カテゴリー: ジャンル・やかた

  • ジャンル・やかた 57

    立て続けに死人が出て、さすがに館内では動揺も起こっていた。
    特に反乱グループの残りがザワついている。
     
    アッシュはジジイに相談した。
    「もうこの際だから、残りのヤバ組ふたり
     一気に殺っちゃって良いですかー?」
     
    切羽詰った声に、ジジイもテンパってそのムチャを支持してしまった。
    「もうこの際じゃ、ひとりもふたりも一緒だろ。
     さっさと殺ってしまえ。」
     
    ひとりふたりどころか、今回の件の総合死者人数は
    4人5人、いや最終的には5人6人にもなる計算なんだが
    いい大人がガン首揃えて、足し算も出来ないぐらいに
    うろたえてしまっていた。
     
     
    2日後、男が転落死をした。
    実際に手を下したのは、警備部である。

    一応、現場には酒瓶を転がしておいたのだが
    今更そんな小細工が通用するとは思ってはいない。
     
    とりあえず、うるさそうなのを殺っておいて
    あとは口八丁手八丁、人の噂も75日、に頼ろうと
    大雑把な作戦を決行してしまったのである。
     
    ところが最後のターゲットを探したが、どこにもいない。
    アッシュ、ジジイ、リリー、そして監視部一同全員が青ざめた。
    いつからいないのかすら、わからない。
    忽然と姿を消していたのである。
     
     
    「もしかして・・・」
    消えた男の書類を探っていたリリーがつぶやいた。
    「牧場の一番端は、鉱山に掛かっているんです。
     閉鎖された鉱山のところにはカメラがありません。」
    男の仕事場は牧場だった。
     
    アッシュは住人たちに捜索を呼び掛けた。
    住人たちは、相次ぐ不審死にビクつきながらも
    事実を究明したい一心で、鉱山一帯の捜索を手伝ってくれた。
     
    結果、リリーの読み通り、閉鎖された鉱山へと続く穴が発見された。
    どうやら穴は長年に渡って、コツコツ掘られたもので
    現在の行方不明者が掘ったものかはわからないが
    ここから逃げ出した可能性は高い。
     
     
    館管理側は愕然としたが、住人たちはもっと衝撃を受けていた。
     
    この館から脱走者が出るなんて。
    いや、そんなはずはない、出たければ堂々と出られるのだ。
    なのに、こんな逃亡をするなんて
    やっぱり主様が殺戮を繰り返しているのか?
     
    あの主様がそんな事をするわけがない。
    穴は昔から掘られていたものだし、そこから出た証拠もない。
    もし仮に主様の仕業だとしても、この館の事を考えた上でのはず。
    主様が住人たちに理由なく危害を加えるわけがない。
     
    館内は主擁護派と主非難派とに、真っ二つに分かれた。
    アッシュは変わらない態度で、演説の習慣を続けたが
    講堂に来る人数が増えたにも関わらず
    さすがの愚鈍なアッシュにも感じ取れるぐらいに
    荒れた雰囲気が流れるようになった。
     
     
    しまった・・・。
    とんでもない愚策を講じてしまった。
    そもそも、バ・・・もあんな弱腰だったし
    デ何とかも逃げるつもりだったんだから
    いくじなし揃いの集団と認識して、しばらく放置で良かったんかも。
     
    でも放っといたら、ヤケクソで襲撃をされてたかもだし
    反乱グループを再構築されたら厄介だし
    これはこれでアリな策なわけだし・・・。
     
    いや、やってしまった事は変えられない。
    反省は後でも出来る。
    今はとにかく、後始末にだけ思考のすべてを持っていかないと。
     
     
    住人たちの動揺を抑える手を模索していたアッシュだが
    有効な方法が見つからない。
     
    心配するデイジーや、その他の身近な者の不安をあおらないよう
    出来るだけ普段通りに振舞うようにはしていたが
    体の中に硬く重い石が積み上げられていくようで
    いつそれに押し潰されるか、そういう秒読みのような心理の日々が続いた。
     
     
    そんなアッシュに追い討ちを掛けるように、長老会から連絡が入った。
     
    クリスタル州の外れで、車にはねられて死んだ男性が
    どうやらここの住人らしい、と。
     
     
    この不祥事はどういうわけだ、詳しい説明を、と立て続けに連絡が来るのは
    ジジイにも本部を抑えられなくなっている、という事で
    今までの事を長老会に隠蔽していたのも加えて
    アッシュにとっては、これ以上にない都合の悪い展開であった。
     
    いや、私だけじゃない
    ジジイにもリリーにも、側にいる本部所属の者全員の信用にも関わる。
     
    自分ひとりの責任では済まないであろう事が
    アッシュの重圧になっていた。
     
     
    既にアッシュは、地位の保全よりも身の引き方を模索していた。
    どうやったら私ひとりで責任を取れるか
    どうやったら私ひとりに全部の罪が掛けられるか
     
    こんな事は誰にも相談できない。
    他の者に望む事は、口をつぐんで罪悪感を持たずにいてくれる事だけ。
    だけど、それが一番難しい・・・。
     
     
    いつもと変わらない様子を心掛けているのに
    アッシュの顔はやつれ、頬はこけ、目は落ちくぼみ、クマができ
    光の加減によっては、老婆に見える瞬間さえあった。
     
    いっそ私が死んですべてが解決できるのなら、いくらでも死ぬのに!
    爽快に晴れた春の午後の日差しを背に受けていながら
    執務室の椅子に座っていながら
    アッシュは、今にも体のあちこちが崩れ落ちそうな気分になっていた。
     
     
    と、その時、ドアがいきなり開いた。
    ローズだった。
    バイオラが死んでから、これが初めての訪問である。
     
    アッシュはその姿を見た瞬間、不思議な安堵感に包まれた。
    ああ・・・、私に引導を渡すのは彼女なのか
     
    もう何もかもが、それで良かった。
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 56

    「バスカムが部屋で死んでます!」
    その一報を受けたアッシュは、驚愕した。
     
    アッシュの攻撃以来、バスカムは数日部屋に閉じこもっていたのだが
    不審に思った住人によって、今朝死体が発見されたという。
    薬の空き瓶と、落ちていた錠剤、腕の傷といった現場の様子は
    自殺だとすぐわかる状況であった。
     
    「遺書は?」
    「残っていません。」
    「接触した人物は?」
    「今のところ、見当たりません。」
     
    監視部の人間とリリーがやり取りをしている横で
    どうしよう、とアッシュは悩んだ。
     
    こんな事になるんなら、反乱軍の部屋全部に盗聴器を仕掛ければ良かった
    私のせい・・・、だよね、そりゃもう明らかに!
    にしても、人格の全面否定は洗脳の第一歩なのに
    まさか自殺するとは・・・、やりすぎたか?
    てゆーか、人を殺そうと企んでいたくせに
    何でそんなに打たれ弱いんだよ?
    ここを乗っ取っても、そんなんじゃやっていけるわけがないだろ
    まったくあいつは、とことん身の程知らずとゆーか
    後先考えずっちゅーか、まあ、それは私も同じだけどよー
     
     
    脳内でグルグルと余計な事までごちゃ混ぜに思考が空転し
    両手を机についてうつむいて立つアッシュに、リリーが言った。
    「元様からお電話です。」
     
    ジジイのCラインだ、あいつ相変わらず耳が早い。
    「書斎で取りますからー。」
    事務部の人間が慌ただしく出入りする執務室では
    さすがに今回の事は詳しく話せない。
     
     
    もしもーし、と出たアッシュに、ジジイがいきなり叫んだ。
    「あんたのせいじゃない!」
    その大声に、ビクッとして受話器を落としかけるアッシュ。
     
    改めて受話器を持ち直し、気も取り直して言った。
    「いや、私のせいですー。
     館で起きるすべての事は全部、現場トップである私の責任で
     それを覚悟しなくちゃいけないのは、当然ですからー。
     そんなんを抜きにしても、この自殺は私の責任ですー。
     あんだけ、めったくそにケナしちゃったんですからー。
     こうなる可能性も考慮して動くべきだったんですー。」
     
    「ふむ、それもそうじゃな。」
    あっさりと意見をひるがえしたジジイに、アッシュは逆切れした。
    「ええーっ、結構ショックなんで、もちっと慰めてくださいよーっ。」
     
    「慰労パーティーを開いてやっても良いんじゃが、コトは急を要せんか?」
    「あっ、そうでしたー!
     残党がヤバいですよねー、どうしましょうー?
     こっち、まだ計画を立ててないんですよー。」
    「そうか・・・、だったらな・・・」
     
     
    アッシュとジジイがあれこれと話し合っている時に
    館の隅っこでも、数人の男たちがボソボソと話し合っていた。
    「バスカムは自殺なんかじゃねえ。」
    「おかしいぜ、突然。」
    「きっと主が自殺に見せかけて殺したのさ。」
    「どうする・・・?」
    「やるしかねえだろ!」
     
    「俺はイヤだぜ!」
    ひとりの男が立ち上がった。
    「あの用心深いバスカムが殺られたんだぜ?
     適うわけがねえじゃねえかよ。 俺は逃げる!」
    立ち上がった男は、制止を振り切って足早に立ち去った。
     
     
    翌日、男がまたしても池に浮かんでいるのが見つかった。
    検死は泥酔しての溺死だったが、その死体はディモルであった。
    その事をリリーに告げられたアッシュは、益々激しく動揺した。
    “主の意思” ではなかったからである。
     
    確かにディモルは、抹殺対象の3人の内のひとりであった。
    しかしその実行は、月日を空けてするつもりで
    こんなに短期間での連続殺人など、予定していなかったのだ。
     
    アッシュは、お茶を頼んだ。
    いつもアッシュのお茶を持ってくるのはデイジーである。
     
     
    デイジーがお茶を運んでくると、アッシュが訊ねた。
    「話す時間・・・、ありますよねー?」
    「ご想像通り、ディモルを殺したのはあたしです。」
    デイジーはケロリとした顔で白状した。
     
    「夕べ、ディモルに突然呼び出されたんです。
     ピンと来ました。
     ディモルは、バスカムの死であたしを疑っている、と。
     そこで館内はヤバいから、と池で待ち合わせたんです。」
    「それでー・・・?」
     
    デイジーは淡々と続けた。
    「ところが違いました。
     ディモルは、あたしと一緒に逃げるつもりだったんです。
     バスカムが主様に殺られて、あたしたちもヤバいから、と。」
     
    「言っときますけど、バスカムは本当に自殺なんですよー?」
    アッシュが念を押すと、デイジーはサラッと言った。
    「そんな事はどうでも良いんです。
     あんなヤツ、死んで良い気味です。
     むしろ主様に殺されていてほしいぐらいです!」
     
    ついつい語気が荒くなっているのに気付いたデイジーは
    少しちゅうちょした後、落ち着き直して話を再開した。
    「・・・ディモルもそう。
     あたしをここから連れ出そうなんて、何様なんだか!
     本当に腹が立ちました。」
     
    「それで殺したんですかー?」
    「はい。 どうせ、殺すつもりでしたから。
     あいつだけは主様が何と言おうと許せません!
     あんなヤツ、死んで当然です!」
     
     
    目を吊り上げて怒るデイジーに、アッシュは内心恐怖を感じたが
    少し考えるそぶりをして、間を置いてからなだめるように語りかけた。
    「そう・・・、わかりましたー。
     私には、あなたを責められませんー。
     あなたの気持ちがわかるからですー。」
    「主様・・・。」
     
    ちょっと感動しかけるデイジーに、水を差すかのように悲しそうに言う。
    「だけど、何故まず私に相談してくれなかったのですかー?
     ・・・いえ、それも私が頼りないせいなんですねー・・・。
     あなたにそんな重荷を負わせるなど、私は主失格ですー・・・。」
     
    意外な言葉に、デイジーは慌てた。
    「主様、それは違います! 違うんです!
     あたし、今回の事は前から決めてて、それが突然だったから・・・」
    必死で言うデイジーに、アッシュは目を伏せたまま無言だ。
    その様子を見て、デイジーは言い訳を止めた。
     
    「・・・主様・・・、すみませんでした。
     今後は決して主様の指示なしには動きません。
     必ずご相談しますから、どうかお許しください。」
     
    とりすがるデイジーを見据えて、アッシュが言った。
    「絶対にそうしてくださいねー?」
     
    口調は優しかったが、目が冷たい光を放つ。
    デイジーは一瞬ゾッとしたが、その冷淡さに魅了された。
    ああ・・・、このお方はやはり “主” なのだ・・・。
     
     
    デイジーが部屋を退出するのを見送りもせず
    アッシュは窓際に立ち、外を眺めていた。
     
    勝手な事をすんじゃねえよ、ボケ!
    お陰で今後の予定がダダ狂いじゃねえかい、どーしてくれんだよ
    てゆーか、今回の事って、最初っからおめえの暴走が原因だろ
    おめえ実は私の足を引っ張りたいんじゃねえのか?
    私、やたらめったら大ピーンチ!!!!!
     
    冷静な態度とは裏腹に、腹の中でそう叫ぶアッシュは
    窮地に立たされた、と思っていたが、それはまだ序章に過ぎなかった。
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 55

    バスカムはフリーズしていた。
    仕事から戻ってきた自分の部屋の椅子に
    アッシュが座っていたからである。
     
    「な・・・」
    「そんな事はどうでもいいですー!」
    まだ口にもしていない自分の様々な疑問を
    アッシュが即座に否定した事に、バスカムは益々怯えた。
     
    「あなた、私が嫌いなんですかー? どうしてですかー?」
    「い・・・いや・・・、俺はただ・・・」
    「言い訳はいりませんから、あなた個人の意見を言ってくださいー。」
     
     
    アッシュの直球押せ押せに、バスカムは更に混乱し
    それを見たアッシュは、失望も相まって激しくイライラさせられた。
     
    アッシュがガンガン追求したのは、生来の短気さゆえだったが
    それが逆にバスカムの言い逃れを封印した。
    男女間ではよくある言い争いの光景である。
     
     
    「で? それが何で気に入らないんですかー?」
    「だって俺は・・・」
    アッシュの攻めに呑まれ、バスカムはところどころ本音を答え始める。
    だって、でも、だけど、の合間合間にである。
     
    攻防が明確なやり取りを、しばらく続けていたが
    アッシュが聞こえよがしに溜め息を付いて言った。
    「ああー、もういいー、よくわかりましたー。
     あんたねー、それは “妬み” ですわー。」
    「な・・・・・・・・」
     
    激昂したバスカムの怒声をさえぎって、アッシュが言う。
    「図星だから怒るんじゃんー。
     自分が妬む側のザコサイドだって事を自覚したらー?
     あんたの不遇は、私のせいじゃねーよー。」
    アッシュの言い草は、人の神経を見事に逆なでするものだった。
     
     
    握り締めたバスカムの拳を見逃さず、アッシュが鼻で笑いながら言う。
    「へえー? 私が丸腰でひとりでここに来ていると思うんですかー?
     この “私” が、ちょっとでも勝算のない戦に出るとでもー?」
     
    そして急に笑顔をやめて、バスカムを睨んで恫喝する。
    「己の力量を見誤って、私に戦いを挑もうとする、
     そこで既に負ける側になってしまっているんだよっ!!!」
     
    これはアッシュのハッタリでしかなかったが
    バスカムを脅すには、充分な効果があった。
    理論で武装してきたバスカムと、勢いだけでのし上がったアッシュ
    考えを巡らせる時間がない一瞬の心理戦では、勝敗が決まりきっている。
     
     
    激しく動揺しているバスカムに、アッシュは優しく言った。
    「ここにいる限り、私とだけは仲良くしといた方が良いと思いますよー?
     私はこれでも、あなたの事を評価していたんですよー?」
    アッシュは椅子から立ち上がった。
     
    ドアの前のバスカムの隣まで来て、頭をちょっと傾けて付け加える。
    「ああー、でも、その評価もあなたの働き次第ですけどねー。
     今後のあなたの運命は、私の胸ひとつで決まるんですよー?
     あなたがどう思おうと、私がその是非を決定する立場なんですよー?
     これはこの先ずっと変わらない、人生の決定事項なんですよー?
     どうあらがおうが変わらない、“運命” ってあるんですよー?
     そこ、きちんと理解しておいてくださいねー。」
     
    言い終わった後に、横目でバスカムの目を無表情でジッと見つめた。
    その静けさはほんの数秒だったが、バスカムには何分にも感じられた。
     
    アッシュが出て行った後、バスカムはよろけるように床に座り込み
    その頬には、涙が伝っていた。
    敗北への悔しさや怒り、アッシュへの恐怖
    色んな感情の入り混じった慟哭が、バスカムを襲ったのだ。
     
     
    執務室に戻ったアッシュの胸元から、リリーがマイクを取り外した。
    パソコンの画面の前に座ると、暗い表情のジジイが映っていた。
     
    「どうしたんですかー?」
    アッシュが普段通りの口調で訊ねた。
    「あやつがちょっと気の毒になってな・・・。
     あれ、自分が言われたらどんだけ落ち込むやら・・・。
     あんた、人を貶すのが上手いのお・・・。」
     
    ジジイが沈んだ様子で答えると、アッシュが心外と言った様子で言う。
    「ああー? 私はあいつの俺様理論を根気強く聞いてたでしょーがー!
     ほんっと、あんなに下らんヤツだとは思わんかったわー。
     ガッカリさせられて気の毒なのはこっちですよー。」
     
    「いや、あまりにも一方的な勝負じゃったんでな。」
    ジジイのバスカム擁護に、アッシュは最高潮に不機嫌になった。
    「全部を人のせいにするヤツなんか、タメにならんわ!」
    そして、リリーの方を向いて言った。
    「私、もう寝るけど、これブチ切って良いー?」
     
    「あ、業務伝達があるんで、繋げたままにしてください。」
    リリーの言葉を聞いたアッシュは、画面のジジイを睨んで怒鳴った。
    「文句があるなら、いつでも来いや、こらあーーー!
     棺おけに叩き込んだるわー! クソジジイー!
     じゃ、おやすみー。」
     
     
    アッシュがブリブリ怒って出て行った後
    リリーがモニターの前に座り、業務伝達をする。
    その、いつにも増して冷たい表情の意味をジジイが訊いたら
    少しちゅうちょした後に、リリーが口を開いた。
     
    「確かに主様の言いようはひどいものでしたが
     彼をあそこで叩き潰しておいて正解だったと思います。
     何のかの言ってても、主様は自分より館の事を優先なさいますが
     彼は自分のためだけを考える人間です。
     それがはっきりとわかったので、彼は館のタメにはならない
     主様はそう判断なさったのではないでしょうか。」
     
     
    その言葉を聞いて、しばらく腕組みをして
    先ほどのやり取りを思い返していたジジイは、目を見開いた。
     
    「そうじゃな!! あんたの言う通りじゃ!
     我がままで凶暴で突っ走るしかせんアホウじゃが
     アッシュはあれでも館を第一に考えとる。
     じゃが、バスカムには自分の欲しかなかった。
     ふたりはまったく違うタイプじゃが、一番違うのはそこじゃな!」
     
    それに気付いて、ジジイは頭を抱えた。
    「あー、わし、言葉だけ印象に残ったんで、アッシュを責めてしもうた。
     どうしたら良いんじゃろ・・・。」
     
    リリーは冷たく言い放った。
    「諦めて数発殴らせたら、主様のご機嫌も直るんじゃないですか?」
    「年寄りにはきっつい仕置きじゃのお・・・。」
     
     
    ジジイはその夜、後悔で眠れなかった。
    アッシュもその夜、腹立ちで眠れなかった。
     
    ふたりが仲直りをするのは
    ジジイのこめかみに本の角が当たって流血した後である。
    それはアッシュが投げつけた数々の固形物のひとつであった。
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 54

    多分ローズは私を守るためなら、どんな事でもするだろう
    アッシュには、その確信があった。
     
    だけど今回の事は、何故か言い出せない。
    それは何かあったら、ローズは必ず助けてくれるだろうから
    わざわざ言う必要もない、ってのもあるんだけど・・・
     
    自分のちゅうちょの理由を、考え込むアッシュだったが
    ジジイとリリーが無言でいる事に気付き
    思考を打ち切って、慌てて言いつくろった。
     
    「あー、えーと、ローズには言う必要はないですー。
     その場その場で的確に動いてくれますんでー。
     問題は、デイジーの今後だと思いますー。」
     
     
    ジジイが首を捻った。
    「デイジーか・・・。
     死んだ恋人のために、あそこまでするもんかいのお?」
    アッシュが即答した。
    「私にはよくわかりませんー。」
    「・・・こっちの想像をこれっぽっちも裏切らない答じゃのお。」
     
    「でも、悲しみを怒りに変換してるんだと思いますー。
     それは生きていくのには、良い方法だと思いますよー。
     怒りは生のエネルギーですからねー。
     私なんか、怒りを持てなくて苦労しますよー。」
     
    ジジイは心底驚愕した。
    「あんだけわしに怒鳴るくせにか?」
    「“怒る” のと “怒り” は、持続性が違うでしょーがー。」
    ええっ? と、納得しないジジイを置き去りに、アッシュは続けた。
     
    「長く続く深い悲しみを、怒りに変換させるなんて難しいもんですよー。
     悲しみは受動的で己の内へ内へと向かうんですー。
     怒りは能動的で外へと向かうー。
     自分以外を憎むから、自己嫌悪感がないんですよー。
     デイジーは、生きるのにとても前向きな女性だと思いますねー。」
    「ほほお、なるほど。」
     
    ジジイが感心すると、アッシュが案の定、図に乗った。
    「これはネットで調べた、“ラクチン洗脳術” とかいうやつで
     人の感情というものは・・・」
    「待て待て待て、そんな汚れた話は聞きとおない!」
    ジジイが慌てて止めたので、アッシュはムッとした。
    「私が腹黒いお陰で、あんたが安定した地位にいられるってのにー。」
     
    「とにかくデイジーの身の振り方じゃ!」
    ジジイがむりやり話を元に戻した。
    「んー、表面上は “今まで通り” しかないんじゃないでしょうかー?
     て言うか、こっちがさっさと動きましょうよー。
     反乱グループを壊滅させたら、それで済むんじゃないですかー?」
    「それもそうじゃな。」
     
     
    ふたりの意見がまとまったところで、アッシュが事務的に言った。
    「じゃ、私はバ・・・こいつと直接話をする事にしますんで
     あんたは、こいつとこいつとこいつを殺りに行ってくださいー。」
     
    「待て待て待てーーーーーーーーーーーっっっ!
     わしかい! わしが殺るんかい!」
     
    「うわあー、関西芸人でも中々できない瞬時の突っ込み、すげえー。
     冗談ですよー。
     どいつが積極的にいらん事をするか、調べてからですよー。」
    アッシュが大笑いしながら言うと、今度はジジイがムッとした。
     
    「言っとくが、わしは引退したんじゃから狩りには出んぞ!」
    「わかってますってー。
     でも、ジジイの勇姿、見てみたかったなあー。 あははー」
    「まったく聞き流していると、何をさせられるかわからんな!」
     
     
    その後、リストを見ながら3人で議論が続いた。
     
    その間ずっと、アッシュもジジイも
    お茶を飲み、駄菓子をむさぼり食っていたので
    その日の夕食が食べられなかったのは
    イイ大人が、どこのしつけの悪いガキだよ? という話である。
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 53

    館内でのアッシュの警護を担当していて、それは熱心にやっていたけど
    館の運営に対しては、まるで無関心なローズであった。
    バイオラが死んでからも、その姿勢は変わらなかった。
     
    ただ、余暇には自分の名前でもあるバラの栽培や
    ハーブを抽出して作ったアロマオイルなど
    元々持っていたメルヘンな趣味を、更に広げていった。
     
    アッシュの寝室には、常にバラの生花が飾られ
    バラのドライフラワーもいたるところに吊るされ
    何の魔よけだ? と、無機質趣味のアッシュをウンザリさせていた。
     
    アッシュがいる時は、決して部屋には入らなかったが
    アッシュが戻ると、テーブルの上にはローズお手製のクッキーが置かれ
    ベッドからは、ローズのオリジナルレシピのアロマオイルの匂いが
    プンプンと漂い、ローズが来た事を物語っていた。
     
    草だの花だのに興味のないアッシュは以前、無神経にも
    「バラの匂いって、うんこの匂いと同系列なんだってよー。」
    とナチュラルに暴言を吐いて、しばきあげられた事もある。
     
     
    そんなローズが常に気にしていたのが、アッシュの精神状態であった。
    あの子はリラックスってものをしないから、弱いんだよ
    そう思っていたので、アッシュの寝室は “安らげる空間” を演出した。
     
    ローズのコーディネートを元に、多少はアッシュの嗜好も考慮して
    シンプルながらも女性らしい彩りにし
    バラの香りが基調のアロマオイルを、毎日アッシュのベッドに振りまいた。
     
     
    バイオラの死後、業務事項以外はほとんど口を利かないふたりだったが
    館内を移動するアッシュの背後には、必ずローズがいた。
    周囲にはその姿が正に、“アッシュの影” と映り
    ローズがいる限り、誰もアッシュに傷を付けられないだろう、と思われた。
     
    それはアッシュの皮膚にだけではない。
    心にも、だった。
     
     
    アッシュは、いつも不機嫌そうだったが
    それはアッシュの普段の表情で
    言動は常に、良い意味で言うと “自由奔放” だったので
    誰もその心の疲れには気付かなかった。 本人ですらも。
     
    だけどそんなアッシュでも、時々わめき狂って
    窓から飛び降りたくなる衝動に駆られる時があった。
     
    そういう時にアッシュは、真夜中にドアにもたれて座る。
    ローズの寝室へと通じているドアである。
     
    以前はそのドアを開けて、寝ているローズのベッドの横に座って
    ローズご自慢のラグのフチをむしって、眠れない夜を過ごしていたが
    もうそれをしてはいけない。
    だからアッシュはドアにもたれて座るのだ。
     
     
    そうやって座り込んで、窓の外に広がる夜の空を眺めていると
    ドアの向こうにかすかに気配を感じる。
    ローズも、ドアの向こうで座っているような気がするのである。
     
    アッシュはドアに耳をくっつけて、目を閉じる。
    まるで母親の胎内にいるような、そんな不思議な錯覚を感じつつ
    いつしかウトウトと浅い眠りに陥る。
    それがアッシュが感じ取れる唯一の、“安らぎ” という感覚であった。
     
     
    そうして朝が来ると、またウリャウリャ言いながら寝室を出て行く。
    部屋を出て今日一日を突っ走って、再びここに戻ってくるのだ。
     
    戻ってきた時には、必ずローズの痕跡があるはずだから
    それを確かめるために。
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 52

    「ふうむ、まさか反乱グループができとるとはのお。」
    「今までが何もなさすぎだったんですよー。
     てゆーか、何かヌルくないですかー?
     盗聴だの通話傍受だの、悠長ってゆーかー意味ないってゆーかー。」
     
    「うーん、この若造、バスカム? わし知っとるぞ。
     同じ反抗的でも、前はもちっと活発だったと記憶しとるが
     えらい引きこもりになっとるのお。」
    ジジイがバスカムを知っていた事に驚くアッシュ。
     
    「えっ? 何か活発に反抗されたんですかー?」
    「うん、廊下で会うと、ツンとそっぽを向かれたり。」
    「・・・えらい躍動的な反抗ですねー・・・。」
    「そうは言うが、されると悲しいもんなんじゃぞ?」
     
    ヘッとバカにした笑いをするアッシュに、ジジイが訊いた。
    「で、どうするんじゃ? 皆殺しか?」
    ふたりで顔をつき合わせてケッケッケと笑う姿に
    リリーは首を振って溜め息を付いた。
     
     
    「にしても、このふたつの死亡案件、何故誰も気付かなかったんじゃ?」
    ジジイの責めに、アッシュが反省もなく答える。
    「これは普通、見落とすでしょうー。」
     
    まあ、そうじゃな、と思いつつ、リリーに念を押す。
    「この反抗者リストは確かなんかい?」
    「はい。 それは確定済みです。」
     
    「他にも小さい不満を持っているヤツはいるだろうけど
     どうこうしよう、というほどの気合いはない、って事で
     放置で良いですよねー?」
    「個々の不満なんて、拾い上げてたらキリがないからな。」
    「という感覚で、ジジイがノビノビと放置したタンツボを
     私が始末せにゃならん、ってわけですねー。」
    「それが後釜の定めじゃな。」
    「ヌケヌケと、よくもー・・・。」
    ジジイとアッシュの漫談は続く。
     
     
    「しかし、盗聴など始めたからには放ってはおけんじゃろう。
     頭と、勢いのあるのを殺れば、大人しくなるんじゃないのか?」
    「ええーーー、頭、殺っちゃうんですかー? もったいねーーーっ。」
    「何じゃ? あんたこういうのが好みなんか?」
    「私、こういう知的イケメンビジュアルがタイプなんですよー。」
    「言ってくれれば、本部から何人でも寄越すぞ?」
    「・・・いや、いいですー。 もう性欲、ないもんでー。」
     
    ああ・・・と、ジジイが同意した。
    「わかるぞ、その気持ち。
     わしも昔はリリーちゃんの黒下着チラ見えに癒されたものじゃが
     最近は見ても、全然心が動かんようになってしもうて・・・。」
     
    「はあ?????????」
    リリーが珍しく大声で叫んだ。
     
    「ほら、リリーさんがドン引きしてるー。 これだから男ってのはー。
     ジジイ、私のパンツならいくらでも見せたるから
     インテリ美女へのセクハラは止めとけー。」
    「あんたのは下着じゃなくて、“肌着” じゃもんなあ・・・。」
    「既にチェック済みかいーーーーーっっっ!」
    アッシュとリリーはふたり引き潮に乗り、海の彼方へと流されて行った。
     
     
    「とてつもない後味の悪い嫌悪感をジジイがかもし出したところで
     とりあえず、このバ・・・と一度話がしてみたいですねー。」
    遠海から何とか生還したアッシュが、まとめに入った。
     
    「んで、洗脳するんかい?」
    と、ジジイの入れる茶々に、アッシュがまた乗っかる。
    「そりゃもう、口八丁手八丁でー。」
     
    「そう上手くいくなら良いんじゃがな・・・。」
    「いかなかったら、おつー、あとよろー、ですよー。」
    「あんたの話はよくわからん!」
     
    ジジイの一括で、チャンチャン、と幕を下ろすアッシュ劇場であった。
     
     
    「この事態を知っとるのは誰じゃ?」
    「ここにいる以外は、当事者のデイジーと電気部、監視部ですわね。」
    「デイジーはどうするんじゃ?」
    「んー、また反乱軍に万引きを命じられたら
     毎回、無理! じゃ通らないでしょうから
     これを渡すように言おうかとー。」
    アッシュは1枚のディスクを取り出した。
    「何じゃね? それは。」
     
    「これはですねー、相続戦の時に私が時々PCで書いてた日記ですよー。」
    「何でそんな事をしとったんじゃ?」
    「いや、ブログにアップしようかと思ってー。
     “実録! 呪われた館の惨劇 血にまみれた相続争い!!!”
     アクセス稼いで、アフィリでウッホウホー!」
    「アホか!!!」
    ジジイが、アッシュの脳天をパカーンと殴った。
     
     
    「何を書いたんか、ちょっと見せてみい。」
    ジジイがリリーにディスクを渡す。
    パソコンのモニターを見たジジイとリリーは、ウッと言葉に詰まった。
     
    「・・・これは何語かね?」
    「日本語のローマ字打ちですー。
     書いた本人も解読しにくいんで、誰が見ても大丈夫でしょー。」
    「こんなものは、こうじゃ!」
    ジジイが取り出したディスクをパキッと折った。
     
    「あああああああああああああああああああーーーっっっ!!!」
    ヘタリ込むアッシュに、更にジジイが説教をたれる。
    「外部には秘密厳守だと言うとろーが!
     あんたは主の自覚が足らんぞ!
     まったく、漏れる前に気付いて、本当に良かった良かった。」
     
     
    あー、このド腐れジジイには、私のデータをことごとく破壊されとる・・・。
    アッシュがフテ腐れてソファーに倒れたら、今度はリリーが訊いてきた。
    「ローズにはどうします?」
     
    「え・・・?」
    「ローズはあなたの護衛でしょうに、まだ話してもいませんよね?」
     
     
    その問いかけに、アッシュの表情が曇ったのを見て
    リリーは話を続けるのを止めた。
    ジジイは爪楊枝で歯をほじくりながら思った。
     
    ローズの話は、アッシュの地雷じゃな。
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 51

    ジジイが上機嫌でホイホイと館にやってきたのは
    アッシュ直々の要望だからである。
     
    真夜中の電話に叩き起こされ、不機嫌になりかけたが
    それはアッシュからの初めてのCラインだったので
    一気に気分が高揚し、その後中々寝付けなかった。
     
    しょせんこいつも、何のかんの言っても
    館を30年余りに渡って、支配し続けてきた人間である。
    その好戦さは、アッシュにもヒケを取らなかった。
     
     
    いつものように、アッシュの演説を聴くために講堂の長い椅子に座る。
    講堂には相変わらず、住人が大勢来ている。
    「あら、元様、いらっしゃい。」
    「おお、元気じゃったか?」
    「やですよ、ついこの前もお会いしたじゃないですか。」
    そう笑われるほど、しょっちゅうこの館に来ていたのは
    ジジイが孤独老人だからではなかった。
     
    30年余の君臨のお陰で、ジジイは立派な屋敷と大勢の使用人を与えられ
    長老会では、尊敬と強力な発言力も持っていた。
    いまや、街のVIPのひとりである事は間違いなく
    それは自分の功績もあるが、何よりもアッシュの改革が大きかった。
     
    わしの人生の集大成が、こいつじゃ
    ジジイは演説するアッシュを見ては、自己満足にふけっていたのである。
     
     
    「ああーーー? また来たんかいー、ジジイーーー。」
    演説を終えて講堂を出ようとするアッシュが
    反乱グループに不審がられないために
    “いつもと変わらずに” という密約通りに振舞う。
     
    「美味いお茶が飲みたくてのお。」
    「茶ぁなら自分ちで飲めー!」
    「そう言わんでくれ、わし・・・朝飯も食っとらんのじゃー。」
     
    「おい、飯を食った事を忘れるなんて、元様・・・」
    「まさか、いよいよボケてきたとか・・・?」
    アッシュとジジイのボケ突っ込みは、恒例の演芸だったが
    遠巻きにそれを見物していた住人たちが、ザワめきたった。
     
    まったく、やり過ぎなんだよ、このクソジジイ!!!
    ついついリキが入りすぎて、演技過剰になったジジイを
    アッシュが怒りの目で睨みつける。
     
     
    「はいはーい、これは何本ー?」
    アッシュが指を3本立てる。
    「1本ー。」
    「じゃ、これはー?」
    指を1本立てる。
    「3本ー。」
     
    「はい、正常ですねー、いつものアホウなジジイですねー。
     朝飯を食っていないんなら、フルコース用意してもらいましょうねー。
     もちろん全部残さず食ってくれますよねー?」
    「すすすすいません、朝飯さっき食いました。
     どうかお茶だけお願いします。」
    安堵したのか、周囲がドッと爆笑する。
     
    執務室に入って、グリッと振り返ったアッシュの顔は般若と化していて
    生命の危険を感じたジジイは、ひたすら土下座をした。
     
     
    「で、今日までにわかっているのは、これだけです。」
    結局軽食をとるアッシュとジジイに、リリーが説明をした。
     
    反乱グループは7人で、リーダーはバスカム
    大規模な襲撃を起こすために、通信傍受機器を揃えた等。
    「通信傍受は、無線キャッチぐらいのものでした。
     つまり、ここの環境ではコードレスフォン限定ですね。」
     
    執務室のTVモニターには、電気部が反乱グループの部屋を
    調べる映像が映っていて、それをまるで映画鑑賞のように
    ポップコーンをボリボリ食いながら観るアッシュとジジイ。
     
    「格好良いと思いませんかー?
     私がデザインした電気部の工事用仕事着ー。
     メタルギアソリッドみたいでしょー?」
    「何じゃ、そりゃ?」
    「潜入ゲームのタイトルですよー。」
    「あんた、そういうの、ほんっと好きじゃな・・・。」
     
    「にしても、私、相続戦の時
     エレベーターんとこにあるらしき、妙な空間が気になってたんですよー。
     電気部の工事用の移動スペースだったんですねー。」
    「んじゃ。 加えて、天井部分にも移動スペースを取ってあるんじゃよ。
     注意深く見てみると、館の天井の高さが外観と合わないのもわかるぞ。」
    「その天井裏通路とか、誰が考えたんですかー?」
    「設計士と電気技師じゃ。」
    「ああ・・・、大阪城を建てたのは大工さん、みたいな答ですねー。」
    「それが現実じゃよ、ふぉっふぉっふぉっ」
     
     
    話が逸れまくる物見遊山気分のアッシュとジジイに構わず
    リリーが報告書をめくりつつ、解説する。
    「ただ予想外だったのが、この機械です。」
    画面を折りたたみ式の棒で指す。
     
    「おっ、女教師ー!」
    「ふぉーっ、眼福じゃのお!」
    「これで黒ブチめがねに、ひっつめ髪が王道なんですよー。」
    「うーん、リリーちゃんはヘアスタイルは派手じゃからのお。」
    「お出かけ用スーツはバッチリなんだけど
     もちっとオールドミス的味わいもほしいところですよねー。」
    「定番すぎて俗じゃが、嫌いじゃないぞ!」
     
    「そ!れ!で!!!!!」
    ふたりの雑談に、しかもその内容が自分の外見である事に
    激しくイラついて、リリーは画面を棒でビシビシ叩いた。
     
    「おおっ、たかじんー!」
    「誰じゃ? そりゃ。」
    「日本の関西の・・・」
    「こ!の!機!械!が!何だったかと言いますと!」
    その大声に、リリーの忍耐力の限界を察したふたりは雑談を止めた。
     
    「これ、盗聴受信機なんです。」
    「・・・? だから傍受機じゃろ?」
    「いや、きっと違うんですよー。
     大阪日本橋に年に1度行くか行かないか、という経歴の私が考えるに
     これは盗聴器をどっかに仕掛けてて、それ専用の受信機なんですよー。」
    「ええと、それ、どういう経歴かのお?」
    「何の知識も持ってない、って事は確かですー。」
     
     
    もう・・・。 勉強が出来ない子供の授業態度みたい・・・。
    話の進まなさに、いい加減ウンザリして
    指し棒をたたみ、デスクの椅子に座って爪をヤスリで整え始めたリリー。
     
    その怒りのオーラあふれる背中を見て、しまった、と後悔する雑談組。
    「ほんっと、ごめんー。」
    「真面目に聞くから、機嫌を直してくれ。」
     
    懇願するふたりに見向きもせず、爪を削りながら投げやりに話すリリー。
    「で、その盗聴器は、南北の住人用食堂に各1個ずつ見つかりました。
     他にもないか秘密裏に捜索中なので、引き続き警戒が必要です。」
     
    背後でアッシュとジジイがつかみ合いのケンカを始める。
    「あんたが妙な合いの手を入れるから、話が脱線するんじゃ!」
    「私のつぶやきにいちいち反応するおめえが悪いんだろー。」
    「おめえとは何じゃ! 目上に対する敬意はないんか!」
    「命汚く生き延びてるくせに、年長ヅラしてんじゃねえぞー。
     諦めてマッハで死ねー! 手伝ってやろうかー? このクソジジイー!」
    「何じゃと? やるんか? 年は取ってもまだまだ衰えとらんぞ!」
     
     
    リリーが椅子をグルリと回転させ、振り向いて静かに言った。
    「わたくしの話を真面目に聞けないのなら、もう無視しますよ?」
     
    アッシュとジジイは、即座に取っ組み合いを止め、土下座した。
    「ほんっっっと、すみませんでしたーーーっ。」
    「どうか、無視だけはご勘弁をーーー。」
     
    米つきバッタのように、ジタバタしているふたりを
    冷酷な瞳で見下ろしつつ、リリーはあくまで無表情だった。
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 50

    「もういい!」
    バスカムは、あまり期待をしていなかったので
    この女の土産なしには、そう落胆はしていなかった。
     
    しかし1ヶ月掛かって成果なしとは、この女は使えない。
    アッシュの思惑通りにそう判断したバスカムは、女に帰っていいと告げる。
    ディモルに女から目を離さずにいろ、と命じたのは念のためである。
     
    この処置は、主に恋人を殺された女に対しては、ごく普通の事である。
    むしろそんな女を身近に置いている主の方がおかしい。
    バスカムには、アッシュが考えなしの大バカに思えていた。
    これはごく正しい評価であった。
     
     
    デイジーが集会部屋から出てきて
    自分の部屋に戻ったのを確認したアッシュ一同は、安堵の溜め息を付いた。
    引き続きの厳重な監視を頼み、アッシュとリリーは地下通路に下りた。
     
    「どうしますー? もう一気に全員殺っちゃいますー?」
    アッシュが歩きつつ、ヘラヘラと笑って言う。
    まったく、冗談なのか本気なのかわからない。
     
    アッシュが手の平を壁の装置に当てると、数m先のドアがシュッと開いた。
    全ドアでこれが出来るのは、アッシュ以外はジジイとリリーだけである。
    働いている者たちは、外部への個別通路のみしか開けられない。
     
    「SFですよねー ♪」
    アッシュはこういうのが大好きで、これがしたいがためだけに
    “見回り” と称して、意味もなく地下通路をウロついていた。
    薄暗い地下をフラフラ徘徊するババアなぞ
    不気味以外の何者でもないのに。
     
     
    「ところで、事務部に反抗的思想の人はいませんよねー?」
    アッシュが立ち止まり、リリーに訊く。
    「それは大丈夫です。
     何重にもチェックを入れてますし、全員わたくしが掌握しております。」
    「おおーーーーーっ、女王様ーーーーーーっ!!!」
    アッシュが両手を合わせてウルウルと見つめるのを、リリーは無視した。
     
    「長老会への報告はどういたしますか?」
    「んー、私としては、こういう事態は内部で収めてからの
     事後報告の方が、スムーズにコトが進むと思うんだけどー。」
     
    「では、長老会へは通常報告のみで。
     ただ元主様へは、協力を仰いだ方が良いと思いますが。」
    「あっ、ジジイには言っておかないとヒガむもんねー。
     ジジイが次に来そうな日はいつかなー。」
    「いつものサイクルですと、多分、来週初めあたりになると思います。」
    「うーん、来週じゃ先過ぎるなあー。
     明日だとあからさまだから、あさってあたりが好ましいんだけどー。
     よし、Cラインを使おうー!」
     
    Cラインとはアッシュ-ジジイ間の直通電話の事で、盗聴の心配がない。
    秘密のsecretは、日本語でsiikurettoと読むから
    siiでシーで “C” だとアッシュが言い張って、この名になった。
    アッシュはこういうスパイごっこが本気で好きだった。
     
     
    再び通路を行き、パネルに手をかざしドアを開けて入ったのは
    館内の電気関係をすべて司っている部屋で
    その広さは、館の北館2個分にも匹敵する広大さである。
     
    地下があるとは思っていたけど、こんなに広いとはねー
    だよねー、地上と地下は同じ面積である必要なんてないもんね。
    アッシュは、ここも好きだった。
    というより、こういう迷路のような地下自体が好きだった。
     
    オカルトに地下は付き物じゃん
    薄暗さにビクビクしながらも、妙に興奮するんだよなあ
    これぞ、“吊り橋効果” だな!
    アッシュは自分の異常嗜好を、大間違いな理論で納得していた。
     
     
    アッシュが電気部屋と呼ぶその部屋は
    地下鉄の制御室のような様相である。
    「おおおーっ、これぞ陰謀のエレクトリカルパレードやーーーっ!」
    両手を広げて大声で叫ぶアッシュに、誰も反応しない。
    この部屋に入る度に、同じセリフを繰り返していたからである。
     
    「さ、主様のいつもの呪文も唱え終わったし
     昼間お願いした電気量のデータは抽出できてる?」
    リリーが声を掛けた職員が、誘導する。
    「はい、ここに。」
    積み上げられた膨大な枚数の紙が、アッシュの目まいを誘う。
     
     
    「で、これを誰が見るんかなー?」
    職員の両頬を指で摘まむアッシュに、摘ままれた職員が答える。
    「うぉうわたふぃがうんせきしわした (もう私が分析しました)」
    「うーん、気が利いてるーっ!」
    ここぞとばかりに抱きついて、理系男子にセクハラをするアッシュ。
     
    異様にはしゃぐアッシュを、リリーは冷静に見ていた。
    いつも地下に来ると、どっかのネジが飛ぶようだけど
    今回のこの舞い上がりっぷりは、ただ事ではない。
    このお方は結局、戦いが好きなんじゃないかしら?
     
     
    「うーん、やっぱりバ・・・何とかの部屋の電気使用量は
     他の住人の部屋より微妙に多いっぽいかもー。」
    「いい加減、名前を覚えてください。 バスカムです。」
     
    覚える努力をする気がさらさらないのか、アッシュが無視して続ける。
    「でも、こんな差じゃわかりにくいですよねー。
     これはチェック漏れとは言えないなあー。
     まさか住人が通信傍受機器とかを置いてるとは思わなかったしねー。」
     
    デイジーがディモルから聞き出した話によると
    リーダーが盗聴機器類を揃えているらしく
    それを重く見たアッシュとリリーは
    電気部にその情報の裏付けを取るために
    各部屋の電気使用量の調査を命じていたのであった。
     
     
    データを見つつアッシュと話し合う職員に、リリーが訊ねる。
    「長老会との電話も受信されていた可能性はあるのかしら?」
    「それは実際に機器を見てみないと何とも・・・。」
    「事務部の通話内容の確認はした?」
    「はい。 なにぶん急なお話で、時間が掛けられず
     完全に確認できたのは、まだここ1ヶ月のものだけですが
     その期間は、特に大した情報はありませんでした。」
    「主様の会話は?」
    「・・・「ほー」「へー」、もしくは怒号ぐらいで・・・。」
    「ああ・・・そう・・・。 まあ、それなら良かった・・・わ・・・?」
     
    色んな事で落胆するリリーと、申し訳なさそうにする職員に
    隣でのんきに書類を読んでいたアッシュが指示を出す。
    「じゃあ、明日、反乱軍の各部屋をチェックに行ってくださいー。
     怪しまれるとマズいんで、モニター部と連携してくださいねー。
     で、今回は確認のみで、一切手を加えないようにー。
     確認の様子はビデオに撮ってきてくださいねー。」
    「はい、わかりました。」
     
    「じゃ、その他の事はリリーさん、お願いしますねー。
     私はジジイにCラインかまして寝ますからー。」
    「はい、お疲れ様でした。」
     
    リリーがそう答えると、すべての職員が立ち上がってアッシュを見送った。
    アッシュは、敬礼をしてから部屋を出たが
    ふっふっふっ、ものすごい上官気分ーーー、と内心ホクホクだった。
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 49

    “主様” に反感を持つ人間は、この2件の死亡に動揺した。
    「主に殺されたんだ」
    全員がそう思った。
     
    アッシュたちの読み通り、確かに最初は個々がバラバラだった。
    会えば酒を酌み交わし文句を言う、ただそれだけの関係だったのだ。
     
    しかしその内のひとりが、襲撃事件を起こした。
    死んだのは主の護衛の姉で、主も親しくしていた人物である。
    「主が復讐のために、反抗的な輩をひとりひとり殺しに掛かっている」
    自分の境遇への不満をすべて他人のせいにしグチを言う
    そんな単細胞たちが、そう考えるのも自然の流れである。
     
     
    そうは考えない人間がいた。
    バスカムである。
     
    あの女が他人のために復讐などするわけがない
    バスカムのこの考えは、今回の件に限っては結果だけ見ると正解なのだが
    彼は主の姿を大きく見誤っていた。
     
     
    バスカムはこの館に、と言うよりは長老会に不満を持っていた。
    それは恵まれた境遇の人間に対する憎悪であった。
    いわゆる反社会的な思想であり、この館がどうであろうと
    結局は必ず持つであろう、不毛な怒りを抱えていたのである。
     
    彼には、この館自体が嫌悪の対象であり
    主が替わろうと替わるまいと、壊したかったのである。
    彼はいずれは館を逃げ出すつもりであった。
    どこへ行っても、彼のこの不満グセは変わらないであろうに。
     
     
    そんな妄想の中、館では新しい主が誕生した。
    外国でヌクヌクと生まれ育ち、何も知らずに来たのに
    相続を達成したばかりか、改革までしようとしている。
     
    彼女の最初の演説を聴いたときには、憤死するかと思った。
    今までに経験した事のない激しい怒りが、足元から湧き上がり
    心臓を強く殴られたような衝撃だった。
     
    この世界のすべてを見抜いているのは俺ひとりなのに
    あの無知な女に、頭上から幸運が降り注いでいる。
    バスカムには絶対に自覚してはならない事だったが
    これは嫉妬というものであった。
     
    バスカムは単に、どこかの頂点に立ちたかっただけなのである。
    自分がなれるはずのない者に、アッシュが安々となり
    知った風な口を叩いている。
    その存在が、バスカムにはとてつもなく目障りだった。
    このまま許しておけば、自分が崩壊してしまう。
     
     
    だがアッシュという人間は、バスカムにとって初めて出会う人種で
    その得体の知れなさに尻込みせざるを得なかった。
    そう感じたのは、アッシュを目の当たりにした時であった。
     
    1度目は、アッシュが玄関ホールで二人目の敵を滅多打ちにした時
    2度目は、アッシュが食堂でニタニタと笑って食事をしてた時である。
     
    こいつに関わっちゃいけない、頭の中にそう警鐘が鳴り響いたが
    3度目に前方から走ってくる、怒り全開のアッシュとすれ違った瞬間に
    その確信は、バスカムの心に固定された。
     
     
    この3度目の遭遇の時のアッシュの怒りには、ある事情があった。
    アッシュが主就任後の忙しい合間を縫って
    コツコツとLV上げをしていたゲームがあった。
     
    時々その姿を見掛けては気になっていたジジイが
    やめときゃいいものを、好奇心に逆らえずに
    アッシュが席を外した隙に、ちょちょっといじってしまったのである。
     
    ゲームは日本語で何が何やらさっぱりだったが、さすがのジジイにも
    画面に映し出された NO DATA の意味はわかった。
    ジジイは後悔よりも先に、すさまじい恐怖に駆られて
    ムンクの叫びのような顔になりつつ遁走し
    戻ってきたアッシュが、それに気付くのに時間は掛からなかった。
     
    実にくだらん話だが、ゲーマーならば
    この時のアッシュの心情をわかってもらえるであろう。
    こういう時のアッシュの怒りは
    巨大龍の怒りにも匹敵する、正に “逆鱗” であり
    修羅のごとき形相で髪を振り乱して、ジジイを探し回った。
     
    それを目撃した人は、運が悪かったとしか言い様がないが
    バスカムの心にも、大きなトラウマを刻み込んだのである。
     
    ちなみにジジイは、飼料を置く納屋のひとつに隠れていたところを
    養豚係によって通報され、アッシュにはちくり回された。
     
     
    さて、単純バカどもが騒いでいる。
    どうせ大した事は出来ないんだから、大人しくしてろ
    それでなくとも主の後ろには、歴戦のつわもの、あのローズがいるというのに
    どんな思考をしたら、直接対決など考えつくのか。
     
    どうしたものか、とバスカムが煮え切らない思案をしている内に
    普段偉そうな事を言ってたせいもあり
    単細胞たちが周囲に集まるようになってしまった。
     
    今にも主に殴り込みを掛けそうな勢いに不安を感じたバスカムは
    腹をくくってグループのリーダーになった。
    自分の周囲をウロつく彼らがまた余計な事をすれば
    こっちにも火の粉が掛かる可能性があるからである。
     
    どうせ、いつかは主と対峙しなければならない。
    あの不気味な女を抹殺しないと、自分の心に平穏はこないのだ。
     
     
    バスカムはせかす仲間を押しとどめつつ、機器類を揃えていった。
    万が一にも失敗があってはならない、と言いつくろってはいたが
    その意味のない機器類を見ると、決戦の先延ばしをしていた観も拭えない。
     
    腹をくくったつもりでも、ダラダラとしていたバスカムのビビりが
    デイジーに、引いてはアッシュにつけいる隙を与えてしまったのである。
    リーダーは独裁の猪突猛進型が一番成功に近い、という証明にも思える。
     
     
    そんな中、メンバーのひとりの恋人が主の近くで仕えている、と知る。
    しかもその女は内心、主を憎んでいるらしい。
    バスカムはメンバーを通じて、その女に
    主の部屋から、“何か” を盗ってくるよう命じた。
     
    何か、は何でも良かった。
    まずはその女がどこまで役に立つのかを知るのが目的だったし
    上手くいけば、主討伐のヒントになるかも知れない。
     
    そのぐらいの目論見だったが、難題に焦ったデイジーによって
    グループの存在が、主の知るところになったのは
    バスカムの不運、いや甘さだったと言えよう。
     
     
    続く。
     
     
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          ジャンル・やかた 1 09.6.15

  • ジャンル・やかた 48

    デイジーは、ディモルと親しくなるのに充分に時間を掛けるつもりだった。
    軽い女じゃない、と思わせないと。
    そう企むデイジーは、本当に一途な女だった。
     
    「そろそろ良いじゃねえかよ
     あんたはまだ若いんだし、ヤツもあの世で納得してるさ。」
     
    ディモルが誘う言葉の端々に、サカリの付いた男特有の無神経さがあり
    マティスに対する冒涜を感じて、頭に血が上る事が度々あったが
    その怒りを上手く変換して、ディモルを操った。
    「あたしゃ、マティスを殺したあの主が許せないんだよ!
     こんな気持ちじゃ、あんたにも申し訳ないんだよ。」
     
     
    「俺も主を憎んでいる。」
    そうディモルが言い出すまでには、時間は掛からなかった。
    志を同じくする仲間がいるらしき事も、すぐに告白した。
     
    チャラい男だわね
    デイジーはより一層ディモルを軽蔑し、亡きマティスへの愛を深めた。
    この事により、デイジーは何でも出来る決心が付いた。
    心がなければ、それはただの行為である。
     
    この悟りは、セックスだけではなく殺人にまで適用される。
    奇しくも、産まれ出す行為と死の行為、相反するふたつの事柄に、である。
     
     
    アリッサがデイジーに耳打ちをした後に事は起こる。
    医療室で、ひとりの患者が死んだ。
     
    重病や複雑な治療が必要な者は、長老会管轄の街の病院に送られるが
    それでも館の医療室は、診療所クラスの設備が整っていた。
     
    死んだ患者は、深酒が過ぎて少し肝臓を患っただけで
    入院はしてても、命に関わる事態ではなかった。
    しかし館の医師は、深く追求もせず事務部に報告し
    事務部も何の疑問も抱かずに、長老会へと上げた。
    その流れの途中に、アッシュもリリーも関わっていた。
     
    この館の住人の命が軽かったわけではなく
    病院で死ねば病死、その一般的な感覚が全員の目を曇らせたのである。
     
     
    デイジーはアッシュに助けを求めた時に
    この一件は自分が点滴にとある物を少量混ぜた、と告白したが
    解剖もされなかった遺体は、死因の特定もされず
    報告書には “心不全” と書かれていただけであった。
     
    デイジーの告白を聞いた時に、アッシュは自分の父親の事を思い出した。
    アッシュの父親も、ある朝突然息絶えていて
    死因が心不全、と言われたのである。
     
    そんな物を摂取するだけで、普通っぽく死ねるなんて・・・。
    アッシュはデイジーの話を聞いて驚いた。
    それは子供に舐めないように注意をするだけの
    どこにでもある生活に密着した成分であった。
     
     
    葬式の時の墓地の前で、再び握り拳を振るわせるディモルの隣で
    そっとその握った手に自分の手を重ねつつ、デイジーはほくそ笑んだ。
    あんたの言動を見てれば、誰が仲間なのかすぐわかるのよ。
     
    高笑いをしたくなるような気持ちを抑え
    デイジーはディモルの顔を見つめて、背中を優しくさすった。
     
    「親しい人だったの?」
    「ああ・・・、仲間だった・・・。」
    ディモルはデイジーを抱きしめた。
     
    安酒の匂いに、デイジーは吐き気を覚えた。
     
     
    続く。
     
     
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