立て続けに死人が出て、さすがに館内では動揺も起こっていた。
特に反乱グループの残りがザワついている。
アッシュはジジイに相談した。
「もうこの際だから、残りのヤバ組ふたり
一気に殺っちゃって良いですかー?」
切羽詰った声に、ジジイもテンパってそのムチャを支持してしまった。
「もうこの際じゃ、ひとりもふたりも一緒だろ。
さっさと殺ってしまえ。」
ひとりふたりどころか、今回の件の総合死者人数は
4人5人、いや最終的には5人6人にもなる計算なんだが
いい大人がガン首揃えて、足し算も出来ないぐらいに
うろたえてしまっていた。
2日後、男が転落死をした。
実際に手を下したのは、警備部である。
一応、現場には酒瓶を転がしておいたのだが
今更そんな小細工が通用するとは思ってはいない。
とりあえず、うるさそうなのを殺っておいて
あとは口八丁手八丁、人の噂も75日、に頼ろうと
大雑把な作戦を決行してしまったのである。
ところが最後のターゲットを探したが、どこにもいない。
アッシュ、ジジイ、リリー、そして監視部一同全員が青ざめた。
いつからいないのかすら、わからない。
忽然と姿を消していたのである。
「もしかして・・・」
消えた男の書類を探っていたリリーがつぶやいた。
「牧場の一番端は、鉱山に掛かっているんです。
閉鎖された鉱山のところにはカメラがありません。」
男の仕事場は牧場だった。
アッシュは住人たちに捜索を呼び掛けた。
住人たちは、相次ぐ不審死にビクつきながらも
事実を究明したい一心で、鉱山一帯の捜索を手伝ってくれた。
結果、リリーの読み通り、閉鎖された鉱山へと続く穴が発見された。
どうやら穴は長年に渡って、コツコツ掘られたもので
現在の行方不明者が掘ったものかはわからないが
ここから逃げ出した可能性は高い。
館管理側は愕然としたが、住人たちはもっと衝撃を受けていた。
この館から脱走者が出るなんて。
いや、そんなはずはない、出たければ堂々と出られるのだ。
なのに、こんな逃亡をするなんて
やっぱり主様が殺戮を繰り返しているのか?
あの主様がそんな事をするわけがない。
穴は昔から掘られていたものだし、そこから出た証拠もない。
もし仮に主様の仕業だとしても、この館の事を考えた上でのはず。
主様が住人たちに理由なく危害を加えるわけがない。
館内は主擁護派と主非難派とに、真っ二つに分かれた。
アッシュは変わらない態度で、演説の習慣を続けたが
講堂に来る人数が増えたにも関わらず
さすがの愚鈍なアッシュにも感じ取れるぐらいに
荒れた雰囲気が流れるようになった。
しまった・・・。
とんでもない愚策を講じてしまった。
そもそも、バ・・・もあんな弱腰だったし
デ何とかも逃げるつもりだったんだから
いくじなし揃いの集団と認識して、しばらく放置で良かったんかも。
でも放っといたら、ヤケクソで襲撃をされてたかもだし
反乱グループを再構築されたら厄介だし
これはこれでアリな策なわけだし・・・。
いや、やってしまった事は変えられない。
反省は後でも出来る。
今はとにかく、後始末にだけ思考のすべてを持っていかないと。
住人たちの動揺を抑える手を模索していたアッシュだが
有効な方法が見つからない。
心配するデイジーや、その他の身近な者の不安をあおらないよう
出来るだけ普段通りに振舞うようにはしていたが
体の中に硬く重い石が積み上げられていくようで
いつそれに押し潰されるか、そういう秒読みのような心理の日々が続いた。
そんなアッシュに追い討ちを掛けるように、長老会から連絡が入った。
クリスタル州の外れで、車にはねられて死んだ男性が
どうやらここの住人らしい、と。
この不祥事はどういうわけだ、詳しい説明を、と立て続けに連絡が来るのは
ジジイにも本部を抑えられなくなっている、という事で
今までの事を長老会に隠蔽していたのも加えて
アッシュにとっては、これ以上にない都合の悪い展開であった。
いや、私だけじゃない
ジジイにもリリーにも、側にいる本部所属の者全員の信用にも関わる。
自分ひとりの責任では済まないであろう事が
アッシュの重圧になっていた。
既にアッシュは、地位の保全よりも身の引き方を模索していた。
どうやったら私ひとりで責任を取れるか
どうやったら私ひとりに全部の罪が掛けられるか
こんな事は誰にも相談できない。
他の者に望む事は、口をつぐんで罪悪感を持たずにいてくれる事だけ。
だけど、それが一番難しい・・・。
いつもと変わらない様子を心掛けているのに
アッシュの顔はやつれ、頬はこけ、目は落ちくぼみ、クマができ
光の加減によっては、老婆に見える瞬間さえあった。
いっそ私が死んですべてが解決できるのなら、いくらでも死ぬのに!
爽快に晴れた春の午後の日差しを背に受けていながら
執務室の椅子に座っていながら
アッシュは、今にも体のあちこちが崩れ落ちそうな気分になっていた。
と、その時、ドアがいきなり開いた。
ローズだった。
バイオラが死んでから、これが初めての訪問である。
アッシュはその姿を見た瞬間、不思議な安堵感に包まれた。
ああ・・・、私に引導を渡すのは彼女なのか
もう何もかもが、それで良かった。
続く。
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