カテゴリー: 小説

あしゅの創作小説です(パロディ含む)

  • かげふみ 48

    館がいつもの日々を取り戻した頃
    長老会管轄のクリスタルシティのスタジオでは
    主の映像の編集が行われていた。
    主の偶像化という計画を進めるためである。
     
    「それで切った貼ったは上手くいっとるのかね?」
    長老会の定例会議の最近の話題はそれである。
     
    「それが中々困難のようですよ。
     何せ、“あの” 主ですからね。」
    「無表情で笑顔が少ない “あの” 主ですもんねえ。」
    「さぞかしあくどい顔をした場面が多いだろうな。」
    「マデレンも大変だろうな。」
    皆で、はっはっはっと笑う。
     
     
    「だけど、あの表情も今となっては懐かしいですよね。」
    「ああ。 当時は憎らしく思える事もあったもんだが・・・。」
    ひとりが言い出すと、皆がそれに追随する。
     
    「わたくしなんか、『はあー?』 と言われて
     上から見下された事もあったんですよ。」
    「それを言うなら、わしなぞ、“出歯亀” と罵られたぞ。」
    将軍が追いかぶせる。
     
    「待ってくださーい。
     私など、罵倒されすぎて覚えていないほどでーす。」
    リオンが手を上げると、ジジイがさえぎった。
    「そんなもん、わしに敵うヤツはおらんじゃろ。
     顔を合わせる度に、『死ねー!』 と言われ続けたんじゃからな!」
     
    おおーーーーー、と、どよめきが起こる。
    「良いですねー。」
    「それ、言われてみたかったですねえ。」
    「そうそう、あのまるで汚いものを見るような冷たい目つきで。」
     
    死人が美化されるのは、ありがちではあるが
    ここの場合、何故か特殊な方向に行っている。
     
     
    ひとしきり言い合った後、誰からともなく溜め息が漏れる。
    「惜しい人を亡くしましたね・・・。」
    「うむ、あまりにも早すぎた・・・。」
     
    出席しているグリスも、うつむく。
    主様、皆あなたをこんなにも愛していらっしゃるんですよ・・・。
     
    これが最近の長老会会議のお決まりのパターンだった。
     
     
    長老会会議の後、グリスはふと思い立った。
    監視カメラにも主様のお姿が録画されているはず。
     
    主の写真は持っているが、動く姿が見たかった。
    マデレンの作業の完成を待ちきれない。
    グリスは主の映っている映像をピックアップしてもらうよう
    監視部にお願いした。
     
    監視部の仕事は早かった。
    と言うか、既に “主様動画集” を趣味で作っている者がいたのだ。
    それはコピーされて、グリスの元に翌日には届けられた。
     
     
    自室のパソコンでそれを観ながら、グリスは感慨にふけった。
    いついかなる時でも、表情をほとんど変えないが
    足取りに気分が表われている。
     
    ふふっ、リハビリ室からの帰りは、ちょっとハツラツとしてらっしゃる。
    長老会に行く前は、何となくモタモタして、きっと面倒くさかったんだな。
    あっ、寝室に駆け込んでらっしゃる
    きっとリオンさんのSOSが入ったんだな。
    ああ・・・、主様のいつものクセもちゃんと映っている。
    昔からのクセなんだな。
     
     
    それは主が歩いていて、ひんぱんに左前に首をかしげるクセなのだが
    観ていて、ふと気付いた。
    グリスはそれを、単なる “クセ” と捉えていたが
    主の見る方向には、人がいるのである。
     
    明るい茶色のショートヘアの小太りの女性。
    地味過ぎて、視野に入らなかったのだが
    館内を移動する時には、いつも主の右後ろにいる。
     
     
    もしかして、この女性がローズさん・・・?
    グリスはローズの姿を見た事がなかった。
     
    バラを愛し菓子を手作りしていた、という話から
    たおやかで女性らしい人だというイメージがあったのだが
    モニターの中のローズは、ずんぐりむっくりして粗野な冴えない女性に見える。
     
     
    この女性がローズさんだとしたら・・・
    グリスは早戻し早送りを繰り返して確認した。
     
    そうだ! いつも主様の視線の先にはローズさんがいる!
    主様のあのクセは、右後ろにいるローズさんを追っていたのだ。
    右後ろ?
     
    ・・・・・・・右目!!!!!
     
    主様の右目は、ローズさんが亡くなってから見えなくなった、と聞いた。
    主様は死ぬまで見えない右目でローズさんを追っていたのだ・・・。
     
     
    モニターの前で、グリスは愕然とした。
    主のローズへの愛情はそれほど強かったのだ、と
    思い知らされたような気がした。
    あの主様が、こんなにも愛する人がいたとは・・・。
     
    いや、主様に誰がいても関係ない。
    ぼくの気持ちは、主様のすべてを愛している。
    だったら、ローズさんを愛する主様をも受け入れて当然じゃないか。
     
     
    そう気持ちを立て直そうとした時に、画面が変わった。
    エレベーターの中、主とローズがふたりでいる。
    ローズの背後からのアングルで、ローズの表情は見えない。
     
    そこに映っていたのは、ローズの顔を見つめて
    子供のように無邪気に笑う主だった。
     
    この映像集の中で唯一の主の笑顔、
    いや、グリスが初めて見る、主の笑顔であった。
     
     
    グリスは知らなかったが、これはローズが飛び降りる直前の画像である。
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 47

    30日間の喪が明けて、館の運営は再開された。
     
    主の寝室、書斎、そして執務室のデスクは永久保存となった。
    長老会で満場一致で決まった事だった。
     
     
    結局リオンが代金を払った、主の寝室の品々も
    そこにそのまま残す事になった。
     
    「こんなマニアックなものを、妻のいる家には持ち込めませーん。
     それに、ここに来てするからこそ楽しいんでーすから。」
    リオンは、変わらずゲームをしに館に通い続けた。
     
     
    グリスは館の講堂で、主就任の儀を受けた。
    「“主” の名は、先代で最後とします。
     私以降は、“管理者” を名乗ります。
     主様の偉大な功績に敬意を表して
     主様は先代主様のみ、といたします。」
     
    1ヶ月前に泣き喚いていた人物とは思えないほど
    落ち着いて穏やかで静かな、しかし信念のこもった声だった。
     
    「日課の演説は、これからも続けます。
     しかしそれはぼくではなく、今まで通り主様です。
     主様の演説の映像を流します。
     ぼくたちは、ずっと主様に導かれるのです。
     ぼくは、単に管理の跡継ぎでしかありません。
     皆さん、この館を、主様の教えを
     どうか一緒に守っていってください。
     お願いいたします。」
     
     
    主の最初の就任演説の時とは違って
    今回は大きな拍手で、住人たちに迎えられた。
     
    よくここまで立ち直ってくれたわい
    さすが、主が鍛え上げた跡継ぎじゃな。
    横で聞いていたジジイは、涙が出そうに嬉しかった。
     
     
    講堂の一番前を陣取る長老会メンバーたちも、盛大に拍手をした。
    リオンもその中にいて、ひときわ大きく手を打ち鳴らした。
     
    相変わらず冷静な表情のリリーも、こころなしか微笑んでいるし
    護衛に立っているタリスや、講堂に座っているラムズも誇らしげである。
     
    デイジーに代わり、お世話係の筆頭になったレニアは
    マリーと一緒に、はばからず泣いていた。
    あの汚かった子供が、ここまで立派になって・・・。
     
    グリスの就任初の仕事である式は、大成功の内に幕を閉じた。
    春本番になろうかという、温かい日差しの午後だった。
     
     
    式典を終えたグリスは、長老会メンバーたちと一緒に
    主の墓所に報告に訪れた。
     
    墓地自体は館からは見えないが、その丘の一番上にある主の墓は
    ピンクや赤に彩られているので、遠くからでもわかる。
     
    主の墓所は、バラの花が耐えた事がなかった。
    リオンが命じたのである。
     
    「クリスタル州、いや国中、世界中を探してでも
     主の墓にはバラを供え続けてくださーい。」
    その費用は、リオンの私財で賄われた。
     
     
    「お金の心配はいりませーんよ。
     だって私は大金持ちでーすからね。」
     
    リオンは主の墓に向かって、ふふっと笑った。
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 46

    グリスが相変わらず、ベッドに突っ伏してメソメソしていたら
    ドアがいきなり、バアンを大きな音を立てて開いた。
     
    グリスがビクッとして顔を上げると
    リオンが呆然自失で立っていた。
     
    リオンは主の葬儀に参列できなかった。
    議員研修先の外国で、一報を受け取ったからである。
     
     
    「・・・今、主の墓に行ってきまーした・・・。
     本当だったんでーすね、ほんと・・う・・・」
     
    リオンは膝をつき、うずくまって泣き叫んだ。
    「うおおおおおおおおおおおお」
     
    「リオンさ・・・」
    グリスが側に寄ろうとしたら
    リオンはそのまま部屋の中を、泣きながら転がり始めた。
     
    「あの主がーーーーー、主がーーーーー・・・
     あああああああああああああああーーーーーーーー」
     
     
    リオンは転がって壁に激突した。
    掛けてあった額縁が落ちる。
     
    「うおおおおおおおおおお」
    ゴロゴロゴロゴロ ドスーン 棚から本が崩れ落ちる。 ドサドサドサッ
    「うおおおおおおおおおお」
    ゴロゴロゴロゴロ ドスーン 窓際に置いた花瓶が落ちる。 パリーン
     
    それでもリオンは転がる事を止めず
    部屋中を、物にぶつかりながら転げ回る。
     
    その取り乱しぶりは、深い悲しみに苦しむグリスでさえも
    なだめに入ろうとするほどの狂乱だったが
    リオンの巨体にはねられかねないので、ベッドから降りられない。
     
     
    廊下のタリスは、中の騒動を何事かといぶかしんだ。
    うおおおおおお ゴロゴロゴロ ドンッ ガターン うおおおおおおお
    多分、泣き叫んでいるのはリオンさんであろうが、この物音は何だろう?
     
    そこに、振動音に驚いたマリーもやってきた。
    何事ですの? と、ヒソッとタリスに不安げに訊く。
     
    本来ならば、決してしてはならない事だが、今は館の一大事。
    何が起こるかわからないので、細心の注意を払う必要がある。
    おふたりの身の安全を優先するため・・・、と
    タリスとマリーは目で話し合って、ジワーッとドアレバーを回した。
     
     
    わずかに開いた隙間から、ふたりが目撃したのは
    泣き叫びながら、床を縦横無尽に転げ回るリオンと
    ベッドの上から降りられずに、オロオロするグリスの姿であった。
     
    忠実な従者であるタリスとマリーは
    気付かれないように静かに驚愕し、ドアを速やかにかつ静かに閉めた。
     
    そして何事もなかったかのように
    タリスは腕を後ろに組んで、ドアの横に仁王立ちし
    マリーはお茶の用意をしに、厨房へと向かった。
     
     
    電池が切れたかのように、リオンがようやく止まった。
    今度はうつぶせになって、動かない。
     
    「リオンさん!!!」
    やっとグリスがベッドから降りられた。
    リオンを抱き起こすと、フウフウ息切れしつつもそれでも泣いている。
     
     
    高価なスーツはシワシワになり、破れて薄汚れている。
    大人が怒る、いけない遊びを止められた子供のように
    顔をグチャグチャにして泣くリオンを抱きかかえながら
    グリスは消えない悲しみの中、思った。
     
    そうだ・・・、悲しいのはぼくひとりじゃないんだ・・・。
    皆さん、主様とはぼくより付き合いが長い。
    それぞれに想いというものがあるんだ。
    ぼくひとりが悲劇の底にいるつもりになって、ぼくは・・・
     
     
    こんなぼくを、主様が見たらどうおっしゃるだろう
    主様をガッカリさせる事だけはしたくない。
    しっかりしなければ!
    ぼくは、これからのために生きてきたのだから。
     
    グリスは、つぶやくように言った。
    「リオンさん、ぼく、頑張りますから・・・。」
     
    リオンもその言葉に、力なく応えた。
    「はい・・・、一緒にいきましょーうね・・・。」
     
    弱々しい口調とは裏腹に、ふたりは強く抱き合った。
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 45

    葬儀の後、ジジイは主の事務室に座っていた。
    主がいなくなった暗い部屋の中に、ただジッと。
     
    何をする気にもなれない。
    主の死を知った瞬間から、ロクに飲食もしていなかった。
     
     
    わしより先に逝くなど、思ってもみない事じゃったわい。
    あやつには最後まで驚かされる。
     
    じゃが・・・、さすがのわしも参った・・・。
    泉の水が枯れたような気分じゃ・・・。
    あの時の主も、こういう気持ちじゃったんじゃろうか。
    わしは主の気持ちもわからず、励ますばかりで・・・。
     
    ジジイが後悔と懺悔を繰り返していると、ノックの音がした。
    「すみません、元様、緊急事態ですので・・・。」
     
     
    ジジイがツカツカと廊下をやってきた。
    ドアの前に立っていたタリスは、その形相に無言で横に退いた。
     
    ドアを開けると、グリスはベッドに突っ伏して泣いていた。
    ジジイは、グリスの襟を掴んで引き上げた。
    老人とは思えない、ものすごい力である。
     
    拳でグリスの頬を思いっきり殴った。
    その強さは、グリスが床に叩きつけられるほどだった。
     
    「ローズを失った主は、2ヶ月で立ち直った。
     グリス、おまえは男じゃから1ヶ月でどうにかせえ。
     よいか、グリス、必ず立ち直れ!
     主の拓いた道を閉ざすでない!!!」
     
     
    そう怒鳴ると、厳しい顔で部屋を出て行った。
    グリスが殴られた頬を押さえて、混乱していると
    館内放送が鳴った。
    ジジイの怒りに満ちた声が響き渡る。
     
    「主代行じゃ。
     主の世話係のデイジーが自殺した。
     遺書で主の死を嘆いておった。
     主があれだけ言っていた事を忘れたか!
     よいか、皆、殉死など許さん!
     主の教えを守りぬけ!」
     
    少し間を空け、放送が続く。
    「これより30日間、この館は喪に服する。
     その間、派手な事は慎んで、主の死を思う存分に悲しもう。
     しかしそれが過ぎたら、また動き始めよう。
     この館を停止させてはならん。
     主の死を悲しいと思う者なら、主の残したものを大切にしようぞ。」
     
     
    デイジーさんが死んだ・・・。
    グリスはショックを受けたが、その気持ちも痛いほどに理解できた。
     
    わかってる。 自分のすべき事はわかってるんだ。
    でもあのお方を失って、どうして自分が生きていられる?
    グリスは再び、号泣し始めた。
     
    その声は、ドアの外のタリスにも聴こえたが
    どうする事も出来ず、タリスも溢れてくる涙を拭うしか出来なかった。
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 44

    主の死を最初に聞いた時に、誰もが悪い冗談だと信じなかった。
     
     
    ジジイは、またまたー、と笑い
    リリーは、はいはい、と聞き流し
    グリスは、嘘でもそんな事は、と怒った。
     
    しかし駆けつけてみると、床に崩れ落ちて泣くデイジーの姿と
    布団に横たわる主の、見たこともない安らかな寝顔に
    誰もが言葉を失い、その場に立ち尽くす事しか出来なかった。
     
    必ず来るとはわかってはいても、現実となると
    その衝撃は、ただごとではなかった。
    しかも主には病気も何もなかったのだ。
     
     
    葬儀は長老会が仕切って、盛大に執り行われた。
    街の名士がズラリと参列し、花が並び
    葬儀にこういう表現も妙だが
    館はかつてないほどの豪華絢爛な雰囲気に包まれた。
     
    最初から最後まで、出席者全員が号泣する中
    グリスはタリスに体を支えられて、かろうじて立ってはいたが
    棺の蓋が閉められようとしたその時に、激しく取り乱した。
     
    「やめてください!
     そのままにしておいてください!
     主様が起きてこられないじゃないですか!」
     
     
    その叫びを聞き、参列者は益々涙に暮れ
    感情を抑え慣れているはずの紳士たちでさえ、声を洩らして泣いた。
     
    ジジイとタリスが、棺に追いすがるグリスを引き離そうとした。
    「いやです!
     主様が死ぬわけがありません!
     主様の事だから、絶対に “万が一” を起こされます!
     その時に誰も側にいなかったら、どうするんですか!」
     
    ジジイが泣きながらも、グリスをいさめる。
    「グリスや、もう諦めなさい。
     いくら人間離れしていた主でも、それはない。
     主は、ようやく安らぎを得たんじゃよ。
     遠い異国で辛かったろうに、長い間よく頑張ってくれた。
     我々はせめて、主を快く送り出してやろうじゃないか。」
     
     
    両脇を抱えられて棺から離されたグリスは
    わああああああああああ と、雄叫びのような泣き声を上げた。
     
    館中が、グリスの慟哭に引っ張られた瞬間であった。
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 43

    空がドンヨリと重く、風が強くなってきた。
    「うー、今日も寒いのお、もうすぐ雪も終わる時期なのにのお。」
    鼻の頭を真っ赤にして、ジジイが執務室に入ってきた。
     
    「あれ? リリーちゃんだけかい。
     主やグリスはどこ行っとる?」
    「主様はリハビリ室でマッサージを、
     次期様は販売所設置の件で、街の方へ行ってらっしゃいます。」
    「ほお、クリスタルシティへか。」
    「はい。」
     
    そこへ戻ってきた主が、ドアを開けるなりつぶやいた。
    「ああー・・・、見えるはずのない人が見えるー・・・
     霊感が発達したのかー?」
    「わしゃ、霊か!」
     
     
    ソファーでくつろぎながら、ジジイと主が茶を飲む。
    何年も何年も繰り返されてきた光景である。
     
    「館の商売は順調に伸びているようじゃの。」
    「ええ、当初の予定よりもずっとスムーズでしたねー。」
    「あれから事件も起きとらんし。」
    「こんなに穏やかな日々が続くなんて、嬉しい誤算ですよねー。」
     
    「すべては順調、ようやくこの館にも平和が訪れたか・・・。」
    「あとは私のポックリ待ちですねー。」
    「あんた・・・、それをあまり言うでない。」
    「でも目的達成には欠かせない要素でしょー。」
    「グリスはあんたのその無神経さに傷付いておるぞ。」
    「はあー・・・、やれやれー
     あのガキはいつまで経ってもメソメソですかいー。」
     
     
    一向に反省の色のない主に、ジジイが少し怒って突っ込む。
    「グリスと言えば、あんた最近グリスをコキ使っているようじゃな。」
    「私の仕事は全部覚えてもらわないといけませんから
     仕事の量自体は増えているでしょうよー。」
     
    「仕事量じゃなく、問題はあんたの態度じゃよ。
     あんた、自分が家畜のように扱われたらどう思う?」
    「興奮しますねー。」
    主が真顔で言う。
    「「 ・・・・・・・・・・・・・・ 」」
    ジジイとリリーが目を見開いて絶句した。
     
    「冗談ですよー。」
    主が真顔で言う。
     
    「・・・あんたの冗談は、ほんと恐いぞ!」
    「あははー、すいませんー。」
    主が真顔で言う。
     
     
    でも、主様のおっしゃる事も、あながち冗談ではないかも知れない・・・
    リリーは思った。
    主様に指図されている時の次期様は、幸せそうにしていらっしゃる
    これがおふたりの愛の形だと思えなくもないほどに。
     
    そこまで考えて、リリーはそれを打ち消した。
    いけないけない、リオン様の特殊嗜好に毒されたみたいだわ。
    でも、ここに次期様がいらっしゃったら
    「嬉しいです!」 などと、爽やかに答えて
    主様に嫌がられるでしょうね。
    リリーは笑いを噛み殺し、キーボードを打ち始めた。
     
     
    リオンは選挙に見事に勝ち、市議会議員になっていた。
    そのせいで多忙になり、館に来る回数も減った。
    と言っても、以前は週に2~3回だったのが、1~2回になった程度である。
     
    「“忙しい” など、愚者の言い訳でーす。
     時間は空くものではなく、作るものなんでーすよ。」
    そう言いつつ。
     
     
    「世は万事、事もなし、・・・か・・・。」
    ジジイが遠い目をしながら茶を飲むのを見て、主が冷たく訊く。
    「で、あんたは何の用ですかいー。」
     
    「用がなきゃ来ちゃいかんのかね?」
    「当たり前だろー。」
    「ええっ、リリーちゃん、主がひどい事を言うーーーっ。」
    抱きつこうとするジジイに、リリーが無言でスタンガンを出す。
     
    「はあ・・・、うちの女性たちはきっついのお・・・。」
    「矢を6本仕込むおめえが何を言うー。」
    「おっ、まだ覚えとったんかね?」
    「殺されかけた事は、普通忘れたくても忘れんと思いますがー?」
     
    「あの頃は大変じゃったのお。」
    「あんたにそれを言う資格はないと思いますがねー。」
    ジジイはふぉっふぉっふぉっと笑った。
     
     
    昔話に花が咲くようになるのは、老いた証拠である。
     
    と言っても、このふたりの場合は
    一方的にジジイが責められる展開になるのが常なので
    “花” などというファンシーな雰囲気ではないのだが。
     
     
    「にしても、あんた、そう安穏としてるとボケますよー?
     まさか、もうボケ始めじゃないでしょうねー?
     やめてくださいよー、まったくー。」
     
    主の、汚いものを見るような目付きに、ジジイは不安になった。
    「・・・あんた、わしがボケたらひどい仕打ちをしそうじゃな・・・。」
    「そりゃもう、正気になるまで冷水をかけてムチ打ちですよー。」
    その言葉に、思わずムセ込むジジイ。
    「本当にやりそうで恐いわ!」
     
    「閉じ込めるんじゃなく、しばき倒すのが私の愛ですよー。」
    ニヤッとほくそ笑む主に、ジジイがゾッとする。
    「あんた、最近穏やかになったという噂じゃったが、変わっとらんなあ。」
    「人の本性なんて、そう変わるもんじゃありませんってー。」
     
     
    ジジイが、ふと思い付くいて訊く。
    「じゃ、また襲撃計画が浮かび上がってきたらどうする?」
     
    「話し合いますねー。」
    「で、ムダじゃったら?」
    「それでも話し合いますねー。」
    「で、決裂したら?」
    「大人しく討たれますよー。」
     
     
    「ふうむ、やはり変わったのお。」
    ジジイの言葉に、主は言った。
     
    「もう未来は育ってるんですからねー。」
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 42

    「白雪姫の童話はご存知ですねー。
     鏡が世界一の美女は娘だと空気の読めない発言をして
     母親が怒り狂って、実の娘を毒殺する話ですー。」
    主が演説で、またロクでもない事を言い始めた。
     
    「白雪姫は、リンゴに仕込まれた毒で仮死状態になったのですが
     そんなこたあ、ありえないー。
     リンゴはキリスト教で言うところの “知恵の実” ですー。
     白雪姫は、リンゴを食って知恵が付いたのですー。」
    宗教を信じていないくせに、何を言いだすんやら。
     
    「つまり、白雪姫は知恵が付いて
     人間、顔だけじゃやっとられん
     現に母親は美に執着しすぎて、ドグラになっとる
     そう気付いて、ひきこもりになったのですー。
     つまり、“社会的な死” なのですー。」
    まったくムチャクチャ言うものである。
     
    「人間、顔のつくりではありませんー。
     でも人間、外見なんですー。
     人は見た目で判断されますー。
     それは当然の事なんですー。
     何故なら、その服を髪型を選んでいるのは
     他ならぬ自分の判断なのだから、外見に性格が表れるのは当然で
     人はそれを見抜くのですー。」
     
     
    今日の話は、きちんとした格好をしましょう、という事らしい。
    主は話の最後にこう締めた。
    「まあ、老いていくのはしょうがないですけどねー。
     せめて美しく老いていきましょうー。」
     
    聴きに来ている住人から声が飛んできた。
    「主様はいつまでもお若いですよーーー。」
     
    その言葉に、主は高笑いをした。
    「当然ですわー。
     わたくしは苦労を顔に出すような生き方はしていませんことよー。
     ほーほほほほほほほほほーーー」
     
    講堂が笑いに包まれたが、主にとってはギャグではなかった。
    こんだけ金と手間をつぎ込んで、普通に老いとったらやっとられんわ!
    主はフンフンと鼻息を荒くして、執務室に戻ってきた。
     
     
    デスクに座るなり、顔にシートマスクを乗せ
    スプレー化粧水を吹きかける。
     
    「パソコンの前で霧吹きをすると、また壊して電気部に怒られますよ。」
    リリーがシュッシュの音を聞いて、注意すると
    主がリリーのデスクにきて、20cmの距離から顔を注視する。
     
    「やめてください。」
    嫌がるリリーの頬を、主が指で突付く。
     
    「ほら、アップで見られると気になるでしょうー?
     あなた最近、こことここにシワが増えましたよー。
     あと、ここ、ソバカスが繋がりかけてるー。
     これ、大ジミになりますよー。
     ケアしないと、老け込みますよー。」
     
    「余計なお世話です。」
    「キレイなままのリリーさんでいてほしいから、ほらこれー。」
    主が美白用シートマスクをリリーに渡した。
    「20分だけで済むから、それ貼ってくださいー。」
     
    渋い顔をするリリーに、主が言い放った。
    「事務部にも若者が増えてるし
     バカガキって、自分が悪いくせに怒られたら
     『あのクソババア、更年期でイライラしてんじゃねーの?』
     とか言いたれやがるんですよー?
     そんな隙を与えないようにしてくださいねー。」
     
     
    グリスが執務室に入ると、女性ふたりがスケキヨになっていて
    思わず、うわっと声が出た。
     
    「な、何をなさっていらっしゃるんですか?」
    「美容ー。」
     
    あ、ああ、そうですか・・・ しか、グリスには答えられなかった。
    マスクの下のリリーの目は、明らかに怒りに燃えており
    それ以上に主の目は鬼気迫っていたからである。
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 41

    さて、カメラマンのマデレン。
    いたんか? って感じだが、ちゃんといる。
    毎日、主を追うとともに、館中を撮影している。
     
    自分を無機物だと思ってくれ、の言葉通り
    存在を消しつつ、気が付いたらそこにいた、という具合である。
     
     
    このマデレンなら、主の変化にも気付いているに違いない
    そう思い、グリスはマデレンを探した。
     
    ところが探すと、どこにもいない。
    館の敷地中を、推理ゲームのごとく訪ね歩いて
    やっと見つけたのは、何と村の外れの道端だった。
     
     
    「あら、次期様、ここで何をなさっていらっしゃるんですか?」
    マデレンがグリスを見付けて、手を振りながら訊く。
    「それはこっちが訊きたいですよ。
     こんなところで何をなさっているんです?」
     
    マデレンは足元を指して言った。
    「ほら、アスファルトがここまで伸びているでしょう?
     この村は、以前はボコボコの整地されていない道だったんですよ。
     でも館産の品の販売が村で始まって、人が来るようになってから
     道路も徐々に整備されてきているんですね。」
     
    「主様の改革が、こんなところにまで影響を及ぼしているんですか。
     凄い事ですね。」
    グリスのいつもの主様凄い発言に、マデレンはちょっと笑った。
     
    「で、主様がどうかなさったんですか?」
    「何故、主様の事だとわかるんです?」
    やれやれ、この坊ちゃんは天然ですか、マデレンは内心呆れた。
     
     
    グリスの話を聞いて、マデレンは思案した。
    次期様の不安は、いずれ現実のものとなる。
    だけどそれが明日なのか10年後なのかはわからない。
    その間ずっと、来るであろう事に怯えるのは生産的ではない。
     
    それは次期様にもわかっていらっしゃる事であろう
    聡明なお方だし。
    だけどお若いから、不安を拭えないのだ。
     
     
    「主様は確かに最近、お変わりになられたと思いますよ。」
    マデレンの言葉に、グリスは落胆した。
    「やっぱり、あなたもそう思いますか・・・。」
     
    「ええ。
     だけど、それには理由があるんですよ。」
    「理由?」
     
    「はい。
     主様はあの態度ゆえに、ダラけているという印象がありますけど
     実はとても合理的なお方なのですよ。」
    マデレンが村の方へと歩き出したので、グリスも歩調を合わせた。
     
     
    「主様は手ぶらでは動かないお方なのです。
     必ず次の事、その次の次の事を見越して動いていらっしゃる。
     たとえば総務部に書類を持って行く時にも
     経理部への明日用の書類をついでに持って行く、といったように。
     明日する事は今日する、といったお方なんですね。」
    マデレンがカラカラ笑った。
     
    「それがこの前、通り過ぎる瞬間に何かを思い出されたのか
     棚からファイルを取りながら歩いて行こうとなされて
     わき腹の筋を傷めてしまわれたんですよ。」
     
    「えっ、そんな事が?」
    「いえ、医務室でシップを貼ってもらって
     すぐ治ったようなんですけど
     『もうセカセカしない!』 と怒ってらっしゃって。」
    グリスもちょっと吹き出す。
     
    「それで、ゆっくり動くように心掛けていらっしゃるみたいですよ。
     次期様には、それが “衰えた” と映るのではないですか?」
    「・・・そうでしょうか・・・。」
     
    「あのお方はせっかちすぎますので
     ゆっくりぐらいで、普通の人と同じなんですよ。」
     
     
    グリスは考え込んだ。
    そう言われると、そうかも知れない。
     
    「ゆっくり動くようになさってからの主様は評判良いですよ。
     上品に見えるみたいなんですね。
     デイジーさんなんか、『透明感溢れる気品』 だと言ってるし。」
     
    「透明感・・・?」
    グリスは、その単語に不吉なものを感じたようで
    表情を突然、曇らせた。
     
     
    「次期様、主様の事を案じるお気持ちはわかります。
     その不安も。」
    マデレンはズバリ核心を突いた。
     
    「私もカメラマンとして、色んな状況に立ち会ってきましたけど
     死ぬ人というのは、特有の雰囲気を持つんです。
     それは・・・、死臭とでも言うものでしょうか
     死臭と言っても、実際の匂いとかじゃないんです。
     “影が薄い” とか、そういうものでもないんですよ。
     何というか・・・、とにかくわかるんですよ。」
     
    「主様は大丈夫だと思いますか?」
    グリスの不安そうな表情に、マデレンは断言した。
     
    「私の拝見する限り、主様は大丈夫です。
     主様は停滞していらっしゃらない、という事だと思います。
     本当に底知れぬお方ですよね。」
     
     
    グリスの表情が明るくなった。
    「マデレンさん、ありがとうございました。
     ずっと心配だったのが、落ち着きました。
     みっともないところを見せて、恥ずかしいです。」
     
    「いえいえ、そのご心配はよくわかります。
     私に答えられる事なら、いつでも構いませんから話に来てくださいね。」
     
     
    まだ村を撮る予定のマデレンと別れて、グリスは館に戻って行った。
    村を歩きながら、マデレンの表情は逆に沈みこんでいた。
     
    私の話は本当に経験した事なんだけど、万人に当てはまるわけではない。
    特にあの主様のような特殊なお方は、どうなるかわからない。
    だけど若者が未来を案じて悩み暮らすなど、させてはならない。
     
    主様を失った時、彼はどうなるのだろう・・・。
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 40

    結局、主が寝込んだのは1日だけだった。
    翌日からは普通に出てきて、普通に仕事をした。
     
    だけど、その合間合間にボンヤリと窓の外を見つめる。
    グリスには、それは良い兆候には思えなかった。
     
    いつもなら息抜きには、ゲームサイトかオカルトサイトを
    コソコソ隠れ見ていらっしゃった。
    なのに今は、窓の外を眺めていらっしゃるだけだ。
    バラの季節ではないのに・・・。
     
     
    グリスはその不安をジジイに電話で訴えた。
    「主様が遠くに感じるんです。
     すぐそこに座っていらっしゃるのに。」
     
    グリスの泣きベソ風味の言葉を、ジジイはなだめた。
    「歳を取ると、そういうものなんじゃよ。
     別に具合が悪いとか、そんなんじゃあないんじゃ。
     ただ、ちょっとだけペースが落ちるんじゃ。」
     
    そうは言ったものの、ジジイも気になり様子を見にきた。
    グリスの主様心配はいつもの事なんじゃがな・・・。
     
     
    「・・・ああ・・・、また幻覚が見えるー・・・。
     草葉の陰にいるジジイの姿が見えるー。」
    ジジイの姿を見た主が、目頭を押さえながら頭を振る。
     
    「わしゃまだ死んどらんわ!」
    怒鳴りはしたものの、安心もした。
    何じゃ、いつもと変わらんじゃないか。
    グリスの取り越し苦労も困ったもんじゃな。
     
     
    しかし、ソファーで茶を飲みながら観察していると
    確かに多少は疲れやすくはなっているようだ。
    パソコンを見ながら、目をシパシパさせ
    首を傾けながら肩を押さえる仕草をひんぱんにする。
     
    「あんた、体調はどうかね?」
    ジジイの質問に、主が正直に答える。
    「んー、老眼にはパソコンはきついですねー。
     TVとかも何か画面から光線、出てますよねー?」
     
    「ああー、それわかるぞ。
     携帯なんかも辛くないか?」
    「文字、見えませんよねー。」
     
     
    この後は、年寄り恒例の不調自慢大会になった。
    それを横のデスクで聞いていたグリスは、納得できなかった。
     
    主様の変化はそういうものじゃない。
    何というか・・・、最近随分穏やかになられた。
     
    ぼくの気持ちにも、以前はロコツにイヤな顔をなさっていたのに
    今は無表情で無視なさっている。
    それも以前の爬虫類のような冷徹な目ではなく
    まるで違う次元のものを見ていらっしゃるような・・・。
     
     
    おいおい、グリス、嫌がってるとわかっててやってたんか?
    と言うか、その態度は、穏やかうんぬんとかじゃなく
    より一層眼中になし、になってるんじゃないのか?
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 39

    3日間の休暇も終わりの時がきた。
    グリスはアスターを見送りに、クリスタルシティの駅へと行き
    大人3人は館へ向かう車中にいた。
     
     
    グリスとアスターは食事時以外は、ずっとふたりで語り合い
    より友情を深めたようである。
     
    「私的には、ラヴを深めてほしかったでーす・・・。」
    リオンのちょっと不満気なつぶやきを、主がうっとうしがる。
    「養子がホモだったら、あらぬ噂をたてられるんじゃないですかー?
     保身第一のおめえらしくないなあー。」
     
    「ふっふっふ」
    リオンがほくそ笑んだ。
    「“マイノリティーの保護” というのは、知的階級人の義務なんでーす。
     それに、そういう噂を立てるヤカラは
     “差別主義者” として攻撃してくれ
     と、私に言ってるようなもんでーすよ。」
     
    「おめえ・・・、想像以上に腹の中は黒々だよなー・・・。」
    主が少し青ざめてドン引いた。
     
     
    「なあ、あんたらこの前から何の話をしとるんじゃ?」
    ジジイが訝しげにコソッと主に訊く。
     
    「リオンもストレスが溜まっているらしく
     現実逃避に妙な妄想をしているようなんですよー。」
    主が表面だけ気の毒ぶって耳打ちする。
     
    「ううむ、いつ見ても何か食っとるし
     彼もあれで何かと大変なんじゃろうなあ。」
    「議員先生とか、陰で変態やってるの多そうですしねー。」
    「あんた、それ、公言せんようにな・・・。」
    ジジイが主の偏見をさりげなく注意した。
     
     
    「お帰りなさいませ。
     休暇はいかがでしたか?」
    リリーが興味なさそうに、それでも一応訊く。
     
    「地獄でしたー。」
    主のそのひとことで、すべてを察するリリーも有能な秘書である。
     
    不在中に溜まっていた書類を、うっとうしそうに片付ける主。
    それとは対照的に、リフレッシュしたのか活き活きと茶を飲むジジイ。
    より爽やかになって、笑顔を振りまくグリス。
     
    休暇は良い気分転換だったようね
    まあ、主様はどこにいても主様なのだから、しょうがないとして。
    リリーは、心の中でほっほっほっと笑った。
     
     
    別荘から帰ってきた翌日、主は微熱を出して寝込んだ。
    「すいませんー、疲れが溜まったようでー。」
    布団の中から詫びる主。
     
    「休暇に行って疲れを溜めるとは何事じゃ!」
    「まったく、日本人は休むと具合が悪くなるようでーすねえ。」
    布団の横のコタツに座って、駄菓子を食うジジイとゲームをするリオン。
     
     
    「あんたら、病人が寝てる横でやめてくれませんかねー。」
    主がイライラさせられて訴えているところに、グリスがやってきた。
    「主様、すみません、ぼくの我がままのせいで・・・。」
    グリスの今にも泣き出しそうな様子に、主は更にウンザリさせられた。
     
    「グリスや、おまえのせいじゃないぞ。」
    「そうでーす。 主がヘンなんでーす。」
    ふたりのグリスひいきも、主様の病気の前では威力を発揮しない。
     
    「おふたりとも、主様のお具合が悪いというのに
     何をなさっていらっしゃるんです!
     さあ、早く主様を安静にして差し上げなければ。」
     
    グリスはゲームのリセットボタンを、容赦なくブチッと押し
    泡を吹いて失神しかけているリオンを抱え
    意地汚く菓子袋を握り締めるジジイの手を引き、部屋を出て行った。
     
     
    はあ・・・、やれやれ と安堵する主。
    うつらうつらとまどろみながら、いくつもの夢を見た。
     
    こういう時の夢は、何故かいつも物悲しい。
    そして懐かしい。
     
     
     続く 
     
     
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