カテゴリー: そしてみんなの苦難

  • そしてみんなの苦難 14

    「本当にもう帰るだかー。 寂しいだすよー。」
    別れを惜しんでいるのは、マナタだけであった。
     
    さっきの今だと言うのに、手元にはグリスの書類が揃っている。
    大臣の実行力と権力の大きさに、感謝どころか逆に震え上がる。
     
     
    「マナタさん、本当にお世話になりましたー。
     お礼と言っちゃ何なんですが、これ、貰ってくださいー。」
    主が、駄菓子がまだまだ一杯詰まっているバッグを
    えいやっ とマナタに投げ付ける。
     
    「おおーーー、嬉しいじゃがよー!!!」
    本気で大喜びするマナタに、タリスは聞きたくてしょうがなかった。
     
    おまえ、本当はマトモな英語を喋れるんじゃないのか?
     
    あの大臣が、身内のこんなヘンな英語を許すとは思えない。
    我々を油断させるための芝居なんじゃないのか?
    そうタリスを疑心暗鬼にさせるほど、大臣の雰囲気は恐ろしかったのだ。
     
     
    だが、訊く勇気などない。
    大学の課題のひとつとして、何気なく選んでちょっと学んだこの国だが
    遠くで学ぶのと、実際に体験するのでは大違いであった。
    もう、この国とは一切関わりたくない!
     
    タリスの完璧なビビりを察知せずに、マナタはのんきに言った。
    「わすがそっちに行った時には案内して欲しいでんがな。
     タリス、メルアドを教えてけろ。」
     
     
    捨てアドをマナタに教えて、やっと機上の人になれたタリス。
    あまりの緊張が過ぎ去って、行きとは違って気が抜けたように
    窓の外を見つめながら、ボンヤリと回想していた。
     
    普通に勤務していたら、絶対に味わえない経験だった。
    それも今こうやって無事でいるから思える事である。
     
     
    タリスは何気なく主の方に目をやる。
    主は相変わらず携帯ゲーム機を凝視していて
    その隣では、レニアが眠りこけている。
    そして、その隣に黒い子供が緊張した様子で座っている。
     
    俺はこの子のために、ここにいるわけだ・・・。
    慣れない警護に苦労しつつ、死刑になるかも知れない恐怖に直面し
    それもこれも、この子供のために
    主様が一瞬で決めたこの子供のために・・・。
     
     
    タリスはやりきれない気持ちだった。
    無口で沈着かつ冷静である、と自負していた自分が
    土壇場ではこんなに取り乱す人間だったとは、想像もしていなかった。
     
    情けないし、恥ずかしい。 これで軍人と言えようか。
    思わぬ自分を突き付けられ、頭を抱えてしまう。
     
     
    結局、館の事も何ひとつ知る事が出来なかった。
    わかったのは、主が変わり者らしい事だけ。
     
    しかし、主が何故、主でいられるのかはわかった気がする。
    奪う事にも奪われる事にも執着のない人物。
    このお方はきっとこれからも、あの何を考えているのかわからない無表情で
    ひとり直進して行くのだろう。
     
     
    ひとり・・・・・?
     
     
    じゃあ、この子供はどうなるのだろう?
    小さなか細い薄汚れた子供。
     
    タリスは、いかにもオドオドして座っている子供の方を見た。
    子供はキョロキョロと目玉だけを動かして
    オドオドとしつつ、居心地が悪そうだったが
    ふと、タリスの視線に気が付いたのか、振り向いた。
     
    タリスと子供の目が合う。
    子供は怯えた表情のまま、一生懸命に笑みを作った。
     
     
     
    「あー、だから主のお供にしたくなかったんだ・・・。」
    書類を手に、将軍は溜め息を付いた。
     
     
    “転属願い”
     
     “館警備への転属を希望いたします  
                     
                     タリス”
     
     
     
             終わり
     
     
     
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           小説・目次 

  • そしてみんなの苦難 13

    奇妙な沈黙が漂う。
    主は微動だにせず、無言であった。
     
    「何故、返事をしないのですかな?」
    しびれを切らせた大臣が問い直す。
     
     
    「あー、すみませんー。
     今まさに迷いまくっておりましたー。
     すみません、無理ですー。
     どうやっても私には、この場では “真実” を作れませんー。」
    その棒読みと無表情が、諦めを感じさせる。
     
     
    「では、あなたは、私が作る “真実” とやらを
     受け入れる覚悟がある、という事なんですかな?」
     
    大臣は、厳しいまなざしで主を威嚇する。
    主は何の感慨もなさげに、ごく普通に答えた。
     
    「はいー。 しょうがないですねー。
     どうせ他人の血も自分の血も、区別がつきませんしねー。」
     
    タリスの背中に冷たい筋が走った。
    主は失敗してしまったのだ。
    それはすなわち、自分の死をも意味する。
     
     
    主をジッと睨む大臣。
    タリスは身動きが出来ない。
    今ここで指の1本でも動かせば
    反撃しようとした、と見なされて蜂の巣にされるかも知れないのだ。
     
    だが自分は護衛。
    何か打つ手はないか、と目玉だけ動かした時に
    タリスの目に、主の背中が映った。
     
     
    いつもと変わらぬ、いや、いつも以上に静かな背中。
    まるで雪が降り始める前の音が聴こえるようだ・・・
     
    タリスは、思わず目を閉じた。
    故郷の、冬の枯れ野原が眼前に広がる。
     
     
    大臣はわっはっはと笑った。
    タリスは我に返った。
     
    ここここんな時に、自分は何を思い巡らせているのか。
    改めて、背筋が凍りつく。
     
     
    「いや、聞いていた通り、率直なお方だ。
     よろしい、子供をお譲りしましょう。」
    「ありがとうございますー。」
    頭を下げた主に、大臣が言う。
     
    「どうですかな?
     予定を延ばして、晩餐もご一緒してはいただけませんかな?」
    「光栄なお話ですが、今日発ちたいのですー。
     申し訳ございませんー。」
     
    「そうですか・・・。
     もちろん、無理強いは、しませんよ。
     また次の機会にでも・・・。」
    その寛容さを演出するような口調に、タリスはゾッとした。
     
     
    丁重にお礼の挨拶をした後、宮殿の廊下を歩くふたり。
    「ここを生きて出られるなんて信じられない・・・。」
     
    解けない緊張に、無意識につぶやいたタリスを主が戒める。
    「シッ、さっさと行きますよー。」
     
     
    ホテルの部屋に戻ると、マナタがノンキな顔で訊いてきた。
    「どがいだったかね?」
     
    「はいー、とても良い人でしたよー。」
    主がそう答えると、マナタが驚く。
    「ほお、おみゃあさんでもお世辞を言うだかや?」
    その図星に、主はロコツに嫌な顔をした。
     
     
    マナタが部屋を出て行った後、レニアがコソッと訊く。
    「で、本当はどうでしたの?」
     
    「自分以外の暴君って、間近で見るのは初めてでしたけど
     ものすごい邪悪な迫力でしたよー。
     格が違う、って思い知らされましたー。
     晩餐に誘われたんですけど、断りましたー。
     もてなしで猿の脳みそとか、いかにも出しそうな人でしたもんー。」
     
    思わずタリスも横から口を挟む。
    「帰してもらえたのが奇跡ですよ。
     これはもう、さっさと立ち去った方が無難ですよ。」
     
    うなずきながら、主が続ける。
    「クリスタルシティに着くまで安心は出来ませんよー。
     そういう奇跡は、また別のいたらん奇跡も連れてくるものですからー。
     いきなり気が変わって、首チョンパされたくないですからねー。
     書類が揃い次第、さっさと出国しましょうー。」
     
    ふたりのささやきに、レニアは卒倒しそうになった。
    「止めてー。 今、体調不良にならないでー。
     この国を出るまで耐えてーーー!」
    主が小声で叫び、タリスが慌ててレニアを支える。
     
     
    ふたりは心底ビビり上がっていたが、確かに執念深そうな男である。
    これ以上長居して、機嫌を損ねる可能性を作るのは避けたい。
     
    何しろ、主は “率直” なのだから。
     
     
    続く。
     
     
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           小説・目次 

  • そしてみんなの苦難 12

    「はいー。
     わたくしの跡継ぎが欲しいからですー。」
    主がサラッと答える。
     
    「わたくし、欧米人はあまり好まないのですー。
     かと言って、日本に行くには遠すぎますしー
     何より日本は手続きが多すぎるので、面倒なんですー。」
     
    主は自分の言っている事の意味がわからないのか?
    身じろぎも出来ずに、タリスが心の中で叫ぶ叫ぶ。
     
     
    「ほお? それで我が国の子供を連れ去ろうと?」
    厳しい表情で、ズイッと大臣が身を乗り出すのを見て
    タリスは凍りつきそうになったが
    事もあろうにそれを受けるように、主もズイッと身を乗り出した。
     
    「貴国の流儀に則って手続きをしているものだと思っておりましたが
     何か手違いでも発生したのでしょうかー?
     でしたら即刻、善処させていただきたいと存じますがー。」
     
    ニコリともせずにヌケヌケと言う主に、大臣は呆気に取られている。
    タリスは後ろで、泡を吹いて倒れそうな心境だった。
     
     
    しばらく無言で見詰め合っていた大臣と主だったが
    やっと大臣が話を再開した。
    「いやいや、話に聞いていた通り、変わったお方だ。」
    「恐れ入りますー。」
     
    そこ、“恐れ入ります” 違ーーーーーう!
    タリスは心の小部屋でジタバタと、のたうち回る。
     
     
    「クリスタルシティの商工会会長の息子は、私の留学先の同級生でね。
     マナタは私の従兄弟の娘の婿なのですよ。」
     
    じゃあ、最初から目を付けられていたのか!
    その時ふたりは、それに初めて気が付いた。
     
    「特殊な館の主に、どうしてもひと目会いたくてね。」
    「その “特殊” とは、どこに掛かるんですかー?」
    「色んな部分にですよ。」
    大臣はふふっと笑った。
     
    「では、話は早いと思いますー。
     どうか貴国の子供をひとり、わたくしに譲ってくださいー。」
    主は頭を下げた。
     
    「その “日本式” も聞いておりますよ。 独特ですな。」
    大臣は椅子の背もたれにもたれた。
     
     
    「ある人間がいる。
     私に何でも許される事を知っている人間だ。
     ある日、そやつが私の宝石を借りようとした。
     私に黙ってだ。」
     
    大臣は、葉巻に火を点けた。
    一瞬で部屋中に甘い煙たい香りが漂う。
     
    「私に言えば、すぐに許可が出る事はわかりきっておったので
     そやつは私には、後で報告するつもりだったらしい。
     しかし私は、宝石を持ったそやつの従者の両手を切り落とした。
     私は間違っておるかな?」
     
    こ・・・これは・・・試されてる!
    タリスは青ざめた。
    大臣の気に食わない答をすれば、我々は手首どころか首が危ない。
     
     
    タリスの動揺も知らずに、主は即座に答えてしまった。
    「似たような話がたくさんある気がするんですが
     どこにでも増長するヤツはいる、って事なんですかねー。
     にしても、そのような質問をなさるとは
     恐れ知らずでいらっしゃるー。」
     
    「どういう意味だね?」
    いぶかしげに大臣が訊ねる。
     
     
    「閣下は “真実” の正体に、お気付きになっていらっしゃるはずー。
     真実なんて、人 × 場所 × 状況 の数だけあるものですー。
     つまり今この場での真実も、閣下がお決めになるんですー。」
    主が眉ひとつ動かさずに、恐ろしい事を言う。
     
    「ただ、ひとつだけ言えるのは、真実をもて遊んだらロクな事にならない
     と、歴史が証明している事ですー。
     だから真実を謎掛けにするなど、“恐れ知らず” って言ったんですー。
     閣下は先程の問いの答は
     もう、ご自分で持ってらっしゃいますよねー?」
     
    「何故そう思う?」
    「閣下が大臣だからですー。
     迷いがあったら勤まらない地位だと思うんですー。」
     
     
    大臣は、葉巻をもみ消した。
    「あなたには、迷いはないのですかな?」
     
    主は自分がしくじった事に気付く。
     
     
    続く。
     
     
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  • そしてみんなの苦難 11

    「えええええええええーーーーーー
     そういう面倒がないようにお願いします、って
     あんだけ念押ししたのにーーーーーっ!」
    携帯に向かって叫びながら、部屋をウロつく主。
     
    「もう、ほんと頼みますよー。
     私が出たら余計に国交に差し支える、とか思わないんですかー?
     ・・・・・・・・・・・・・・・
     あーもう、わかりましたよー、行くしかないんですねー?
     どうなっても知りませんよー、とは言わないけど、連帯責任ねー。
     はいー、はいー、わかってますからー、努力しますからー。
     はいー、じゃー、無事故無違反を祈っててくださいよー。」
     
     
    電話を切った主が、タリスに言った。
    「何か、この国のお偉いさんと茶ぁする事になっちゃいましたー。
     付いてきてくださいねー。」
    「誰とかあね?」
    マナタが横から口を挟んだ。
     
    「えーと、名前は忘れたけど、内務大臣みたいな人ー?」
    その言葉に、マナタは意味ありげな薄ら笑いを浮かべた。
     
    「ああー、あの人だべかー。
     酔狂なくせに気難しくて、すぐ首をはねちまうごわす。
     厄介なお方と会うんじゃなあ。」
     
    「あーあーあー、そーゆー逸話は聞きたくなーいーーー。」
    主は、両手で両耳をパフパフしてあーあー言いながら
    寝室の方へと去って行った。
     
    こいつ、本当に上流なんだな、と思ったが
    マナタは、柿の種をボロボロとこぼしながらむさぼり食う
    ・・・だけならまだしも、床に落ちたのまで拾って食うので
    尊敬も感心も出来ない、複雑な心中のタリスであった。
     
     
    「・・・えーと、生きて帰れなかったらごめんねー。」
    「・・・いえ、それも任務ですから・・・。」
    冗談のような口調の主と、それをとがめないタリス。
    ふたりの余裕のなさは、マナタから聞いた情報ゆえだった。
     
    この国の独裁政権は、国王一族によってかためられているが
    今から会う大臣も、国王の数多い親族のひとりで
    その中でも特に残忍な人物らしい。
    拷問部屋や人間狩りの噂など、ふたりを青ざめさせるには充分であった。
     
    「・・・マナタさんの事も、ムゲにしてたら
     彼の一族にどういう罰をくらったかわかりませんねー・・・。」
    主がつぶやいた言葉に、タリスも同意せざるを得なかった。
     
    この国での “権力” というものは
    他人の命を、空き缶でも蹴るように簡単に左右できるようだ。
    お通夜のような神妙な面持ちで、ふたりは迎えのリムジンに乗り込んだ。
     
     
    着いたのは、宮殿のような建物であった。
    「うわ、万が一のため、ドレスを持ってきといて心底良かったーーー!」
    主が目まいを起こしながら、リムジンから降りる。
     
    紺色の露出の少ないストレートラインのミニドレスは
    主の象牙色の肌に映えていた。
    確かに痩せすぎではあるが、きちんとすると品がないでもない。
    タリスの衣装は無難な黒スーツである。
     
    ボディーガードの役目だったはずなのに、まさかこんな目に遭うとは
    思ってもしょうがない後悔で、タリスの心は一杯であった。
     
     
    主の後ろを歩いていると、主が少し顔を傾けてうつむいて右後ろを見る。
    このお方が、自分が付いてきているか気になさるとは
    このような状況では、さすがに不安なんだろうけど・・・
     
    タリスは、そのひんぱんな主の “確認” が
    自分が信用されていないような気がして、少し不愉快であった。
     
     
    赤じゅうたんが敷かれた中央ホールを通り、通された部屋は
    “サロン” とでも呼ぶべき、ヨーロッパ調の装飾だった。
    勧められた長椅子には主が座り、タリスはその後ろに立つ。
     
    程なくして、ひとりの小太りの男性が目の前に現れた。
    胸には爬虫類のウロコのように勲章がぶら下がり
    男性の自己顕示欲を象徴している。
    いかにも、ロコツに美化された肖像画を残したがるタイプである。
     
     
    「よくぞ、いらっしゃった。
     さあ、おくつろぎください。」
    立ち上がった主に、微笑みながら手を差し伸べる。
    流暢な英語であった。
     
    「わたくし、クリスタルシティの保護施設の管理人ですー。
     今日はお招きいただきまして、光栄に存じますー。」
    主が微かに笑みの混じった硬い表情で、お辞儀をした。
     
     
    おいおい、そこは握手をするとこだろーーー!
    タリスは後ろでハラハラしたが、大臣ははっはと笑った。
     
    「そう言えば、ニッポンのご出身だったですな。」
    「はいー。 西洋式文化が中々身に付かず困っておりますー。」
    「まあ、何でもかんでも西洋式を真似るのも感心しませんな。」
     
    西洋風インテリアにしておきながら何をぬかす!
    タリスは、無表情で脳内突っ込みをした。
     
    そんなお遊びをしている場合じゃないのは、百も承知なのだが
    この初めて味わう重圧に、タリスの心が耐えかねて
    いつもよりも脳みそが饒舌になっているようである。
     
     
    「さて、早速本題に入りますが、今日おいでいただいたのは
     あなたが我が国の子供を連れ出したい、と耳にしたからです。」
    いきなりの核心を突いた言葉に、タリスの心臓が大きく上下に動く。
     
    「理由をお聞かせ願えますかな?」
    大臣は、にこやかだが冷酷な眼差しで主を見据えた。
     
     
    続く。
     
     
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           小説・目次 

  • そしてみんなの苦難 10

    主が子供の前で仁王立ちのまま、その子を睨みつける。
    子供はオドオドしながらも、逃げる事もせず主を見上げている。
     
    だから子供には、子供の目線まで体を低くして優しい眼差しでっ!
    タリスは、思いっきり上から見下ろす主に心の中で突っ込んだ。
     
     
    「あなた、お名前はー?」
    その上、ドスの利いた低音で主が訊ねる。
     
    もう、何もかも違ーーーーーーう!!!
    タリスは見ていてやきもきした。
     
    子供は何も喋らず、困ったようにソワソワしている。
    主はそんなか弱い子羊の鼻先に、ズイッと顔を寄せて
    執拗に、その目を覗き込んだ。
     
     
    もう、見るからに怪しい大人たちじゃないか、我々は。
    タリスも主の後ろで、ソワソワし始めた。
     
    「タリス?さんー、この子を連れて来てくださいー。」
    そうひとこと言うと、主はさっさと車のところへ戻って行った。
     
    初めて正しく名を読んでもらった事が、ちょっと嬉しいが
    え? どうしろと? と、ピンと来ずに焦っていると
    タリスが動くまでもなく、子供は主の後を追いかけて行った。
     
     
    「あれ、携帯、旗0本だー。 すっげー!」
    何の感動なのか、主がひとり言を言いながら電話を掛け始めた。
    後部座席の主の隣には、さっきの子供がちょこんと座っている。
     
    「あー、私ですー。
     見つけましたので、手続きよろー。」
    それだけ言うと、携帯を切った。
     
     
    「しっかし、無防備なガキですねー。
     あんなところにいて、こんな危機感なくてよく生き延びましたよねー。」
    子供をジロジロとぶしつけに見る主。
     
    「て言うか、くっさいですねー。
     ホテルに帰ったら、即シャワー2時間延長コースですねー、こいつはー。
     あー、下ネタじゃないですからねー。」
    主の言葉にマナタは爆笑したが、タリスはニコリともしない。
     
     
    「マナタさん、この子に名前と歳を訊いてくれますかー?
     どうも英語、話せないらしいんですよー。」
    「そりゃ貧乏人は読み書きもできねずら。」
    マナタは母国語で子供に話しかけた。
    運転しつつ、真後ろに振り向いて。
     
    「ちょっ・・・!」
    タリスが慌ててハンドルを支える。
     
     
    「歳はよくわからないだと。
     こりゃ生粋の貧民街生まれの貧民街育ちだのお。
     にしては、こんな肌色と髪の色はないじゃが、混血と思うぜよ?」
    子供は、真っ黒の肌と髪に濃いブラウンの瞳をしている。
     
    「名はグリスだそんだま。
     これもこの国風の名じゃねえじゃが。
     親が何人かもわからんがや、おおかた売春婦と観光客のタネじゃねか?」
     
    「グリス? タリスと似てますねー。 すごい偶然ですよねー。」
    はしゃぐ主に、似たくもない、と憮然としているタリス。
     
     
    「うーん、見た目4~5歳かのお?」
    運転中だと言うのに、更に身を乗り出して子供を確認するマナタに
    さすがにタリスの心臓が止まりかけた。
     
    「前! 前!」
    叫ぶタリスに、マナタが笑った。
    「大丈夫どっしゃ。
     このへんのヤツらの命は安いもんだすから。」
     
    その言葉にタリスの頭に血が上りかけたが
    「私ら、この車の修理代までは出しませんからねー。
     て言うか、私らの治療費はあなた持ちですよー?」
    の、主の冷徹な言葉に、マナタがググッと前を真剣に見たので
    何とか冷静さを保つ事ができた。
     
     
    まったく、何てヤツだ! 何て国だ!
    タリスの心の中は、ずっとこの叫びで埋め尽くされていた。
     
     
    続く。
     
     
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           カテゴリー ジャンル・やかた
           
           小説・目次 

  • そしてみんなの苦難 9

    「今日でとっとと終わらせますー。
     何かもう、さっさと帰りたいですしー。」
    主がウイダーインゼリーを飲みながら、宣言した3日目の朝。
     
    「えー、もっと遊ぼうぞなもしー。」
    異議を唱えたのは、主に貰ったカロリーメイトを頬張るマナタ。
    おまえ、やっぱり遊んでたのか! と、はらわたが煮えたぎったタリス。
     
     
    「いえ、攻略本を忘れてきたんで、先に進めないんですよー。」
    「なんぞね? それは?」
    「今やってるゲームの指南書みたいなもんですよー。」
    「ほお、ゲームで人生を左右させるんきゃ?」
    「趣味って、そういうもんでしょー?」
    「ん、まあ確かにそうじゃだな。」
     
    主とマナタは、空笑いをし合った。
    それがタリスには、タヌキとキツネの化かし合いに見えたのは
    夕べの主との会話の影響である。
     
     
    「んだば、今日はどうするだがよ?」
    マナタがコーヒーを意地汚くおかわりしながら訊く。
     
    「昨日の地区にある教会に連れてってくださいー。
     この国にも貧しい人々に奉仕している教会があるでしょうー?」
    「ああ、あるだべ。」
    昨日のように、レニアを残して3人はホテルを後にした。
     
    タリスはひとことも口を利かなかった。
    何もかもが釈然としないからで、そんなタリスを主は意に介さなかった。
     
     
    ボロ車が前のめりに教会のまん前に停まる。
    車から出ようとする主に、タリスが初めて口を開いた。
     
    「お出になるんですか?」
    「出ないと、いつまで経っても見つからないでしょうー?」
    「しかし・・・。」
    「大丈夫じゃあけえ。 わしがついとるわ。」
     
    そのおまえが頼りないから俺が苦悩しているんだろーが!
    タリスは心の中で、マナタを罵倒しまくった。
     
    「ささ、お嬢様どうぞ。」
    マナタが主側のドアを、うやうやしく開ける。
    「慇懃無礼にありがとうー。 おーほほほ」
    主とマナタの寸劇にも、タリスはイライラさせられる。
     
     
    主は教会には入らずに、周囲を歩き始めた。
    「ど、どこへいらっしゃるんですか!」
    慌てて止めるタリスに、主が事もなげに答える。
     
    「教会の中には用事はないんですよー。
     周囲をウロついている子供をチェックしたいんですー。」
    「いや、しかし・・・」
     
    狼狽するタリスに、主がきっぱりと言った。
    「あなたの役目は、私を止める事じゃないですよねー?」
     
     
    グッ・・・ と言葉に詰まるタリスに容赦なく背を向けて
    主は再び歩き始めた。
    マナタは車の横に立ったままである。
     
    「何をやってるんだ、来い!」
    タリスの怒声に、マナタはヘラヘラと答える。
     
    「誰か残っておらんと、帰ってきた時にゃ
     ボルトの1個も残ってないだろうけんども、それでもええのんかー?」
     
     
    ほんっっっとに、何てところだ!
    タリスはいつもの沈着冷静な自分を見失って
    カリカリピリピリしながら、主の後ろを付いていく。
     
    主が少しうつむいて、右後方を確認する。
    タリスも住人たちの遠巻きの視線を感じていた。
     
     
    しばらく教会周辺をウロウロした主が、突然立ち止まり
    タリスの方にグルリと振り向いた。
    しかしその視線は、タリスを突き抜け
    更に後方にいる子供へと向かっていた。
     
    ああ・・・、最初から付いて来ていた子供だな
    タリスが確認していると、主がその子の方へ歩み寄っていく。
     
     
    止めたいところだが、さっきのような一刺しが恐くて
    タリスは周囲に気を配りつつも、その様子をただ見守った。
     
     
    続く。
     
     
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           小説・目次 

  • そしてみんなの苦難 8

    「そんなこの国で、英語が話せて車の運転が出来て
     VIPの護衛が出来るマナタさんの家って
     どんだけの権力があるのか、考えたくもないですよー。
     そんな権力者に、民主国家育ちの我々の常識を押し付けて
     わざわざ怒らせる事はないでしょうー?」
     
    「いや、しかし、命が掛かってるんですし・・・。」
    「あのですねえー、そこいらの一般人の強盗より
     権力者の気分を損ねる事の方が、命、直に危ないですよー?」
     
    うっ、と黙り込むタリス。
    確かにその通りである。
     
     
    「何より、私のしようとしている事だって、違法行為なのだし
     たかがガイドぐらいで、計画をフイにしたくないんですー。
     それに、マナタさん、ああ見えて学ぶべきとこ多いですよー?」
     
    「・・・どこがですか・・・。」
    反抗的な気分になるタリスに、主が一撃を加えた。
    「道端に転がっている石に美を感じれば、芸術家なんですよー。
     学びは自分の感性次第、ってわけですよー。」
     
    「・・・あなたは学べる、ってわけですか?」
    感情的になって、上官に利くべきじゃない口調になってしまう。
     
    「自分の学ぶべき事って、自分じゃわからない場合が多いですよねー。
     でも見聞きしたものは、必ずどっかに残りますから
     それを思い出して価値を見い出せた時が、学んだ瞬間じゃないですかー?」
     
     
    タリスは主の言葉に違和感を覚えて、急に頭が冷えた。
    館の管理人だと聞いていたのに
    主の言葉には、どこか人を操る響きがある。
    こんな人物が統べているなど、館というのは
    単なるボランティア施設ではないのではないか?
     
    主に根掘り葉掘り訊ねてみたい、という好奇心が
    湧き上がってくる。
     
    しかし、それは決してやってはならない事。
    軍人に質問は禁忌だというのに、それを破ってしまっているどころか
    反論までしてしまった。
     
     
    これじゃあ、兵として最低じゃないか!
    自分はこんな、出来ないヤツじゃなかった
    ちゃんと実戦にも行ったのに
    いや、“護衛” というのが初めてだから
    とまどってるだけで、いつもの自分を取り戻せたら
     
    ・・・・・違う・・・・・
    我々の仕事は、どんな “初めて” でも
    失敗をしたら、取り返す事は困難なんだ
    自分は失敗した・・・。
     
     
    タリスの顔色を見て、主が言う。
    「あなたには、“護衛” として来てもらってるんですー。
     護衛は守る相手に指示を出す場合もあるー。
     言い合いなんて、当たり前ですよー。」
     
    ・・・慰めか・・・?
    貧民街を見て、「汚いー」 とか平気で言い放つお方が
    果たして他人を慰める事をするのか?
     
    いや、そんな事は問題ではない
    問題は、護衛相手としてはならない口論をして
    あげくが言い負けて慰められた、という部分である。
     
     
    タリスが混乱していると、レニアたちが戻ってきた。
    ワゴンには、美味しそうな料理が並んでいる。
     
    「今日はこんなものしか出来ないですけど、我慢なさってくださいな。
     明日の早朝に市場に行ってみますから・・・
     あらっ、まだゲームをやってらっしゃったんですか!
     いい加減になさってください!」
     
    ゲーム機を取り上げようとするレニアに、主が追いすがる。
    「ちょ、待って待ってー、せめてセーブだけでもーーーーーっ!!!」
     
     
    その日の夕食は、レニアのネチネチと続くお小言に
    主のゲーム擁護が交錯して、騒がしい食卓となった。
     
    「まったく、ちょっと目を離すとゲームばかり・・・」
    「それはすいませんが、次のダンジョンでラクしたいから
     今の内にレベルを上げたいんですよー。」
    「いいお歳だというのに、まったく子供みたいに・・・」
    「日本のゲームは大人のするものなんですよーっ!」
    「やめろと申し上げても、中々おやめにならないし・・・」
    「セーブしとかないと、それまでの苦労が水の泡なんですよー。」
    「夜も寝ずにゲームなさってらっしゃるし・・・」
    「ゲームって1時間で終われるものじゃないんでー。」
     
     
    レニアの顔色が真っ赤になった途端、怒声が響く。
    「口答えばかり、なさいますな!!!」
     
    「ひいいいいいいーっ、すすすすみませんーーーっっっ!」
    主が椅子ごと後ずさりながら、悲鳴を上げた。
     
     
    とりあえず、初日の夜中に
    主が何故起きていたのかだけは、理解したタリスであった。
     
     
    続く。
     
     
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           小説・目次 

  • そしてみんなの苦難 7

    「主様、あたくし、これから厨房に行ってきますわ。」
    帰って早々、携帯ゲーム機に向かっている主に、レニアが言った。
     
    「あたくし、今日の朝食で、もうすっかり
     ここの料理人たちを信用できなくなりましたの。
     食事は全部あたくしが作りますわ。」
     
    主はゲーム画面から目を離さずに返事をした。
    「んー、あー、じゃあ必ずマナタさんを同行させてくださいねー。」
    食事がダメでも警備は良いなんて、ありえない。
     
     
    レニアがマナタを引き連れて出て行ったのを確かめると
    タリスが主に声を掛けた。
    「お忙しそうなところを申し訳ないのですが・・・。」
    「んー、良いですよー、単調なレベル上げ作業ですからー。」
     
    真面目な話なのに顔を上げない主に、タリスはムッとしたが
    思い切って言ってみた。
     
    「マナタじゃ不安です。
     他の者に変えた方が良いと思います。」
    「んー、ダメですー。」
     
    「・・・・・・・」
    タリスはちゅうちょしたけど、とうとう禁を破った。
     
    「・・・り・・・
     理由をお伺いしてもよろしいでしょうか・・・?」
     
     
    主がLV上げをしながら答える。
    タリスが掟破りをしている事など、気にもしていないようだ。
     
    「理由は色々とありますー。
     まず、私たちは隠密行動だから、目立つチェンジなど出来ませんー。
     あちら側が用意してくれたガイドだから、そこまで我がまま言えませんー。
     うちの国がブラックリストに載っちゃったら、どうすんですかー。
     次にマナタさんはあれで確かに、ここでは一流だと思いますー。」
     
    「どこが!」
    つい声を荒げてしまい、ハッとして顔を赤らめるタリスを
    主は見ようともせず、無表情で説明する。
     
    「今日この街を観たでしょうー?
     ここ、ひっどいですよねー。
     貧富の差が激しいだけなら、まだリセット可能ですけど
     ここって復活の呪文がない国っぽいですよねー。」
     
    「・・・はあ・・・。 ?」
    主の言葉の意味がよくわからず、眉間にかすかにシワを寄せるタリス。
     
     
    「この国の人生って、縄のれんみたいなもんですよー。
     縄が全部真下に垂れているだけで、分岐がないー。
     最初に産まれた場所から下りるだけで、横には行けないんですよー。
     
     金持ちの家に生まれたら、きちんとした教育が受けられ
     コネで良い職に就けて、そのまま金持ちー
     貧困家庭に生まれたら、初等の教育すら受けられずに
     自分の周囲の世界の中で、日々の生活に追われて貧困のままー。
     
     救済システムがないんですよねー。
     システムを作れる人間はヌクヌクと育ってるんで、変える必要がなく
     恵まれない人々は、いつまで経っても知恵をつける事が出来ないー。
     何せ教育されないんですから、良くする方法も学べず
     自分の不遇も “運命” だと呪うだけで、それで終わってしまうー。
     そんな無知っぷりが、富裕層にはまた都合が良いわけでー。」
     
    主は初めてゲーム画面から目を上げて、タリスを見た。
    「幸福は、不幸を知らないと生まれないんですよー。
     この国が成り立っていっているのは、その逆もまたしかり
     不幸は、幸福を知らないと生まれないから、ってわけなんですよー。」
     
     
    ニッと笑った主の目を見て、タリスはゾッとした。
    その黒い瞳には、あの貧しい人々への同情の欠けらもない。
     
    ふと、将軍の言葉を思い出す。
    『主の事は、私と同等に扱うように』
     
     
    このお方は奪う側なのだ
    タリスは、ようやく納得がいった。
     
     
    続く。
     
     
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           小説・目次 

  • そしてみんなの苦難 6

    「この車、サスペンションがイカれていないか?」
    いくら道路が整備されていないとしても、この縦揺れはひどすぎる。
     
    タリスの問いに、マナタはカラカラと笑って答えた。
    「大丈夫だぎゃあ。
     この車でチェイスする時は、このボタンを押すと
     サスが硬めになるんじゃが。」
     
    「ほっ、本当か! 凄いな!!」
    「冗談だと思いますよー。
     そんな車、この国で作れるわけがないでしょうー。」
    後部座席から主が棒読みで助言する。
     
    マナタがこっちを見て笑うので
    「前を見てろ。」
    と、ひとことだけ言って、タリスはムッツリと黙り込んだ。
     
     
    マナタはとめどなく喋り続ける。
    しかも、タリスを見たり後ろの主を見たり
    危なっかしくてしょうがない。
     
    「いますよねー、運転中にこっちの顔を見て話すヤツー。
     すっげえ危なくて、思わず殴りたくなりますよねー。
     それにしても、喋ると舌を噛みそうなぐらいの揺れですよねー。
     よく話し続けていられるもんですねー。」
    「あざーーーーっす!」
    「いや、全体的にケナしているんですからー。」
     
    陽気なマナタと、イラ立つタリス、実は車酔いで吐きそうな主を乗せた車は
    貧民街へと走って行った。
     
     
    「ここんちょ一帯が貧民街でっせ。
     浮浪者と泥棒の巣窟っちゅうですわ。」
    マナタが説明する通り、建物の壁の色からして、すさんでいる。
     
    「すんげえくっせえなー、何だろうー? この臭いー。
     こういう場所はどこの国にもあるけど
     聞くと見るとじゃ大違い、ってねー。
     本やネットから匂いが出てこなくて、ほんと良かったわー。」
     
    「主様、そういう事はあまりおっしゃらない方が良いかと思われます。」
    タリスの諌めに、主が訊いた。
     
    「何でー? ここの人たち英語がわかるんですかー?」
    「いえ、それはわかりませんが、マナタはこの国の者ですし・・・。」
    「マナタさんは富裕層出身だから大丈夫でしょー。」
     
    その言葉にマナタが飛びついた。
    「おっ、主様それがしが高貴な家の生まれだと何故に察知かね?」
     
    「・・・その気品を見ればわかりますですよー。」
    半笑いで答える主に、マナタは調子こいた。
    「一流は一流を知る、ってやつですかいな、はっはっは。」
     
     
    マナタの方を見てもいなかった主が、おっ と驚いた。
    「すげえ、道端に盗み盛りの若い兄ちゃんが寝てるー!」
    「ああ、あれは死んじょるんだなー。
     出血してないから凍死だと思われ。
     まだ夜はしばれるしなあ。
     衛生局が見回るから、そん時に持ってかれるで心配ねえだす。」
     
    「主様、車から降りない方がよろしいかと思います。」
    「んだな。 ここいらを車でグルグル回るんで我慢せれ。」
     
    「んーーーーーーーー、じゃあ今日はそうしましょうー。
     ただし明日は歩きますんで、その予定でお願いしますねー。」
    車は激しい上下運動をしながら、あたり一帯を走り回った。
     
     
    「こんな車で、いざという時に故障したらどうするんだ?」
    珍しくタリスがよく喋る。
     
    「そん時は自爆装置を作動させるしかねえだなあ。」
    「それじゃ死んでしまうじゃないか!」
    「ははは、おめさも大概、楽しい男じゃのお。」
     
    マナタに爆笑され、タリスはまたカツがれた、と気付いてムッとした。
    後部座席では、主がこの振動の中、爆睡していた。
     
     
    続く。
     
     
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           小説・目次 

  • そしてみんなの苦難 5

    ふいにドアが開いた。
    驚くタリスに、部屋の中から寝ぼけ眼のマナタが蹴り出される。
     
    「マナタさん、次はあなたが見張ってくださいー。
     タリンさん、中に入ってくださいー、話がありますー。」
    ふああああ・・・、とあくびをするマナタを廊下に立たせて
    主はタリスの腕を引っ張り、ドアを閉めた。
     
     
    「タリンさん、あなた飛行機でも寝てないですよねー?
     今からすぐ寝てくださいー。」
    いやしかし、と言おうとするタリスを遮って、主は強い口調で言う。
     
    「寝不足だと、明日に差し支えますー。
     これは命令ですー。
     今すぐ寝てくださいー。」
     
    タリスは、“命令” という単語に弱い。
    言われた通りに自室に入って腕時計を見たら、夜中の2時半だった。
    主は何故起きていたんだろう?
    疑問に思ったが、明日からが本番なので考えずに眠りに付いた。
     
     
    朝になっても、マナタが部屋のどこにもいないので
    呼びに行こうと、廊下へのドアを開けようとしたが
    何かがつっかえて開かない。
     
    イヤな予感がして渾身の力で押して、やっと開いた隙間から覗くと
    倒れているマナタの後頭部が見えた。
     
    「おい、マナタ! 大丈夫か? マナタ!」
    大声で叫んだせいで、主が起きてきた。
    「どうしたんですかー?」
     
     
    ドアの隙間から廊下を確認した主は、テーブルのところへ行き
    ピッチャーを手にスタスタとドアの側に寄り、勢い良く水をブチまけた。
     
    「うわっぷ!!!」
    水を浴びて慌てて飛び起きたマナタ。
    呆れた事に、ドアの前で大の字になって爆睡していたのだ。
    ドアも床も水が掛かってビチャビチャである。
     
    「ある意味、最強の戸締りでしたねー。
     予定外に早起きした事だし、
     さっさと、飯食って用意して出掛けましょうかー。」
    主が腫れぼったい目で、涼しく言った。
     
     
    朝食は悲惨であった。
    時間通りにこないし、やっときた食事は
    得体の知れないスープに、パンはパサパサ、オムレツも味がなかった。
     
    「こんな事も (絶対に) あろうかとー。」
    主はトランクの中から、ウイダーインゼリーとカロリーメイトを取り出した。
    やけに荷物が多く、しかも重いと思っていたが
    着替えの服かと思いきや、トランク1個丸ごと携帯食や菓子類だった。
     
    それをタリスやレニアに渡す主を見て
    他人の分までガツガツと食っていたマナタが言う。
    「何どすえー? 何どすえー?」
     
    主はマナタにもカロリーメイトを1箱投げた。
    3人前の朝食を平らげたマナタは、その1箱も全部食った。
    主はその様子に、見てるだけで満腹になる、と嘆いた。
     
     
    レニアはホテルに残す事にした。
    護衛面で負担が増えるせいもあったが、一番の問題は荷物である。
    一流ホテルであろうと、こういう国では従業員による盗難も多い。
     
    マナタが連絡をして呼び寄せた女性SPと共に
    ホテルの部屋で荷物の番をする事になったのである。
     
    それを告げられた時のレニアの顔は、ホッとしているように見えた。
    今から行く場所は、決して気分の良い場所ではないからだろう。
    そしてあのマナタの車、あれに乗らなくても済む。
     
     
    「くれぐれもお気をつけてくださいね。
     あまり無理をせずに。」
    それでもレニアは心配そうに、主を見送った。
     
    「マナタさん、“今度は” ちゃんと主様を守ってくださいよ?」
    マナタの信用は、24時間足らずですっかり地に堕ちていた。
     
     
    「大丈夫じゃん!
     わいを誰と思おとんのんですかー?
     この国一のSPですわいなー。」
     
    マナタがそう断言して出て行った後、レニアは女性SPに訊いた。
    「本当ですか?」
    女性SPの答はあいまいだった。
     
    「まあ、割に・・・?」
     
     
    続く。
     
     
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