「・・・とは言ったものの、心配でたまらんのじゃ!」
ソファーに座って茶を飲みながら叫ぶジジイに
主がマウスをせわしなくクリックしながら答える。
「私も、隠居したはずのジジイが何故いつも目の前にいるのか
幻覚でも見えてるんじゃないかと、己の視力が心配でたまらんわー。」
「ええい! わしが来ると悪いんか!」
「べーつーにーーー?
グリスが帰ってきて調子づいてるのは構わんけど
余分な問題をほじくり出されかねんのが恐ろしいだけですよー。」
「・・・そうなんじゃ・・・。
わしも問題が起こるのが恐いんじゃ。」
カチッ カチカチッ カチカチカチカチカチカチカチカチ
「・・・あんたのパソコンは、そんな連打が通じるのかね?」
「・・・・・フリーズしたんですー・・・・・。」
「あんたの操作を見とると、早すぎると思うんじゃが。」
「開くのに、いちいち年齢確認をされる、
画像だらけのサイトしか見ないヤツは
そりゃ、待ち慣れてるでしょうけどねー。」
主はジジイを横目で睨みながら、電源をブチ切りした。
「また、ザツな事をしよる・・・。」
「うっせー! どいつもこいつも同じ事を言うんじゃねー!」
ジジイはリリーに訊いた。
「いつもこの調子かね?」
「はい。 先週も電気部に怒られていらっしゃいましたわ。」
リリーは自分のデスクで、フェザータッチでキーを打ちながら答えた。
「ふうむ、何に関しても平等にザツなんじゃのお。」
ジジイの妙な感心に、イラ立った主が墓穴を掘った。
「私が他の何に対してザツな事をしてると言うんですー?」
その言葉に、ジジイが思い出す。
「おっ、そうじゃそうじゃ、こやつと話すといつも脱線する。
グリスの事なんじゃがの・・・」
「あー、それはそっちで随時適切な処置をお願いしますー。」
「ほおら、ザツに扱いよる。」
「そんな事はないですよー。」
ジトーッとしたジジイの視線が、主に突き刺さる。
耐え切れず、音を上げる主。
「もうーーーっ、一体何なんですー?」
「グリスの女性問題じゃ!」
「あー・・・、それはそっちで以下同文ー。」
パソコンを再起動する主に、ジジイが詰め寄る。
「逃げるでない!」
「すいませんー、“それ” 関係、苦手分野なんですー。」
主の珍しい敗北宣言に、ジジイが胸を張る。
「心配すな、わしもじゃ!
じゃが、ひとりよりふたり、ふたりより3人
知恵を出し合えば何とかなる。」
え? わたくしも頭数に? と、チラッと見るリリー。
「バカとバカが考えても、バカの二乗になるだけだと思いますがねー。」
主が懲りずにまたマウスを連打しながら、面倒くさそうに答える。
「グリスが “住民との交流” をするつもりらしいが・・・」
「私の止めとけ提案、無視ですかいー。」
「いいから聞け!
わしが思うに、それは危険が一杯だと思うんじゃ。」
ジジイは、ガッと立ち上がって熱弁をふるった。
「グリスはあの通り、男前じゃ。
住人の女性が思いを寄せるのは当たり前じゃ。」
「グリス、誰かと恋愛してるんですかー?」
「いや。」
「誰かがグリスに片思いをしてるんですかー?」
「いや。」
「・・・妄想、お疲れ様ですー。」
「わしが言うとるのは、グリスがいくら純真な気持ちで
次期主として振舞っても、邪念を抱く女性が出てきて
トラブルになるやも知れん、という恐れなんじゃ!」
「・・・姑根性、お疲れ様ですー。」
とことん相手にしない主に、リリーが口を出した。
「主様、元様の懸念は、確かに想定して対処すべき事ですわ。」
ヘ? と、驚く主に、今度はリリーが語る。
「裁判にも関わっていた頃の経験から申し上げますが
レイプや痴漢などの性犯罪が、親告罪なのを良い事に
中にはフラれたなどの腹いせに、でっち上げをする女性もいるんです。
次期様がそういう事に巻き込まれないとも限りません。」
「ああー、なるほどー!」
犯罪系の話になると、イキイキとする主。
「それに、今後の主様方の結婚はどうなさるおつもりですか?」
このリリーの質問に、ジジイと主は顔を見合わせた。
「私はババアだから、考えた事もなかったわー。」
「わしも、せいぜい覗き見ぐらいで満足しとったから
家庭を持つ事など、想像もせんじゃったのお。」
ロクでもない犯罪告白に、ドン引きする主とリリーをよそに
ジジイは考え込みながら続けた。
「しかし、ここは原則 “ひとり” じゃからのお・・・。」
「でも、そういうのは人権上、無理っぽくないですかー?」
主の意見に、リリーが補足をする。
「ここは表向きは、税金でまかなっている元犯罪者厚生施設ですから
住人たちには、その “ひとり” の原則は適用できますし
長老会所属の者たちは、館以外へと所属替えをすれば済みますけど
管理人である主様は、どうしようも出来ませんよ。」
「ううむ・・・。」
話が意外な方向にいって、悩みまくるジジイ。
グリスは主・命だから、他のおなごとの結婚の心配はないとは思うが
グリス以降の主をどうするか、じゃなあ・・・。
「じゃあ、性犯罪冤罪の回避の件も含めて
グリスを交えて、話し合う事にしましょうー。」
こと館の事となると、主も苦手分野とか逃げてはいられないらしい。
「でも、何かうっとうしい予感がするので
冤罪うんぬんは、ジジイとリリーさんとで
前もってグリスに忠告しておいてくださいねー。
私が加わるのは主の結婚設定のみ、という事でよろしくー。」
ああ、やっぱり逃げれる部分は、とことん逃げる気だ・・・
ジジイとリリーは、同時に同じ感想を思った。
続く
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かげふみ 22
主がイヤな事を言った。
「午前中はあなたの好きな事に時間を使いなさいー。
私が死んだら、自分の時間など持てなくなりますからねー。」
「主様! 死ぬなんて縁起でもない事をおっしゃらないでください!」
「順番的には、それが現実なんだけどー。」
「主様!!!!!」
グリスがあまりに怒るので、主は折れた。
「はいはいー。 私が楽隠居をするまでは
あなたの執務は午後から、という事にしますからねー。」
これは主なりの、グリスへの気遣いだった。
若者は、午前中と夜ぐらいは自由な時間が欲しいだろう
主はそう思ったが、グリスが決めたスケジュールは実にタイトなものだった。
毎朝6時に起きて、1時間は道場で体の鍛錬をする。
そして週に3日は勉強その他、1日はジジイの話、残りは館の見回り。
土曜日曜は一応休みにするけど、予備として考える。
食事は3食とも、住人用の食堂で食べる。
夜は9時に部屋に戻り、入浴をして本でも読みながら
遅くとも12時までには眠る。
うーん、私だったら夜中3時ぐらいまでゲームをして
朝は11時ぐらいまで寝たくるけどなあ
主はグリスの勤勉さが、逆に心配になるぐらいだった。
グリスの館の見回りは、自分なりに考えた方法だった。
「私は “館” の事だけを考えてきましたー。
“館” の事は、私の代で何としても安定させるつもりですー。
だからあなたには、私がしなかった事、
つまり、“住人たち” の事を一番に考えてほしいんですー。」
主のこの頼みを実現させるための策である。
これを相談された時に、ジジイは少し迷った。
「いいか? グリスよ。
誰とも仲が悪くなってはいけないが、同時に誰とも仲良くなっちゃならん。
主を見てみい。
常に自分ひとりで動いておる。
そりゃ世話係などはおるが、仕事関係以外の付き合いはないじゃろう?
トップに立つ者は、孤独に耐えられる事が第一の条件なんじゃよ。」
その言葉に、グリスは異議をはさんだ。
「でも、リオンさんは?」
「あれも仕事の一環なんじゃよ。 お互いにな。」
「では計算ずくでの付き合いなんですか?」
ジジイはグリスの若さに、つい微笑んだ。
「のお、グリス、おまえの年じゃと
損得のない愛や友情が尊い、と思う気持ちもわかる。
じゃがな、純粋な打算というものも確かにあるんじゃよ。
あやつらは、打算や損得で己を犠牲に出来る人種じゃ。
正義がひとつじゃないのなら、それも悪い事ではない、と思わんかな?」
「・・・難しいです・・・。」
考え込むグリスの肩を、ジジイがポンポンと叩く。
「考えてもわからない事は、おまえにはわかる必要がないのか
いずれわかる時期が来るのか、どっちかじゃろう。
年寄りの言う事なぞ、とりあえず覚えておけばよいのじゃよ。」
グリスには、その言葉がとても大事なヒントに思えた。
改めて、ジジイに向き直って深く頭を下げた。
この国には、頭を下げる習慣はないが
館では主が、しゅっちゅう “日本式お辞儀” をしているので
住人たちの間でも、頭を下げる行為が習慣化されていたのである。
「おじいさま、いつもありがとうございます。
お教えを守って、一生懸命頑張りますので
これからもご指導をよろしくお願いいたします。」
この言葉に、ジジイはジーンときた。
主からは聞いた事もない言葉じゃのお。
あやつは、うるせえ クソジジイ 死ね! しか言わん。
ほんに、この子は良い子じゃ。
気を良くして言う。
「グリスや、おまえのしたいようにしなさい。
ジジイはいつでも、おまえの味方じゃぞ。」
続く
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かげふみ 1 11.10.27
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かげふみ 21
数ヵ月後、グリスは館に戻ってきた。
メールをもらったジジイが、朝からスキップをしながら来て
うっとうしくウキウキソワソワとしていたので
それを見た全員が、グリスの帰還が今日だと知った。
館に到着したら、部屋に荷物を運ぶ前に
真っ直ぐに執務室に向かったグリス。
ドアを開けた途端、ジジイが大喜びして迎えた。
ジジイと挨拶をしていると、主が書類を見ながら入ってきた。
「主様、ただいま戻りました。」
グリスの声に、主は平然と応える。
「はいー、お帰りなさいー。」
棒読みで返事をしつつ、書類から目を上げ
グリスを見た主は、ギョッとする。
育ったとは思ってたけど、間近で見たらこんなにデカいとは・・・。
見上げる主を見下ろしながら、グリスは感動した。
以前は主様がとても大きく見えたものだ。
でも大人の男性から見ると、主様は細くて小さくてか弱い女性だったのだ。
何だか、お可愛らしい
そう思ったら、無意識にクスッと笑っていた。
その “クスッ” が、グリスの運命を変えた。
この子もこんなに大きくなったんだから
これからは一人前の大人として、対等に付き合おう
主はデカくなったグリスを見て珍しく殊勝に、そう思ったのだ。
なのにグリスがタイミング悪く、“クスッ” などとするから
それが、カチーーーーーンときたのである。
こいつ、ちょっとばかりデカくなったからと思って
偉そぶってんじゃねえぞ!
主はグリスをジロリと睨むと、プイッとそっぽを向き書斎に入って行った。
グリスはこれ以来、主に下僕扱いをされる事になる。
弱い者にももちろん容赦なく強いが
強い者にはより一層牙を向くのが、主の無謀な習性だった。
ジジイは、主の機嫌損ねの理由も、グリスの “クスッ” の気持ちも
端で見ていて理解できたので、ただハラハラするだけで
何の役にも立たなかった。
グリスも自分のウッカリを自覚したが
迷いがなくなって図太くなったのか
とにかく主の側にいられれば、それで良いのだ。
自分のこの変わりように、自分でも驚いた。
「グリスや、とりあえず着替えておいで。
それから茶でも飲みながら、話を聞かせてくれんかのお。」
ジジイの促がしに、ようやくグリスは懐かしい自分の部屋へと戻っていった。
ジジイが執務室で待っていると、リオンがやってきた。
「グリスくんが戻ってきたんでーすねえ。」
「何じゃ、早耳じゃのお。」
「私も卒業と帰宅の連絡は受けていたんでーすよお。」
リオンは、グリスの後見人であった。
グリスが入国する時は、将軍が身元引受人になったが
その後、リオンがひんぱんに館を出入りするため
利便性のため、と自ら後見人を買って出たのである。
「お待たせしました。」
グリスが部屋に入ってきた。
「おおー、大きくなりまーしたねえ。 何cmありまーすかあ?」
「187cmです。」
ジジイとリオンは将軍の見立てに感心した。
グリスに会いに行った時に、遠目でその姿を見て
長老会秘密臨時会議で言っていたのである。
「30m先ぐらいの姿しか見ておりませんが
あれは186 ~ 188cmぐらいありましたぞ。」
さすが軍人は目標物の洞察に優れている。
「さあ、学生生活の事を聞かせておくれ。」
「お友達は出来まーしたかあ?」
ふたりにせかされ、グリスは勉強やバイトや寮の話を
写真や動画を見せながら話した。
その話から、グリスにとって有意義な経験だったと
ジジイとリオンはうかがい知る事ができた。
続く
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かげふみ 20
「で、どうするんだい?」
訊くアスターに、迷いなく答えるグリス。
「うん、帰るよ。」
「そうか、寂しくなるな・・・。」
無理をしながら笑顔を作るアスターに、グリスは気遣って言った。
「でも、せっかく入らせてもらった学校だから
ちゃんと卒業してから帰るよ。
それまでもうちょっとの間だけど、一緒にいられるよ。」
グリスのその表情を見て、アスターは驚いた。
「もういつもの、いや、前よりも大人びたんじゃないか?
驚いたな、あの一瞬で・・・。
主様というのは、きみにとってどれだけの存在なんだい?」
その言葉を聞いて、グリスは思い出した。
そうだった、ぼくの命は主様にもらったものだった。
ぼくのすべては、最初から主様のものだったんだ。
ぼくは何を迷っていたんだろう?
「心配を掛けてごめん。
そして、本当にありがとう。
アスター、きみはぼくの一生の恩人だよ。」
ふたりは固く握手をし、抱き合った。
少年たちが爽やかな青春劇を繰り広げている時
館では薄汚いオトナたちの見苦しい言い争いが勃発していた。
「何ですぐに電話に出らんのじゃ!」
「電話してる最中に電話に出れるわけがねえだろー!」
「電話って、・・・グリスからか?」
「はーん、番号教えたのはおめえだなー? クソジジイー!」
「そんな事はどうでもよい! で、グリスは何じゃと?」
「知らんわー! こっちが訊きたいわー!
まったく、よってたかって、わけわからん事ばっかり訊きやがってー。」
「ええい、あんたじゃ話にならん! リリーちゃんを出せ!」
「自分で本人に掛けろー!」
ブチーーーッ
「あっ、もしもし? もしもし? あのバカ女、切りおったな!」
ジジイはすぐさまリリーに電話を掛けた。
「時計の秒針の音がうるさい、と怒鳴っておいででしたわ。」
「何じゃ? そりゃあ???」
「さあ?」
「と言う事は、マズい結果にしてしもうたんか?」
「さあ?」
電話を切った後、ジジイは途方に暮れた。
どうしたもんじゃろうか?
あの主の事だから、絶対に穏便に済ませとらんはずだ。
何だか大変な事になっとるような気がする。
・・・ここは、わしがグリスに電話で・・・
いや、直接会いに行った方が良いかもしれん。
右往左往しているジジイの横で、携帯がコンバットマーチを奏で始めた。
グリスからのメールの着信音である!
(ちなみに主からの着信は、ジョーズの出現音に設定している。)
ジジイはガバッと携帯に飛びつき、慌てながら開いた。
おじいさま ご心配をお掛けした事と思います
長々と館を空けて申し訳ありませんでした
きちんと学位を取ってから帰りたいので
あと数ヶ月は掛かると思いますが
どうかこの我がままをお許しください
おお!!!!!!
何かよくわからんが、帰ってくるつもりらしい!
グリスよ、わしは嬉しいぞ!!!!!
ジジイが目を潤ませながら、携帯を頭上に掲げて
ロッキーのテーマのBGMよろしく勝利のポーズを取っている時
主は壊れた時計を片付けるレニアに、ギャンギャン怒られていた。
「物を壊すなど、DVですのよ! パワハラですのよ!
良いお歳をして、そんな分別もお付きにならないのですか?
今度こんな事をなさったら
あなたの寝室で、あなたのゲーム棚の前で泣き喚きながら
あのうっとうしいコードの束を引きちぎりますわよ!」
それは主にとって、最大の脅し文句であった。
主は縮み上がって土下座した。
「すすすすすいませんでしたーーーーーーー!
もう二度とこのような不祥事は起こしませんからーーーーーー!」
フン、と鼻を鳴らすレニアを、リリーは仰天した顔で見た。
この館で最強なのは、この人かもしれない・・・。
続く
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かげふみ 19
ドラクエの着メロが鳴っている携帯を見て、主は面倒そうな顔をした。
登録されていない番号は、大抵が間違い電話だからである。
「・・・はいー・・・。」
ドスの利いた不機嫌そうな声で出た主の耳に入ってきたのは
聞き覚えのない、低く太い男性の声であった。
「・・・し・・・主様ですか・・・?」
「はいー、そうですがー?」
「ぼくです。 ・・・グリスです。」
うわ、こいつ声変わりまでしてやがる!
主はグリスの変わりぶりに、不思議な怒りすら覚えた。
「・・・ああー、どうもー。」
マヌケな返事をする主に、グリスは一瞬とまどい
何を言ったら良いのか、わからなくなったけど
とにかく訊くしか出来なかった。
「・・・・・ぼくは・・・・・
主様のところに帰っても良いんでしょうか・・・。」
緊張のあまり、思った以上に暗い声になってしまった。
ああーーーーーーーーーーっっっ?
主は、イラッとした。
「帰っても良いか」 じゃなく、むしろ 「帰らなくては」 って話だろう!
そう怒鳴ろうとした瞬間、ジジイの半泣き顔が脳裏に浮かんだ。
いや待て、わざわざそんなアホウな事を訊いてくるわけがない。
この問いは言葉通りの問いじゃない。
多分、何かを試されている。
ここは慎重に答えなければ・・・。
ちょっと考えたが、なにぶん問いの意味がわからないので
しょうがなく、とにかく何か良い事を言おうとした。
「あー、えーと、グリスー、」
そう主が言った瞬間、棚の書類の入れ替えをしていたリリーの眉が
ピクッと動いたのは、主にはわからない。
「あなたがどこにいようと、何をしようと
私はあなたの意思を尊重しますからねー。」
グリスからの返事がこない。
携帯は静かなままである。
だけどその向こうに、確かにいる気配がする。
こらあ! 何でそこで黙り込むんだよ?
私の答が気に食わないのか?
しょうがないだろ、わけがわからないのだから。
何を言え、っつってんだよ?
ああ・・・、何か思い出してきたわ、この雰囲気。
そういや、昔よくあったわ、こういう謎掛けもどき。
ったく、てか、何で誰もかれも私を試したがるんだよ?
いたらん過去の断片を思い出し、ムカムカしてきた主だったが
怒りを抑えて落ち着き直した。
わかったよ、そっちがその気なら受けて立つぜ。
根競べ上等!
携帯を耳にあてたまま、主もグリスも無言である。
いたたまれない沈黙の中、時だけが過ぎる。
チッチッチッチッ
ふと主は、目の前に置いてある時計に気付いた。
気まずい静寂の中、秒針の音がやたら大きく聴こえる。
チッチッチッチッチッチッチッチッ
主は時計から目を逸らした。
チッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッ
どうしても時計に目が行く。
チッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッ
ブツッ
頭のどっかで何かが切れる音がした瞬間
主は時計をガッと掴んで、フルスイングでガーーーッとドアに投げつけた。
ガシャーーーーーーーン!!!
その音に驚いたリリーが、振り返って言った。
「主様、ご乱心ですか?」
驚いているくせに至極冷静な言い方に、余計に腹が立つ主。
「うっせーーーーーーー!
更年期でイライラするんだよー!
何で秒針が付いてんだよー?
いらねーだろ、秒針ー! うるせーんだよ、秒針ー!
秒針のない時計を持ってこーーーーい!!!」
そうリリーに向かって、わめき散らすと
今度は携帯に向かって怒鳴りだした。
「グダグダ言っとらんと、とっとと戻ってこーい!
私にあーだこーだ小難しい事を訊くんじゃねえー!
私はおめえにあれこれ望むけど、おめえは私に何も望むなー!
文句など言わせねえぞー、それが私なんだー!
わかったならチャッチャと帰ってこんかー!」
そして携帯をブチーーーッと切った。
鼻息フンフンの主に、呆れて首を振るリリー。
一部始終を聞いていたグリスは、切れた携帯を胸にあて
あっはっは、と大笑いしながら、ベッドに仰向けに転がった。
主の怒声は、側に立っていたアスターにまで聞こえた。
聞いていた話とのイメージの違いに、かなり驚いたが
グリスのその嬉しそうな笑顔から
どうやら良い方向で解決した事がわかったので
アスターは、ホッと胸をなでおろした。
続く
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かげふみ 18
グリスの話が終わった後、ちょっと間を置いてアスターが言った。
「ぼくにはその人が、とても可哀想に思えるよ。
大事な人を失って、結婚もしていないんだろう?
今の時代、こういう事を言うと怒られるかもしれないけど
女性がひとりでいる、ってのは
男性よりも辛い事もあるんじゃないかなあ。」
「そんな事はないよ、あのお方はとても強い意志を持ってらっしゃる。
いつだってひとりで立って、真っ直ぐな視線で前を・・・。」
そう言い掛けて、グリスはハッとして考え込んだ。
そう、あのお方は時々立ってらっしゃった。
執務室のあの窓辺に。
その窓の外には花壇がある。
まだ主様の元へ通えなかった頃
主様のために花を植え直すと言うから、ぼくも手伝ったんだ。
あの頃はまだローズさんの事も知らなかった。
ただ主様の喜ぶ顔が見たくて、一生懸命に植えたんだ。
ふと気付いたら、執務室のレースのカーテン越しに人影があった。
主様だった。
微笑んでいただけるかとドキドキしたけど
主様はふいっと部屋の奥に消えて行って、ぼくはとても悲しかった。
だけどあの時のあの主様の顔・・・
今思えば、あれはいつもの主様の無表情じゃない。
無表情さにどこか陰が差していた。
主様はあの時、どういうお気持ちだったのだろう
鮮やかな色のバラ、今は亡き大切な人の名がついた花の前で・・・。
「ぼくは・・・、主様のため主様のため、と言いながら
真には主様の事を考えていなかったのかもしれない・・・。」
グリスは頭を抱え込んだ。
「ぼくは何て事をしてしまったんだろう!
大好きで大好きで、ずっと側にいると誓ったのに
その気持ちから逃げ出してしまったなんて!!!」
今度は違う絶望が襲い、再び嗚咽するグリス。
その背中を優しくさすりながら、アスターは言った。
「でも、そのお方はきみを迎えに来てくれたじゃないか。」
「迎えに・・・?」
グリスが少し顔を上げた。
「うん、ぼくにはそう思えるよ。」
アスターが微笑みながら答えると、グリスは目を宙に泳がせながら
ボソボソとつぶやき始めた。
「迎えなんだろうか・・・。
いや、あのお方がそんな事をするはずがない・・・。」
でも、首都に用事などあるわけもない。
そしてあの車は、確かにぼくを待っていた。
軍の公用車だった。
多分、将軍が手配したのだ。
だからきっと、長老会に命じられたのだ。
いや、あのお方は、イヤだと思ったらテコでも動かないお人だ。
来たという事は、主様に来る意思があったはず。
グルグルと考えるグリスに、アスターがとんでもない提案をした。
「ご本人に直接訊いてみたら?」
「主様に・・・?」
「うん、電話して。」
「電話・・・?」
「うん。」
アスターは、立ち上がって机の上に置いてあったグリスの携帯を取った。
「ほら、これで。」
携帯を手渡されたグリスは、しばらくそれを唖然と見ていた。
主様にお電話など、しても良いものだろうか?
もし、拒否されたら・・・?
携帯を持つ手を震わせるグリスに、アスターが言った。
「大丈夫、ぼくの読みを信じて。」
続く
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小説・目次 -
かげふみ 17
長老会メンバーたちが苦悩している日々の中
グリスもまた、悩んでいた。
あの日、早目にバイト先に向かっていたグリスの目に
見慣れない光景が飛び込んできた。
黒塗りのリムジンが、対向車線に停車している。
このあたりでこのような車を見るのは珍しい。
特にこのあたりは車の往来も人通りも少ない場所である。
グリスはナンバーを見て、一層怪訝に思った。
軍の車・・・?
運転手も乗ったままである。
グリスは警戒しながら、足早に通り過ぎようとした。
その時、後部座席の窓がスーッと開いた。
グリスは我が目を疑った。
乗っているのは、主である!
頭が真っ白になったグリスは、そのまま立ちすくむしか出来なかった。
主は無表情で自分を見つめている。
車が行ってしまった後も、グリスは立ち尽くしていた。
「ね、グリス、どうしたの? 大丈夫?」
声を掛けたのは、バイト先の近くの本屋の店主だった。
バイト帰りにたまに寄るので、顔馴染みである。
グリスはその声で、現実に引き戻されたのだが
動揺していて、まともに話せる状態ではなかった。
それでも気力を振り絞って、答えた。
「カフェの店長に伝えてくれませんか・・・。
突然で悪いんですが、今日のバイトは休みたいんです。」
「ええ、それは構わないけど、すごく顔色が悪いわよ?
体調が悪いみたいだから、寮まで送りましょうか?」
「ありがとうございます。 大丈夫です、ひとりで帰れます。
すみませんが、急ぎ伝言をお願いしたいのです。」
店長は、公園のフェンスに寄りかかるグリスを気にして
振り返りながらも、カフェの方へと歩いて行った。
その姿が角を曲がると、グリスは公園の茂みへと身を隠した。
グリスは、学校に入って最初の1年は帰省していたのだ。
だけど館で主の側にいると、もう出て行きたくなくなる。
それでも我慢して寮に戻っても
その後何週間も、寂しくて寂しくてたまらない。
そんな事を繰り返す自分が、とても情けなく
また学業にも支障が出るので、帰省しなくなったのだ。
そうやって耐えて、考えないようにして3年
もう大丈夫だと思っていたのに、成長したつもりだったのに
一瞬!
たった一瞬で、主はぼくの積み重ねてきたものをブチ壊す!!!
ニコリともせず、ただチラリと見るだけで
ぼくの過去も未来も現在も、すべてその手中に収めてしまう!
ひと気のない公園の茂みの中で、グリスは声を殺して号泣した。
グリスが寮に戻ってきたのは、夕方暗くなってからだった。
泣き腫らした顔を見られないよう、うつむき加減で自室に急いだが
その姿を見かけた者は、ひと目で異変に気付いた。
「おーい、グリス、どうしたんだー?」
呼び掛ける声にも振り向かず、ただ片手を上げて通り過ぎた。
自室に戻ってすぐ、ベッドに潜り込み布団をかぶって泣いた。
自分が自分のものじゃない事への失望感からだった。
翌日も、講義もバイトも休んで部屋に閉じこもったグリスを
あまりの事だと心配した友人が、ドアをノックする。
「グリス、ぼくだよ、アスターだ。
皆も心配しているよ、顔を見せてくれないか?」
グリスはドア越しに答えた。
「ごめん、大丈夫だから。」
「きみがぼくなら、それで引き下がれるかい?」
アスターのその言葉に、グリスはドアを少し開けた。
グリスのずっと泣いていたであろう様子に、アスターは驚いたが
刺激を与えないように、優しく言った。
「言いたくない事を訊くつもりはないけれど
ぼくはきみを親友だと思っているんで、このまま放ってはおけないよ。
良かったら、少しでも話をしてはくれないだろうか?」
アスターは、グリスより4歳年上だったが
グリスが寮に入ってきた当初から、優しく接してきてくれて
何かと頼りになる存在であった。
もの静かで落ち着いているけど、面倒見が良いアスターを
グリスも兄のように慕って、信頼を置いていた。
そんな友人が出来ただけでも、この大学への入学は価値がある事だった。
グリスは無言のまま部屋の奥に引っ込み、ベッドに腰掛けた。
アスターも無言で部屋に入り、ドアを閉めた。
その手には、お茶と水とサンドイッチの乗ったトレイがあった。
トレイを机の上に置き、アスターはグリスの横にソッと座った。
グリスが話す気になるのを、気長に待つつもりだったが
ふと見ると、膝においていたグリスの手の甲に涙がポトポトと落ちている。
グリスの顔を見ると、長いまつげを伝って涙の粒がこぼれ落ちている。
アスターはグリスの背中を優しく撫ぜた。
グリスは耐えられずに、両手で顔を覆って肩を震わせ始めた。
それでもアスターは無言のままだった。
どれぐらいの時間、そうしていたのかわからないが
少しは落ち着いたのか、グリスがつぶやくように言った。
「ごめんね・・・。」
その言葉にもアスターは無言だった。
グリスは頬を拭うと、ポツリポツリと話し始めた。
館の事は極秘事項なので、差し障りのないように言葉を選びつつ
簡単に自分の生い立ちを喋った。
自分が外国の孤児で、まだ幼い頃にこの国に引き取られた事
その引き取り先の跡継ぎになる予定である事
そして “主様” と呼ぶ女性の事
アスターは、ただ静かに聞いていた。
続く
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かげふみ 16
「主はいつもセンターより脇ラブなんでーす。
ビジュアルのみで選んでいるようでーす。
だけど、お気にっ子が役に立たないと
そりゃもう、冷遇するんでーす。
パーティーから外したり、クズ装備を回したり。
他の眼中なしキャラには、能力を冷静に見て
的確な操作をするんでーすが
ビジュ萌えのキャラには、やたらマゾらせるんでーすよお。」
はあ??????? と、口をポカーンと開けるメンバーたち。
「今の説明の意味がわかったかね?」
「いえ、聞き慣れない単語が多数で・・・。」
リオンは、やれやれ、と癇に障る首の振り方をした。
「要するに、主は仲間や友人に対しては
公平で誠実で素直で、実に良いヤツなんでーす。
だけど一旦、自分の恋愛対象として見なすと
我がままになり、厳しい要求を突き付けまくるんでーす。」
「何っ? じゃあ、わしは主の恋愛対象かねっ!」
ジジイが叫んだ。
「まさか。 主は見た目のみで選びま-すからねえ。」
リオンが薄ら笑い、ジジイがムッとしたところで、将軍がハッとした。
「知的イケメン!」
「そう、それでーす。
線が細く、あっさり顔のクールな美形
それが主のブレない萌え要素でーす。」
メンバーたちは、ボソボソと言い合った。
「じゃあ、グリスは主の好みから外れていますよね。」
「たくましく爽やかに育っていますしね。」
「ところがどっこい!」
リオンの言葉に、全員がドキッとする。
「悪い知らせでもあるのかね?」
「はーい。
これは主が実際に言ってた事なんでーすがあ
主には “恋愛スイッチ” というのがあるそうなんでーす。
それは自分でもどこにあるのかわからず
普段はOFFになってるそうなんでーす。
どうも自分ではONに出来ないみたいだそうでーす。」
「ならば問題ないじゃないか。」
なあ? と、うなずき合うメンバーたち。
「それが大ありなんでーす。
相手がストレートに告白してきた時に初めて
その恋愛スイッチがONになるそうなんでーす。
で、YESかNOか、そこで考える。
NOの場合も、恋愛スイッチは解除されないので
その相手は嫌悪の対象になるそうなんでーす。」
「ちょ、ちょっと待て、とすると・・・。」
「そうでーす。
主は自覚してはいませーんが
グリスくんの好き好き全開オーラに、無意識に恋愛スイッチが入って
嫌悪しているようにも思われまーす。」
「それが事実だった場合、相続はどうなるんだ・・・。」
「いや待ってください、もし主とグリスが恋愛関係になった場合でも
結局はグリスくんが主を憎む事になるんですよ?」
「どっちに転んでも、最悪の関係にしかならないじゃないか!」
絶望感が漂う中、ひとりのメンバーがはたと気付いた。
「なあ、それで何故、グリスが戻ってくるとわかるんだね?」
「おお、良い質問でーす。
実は主のこの恋愛観は、もう私が何気なく
グリスくんに伝えているんでーすよ。
グリスくんはこの事もあって、主と距離を置いたのかも知れませーん。
その彼が戻ってくるならば、覚悟はしているはずでーす。
グリスくんにはわかるはずでーす。
主が、嫌悪する相手を迎えに行くのが、とてつもない奇跡である事を。
そしてそれは、主にとっての自分の価値が揺るぎないもの、と
大いなる自信となりまーす。」
ほお、と感心する一同に、リオンは鼻高々だった。
「この私がただ遊びに通うだけなど、ありえませーんねえ。」
「すみません、ちゃんと教育したつもりだったんですが・・・。」
リオンの父であるダンディーな紳士が、皆に詫びる。
「いや、気にしないでください
子供など、どう育つかわからないものですから。」
「そうですよ、うちのも本当に・・・いやはや・・・。」
慰め合う、子育てに失敗した父親たち。
「まあ、とにかく、この件に関しては
リオン殿の功績は大きそうではないですか。」
「そうですな。
主も渋々ながら、連れ戻しに行ってるんですし。」
「館第一の主だから、館を混乱させるような事はしないでしょう。」
やっと安堵の空気が流れ始めたのを打ち破ったのは
状況を読んで功績を上げたはずのリオンだった。
「と言っても、どう転ぶかわからないのが
“恋” というものでーすしねえ。」
「わしらはどうすりゃ良いんじゃ!」
ずっと無言だったジジイが、とうとう怒り始めた。
娘息子のように可愛がっているふたりが
妙な具合になっているのが、ジジイには辛くてたまらなかった。
その心中を察して、メンバーたちがうつむく。
さすがにリオンも大人しくなった。
「すいませーん・・・、私にもわかりませーん。」
「グリスが主についてきたのが、最初の出会いだったようだから
主はモンスターに魅入られたのかも知れませんね・・・。」
「あるいはグリスが魔物に惹かれたか・・・。」
会議室には暗い空気が充満し、結局良い対策法も見出せず
後味の悪いまんま、会議はお開きになった。
続く
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かげふみ 1 11.10.27
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かげふみ 15
歩いて来るグリスらしき姿が鮮明になると、主は驚いた。
「ええっ? あれ、本当にグリスですかー?
えらい育って、別人じゃないですかー。」
その言葉に、ジジイは得意げに携帯画面を差し出した。
「ほれ、これがグリスの近影じゃ。
男の子は急激に成長するもんなんじゃよ。」
「あんた、待ち受けにまでー・・・。」
果てしなくドン引く主。
「そんな事より、もうそこまで来とるぞ、どうするんだね?」
慌てる将軍に、主が小声で指示を出した。
「あんたら出歯亀は気付かれないよう、伏せてくださいーっ。」
「で・・・出歯亀?」
「将軍、伏せるんじゃ!」
車内の床に這いつくばるジジイと将軍。
グリスが向かいの歩道を通過しようとしたその瞬間、主は車の窓を開けた。
ところが主はピクリとも動かないどころか、ひとことも発しない。
ただ、車の中からグリスを睨んでいる。
しかも機嫌が悪いのも手伝って、いつも以上の仏頂面である。
そしてそのまま窓を閉め、将軍に言った。
「車を出してくださいー。」
将軍は不自然な体勢で転がりながらも、素早くマイクを取り
運転手に車を出すよう告げた。
グリスの姿が小さくなり、やがて見えなくなると
ジジイと将軍はようやく体を起こして、同時に叫んだ。
「これだけかね!!!」
「何じゃ、今のは!」
「6.26秒だったぞ!」
時計を見ながら叫ぶ将軍。
コンマ00秒まで時間を計っているなど、さすが軍人である。
あっけに取られているふたりに、主は断言した。
「はい、これだけですー。
これでダメなら、もう私の出る幕ではありませんー。
さあ、帰りましょうー。」
「「「 ・・・・・・・・・・・・ 」」」
ジジイと将軍の報告を聞いた長老会メンバーは、言葉が出なかった。
うむうむ、その気持ちわかるぞ、とジジイがうなずきながら
ムービーカメラを取り出した。
「その時のグリスの様子は、ちゃんと撮っておいたぞ。」
「何だね、これ、逆さまじゃないかね。」
「うわあ、手ブレが酔いますねえ。」
「ムチャ言わんでくれ。
隠れながらも、手を伸ばして必死に撮ったんじゃぞ。」
カメラに写ったグリスは、激しく驚いた表情のまま固まっていた。
「おお、驚いとる驚いとる。」
「さぞかし肝を冷やしただろうなあ。」
「あの主が般若顔で突然現れたんですもんねえ・・・。」
グリスに同情の声が寄せられたところで、ジジイが続けた。
「でな、わしらも手土産なしでガキの使い、ってわけにもいかないんで
帰りがてらに主の恋愛歴など、探ってみたんじゃ。」
「へ? 何故いきなり恋愛歴ですか?」
「いや、それはアリかも知れん。
押すと男は逃げたくなるが、引くと追いたくなるものだろう?
今回の主の行動は、それの応用だとも思われるぞ。」
「ああ、なるほどー。」
「主の恋愛事情・・・、それは、ちょっと興味がありますねえ。」
「「「「「 で、何ですって? 」」」」」
メンバー全員がジジイに期待の眼差しを向け
ジジイは調子に乗って、主の口真似をし始めた。
「はあー? 恋愛ー? よくわかりませんねー。
向こうから好き好き言ってきたくせにー
付き合ったら何故かすっげえ憎まれて、突然別れ話されちゃってー
すんなり別れてあげたのに、陰で悪口言われ始めてー
私の恋愛なんて、全部こんなんですよー。
何なんですかねー、あれってー。」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・ダメ・・・って事・・・なんじゃないですかねえ・・・。」
「・・・予想を微塵も裏切らない経歴だな・・・。」
愕然とするメンバーに
ジジイが更なる “主のお言葉” を再現した。
「これで美人だったら、悪女の称号でも貰えて
傾国とかしちゃってたんかも知れませんがー
ブサイクなんで、単なる性悪女で済んで
目出度し目出度し、ってなもんですよー。
皆、遺伝子元の私の親に感謝すべきですよねー。」
あああああああああーーーーーーーーーっっっ
と、メンバー全員が頭を抱えた。
「やはり、主を行かせたのは間違いだったんじゃ?」
「それよりも問題なのは、この調子じゃ
いつまたグリスくんが出て行くかわからん、ってところだぞ。」
暗い雰囲気になった会議室に、声が響いた。
「グリスくんは戻ってきまーす。」
声の方向を見ると、ケーキを食うリオンだった。
「何故そう言いきれるんだね?」
その問いに、リオンはニコニコしながら答えた。
「私は主の恋愛傾向を間近に見てるからでーす。」
その言葉に一同がドヨめき立ち、リオンに詰め寄った。
「あの主が恋愛しているんかね!」
色めき立つメンバーたちを、リオンが諭す。
「やでーすねえ、皆さん、他人の恋愛話には首など突っ込まないのが
紳士の心得じゃないでーすかあ。」
「この場合はわけが違うんだよ! あの主の事なんだよ。」
「セクハラ、パワハラとかありますしね。」
「そう。 館の平和を脅かしかねん可能性もある。」
リオンは溜め息を付いた割には、嬉しそうにしている。
「そうでーすかあ? しょうがないでーすねえ。
じゃあ・・・」
そしてせきを切ったようにペラペラと喋り始めた。
続く
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かげふみ 1 11.10.27
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かげふみ 14
「私とした事が、グリスの私に他する予想外の崇拝に動揺して
ついつい使命を忘れていましたー。
どうも申し訳ありませんでしたー。
まったく、これだからガキは厄介だわー。」
反省しているのかしていないのか、疑わしい主の態度である。
「私がこれから大学に行って、グリスを連れ戻してきますー。
私としても、せっかくの次期主候補を潰したくないですからねー。」
その言葉に、リリーが口を挟んだ。
「今から行きますと、首都に着くのは夜の8時過ぎになりますけど。」
「ええっ、首都そんなに遠いのー?」
驚く主に、メンバーが突っ込む。
「首都まで列車で5時間は掛かるぞ。」
ヘタリ込む主。
「ええーーー、じゃあこの計画ダメじゃんー。」
メンバーのひとりが、疑問を口にした。
「きみ、国際線に乗る時に首都に行ったんじゃなかったんかね?」
「あの時は軍がヘリで送ってくれてー・・・。」
全員の目が一斉に将軍に向く。
「お、おいおい、あの時は私も首都に公務があったんで・・・。」
慌てて断ろうとする将軍に、主が事もなげに言う。
「じゃ、明日5分で終わる “公務” を作ってくださいー。」
「あああ・・・、また私か・・・。」
ガックリと肩を落とす将軍に、気の毒そうにメンバーが詫びる。
「すみませんが、今回は次期主の一大事ですし。」
「我々で他に役に立てる事があったら協力しますよ。」
「んじゃ、これで決定ですねー。
私は帰りますよー。 将軍、明日迎えに来てくださいねー。
あ、あと軍から大学までの車の手配もよろー。 リムジン必須ー。」
主は要求をするだけしたら、さっさと帰って行った。
翌日の首都へと飛ぶ軍用機の中では、主がムッツリした顔で座っていた。
「ご機嫌斜めそうじゃのお。」
ジジイの声掛けに、不機嫌そうに主が答える。
「・・・軍用機って、何でこんなに寒いんですかー。
凍え死なすつもりですかー?」
将軍がキリッと弁明する。
「物資を運ぶのに冷暖房がいると思うかね?」
「この前はこんな寒くなかったですよー。」
「この前のは上官専用で、今日はそれが空いてなかったんだよ。」
「こら、そんな調子でグリスの説得が上手くいくのか?」
「それはわかりませんー。」
その言葉に、飛び上がるジジイと将軍。
「「 何じゃ「」何だとーーーーーーーー? 」」
「これで帰って来なかったら、私に打つ手はないですねー。」
その頼りない言葉に、ジジイと将軍は焦った。
軍空港から大学に向かう公用車の中で、主はぶしつけに訊いた。
「ところで、何であんたらまでついて来るんですかー?」
主の質問に、ふたりは答えるのを控えた。
実は昨日、主が帰った後に長老会メンバーで話し合ったのだ。
どう考えても、あの主だけに任せておいて穏便に済むわけがない。
暴力沙汰を起こして通報されないよう、“見張り” が必要だ、と。
そして今日の結果は、明日の極秘臨時長老会で報告せねばならない。
どうか上手くいきますように・・・
ふたりは心の中で必死に神頼みをしていた。
ふたりを見て、どうせ野次馬だろ、と判断した主は地図を見ながら呟く。
「グリスは今日は何時頃に寮に戻るんでしょうかねー。」
「何じゃ、あんたそんな事も知らんと来とるんかい!」
ジジイの驚愕に、主はサラリと言ってのける。
「寮付近で待ち伏せしようと思ってたんですよー。」
「はあ・・・、無計画ここに極まれり、じゃな・・・。」
呆れたジジイは、手帳を出して説明し始めた。
「んとなあ・・・、この時間じゃとグリスは受講中じゃ。
今日は11時までで終わって、12時から17時までバイトじゃな。
道端で捕まえるなら、この公園横を11時20分ぐらいに通るはずじゃ。」
その細かい指示に、今度は主がドン引きした。
「・・・あんた、大学に間者でも潜ませとるんですかいー。」
「失礼な! わしゃそこまでストーキングしとらんわい!
以前にグリスに、日々の予定を教えてくれ、と頼んだだけじゃ。」
「うわあ・・・、グリスもよくこんなに細かく教えたなあー・・・。」
ジジイは嬉しそうに話す。
「いつも時計を見てな、ああ、今頃グリスはあれをしとるな
おお、今は橋の上を歩いておるな、とか想像するんじゃ。
この気持ちがわからんから、あんたはグリスを傷付けるんじゃよ!」
ジジイの溺愛ぶりにゾッとした主だが
最後の行が逆らう術もない正論なので、黙っていた。
ソワソワしてあたりを見回していたジジイが叫んだ。
「あっ、来たぞ! グリスじゃ!!!」
続く
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かげふみ 15 11.12.9
かげふみ 1 11.10.27
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