カテゴリー: かげふみ

  • かげふみ 3

    グリスは毎日、主の演説を聴きに講堂に通っていた。
    それを主も確認してくれているようで
    お互いに遠目ながら、目が合う瞬間は日に一度はあったわけで
    それだけでも、何となく見守られている気分になるのが嬉しかった。
     
     
    そんなある日、偶然に廊下でグリスは主とハチ合わせた。
    「こ・・・こんにちは、主様・・・。」
    顔を真っ赤にしてモジモジとしながらも
    はっきりと挨拶をするグリスに、主は驚いて言った。
     
    「こんにちはー。
     ・・・って、あれーっ? 英語を喋っているー!」
     
    護衛のタリスが呆れて言う。
    「1年ほどで普通に喋れるようになられたんですよ。」
     
    主は、う・・・ と動揺した。
    「もしかして、私、ネグレクトしていますかー?」
    「しておられますねえ。
     もう7歳なんですよ、ご存知でしたか?」」
     
    「えー? あ、ああー、そうなんですかー・・・。」
    グリスの歳も知らなかった主は、考え込んでいた。
    その様子を、ジッと見つめるグリス。
     
     
    「・・・?
     ・・・この子は何でこんなに私を凝視しているんですかねー?」
    「ああ・・・、何故だか主様がお美しく見えるようで。」
    タリスは無意識にむちゃくちゃ失礼な言い方をしている。
     
    「えっ、マジでー?
     教育係は何をしてるんですかー?
     正しい審美眼を持たせないとダメじゃないですかー。」
    どうやら主の自分評価は冷静なようだ。
     
    「グリス、口裂け女のような事を問うけど、私キレイですかー?」
    主の質問に、グリスは一層モジモジしながら答えた。
    「・・・主様は他のどんな人よりもお美しいです・・・。」
     
    「こ・・・これは子供特有の何かですかねえー?
     目の検査とかしていますかー?」
    「健康診断は定期的に行っていて、何も問題はないそうです。
     主様に滅多に会えないから、お寂しくて
     極端に美化していらっしゃるんじゃないでしょうか。」
     
    タリスの無礼極まる言葉にまったく動じない主。
    「うーん、子供と接するの、きっついなあー。」
     
     
    その会話を聞いていたグリスが、不安そうに訊いた。
    「主様は私がじゃなく、子供がお嫌いなんですか?」
    その言葉は、益々主を反省させた。
     
    「グリス、あなたの事を嫌っているわけではありませんー。
     私は子供が嫌いなだけですー。」
    「どうしてですか?」
     
    「子供は、空気を読んで私に気を遣わないからですー。
     たまに気を遣う子供もいますが
     気を遣っている様子を私に気付かせるので、イヤなんですー。」
     
     
    「・・・何という理由ですか・・・。」
    呆れ果てるタリスだったが、グリスには希望が見えてきた。
     
    「では、私は主様の望む子供になります。
     だからどうか、お側に置いてくださいませんか?」
    「そうですねー、では通常教育をしっかり身につけて
     うーん、13歳ぐらいになったら私の仕事を学びに来てくださいー。」
    「あと6年・・・。」
     
     
    うなだれるグリスを見て、タリスは主を睨んだ。
    こんなに慕っていらっしゃるのに、主様ときたら・・・。
     
    主はタリスの目を気にしつつも、グリスに語りかける。
    「グリス、ちょっとよく聞いててくださいねー。」
    そう言うと、タリスに向き直った。
     
    「タリスさん、私はキレイですかー?」
    突然の、しかも答えにくい質問に、タリスはパニくった。
    今更なのは、主もタリスも気付いていない。
     
    「え? あ、いや、その、人間にはそれぞれ魅力というものがあって・・・」
    「そういうキレイ事じゃなくー!! 正直にー!!!」
     
    主の剣幕に、タリスはつい本音を叫ぶ。
    「NO! サー!」
     
    つい勢いで言ってしまい、アタフタするタリス。
    すぐ冷静さがなくなるところは相変わらずである。
     
     
    普通に考えたら無礼討ちものだが、主はグリスに諭すように言う。
    「いいですかー? これが世の中の意見なのですよー。
     あなたはまず、一般的な感覚を学ばねばなりませんー。
     それが私の教えを受ける前準備なのですよー。」
     
    「主様をお美しいと思う気持ちは間違っているのですか?」
    「間違ってはいないけど、変質者ですー。」
    「主様、子供相手に何て事を!」
     
     
    タリスは、やはり主に子供の教育は任せられない、と思い
    主は、まったく今時のガキはわけわからん、と思い
    グリスは、主様はお美しい上に論理的だ、と、うっとりしていた。
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 2

    マリーはグリス付きのメイドである。
    母親のように愛し、世話を焼いてくれる。
     
    長老会から派遣されているのは
    語学の教師、基本教育の教師、礼儀作法の教師である。
    専属護衛のリーダーはタリスであった。
     
    「まだお小さいのに、勉強など・・・。」
    という意見は、主の
    「普通の子供と同じに考えてもらったら困ります。」
    というひとことで、かき消えた。
     
    この館で主に逆らえる者など、いや結構いるんだが
    主の “館第一” という気持ちに逆らう者はいない。
    主がそういう生き方をしてきて、現実に結果を出しているからである。
    グリスには、遊びの時間も教育の一環となった。
     
     
    そんな、子供にしては多忙なグリスだが
    一番楽しみにしているのが、運動の時間だった。
    その理由は、担当がラムズだったからである。
     
    彼は館に来た頃の主と、実際に接触した人物のひとりで
    運動の合間合間に、あれこれと話してくれるのだ。 
    グリスは主のその “武勇伝” を聞くのが大好きだった。
     
    「主様はな、そりゃ勇ましかったんだぜ
     警棒をシュッと出して、こう構えてな。」
    身振り手振りで、当時の事を語ってくれるラムズ。
     
    「・・・ただな、ヌケたところもあって、出した警棒をしまえないんだよ。
     あれには笑ったね。」
     
    ラムズの話から、当時の館が戦場であった事をうかがい知る。
    その喧騒のさなか、主が勇ましく進む。
    旗を持って軍を先導するジャンヌ・ダルクの絵画のように。
     
     
    グリスがそこまで主を美化していたのには理由があった。
    ほとんど主の姿を間近に見られないのだ。
     
    「お忙しいお方ですから・・・。」
    それが周囲の常套句だったが、自分が避けられている気分であった。
    その証拠に、長老会のリオンはしょっちゅう主の部屋に来ている。
     
    だけどスネるわけにはいかない。
    屋根がある居場所と温かい食べ物を与えてもらっているのだから
    それだけでグリスにとっては、感謝して余りある事で
    その上に我がままなど言えるわけがない。
     
     
    「一生懸命お勉強なさっていれば
     その内に主様の右腕として、一緒にお仕事ができますよ。」
    その言葉を支えに、グリスは勉強に励んだ。
     
    グリスは子供だったが、自分の立場をわきまえていて
    そこは確かに “普通” の子供とは違っていた。
     
     
    「主様にはいつ会えるの?」
    何度となく言ったこの言葉は、グリスの胸の奥にしまいこまれた。
     
     
     続く 
     
     
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  • かげふみ 1

    グリスという名前以外、何も持っていなかった。
    疑問ですら、持たなかった。
     
    自分が何故グリスという名前なのか、どこから来たのかなど
    そんな事を 「どうでも良い」 と、考える余地すらなかった。
     
     
    厳しい寒さがやわらぎ、過ごしやすくなってきた。
    冬は食べ物が腐らないのは良いんだけど、いる場所に困る。
    親切な教会は、いつも大勢の家がない人でいっぱいで
    入られない事もあるし、夜が明けたら出て行かなければならない。
     
    凍った道路でゴミ箱を漁り、凍った残飯を食べている内に
    体のあちこちが赤く腫れて、痒くてしょうがなくなる。
    この状態がひどくなると、肌が腐れていくと聞いた。
    現に道で死んでいる人は、例外なく顔や手がただれている。
     
    やっとこれから暖かくなるだろうけど
    次は腐った食べ物で死ぬ危険が待っている。
    グリスには、“生きる” 事すら考えてはいなかった。
     
    生きていられなくなったら死ぬだけ
    ただそれだけである。
     
    薄暗い空に、薄暗い建物に、薄暗い表情。
    見上げるグリスの目には、灰色しか映らない世界であった。
     
     
    ガッコンガッコンボボン と、よくわからない音を立てて車が停まった。
    縦にも横にも大きい男が開けたドアから降りてきた女性に
    グリスの目は釘付けになった。
     
    キレイ・・・・・
     
    そう素直にグリスが思った、その女性は
    美術的には、決して美しい姿をしているとは言えなかった。
    グリスが心を奪われたのは、その絶望のなさにだったのだろう。
     
    この街を行きかう人々は皆、一様にうつむいているのに
    その女性は、真っ直ぐ前を見据えて立っていた。
     
    グリスは遠巻きに女性の後をつけた。
    さっさと食べ物を探さないと、食いっぱぐれてしまう。
    しかし、どうしてもあの女性を見ていたいのだ。
     
     
    お昼間近までは、まだまだ冷える。
    鼻をすすりながら、グリスは女性の後を追う。
     
    と、急に女性がこちらを振り向いた。
    目が合ったかは定かではないが、その姿がどんどん大きくなり
    次の瞬間、女性はグリスの目の前に立っていた。
     
    心なしか、良い匂いまで漂ってくる。
    こういう場合は、罵られるか殴られるかで
    それをわかっているからこそ、自分以外の人間は誰も寄っては来ていない。
    しかしそれを覚悟してでも、グリスの目は女性から逸らせず、足は動かない。
     
     
    女性が何かを訊いたようだが、その言葉は理解できない言語だった。
    どうしていいのかわからず、だけど我を忘れて見つめるグリスの顔の真ん前に
    女性の顔がズイッと近付いた。
     
    女性のこげ茶色の瞳が、グリスの目を射抜く。
    グリスは小刻みに震えた。
    畏怖とも歓喜ともわからない心の震えだった。
     
     
    気が付くと、いつもの部屋の天井に
    世話係のマリーの顔がヌッと覗き込む。
    「おはようございます。」
     
    もう起きる時間なのか。
     
     
    夢を見ていた。
    主様と出会った時の光景だ。
     
    何度も何度も、繰り返し夢に見る。
    それ程、鮮烈な体験だった。
     
    グリスは7歳になっていた。
    ・・・書類上は・・・。
     
     
     続く
     
     
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