カテゴリー: そしてみんなの苦難

  • そしてみんなの苦難 4

    「おっ、ホテルは普通っぽいじゃんー。」
    主が建物を見上げて喜んだ。
     
    「もちのろんだがやです。
     何せビップをお迎えするだから
     この国でNo.1の超・高級ホテルを用意させたですさー。」
     
    「(何かよくわからんけど) どうもありがとうございますー。」
    タリスには、主の ( ) 内の言葉まで聴こえた気がした。
     
     
    「当然、主様は最上階のスーパーデラックスルーム。
     ここが大部屋のリビングで、主様の寝室はあっち
     ミス・レニアの寝室は、続き部屋のそっち
     ミスター・タリスは、わすと一緒にこっちの続き部屋が寝室でごわす。」
     
    「へえー、(古いけど) 広い部屋ー。 眺め良いーーー。」
    主が喜んで、窓にへばりつく。
    その途端
    「危ないだべす!!!!!!」
    「うぎゃっっっ!!!」
     
    叫びながら、マナタが主をタックルした。
    主は顔面からビッターンと床に倒れた。
    あまりの意外な行動に、さすがのタリスも反応できなかった。
     
    それを見て、レニアが激怒した。
    「何をなさるんですか!
     主様はこう見えても、お歳を召されているんですよ!
     それをなぎ倒すなど、骨折したらどうするんですかっ!!!」
     
    レニアの剣幕に、マナタが申し訳なさそうに弁解する。
    「窓の側は狙撃される恐れっつーもんがあるじゃき・・・。」
     
    四つんばいになって、首をさすりながら主が言った。
    「タ・・・タロスさん、彼に護衛の仕方を教えておいてください。
     私たちが、公的に来てるわけじゃない事も・・・。」
     
    タリスは、はっ、と返事はしたものの
    この遥か斜め下の言動をする男を
    しかもなまじ知識があって腕が立ちそうな、“プロヘッショナル” を
    どう指導をしたら良いのか、途方に暮れた。
     
     
    とりあえず冷静に無難に、今回の旅の主旨と
    護衛法について一通り説明したタリスに
    マナタがうんうんと、腕を組んでうなずきながら言った。
    「タリスと呼び捨てで良いだかね?
     おいどんの事はマナタと呼んでけれ。」
     
    人の話にロクに返事せずに、話題を変える
    これが部下なら鉄拳制裁だ・・・
    冷静な表情とは裏腹に、心の中に熱い炎が燃えたぎるタリス。
     
     
    「いやあ、さっきの事は、まことにごめんだった。
     今回の目的も主様の事も、全部伝達済みだーでわかっとるきに。
     ただ、いつも政治ビッパーのSPをやっとるもんで、つい癖が出てなもし。
     んだでも、あの主様はただ者じゃないと思わんだぎゃね?」
     
    「どういう事だ?」
    いぶかしげに訊ねるタリスに、マナタが解説する。
    「わしゃ、仕事柄、多くのビップと間近に接しておられるがな
     ありゃあ、クセ者だべよー。」
     
    「だから、どういうところがだ?」
    タリスはついイライラを口調に出してしまった。
    「わからんのかね?
     おまん、護衛はそんだばにゃあ経験ないだな?」
     
    マナタはやれやれ、と両手の平を挙げて首を振り
    その仕草が、タリスの逆鱗に触れた。
    しかもタリスは確かに護衛の経験がなく、その図星が余計に腹が立つ。
     
    「おまえとは気が合わなさそうだな!」
    いつものタリスなら、そんな任務に支障の出そうな事は言わないのだが
    あまりの立腹に、うっかり口に出してしまったのである。
     
    「なあに、そういうカップルほどアッチッチーってもんじゃが。
     映画でもそうだべさー。」
    マンタは、カンラカラと豪快に笑い
    その態度が、タリスの心の炎にガソリンを掛けた。
     
     
    タリスが殺気を放った瞬間、悲鳴が響いた。
    何事かと、主の部屋のドアを開けると同時に
    バスタオルを巻いた主もまた、部屋に飛び込んできた。
     
    「シャワーが急に水になったーーー!!!!!」
    主の訴えに、タリスは肩を落とした。
     
    「ちょっと! 何をガックリきてるんですか!
     主様はこれでもお歳なんですよ!
     心臓マヒを起こしたら、どうするおつもりですか!」
    レニアがヒステリックにわめく。
     
    「・・・歳、歳、うるせー・・・。
     マ○コさん、これはこの国ではデフォですかー?」
    「わしの名はマナタだよ、放送禁止用語のような呼び方はやめてけれ。
     デホ? えーと、よくわからんが、湯ー出るが奇跡ですがな。」
     
    「・・・・・・そうですかー・・・・・・
     じゃ、気をつけますー・・・。」
    主は落胆しつつも、あっさりとバスルームに戻って行った。
     
     
    普通なら、ここはサービスシーンなのだが
    それを微塵も感じさせない主は、確かにある意味大物である。
     
    「主様の半裸姿を見るなど、とんでもない事ですわ!」
    タリスとマナタが、とんだとばっちりをくらった。
    「主様も自重なさってください!」
    バスルームに向かっても叫ぶレニアは、怒鳴る事が好きな女性のようだ。
     
    「あがいな痩せっぽち見ても嬉しゅうないぎゃあな。」
    護衛相手の悪口を言うマナタの無神経さに
    タリスはまた腹が立ってきたが
    優れた自制心をフルに活用して、抑えに抑えた。
     
     
    主が寝たというのに、ベッドでグーグーと寝ているマナタを見て
    果てしない絶望感に襲われるタリス。
     
    ・・・もう、こいつをアテにするのはやめよう
    自分ひとりで護衛しているのだと思うのだ。
     
    タリスはホテルの廊下の主の部屋の入り口の前に立った。
     
     
    続く。
     
     
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           カテゴリー ジャンル・やかた
           
           小説・目次 

  • そしてみんなの苦難 3

    主は飛行機の中で、ずっと携帯ゲーム機で遊んでいた。
    レニアはうつらうつらとしている。
     
    現地に着けば、もうひとりガイド兼護衛が付くという話だが
    今は自分ひとりである。
    眠るわけにはいかない、そうタリスが思った瞬間、声がした。
     
    「寝て良いですよー。」
    主がゲーム画面から目を離さずに言ったのだ。
    それがやたら鋭い指摘に思えて、タリスはちょっと驚いた。
     
     
    「いえ、これが私の仕事ですから。」
    そう答えると、主がボタン連打をしながら棒読みで言う。
     
    「そういうの、やめてもらえませんかねー。
     『仕事ですから』 とかー。
     そんなん言われなくとも、わかりきった事だし
     いかにもイヤイヤやってる、って感じで悲しくなるんですよねー。」
     
    「申し訳ございません、今後は気をつけます。」
    「うおっっっ! ああーーーっっっ! やってもたーーーーーー!
     もうー、あなたのせいだからねーーーっ!」
     
    どうやらパーティーが全滅したようである。
    「・・・申し訳ございません・・・。」
    「・・・冗談だってー。
     ヤバいと思った時点で、帰還魔法を唱えなかった私の戦略ミスなんだしー。
     こういう八つ当たりもよくするから、真に受けないでくださいねー。」
     
    無表情で妙な事を言うこの女性を、どう判断すれば良いのか
    迷いに迷うタリスであった。
     
     
    現地は太陽の光が強かったが、日陰に入ると乾燥した風で寒い。
    「暑いんか寒いんか、よくわかんねー。」
    全員が思った事を、主が大声で代弁した。
     
    「主様、思った事を全部口にするのは
     おなたの場合、ほぼ礼儀に反しますから、お止めくださいませ。」
    レニアが冷徹に言い放つ。
    重箱の隅をほじくるタイプの女性である。
     
     
    ひとりのいかつい男が真っ直ぐこちらに向かってきた。
    推定20代後半、浅黒い肌の軍人風刈り上げヘアだ。
     
    多分彼が現地の供だろうけど
    一応タリスは警戒して、主の前に立った。
     
    「よ-よ-、おめら主様ご一行ですだべ?
     おら、護衛ガイドのマナタっちゅうもんだす。
     どか、よろしゅうにお願い申し上げたてまつる。」
     
    何弁なのか、はっきりせんかい!!!!!
     
    誰もが同時に思ったが、自分の言語もおかしい事を自覚している主は
    今度は何も言わなかった。
    多分、彼は精一杯の敬語を使って、礼儀をはらっているのであろう。
     
    「よろしくお願いいたしますー。
     私が主で、彼女はお世話をしてくれるレニアさんー
     彼が護衛のタ・・・タラス?さんですー。」
     
    主はタリスの名をつっかえながら、?付きでも正しく言えなかった。
    人の名前と顔を覚えるのが大の苦手で
    自分の親兄弟の顔ですら、しばらく会わないと忘れるという。
     
    「タリスです。」
    自分で自分を紹介するしかない。
     
     
    「んーだば、まずは宿に行こうですかね。
     車があるきに乗りなっせ。」
    マナタに促がされ、見た方向にあったのは
    見た事もない車種の、古いボロ車であった。
     
    ドアも完全には閉まらないし
    走り出したら、上下にバッコンバッコン揺れる。
     
    「うわ、すっげー、ある意味、ダンシング・カーーーー?」
    また主がわけのわからない事を叫ぶ。
     
    「こっちじゃ良い車は逆に狙われるんですわいな。
     おぬしら、隠密行動なんだしょ?
     こういう車の方が安全保証だぜよ。
     わすはプロヘッショナルですじゃけんのう。」
     
     
    マナタが威張って言うと、主が真面目に突っ込む。
    「そのボロ車に、高貴で美しい裕福そうな女性が乗ってる方が
     いかにも怪しくて危なくないですかー?」
     
    「うんうん、普通はそうだがや、今回は大丈夫なもし。」
    そのマナタの笑顔に主は大らかに笑っていたが、レニアが激怒した。
    「あなた、誰に向かってそんな口を利いているの?
     このお方はとても立派なお方なのよ!」
     
    そのキイキイ声があまりにもうるさいので、主が抑えるよう言っても
    「あなたを侮辱されて黙っているわけにはいきません!」
    と、レニアの勢いは増す一方である。
     
    「ああ・・・もう、何かワヤクチャー・・・」
     
     
    かろうじて4ドア、という小さい車に、4人がギュウギュウ詰めになって
    ホテルへと向かう車内での、主の小さいつぶやき。
     
    この言葉が、今後の日程のすべてを表現している事に
    この時点で知る者は誰ひとりとしていない
     
     
    ・・・わけがなく、そんな事ぐらい全員が容易に予想できた。
     
     
    続く。
     
     
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           そしてみんなの苦難 1 11.5.16
           
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           小説・目次  

  • そしてみんなの苦難 2

    主は時間に厳しいお方だ
     
    そう忠告されなくとも
    タリスは約束の30分前には、スタンバイする男である。
     
    しかしその日は、見た目にはわからなくとも
    期待と緊張が心の中で交錯していた。
    まるで心霊スポットに探検に行く時の気分である。
     
    そしてその “心霊スポット” の部分だけは、当たっていた。
     
     
    黒塗りのリムジンが到着した。
    タリスはいつもの直立不動ポーズをとったが
    心なしか、かなり体が硬直している。
     
    後部座席のドアが、助手席に乗っていたボディガードによって開けられ
    ピンヒールのパンプスを履いた美しい形の脚が、揃えられて出てくる。
    現れたのは、濃い紫のスーツを着た派手な女性。
    降りたかと思えば背を向けて、車の中に手を差し伸べる。
     
    その手を取って出てきたのは
    ニットにジーンズとスニーカーの痩せ細った女性だった。
     
    タリスには、どっちの女性が主かすぐわかった。
    東洋人はこの国にも多いけど、どう表現すればいいのか
    あえて言うと、“異質感” みたいなものが漂っていたからである。
     
     
    「いいですかあたくしが説明した事を守ってくださいねガイドや護衛を困らせるような事をしないように勝手な行動をしないようにひとりで出歩こうなどもってのほかですからねニッポンやここと違って治安が良くない場所ですからくれぐれも気をつけるんですよそのためにもガイドや護衛の言う事をちゃんと聞くんですよそしてあまり表沙汰になるような事はしないようにうんぬんかんぬん」
     
    その後から降りて来た女性が、ジーンズ女性に延々とまくしたて
    その様子を見て、タリスは不安になった。
    どうやら主様はかなりの破天荒ぶりらしい。
     
     
    「主、ご機嫌は如何ですかな?」
    将軍までやってきた。
    「はあ、いたってフツー? ってとこですー。」
     
    その間延びした喋り方と言葉遣いを聞いて、タリスは失望を感じた。
    館の主とは、こんな奇妙な女性なのか・・・。
    祖父たちがいた、その秘密めいた館に対する憧れが
    粉々に打ち砕かれた気分になった。
     
    振り返った主は、将軍の格好を見て何故か喜んでいるようだ。
    「って、あなた軍人さんでしたかーーー!
     早くおっしゃってくださったら、兵器視察とか行きますのにー。」
    「いえ、来なくて良いですから・・・。」
     
     
    このやり取りに少し、ちゅうちょしたものの
    タリスは将軍に近付いて行って敬礼をした。
     
    「今回の旅の供をするのは、彼です。」
    色んな動揺をしているところに、急に将軍にふられたので
    慌てて再度、主に敬礼をして名乗る。
    「タリスと申します! サー!」
     
    主は将軍の顔を無表情で見つめ、将軍は目を泳がせる。
     
    ・・・・・・・・・・・・・・・・
     
    真正面を見ているタリスが、その空気を敏感に感じ取り
    疑問に思い始めたところで、主がやっと応えた。
     
    「はいー、この度は面倒な事をお願いして申し訳ございませんー。
     どうぞよろしくお願いいたしますー。」
     
     
    主が深々とお辞儀をし、その丁重さにタリスは一瞬驚いた。
    将軍に無礼な口を利いて許される身分の人物が
    一介の士官である自分に、丁寧に挨拶をしてくれたのだ。
     
    しかし頭を上げた後に、主は再び将軍を無表情で見つめる。
    東洋人の表情は、ただでさえ読み取りづらいのに
    主の意図が何なのか、タリスにはさっぱりわからなかったが
    決して目を合わせようとせずに、汗を拭き始める将軍は
    どうやら主に対して、何かヘマをやらかしたらしい。
     
     
    「さ、飛行機の時間が迫っていますので、急がないと。」
    派手な女性が、後ろからせかす。
     
    「では、私はここで失礼しますよ。
     良い便りを待っています。 お気をつけて。」
    将軍はそそくさと退場して行った。
    主に睨まれにやってきたようなものである。
     
     
    旅のメンバーは、主と主の世話係の女性とタリスの3人である。
    先ほどの口うるさい女性が、旅行中の世話係のレニアである。
    お供にはデイジーが付いて来たがったが
    館の雑用を仕切らなければならないので、レニアが任命されたのであった。
     
    レニアは50代の堅苦しい女性で、主様信奉の強い女性である。
    今回の旅の真の目的と手段は聞かされてはいないが
    その忠誠心と口が堅いところ、詮索をしないところ
    そしてきちんと、主の “しつけ” もしてくれるので
    旅のお目付け役として、リリーに見込まれたのであった。
     
     
    3人を乗せて、飛行機は離陸した。
     
    空を飛ぶ機体を、高速道路を走る車の中から見上げながら
    将軍の胃は、キリキリと痛んでいた。
     
     
     続く。
     
     
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           そしてみんなの苦難 3 11.5.20
           
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           小説・目次  

  • そしてみんなの苦難 1

    ジャンル・やかた 71 10.4.14 から始まる迷惑のひとつ。
     
     
     
    「きみは “館” を知っておるかね?」
    高級そうなデスクに両肘を付き、偉そうに質問をするこの中年男性は
    長老会のメンバーで、主言うところの “威圧感のある紳士” だ。
     
    彼は国防軍の将官である。
    クリスタル州の軍は、下士官にいたるまで全員
    クリスタル州出身者のみが配属されるという、異例の地なのだ。
    彼の家は代々軍人の家系で、彼の息子たちもまた軍人を目指している。
     
     
    「存在は知っております! サー!」
    直立不動で答えたタリスもまた、クリスタル地方の出身だが
    この地方の者なら誰もが、館の事を知っているわけではない。
     
    多くの者たちは、そういう館がある事すら知らないのである。
    知ってはいても、孤児施設程度にしか思わず
    詳しい内情を知る者は、ほんの一握りであった。
     
     
    タリスが “館” という単語を知っていたのは
    彼の祖父祖母が館出身者であったためである。
     
    祖父祖母は館で知り合い、結婚をするために館を出た。
    館出身者には黙秘の掟があり、それを破る事は
    今後、他の者が館を出られなくなるだけでなく
    喋った自分の命までも危ないわけで
    その義務を背負い、ふたりは館の事は一切語らなかった。
     
    だが孫と釣りに行った時に、山の向こうを見つめながら
    「あそこで、ばあさんと出会ったんだ・・・。」
    と、ポツリとひとことつぶやいてしまう。
     
    その時の祖父の目の寂しげな光が、タリスにとっては
    妻との出会い、というロマンチックな思い出とどうしても結びつかず
    まだ幼かったタリスは、その “山の向こう” が脳裏に焼き付き
    成長を続けても、事あるごとにその地域を気にしていた。
     
    祖父の様子と、何を訊いても答えてくれない頑固さに
    聡明な子供だったタリスは、質問を一切止め
    地図を見たり、近くに “釣り” に行ったりと、控えめに調べていった。
    お陰で、“館” の存在だけは知る事が出来たのである。
     
     
    ふむ、彼の祖父たちは館の秘密を守っていたようだな
    タリスの様子を見て、威圧紳士は悟った。
     
    “行く先の土地に詳しく、監視 兼 護衛になる知的イケメン”
    この、主の要望について話し合っていた時に
    長老会メンバーの全員が、こちらをチラチラ見る。
     
    彼らの言いたい事はわかる。
    他国に詳しくて護衛になれるなど、軍関係者が最適である。
     
    『それは良い方法かも知れない』 などと
    賛同してしまった己の言葉にも、責任を取らなければならない。
    この数日間、威圧紳士は士官リストを睨み続けてきた。
     
    コトはそう単純ではないのである。
    ある程度の館の事情も知らせなければならないので
    上官の意思に逆らわない忠誠心と、秘密を洩らさない口の堅さも必要である。
     
     
    ここで浮かび上がってきたのが、タリスであった。
    評価は生真面目で几帳面という、正に軍人の鑑のような性格である。
    しかも祖父祖母が館出身なら、家族の名誉のためにも口を閉ざすであろうし
    軍人にしては、知的でハンサムな方だと思・・・う・・・?
     
    威圧紳士はパソコンで検索したジェームス・スペイダーの画像と
    タリスの写真を交互に見比べつつ、迷いながらも決定したのであった。
    そのジェームス・スペイダーの画像は
    主の望む “昔” のではなく、現在の姿であった。
     
     
    「きみに特殊任務を与える。」
    「はっ!」
     
    真っ直ぐ前を向きつつ、声を張り上げるタリスは緊張した。
    この基地での最高位の将官の部屋に入った事など初めてだし
    直々のお達しなど、まずありえない事なので
    余程の重要な極秘任務なのだと感じていた。
     
    「館には、“主” と呼ばれる管理者がいる。
     その主が次の管理者を選ぶために、某国に旅立つ。
     きみには主に付き添って、監視と護衛、世話をしてもらいたい。
     主の事は、私と同等に扱うように。
     この任務とこの任務で見聞きした事は、すべて他言を禁ずる。」
     
     
    タリスは生粋の軍人なので、質問はしない。
    言われた事を淡々と、だが確実にこなすだけである。
    しかしこの任務には、内心疑問だらけであった。
     
    多分、この某国の言語を大学時代に少し勉強していたので
    今回の旅の護衛には、自分が選ばれたのだろうが
    それにしても、次の管理者選びの旅?
    一介の施設の管理者を将軍と同等に扱え?
     
     
    子供の頃に抱いた、祖父の表情への疑問と同じ感覚が
    タリスの脳裏によみがえった。
    “館” には、とてつもない秘密があるようで
    それがタリスを惹きつけている事は間違いない。
     
    正直、旅が待ち遠しくてたまらない。
    “館” の一部に直に接する事が出来るのだ。
     
     
    タリスは、はっ、と敬礼をして部屋を出た。
    廊下を一直線にズンズンと進む。
     
    感情を律する事を美徳とする、四角四面なその男の心には
    子供の頃に感じたっきり、すっかり忘れていた
    走り出したくなるような、あのワクワク感が蘇っていた。
     
     
     続く。
     
     
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