カテゴリー: 小説

あしゅの創作小説です(パロディ含む)

  • かげふみ 58

    ジジイは痴呆を発症していた。
     
    この事は、長老会や館へと速やかに通達され
    手配された専門医によって、適切な処置も取られたが
    年齢も年齢なので、屋敷で余生を自然に過ごしてもらおう、となったのである。
     
    ただひとつの問題は、この事を誰がグリスに言うか、であった。
    ズルズルとなすりつけ合いをしていたら
    グリスが先に気付いてしまったのである。
     
    グリスのショックは相当なもので
    誰もが、自分が伝えなくて良かった、と思ったほどであった。
     
     
    「おじいさまには、館へ帰って来てもらいます!」
    グリスの泣き顔での、この訴えを退けられる者はいない。
    館で過ごせるのなら、それはジジイにとっても良い事に思えた。
     
    館では住民を集めて緊急総会が開かれ
    ジジイの状態と、その対応について話し合われた。
     
    しばらくの間は外部からの訪問者、観光客も断ろう、となった。
    住民たちにも、ジジイの出戻りは何の異存もなかった。
     
    かくてジジイは、館へと凱旋を果たした。
     
     
    ジジイは館で自由に振舞えた。
    歩き回りたい時に歩き回り、食べたい時に食べ、寝たい時に寝る。
     
    おぼつかない足取りで、ゆっくりゆっくりと歩くジジイの後ろには
    いつもSPが控えていた。
    彼らは街の屋敷時代からの護衛で、望んで任務を引き続けた。
     
    皆が自分の生活をする中、さりげなくジジイを見守っていたので
    事故もなく、快適な生活を送れていると思われた。
    ただ一点を除いて。
     
     
    ジジイはすれ違う人を捉まえては、訊いた。
     
    「アッシュはどこじゃ?」
     
    これを訊かれた人は、微笑むしか出来なかった。
    「さあ? どこでしょう?」
    そしてジジイが再びウロウロと探し始めるのを見て、目頭を拭うのだ。
     
     
    ジジイが、朝、目が覚めたら、ベッドに朝食が運ばれる。
    世話係、時にはグリスが食べるのを手伝い
    身支度を完璧に整えられると、ジジイは館を歩き回り始める。
     
    昼になると、主の演説映像が流され始める講堂に行く。
    真ん中あたりの列の長椅子の、中央付近に座って
    首を少し左右に振りながら、主の映像をニコニコと観る。
     
    それが終わると、執務室へと行ってお茶を飲む。
    そして主がいない事に気付き、探し回るのだ。
     
     
    ジジイは、グリスもリリーも誰の事も一切覚えていなかった。
    ジジイの記憶にあるのは、“アッシュ” だけであった。
     
    この事は、グリスをひどく悲しませたが
    同時に、その気持ちも痛いほどにわかるので
    グリスはヒマを見つけては、主探しを手伝った。
     
    「ぼくも主様を探したかったんですよ。」
    後年になって、グリスはそう言って微笑んだ。
     
     
    ジジイは、主の墓の前で倒れた。
    葬儀は館関係者のみで行われた。
    長老会メンバーも全員出席した。
     
    しかし館最後の生き証人として、有名人になっていたので
    国中から見物人が集まり、館の門の外は人で埋め尽くされた。
    報道ヘリまで飛ぶ有り様だった。
     
     
     続く 
     
     
    関連記事 : かげふみ 57 12.5.15 
           かげふみ 59 12.5.21 
           
           かげふみ 1 11.10.27 
           カテゴリー ジャンル・やかた 
           小説・目次 

  • かげふみ 57

    館は平穏を取り戻すどころか、逆に賑やかになった。
    主やジジイやグリスの存在を知った、国中の人々が
    村や館に観光に来るようになったからである。
     
    こういう事態も覚悟していたものの
    予想以上の盛況に、館に急きょ “観光課” が作られた。
     
    農産物の売れ行きも良くなったので
    住人たちが客の案内に割く時間も、限られてしまうのである。
    館の産業は、外部からのバイトを雇うまでになった。
     
     
    グリスは多忙ながらも、事務を懸命にこなした。
    外に出ると、議会中継を見てファンになった女性たちが
    キャアキャア叫んで追い回すので、執務室にこもるしかないのだ。
     
    活動的なグリスにとって、インドア生活は辛いものだったが
    主様もこれに耐えていらした、と自分を律して頑張った。
    主は単にアウトドアの方が辛い性格だっただけなのだが。
     
     
    ジジイは相変わらず街の豪邸に暮らしていたが
    一日おきぐらいには館に通ってきた。
    講堂で観光客相手に講演をしたり
    グリスの話相手になっていたりした。
     
    「理想の隠居ライフじゃな。」
    ジジイは、快活に人生を楽しんだ。
     
     
    長老会の他の辞任組も、講演に引っ張りだこであった。
    かえって辞める前よりも忙しくなった者もいた。
     
    彼らも、館には思い入れが強く
    たまに館にやってきては、飽きずに主の資料館を見学し
    来賓室でくつろいだりしていた。
     
    元長老会メンバーがこのようにひんぱんに館を訪れるなど
    過去に例がない事である。
     
     
    リオンは、主の寝室通いをやめなかった。
    時間が空けば、ちょろっと来てちょろっとやって帰って行く。
     
    自宅でやればいいのに、とは誰も思わなかった。
    リオンもまた、主の側を離れたくなかったからである。
     
     
    この館に住む者、来る者は、全員が主を追う者であった。
    主がいなくなっても、なお。
     
    館に来る観光客たちは、これらの事を
    かつての惨劇の館が現実にあった証しとして
    興味深く、そして好意的に見守った。
     
     
    館のすべてが、生まれ変わった。
    浄化がようやく終わった、と誰もが確信した。
     
    そんな平穏な日々が、何故許されないのか・・・。
     
     
    グリスがリリーに言った。
    「ちょっとおじいさまの様子を見てきます。
     最近ここにいらっしゃらないし、携帯にもお出にならないので。」
     
    リリーが少し動揺したのを、グリスは気付かなかった。
     
     
    ジジイの屋敷でジジイを前に、グリスは凍り付いていた。
    ジジイの言葉を聞いて。
     
     
    「あんた、誰かな?」
     
     
     続く 
     
     
    関連記事 : かげふみ 56 12.5.11 
           かげふみ 58 12.5.17 
           
           かげふみ 1 11.10.27 
           カテゴリー ジャンル・やかた 
           小説・目次 

  • かげふみ 56

    ジジイはいまや、マスコミに引っ張りだこであった。
    その毒舌と潔さ、そしてどことなく漂う哀愁。
     
    「すべての罪は、わしにある。」
    そう告白して、当時の館の状況を語るジジイに、人々は誠実さを感じた。
     
     
    ジジイが注目を集めている間に
    長老会の調査は、いとも簡単に終わった。
     
    「結局、館の存在を公にして、クリスタル州を糾弾し
     鉱山の利権を、州から国に移そうという企みでした。
     現・州知事が、国会進出の手土産にしようと目論んだようですね。」
     
    「ふうむ、クリスタル選出の現・国会議員は鉄板の票田を誇るから
     引きずり降ろすには、相当のネタがないと無理だからなあ。」
     
    「そうとわかったら、作戦はおのずと決まりますよね。」
    「ええ。 売国奴ならぬ売州奴だと突き上げれば良いだけですよ。」
    「現・国会議員も、協力してくれる事でしょーう。」
     
     
    長老会の若いメンバーの話し合いを聞いていた古参メンバーたちは
    しみじみとうなずきあった。
    「時代は変わったな。」
    「彼らは筋肉痛すら起こさずに敵を倒すのだろうな。」
     
    そんな沈んだ空気の中、将軍がいさましく言った。
    「今は戦争も、ボタンをポチポチで済みますが
     敵の意欲を削ぐのは、やはり兵を行かせるのが一番なのですよ。」
     
    「生きた人間が一番衝撃を与えるのか。」
    「ええ、我々の生き証人も正に今、人々に衝撃を与えていますしね。」
     
     
    実際、思わぬ伏兵の連続に州知事側は焦っていた。
    主、ジジイ、グリス、禁断の館の蓋を開けてみたら
    魅力あふれる人物が次々に飛び出してきたのである。
     
    そして街の名士たちの、次々の鮮やかなる辞任。
    私欲に溺れたわけではないのにそこまでせずとも、との声が上がる。
     
    とどめが、リオンの “責任” を取っての市議会議員辞職。
    一個人という身分になって、州知事を弾劾している。
    その煽動をクリスタル州立新聞が引き受け
    州知事が国政への足がかりに州を裏切った、と報道し始めた。
     
     
    鉱山は今でもクリスタル州の財源なのは、州民も周知している。
    そしてクリスタル州民は排他的である。
    自分たちの事は自分たちで決める、という意識が強い。
     
    そんな州民たちも、よそものとは言え
    館のために尽くしてきた者たちには、同情的であった。
    世論は、州知事リコールへと動き出した。
     
     
    勝敗は、誰の目にも明らかとなった。
    野心を暴かれ、州知事は辞任した。
    館は温情をもって、国中に徐々に受け入れられ
    その関係者は尊厳を失わなかった。
     
    面倒ではあったが、終わってみればラクな戦いであった。
    まるで浄化の一環として、プログラムされていたように事は進んだ。
     
     
    不思議な事に、今まで館の敵は全滅している。
    禁忌の場所にはやはり手をつけてはいけない、という事らしい。
     
     
     続く 
     
     
    関連記事 : かげふみ 55 12.5.9 
           かげふみ 57 12.5.15 
           
           かげふみ 1 11.10.27 
           カテゴリー ジャンル・やかた 
           小説・目次 

  • かげふみ 55

    州議会では、館への追求は控えられた。
    館の収支報告書を読み、予算を決めているのは州議会なので
    州の議員なら、全員が館の事を知っていて当たり前だからである。
     
    そもそも、長老会が世襲制になったのも
    当時の州の富裕層が、“高貴なる義務” として
    寄付と運営の担当を押し付けられたものである。
    彼らは、その伝統を受け継いで守っているに過ぎない。
     
    だから州議会では、事を荒立てるつもりはなかった。
    館が更生して社会に溶け込めるのなら、それに越した事はない。
    なのに州知事だけが、館を潰すと息巻いている。
     
     
    「館が邪魔になる理由とは何でしょう?」
    「うーむ・・・。」
    長老会メンバーたちは、頭をひねった。
     
    「あの、ちょっと質問なんですが・・・。」
    手を上げたのはグリスであった。
    「何ですか?」
     
    「館の近所の鉱山は、どこの管轄なんですか?」
    「あそこはシティの管轄だが、それがどうかしたかね?」
     
    「村の人が言ってたんですけど
     偉そうな人たちが来て、村の食堂で食事をして帰ったそうなんです。
     それが、クリスタル州のなまりじゃなかった
     どうも首都あたりから鉱山を見に来てたようだ、と。」
     
     
    この話に、将軍の眉間がシワを寄せた。
    「それはいつ頃の話だね?」
    「えー・・・、主様の死後なのは確かですが・・・。」
     
    「鉱山が狙いなんでしょうかね?」
    「いや、あの鉱山は今も採掘はしているが
     一時期に比べて、そう採算が取れるとも思えんものだぞ。」
    「でも妙に引っ掛かるものがありますよね・・・。」
     
    「とにかく、調べてみましょうか。」
    「何の手掛かりもないですからね。」
     
     
    「じゃあ、わしは本を出版するぞ。」
    ジジイがやおら立ち上がった。
     
    「もうですか?」
    「うむ。 主が信条にしていた、“先手先手” じゃ。
     わしが矢面に立っとる間に、調査を済ませてくれ。」
     
    「そうしましょう。
     敵に対して、ひとつずつ順番にやっていくほど
     我々も親切ではありませんからね。」
    「じゃあ、わしら古参たちは矢面準備じゃな。
     実際に動くのは次世代諸君に任せるぞ。」
     
     
    白髪のメンバーの言葉に、他の年寄りメンバーたちが嘆いた。
    「処刑待機とは、寂しいもんですな。」
     
    「武士道は桜のごとし、じゃと。」
    ジジイが穏やかな目で語り始めた。
     
    「桜という木の花は、ジワジワと咲き始めて
     気付いた時には満開を過ぎて、既に散り始めてしまっている。
     しかし、その一瞬で終わる散り様だからこそ
     より一層に美しいのだそうじゃ。
     人間そう生きたいものだ、と主は言っておった。」
     
    「ううむ、ザツなようでいて、時々繊細な事を言いますね、主は。」
    長老たちが、唸る。
     
     
    「主様は、常に己にしか
     やいばを向けていらっしゃらなかったのだと思います。」
    グリスの言葉に、皆が驚く。
    「あれでかね!」
     
    「はい。
     私たちは、みね打ちをされていただけだと・・・。
     だから、その刃の繊細さに気付かなかったんだと思います。」
     
    ジジイの言葉にもグリスの言葉にも
    納得させられるような、違うような
    そんな複雑な気持ちで、メンバーたちは考え込んでしまった。
     
    “みね打ち” で骨が砕ける事もあるとは
    日本人ではない彼らは知らない、衝撃の事実。
     
     
    「では、散る準備をするか。」
    よっこいしょ、と古参メンバーたちは腰を上げた。
     
    「終わりを見据えるというのは、辛いものだな。」
     
     
     続く 
     
     
    関連記事 : かげふみ 54 12.5.7 
           かげふみ 56 12.5.11 
           
           かげふみ 1 11.10.27 
           カテゴリー ジャンル・やかた 
           小説・目次 

  • かげふみ 54

    「館はクリスタル州の善意であると同時に、恥部でしーた。
     我々の祖先は、元犯罪者を保護しようとしましーたが
     結局は手に負えず、放置してしまう結果になったのでーす。」
     
    リオンは州議会に呼ばれて、“説明” をしていた。
    館の広報活動で、全国にその存在が徐々に知られ始め
    州としても無視は出来なくなったのである。
     
     
    あの日の長老会議の後、グリスは館で説明をした。
    住人だけじゃなく村人も一同に講堂に集め
    主のインタビュー映像を見せた。
     
    「主様は、志半ばで亡くなったと思っていらっしゃるようです。
     ぼくに “皆さんの事を頼む” と、おっしゃっていたからです。
     しかし、主様の改革は達成していた、とぼくは思います。
     この館と皆さんを見れば、それは一目瞭然です。」
     
    演説慣れをしていないため、紙を見ながら一生懸命に喋るグリスが
    皆の目には逆に誠実に映った。
     
     
    「館はこれから、国に認めてもらわなければなりません。
     生まれ変わったぼくたちを、社会に受け入れてもらうのです。
     ぼくはそれを主様に託されました。
     『この館の過去の罪は全部、私が墓まで持っていくから
     私が死んだあ・・・と・・・に・・・』」
     
    ここまで言うと、グリスは涙が溢れ言葉に詰まった。
    「管理様、頑張って。」
    住人から声が飛ぶ。
     
    グリスは、ちょっと微笑んで涙を拭った。
    「すみません、いつまで経ってもメソメソして・・・。」
    「わかるよ、俺らだって毎日悲しんでるよ。」
     
    住人たちも涙を拭う。
    集団心理というのは、感情を暴走させやすいが
    この場合は、それが管理側にとってはありがたい流れである。
     
     
    「ぼくは・・・、ぼくは皆さんのために生きるよう
     主様に育てられました。
     その使命を、力の限り果たしていくつもりです。
     どうか皆さん、ご協力をお願いいたします。」
     
    「私らは何をすれば良いんですか?」
    住人のひとりが質問をした。
     
    「いつも通りで良いんです。
     ただこれから、館が知られるにつれて
     訪問者や観光客が増えると予想されます。
     その方々に、ぼくたちの今の姿を誤解なく知ってもらうよう
     案内や説明などをお願いしたいのです。」
     
     
    「館にも売店を作ったら良いんじゃないか?」
    住人の意見に、グリスがパッとほころんだ。
    「ああ、それは良い考えですね。
     早速、事務部にかけ合ってみます、ありがとうございます。」
     
    「希望者で案内係を募ればどうだろう?」
    「喫茶室のようなものも必要じゃないかねえ。」
    「講堂でずっと主様の映像を流すのは?」
    「玄関ホールに主様のお写真を飾るべきだよ。」
    「村に宿泊施設を充実させてほしいのお。」
    「南側の道を整備しないと。」
     
    住人や村人からは、次々に案が出される。
    グリスはそれをひとつひとつ手元の紙に書いていく。
     
     
    「皆さん、本当にありがとうございます。
     これらの提案を、長老会議で申し出てみます。
     主様は、皆さんを誇りに思っていらっしゃると思います。
     ぼくも皆さんと一緒にいられる事が、本当に嬉しいです。
     どうかこれからも、未熟なぼくを助けてください。」
     
    たどたどしい言葉で、情けない〆をするグリスに
    住人たちは保護欲をかきたてられた。
     
     
    主が揺るぎない信念で押さえつけて、成した改革が
    今度は住人たちによる、“管理者を守ろう” という
    意識によって支えられる。
     
    主の後を追って追って、主にはなれない、と絶望してきたグリスだが
    実は彼は、主にはない武器を持っていたのである。
     
    無意識なゆえに、その武器は一層研ぎ澄まされていた。
    その威力が通用しなかったのは、主のみであっただけの事。
     
     
     続く 
     
     
    関連記事 : かげふみ 53 12.5.1 
           かげふみ 55 12.5.9 
           
           かげふみ 1 11.10.27 
           カテゴリー ジャンル・やかた 
           小説・目次 

  • かげふみ 53

    「どういう経緯になっても、責任を取っての辞職は免れませーん。
     私も市議会議員を辞職しまーす。」
    リオンの言葉に、ダンディーが仰天した顔で 何っ? と叫んだ。
     
    「だけど私はこの首を賭ける事で、この館を善だと全国に認識させ
     かえす刀で現州知事を叩き切って、州知事に立候補しまーす。
     民衆の支持を得られたら、名誉の回復もできまーす。」
     
    「要するに、勝てば良いわけじゃよ。」
    ジジイが続けた。
    「ここにいるお歴々にそれが出来ないわけがない。」
     
     
    ここまで言われて、逃げ腰になっている紳士たちではない。
    「そうですね、まずは館に広報部を作りましょう。」
    「よし、敏腕の広告マンを連れてこよう。」
    「デザイナーたちも必要になってくるな。」
     
    「グリスくん、きみは住人と村人の意思の統一を図ってくれ。」
    「クリスタル新聞の社主には私が働きかけよう。」
    「では私は、検事に根回しをしておこう。」
     
     
    「わしは本を書くぞ!」
    ジジイが叫んだ。
    「一番の生き証人は、このわしじゃ。
     全部を包み隠さず書き、館内部の罪をすべて背負う。
     主の弔い合戦じゃ!!」
     
    「その本は村と館のサイトで売って、収益は館に回してくださいね。」
    ジジイの興奮に水を差すように、リリーが冷静に言う。
     
    「もちろんじゃ。 年寄りに金は必要ない。
     わしの財産も、死後はすべて館に寄与する。
     グリス、おまえも主との回顧録を書くんじゃ。」
    「は、はい。」
     
    「では推敲も含めて、文章のプロも必要になりますね。」
    「あ、それは私が新聞社に心当たりがあります。」
    マデレンが手を上げた。
     
    「きみには広報部に所属して、引き続き館にいてもらいたいんだが。」
    メンバーの言葉に、マデレンは即答した。
    「はい、喜んで。」
     
     
    「それと、ネットも販売だけじゃなく
     館自体のサイトが必要じゃないかね?」
    「それは電気部でまかなえると思います。
     詳しい者が何人もおりますので。」
     
    リリーの言葉に、将軍がうなずいた。
    「うむ、一気に外部から人員を補充すると
     思想教育がおろそかになりうる。」
     
     
    「これらの動きは、ひとつずつ密かに進めていきましょう。
     敵に知られる前に、あらかたの準備をしておいて
     アピールは小出しにして、国民に徐々に慣れさせていくべきです。」
     
    「異議なし。」
    「同意。」
    長老会が久々に息を吹き返した。
     
     
    主が死んで1年も経たないのに、再び戦いが始まろうとしていた。
    館の歯車は、止まる事を知らないのか。
     
     
     続く 
     
     
    関連記事 : かげふみ 52 12.4.26 
           かげふみ 54 12.5.7 
           
           かげふみ 1 11.10.27 
           カテゴリー ジャンル・やかた 
           小説・目次 

  • かげふみ 52

    「マデレンさん、ご苦労様でした。
     引き続きよろしくお願いいたします。」
     
    会議が終わろうとした時、マデレンが言い出した。
    「あの、ちょっと噂を聞いたのですが・・・。」
     
    「どんな噂かね?」
    「館の噂です。
     それも、首都の新聞社の人らしいんです。
     州内じゃなく首都で館の噂など、起こる事自体まずいですよね?」
     
    「何っ? 詳しく教えてくれたまえ。」
    青ざめる長老会のメンバーたち。
     
    「はい、この前クリスタルシティでばったり元同僚と会ったんです。
     クリスタル新聞の社会面担当記者です。
     その人の、首都の新聞社に勤める友人からのメールで
     館に関する質問があったそうなんです。
     元同僚は、館については知っていましたので
     単なる元犯罪者の更生施設だけど、とだけ答えたそうです。」
     
     
    会議室は一気にザワついた。
    「どうも、首都のタブロイド誌が館の事を嗅ぎつけたようなんです。
     州内では、村の直売所が人気ですよね。
     毎日あちこちからお客が来ています。
     その話は、首都まで届いていたそうなんです。」
     
    村の商品の人気は、徐々に州外にも広がっていて
    それは予定外ではなかった。
     
    「ところが主様の葬儀の時に、その村が一斉に休んだでしょう。
     それだけではなく、盛大な葬儀が行われ
     州の政財界関係者が大勢参加した、たかが一施設の管理者に何故?
     という事らしいです。」
     
     
    確かに、その疑惑を持たれる可能性に気付くべきであった。
    しかし気付いたとて、あの主をひっそり葬るなど
    館の関係者には誰も出来るわけがない。
    従って、これは避けられないトラブルである。
     
    「それで、そのタブロイド誌はどこまで知っておるのかね?」
    マデレンは、すまなそうに首を振った。
     
    「それはわかりませんでした。
     タブロイド誌の場合は、何もつかめないと思うんです。
     だけど情報網が厚い首都新聞が、この事に興味を持つと・・・。」
     
     
    「・・・ううむ、館が公になるのはまだ早い・・・。」
    皆が腕組みをして、眉間にシワを寄せた。
     
    「いえ、これはチャンスだと思いまーす。」
    声を上げたのはリオンだった。
     
    「今の州知事は関わりを避けていまーすが、反・館思想でーす。
     館の事が表沙汰になったら、潰しにかかってきまーす。
     そうなる前に早めに準備をして、こちらからアピールを開始するんでーす。」
     
    「攻撃が一番の防御か。」
    将軍が言った。
     
    「館内は、もう整備されていまーす。
     主の死後間もない今、住人たちの心は主の事で占められていまーす。
     今なら団結力がありまーす。
     逆に有利な条件が整っているのでーす。」
     
     
    「しかし、ひとつ問題がある。」
    白髪紳士が口を挟んだ。
    「館がまだ荒れていた頃、私は既に長老会メンバーだった。
     ・・・共犯じゃよ・・・。
     代替わりした者も何人かいるが
     この中には、まだ当時のメンバーが多くいる。」
     
    「法的には時効でしょう?」
    新メンバーの言葉に、古いメンバーが冷静に答える。
     
    「だが、倫理に時効はない。
     そこを突かれると、不利だ。」
     
     
    ジジイが立ち上がった。
    「館の改革は主の死をもって遂げる、そういう予定じゃった。
     それは普通に考えて、主がわしらより長生きするはずじゃったからじゃ。
     じゃが、順番が狂ってしもうた。
     わしらが浄化を阻止しておるんじゃ。」
     
    「じゃあ、私らに死ねとおっしゃるのか?」
    感情的になる老メンバーを、ジジイが抑える。
     
    「いや、そういう事は必要ない。
     むしろそれをしたら、改革の理念に反する。
     ただ、わしらも皆、館に対して責任を取るべきなんじゃ。」
     
     
    会議室は静まり返った。
    確かにそれが筋ではある。
    しかし地位を失う事になるかも知れない。
    大きすぎる代償である。
     
     
     続く 
     
     
    関連記事 : かげふみ 51 12.4.23 
           かげふみ 53 12.5.1 
           
           かげふみ 1 11.10.27 
           カテゴリー ジャンル・やかた
           小説・目次 

  • かげふみ 51

    マデレンが長老会議に出席した。
    「ようやく完成しました。
     主様のプロモは、3種類あります。」
     
    「何故3種類だね?」
    「はい、それは職員の転勤等で
     主様を直接知らない人も編集に参加したので
     彼らの意見と私の意見が、まったく食い違ったのです。」
     
    マデレンは3枚のディスクを見せた。
    「これは主様を知らない人が選んだ、善・主様の映像集。
     数少ない笑顔がメインです。
     こっちは、主様のインタビューシーン。
     仕事中の風景や演説のシーン。
     そしてこっちは、私が選んだ悪・主様集です。
     平然と鬼のような事を言ってのける、あのいつもの主様です。
     私の思う主様の魅力は、この悪・主様に表われていると思うのです。」
     
     
    「なるほど、本人を充分に理解していないと
     彼女の大部分は、“悪” だと判断されますね。」
    「ふむ、3種類に分けたのは良い判断だな。」
    メンバーたちはうなずいた。
     
    「この3種類以外にも、館の日常や村の風景
     住人たちや村人のインタビューなどの編集も進んでいます。」
     
    「ほお、思ったより綿密に分類しているんだな。」
    「じゃあ、早速これらを観てみようじゃないか。」
    メンバーたちは、大画面モニターの前でワクワクした。
     
     
    善・主様。
    「ああっ、相変わらず、張り付いたような笑顔だ。」
    「目が笑ってないんですよ、この人は。」
    「うわ、これじゃバカ笑いですよ。」
    「“微笑む” ってのが出来ない人でしたよねえ・・・。」
     
    不評である。
    「口直しに悪シリーズを観ましょうよ。」
    「うむうむ、“あの” 主が観たい。」
     
     
    『はあー? 昨日言ったじゃないですかー。
     丸一日も猶予を与えたのに、何で出来てないんですー?
     ここがどこの国であろうと、この館では
     私時間で動いてくれないと、はちくり回しますよー?』
     
    『でー? 言い分は何ですかー?
     ほー、へー、ふーん、はい、却下ー。
     理由? いくらでもいかようにも言えますよー?
     だけど言いくるめられる時間がもったいないと思いませんかー?
     結局はあなたは私の意見に納得する、と納得してくださいー。
     てか、いい加減、この流れを学習してくださいねー。』
     
     
    「うーむ、鬼だなあ・・・。」
    「主の罵倒の右に出る者はいませんよね。」
    「聞いていると、納得してしまいますもんね。」
    「亜流を主流にするパワーが凄いですよねえ。」
     
    批判しながらも、嬉しそうに見入るメンバーたち。
    「これらを見ると、会議ではまだ抑えてたんですね。」
    「それなりに気を遣ってもらってたんだなあ。」
    「あれでも、だがな・・・。」
     
     
    最後に主のインタビューを見る。
    好きな食べ物は? などのたわいない質問から入り
    主らしい、と会議室は笑いに包まれていたが
    館についての答に、誰もが口を閉ざした。
     
    『この館は、身寄りのない元犯罪者たちの施設ですー。
     彼らは法的には、罪を償い終わっていますー。
     だけど罪は、一生自分の中で生き続けるのですー。
     そんな彼らには行く場所がないー。
     この館で生きていくしかないのですー。
     ここは、そういう意識でいる限り
     人生の牢獄と言える場所なんですー。』
     
    『だから私は、彼らにこの館を維持する喜びを与えたかったんですー。
     彼らの人生に欠けているもの、それは希望ですー。
     この館で、それを感じてもらいたいんですー。
     罪を抱えながらも、喜びも同時に持っていられるー
     ここをそういう場所にしたい、それが私の目標ですー。』
     
     
    「『館の事しか頭になかった』 と、おっしゃってらしたけど
     ちゃんと住人の事を考えていらっしゃるじゃないですか・・・。」
    グリスが涙声でつぶやいた。
     
    「単純に言うと、館 = 住人 なんですよね。」
    「完璧主義者だったから、満足がいかなかったんだろうな・・・。」
    「充分でしたのにね・・・。」
     
    会議室は、涙に包まれた。
     
     
     続く 
     
     
    関連記事 : かげふみ 50 12.4.19 
           かげふみ 52 12.4.26 
           
           かげふみ 1 11.10.27 
           カテゴリー ジャンル・やかた
           小説・目次 

  • かげふみ 50

    電話を切った後に、アスターは泣いた。
    喜びや悲しみ、色んな感情が溢れてどうしようもなくなったのだ。
     
    グリス、ぼくはきみが羨ましいよ。
    拒絶されても側にいられたんだから。
     
    ぼくはきみにとって、主様のローズさんのようになりたい。
    ぼくにはその道しか残っていない。
    だからぼくには、きみの成長を望まない心があるんだ。
    それが時々、とてつもなく汚いものに思えて苦しいんだ・・・。
     
     
    リオンの別荘に招待された時に
    実はアスターは、主とふたりだけで話す機会を得ていた。
     
    それぞれが入浴などをしている時に
    偶然、バルコニーにいた主を見つけたのである。
    アスターは、そのチャンスを逃さなかった。
     
     
    主に同席の許可を貰ったが、なかなか言葉を出せずにいた。
    すると意外にも、主から話しかけてきた。
     
    「欲しいけど、手に入れる事が出来ない
     と、わかっているものが手に入ったら
     その後って幸せなんですかねー?」
     
    「・・・また、他の何かを探していけば・・・」
    「至上の幸福を得たら、他に欲しいものなどないですよねー?」
     
    アスターは聡明な受け答えをした。
    「では、至上の幸福では人は幸せにはなれない、と
     おっしゃりたいんですか?」
     
    「逆に言えば、手に入らないからこそ
     それが至上に思えるんじゃないですかねー。」
     
    アスターの視線に、主が合わせた。
    間近で見る主の瞳は、真っ黒だった。
    アスターには、目の前の人間が “正しいもの” に思えなかった。
     
     
    その時は、わからなかったけど
    今になって思い返すと、見えてくる事もある。
     
    “至上の幸福” なんて、この世じゃありえない。
    そんなもの、まるで邪悪な囁きも同然じゃないか。
     
    それにしても、あの暗い瞳・・・
    まるでグリスは、主様のあの影に囚われたような
    ふとアスターがそう思った時に、脳裏で何かがはじけた。
     
    もしかして、主様がぼくにおっしゃりたかったのは
    “グリスの想いは叶わない” という事だったのかも知れない。
     
    アスターは絶句した。
    何という、残酷な人なんだろう。
     
     
    まとまらない考えに、混乱した頭を抱えながらも
    ただひとつ、確信できる事があった。
     
    あの時、主様が何をおっしゃりたいのか理解できず
    ただ主様を見つめるだけしか出来なかったぼくの左手に
    主様が触れようとなさった。
     
    だけど途中でひどく動揺なさった様子になり
    その手を止め、そのまま立ち去ってしまった。
     
    ぼくはその瞬間、きっと脅えた表情になっていたんだ。
    あの時のぼくには、主様がものすごく恐ろしいものに思えたんだ。
    もし主様がぼくの手を取ってくださっていたら・・・。
     
     
    グリス・・・、ぼくは愛を見た気がするんだ。
    想像もしていなかった、イビツな形だけど。
     
    それでもあれは愛だと思うんだ。
    だけどぼくは、それを肯定したくない・・・。
     
     
    グリスの愛、主の愛、そしてアスターの愛。
    誰の愛も、喜びと共に悲しみをもたらしている。
     
    だけど愛さないより、愛した方が幸せなのだろう。
     
     
     続く 
     
     
    関連記事 : かげふみ 49 12.4.17 
           かげふみ 51 12.4.23
           
           かげふみ 1 11.10.27 
           カテゴリー ジャンル・やかた
           小説・目次 

  • かげふみ 49

    グリスは反射的に携帯を手にした。
    しかし思いとどまって、電話を切った。
     
    これはぼくがひとりで乗り越えなければならない。
    いつまで経っても、同じ事で友をわずらわせたらいけない。
    ぼくの主様への気持ちは変わらない。
    たとえ主様が誰を愛そうと!
     
    頭の中で、自分にそう言い聞かせてはいるが
    心がザックリと裂傷を負ったかのように、ズキズキと痛む。
     
    耐えるんだ!
    わかっていたじゃないか、主様に愛されていない事など。
     
     
    電話が鳴った。
    アスターからである。
    繋がる前に切ったつもりだったが、着信が記録されていたのだろう。
     
    グリスは平静を装って、電話に出た。
    あ、ごめん、間違ってプッシュしてしまったんだ
    そう言おうと思っていた。
     
    しかし電話に出た瞬間、アスターの優しい声が聴こえてきた。
    「どうしたんだい? 何かあったのかい?」
    グリスの決心は、一瞬で崩れ去った。
     
    「アスターーーーーー!!!!!」
    悲鳴にも近い、涙交じりの声だった。
     
     
    アスターは、グリスが泣き止むのを電話口で黙って待っていた。
    あの寮での出来事が、再現されている。
    グリスがこんなに動揺するのは、主様の事以外にない
    それもアスターにはよくわかっていた。
     
    グリスはごめんごめんと謝りながら、ひとしきり泣いて落ち着いたらしく
    ポツリポツリと、今回の出来事について話し始めた。
     
    「あのお方は、ぼくの気持ちをわかっていながら
     平気で無視できる氷のような人だったよ。」
     
    グリスは、少し黙り込んだ後、言った。
    「それでもぼくはあのお方の側にいたかったんだ・・・。
     でも、ローズさんが、主様の右目と一緒に
     心も持って行ってしまっていたんだ・・・。」
     
     
    アスターには、グリスが自らを責めているように思えた。
    ソデにされても、気持ちを止められない自分の心を
    情けなく感じているのだろう。
     
    アスターは、慰めるつもりはなかった。
    グリスは、それでも幸せだったはずだからだ。
     
     
    「アスター、ぼくは主様に一度も触れた事がなかったんだ。
     引き取られて20年間、ただの一度も。」
     
    その言葉に少し驚いたアスターだったが
    何となくその気持ちがわかるような気がした。
     
    「主様は時々、夕日を眺めていらっしゃった。
     主様の影が長く伸びているんだ。
     後ろにいる、ぼくの足元にまで。」
    グリスはその時の事を思い出すかのように目を閉じた。
     
    「ぼくは少し前に出て、手を伸ばして主様の影に触れるんだ。
     夕日で赤く染まったぼくの手の平に、主様の影が乗る。
     その時だけは、主様を支えている気分になれたんだ・・・。」
     
     
    アスターの瞳から涙がこぼれ落ちた。
    グリスが哀れに思えたからではない。
    とてつもなく純粋なものを見せられたように感じたからである。
     
    言葉を失うアスターに、グリスは我に返ったように言った。
    「ごめんね、アスター。
     自分でもわかっているんだ。
     ぼくは全然成長していない。
     少しの事で動揺して、きみにこうやって泣きついてしまう。
     きみに救われてばっかりだ。
     ぼくもきみを救えるような人間になりたい。
     頑張るから、どうか許してほしい。」
     
    アスターは、今のきみで良いんだよ、としか答えられなかった。
     
     
     続く 
     
     
    関連記事 : かげふみ 48 12.4.13 
           かげふみ 50 12.4.19 
                  
           かげふみ 1 11.10.27 
           カテゴリー ジャンル・やかた
           小説・目次