会議が進む最中、公爵家の娘は苦戦していた。
書類の文字が、どんどん薄くなり2重になるのだ。
寝てはダメ!
テーブルの下で、腕を思いっきりつねる。
だけど、睡魔は去ってはくれない。
あくびをかみ殺している時に
ふと窓の外に鳥が飛んでいるのが目に入った。
あの湖でも鳥が空を舞っていた。
湖面に青い空と新緑の山が映るのを、太陽の光が輝いて消す。
何て美しい風景だったのでしょう
この国を空から見下ろしたら、どんな光景なのかしら
唇に何かが触れ、公爵家の娘は我に返った。
王の顔が目の前にある。
「ここのところ、わしが寝せてやらなかったから疲れておるのだ。
すまぬ事をしたな。」
唇を離した王が前に向き直り、ヌケヌケと言うので
臣下たちが苦笑いをする。
「いやいや、これはご馳走様ですな。」
「ほんに美しい姫さまたちに囲まれて、羨ましい事で。」
公爵家の娘の唇に、初めて他人の唇が触れた瞬間だった。
だが公爵家の娘は、赤くならずに青くなった。
自分は会議の場で眠りこけていたのだ!
あたくしとした事が・・・
慌てたかったが、悠然と書類を見直す。
うろたえてはならない。
王さまがかばってくださったのだから、それを無にしてはいけない。
会議に何とか耐えた公爵家の娘が、自室に戻ろうとすると
ベイエル伯爵が待ち構えていた。
「公務に支障をきたす程の、王さまの熱心なお通い、ご苦労様ですな。
でもあなたの一番の仕事は、政治への口出しよりも
世継ぎを産む事ではないですかな?
おっと、失礼、王さまには王妃さまがいらっしゃいましたな。」
嫌な笑みを浮かべながら、ベイエル伯爵は去って行った。
何なの? あやつは!!!
頭に血が上った瞬間、目の前が真っ暗になった。
気付いたら、自分のベッドに横たわっていた。
着替えも済ませてある。
「お気付きですか、今、王さまがおいでになられます。」
召使いの言葉が、よく理解できない。
程なくして、王が部屋に入って来た。
その時になって、ようやく事態が飲み込めた公爵家の娘。
そう、王は “お見舞い” に来たのである。
「王さま! この度の失態、幾重にもお詫びを・・・」
起きようとする公爵家の娘を、王が止める。
「起きずとも良い。
そなたは、しばらく休養を取れ。
王妃の分も無理をしてくれたのであろう、すまぬ。」
王の謝罪に、王妃への愛が感じられる。
しょうがない・・・
この国の王が詫びてくれるのだから、臣下はそれに応えるのが使命。
「いえ、あたくしが休むと、身篭ったと誤解されかねません。
そうなると、益々王妃さまのお立場が苦しくなります。
あたくしは単なる寝不足なのですから
それをお詫びして、明日から通常通りに動きますわ。」
その言葉に、王は本当に頭が下がる想いだった。
「そなたは・・・。」
王は公爵家の娘の努力を知っていた。
何故なら朝方に自室に戻る時に、この部屋を通るからである。
その時に公爵家の娘は、書類を枕に居眠りをしている。
いつも王がどこから帰っているのか、気付かない公爵家の娘も
しっかりしているようでいて、とんだ片手落ちではあるが
その天然ボケは、王を苦しめた。
自分の我がままのフォローのために
陰で無理をする人間を目の当たりにして
平静でいられるほど、冷血ではなかったからだ。
しかし、わしはこの国の王。
すべてのものの主なのだから。
王は公爵家の娘への感謝を、表立って出さなかった。
それは王に生まれついた者の、プライドと糧。
「それでは、わしは出来る限りこの寝室を通ろう。
そなたの疲れの言い訳が立つようにな。」
「恐れ入ります。」
公爵家の娘は無表情で頭を少し下げた。
続く
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継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4
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あしゅの創作小説です(パロディ含む)
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継母伝説・二番目の恋 15
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継母伝説・二番目の恋 14
公爵家の娘の日々は多忙だった。
王妃の代わりに政治の勉強をし
それを交友しているように見せかけながら、王妃に教え
その上に宮廷内の社交までこなさねばならない。
これで本当に側室だったら
王の夜の相手までしなきゃならないのだから
それがないだけでもラクだと思うべきね
公爵家の娘は、ソツなくこなしているつもりだったが
生真面目な性格ゆえか、頑張りすぎていて
それを自分では気付いていなかった。
公爵家の娘には、王妃を陰ながらフォローする、という
王の期待に応える事しか
自分のプライドを維持する道がなかったのである。
「あたしのお友達、大丈夫?」
王妃の心配も、公爵家の娘にはイラ立ちの原因にしかならなかった。
こんなバカ娘にまで気遣われるほど
あたくしは疲れて見えるのかしら?
「もっと粉を!」
メイク係に怒鳴る日々が続く。
いつものように、会議の前のおさらいに王妃の部屋へ行く。
諦めずに教え続けてきたお陰で
最近の王妃は、会議中のボンヤリがなくなってきつつある。
このまま政治を、いえ、せめて慈善事業ぐらいは覚えてもらえたら・・・
公爵家の娘は、その日の会議の議題を王妃にわかりやすく伝えるために
会議前には必ず、王妃の部屋に “お茶” をしに行くのである。
その日は、王妃がお茶を淹れた。
また自分の身分を忘れて、下々の仕事を・・・
内心苦々しく思ったが、公爵家の娘は怒り疲れていた。
怒りたくて怒っているわけではないのよ
なのに怒られる側がいつも被害者ヅラ。
怒られる事をするから悪いのに・・・
お茶が入るのを待つ時間も、イライラの種が尽きない。
と、そこにフワッと花の良い香りが漂った。
「これ、あたしの国の花のお茶。
どうしても、栽培できない。
自然の中でしか生きられない。
10年に1度しか咲かない。
その花の花びら、飲める人、とても少ない。
この前、あたしの国から大臣が来た時に
送ってくれるよう、頼んだ。
やっと届いた。
良い香り、美味しい、あたしのお友達に飲んでほしい。」
「それは貴重なものを・・・。」
この説明に、さすがの公爵家の娘も恐縮した。
カップを口元に持っていくと、甘く丸い香りに包まれる。
ああ・・・、良い香り・・・
「このお茶、疲れを取る。 グッスリ眠れる。
あたしのお友達、疲れるの、あたしのせい。
だから、お茶、淹れた。」
公爵家の娘がお茶を飲むのを、嬉しそうに見つめる王妃。
・・・良い子ではあるんだけど・・・
公爵家の娘は、複雑な気持ちであった。
政治は良い人では勤まらない。
王に嫁ぐ事自体が、それはもう政治なのに。
続く
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継母伝説・二番目の恋 13
王が寝室に入ってくる。
公爵家の娘は、お辞儀をして迎える。
召使いによって、ドアが静かに閉められた後
王は公爵家の娘の前を通り過ぎ
部屋の向こうのドアへと歩いて行く。
公爵家の娘も、顔も上げずにお辞儀をしたまま王を見送る。
王が隣室へと消えたのを見届けた後、公爵家の娘はベッドに入り
自分とランプを毛布で覆う。
明かりが漏れないように。
明日の会議は大事なのに
今日一日を、王妃に付き合ってムダにしてしまった。
あたくしは一応は教育は受けたとは言え
情勢は刻々と変わっている。
ひとりで隠れて学ぶのは大変だわ・・・。
あくびをしながらも、書類を読む。
ふと気が付いたら、外が薄ら明るくなっていた。
ああ・・・、マズい・・・、少しは寝ておかないと・・・。
公爵家の娘は、書類を隠しランプを消しベッドにもぐった。
「姫さま、姫さま」
召使いが声を掛ける。
「・・・もう起きる時間なの・・・?」
身支度のために鏡の前に座る。
髪も顔も手も足も、すべてそれぞれの専属係がいる。
公爵家の娘は、ただ立ったり座ったりするだけ。
「目の下のクマが気になるわ。
もっと紅を。」
公爵家の娘の指示に、メイク係が筆を振るう。
「今日はお風呂でパックをさせていただけますか?
お肌が少々お疲れのようですから。」
「ええ・・・、お願い。」
後ろでドレスや靴を持って控えている召使いたちが
クスクスと笑いながら、ヒソヒソと言う。
「寝不足でいらっしゃるのだわ。」
「姫さまはお綺麗な上に賢くてらっしゃるから
王さまから寝せてもらえないのよ。」
聴こえているわよ・・・
あなたたちは単純で良いわね・・・
召使いの言葉で、公爵家の娘の心はいちいち動かない。
それが貴人というものだ、と育てられたからである。
だけど思った以上に宮廷は・・・
いえ、そんな事を考えていたらいけないわ。
あたくしは公爵家の娘なのですから。
公爵家の娘はスッと立ち上がり、足を踏み出した。
何も言わずとも、公爵家の娘の歩む方向のドアは次々に開いて行く。
だって、あたくしは公爵家の娘なのですから!
続く
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継母伝説・二番目の恋 12
ああ・・・、食べ過ぎたわ・・・。
普段、食べない量を食べてしまったせいで
公爵家の娘は、馬車に乗る気がせず
すぐに帰るつもりだったのを、大木にもたれて休むハメになってしまった。
隣では、王妃がスヤスヤと寝息を立てている。
細い首ね・・・
無理につけ毛を着けなくても、この子にはショートが似合うわよね。
・・・ではなくて、私はこの書類を読んでおかなきゃ。
念のために持ってきておいて、本当に良かったわ
ムダな時間を過ごさずに済む。
この子は気楽で羨ましいわね。
湖面は太陽の光が反射して、キラキラと眩しい。
ああ・・・、良いお天気・・・
こうやって外に出たのなんて、何か月ぶりかしら
なだらかな曲線の緑の山に空の青、そして湖面の白い波。
こんなに美しかったのかしら、この国は・・・。
「・・・さま、姫様」
召使いの声で、公爵家の娘は目を覚ました。
あら、寝てしまっていたのね、あたくしとした事が。
自分のその気を抜いた行為を、少し恥じたが
召使いの向こうで、ドレスをまくり上げて
湖に入って遊んでいる王妃の姿が目に入った途端
たちまち意識は怒りに占領された。
睨む公爵家の娘に、召使いたちは慌てた。
「わたくしどもは、ちゃんとお止めいたしました!
でも、お聞き入れくださらなくて・・・。」
公爵家の娘は、召使いの言い訳には応えずに
立ち上がり、スタスタと王妃のところへと歩み寄った。
「王妃さま。」
「あ、あたしのお友達、よく眠ってた。
天気、良い。
水、気持ち良い。」
太陽の光の粒に囲まれた王妃の笑顔も、またキラキラとしていた。
公爵家の娘は、やれやれと微笑みながら手を伸ばした。
「さあ、こちらへ。 もうお城へ帰りますよ。」
「いや! もうちょっと遊ぶ。」
王妃は公爵家の娘に背を向けて、水の中を歩き始めた。
「王妃さま、急に深くなってる場所もありますのよ
危ないですわ、帰ってきてくださいな
さあ、私の手を、きゃあっ!!!」
バッシャーン
危ない目に遭ったのは、公爵家の娘の方だった。
岸の石に滑って、前のめりに転んだのである。
もう、全身ズブ濡れである。
召使いたちは青ざめ、動けずにいる。
公爵家の娘は、一度も乱した事のない髪を手ではらいながら
ゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫? ケガ、ない?
ごめんなさい、あたし、我がまま言った。」
駆け寄る王妃に、公爵家の娘は微笑んで優しく言った。
「大丈夫ですわ。
こちらこそ、王妃さまにご心配をおかけして申し訳ございません。
さあ、城へ戻りましょうね。
貴婦人は、料理も水遊びもいたしません。」
公爵家の娘の目は、先ほどまでとはうって変わって
まるで無機質なものを見るかのごとく、冷ややかな色をたたえていた。
王妃はうつむいて、公爵家の娘の後ろについていくしかなかった。
続く
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継母伝説・二番目の恋 11
「あたしのお友達。」
事務室で書類を探す公爵家の娘の背後で
少し息切れしつつも、弾んだ軽やかな声がする。
公爵家の娘はまず作り笑いをして、それから振り向いた。
「王妃さま、どうなさいましたの?」
王妃は用があるならば、その者を呼べば良いだけである。
だけど、その命令すら出せないらしい。
この広い城内を、どれだけ探し回ったのやら・・・。
「湖、行きたい。」
この少女は、相変わらずそういう事ばかり。
公務をしないと、王の寵愛が消えたらどうするのよ・・・。
胸の中ではそう思うも、“王妃さま” に、あまりキツい事も言えない。
「わかりました。
では、召使いに命じましょう。
誰かおらぬか?」
廊下に出て叫ぶ公爵家の娘の腕に、王妃がしがみつく。
「あたし、あなたと行きたい。 あたしのお友達。」
公爵家の娘は、突然触られた事にちょっと驚いたが
少しムッとした。
この少女はこの調子で、王にも媚びているのかしら?
「・・・今日ですか?」
公爵家の娘の冷たい眼差しに、王妃はうつむいた。
「・・・ダメなら、明日・・・。」
このような時には、思わず溜め息が出るものである。
が、公爵家の娘は笑顔で言った。
「わかりましたわ、王妃さま。
それでは明日は湖で昼食を摂りましょう。」
王妃がモジモジとうつむいて、しかし嬉しそうに微笑む。
何て小さく可愛い少女なのだろう
王が惚れ込むのもわかる。
けど、だけど・・・。
見下ろすこの目の冷たさに気付かれてはいけない。
公爵家の娘は、書類を見るフリをしながら背中を向けた。
翌日、湖へとやってきたふたり。
他の者も誘ってはみたけれど、うやうやしく断わられた。
王妃が一緒だからだとは思うけど、このあたくしも軽んじられているようね。
公爵家の娘はイライラしていた。
ふと気付くと、王妃が皿を並べている。
「おまえたち・・・。」
召使いたちを睨むと、慌てて否定する。
「違います!
王妃さまがどうしてもご自分でなさりたいと・・・。」
まるでままごと遊びをするように楽しそうな王妃に
公爵家の娘は、喉まで出掛かった説教を何とか飲み込む。
「出来た!」
王妃がニコニコと声を掛ける。
「この料理、あたしの国の料理。」
「え・・・、王妃さま自らが料理を・・・?」
更に呆気に取られる公爵家の娘の手を掴んで
グイグイとテーブルに引っ張っていく王妃。
「材料が同じじゃないから、ちょっと違う。
けど、この料理、美味しいと褒められてた。
どう?」
王妃の期待に満ちた眼差しに、お小言も言えず
仕方なく料理を口にする公爵家の娘。
その料理は、今までに食べた事がない味だったけど
スパイスが利いていて、確かに美味しい。
「あら、これは美味しいですわ。
チキンに、こういう味付けがあるとは。
この国では思い付かない香辛料の配合ですわね。」
その賞賛に、王妃は喜びのあまりに公爵家の娘に抱きついた。
「良かった。
あたし、どうしても食べてもらいたかった。
でも、スパイス、ない。
でも、外で食べると美味しい。
だから・・・。」
公爵家の娘は、一生懸命に言葉を探す少女に少し同情をした。
このお方は寂しいのだろう。
そうよね、南国では鮮やかな色の花に囲まれて
小鳥を指に乗せて、伸び伸びと歌っていた。
その周囲には、見守る両親らしき人や兄姉たち
飲み物を運ぶ使用人でさえ笑顔だった。
あの暖かい色の生活から一転
今は誰も知り合いがいない東国での、王妃暮らし。
東国に温情がないわけではないけれど、宮廷は政治の場。
そこで暮らすのは、東国の貴族の生活に慣れていないと辛いであろう。
あたくしも少し厳しすぎたようね。
もっと長い目で見守ってあげるべきかも知れない。
「わかりましたわ、王妃さま。
お心遣い、ありがとうございます。
さあ、一緒に食べましょう。
これ、本当に美味しいですわよ。
こちらのスープも、初めていただくものですわ。」
公爵家の娘の言葉に、王妃は嬉しそうに笑った。
続く
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継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4
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継母伝説・二番目の恋 10
「よろしいですか?
王妃として、国の政策にも精通していなければなりません。
代々の王妃さまは、主に国民の生活の保護活動をなさいました。
他国からいらした王妃さまには、わかりにくいでしょうから
この国の大まかな流通事情から説明いたしますわね。」
そこから詳しく教えたというのに
王妃は今、自分の隣で口ごもって涙ぐんでいる。
貴族議員たちとの会議の席で。
この、だんまり王妃の脳天を叩き割りたい衝動に駆られたが
公爵家の娘は、無理に笑顔を作って言った。
「王妃さまは、こうおっしゃりたいのですわ。
今年は綿の出来が良い見通しなので
他国への流通を抑えて、備蓄しておくべきだと。
ですわね? 王妃さま?」
公爵家の娘が、王妃に同意を促すと
王妃はとまどいながら、うなずいた。
「しかし、今回は綿の出来は他国も同じく良いようですぞ。」
大臣のひとりが口を挟む。
ほほほ、それを待っていたのよ。
「ええ、他国は喜んで豊作の綿を消費するでしょうね。
そこで来年の春にでも、薄手のコットンドレスを流行らせるのですよ。
他国は冬物で綿を使い切るでしょうから
来年の綿の収穫期までのドレス市場は、うちの独壇場になるでしょう。」
「どうやって流行らせるのです?」
「それは、王妃さまを筆頭に、我が国の美しい姫君たちが
お召しになればよろしいのですわ。
民衆は高貴な方のファッションを真似たがるものです。
綿の衣服は安価ですから、買いやすいと思いますわ。」
つい立ち上がって熱弁をふるった直後に、慌てて王妃に訊く。
「と、おっしゃってましたわよね?」
王妃はボーッとしている。
あれだけ説明したのに、何時間も本を積み上げた横で懇々と教え聞かせたのに
王妃はひとことも喋ってくれなかった。
それどころか、何ひとつ覚えていないみたいだ。
この王妃さまは、本当に頭が悪いお方のようね
あたくしはこれから一体、何十時間、何百時間を
ムダに使わなくてはならないのかしら・・・
公爵家の娘は、肩を落としつつも足早に廊下を歩いた。
しかし、自分の靴の先から窓の外に目を上げる。
人に教える分、自分の実になるものだし
それがあたくしの役目よね。
窓の外の光景は、新緑に包まれていた。
丘の上に建つ広大な城は、見晴らしの良さが絶品だが
時間に追われる公爵家の娘には、風景など目に入らない。
今日の会議では出しゃばり過ぎたわ。
こんな事で、王妃を差し置いているように見えたら
王妃を愛する王の不興を買ってしまう
充分に注意をして振舞わないと・・・。
公爵家の娘がそう心掛けるにも関わらず
王妃は一向に何も覚えなかった。
会議では、公爵家の娘の “通訳” が続く。
続く
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継母伝説・二番目の恋 9
何故あやつはいつもいつも、あたくしの邪魔をするの!!!
公爵家の娘は自室に戻るなり
ソファーに積み上げているクッションを殴った。
事の始まりは、国事会議。
東国は、王妃も政治に関わるシステムである。
これも “女王” がいた頃からの慣例である。
ひとりの突出によって、後続の者たちの役目も広がる。
かつての女王が、ボランティアに熱心だった事から
以降の歴代王妃たちも、主に国民の生活の保護に尽力してきた。
しかし現王妃は、会議で発言をした事もない。
ボーッと座っている姿を見ると
果たして言葉が通じているかも怪しい。
本来は、側室は政治には関与しないものだが
さすがにこの田舎王妃には、貴族たちも政治への期待はしない。
その代わりに公爵家の娘が、王妃の “教育係” として
会議への出席を望まれて、出席するハメになったのである。
こういう事態は、今までにないので
さすがの公爵家の娘も、どう振舞ったら良いのか上手く掴めない。
そんな事情の中、ベイエル伯爵が言い出した。
「都の東の養護院の、後期の運営はどうなさいますのかな?
王妃さまが仕切っていらっしゃった事なので
わたくしなどが、差し出がましい口出しとは思いますが
予算案の提出もまだのようで
経理の者も困っておるようでしてな。」
公爵家の娘は、王妃になる可能性があったので
王妃の一通りの仕事は学んではいた。
が、それも “一通り” であって
実際には王妃になってから、周囲から指導を受けつつ覚えていくのである。
現王妃には、誰も指導をしてくれないどころか
会議の場で、このようなイヤミを突然言われる。
王妃がオドオドしているが、ここで自分が口を出して良いものか
公爵家の娘が迷っていると、ベイエル伯爵が調子づいた。
「それとも、王妃の予定があった姫さまが処理なさるんですかな?」
公爵家の娘が、扇をパシッと閉じた。
「もちろん王妃さまは、その事は
ちゃんとお考えになっていらっしゃいます。
今、調整段階に入っているところですわ。」
言った後に即座に後悔をした。
多分その “調整” は、自分がする事になるであろう。
だけど今回の王妃だけ例外、というわけにはいかない。
そのフォローのための “お友達” なのだから、自分は。
公爵家の娘は、会議が終わった後
まるで散策に行くようなフリをしつつ
誰にも気取られないように、書庫へと急いだ。
続く
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継母伝説・二番目の恋 10 12.6.28
継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4
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継母伝説・二番目の恋 8
公爵家の娘の寝室は、王妃の部屋の隣になった。
公爵家の娘の寝室から、王妃の部屋へと内ドア続きになっていて
王妃の部屋からは王妃の寝室へと行ける。
王は時々、公爵家の娘の寝室へと入って行った。
そして王妃の寝室へと、こっそりと行くのである。
公爵家の娘に手を付けない、というのは
王と公爵家の娘とで、密かに取り決められた事。
それは、公爵家の娘を尊重すると共に
王妃への配慮でもあった。
普通なら、側室の子に王位継承権を与えるのを嫌う風潮も
今回ばかりは、風向きが違っている。
『あの田舎王妃はもう、しょうがない
王の恋の相手として、遊んでいてもらおう』
よって国一番の大貴族である公爵家の、その娘を側室にしておいて
手を付けないなど、王として許されないのである。
この問題があるせいで、公爵家の娘と王妃の寝室を
内ドア続きにしたのであった。
王が公爵家の娘の元へも、通っているように見せかけるために。
しかし、そういう時間稼ぎも長くは続かない。
王と王妃の子供が男の子であれば、きっと大丈夫。
王妃を皆に受け入れられて貰い
自分もさっさと嫁いで、子を産まねば。
公爵家の娘にとっては、タイムリミット付きの
王妃の “教育係” の役目であった。
王妃はそんな事情を知らず
のんきに公爵家の娘と、本当に “遊ぼう” とする。
「あたしのお友達、あそこの丘の向こう、どうなってる?
行ってみたい、連れて行ってほしい。」
王妃が “あたしのお友達” と言えば、公爵家の娘である。
その南国なまりの口調は、甘く優しく
まるで小鳥がさえずるような響きを持つ。
しかも王妃がそう呼ぶのは、自分だけである。
王妃の “友達” は、公爵家の娘ただひとり・・・。
続く
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継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4
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継母伝説・二番目の恋 7
王妃の姿を見た公爵家の娘は、ドアを蹴り開けて叫んだ。
「誰かおらぬのか!」
公爵家の娘の怒声に、慌てて召使いたちが走り寄る。
「は、はい、何事でしょう?」
「ええい! 『何事』 ではない!
王妃さまのドレスが朝のままなのは何故だ?
おまえたちは、王の妃に恥をかかせたいのか?
それはすなわち、王さまに恥をかかせる事になるのだぞ?
今度このような事があれば、打ち首にしてくれるわ!」
公爵家の娘の剣幕に、召使いたちは縮み上がった。
「何をしておる!
さっさと仕度をせぬか!
じき、昼食会。
間に合わなんだら、わかっておるな?」
召使いたちが慌てて散り散りに走り去る姿を見て
公爵家の娘は、ふん! と鼻息を吹いた。
褐色の肌の王妃は、国民にも受け入れられず
ただでさえ身分が高い者ばかりが集う城では
余計に、さげすまれている。
そのせいで、召使いたちも世話を手抜きするのである。
王の隣に王妃が立ち、王妃の隣に公爵家の娘が並ぶ。
これが公式の場での、当たり前の光景になってしまった。
多くの者たちは、やはりあの王妃では公務は勤まらない
と、陰であざ笑いつつも
これで王室も安定するだろう、と安心したのだが
公爵家の娘を一番歓迎したのは、他ならぬ王妃本人であった。
王妃には公爵家の娘は、“お友達” なのである。
この事からいっても、王妃には王妃たる自覚がなかった。
公爵家の娘は王妃の顔を真っ直ぐに見て、きつい口調で言った。
「王妃さま、この国にはこの国のしきたりがございます。
王妃さまがそれを守らせないのは
この国の伝統を壊す事になるのですよ。
王妃になったからには、覚悟をして
この国の王の妃にふさわしい態度をお願いします。」
王妃は、うつむいた。
「ごめんなさい・・・
あたし、迷惑、かけている・・・?」
王妃のこの言葉に、公爵家の娘は落胆した。
そういう問題ではないからだ。
「それは良いのです。
あたくしがいるのは、そのためでもあるのですから。」
そう言いながらも、公爵家の娘には光明が見えなかった。
この国の魑魅魍魎 (ちみもうりょう) たちがウロつく城で
田舎者のお姫さまが、地位を築くのは確かに難しい。
王妃さまの “お友達” でいるのは
想像以上に大変な事なようね・・・。
公爵家の娘は、再びドアを蹴り開けて叫んだ。
「遅い! まだ着替えが始められないのか!」
続く
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継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4
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小説・目次 -
継母伝説・二番目の恋 6
城での夜会は、連日催される。
特別な行事がある時は、治めている領地にいる貴族もやってくるが
普段は大臣など、国政の役目がある者や
社交目的の貴族の子弟などが、飲んで喋って踊るのである。
公爵家の娘にとっては、それはごく普通の日常であったが
他国から嫁いできた少女は、いつまで経っても上手く立ち回る事が出来ない。
他の姫は、しょっちゅうダンスに誘われるのだが
田舎娘、しかも王の寵愛を一身に受ける妃を
ダンスに誘おうという勇者はいない。
しかも万が一、この社交下手の王妃を傷付けでもしたら終わりである。
王の機嫌を損ねた者に、首と胴体がくっついている保証はないのだ。
恋に溺れた王は、決して “賢王” ではない。
そのような王が、事もあろうに公爵家の娘をダンスに誘った。
周囲には遠慮がちに、どよめきが起こった。
結婚後は、王妃以外とは踊らなかった王が
国一番の家の娘を誘う、という事は、側室への布石と考える者が多いはず。
公爵家の娘は内心は動揺しながらも、平常心を装って王の手を取った。
人々の目がふたりから逸れるようになった時に
公爵家の娘は、王に顔を近付けて小声で怒った。
「どういう、おつもりですの?」
王は、ふっ と笑った。
「相変わらず、このわしに臆する事なく物を言う。」
「王妃さまのためですわ。
このダンスひとつでも、誤解をする者が出て
王妃さまが、それでお心をお傷めになったら困りますわ。」
公爵家の娘のこの言葉は、詭弁ではあったが本心でもあった。
一番の理由は、寵姫争いに参加をしたくないからであるが
あの王妃の悲しむ顔も、あまり見たくはない。
王は微笑んだまま、答えた。
「だからだ。
わしがそなたと踊るというのは
そなたの宮廷での権力を強める事になる。」
その言葉を聞いた公爵家の娘は、少し考え込んだ。
「もしかして、あたくしを信頼なさっていらっしゃるの?」
王はそれには答えなかったが、独り言のようにつぶやいた。
「わしが踊るのは、我が妃とそなただけにしよう。
我が妃は弱い女だが、そこが儚くてまた良い。
しかし、わしの目の届かぬところで、不当な扱いをされてほしくない。
わしも色々と忙しいのでな。」
公爵家の娘は、イラ立った。
この王は最初から王妃のためを考え、“自分” を選んだのだ。
国一番の大貴族の娘のあたくしに王妃を守らせようと!
恋に狂っているのに、何と言う計算高さなの!
王に権力の後ろ盾になってもらうのは、臣下にとっては光栄な事であったが
今回は、ちょっと事情が違う。
王妃や公爵家の娘の、こうなる苦労をわかりきっていながら
無理に南国の姫を、ふさわしからぬ場所に呼び寄せた王の
我がままの片棒を担がされる事になるのは、腹立たしい。
それも嫌で、王妃を避けていたのに
先日の王妃の “舞い事件” で、痺れを切らせた王が
王妃に次ぐ権力を、公爵家の娘に持たせようとしている。
表向きは “王の側室” としてだが
この国一番の貴人である王の相手なので、それは不名誉な事ではない。
我が娘に王妃の地位を、と狙っていた父公爵にとっては不本意で
公爵家の娘自身のプライドも傷付く流れではあったが。
公爵家の娘の結婚相手は、これで国内の貴族だと限定された。
側室を結婚相手としてあてがわれる、というのは
王からの最大の “贈り物” を貰うにも等しいので
他国の者は易々とは貰えない慣例が、大国・東国にはあるからである。
これを “取り引き” にしたら
その内、王が最上の相手を見繕ってくれるであろう。
公爵家の娘の結婚相手が
申し分のない家柄である事だけは、保証されたわけだ。
“王のおさがり” の天下り先には、相応のレベルを要求される。
まあ、他国に行く気もしないけど
王があの王妃に入れ込むのもわかるけど
でも、何だかモヤモヤするわ!
公爵家の娘は、王の罠にはまった気分であった。
続く
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