カテゴリー: 小説

あしゅの創作小説です(パロディ含む)

  • かげふみ 38

    その夜の食事も、なごやかに始まった。
    反省して頑張る宣言をしたくせに、相変わらず黙々と食う主に
    アスターが話しかけた。
     
    「主様は日本出身だとお伺いしましたが
     日本とはどういうところなのでしょうか?」
     
    きたーーーーーーーーーーーーー!!! 絵文字略
    ジジイとリオンは心中で叫んだが、表情に出すわけもない。
     
    「そうですねー。
     日本は食べ物が美味しい国ですー。
     日本食だけじゃなく、世界中の料理が日本では食べられますー。
     日本に来て、食事が合わない、という人はいないんじゃないですかねー。」
     
    主にしては、マトモな種類の話を選んだ事に、大人ふたりはホッとした。
    「外食だけじゃなく、それは一般家庭内にも言えますー。
     日本の家庭の夕食は、毎晩メニューが変わりますー。
     和食、洋食、中華、インド料理
     日本の女性はあらゆる料理を作りますー。
     それのみならず、家族のランチも “お弁当” として
     作って持たせるのですー。
     ネットをするのなら、“キャラ弁” で検索してみてくださいー。」
     
    アスターは疑問に思った事を、素直に口にした。
    「日本の主婦は料理ばかりしているのですか?」
     
     
    その言葉に、主はフフンと鼻で笑った。
    「欧米人は、よくそういう事を質問しますが
     民族意識の違いによるものなんですよー。」
    主に何のスイッチが入ったのか、後はもう独壇場である。
     
    「日本人は働くのが人生そのものなんですー。
     遊びは仕事の余暇にするものー。
     余暇がないなら、あえて遊ぼうとはしませんー。
     その事に疑問を持たないのですー。
     日本人は、己を滅して和を尊びますー。
     夫は家庭のために、朝早くから夜遅くまで働き
     妻は家族のために休暇なく家事をし、パートに出るー。
     子供は学校に行き、塾に行き、習い事をするー。
     どっかの国の首相が、日本人は働きアリだとタワケたけど
     色付き人種なのに、敗戦からあそこまでの復興をして先進国入りをしたのは
     正にこの日本人気質があったからなんですよー。
     そう考えると、働きアリで何が悪い? って感じですねー。」
     
    これを聞き、ジジイとリオンは館の改革を思い出した。
    そうか、主はまぎれもなく日本人なのだ。
     
    「日本人には、自分というものがないのですか?」
    アスターはズバリ質問した。
     
    「いいえー。
     価値観の違いなのですー。
     日本人の “自分” とは、“大勢の中のひとり” という自覚ですー。
     だから自己主張もせず、権利もふりかざさないー。
     気軽に逃げられない小さな島国で、皆が仲良くやっていくためには
     全体の調和を一番に重んじる必要があったのですよー。
     自分が快適に暮らすためには、まず周囲が快適でなくてはならないー。
     協調性と几帳面さは、国土の広さに比例すると思いますねー。」
     
     
    アスターは何となく納得させられた。
    自分の失礼な質問にも、怒る事なく本気で答えてくれる主にも
    少し好感が持てる気がした。
     
    「世界が日本人だけだったら、戦争もなくなりまーすね?」
    リオンが冗談っぽく言う。
     
    「それはわかりませんねー。
     日本人は怒らないんですよー。
     何かあっても、“人それぞれ” だと諦めるー。
     でも、そこにはリミットがあるんですー。
     限界を超えたら、いきなり激怒し始めるー。
     そして、あの時はああだった、この時もこうだった
     と、溜めて溜めて溜め込んだ怒りを、一気に爆発させるのですー。」
     
    「それ、恐いのお・・・。」
    ジジイが思わずつぶやいた。
     
    「はいー。
     でもほとんどの場合、大丈夫ですよー。
     ひとりが限界越えしても、必ず周囲がなだめますからー。
     100人いて50人が怒っても、残りの50人がなだめますー。
     日本人は多数決が大好きですからねー。
     でも、51人が怒った時には、もう終わりですけどねー。」
     
    この脅迫のような言葉に、一同は静まり返った。
    「要するに日本人は、オールオアナッシングって感じで
     融通の利かないところのある極端な民族なんですよー。」
    主が あはは、と笑った。
     
     
    「では、主様はこの国にいらっしゃって、感覚の違いに
     イライラなさってるんじゃないですか?」
    グリスが不安そうに訊く。
     
    「それはないですー。
     “人それぞれ” ですからねー。
     私は私のやり方でやるだけなんですよー。
     それをあなたにもして欲しいとは思いませんー。
     あなたはあなたなりのやり方をすれば良いんですよー。」
     
    主がグリスの方を真っ直ぐに見て答えた。
    グリスは、嬉しそうに はい とだけ返事をした。
     
     
    それを見て、アスターはやっと理解できた。
     
    ああ、そうか、主様はグリスにとって師だったのだ。
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 37

    ジジイの眼光にさらされていたせいか
    主は、物静かな女性として、何とかその夜の食事はやり過ごせた。
     
    アスターの興味は、主にいっていたが
    ジジイとリオンが何かと話しかけ、主が喋らなくて済むよう苦心した。
     
     
    手練れの大人ふたりのお陰で、弾む会話ではあったが
    アスターはグリスの仕草が気になった。
     
    グリスは老人や義理親に話しかけられた時以外は
    ずっと主という女性の方を見ているのだ。
    主は涼しい顔で、黙々と飯を食っている。
    グリスの方をまったく見ない。
     
    無視をしている様子もないし
    これだけ凝視されているのに、それを気に留めないなんて
    並の神経では出来る事じゃないと思うんだけど・・・
    アスターには、ふたりの関係、特に主の気持ちが想像も出来なかった。
     
     
    「主様はいつもああいう感じなのかい?」
    食事が終わり、ふたりになった時に率直に訊いてみた。
     
    アスターの問いかけの意味が、グリスにはわからなかった。
    「ああいう感じって?」
    そう問い返されると、逆に困る。
    「ええと・・・、無口な方に思えたから。」
     
    「うん、仕事以外ではあまりお喋りな方じゃないなあ。
     無表情なのは、仕事中もだけど。」
    「へえ・・・。」
     
     
    アスターが真に訊きたかったのは
    主はグリスをぞんざいに扱ってるんじゃないか、という事なのだが
    それを言うと、きっとグリスは傷付く。
     
    多分、主様は不器用なお方なのだろう
    東洋の女性というのは、つつましやかだという話だし
    現にグリスのために、仕事を休んでここに来てくれている。
     
    ぼくに立ち入れるような事じゃないんだけど
    明日は主様に話しかけてみよう。
    アスターは “主様の感想” を、先送りにした。
     
     
    翌日、リオンが窓の外を見て言った。
    「主、ボーイズラヴたちが泳いでいますよ!」
     
    主はソファーにでんぐり返ってDSをしている。
    「男の裸なんぞ、興味はないですねー。」
     
    そこへジジイが入ってきて、いきなり文句を言い始めた。
    「あんた、夕べの態度は何じゃ?」
    主が え? 何? と、キョロキョロする。
     
    「あんたじゃよ、あんた!
     アスターに話かけんとグリスに目もくれんと、モソモソ飯を食うばかりで
     さっきの朝食にも出てこんかったじゃないか!
     グリスが心配しとったぞ。」
     
    「ええーっ、ボロを出さんように黙っていたのにー。
     それに夜更かし寝坊は休日の仕様じゃないですかー。」
    心外だと言わんばかりに、主が口答えをする。
     
    「“招待” は、休日ではないんでーす。
     公務と思って、気を抜かないでくださーい。
     それにお客をもてなすのは、紳士淑女の義務でーす。
     今日はきちんと “社交” をしてくださーい。」
     
    リオンの言葉に、ジジイもうなずきながら言う。
    「あんな態度じゃ、グリスを無視していると思われるぞ。」
    アスターと同じ感想を、大人ふたりも感じていたようだ。
     
    主は素直に詫びた。
    「育ちの悪い事をして、ほんとすみませんでしたー。
     今日は頑張りますー。
     やる時ゃやりますよ、私はー。」
     
     
    その言葉に、ジジイは逆に不安になった。
    こやつがこういう時は、ロクでもない事をしでかすもんじゃ。
    大丈夫かのお・・・。
     
    リオンは窓に張り付いて、眼下で展開される
    花びらと点描の世界を堪能していた。
    大事なのは想像力なのだ。
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 36

    リオンの別荘に、アスターがやってきた。
    一応それなりのきちんとした格好をして出迎えた大人3人。
     
    アスターは丁寧に招待のお礼をしたが
    主を見て、違和感を感じていた。
     
    目の前に立っている主という女性は
    いかにも東洋人という外見で、ボケッとしている。
    グリスの話や、電話から漏れ聴こえた怒声と
    どうしてもイメージが合わないのである。
    “この” グリスが心酔するほどの魅力も見当たらない。
     
     
    「夕食は7時の予定なので、それまでは自由にしていてくださーいねえ。」
    リオンが言うと、グリスがアスターの腕を引っ張った。
    「裏手に、すごくキレイな湖があるんだよ。
     散歩でもしよう。」
     
    仲良く立ち去るふたりを見送ったあと
    大人たちは相変わらずの茶飲みを始めた。
     
     
    「ね? 爽やかなボーイズラヴでしょーう?」
    「てか、アスターって白人じゃんー。」
    「それが何か?」
    「白人が黒人に本気で恋するなんて、あるかなあー?」
     
    「おーう、それは充分にアリでーすよ。
     高い教育を受けた白人は、“差別をしない平等観” というのも
     教養のひとつとして誇るんでーす。
     実際に深層心理がどうだったとしても。」
    「ああ、なるほどー。」
     
    ふたりのやり取りに、ジジイは付いていけない。
    「何の事じゃ? その話題は。」
     
     
    「まあ、今はそういう垣根もなくなってきたようでーすよお。」
    「とは言っても、まだまだ一部でしょうー?」
     
    それを無視して、話を続けるふたりに、ジジイが怒り出した。
    「だから何の話をしとるかと訊いとるんじゃ!」
     
    「黒人と白人の友情についてでーす。」
    リオンがものすごい大まかな説明をした。
    が、ジジイは納得したようで、話に加わってきた。
     
    「グリスは、ありゃあ黒人の血は薄いじゃろう?」
    「ええ、アングロ系は絶対に入ってまーすねえ。」
    「肌は黒いが、あの髪質と顔立ちは独特じゃもんな。」
     
     
    “人種” について、リオンとジジイが語り合う横で
    主が呆れたように聞いている。
    「しっかし、あんたら外人って、ほんっとそういう
     人種の細かいとこにこだわりますよねー。」
     
    「・・・外人はあんたの方なんじゃがな・・・。」
    「単一民族の島国の人にはわかりませーんでしょーうねえ。」
    「・・・現実は単一でもねえんだがなー。
     日本にも差別はあるけど、欧米に比べたら軽いもんですよー。
     あんたら、ほんっと差別が根底にありますよねー。」
     
    主の非難を、リオンが軽くかわす。
    「陸続きの国々では、“民族” というものを重視しないと
     己のアイデンティティを保てないんでーすよ。」
    「まあ、どうしても世界視点で言うと、 “国家” が個人の居場所で
     それを保ちたいなら、区別差別もしょうがないわな。」
     
    主は気のない返事をした。
    「ふーん。」
     
     
    「にしても、アスターくんが良い家庭の育ちで良かったでーすねえ。」
    「そうじゃな。 さすがグリスが親友に選ぶだけある。」
    ふたりの会話に、主が疑問をはさむ。
    「アスターの身元を調べたんですかー?」
     
    リオンが当たり前でしょう、と言う顔をした。
    「“生まれ” は調べましたけど、“育ち” は見てわかるでしょーう。」
    「へえー・・・?」
     
    よくわかってない主に、ジジイが補足する。
    「我々の国じゃな、人種や階級によって住み分けが明確なんじゃよ。
     この現代においても、両者が交わる事は滅多にないんじゃ。」
     
    「そう。 だからアスターくんの前では
     我々はそれ相応の振る舞いをしなければなりませーん。」
    「主、あんたの言動が一番心配じゃ。
     グリスに恥をかかせんよう、きちんとせえよ!」
     
     
    うへえ、やっぱり来なきゃ良かった・・・
    主はウンザリした。
     
    3日も猫をかぶる事など出来るのか? 主よ。
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 35

     リオンは嬉々として叫んだ。
     
    「このアスターという友人は、グリスくんより年上だけど
     グリスくんにラヴなんだと思いまーす!!!」
     
     
    リオンの言葉に主はくいついた。
    「何ーーーっ? 森のくまさんかーーーっっっ?」
     
    「何でーす? それ。」
    「昔、本屋さんの趣味の棚でさー
     森のくまさん、っちゅう雑誌が置いてあったんですよー。
     毛むくじゃらのメタボおやじのヌード写真集でー・・・」
     
    主の言葉をリオンがさえぎった。
    「あああっっっ、そういうディープなジャンルじゃなく
     ふたりはボーイズラヴなんでーす!」
    「ボーイズラブー?」
    「いいえ、ボーイズラヴ。」
     
    主がリオンと向き合って、両手の平を胸元で立てた。
    リオンがその手に自分の手を合わせて、ふたりでうなずく。
    「イエス! ボーイズラヴ!」
    と言いながら、グルリと顔を横に向けた。
     
    ふたりで大ウケしてはしゃぐ。
    「おめえ、私のパソコン、見ただろー。」
    「はいー。 日本、お笑いも面白いでーす。」
     
    こいつ、プライバシーの侵害はまったく気にしてないわけね
    主がリオンの距離感を苦々しく思っているところに
    リオンが無神経発言を追いかぶせる。
     
    「だけど主のアンテナは、数年古いでーす。
     今はお笑いもゲイものがウケてるんでーすよ。」
    「いや、別に私は日本の流行を追ってるわけでもないしー。」
     
     
    「日本かあー・・・。」
    主が窓越しの空を見上げる。
     
    「そっちは南でーす。」
    「だって地球は丸いんだもんー。」
    「でも、いくら回ってても、軌道線上にない国にはたどり着けませーんよお。」
     
    睨む主に、リオンが微笑む。
    「日本に帰りたいでーすかあ?」
    「いや、別に良いですよー。」
     
    「私が隠居して日本に移住する時に
     一緒に行きましょーうねえ。」
    「だから別に良い、っつってるじゃんー!」
    主がイラッとした様子で怒鳴り、リオンがふふふと笑う。
     
     
    こうなると主に勝ち目はないので、早々に話題を戻す。
    「えー、でもその話、確かですかあー?」
    「私の腐れ濃度をあなどったらいけませーん。
     とりあえず、一通りはかじっていまーす。」
     
    威張るリオンに、ちょっと感心する主。
    「おめえ、そっち方面にも手を出しとるんかー。
     あー、でもさー、私、そのジャンル詳しくないんですよー。
     それに恋愛ごととかどうでも良い、っていうかー。」
     
     
    相手にしない主に、リオンがポツッと言う。
    「・・・歴代主には、“護衛” が必要だと思いまーす。」
     
    主は何の反応も示さず、書類を読んでいる。
    そんな主に、リオンが改めて感心する。
    「すごいでーすねえ、あなたの愛は。」
     
    ここで主が、ブチ切れカウントダウンを開始した。
    「・・・何を言ってるのかわからないし、わかりたくもねえんだけどー?」
     
    “館” に関わっている者ならば皆、主の逆鱗場所は熟知している。
    そこにあえて触るヤツは、リオンかジジイぐらいのものだが
    リオンは、より冷酷に戦略的思考を展開する。
     
    「目をそむけていたいのなら、私に従ってくださーいねえ。
     館の未来のためでーすから。」
     
     
    “館のため” と、“リオン” が言うのなら
    主は目隠しをされても付いて行く。
    「・・・ん、わかりましたー。」
     
    リオンは、主の説得の成功し、つい馬脚を現した。
    「楽しいバカンスになりそうでーすねえ。
     点描の花びら舞い散る禁断の愛の青春劇!!!」
     
    「うーむ、それはちょっと見てみたいかもー・・・。」
    両手を広げてクルクル回るリオンに、手をあごにあてて妄想する主。
    「ね? ね? 心の琴線に触れるでしょーう?」
     
     
    執務室にデスクがあるリリーは
    同室での邪念いっぱいのふたりの話がイヤでも耳に入る。
     
    「差し出がましい事を申しますが
     ご旅行をなさるなら、元様もお連れになった方がよろしいかと。」
     
    その言葉に、主とリオンは顔を見合わせた。
    「あ、そうでーした。」
    「だなあー。 連れてかないと、どんだけヒガむやらー。」
     
     
    リオンがパンと手を打った。
    「そうだ、良い考えがありまーす!
     別荘でコスプレパーティーをするんで-す。
     元殿にはゼノの格好をしてもらいましょーう。」
     
    「ああー、確かにジジイはゼノ風味だよなー、ププッ。」
    主は吹き出した。
     
    「でも却下ー!
     この年でコスプレやらに手を出したら
     平穏な老後を迎えられん気がするー。」
     
    「そうでーすねえ。
     コスプレ、結構な費用が掛かりまーすから
     私のような富豪じゃないと無理でーすよねえ。」
     
    リオンの言葉の失礼さに気付かない主は
    うんうん、そうそう、と同意した。
    ある意味、純粋な人間なのかも知れない。
     
     
     続く 
     
     
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  • かげふみ 34

    “といった感じで、最近は主様と談笑できる機会が出来て
     とても楽しい日々が続いています。“
     
    携帯のメールを送信するグリス。
    相手はアスターである。
    ふたりの交流は、グリスが館に戻ってからも
    ひんぱんなメールのやり取りで続いていた。
     
     
    そんなある日、アスターからのメールにグリスは悩んだ。
     
    “2~3日、休暇が取れるので、久しぶりに会いたいな。
     そっちに遊びに行っても良いかい?”
     
     
    グリスが館に戻る時に、アスターは駅まで見送りに来てくれた。
    「アスター、本当にありがとう。
     きみと出会えた事が、ぼくの学生生活で一番の思い出だよ。」
     
    微笑みながらも、寂しそうに眉を下げるグリスに
    アスターが少し怒った口調になる。
    「思い出にしないでくれよ、グリス。
     ぼくはこれからもずっときみと付き合いたいんだよ。」
     
    その言葉に、グリスはうつむいた。
    「・・・ぼくは多分、もう一生クリスタル州から出られない。
     それでも友達でいてくれる?」
     
    アスターはグリスを抱きしめた。
    「もちろんだよ。
     きみが来られないなら、ぼくが会いに行くよ。」
     
    心地良い風が吹き抜けるホームの人の群れの中
    ふたりは名残惜しそうに見つめ合った。
     
     
    アスターに会いたいけど、ここに呼んでも良いものだろうか?
    グリスは、それは出来ない気がした。
    ここは秘密の館なのだ。
     
    グリスは、主の寝室をノックした。
    はい、と我が部屋のように返事をしたのはリオンである。
     
    「お車があるから、いらっしゃっていると思って・・・。」
    さっき主は総務部の方に走っていくのを見かけた。
    部屋にはリオンしかいないのはわかっていた。
     
    リオンはコントローラーの一時停止ボタンを押した。
    「どうしたんでーす?」
    「はい、ご相談がありまして、実は・・・。」
     
     
    グリスから詳しく話を聞いたリオンは考え込んだ。
    「うーん、ここに招くのは無理でーすねえ。」
    「やっぱりそうですよね・・・。」
     
    「ところで、そのアスターって子はどんな子なんでーす?」
    「あ、写メがあります。」
     
    グリスの携帯のアスターの画像を見たリオンの目が、怪しく光った。
    「グリスくん、ここじゃなくて私の別荘に招きましょーう。
     主ときみと私とで、休暇を過ごすんでーす。」
     
    「え、そんなご迷惑は・・・。」
    「“親子” じゃないでーすかあ、水臭い。」
     
     
    リオンとグリスは、養子縁組を終えていた。
    よろしくお願いします、と返事をしたグリスを
    リオンは大喜びでハグし、急いで手続きをしたのだった。
     
    その喜ぶ様子は、たとえリオンの世界征服計画の一環に利用されてても
    それでも良い、とグリスも素直に思えるほどだった。
     
    主への説得は任せろ、とリオンはグリスに言い
    早速、執務室へと出て行った。
     
     
    主が執務室に戻ると、リオンがソファーに座っていた。
    「おやー、どうしたんですー? こっちに来るなんて珍しいー。
     また中ボスにてこずってるんですかー?
     あなた、回復のタイミングが遅いんですよー。
     先手先手で中回復をしておかないとー。」
     
    「いやいや、今日は良い話を持ってきたんで-す。」
    その言葉を聞いて、主はそっぽを向いた。
    「あなたとジジイの “良い話” ほど
     怪しいもんもないですからねー。」
     
    「いやあー、さすが歴代一と名高い主!
     その疑り深さじゃなきゃ、ここを仕切れませーんもんねえ。」
    馴れ馴れしく、主に擦り寄るリオン。
     
    「でも今日のは本当に “良い話” なんでーすよー。
     “我々” にとってはねー。」
     
    主がいぶかしげな顔で振り向き
    リオンが悪代官のように、ヒッヒッヒと笑った。
    「グリスくんがですね・・・」
     
     
    「ふーん、ふたりで行けば良いじゃないですかー?
     私、行く気、サラサラないですよー。」
    主の答は、予想通り素っ気ないものだった。
     
    「そう言うと思ってまーした。
     ところがで-す!
     この話には思いがけない裏設定があるんでーす。
     聞けば絶対に行く気になりまーすよ。」
     
    リオンの自信たっぷりの誘い受けに、主は少し興味をそそられた。
    「・・・本題、早く言ってくんないですかー?」
     
    リオンがもったいぶりながら口を開く。
    「実はでーすねえ・・・」
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 33

    3人はコタツでグッタリとうずくまっていた。
     
    「同時通訳はー・・・。」
    「何度観てもこれは・・・。」
    「何じゃ、この凶悪さは・・・。」
     
    ジジイが怒り出す。
    「救いも何もないじゃないか!
     日本ではこんな事が起こっとるんか!」
     
    「じゃ、ジェイソンは実際にアメリカで暴れとるんですかいー。」
    呆れる主に、ジジイが質問をし直した。
    「いや、“恐怖” の概念が、あまりにも違うじゃろ。
     日本の霊はこういうものなんか?」
     
    「霊感があったら、こんなん余計に恐くて観れませんよー。
     だから日本の霊がどんなんかは知りませんけど
     日本の恐怖ってのは、こういう傾向ですねー。」
     
    ジジイが納得する。
    「日本、恐すぎるぞ!
     さすが、あんたを輩出した国じゃな!」
    もう、言い返す気力もない主。
     
     
    はあ・・・、と3人が疲れきっているところに
    リオンがおもむろにドアを開けた。
     
    「・・・また、レディーの部屋にノックもせずにー・・・。」
    「心配ご無用、レディーの部屋ならノックしまーす。
     おや、皆さんお揃いで今日はどうしたんでーすか?」
     
    「・・・主に騙されて悲惨な体験をさせられたんじゃ・・・。」
    「あんたが勝手に押しかけたんでしょうがー!」
    ふたりの感情論に、グリスが補足をする。
    「皆で呪怨を観たんですよ。」
     
    「呪怨!
     あれはいけませーん!
     あんなもの恐すぎて、さすがの私もギブしまーした。
     もう日本ホラーだけは封印してくださーい!」
     
     
    「うちでは恐いのしか観ませんー。
     じゃ、次はほんとうにあった呪いのビデオを1から観ますよー。」
    「また恐いのかい!」
     
    激怒するジジイに、リオンが言った。
    「これは大丈夫でーす。
     エンターティメントでーす。
     日本の心霊物の最高峰の逸品でーす。」
     
    「そそ。 これは笑いながら観れるんですよー。
     じゃ、どこに霊が映ってるか、当てるの勝負ねー。」
     
     
    「待て!」
    怒鳴るジジイに、主が睨んだ。
    「まだ何か文句でもー?」
     
    「茶と菓子を忘れとるぞ!」
    「あっ、私とした事がー。
     いやあ、ナイスタイミングー。
     ちょうど良いブツを輸入したとこですぜー。」
     
    部屋の隅のダンボール箱の山をゴソゴソと漁る主とジジイ。
    「これこれ、亀せんー。」
    「何じゃ、ボンチ揚げじゃないか、この前食ったぞ。」
    「あれとは違うんですよー、これはー。」
    「わしゃ、雀の卵が食いたいんじゃが。
     茶はほうじ茶で。」
    「玄米茶の有機物を入手しましたよー、へっへっへー。」
    「ほお、甘味はないんかの?」
    「チロルチョコときのこの山、あっさり系でそばぼうろはどうですー?」
     
     
    グリスがリオンにコソッと訊く。
    「あの隅に積み上げている箱は、全部お菓子なんですか?」
     
    「主が日本から取り寄せている駄菓子でーす。
     これがまた絶品揃いなんでーすよ。
     娯楽も食べ物も素晴らしいなんて、天国でーすよね。
     私、生まれる場所を間違えまーした。
     老後は本気で日本に移住を考えていまーす。」
     
     
    両手に山盛りの菓子袋を抱えた主とジジイがコタツに座る。
    「グリスも食べて良いですよー。
     でも体に悪いんで、量は控えてくださいねー。」
     
    「おお、体に悪そうじゃが、これは美味い!」
    「この醤油味がまた、止められないんでーすよねえ。」
     
    バリバリボリボリ食う大人3人。
    TVの画面は心霊だし、まるで地獄絵の餓鬼図のような光景だった。
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 32

    「わしも上映会に参加するぞ!」
    大荷物を持ったジジイが、執務室に怒鳴り込んできた。
     
    「・・・その荷物、何ですかー?」
    「わしお気に入りのメディカル枕じゃ!
     最近これがないと眠れんのじゃ。」
     
    泊まるつもりかい、と呆れた主。
    「・・・良いけど、寝るのはゲストルームにしてくださいよー?」
     
    「おう! どこでもいいわい。
     今日は土曜じゃ。 夜更かしもオッケーじゃぞ。
     にしても、わしを誘わんとはひどい話じゃのお・・・。
     老人はどこに行っても邪魔にされるんかのお・・・。」
     
     
    書類にサインをしまくっている主の横で、グチグチ続けるジジイ。
    「グリスが上映会の事を教えてくれなんだら
     わしは孤独老人のまま、短い生涯を終えとったかも知れん・・・。」
     
    「短いー・・・・・?
     もう、そこからして言いたい事が山ほどですけど
     上映会って、単なるホラー映画のDVDを観るだけですよー?
     恐いの大丈夫なんですかー?」
     
    「おっ、わしが映画マニアなのを知らんな?」
    「ふん、どうせサイレント映画でしょうがー。」
     
    「バカにするでない!」
    「あっ、名前のつづりを間違ったー!!!
     これ、修正液可の書類なんだろうかー?」
     
    「どれどれ?
     ああ、構わんじゃろ。
     そのミミズの這ったような字なら、sがどこに入ろうと一緒じゃわな。」
     
     
    3文字の自分の名前を間違うとは、とあざ笑うジジイに
    主がブチ切れてハンドクリームを投げつけたところで
    グリスが入ってきた。
     
    「おっと、・・・、DVですか?」
    「そうじゃ! 主はいつもわしを」
    「違うー! ジジイがいつも邪魔」
     
    「はいはい、わかりました、おふたりが仲がよろしいのは。」
    「「 仲が良くなんて ないぞ!ないわー! 」」
    ハモるふたりに、グリスはやれやれ、と笑った。
     
    「あーっっっ、ムカつくわー、その爽やかさー!」
    「若いもんはええのお、箸が転がっても笑えて。」
    思わぬ八つ当たりである。
     
     
    主がイライラしながら数十枚のサイン書きをし
    グリスが経理部と執務室を往復し
    ジジイがお茶のお代わりとクッキーを頼み
    ピリピリした時間が過ぎたのち、主が叫んだ。
     
    「業務終了ーーー!
     今日はもうやめー!
     予定と違うけど、ジジイが邪魔をしたんでもうやる気なしー。
     映画を観ようよー。」
     
    「おっ、待ってました!」
    何も手伝わずに座っていただけのジジイが
    真っ先に立ち上がったのを見て、主がグリスに言った。
     
    「今日も呪怨を観ますよー。 ジジイのためにー。」
    「えっ、またあれですか?」
    ゲンナリするグリスに、主がニヤリとした。
    「日本ホラーの名作ですからねー。
     敬愛するジジイには、ぜひ観てもらわないとー。」
     
     
    その言葉に、純粋なグリスと違って
    さすがの百戦錬磨のジジイは不穏なものを感じた。
    「・・・それじゃなきゃダメなんか?
     わしゃ戦争映画が観たいんじゃが。」
     
    「うちでは恐いのしかやっておりませんー!」
    「なんちゅう、偏ったセレクトじゃ・・・。」
     
     
    ギャアギャア言いながら、3人で主の寝室へと移動をした。
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 31

     夜8時過ぎの主の寝室。
    DVDをセットした主が、コタツに座り
    おもむろに雑誌を開いて読み始めた。
     
    「映画を観るんじゃないんですか?」
    グリスの質問に、主が説明をする。
     
    「動画系って、私のペースに合わないんですよー。
     ただ観てるだけだと、ものすごく退屈なんですー。
     だから映画は必ず、他の何かをしながら観るんですー。」
     
    はあーーー、と驚くグリス。
    「リオンはこれを嫌がるんで、困るんですよねー。
     この前のヤツのお気に入りのDVD観賞の時なんて、激怒されてー。
     私、アニメは観ないけど付き合ってやったのにー。」
    そりゃあ怒る人もいるだろう、と内心思うグリス。
     
     
    主がグダグダ言ってる内に、本編が始まった。
    「あの・・・、主様、言葉がわからないんですが・・・。」
    とまどうグリスに、主がハッとした。
     
    「あ、ごめんごめんー。
     いや、リオンが日本語読み聞き出来るんで、忘れてましたー。
     あいつ、ゲームやアニメのために猛勉強したんだとー。」
     
    それ凄いですね! と、感心するグリス。
    「ほんっと、筋金入りですよねー。
     この映画、日本語オンリーなんで通訳しますねー。」
     
    そう言うと主は映画の会話の通訳に加え、状況の解説も始めた。
    「ここは日本の介護サービスの、多分公的機関ですねー。
    『担当の○○さんが来てないんだよ。
     連絡も取れないんで、きみ代わりに行ってくれる?』
    『え・・・、でも私これから用事があって』
    『そんな事言わないで、今日だけ! 頼む!』
     ここは日本の首都の東京の住宅街ですねー。
     ちょっと古い町並みで、新興住宅地じゃないですー。」
     
    雑誌を読みながらの解説に、グリスは驚愕した。
    「主様、凄いですね!」
     
    主は、ちょっと動揺しながらかわした。
    「ああー・・・、いや私、これは何度も観てるからー・・・。」
     
     
    映画はシャレにならないほど、恐い。
    話が進むにつれ、グリスはある事に気付いた。
     
    「主様、画面をまったく観ていらっしゃらないですよね?」
    主は、ギクリとした様子で答える。
    「いや、ほら、雑誌を見てても目の端でわかるでしょー?
     ちゃんと把握はしていますよー?」
     
    そうかなあ? と思いつつ、グリスは目だけで主を観察した。
    主は目の端で観ているどころか、恐い場面になると
    雑誌を微妙に上げて、画面を避けている。
     
    「主様、それで “観ている” と言えるのですか?」
    グリスの突っ込みに、主が切れた。
    「うっせー! こんな恐い映画、直視できっかよー!
     良いじゃんー、話はわかっているんだからー!
     あ、ほら、来るぞー! 2階ーっ!」
     
    主が慌てて雑誌に顔をうずめたのを良い事に
    グリスは、口を押さえて笑いをかみ殺した。
     
     
    「・・・さすがに同時通訳は疲れるわー・・・。」
    「・・・ものすごく恐い映画でしたね・・・。
     リオンさんが怒り出すのも理解できました。」
    グッタリとするふたり。
     
    「今日もう1本観ようと思ったけど、また今度にしましょうー。
     付き合ってくれますよねー?」
     
    “付き合ってくれますよね”
     
    まさか主様がこんな言葉をおっしゃってくれるとは!
    グリスは呪怨の疲れも吹っ飛び、懲りずに再び舞い上がる。
     
    「はい、もちろんです!」
    「・・・元気がええのおー・・・。」
     
     
    グリスが部屋を出ようとしたら、主がコントローラーを出した。
    「ゲームをなさるんですか?
     お疲れになったでしょうに。」
     
    「アホウー!
     あんな恐い映画を観た後に、すぐ寝られるかいー!
     気分を変えんと、うなされるわー!」
     
    グリスはひとりクスクスと笑いながら、自室へ戻った。
    その様子は監視カメラにバッチリ映っていて
    監視員たちは、顔を見合わせて不思議そうな表情をした。
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 30

    養子・・・、主様も賛成なさっておられるし
    次の跡継ぎのためを思うと、断る理由はないけど・・・。
    グリスはとりあえず、もう少し考えよう、と思った。
     
    「あの、お返事はいつまでにすれば良いんでしょうか?」
    コントローラーや攻略本をきちんきちんと片付けながら、答える主。
     
    「相手が私ならば、今! だけど
     この国の人の感覚はわかりませんねー。
     1週間後ぐらいで良いんじゃないですかねー。
     養子も結婚も、選挙のためと見透かされないよう
     先手先手でいく必要がありますしねー。」
     
    主は立ち上がって、DVDラックのところに行った。
    「グリス、人に利用される、って事を誇りに思うんですよー。
     ゴミは誰も利用しませんからねー。
     まあ、今はリサイクルもありますけどねー。
     それでも、ああいう上流階級が利用する人間には
     それ相応の価値があるんですよー。
     良かったですねー。」
     
     
    グリスは、主の言葉をどう受け取って良いか、とまどった。
    でもこの主が言う事は、それも真実のひとつのはず。
     
    主様は、ぼくに嘘もお世辞も慰めもおっしゃらない。
    そうじゃなくても、ぼくは主様を信じるべきなんだ。
    ぼくは主様の跡継ぎなのだから。
     
    グリスのこの盲信は、“愛” と呼ぶものだと
    本人は気付かなかった。
    そして、愛する相手を尊敬できる事の才能にも。
     
    グリスの生存は、その能力で決まったのであろう。
    あの薄汚い路地の、あの日に。
     
     
    主はDVDラックを見ながら、しばらく考え込んでいたが
    壁の時計 (秒針なし) を見て、つぶやいた。
    「もうこんな時間かあー、今日は無理かなー。」
     
    「あ、夜遅くまでお邪魔して、すみませんでした。
     ゆっくりお休みになってください。」
     
    グリスが慌てて立ち上がると、主が引きとめた。
    「あ、待ってー、グリス、あなた恐いの大丈夫ですかー?」
    「え・・・? ホラーとかですか?
     さあ・・・、あまり観た事がないんで・・・。」
     
    「私、オカルトやホラー、大好きなんですよー。
     だけどこの前、リオンに呪怨を観せたら
     あまりの恐さに、ひとりさっさと逃げ帰っちゃって
     それ以降、日本の心霊映画は一緒に観てくれないんですよー。
     本当にあった呪いのビデオ系は付き合ってくれるんですけどねー。」
     
    「呪怨って何ですか?」
    「日本の心霊ホラー映画のタイトルですー。
     私、ホラー好きだけど、ひとりじゃ恐くて観れないんですー。
     一緒に観て、いや、この部屋にいてくれるだけで良いんで
     明日の夜、風呂も何も済ませたら来てくれませんかー?」
     
     
    “いてくれるだけで良い”
     
    まさか主からそんな言葉を聞けるとは!!!!!!
    その意味はともあれ、舞い上がったグリスは快く承諾した。
     
    「じゃ、明日、念のために自分の本とか持って来てくださいねー。
     途中で無理だと思ったら、自分の事をして良いですからねー。」
    「はい!」
     
     
    リオンは思わずスキップしたくなるような浮かれようで
    自室までの廊下で、そのときめきを抑えるのに苦労した。
     
    その高揚感も、翌日の夜には消えうせてしまう事が
    爽やかな青年には想像できなかった。
     
    毒キノコは、どう調理しても毒なのだ。
     
     
     続く 
     
     
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  • かげふみ 29

    「あの・・・、ありがたいお申し出に感謝いたしますが
     なにぶん急なお話ですので、考える時間をいただけないでしょうか?」
    グリスの頼みを、リオンは快諾した。
     
    「もちろんでーす。
     だけど急いでくださーいね、結婚も控えていまーすから。」
    その言葉にグリスは驚いた。
    「恋人、いらっしゃったんですか?」
     
    グリスの率直な疑問に、リオンが笑った。
    「私たち支配階級の結婚は、大抵が政略なんでーす。
     私も今、貧乏貴族の娘を物色中でーす。」
     
     
    「え・・・?」
    グリスのとまどいに、リオンが詳しく説明をする。
     
    「我が家系は歴史はありますが、元は商人だったんでーす。
     お金はあるけど身分がないんでーす。
     そのために貴族との婚姻で、高貴な血を入れるんでーすよ。」
     
    「でも何故、“貧乏貴族” なんですか?」
    「裕福な貴族は己の知恵があり、我々の力を必要としませーん。
     貧乏貴族は能無しなので、財産を切り売りしたくなければ
     家名に頼っての婚姻で、婚家にタカるしかないのでーす。
     我々は彼らを経済援助し、彼らは我々の血筋に名誉をくれる、
     GIVE and TAKE でーす。
     しかもこういう結婚では、大抵お金がある方が主導権を握れるので
     我々にとっては、理想的な結婚相手なのでーす。」
     
     
    あまりのカルチャーショックに呆然とするグリスをよそに、主が言った。
    「あなたの場合、それプラス “ブサイクな娘” というのも
     条件に入れといた方が良いですよー、リオンー。」
     
    「何故でーすか?」
    「美人の結婚相手だと、“トロフィー・ワイフ” みたいで下品でしょうー?
     “見た目にとらわれず中身で女性を選ぶ誠実な男性”
     を演出した方が、得ですよー。」
     
    リオンがポンッと手を打ち鳴らした。
    「なるほど!!! さすが主でーすね。
     その案、もらいま-す。」
    「お役に立てて、なによりー。」
     
     
    汚すぎるふたりのやり取りに、グリスは虚しい気持ちになった。
    「グリス、現実を直視しないと、幸せになれませんよー。」
     
    主の心を見透かすような言葉に、ギクリとしつつも
    慌てて否定をする。
    「い、いえ、ぼくは別に・・・。」
     
    「誰でも自分の価値に迷う時期を送って生きてきているんですよー。
     あなたは解説されるだけ、まだ幸運ですよー。
     年寄りの言う事は聞くもんですー。」
     
     
    「主様は年寄りなんかじゃありません!」
    そういうところにだけは引っ掛かって、反射的に怒るグリスに
    日頃からウンザリしていた主が反撃をした。
    「私が年寄りになったら、価値がなくなるとでもー?」
     
    「い、いえ、決してそういう意味では・・・。」
    「年寄りと言って否定されるのは、年寄りしかいないんですよー。
     若い子が年寄りとか言っても、一笑にふされるだけですからねー。
     もちっと配慮して反応しなさいねー!」
     
    「はい・・・、すみませんでした・・・。」
    謝って落ち込むグリスに、リオンが優しく肩を叩いた。
    「ははっ、主に敵う者などいませーんよ。
     主は怒った事すら、すぐ忘れまーすから大丈夫でーす。」
     
    リオンの言葉にムッとして、振り向いて睨む主。
    その瞬間TVからバシュッと音がして、自キャラが倒れたのに気付く。
     
    「ひいいいいいいいいっ、セーブしてなかったのにーーーーーっっっ!!!」
     
     
    「良かったでーすね、これで主の怒りがゲームに行きまーすよ。」
    リオンがグリスにヒソッと耳打ちした。
     
    しばらく畳の上に倒れていた主だったが
    ムックリ起き上がると、リオンに攻略本を投げつけた。
    「おめえのせいだよーーーーーーっ!」
     
    「ええっ、私でーすかーーーっ!」
    リオンは慌てて立ち上がり、上着とバッグと靴を素早くかき集め
    叫びながら、裸足で部屋を飛び出て行った。
    「では、そういう事で、またーーーっっっ。」
     
     
    ドアに向かってフーフー言ってる主の後ろで、グリスは妙な感心をした。
     
    に・・・逃げ慣れている・・・
     
     
     続く 
     
     
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