオロして、アッシュのジーンズのベルトを握る。
    アッシュが遠くに見たのは、鉄塔だった。
    ダメだ、こっちからでは見えない。

    じゃあ、真下だ!
    「ごめんねー、ありがとうーーー。」
    と、じいさんに叫びながら、アッシュは食堂を飛び出して行った。
    じいさんは、あうあう言いながら、アッシュの背中を見送った。

    真下、つまり東西南北を書いていない見取り図で言うフロアの南
    居住区のその部分に来たアッシュは、激しく動揺していた。
    ここに部屋はなく、壁もまたなく、あったのは手摺りである。

    見下ろすと、昨日入って来た玄関ホールがある。
    そのホールをはさんで真向かいには、また別の建物が続いていた。
    ここまで大きい建物だったとは・・・。
    アッシュは愕然とした。

    続く。

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          ジャンル・やかた 9 09.9.16

  • ジャンル・やかた 7

    両手で顔を覆ったままのアッシュの肩が、ブルブル震え始めた。
    無理ないよね、肉親の死の詳細を聞かされたんだから。
    ローズは黙って見守ろうと、紅茶をひと口飲んだ。

    「ふ・・・ふ・・・」
    アッシュの口から、嗚咽が漏れ始める。
    泣くだけ泣きゃ良いさ、とローズが言おうとした瞬間
    「ぶぅわっはっはっはっは」
    と、アッシュが大笑いをし始めた。

    目を丸くして固まるローズに、アッシュが爆笑しながら話す。
    「すっ、すいま・・・あーっはっはっはっは
     わら・・・ちゃいけ・・・ない・・・はははははは
     思う・・・けど・・・・、あはははははは」

    かなりの時間ソファーの上で、腹を抱えてのたうち回った後
    アッシュがちょっと落ち着いて続ける。
    「だって、この状況って簡単に殺されるわけでしょうー?
     それを・・・わざわざ何でそんな意外な死に方・・・ブブッ を
     しかもよりによって、何でそんな ハハハハ それ以上ないぐらい
     情けな・・・ アーーーーーーーーッハッハッハッハ」

    再びアッシュは爆笑し始め、意図を理解したローズもつられて笑う。
    「だよねえ? あたし、絶対口にしなかったんだけど
     情けないよねえ? あーーーーーーっはっはっはっはっは」
    「不謹慎だけど・・・あははははははは、ありえねえーーーーっ」

    ふたりで、ひとしきり大笑いした後、食欲が出たのか
    アッシュは、あー腹痛え、と言いつつ、涙を拭きながら
    卵サンドをモソモソ頬張った。

    トレイの上の食料を平らげた後、ローズが切り出した。
    「で、あんたこれから何をするんだい?」
    「あ、ひとつ質問があるんですがー。」
    「また質問かい? あたしゃ武闘派なんだよ。
     あれこれ喋るヒマがあったら、とっとと動きたいねえ。」

    「ローズさん、気持ちはわかるんで、ほんと申し訳ないんですけどー
     私はわかってて来た人たちより、状況的に厳しいと思うんですー。
     死なないための、最低限の情報が欲しいんですー。」
    「まあ、そうだろうね。
     わかったよ、知ってる事は答えると言ったし、何だい?」

    「敵と味方と中立の人の見分け方は何ですかー?」
    「ああ、それは私にもわからない。
     志願もあるけど、主の指示で決まるようだね。」
    「途中で役目が変わる事はあるんですかー?」
    「さあ? よくわからないね。
     ただ住居区では、敵も味方も普通に応対する決まりだよ。」
    「あっ、ここ3階ですよねー? 他の階は何があるんですかー?
     見取り図ありますかー?」
    「ごめん、正直に言うけど、それは言っちゃいけないんだ。」

    あー、やっぱダンジョン攻略のカギはマップだよな。
    ローズは掃除係、館内のつくりが頭に入っていないわけがない。
    逆に言えば、ローズ攻略が出来るかがカギ、って事か?
    アッシュは考え込んだ。

    「ローズさん、もし万が一私が主に会えたとして
     その時のあなたのメリットって何なんですかー?」
    「館内での地位が上がるらしいんだ。」
    「らしいー? 噂ですかー?」
    「あたしがここに来てから、主に会えたヤツがいないからさあ。」
    「え? 今までに相続者って何人ぐらい見ましたー?」
    「えーと、記憶にあるのは・・・、護衛をした時だけだねえ
     他はよくわかんないねえ、関わってない時も多かったからねえ。」
    「去年は何人来ましたー?」
    「3人? 4人? 本当にわかんないよ。
     去年は1度しか参加してないしさ。」

    「ローズさん、ここに来て何年ですかー?」
    「うーん、あたしが来たのは何歳の時だったかねえ?
     子供の頃の記憶はないんだよ。」
    「子供の頃・・・ですかー・・・。」

    こ・・・これは思ってたよりも遥かに難関な気がする!
    と、アッシュは青ざめた。
    何も知らない自分には、攻略はほぼ不可能だとしか思えない。

    「敵味方、平均何人ですかー?」
    「あのさ、そういうのは知らされていないんだ。
     味方は私ひとりだと思って良い。 多分、他にはいないはず。
     ただ敵は、あんたを居住区以外で見かけたら、殺しに来る。
     私を狙うんじゃなく、あんたを狙うんだ。
     それだけは頭に入れときな。」

    ダメだ、私には無理すぎる。
    アッシュはそう確信したが、諦めを口にするのは
    このたったひとりの味方すら失う事になる。
    何とか表面だけでも取り繕わねば、半年の寿命が分単位になってしまう。

    寿命・・・、最長半年の寿命って、言われると結構キツいな・・・。
    アッシュは引きつりながらも、笑みを浮かべた。
    その姿は、ローズには余裕の表われに見えた。

    「わかりましたー。
     ちょっと調べ物をしますので、また何かあったら訊きに来ますー。
     動くのは、早くても明日以降になると思いますので
     もう少し待っててくださいねー。」
    立ち上がるアッシュに、ローズは頼もしさすら感じたのは
    アッシュの無表情さと、場にそぐわない笑みのせいであろう。

    アッシュは無言で、ローズのトレイも一緒に持って部屋を出た。
    食堂までの廊下を、視点を真っ直ぐに保ち
    目の端だけでカメラの存在を確認していく。

    カメラはひと部屋おきに、方向を逆に左右に1台ずつ設置してある。
    食堂のカメラは確認できるだけでも6台、厨房にもあるだろう。

    カウンターのトレイ返却場にトレイを置いたあと
    食事をしている数人をチラッと見た。
    成人の男女で、全員が労働者風である。

    「あっっっ!」
    アッシュの大声で、食事をしている者全員がビクッとした。
    厨房にいる中年女性に向かって、アッシュが訊ねた。
    「すいませーん、ここ、ご飯出ないんですかあー?」
    「ご飯?」
    「お米ですー。 ライスー、パンじゃなくライスー。」
    「ああ、米ならサラダでたまに出すよ。」
    「ダメです! それは本来の食べ方じゃない!
     お米は主食なんですよー。 私、ないと、ほんと辛いんですー。
     お米、パンと別個に出してくださいーーー!」

    アッシュの勢いに押され、女性が当たり障りなく終わらせようとする。
    「あ・・・ああ、じゃあ訊いとくよ。」
    「絶対ですよー? プロミスですからねーーー。」
    アッシュが小指を立てながら食堂を出て行った後
    しばらくあたりは静寂に包まれた。

    誰からともなく、口を開く。
    「よくわからんが・・・。」
    「何となく不気味だね・・・。」

    続く。

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          ジャンル・やかた 8 09.9.15

  • ジャンル・やかた 6

    アッシュはベッドの上で、ボーッとしていた。
    夕べ、あまり眠れなかったのである。

    いくら愚鈍なアッシュでも、ただでさえ不眠気味のとこに
    人が首を斬られて倒れーの、ケイレンしーの
    血ぃ噴き出しーの、その血が掛かりーの
    自分が他人を滅多打ちしーのしたら
    その音と感触が残り、グッスリ安眠など出来はしない。
    殺される前に気が狂うかも・・・と、ひどくネガティブ思考になっていた。

    こういう時は、とりあえず風呂である。
    その後、コーヒーでも飲みに行こう。
    能天気な顔で。

    そう言えば・・・
    バスタオルを干しながら思った。
    ここは安全だと言うけれど、このゲームの期限はあるんだろうか?
    食って寝て食って寝て、で良いなら
    ここってほんと、引きこもりには天国じゃん。

    あっ、ダメだーーー、ゲーム機がない!
    あ、でも、ネットなら通販可能じゃん。
    てか、ここの住人、収入どうしてんの?

    「ん? 皆、仕事を持ってるよ。
     相続者は別だけど、一応ここには家賃っちゅうもんがあるんだよ。
     私は今回の守護者だから休暇を取ってるけど、本来は掃除担当なんだ。」
    ローズがドアにもたれかかって答えた。

    ほほお、じゃ、あなたが休んでいるから
    この館はこんなに汚いんですねー?
    と、茶化したら、ローズは怒り出した。

    「掃除人は私だけじゃないよ!
     だけど、そこらのガラクタはしょうがないんだよ。
     何百年にも渡って、人が出入りする度に物が増えてさ。
     特別な指示もないから、皆、放っているのさ。」

    じゃあ、ここの主は家賃収入でやっていってるんだ?
    でも管理は行き届いてないよね。
    ・・・・・・管理?

    アッシュはうつむいたまま、目だけを動かした。
    あった、カメラ。
    廊下にはあるけど、部屋には?

    「すいませんー、ローズさん、部屋を覗いて良いですかー?」
    「ん? ああ、構わないよ、入りな。」
    ローズの部屋は、キレイに片付いていた。
    窓にはレースの白いカーテン、テーブルの上には毛糸のカゴ
    ソファーは、赤いギンガムチェックのカバーが掛けられ
    クッションは色違いの黄色いチェックである。
    メ・・・メルヘン!!!

    この鎌ババアなら、頭蓋骨にロウソクを立てても不思議じゃないのに!
    と、心の底から驚愕しているアッシュの横で
    「どうだい、可愛い部屋だろ?」
    と、鎌ババアが大威張りで鼻を鳴らした。

    「はいー、すごいキレイですねえー。」
    と、棒読みで答えつつ、天井の四隅を見るがカメラはない。

    「か・・・ローズさん、廊下に監視カメラがありますよねー?
     部屋にはないんですかー?」
    「あんた、今 “か” って言ったろ?」
    「ほんと、すいませんー、もう言いませんー。 ほんと失礼しましたー。」
    上体を90度に下げるアッシュに、ローズは困惑した。
    「まあ、良いけど、カメラが何だって?
     そんなの個人の部屋にあるわけないじゃないか。」

    「じゃ、廊下のは監視用ですよねー? 誰が見ているんですかー?」
    「さあ、聞いた事ないねえ。」
    「じゃ、もうひとつー、兄はどのぐらいの期間、ここにいましたかー?」
    「えーと、数ヶ月・・・? 半年はいなかったねえ。」
    「その前の人はー?」
    「担当外だったから、覚えてないねえ。」

    話が進まない、と感じたアッシュは腹をくくった。
    「てゆーか、直に訊きますけどー、私の立場って期限はあるんですかー?」
    「さあ? わかんないねえ。」
    「たとえばですよー、私がここで部屋と食堂の往復で
     一生を過ごす事は可能ですかー?」

    「ああーーー、なるほど、質問の意味がわかったよ。
     だけど、そういう例はないからねえ。
     ここに来るヤツは目的を持って来てるんだよ。
     だから今までにそんな事をしたヤツは聞いた事がない。
     大抵が、数週間単位でカタが付いてるんじゃないかねえ。
     グレーの時に、“長すぎる” と感じたからね。
     でも、あんたをタダで養うほど、主は甘くないと思うよ。」
    「その目的とは、ここの相続ですよねー?
     それは、ここの管理権を貰うって事ですよねー?」
    「さあ、そうなるんかねえ?」

    ああ・・・さっぱりわからない。
    アッシュはこめかみに人差し指を当ててうなった。
    とりあえず、半年ぐらいはいられるんだ。
    多分やる気を見せないとダメっぽいけど。

    でも何か引っ掛かってる、何か見逃している、それが何かがわからない。
    ドアの前でうなるアッシュの横で、ローズは困っていた。
    自分の役目はアッシュを助ける事だが
    アッシュの質問が、自分が役立つ範ちゅうじゃないのだ。
    何を知りたいのかすら、伝わってこない。

    「ねえ、食堂に行かないかい? あたしゃ昼飯がまだなんだよ。」
    ああ、飯ね、と思いつつ、不機嫌そうについて来るアッシュ。
    この兄妹はほんとやりにくいね、ローズは疲れ果てていた。

    「ここのこれが美味いんだよ。」
    カウンターでチキンサンドを勧めるローズに、アッシュは言い捨てた。
    「私、鶏肉嫌いなんですー。 前世が鳥だったのかもー。」
    「・・・?・・・」
    混乱するローズの顔を、気の毒そうにチラ見するウェイトレス。

    「あ、そう、そうかい。 だったら他のを食べな。
     チキン以外も美味いよ。」
    「チキンー?」
    「うん、チキンカツ。」
    「あっっっ!!!!!!」

    その場にいた、ひとり残らずがビクッとした。
    そう! これだったんだよ、引っ掛かってたのは!!!
    周囲の動揺など目に入らず、ガッツポーズをするアッシュ。
    ウェイトレスが視線でローズに 「何?」 と訊き
    ローズは肩をすくめて首を横に振ったその時、アッシュが叫んだ。
    「ローズさん、チキンサンドお持ち帰りして、部屋で食べましょうー!
     あ、私コーヒーと卵サンドでいきますー。」

    問答無用でローズの部屋に取って返したアッシュは
    テーブルにトレイを置くなり、まくしたてた。
    「一番の疑問はこれだったんですー!」
    アッシュはローズのトレイのチキンサンドを指差した。

    「そう! あの歯医者さえビビって行かないチキンな兄が
     何故このようなデスゲームに参加したのか、って疑問ですー!」
    やれやれ、実の兄を言いたい放題だね、ローズは気が抜ける思いだった。
    「このゲームには、どんなメリットがあるんですかー?」
    「ゲームじゃないんだけど・・・、ここの相続だろ?」
    「本当にそれだけなんですかー?」
    「あたしはそれしか知らない。」

    「そう・・・ですかー・・・。
     じゃあ、兄はここでどんな事をしてたんですかー?」
    この質問で、ローズのどっかのスイッチが入った。

    「グレーは、あんたの兄ちゃんはそりゃもう人使いが荒くてね。
     しかも自分じゃ何もしないんだ。
     あたしの役目がそれだから、まあしょうがないけど
     あれしろこれしろうるさくて、自分じゃ一度も戦った事すらない。
     あげくが、『自分が動くのはバカげている
     人に指図して動かすのが一番だ』 などと、のうのうと言って
     ほんと仕えている人間にとってはイヤなヤツだったよ!
     それに一日の感覚がおかしいんだよ。
     明け方まで酒を飲んで、朝方から寝て夕方起きてきて
     チョロチョロしたかと思えば、また酒を飲み始める。」

    ああーーー、そういうヤツでしたー。
    アッシュは何度も何度も深く頷きながら聞いていた。
    「で、兄はどうなったんですかー? 殺されたんですかー?」
    「あたしが付いてて、そんな事させるもんか!
     グレーはね、深酒しすぎて、起きた時に酔いが醒めてなくて
     そこの階段から転げ落ちて、頭を打って死んだんだよ!」

    ああ・・・何て悲しい最後だったの、お兄ちゃん・・・
    アッシュは思わず、両手で顔を覆った。

    「それで・・・兄の遺体はどこに・・・?」
    「この館の敷地内の墓地に眠っているよ。」
    「あ・・・、一応埋葬はされたんですか・・・?」
    「当たり前だよ! 死人は皆墓地に葬るもんだよ。」

    「・・・まあ・・・、それは何より・・・。」
    そう応えはしたが、兄のあまりの死に様に
    やはりかなりのショックを受けているようだ。

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          ジャンル・やかた 7 09.9.10

  • ジャンル・やかた 5

    食堂のドアは3ヵ所あり、全部開きっ放しだった。
    中は10席ずつの長テ-ブルが、6個並んでいる。
    覗き込むアッシュを、テーブルに付いていた数人が黙り込んで見る。

    端が調理場のようで、しきりのカウンターの上には
    惣菜やパンが大皿に山積みになっている。
    バイキングなら食えそう、とアッシュは喜んだ。
    TVで観るアメリカンハイスクールの食堂に憧れていたのだ。
    ま、あいつら食い過ぎだけどな、アッシュはフフンと笑った。

    驚いたのは周囲の人々である。
    大体のいきさつは聞かされている。
    肉親が相続途中で死に、何も知らされずにノコノコやってきて
    暴力に巻き込まれたあげく泣き喚き、ブチ切れて暴れた女性が
    直後に飯を食いにきて、その上何やら楽しそうなのだ。
    その変わりようは、人間業とは思えない。

    「すいませーん、これ、おいくらですかあー?」
    厨房にいたウェイトレスがビクッとして答える。
    「金はいらないよ。」
    「あ、そうなんですかあー、ありがとうー、いただきまーす。」

    アッシュがトレイに乗せたのは、ホワイトシチューの皿と
    パン2切れ、フライドポテトだった。
    窓を背にして座った途端、「あっ!」 と叫び
    隣のテーブルにいたじいさんをビクッとさせる。

    キョロキョロあたりを見回して、水道のところに行く。
    どうやら手を洗いたかったようだ。
    席に戻り、トレイに向かって拝んでから食べ始める。

    実にナチュラルなその姿を、じいさんが固まったまま見つめていると
    アッシュがグリンと振り向いて、訊ねた。
    「ここ、いつでもご飯があるんですかあー?」
    じいさんは思わぬ先制攻撃に、つい流されて答えた。
    「う、うん、いつでも開いてて飯があるよ。」

    「へえー、すんごいシステムですねー。
     部屋に持ち帰っちゃっても良いんですかねー?
     パンとか茶ぁとかー。」
    「あ、ああ、うん、食器をちゃんと返さんといかんが。」
    「洗って返すんですかー?」
    「いや、洗わんで良い。」
    「へえー、それ、嬉しすぎる設定ですよおー。
     ヒッキー天国みたいなー?
     兄がここに来た理由がいっちょわかったですねー。」
    じいさんは、宇宙人と話しているような気分になった。

    「あんたさ、これからどうすんの?」
    向いのテーブルに座る若い女性が、大声で訊いてきた。
    「えっと、ポテトとコーヒーを部屋に持ち帰ろうかとー。」
    「バカ! 今じゃないよ、今後だよ今後!」
    「さあー? よくわかりませーん。」
    「ローズから話は聞いてないの?」
    「聞いたかも知れませんけど、よくわからないんですー。」
    「ああ、そうか、飲み込めてないからノンキなんだ。」
    訊いた女性も他の人間も皆、失笑した。

    あははー、と一緒になって笑いつつも、アッシュは思っていた。
    ナメられてなんぼなんだよ、新参者はよー
    ヘタに警戒されるより、まだバカにされてる方が安全ってもんさ。

    やたら腹黒い考え方だが、これがアッシュのいつものやり方だった。
    空気を読む能力に乏しいから、開き直ってハナから読まない。
    周囲にも “読めない” と認識されていた方が、ラクに立ち回れる。
    アッシュの間延びした喋り方も、ボケッとした表情も、ザツな性格も
    そのやり方に合っていた。
    お陰でアッシュは、どこに行っても
    自分の立ち位置だけは、自分でコントロールする事が出来てきたのである。

    その頃、ローズの部屋に客が訪れていた。
    アッシュが飯を食ってる、と、わざわざ知らせに来たのである。
    ローズは冷たく言い放った。
    「放っときな。 あいつはバカだから。」

    忠告者が首を振りつつ退室した後、ローズは何故か憂うつな気分になった。
    グレーもそうだったけど、妹の方も何となく厄介そうだね・・・。
    守護など引き受けなかった方が良かったかも。

    でも、どうせここに来るヤツは皆おかしいし
    既にグレーで、私の立場は良いとは言えない状況だし
    ・・・・・・罪悪感ねえ・・・・・・。
    いや、手を汚さない誰もが言うそんな言葉を気にしてたら
    生きては行けない。 ここでは。 そう、ここでは!

    ローズは思い直したように立ち上がり、窓から食堂の方向を見た。

    続く。

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          ジャンル・やかた 6 09.9.9