「はあー・・・。 でー?」
主がポヤンな返答をすると、ジジイが噴火した。
「跡継ぎが何年も帰ってこんのを、何とも思わんのか!」
主が、はあ? と言うような表情をした。
「何、言ってんですかー。
最初にグリスに通学を勧めたのは、あんたでしょーがー。」
ジジイは、ボッフンボッフンと煙を出しつつ怒鳴った。
「そうじゃ!
わしは “通学” を勧めたんじゃ!
寮に入って帰って来んなど、許した覚えはない!!!」
まったくもう・・・、年寄りの我がままは・・・
と思いつつ、(主にしては) 丁寧に解説する。
「それはあんたの勝手な思惑でしょうがー。
グリスの学力を活かす学校が、首都の国立だったんですから
そこで学ばせてあげないで、どうするんですかー。」
「それはそうじゃが、館にまったく帰らんのはおかしい!
クリスマスも感謝祭も子供が帰ってこんのは
この国では普通じゃないんじゃぞ!
グリスはもう館に帰ってこないつもりかもしれん!」
涙目のジジイに、主は困り果てた。
「グリスに跡を継ぐ気がないなら、それも仕方のない事かとー・・・。
それに関しては、対策を考える必要がありますよねー。」
「あんたはグリスが可愛くないんかっ!」
真っ赤になって怒るジジイに、主がひるむ。
「えー・・・、いやあ、そういうわけではなくー
本人の意思を尊重してー・・・」
「キレイ事を言うでないっ!」
ジジイのさえぎりに、主が見事な短気でブチ切れる。
「この野郎ーーー、ケンカ売っとんのかあー?
3倍値で買うぞ、この腐れジジイーーーっ!!!」
「上等じゃわい、そのクソ生意気なツラをボコボコにしちゃるわ!」
今にも殴り合いを始めそうな、ふたりの激昂に
長老会メンバーたちが慌てて止めに入る。
「ま、まあまあ、冷静に話しましょう。」
「とにかく座って。」
ジジイと主は、睨み合ったまま椅子に座らされる。
「長老会としても、次期主の問題は重要ですから
このまま放置するわけにもいかないのですよ。」
「そうですよね。」
「何年も帰ってこない、というのは、やはりおかしい。」
メンバーたちが、口々に言う。
「どうでしょう、ここらで今一度
跡を継ぐ気があるのかどうか、本人に確認してみる、と言うのは?」
主が憮然とした態度で言い放つ。
「そう思うんだったら、そうすりゃ良いじゃないですかー。
何で私が怒られなきゃいけないんですかー?
長老会でさっさと訊いてくれば済む話でしょうにー。」
その投げやりな言い草に、ジジイがガッと立ち上がり
それを左右のメンバーがすかさず押さえる。
小太りの紳士が、穏やかに言う。
「ですがね、グリスくんには税金が使われているんですよ。
やりたくない? ああ、そうですか、というわけにはいかない。
出来るだけ、本来の予定に従ってもらうように
努力しなきゃいけないんですよ。」
その言葉に主も我に返った。
「あー・・・、そうでしたー・・・。」
「そこで2~3、お伺いしたいんですが
主、あなたはグリスくんと上手くいっていましたか?」
「えー・・・? まあ、そこそこー・・・?」
主の答にジジイが ウソつけ! とつぶやき
主がカチンときて、グワッと椅子から立ち上がったところを
リリーとメンバーのひとりが押さえた。
「グリスくんから連絡はありますか?」
「アドレスー・・・、教えていませんー。」
「何じゃと? 何故教えない?」
ジジイの怒声に、主がしどろもどろに言い訳をする。
「だって訊かれなかったですもんー。
そんなん、他の人からも訊ける事だしー
私のPCや携帯は仕事用だからー
私に連絡を取る方法なんて、いくらでもあるしー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
皆の視線が集中した主は、黙り込んだ後に叫んだ。
「すいませーんーーー、ほんっと、すいませんーーーーー。」
頭をテーブルに押し付けて詫びる主に
ようやく溜飲が下がったジジイが、穏やかに語りかけた。
「正直言って、あんたはグリスが苦手なんじゃろ?」
その図星に、主は観念した。
「その通りですー。
あの子の、“お慕い申し上げビーム” が
ほんっと、うっとうしかったんで、いなくてホッとしてましたー。」
その正直すぎる言葉に、今度はメンバーたちに火がついた。
「あの子を連れてきたのは、あなたでしょうが!」
「子供が母を慕う気持ちをうっとうしいとは何事です!」
「あんな良い子を・・・。」
「そうですよ、良すぎるぐらい良い子なのに・・・。」
「きみには母性というものがないのかね?」
さすがに己の非を認めて、小さくなって言われ放題されている主。
助け舟を出したのは、意外にもリオンだった。
「皆さん、もう、そのぐらいで良いでしょーう。
主も反省しているようでーすし、珍しーく (笑)」
この、かっこ笑いとじかっこ が癇に障って
止めに入ってくれたリオンに素直に感謝できない主。
メンバーたちは、まだまだ言い足りなかったが
立派な大人なので怒りをどうにか静めて、話し合いの体勢を立て直した。
「それで、どうするのかね?」
主は、簡単に言った。
「要するに、グリスを連れ戻せば良いんですよねー?」
「「「 そんなにたやすく出来るのかね! 」」」
いぶかしがるメンバーに、主は先程の反省していた態度もどこへやら
不適な笑みを浮かべた。
続く
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かげふみ 12
「次期様は大学に編入なさるそうですよ。」
執務室のデスクで書類を読む主に、リリーが事務的に報告した。
「ああ、そうですか-。」
主の返事は、そっけないものだった。
グリスは最初の頃は、年相応に街の学校に通ったが
同級生の幼さに失望して、早々に飛び級を重ねていた。
街の学校には車で通っていたけれど
遠い首都の大学では、寮に入る事になる。
「外国って凄いですよねー。
学年飛び越し制度なんて、日本にはないですよー。」
主のグリスに関係ない感想に、リリーが冷たく切り捨てる。
「何度も申しておりますが、ここでは日本が “外国” ですけどね。」
大学でのグリスは、年上のクラスメートを持ち
ようやく勉強のレベルにも納得できる生活を送っていた。
年齢的には子供だったが、急激に伸びた身長と
しっかりした性格がにじみ出る顔つきで、大人びていたので
皿洗いで入ったカフェのバイトも、接客を任せられるようになった。
館を出ての1年間は、主に会えない辛さにベッドの中で毎晩泣いた。
そんな寂しさも、勉強にバイトにと打ち込む内にどんどん薄れてきた。
だけどそんな忙しい日々の中でも
主を思い出しては、孤独にたまらなくなる時があり
たまに沈み込んでしまう。
その憂えた様子と端整な顔立ちで
グリスは女の子たちに人気があった。
付き合ってくれ、と自分より年上の女の子がくる。
その瞳を見る度に、主と比べてしまう自分が情けなかった。
主様はこんな媚びた目はなさらなかった。
あのお方は、いつも頭上からヘビのような冷たい目で見下ろし
ぼくの存在などないかのように、そっけない態度でいらした。
ぼくは、そんな主様を見つめているだけで幸せだったのに・・・。
そんな未練タラタラの自分が腹立たしい半面
その気持ちを大事にせずにはいられない。
主様はぼくのこんな気持ちを、きっと鼻でお笑いになるだろうな
そういうお人だ。
あのお方にもローズさんという存在がいるのに。
告白を断る度に、こんな考えをしてしまい
落ち込み、その夜はまたベッドの中で泣くのだ。
そんなグリスの心情を知らず、クラスメートがからかった。
「おい、グリス、モテるのに何故恋人を作らない?
おまえ、やっぱりまだまだガキだな。」
そんな挑発にも乗らず、グリスは目を伏せて答えた。
「忘れられない女性がいるんだ・・・。」
その言葉は、瞬く間に女生徒たちに駆け巡り
悲恋っぽいその様子に、歓喜すら沸き起こり
グリスの評判は逆に上がった。
若い女の子なんて、魔物のようなものである。
その不可解な反応に、グリスは動揺させられ
益々主の事が恋しくなる、という悪循環。
グリスが若い女の子に翻弄させられながらも、学業にいそしんでいた頃
長老会会議では、ジジイが主に詰め寄っていた。
「グリスがもう3年も帰ってこん!」
続く
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かげふみ 11
グリスはひどく落ち込んでいた。
主の心には、決して消せない人物が住み着いている。
冷静に考えれば、そんな関係のヤツなど
誰にも、ひとりふたりはいるわけだが
それすらも容認できない自分の心の未熟さも腹立たしい。
主とローズの母娘のような愛が
何故、自分のところにも降り注がれないのか。
いや、ぼくが欲しいのは、そういうのじゃないんだ
その事にも気付かされ
グリスは、自分が穢れた人間のような気分に陥っていた。
表面上は普通に振舞い、ジジイの授業もあれから何度かあったが
グリスは葛藤を誰にも言えずにいた。
そんなグリスの心理を、ジジイは見抜いていた。
「のお、グリスや。
学校に通って、同年代と遊んでみてはどうかね?
ここに閉じこもっているのは
おまえの年では、あまり良くない事だと思うんじゃが。」
ジジイのこの言葉は、決して責任逃れではない。
グリスの心には、主との世界しかない。
それがグリスを追い詰めている。
もっと広い世界を見せねば、純粋にそう案じての提案だった。
グリスはジジイのこの提案に、一筋の光を見た想いだった。
ぼくが生きる場所は、ここだけじゃないんだ
他の世界へも行ける!
・・・だけど、そうすると主様からは離れる事になる・・・
グリスの悩みは、そこへと移り変わっていった。
何日も何日も、その事で頭が一杯だった。
主の元へも通う事が出来なくなっていた。
主はリリーから、ジジイの話を聞いていた。
ほお、最近姿を見せないと思ったら、そういう事かあ
でもローズの事が、何がそんなにショックなんやら
主もリリーと同様の感想を持った。
そんなある日、グリスは主とバッタリ鉢合わせた。
道場での運動の帰り道に、牧場を視察に行く主と遭遇したのである。
「しばらく顔を見せませんでしたねー。
元気でやっていますかー?」
グリスの状態は、ジジイから聞いて知っているはずなのに
事もなげに 「元気か?」 などとシレッと言う主に、腹が立って
グリスはつい、試すような事を口走ってしまった。
「ぼく、学校に通ってみようかと思うんですが
主様はどうお思いになりますか?」
主はその言葉が嬉しいかのように、笑って言った。
「それは良い事だと思いますよー。」
その言葉にガックリときて、立ち去ろうとしたグリスに主は言った。
「ちょっと一緒に来てくださいー。」
そして、周囲の人々にその場で待つように告げた。
主はグリスをうながして、ゆっくりと歩き始めた。
遠くに見える厩舎や家畜小屋、茂る畑。
鳥が鳴きながら、滑空していく。
少し乾いた風が、気持ちの良い季節である。
眩しそうに空を見上げ、立ち止まる。
そして振り向いた主の瞳には、館が映っていた。
「この館は今でこそ、こんなマトモな姿ですー。
でも、ここは決して “正しい場所” ではないんですよー。
あなたは幼い頃からここにいるー。
それが私にはとても心配なんですー。」
自分に見とれるグリスの方を見もせずに、主は言った。
「グリス、外の “普通の世界” を見に行きなさいー。
色んな事を知った上で、自分の歩むべき道を選んでくださいねー。」
主のこの言葉はジジイと同じく、正に “親心” だった。
だけどその気持ちも、混乱しているグリスには届かなかった。
主の目には、館しか映っていなかったからだ。
ここを継ぐために連れてこられたのに
何故今になって、他の世界を見ろとおっしゃるんだろう?
ぼくは “いらない” と判断されたのか?
グリスはこの数ヵ月後に、街の小学校へ通う事を決心した。
続く
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かげふみ 10
駐車場にリオンの車が停まっているのを見ると
グリスは必ず主の寝室に行き、リオンに挨拶をするようにした。
リオンはいつもゲームを中断させて、グリスと会話をした。
ニコニコしながら語るリオンの会話の内容は
主に負けず劣らず、ドス黒いものだったが
グリスは一生懸命に聞いていた。
それはリオンが主の唯一の、“友達” とも呼べる存在だったからである。
跡継ぎの自分にさえ丁寧語を使う主が、リオンにはひどい言葉遣いで喋る。
特にゲーム中の罵倒は凄かった。
その怒鳴り合いが、えらく仲が良いものに見えて
グリスには耐えられず、主が心配するのとは逆にゲーム嫌いになった。
でも主様の好きなお方の傾向を学ぶ必要がある。
避けるのは簡単だけど、それじゃ進展しない。
何よりも、ぼくがリオンさんと仲良くするのを
主様は望んでいらっしゃるのだし。
そう決心したから、主が来ていない内にリオンへの挨拶を済ませ
主とリオンがふたりでいる場面を避けていたのである。
同じく主と仲が良いと思われるジジイには、この心理は働かなかった。
それどころか、ジジイには主に相談できない事もできた。
グリスには、この自分の心のムラが不思議だったが
ジジイからしたら、当然の事である。
主はわしの娘みたいなもんじゃ。
そしてグリスは孫。
放置気味の娘の子を、祖父が面倒をみているのと同じじゃな。
ジジイは自分の役割りを最初から完全に把握していた。
グリスには自分を “おじいさま” と呼ばせた。
あの大雑把な主には、周囲のこんな繊細なフォローが大事なんじゃ。
そういう事に気が回るわしはさすがじゃのお。
ジジイはひとりで悦に入って、グリスを猫可愛りした。
ある日ジジイが何気なく発した事から始まった。
「主も昔はもっと明るかったんじゃがの。」
このひとことに、グリスが引っ掛かった。
「何かあったんですか?」
ジジイは一瞬、しまった と思ったが
自分の武勇伝も語りつくしたし、館の歴史もあらかた教えたし
この館の現在に至るまでの経緯で、やはりローズの話は外せない。
そこで主とローズとの出来事を、出来るだけ客観的に伝えた。
ジジイにしては、余計な誇張もせずに淡々と正確に話せたのだが
それを聞いたグリスの心は衝撃にみまわれた。
あの主様にそんな大事な人がいたなんて・・・。
そのショックの大きさは、ジジイにも伝わるほどで
大丈夫か? の言葉も届いていない有り様である。
おじいさま、すみませんが、今日はもう休みたいので
やっとの事でそう言うと、グリスはヨロヨロと寝室に入っていってしまった。
ジジイは、時期尚早だったか、と後悔したけど時既に遅し。
慌てて事務部に行って、リリーの姿を探す。
こんな事を主に言っても、それがどうした? で終わってしまうじゃろう
と言うか、問題視されたら、しばかれかねない。
リリーちゃんにグリスの様子に注意しておくように言わなければ。
リリーは総務部にいた。
「ちょ、ちょ、リリーちゃん、ちょっと・・・。」
ドアの陰からコソコソ呼ぶジジイを見て
また主様と何かあったのかしら? と、ウンザリした顔で側に行くリリー。
ところがジジイの話を聞いても、ピンとこない。
「館の歴史を教えるという事は、その事も当然言わなくてはならないでしょう。
何が問題なんでしょうか?」
この言葉を聞いて、現実的すぎる女はいかん! と悟ったジジイは
とにかくグリスの様子に注意するように、と言い残して
グリス護衛のタリスのところに走った。
タリスはジジイの話を聞いて、青ざめた。
おお、やっと話がわかるヤツがおったわい、と安心するのもつかの間
タリスはつい、非難めいた言葉を洩らしてしまった。
「あんなに主様をお慕いしているグリス様に
何故そのような話を・・・。」
その当然の責め言葉に、ジジイはつい自己正当化をしてしまう。
「わしはわしの教えるべき事を教えただけじゃ。
あんたは軍人じゃろう?
何かね、この国の軍は上の立場の者を非難するのを良しとしとるのか?」
その言葉にグウの音も出ないタリス。
「申し訳ありません・・・。」
と、頭を下げるしかなかった。
「とにかく、そういう事情じゃから
グリスの様子には、くれぐれも注意するように。」
それだけ言い残して、敬礼をするタリスに背を向けて立ち去った。
わしも酷い人間じゃのお・・・
心の底では、自分の態度をなじりつつ。
続く
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かげふみ 9
「おお! 次期主のお出ましでーすかあ。」
主の後ろからおずおずと顔を出したグリスを、リオンは大歓迎した。
「ようやくお顔を見せてくれまーしたねえ。
ささ、一緒に遊びましょーう。」
グリスにコントローラーを渡そうとしたリオンを、主が止める。
「あー、だめだめー。 この子にゲームはさせないからー。」
「え? 何故でーすかあ?」
リオンの質問に、主がサラッと言う。
「ゲームなんぞしとるガキは、ロクな大人にならないからー。」
その意見に、意外な事にリオンも同意した。
「ああー、そうでーすねえ。
私は地位とお金と自制心があるから、廃人にはなっていませーんが
平民には危ない中毒性のある遊びでーすもんねえ。」
いつも会議でニコニコしているだけのリオンしか見ていなかったので
この発言に、激しく驚くグリスに主が言った。
「このドバカも、人前でのこういう発言は一応は控えているんで
暴言を吐かれる事を、ありがたく受け取るんですよー。
心を許していないと、本音は言わないものですからねー。」
「グリスくんとは長い付き合いになりまーすでしょーうから
ムダな腹の探り合いは省きましょーうねえ。」
は、はい、と返事をしたグリスだったが
人間のロコツな裏表を間近に見て、動揺の色を隠せなかった。
主様といい、リオンさんといい、何というか・・・直球すぎる
偉い人というのは、皆こんな感じなんだろうか?
グリスの混乱を見てとったリオンが言う。
「グリスくん、育ちの良い人間というのは、こんなもんでーすよ。
幼い頃から賞賛されているので、人間の善意を疑わないんでーす。
自分が疑わない事は人も疑わない、と信じ込んでーる。
自分に悪気はないから、人に悪く取られたりしなーい、とね。
私ほどではないにしても、主も育ちが良いお嬢さんでーすしね。」
その言葉に主が異論を挟んだ。
「ちょお待てー。 私は一般家庭の出だぞー?」
「ふふーん、あなたのその無邪気な残酷さを見れば
育ちの良さは、すぐわかりまーすねえ。」
即座に答えたリオンを鼻で笑う主。
「へへーん、この国と比べれば日本人は皆、裕福なんだよー。」
「ああー、そういう事でーしたかあ、なるほーど。
では、あなたのその性格は、無知な庶民がたまに持つ
根拠のない全能感というやつでーすねえ?」
「・・・おめえのそういうとこ、ほんっと好きだよー。」
主とリオンは、見つめ合って笑った。
恐ろしい光景であるが、グリスの意識は他のところに向いていた。
無邪気な残酷さ・・・
グリスは、自分が主を恐れていた理由がわかった気がした。
何となく感じていたものの形が、くっきりとしてくる。
きっとこのお方は、ぼくが去っても追ってきてはくれない。
実際に主と縁を切るのは、ごく簡単である。
現に恵まれた祖国を、あっさり捨ててきている。
恵まれた過去を持つからこそ、未来に執着がないのである。
そういう無欲さは、時によって人の繋がりにもヒビを入れる。
その、たやすい別離の可能性が
グリスには恐くて恐くてたまらなかった。
この苦悩は彼の人生に度々現われては、影を落としていく事になる。
続く
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かげふみ 8
事務部の仕事は、通常なら夕方5時で終わり土日は休みだが
主はほぼ毎日執務室か書斎に遅くまでいて、何らかの仕事をしていた。
食事も仕事の合間に不定期にとるので
一緒に食事をしたい、というグリスの願いはあまり叶えられなかった。
執務室に行けば、ほとんどの場合は主に会えるし
長老会会議にも、授業がない日なら連れて行ってもらえるので
それ以上の事を望むのは贅沢というものだ、そうグリスは思っていた。
しかし主の側にいられない日がある。
それはリオンが来る日である。
リオンは週に2~3度は主の寝室に来ていた。
大抵は土曜か日曜だったが、ひどい時には平日の夜にも来る。
勝手に来て、勝手に主の寝室で遊んで、勝手に帰って行く事が多いが
たまに主にメールをしてくる。
リオンからの携帯メールが入ると、主は寝室に戻っていく。
ふたりで部屋にこもって遊んでいるので
グリスは遠慮して、その中に入っていけない。
グリスはリオンを羨ましく思うと同時に、憎んでいた。
授業がある日は、夕方からしか主の側に行けない。
最近の主は、7時には寝室に戻るようになったので
2~3時間しか一緒にいられないのである。
その日も授業が終わって執務室に行ったのだが
30分も経たない時に、主の携帯にメールが入った。
「今、佳境らしいしねー。」
主のつぶやきの意味はわからなかったが、嫌な予感がする。
主は内線のボタンを押して、デイジーに言った。
「すいませんが、寝室にお茶の用意をお願いしますー。」
ああ・・・、やっぱり・・・、と気落ちするグリスに
机の上を片付けながら、主が言う。
「今日はこれで仕事を終えますー。」
はい、お疲れ様でした と小声で返事をして
部屋を出て行こうとしたら、主が意外な事を訊いてきた。
「あなたはリオンを嫌いなんですかー?」
不意打ちのようなその言葉に、しどろもどろになる。
「え、い、いえ、そんな事は・・・。」
「別に嫌いでも良いですけどねー
リオンとは仲良くしといた方が良いですよー。
彼はああ見えても、次代の長老会の中心になる人物ですから
そういう事も計算して、味方につけておくべきですよー。
リオンの方はあなたに好意的ですよー?」
グリスは、え? という顔をして訊いた。
「ぼくも主様のお部屋に行って良いんですか?
主様のプライベートにお邪魔するのは悪いと思って・・・。」
「あなたには、“そういう” 許可は与えたはずですがねー。」
慌ただしく机の引き出しを開け閉めして片付けをしながら、主が言う。
「プライベートだろうが何だろうが、私に関する領域で
リオンに許されて、あなたに許されない事はないんですよー?
次期主という自覚を、もうちょっと持ってくださいねー。」
パアッと顔が明るくなるグリスに、少しウンザリした様子で
主が釘を刺すように言った。
「あ、ただし、ゲームと駄菓子は成人するまで禁止ですー。
そんなんやっとったら、ロクでもねえ人間にしかなりませんからー。
これが守れなかったら、私のプライベートには出禁ですよー。
何せ私は、ロクでもねえ大人なんでねー。」
「わかりました。
大丈夫です。 ぼくの興味は別のところにありますので。」
グリスのこの返事の意味を、主は突っ込まなかった。
気にならないのか、それともあえて流したのか
主の気持ちが気になってしょうがないグリスであったが
さすが天才児、主の性格を的確に分析していた。
このお方は、多分何も気になさってはいない。
こういう、試すような回りくどいやり方は、このお方には通じない。
反応が欲しかったら、ストレートに訊くべきなんだ。
そうわかっていながら、グリスが主の愛を直接確かめる事をしなかったのは
主がおそらくするであろう、何じゃー? そりゃあー という
身も蓋もない反応が恐かったせいであった。
主様はドライなとこがおありになるから・・・
グリスは次期主である事以外の自分の価値に、自信がなかった。
続く
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かげふみ 1 11.10.27
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かげふみ 7
グリスがノックをすると、どうぞ の声がした。
部屋の中に入ると、主がデスクに座ってこっちを見ていた。
「ああー、何だー、あなたでしたかー。」
主が途端に緊張を解いて、椅子の背もたれにギギッともたれる。
「私の部屋に入る時、あなたはノックしなくて良いですよー。
いちいち身構えるのは疲れるんですよねー。」
「いきなり入ってよろしいんですか?」
「うんー。 あなたには隠す事は何もないですしねー。
私の豹変ぶりも勉強してくださいねー。」
主は書類を見つつ、ボールペンで鼻をほじりながら言った。
えらい態度の変わりようである。
「ただし、私のこういう言動は他言しないようにー。」
「はい、それはわかっております。」
「んなら、オッケー。
後は自由にしといてくださいー。」
自由にしろと言われて、手持ち無沙汰になったグリスは
主の後ろに来て、質問した。
「今、何をなさっているんですか?」
その質問に、主は面倒くさそうに答えた。
「あー、その質問は禁止ー。
いちいち、“何をしてるか” なんか訊かないでくださいー。
具体的な質問や提案なんかには答えるけど
そういう漠然とした質問は、うっとうしいんですよー。
机の上の書類を勝手に見て判断してくださいー。
私の周囲の全ての物を自由に見て良いからー。」
「はあ・・・。」
コツが掴めず、オドオドするグリス。
ノックの音がした途端、椅子にダラーッともたれ掛かっていた主が
シャキッと座り直し、どうぞと返事をする。
その切り替えに驚くグリスをよそに、入って来たのは事務服の人だった。
書類を前にいくらかのやり取りをした後
事務服の人は部屋を出て行った。
「うーーーーーん・・・・・」
主が書類を見ながらうなる。
もちろん、どうかしたんですか? とは訊けない。
パソコンをしばらくいじくっていた主が、グリスに声を掛けた。
「ちょっとこれを見てくださいー。」
はいと返事をして主の側に行く。
「これは食堂の壁紙のサンプルなんだけど
あなたはこっちとこっち、どっちが良いと思いますかー?」
「えーと、こっちです。」
「あ、そうー。」
黙り込んだ主だったが、数十秒後に再び訊いた。
「あなたが選んだのどっちでしたっけー?」
「こっちです。」
「こっちをあなたは選んだのー?」
「はい。」
主はフフッと笑って、言った。
「あなたは “選んだ” つもりでしょうー?
でも違うんですよー。」
主はパソコンのモニターをグリスに示した。
「この壁紙の柄は、実はこんだけあるんですよー。」
モニターには数百種類の柄が並んでいた。
「この中から、“私” が 良いな、と思ったやつを
4種類ピックアップして、皆に選ばせるんですー。
すると皆は、自分たちが選んだ気になるけど
実はその前に既に私が、その4種類を選んでるわけー。」
グリスが はあ・・・、とあいまいに返事をする。
「私の差し出した中から、人は “選ぶ”。
それは “不自由な選択” なんですー。
これとこれ、どっちが良い? ってのはねー。
何の作為もないゼロからの選択ではないー。
つまり私に選択権をコントロールされているんですよねー。」
「ああ、なるほど。」
グリスが感嘆すると、主がニヤッと笑った。
「これが、“私” の仕事なんですよー。」
マウスを連打しながら、主が言う。
「私を見て “学ぶ” ってのは、こういう事なんですー。
あなたにはまだ早くないか? と思うんですけどねー。」
グリスはきっぱりと言い切った。
「いえ、大丈夫です。」
「んー、そうですかー・・・。」
主は再び無言になって、パソコン画面に見入った。
そっと斜め後ろから確認すると、ニンテンドー公式サイトだった。
続く
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小説・目次 -
かげふみ 6
「勉強を頑張ったようですね。
10歳でハイスクールの課程まで終わらせるとは凄い事です。
それで今後の学業の方針を話し合いたいのですが、希望はありますか?
学校に通って、同じ歳の子たちと友達になるのも良いと思いますよ。」
2度目の長老会会議室には、ほぼ全員のメンバーが揃った。
ジジイも主もリオンもいる。
テーブルの端に座らされたグリスは、緊張しながらもはっきりと答えた。
「勉強の方は、少しペースを落として
教養の一環として、先に進んでいきたいと思っています。
学校は、相応の年齢になってからの大学進学を考えています。
私の役目は主様の跡を継ぐ事なので
主様のお側で、館の事を重点的に学んでいきたいのです。」
おおーっ、と、どよめきが起こった。
何てしっかりした子なんだ これなら安心だ の声が上がる。
「いやあ、この主が連れてきたから心配しとったが
こんなに利発な子だったとは、良かったですなあ。」
太っちょ紳士の言葉に、主が格好をつけてフッと笑う。
「天才は天才を呼ぶものですよー。」
「天災もどきが何を言う!」
「そもそも、きみは教育に関わってないだろう。」
「今後も頼むから、なるべく大人しくしとってくれ。」
四方八方からの罵倒にも関わらず、主は涼しげに茶をすすっている。
その貫禄ある姿に、グリスは見とれてしまう。
「では、次期主様と話し合ったこれからの方針ですが・・・。」
リリーが事務的に資料を読み上げる。
「学業の方は、週2回の一般教養と、週1回の専門教育
運動はこれまで通り毎日
新しく加わるのが、元主様による “館講座” で
館の歴史などを知ってもらう目的です。
その他の時間は自由時間とし、住人たちと触れ合うも
主様のお仕事を観察するも、ご本人の自由といたします。」
「うむ、それで良いでしょう。」
メンバーたちは納得したが、主から異議が出た。
「ちょっと待ってくださいー。」
「何だね? 何か不都合でもあるかね。」
「はいー。
あまりにも出来すぎな子ですので、歓迎されているようですが
次期主になる事の真の意味を、皆さんにも本人にも
もう一度よく考えてもらいたいのですー。」
主はグリスの方を向いて、問いかけた。
「主になるという事は、館のために人生を捧げる事なのですー。
己を捨てなければなりませんー。
あなたにその覚悟があるのですか-?」
「ちょっと待ってくれ、きみがいつ己を捨てたかね?」
メンバーのひとりが、容赦ない突っ込みを入れた。
「はあー? 私、すんげえ自分を捨ててるじゃないですかー!」
メンバーたちから、再び口々に非難が殺到する。
「あれでかね!」
「わしたちには言いたい放題じゃないか。」
「ちょっと言えば3倍にして返すくせに。」
主がいきりたつ。
「アホかー!
館じゃ四六時中、善人ヅラしてるのに
ここでまでそんなんやっとられんわー。」
「館じゃ本当に立派にやってるのかね?」
メンバーがリリーに訊ねる。
「え・・・、まあ、“主様モード” というのはあるようですが
ご本人がおっしゃるほどの態度の違いはないですね。」
「ええええええええーーーーー?」
「ほら見ろ、きみは常にきみなんだよ!」
うぐぐ、と言葉を詰まらせる主を見て、グリスがふふっと笑った。
キッと睨む主に、慌てて謝る。
「あっ・・・、すみません。
主様は本当に皆様に愛されていらっしゃるんだなあ
と思って、つい・・・。」
その言葉に、その場にいた全員が異論を唱えた。
「冗談じゃない!」
「今のは主に注意をしていただけなんだよ。」
「こんな凶暴な女は願い下げだ。」
「我々は職務としてやっているだけなんです。」
「ちょっとー・・・、今どさくさにまぎれて
誹謗中傷をしたヤツがいませんでしたかー?」
主が目ざとく追求すると、メンバーの全員が四方に目を逸らした。
クスクスとグリスが笑う。
「ほら、やっぱり愛されていらっしゃるじゃないですか。
大人の世界では、言いたい事を言い合えるのは
本当に信頼し合った仲じゃないと出来ない、と習いました。
皆様は主様を信頼していらっしゃるんだと、お見受けします。
さすが主様、私の誇りです。」
全員が呆然とする。
「言いたい事を言ってるのは、主だけだと思うが・・・。」
「私らは言いたい事の半分も言わせてもらえていないんですがねえ。」
「・・・にしても、彼の崇拝ぶりは凄いですね。」
「こんな少年まで毒牙にかけるとは・・・。」
同情の目をグリスに向けるメンバーに、主が溜め息をつく。
「いや、私だってまさかこんなになるとは思っていなかったですよー。
ほんと、この子のこの盲信には参っているんですよー。」
「え・・・、ぼくがお慕いするのは、主様に迷惑なんですか?」
泣きそうな顔をして訊くグリスを見もせずに、主が答える。
「だって好いてくれてる人の期待は裏切りにくいでしょうー?
良い人ぶらなきゃいけなくなって、すんげえ疲れるじゃんー
面倒なんですよねー。」
その言葉をメンバーが注意する。
「その言い草はあんまりじゃないかね?
言いたい事はわかるが、相手はまだ子供なんだよ。
大人として、もうちょっと考えて発言すべきだろう。」
「この子は私の跡継ぎ候補なんですよー。
良い事も悪い事も知っておいてこその、尻拭い要員でしょうー?
だから、この子にだけはウソやキレイ事は言いませんー。」
「そ、そういう教育は、どうかと・・・。」
戸惑うメンバーに、グリスが答えた。
「皆様のご心配には、感謝いたします。
ですが、ぼくの人生は主様に与えて貰ったものです。
ですから、主様のすべてを受けとる覚悟をしております。
主様がどんなお方でも、ぼくの尊敬に揺らぎはありません。」
無言になったメンバーの心情を、主が代弁した。
「ほんと、すいませんー。
ある種のモンスターを作っちゃいましたー。 あははー。」
はあーーー・・・、と頭を抱えるメンバーであった。
続く
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かげふみ 5
「えーっ!」
教育係の言葉に主が驚いた。
「グリス様は、わたくしが教えるべき事をすべてマスターなさいました。
あとは専門教育になりますが
わたくしはその教員免許は持っておりませんので
教育係の交代が必要となります。」
「あの子、天才少年だったんですかー?」
「おそれながら客観的に申し上げますと、努力型だと思われます。
主様、グリス様に通常教育を身に付けたら
お側に上げる、とおっしゃったそうですね?」
「ああー・・・、何か言ったようなー・・・?」
「グリス様は、早く勉強をマスターすれば
それだけ早く主様の元に来られるかも知れない、と
寝る間も惜しんで努力なさっていました。」
うあちゃーーーっっっ
主はウカツな言葉を後悔した。
勉強うんぬんじゃなくて、年齢の面で
ガキのおもりは自分には荷が重い、という意味だったんだけど・・・。
書斎で頭を抱えていると、ジジイとリオンが入ってきた。
「・・・ノックもなしですかいー。
って、おふたりとも、何でここにいるんですかー。」
「いつもの徘徊じゃ。
そんな事はどうでもよい。
話はすべて聞かせてもらったぞ。」
「何の刑事ドラマですかいー。」
案の定、ジジイは主を非難し始めた。
「大体、あんたが相手をしないから、こういう事になっとんのじゃろうが。
連れて来といて面倒はみたくないなぞ、ひどすぎんか?」
「面倒は普通、専門家がみると思うじゃないですかー。
館の方針は毎日の私の演説でわかるはずですしー
ある程度大人になったら、執務系は教えるつもりでしたしー
まさかそこまで私に固執するとは思いませんでしたよー。」
主が泣きを入れると、リオンが擁護した。
「そうでーす、大事な人格形成の時期に
この主の側に置いとく方が危険でーす。
マトモな専門家に任せたのは正解でーす。」
主は無言だったが、イライラしてきているようだ。
「で、どうしますー?
10歳で高度な教育とか、良いもんですかねー?
それか、今更普通の学校に入れるとか、アリですかねー?」
「教育の方は、本人の希望を取り入れて考えるとして
結果を出したんじゃから、それに応えるのが義理じゃないかえ?」
「・・・ですよねえー・・・。」
「あの子を、“普通の子供” として育てなかったのはあんたじゃろ。
現に普通の子供じゃなくなっとる。
“子供” として接する必要もないんじゃないか?」
その言葉に、主は気が楽になった。
「ああー! それもそうですよねー。
さすがジジイー! ムダに長生きはしてませんねー。」
「あんたは・・・・・・・」
「私が思うに、ニッポンのマンガやアニメを見せて
情操教育をするのはいかがでしょーう?
どれも正義と人情あふれる内容で感動しまーす。」
リオンの提案に、主もジジイも呆れ果てた。
「アホかー!
それでいったら、私らは完璧に悪役側なんですよー?
ヘタに正義感を持たれて敵に回られたら、たまらんわー!」
「おーう、そうでーした。
大抵のマンガじゃ大金持ちも悪ですから、私もヤバいでーす。」
「相変わらずの金満家ぶりじゃな・・・。」
「血筋が良いのに、ここまで下品ってのも珍しいですよねー。」
「恐れいりまーす。」
「「褒めてないから!」」
主とジジイが同時にビシッとリオンの胸をはたいた。
「・・・わしら、何のかんの言っても息が合うとるのお・・・。」
「はいー・・・、ですが、何故かそれが不愉快なんですよねー・・・。」
暗く沈んだ書斎の空気を読まずにブチ壊したのは、リオンであった。
「何はともあれ、グリスの次期主養成開始のお披露目を
長老会でしましょーうよ。」
「そうですねー、責任は皆でおっかぶりましょうー。」
「・・・あんた、とことん逃げ腰じゃな。」
ジジイの的を射た突っ込みを、主は聴こえていないフリをした。
続く
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かげふみ 4
さすがにちょっとは反省しとんのか、主が道場にやってきた。
グリスの今の時間は、ラムズの運動の時間だからだ。
ラムズの本職は大工だが、主の改革の際に敷地内に道場を建てて
そこで自己流の武術などを希望者に教えているのである。
ま、早い話が、マニアの押し付け教室である。
「よお、主様、珍しいじゃねえか。」
ラムズとは結局あれっきりで、ご無沙汰である。
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「久しぶりですねー。」
「いや、俺はちょくちょく講堂にも行ってたぜ。
陰ながら応援してたんだぜえ?」
「それはありがとうございますー。
ところでグリスの・・・、あっ、あれは三節棍じゃないですかー!」
壁に掛かっている武器の中から、目ざとく見つける主。
「おうよ、あれからすぐ作ったんだけど
あんたはもう戦わない、って聞いたんでな。
渡さずに自分で練習してたさ。」
「そうだったんですかー。
で、どうですかー? 使い心地はー。」
「確かにトンファーよりは便利だな。
攻撃範囲がかなり広がるぜ。
ただ、相手に止められるとちょっと苦戦するが、その場合は・・・」
話し込んでいると、後ろでかすかに気配がした。
ふたりが振り向くと、運動着に着替えたグリスが立っていた。
「あっ、お話の途中で申し訳ございません。
私の事は気にせずに、どうぞお続けください。」
「おう、すまんすまん、じゃ、最初はランニングな。
おーい、タリス、今日はおまえだけで付き添ってくれー。」
タリスがグリスと一緒に出て行った後に、ラムズが言った。
「で、今日は次期様の様子を聞きに来たんだろ?」
「ええ、そうなんですよー。
どうも妙な感覚を持っているようなんで、ちょっと気になってー・・・。」
「ああ、あんたをキレイだとか言うたわごとだろ?」
何故すぐに言い当てる? ラムズも大概、失礼なヤツである。
「あれはな、心配いらんよ。
ほら、ヒナが最初に見た物を親と思い込むだろ
あんなようなもんじゃねえのかな。」
「ああーーー、なるほどーーーーー!!!」
主が大納得して、左手の平を握りしめた右手でポンと叩いた。
「いやあ、詰め込み教育の弊害かと心配しましたよー。」
「次期様は心配いらないんじゃないのかな。
大人並みにしっかりしてるぜ。」
「あの歳で大人レベル、って大丈夫ですかねー?」
「逆に、次期様が幼稚だったらマズくないかい?」
「それもそうですよねー。」
ラムズと主は、同時にはははと笑った。
能天気なふたりである。
「んじゃ、また来ますー。」
「おう、マジでちょくちょく様子を見に来てやんなよ。
次期様がグレるとしたら、あんたの放置のせいだぜ?」
うっ・・・、と言葉に詰まりながら、道場を後にする主。
その数分後に、ランニングを終えてグリスが戻ってきた。
「主様はっ?」
あたりをキョロキョロしながら、珍しく大声を出すグリス。
「もう帰ったよ。」
「・・・そうですか・・・。」
うなだれるグリスを、ラムズが慰める。
「まあ、そうしょげんなって。
また来る、って言ってたからさ。」
「・・・それは本当なんでしょうか・・・
主様の事は、講堂以外では拝見する事すら出来ないのに・・・。」
ラムズがグリスの頭をポンポンと叩く。
「あんたの事を気にかけてたぜー?
ちょくちょく来るように言っといたからさ。」
グリスの顔がパッと明るくなった。
「それにしても、ラムズ先生は主様と本当に仲良しなんですね。
主様が熱心に先生とお話してらっしゃってましたし。」
「おう、そうよー。
主様とは初対面の時からウマが合う、っちゅうか、意気投合したもんなー。
この武器は三節棍って言うんだけど、主様が勧めてくれたんだぜー?
俺はトンファー、ってこっちのこれだけど、当時これを使っててな・・・」
ラムズが活き活きと武器の説明をするのを
先ほどの主のように、聞き入るグリス。
こんな授業が何の役に立つのか、はなはだ疑わしいもんだが
主の話を聞くのが、現在の一番の楽しみであるグリスにとって
ラムズの授業は、待ち遠しくてならない時間であった。
続く
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